Not Friends
第3話 偽善の花
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| ロッシャル帝国が統一を果たしたロッシャル戦争以前は、魔石エンジンの存在は無く、プラズマが主力兵器ではなかった。 ロッシャル戦争前は実弾兵器のミサイルなどが主に使われていた。その中で、特に高性能なミサイルは都市一つを破壊するものも存在しているし、自動追尾機能を持つものは実戦で非常に効果的なものだった。 しかし作り出すのに莫大な資金が必要で、それを装備した兵器が攻撃されれば、味方に甚大な被害が出る危険もある。それに自動追尾機能は、対レーダー兵器が開発されてからはほとんど役に立たない。それらの理由から、比較的安全性が高く、コストパフォーマンスのいいプラズマが主力兵器となった。 だからといってそれらが完全になくなったわけではない。ミサイル、実弾兵器を装備したSPも存在する。 射程距離はミサイルの方がプラズマガンより圧倒的に長く、威力も高い。さらに派手に爆発するので、ばらまけば目眩ましにも使える。それに実弾兵器は、厚いバリアを持つSPと戦うときには重宝する。プラズマと併用するように使えば、バリアを貫きやすいのだ。 それらの理由で主力ではなくなったものの、開発は続けられていた。例として、対レーダーにやられない高性能な自動追尾機能付きミサイル、プラズマと同時に実弾が発射される、ガトリングガンなどがあげられる。 しかしコストの面から多用されることはない。ほとんどコスト零のプラズマと、一発三百万ディラはくだらないホーミングミサイル。ガトリングガンだって一発で千ディラはする。 プラズマよりも威力は高いかもしれないが、誰だって好んで後者を使うとは思えない。 しかしNotFriendsのメンバーの一人であるミルカのモーリガンには、そのガトリングガンと、自動追尾機能はないものだが、ミサイルも多数積んでいる。こういう機体は重装型と呼ばれていた。 機動性よりも装甲と武器の威力が求められ、ゲンブとセイリュウの魔石の割合が多い。役割としては、後方からの援護射撃などの支援である。だから、重装型は単独で行動するには適していなかった。 重装型の真価が発揮されるのは、前線に出て戦っている平均的な性能の汎用型や、接近戦を重視した格闘型がいる場合なのである。 ミルカがこの重装型に乗り始めたのはNotFriendsに入ってからだ。それまではネイと同じく汎用型を乗りこなしていた。ミルカは、汎用型に乗れば単独でも充分な戦闘が可能だ。 そんな彼女が支援機に乗ったのは、ネイの存在があったからだろう。ネイと共に生きていくと決めたとき、ミルカは彼女の後方に立つことを望んだのである。 前後左右、上空、遠距離。この空間にいればすべてを認識できる。だが、この空間は狭い。 多方向を映すモニターによって視覚的に広く感じる。しかし感じるだけ、体を伸ばすこともできないほど狭いこの空間。 無理をすれば2人乗れるかもしれないが、無理をすればの話だ。 ここは一人でいるべき場所。 ここは一人でしかいられない場所。 そして一人でいることできる場所。 SPのコクピット。 今のミルカにはここがそういう場所に思えた。ミルカのSPは重装型。本来は一機で行動する機体ではなく、他の機を援護するための存在。 群れなければその性能は生かせない。 しかし今、ミルカはこのSPを単体で走らせていた。一機ではその性能を生かせない機体のコクピットが一人でいれる場所だと感じるのは、矛盾だと言わざるを得ない。 この感覚は、ミルカが今の自分と、このSPを重ねたときに生まれる感覚だ。 ミルカは今の自分に矛盾を感じている。早くトレーラーから離れたい。しかしブレーキをかけてしまう自分がいる。 そして何よりも、トレーラーを飛び出すときに重装型を選んだ自分。一人立ちするならば汎用型のSPを選ぶのが普通だ。 もし誰かにそれを指摘されればミルカは、『重装型の方が売るパーツが多いからよ』などと言い訳するだろう。しかし自分に言い訳をしてもしょうがない。 戻ることがわかっている家出。子供じみた行動。 ミルカはそれがわかっている。しかしどうにもならない苛立ちを抑えるには、見知った人間がいるトレーラーは刺激が多すぎた。 家出というよりは、気分転換のようなものであろう。 しかしそれならば、スピードを出して走っても問題はないはず。むしろスピードを出した方がストレスが発散されるはずだ。 これまでも、ミルカはこの家出という行動を起こしたことがあるが、その時は例外なくハイスピードでSPを走らせていた。今回のようにブレーキをかけてしまうなんてことはなかった。 「追って……くるわけないわよね……」 後方を映しているモニターを見て言う。 追ってきてほしいと思う人物。それは言うまでもなくネイ。しかしネイは今まで一度も追ってきたことがない。追ってくるような人間でもない。それもわかっている。 しかし今回は追ってきてほしいのだ。 なぜなら今回は、ミルカがネイに対して不安を感じているからだ。 ミルカがトレーラーを飛び出す30分前。それはフェイルの活躍によって完了した仕事があった夜の翌朝の話だ。 5人での朝食。メニューは白粥と鮭の塩焼きとザーサイなどのいくつかの漬物。それに豚の角煮。 朝食に粥というのはチェイのスタイルである。 ところで、ここの食事はチェイ料理が多いのだが、それは炊事担当であるリンが、チェイ国生まれだからだ。 リンは他国の料理も作れるのだが、だいたいNotFriendsの朝食は、粥が定番だ。 その理由は色々ある。ミルカは美容にいいと言い、ネイは消化がよく朝食にもってこいだという。しかし最大の理由は、米の使用量の少なさにあった。 ネイたちの仕事は、仕事によって得られる報酬は大きいが、SPとトレーラーの維持費や改造費に随分とかかってしまう。純利益はほとんど雀の涙だということも少なくはない。 だからここはあまり裕福ではないのだ。食費も切り詰めなければいけないほどに。 もっとも、食費を切り詰めなければいけない原因はネイにある。ネイはそのスラッとした体型と、すました顔からは想像できないほど大食らいなのだ。朝から丼で三杯平らげることもある。普通に炊いたご飯のままだと赤字が出てしまいかねない。 そんな訳で朝だけでも粥という形にしているのだ。 「朝からよくそんなに食べれますね……」 いつもの調子で食べるネイを見て、フェイルが呟くように言う。ネイはその問いに答えずに、豚の角煮を5、6切れほど2杯目の粥に突っ込み、グチャグチャとかき回しながら食べ続けている。 だが決して掻っ込むように食い散らかしている訳ではない。口に運ぶスピード自体は他の4人と変わらないのだが、一口の量が2倍以上なので、食べるスピードも早い。なおかつ頬張った感じが無く、平気でよく噛んで食べているのだから少し不思議だ。 「ネイはいつもこのぐらい食べるんですよ。だいたい3杯くらい」 ネイの代わりにリンが答える。 「へぇ……見かけによりませんね」 「悪い?」 フェイルが口を開いたときから眉間にしわを寄せていたミルカが噛みついてくる。 「べ、別に悪いだなんて言ってませんけど……」 「だったら黙ってなさいよ。朝食ぐらい静かに食べさせてよね」 そう言われたフェイルはすいませんと小さな声で謝る。 「いつもはミルカがうるさいぐらい喋ってるのに……」 リンは小声で言ったが、ミルカの耳には届いていたらしく、鋭い眼光がリンを貫いた。 リンもフェイルと同じようにシュンとなってしまう。 この五人の中で会話をする可能性のある二人が黙ってしまったことにより、沈黙のまま朝食の時間が進むことになってしまった。 カリコリ……、ジュルジュル……。 ザーサイを噛む音や粥をすする音だけが響く食堂。 「あの……」 四人がそろそろ食べおわる頃、フェイルが懲りずに口を開いた。ジロリとミルカが睨み付けるが、フェイルはもう慣れてしまっているのか、少しも怯まない。 「少しお話があるんですが……よろしいでしょうか?」 「ダメっていったらやめるの?」 ネイの言葉にフェイルは首を振る。 「実は、これからも昨日みたいな仕事があったら協力させてくれませんか? ……つまり……その……。僕をあなた達の仲間に加えてほしいんです」 フェイルは昨日のことで少し自信がついていた。そしてネイたちを手伝うことで充実した毎日を過ごせると感じた。 自分の能力が生かせる場所。王子としてでなく過ごせる場所。ここがそういう場所だとフェイルは感じていたのだ。 だから依頼人としてでなく、仲間として彼女たちと関わっていきたいと思っている。 「ハッ! ご冗談!」 食事を終えたミルカが箸をほうり投げながら言う。 「それは依頼を取り下げて、無料で私たちに協力を求めたいってこと?」 ネイは食事のしめくくりにザーサイをポリポリとやりながら問い掛ける。 「あ、いいえ。ちゃんと報酬はお支払いします。ただあなたたちの仕事に協力したいんです」 「ふぅん……ま、いいんじゃないの?」 フェイルの改まった要求をあっさりと飲むネイ。 「なっ……!」 そしてネイの言葉に最もつよく反応したのは、話をしていたフェイルではなくミルカの方だった。 「嘘でしょ? こんなやつをチームに加えるなんて……」 ミルカは立ち上がって抗議をするが、ネイはいつものような態度で烏龍茶を飲んでいる。 「……依頼人なんだし、しばらくは一緒に行動するんだから、別に仕事を手伝わせてもいいじゃないの。 昨日のことで多少使えることはわかったんだし。タダでやってくれるんだからこっちに損は無いでしょ?」 喉が潤ってから一気に話をするネイ。 「そういう問題じゃないわよ!」 「じゃあ、どういう問題?」 ミルカは口調を強くして言ったが、ネイの問いにすぐに答えられなかった。 ただ嫌だから。本能的にそう感じた。ほとんど考えなしで放った言葉の意味をすぐ説明してしまうと、こんな貧困な理由しか思い浮かばない。 「……こんなヤツと組んで仕事したくないのよ!」 「あんたと組ませるつもりなんて無いわよ。なるべく別行動をとらせるわ。相性が悪いのはわかってるもの」 少し考えて言ったミルカに対して、またネイは冷静に言葉を投げ掛ける。 「そういう……」 そういう問題じゃない。ミルカはまた同じ言葉を言いそうになった。 もし今言葉を飲み込まずに言ったのなら、またネイはどういう問題かと聞くだろう。そうしたらミルカはまた答えられない。 チームにフェイル、いや男が入る。それがミルカには耐えられなかった。 ミルカはこのNotFriendsに深い思い入れがある。このチームはミルカにとって、とても大切な場所。 そこに男が入る。自分の大嫌いな男が入る。それがたまらなく嫌だった。 「とにかくイヤなのよ! あいつをチームに入れるつもりなら私がここを出るわ!」 ミルカは立ち上がって怒鳴る。 「そう……それじゃ……仕方ないわね」 「!」 ネイのそのセリフと共にミルカの中で何かが弾けた。 硬く握り締めた拳でテーブルを叩く。激しく揺れるテーブルと並べられた食器。 その場がシンと静まり返った。 「フェイルは依頼人。しかもこれからしばらくは一緒に行動するの。 いちいちトラブルが起こってたらこっちもたまらない」 そんな中でよく通るネイの声が響く。 その刹那、乱暴に開かれたキッチンのドアから、ミルカが走って出ていく姿が残された四人の視界に入った。 「あっ……」 自分のせいでこうなったと思ったフェイルが、責任を感じて後を追おうとする。 「あんたが行ったら火に油を注ぐ結果になるだけよ」 それを制止するネイ。 「あなたもあんな言い方しなくてもいいじゃないですか!」 そんなネイに振り返って言うフェイル。 「……私にはこんな言い方しかできないの」 ゆっくりと席を立ちながら言うネイ。そんなネイの口調はいつも変わらなかったが、少しだけ寂しげだったように思える。 しかし、興奮していたフェイルはそれを感じ取ることはできなかった。 スピードが安定しないSPの中で、ミルカは心の中ではまだ葛藤を続けられていた。 今回ミルカが不安を感じた理由。それはもちろんフェイルをチームに加えることを承諾したことだ。 いや、チームに加えること自体は問題ではない。一緒に行動することになるのだから、仕事を手伝ってもらうのは決してチームに悪いことではない。しかも仕事中はこちらの指示に従い、タダで手伝うと言っているので、間違いなくチームにはプラスとなるだろう。 フェイルをチームに加える理由はしっかりしている。普通に考えれば、このフェイルの申し出は受ける方がチームにとってはいいはずだ。 しかしミルカは他に理由があるのではないかと考えていた。フェイルは外見が良く、しかもロッシャル帝国の第一王位継承者だ。 間違いなく人を魅了させる力を持っている。リンが一目惚れをしてしまったのがそれを証明しているではないか。 ネイも……もしかして……。 これがミルカの感じている不安だった。ミルカは普通の女には感じられないネイの強さのようなものに惹かれていた。 そんなネイが男に惚れ、その男の望みを叶えるために行動する。 最初にフェイルの依頼を請けると言ったのも、そういう理由からではないのか? 考えてみればネイは王子をかくまうような、危険な仕事を請ける人間じゃない。リスクに似合う報酬ではあったのだが、いつもなら断っていた依頼だ。 それでもそうしたのは一緒にいたかったか? ただの邪推なのかもしれない。 しかし否定しきることができない。 いや、ただの邪推だ。今まで共に過ごしているミルカはわかっている。 しかし……。 「ああん、もぉ!」 誰もいないコクピットの中で叫び声をあげる。狭い空間なので自分の声が響き、自分の耳に返ってきた。それがまた苛立ちを呼ぶ。 「……ん?」 そんなミルカの視界に、白い何かが飛び込んできた。遠距離を映すモニターが、一面が白く染まっている地帯をとらえていたのだ。 町まではまだ距離があると思っていたミルカは、しばらくは荒野が続くと考えていたので、そんなものが映るとは思ってもいなかった。 「何? まさか雪って訳じゃないでしょ?」 ミルカはモニターを操作しそれを拡大する。 「……花?」 拡大されたモニターが映し出したもの。それは紛れもなく花だった。一面に咲いている白い花。それが荒野を白く染め上げていたのだ。 「何でこんなところに花畑が……」 この地域は、戦時中は激戦区であったので、整備されているのは町周辺だけだった。町と町の区間にも道らしい道はなく、荒野が広がっているはずだ。 そこは一番近い町からも10キロ以上離れていた。そんな所に整備中の道ならともかく、五百平方メートルほどもある花畑があるのは尋常ではない。 「……なぁんかおもしろそ」 ミルカは軽い笑顔を浮かべそこへと進路をとった。 嫌な考えしかでてこない自分にとって、この異端な花畑はいい気分転換になると思ったのだ。 |