Not Friends
第4話 開かれぬ少女の瞳
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| ロッシャル戦争終盤、劣勢だったロッシャル帝国がある時を境に突然優勢になった。その原因は、ロッシャルがある兵器を開発したからだといわれている。 しかしその兵器と対峙し、実際に戦った兵士はその兵器のことを語ることはない。いや、語ることができないのだ。それと戦った兵士全員は、この世から消されているのだから。 戦闘中に送られてきた映像や、レーダーの捕らえた情報などをまとめると、それはSPだということだけは確認できている。しかも、そのSPは一機で行動していたこともわかっている。 一機だけで行動する。通常の戦場では、潜入などの特別な任務以外では決して考えられないことだ。普通は部隊を編成して行動する。しかしこのSPは、一機でその編成された部隊と戦い、勝利していた。編成されている部隊のSPの数は少なくても10は越える。10対1で勝利するのは普通では考えられない。それほど恐ろしい性能をもつSPと戦った部隊は必ずこう叫ぶ。「バケモノ」と。 そのバケモノじみたSPはある時を境に出現しなくなった。その理由はロッシャルだけが知りうるもので、闇に包まれたままである。それどころか、ロッシャルはそのバケモノじみたSPが存在したことも否定していた。 そんなことができるのは、そのバケモノのSPとパイロットの、双方ともがもう闇に葬られてしまっているからだ。 しかしそのSPもパイロットも、当時は相当な数が存在していた。それをすべて闇に葬るのは容易なことではない。葬りそこねたSPやパイロットが、今も生存しているかもしれないのは、否定できない事実である。 NotFriensと書かれているトレーラー。そこに眠りから覚めているのに関わらず、目を開かない少女がいた。 現在午前5時40分。 少女は、トレーラー内の自室のベッドに横になっている。しかし少女は目を開かなかったためにそれを認識していない。 眠りから覚めているのに目を開かないでいるのは、二度寝をするという目的などが無い以外、考えられない行為だ。正しく言えば瞬間的には目を開いている。しかし少女は意識的に、すぐさま暗やみの世界に戻っているのだ。 少女がそうするのは、言い知れぬ恐怖を感じていたからである。いつもは午前6時にセットしてあるアラームによって目覚めるのだが、今日はたまたま20分ほど早く目が覚めてしまった。 いつも通りならばアラームで目が覚める。しかし今日はそうではなかった。つまり通常ではない。異常であるという結果に辿り着く。 普通ならば、これくらいのことは別に何とも思わずに、視界を開いて今の状況を認識し、早く起きてしまったことを確認する。その当たり前の動作が少女はできなかった。 状況を認識するのが、少女にとってはとてつもなく勇気のいることだったのだ。 なぜなら少女はアラームで目が覚めるという通常な目覚め方以外の、異常な目覚め方をした時に不幸になっていることがあったからである。それも一度だけではない、二度もだ。 一度目は母親と住むべき場所をなくした。 二度目は見知らぬ土地でやっと手に入れた生活が失われた。 二度あることは三度ある。そんな言葉があるのだから、彼女が三度目を恐れるのは当然のことだった。 また自分の居場所を失うかもしれない。彼女はそれを恐れた。 ピピピピピ! 言い知れぬ恐怖を感じ、身を縮めて震えていた少女の耳に、目覚まし時計のアラームの音が入ってくる。 目覚まし時計のアラームは、睡眠中の人間を大きな音という刺激で無理に目覚めさせるというものなので、本来ならば不快に感じるものだ。 しかし少女とって目覚ましのアラームは、恐怖から自分を解放してくれるものであった。 少女は安堵の息をもらすと、やっとまぶたを開く。少女の目に入ってきたのはいつもの風景。可愛らしく飾られ、よく整理されている自分の部屋。 それを確認すると、鳴り続けているアラームを止めた。 いつも通り。 何も変わっていない。 その少女、リンは心の中で呟き、大きく深呼吸をした。 リンは目覚めがあまり良くなかったにもかかわらず、機嫌が良かった。昨日、ネイにトレーラーの案内を頼まれたからだ。 もちろんネイを案内するわけではない。期限つきだが一応Not Friendsメンバーとなった、フェイルを案内するのである。 しばらくはフェイルと二人きりで行動することになる。トレーラーの中という何とも雰囲気のでない場所であったが、見方によってはデートとも表現できる。そう思っていたリンはとても楽しみにしていた。 「ランラランララーン♪」 リンはこの洗濯が終わればフェイルと二人で過ごせると思うと胸が弾み、好きな歌を口ずさみながら乾燥室で洗濯物を干していた。 「おわりっと♪」 最後の洗濯物を干し終わったリンは、メロディをつけてそう言って乾燥室のドアを開く。 「待っててねフェイルさん♪」 変わらぬ口調で、踊るように乾燥室を出る。 「あ……」 が、乾燥室から出ると、そのメロディは凍り付くように止まり、リンは言葉を失っていた。 「ええ、待ってましたよ」 これはハイテンションのまま出てきたリンに、かけられた最初の言葉である。 その言葉をうけたリンは耳まで真っ赤になる。今の言葉は、さっきの言葉の返答の形だった。つまりあまり人に見せたくないような行動を見られていたことになる。しかも相手はさっきの言葉の中に出てきた人物。フェイルだったのだ。 「え、あ……ご、ごめんなさい!」 リンはあまりの恥ずかしさに気が動転し、理由もなく謝って乾燥室に戻ってしまう。 「あ! リン!?」 鈍感なフェイルはリンがどうして乾燥室に戻ってしまったのかわからなかったので、慌てて後を追うように乾燥室に入ろうとするるが、ドアがロックされていて入れない状態になっていた。 「リン? どうしたんですか? リン!」 フェイルは別の方向に勘違いをしてしまい、必死にドアを叩く。それがまたリンの恥ずかしさを増幅させてしまうので、リンはロックを解除しない。 「何やってるのあんた?」 そこにたまたま通りがかったミルカが、フェイルの様子を見て声をかける。 「あ……リンが急にこの部屋に閉じこもってしまって!」 フェイルは天の助けとばかりにすがるように言ったが、ミルカの反応はいまいちだ。 「嫌われたんじゃないの?」 どうせくだらないことが原因だろうとわかっていたので、冗談混じりにそう答える。 「そ、そんな……」 しかし生真面目なフェイルは、それを間に受けてしまい力ない声を出した。 「そ、そんなことないです!」 リンはドアごしに二人の会話を聞いていたので、否定するために慌てて乾燥室から出てきた。 いきなり出てきたリンに驚く二人。リンはそんな二人の仕草にまた恥ずかしさを覚えてしまう。 「あ、あ……ごめんなさーい!」 そしてまた訳もなく謝り乾燥室に閉じこもってしまった。そんなリンの様子をただ見守る二人。 「プ……相変わらずかーわいいこと♪」 吹き出すミルカ。フェイルはミルカがなぜ笑ったのかがわからず首を傾げていた。 「そ、それでここが浴室になります」 リンがぎこちない口調で説明をする。 リンはあれから、軽い脱水症状寸前の状態になってからやっとロックを解除、無事保護された。 そしてしばらく休んだ後、体調が整ってから予定されていたトレーラーの案内している。 「さっきも浴室があったような気がするんですが……」 フェイルがリンに質問を投げ掛ける。確かに浴室だと説明された場所はここで二つめだった。 「あ、ここには浴室が二つあるんですよ。住居ブロックと戦闘用ブロックと別れているっていうのは話しましたよね? その二つのブロックにそれぞれ一つずつあるんです。」 リンが説明したとおり、このトレーラーは住居ブロックと戦闘用ブロックに別れている。 別れていると言っても、戦闘用ブロックと言われる前方のシップ(SPを二機以上格納できて、砲座などがあり、戦闘能力も持ち合わせているものがそう呼ばれる)と、車輪がついているだけの、走行能力のない、同程度の大きさの住居ブロックが連結されているだけなので、ブロックというのは適切ではないかもしれない。 住居ブロックには各メンバーの部屋とキッチンに客間、浴室、乾燥室などの生活していく上で必要な場所があり、戦闘ブロックにはマザーコンピュータが置いてある司令室、SPの格納庫、休憩室、更衣室、倉庫などの戦闘をするのに必要と思われる部屋が用意されている。 ちなみに住居ブロックの方はもう案内済みで、今は戦闘ブロックの説明をしているところだ。 「どうして二つも浴室があるんでしょうか?」 フェイルは素朴な疑問を口にする。 「ミルカが空き部屋を改造して造ったんですよ。機械作業や戦闘の後すぐにシャワーを浴びたいからって。ミルカらしいですよね」 フェイルはミルカらしいという意味がいまいちわからない。しかしそれは仕方の無いことだ。 フェイルの知っているミルカはいつも機嫌が悪く、すぐに自分の前から姿を消してしまうので、リンのいうミルカらしいという言葉は理解できるはずがない。 しかしフェイルは「そうですね」と、笑顔で相づちを打ち、話を合わせた。 「じゃあ、次は格納庫の方に行きましょうか?」 「ええ」 リンとフェイルは和やかな雰囲気のままで会話を交わしながら、浴室のすぐ近くにある司令室に向かって歩きだした。 「あ、シリア。また難しいことしてるの?」 司令室のドアを開いたリンが、コンピュータを使って何かをしているシリアを見つけ声をかける。 しかしシリアに反応はない。もっともそれが普通なので、リンは別に何とも思わない。 「ああ! シリアちゃん! それモーリガンの制御系のプログラムじゃないですか!?」 フェイルはモニターを見ると少し興奮気味に聞く。相変わらずシリアに反応は無いが、フェイルはプログラムに興味を示しシリアに近寄っていく。 「ねぇシリアちゃん。こんな複雑ってことはウィングバーニアの制御プログラム……そうじゃないですか?」 フェイルはモニターを見つめてシリアに問い掛ける。シリアはそれに答えず作業を続けた。 「でもシリアちゃんはすごいなぁ……こんなプログラムのチェックができるなんて」 シリアが何も答えなくても一人で喋り続けるフェイル。 「僕もこういうプログラムをつくることがあるんですけど、実用できるレベルになったのは16歳だったんですよ。それなのにシリアちゃんは……」 「……やめてくれない?」 突然起こったシリアの声でフェイルの話が途中で打ち切られる。 「え? やめてくれないって……何を?」 フェイルはシリアの言葉の意味が理解できない。 シリアの言葉に主語がなかったのでわからないのも無理もないが。 「……その呼び方」 少し間を置いてから返事が返ってくる。 「呼び方って……。シリアちゃんっていう呼び方のことですか?」 フェイルが確認するとコクンと頷く。 「何でですか?」 フェイルは明らかに年下のシリアは、ちゃん付けで呼ぶのが適当だと思っていたので思わず聞いてしまう。 「……ちゃん付けされるのがイヤなのよ」 また少し間を置いてから返事が返ってくる。 それを聞いたフェイルは少し安心したような気がした。 シリアがちゃん付けを嫌がるのは、子供扱いされたくないからだと思ったからだ。シリアぐらいの歳の大人びた子供というのは、子供扱いされるのを嫌がる。これはまだ本人の精神が子供なのにも関わらず、背伸びをしている証拠。フェイルはシリアも子供らしいところがあるのだと思い、安心したのだ。 しかしシリアがちゃん付けを嫌がるのは他に理由があり、残念ながらフェイルの考えは外れていた。 「じゃあ、シリアさんって呼べばいいのかな?」 フェイルは勘違いを気付かずに、少しからかうように言う。 しかしシリアはそんな勘違いを正そうともせず、淡々と「呼び付けでいい」と言うだけだった。 「じゃあシリア、今度ウィングバーニアの制御プログラムをゆっくり見せてくださいね」 フェイルはそんなシリアの態度とは対照的に、笑顔でそう言うとリンの所へ戻り、次の場所へ行こうと促した。 次にリンたちが向かったのはSPの格納庫だった。そこにはシリアと同じように黙々とSPの整備をしているネイがいた。 「あ、ネイさーん」 ネイはSPの肩の辺りの整備をしていたので、フェイルは大きな声でネイを呼ぶ。 「あ、ダメですフェイルさん!」 そんなフェイルを慌てて止めるリン。 「え? 何がダメなんですか?」 ドォン! フェイルがリンに止めた理由を聞いた瞬間、銃声が起こりフェイルの足元に着弾する。 「うわあっ!?」 それと共にネイがフェイルのもとに近付いてくる。銃をもっていたのでネイが撃ったのだと予想できるが、なぜ撃ったのかはわからないフェイルは、後退りながら「な、何ですか?」と、震えた声で聞いた。 「ネイにさん付けとかちゃん付けとかしちゃだめですよ」 ネイの代わりに小声で答えるリン。 「あ、じゃあ、ネイ様?」 それを聞いたフェイルはさらに震えた声で恐る恐る言う。 「私を呼ぶときは呼び付け以外はやめて。それと他のメンバーも呼び付けでかまわないわ。わかったわね?」 そんなフェイルにネイは銃を突き付けたままで言う。 「は、はい……」 ネイの迫力にほとんど否応無しに返事をするフェイル。それを聞いたネイは無言でSPのもとへ戻っていった。 「ここのメンバーは、全員年齢差に関係なく呼び捨てで呼ぶことになってるんです。 ちゃんとかさんをつけるとその分言葉が長くなるから、一刻を争う作戦に不利な材料になるからって……」 恐怖から解放され、少し脱力気味のフェイルに対してリンが言う。 「でもだからって……」 「ネイは特別なんです。 ネイって『さん』とか『ちゃん』とかつけると、姉さんとか姉ちゃんと同じ発音になるじゃないですか。 それがすごく嫌みたいなんです。 だからたまにミルカが『おネイ様』って言ってからかったりするんですよ」 「ハハハ……」 そんなリンの言葉に乾いた笑いで答えるフェイル。ネイの気持ちはわからないでも無いが、それだけで発砲されたらたまったものではない。 「ネイの邪魔をしちゃ悪いですし……次の場所に行きましょうか?」 「は、はい。そうですね」 リンの提案にフェイルは即座に賛成して急ぎ足で格納庫を後にした。 休憩室。そこにはココアを飲んでいるミルカの姿があった。 「休憩ですか? ミルカ」 フェイルは笑顔で言う。その言葉を聞いたミルカはココアを一気に飲み干し、フェイルを険しい顔で睨み付けた。 「何であんたに呼び捨てで呼ばれなきゃならないのよ!」 グシャ! 紙コップがミルカの握力で握り潰される。 「……え、だって……」 フェイルは『ここは呼び捨てで呼ぶことになってるって聞きましたから』と続けて言おうとしたが、ミルカは言葉の途中で紙コップをくずかごに投げ入れ、バタバタと音を立てて休憩室からすでに出ていっていた。 残されたフェイルは茫然と立ち尽くす。そんなフェイルに、かける言葉が見つからないリン。 その状況の中でフェイルは、『ここで本当にやっていけるのだろうか』という不安を感じていた。 |