Not Friends
第2話 王子の居場所
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| バンという叩きつけられる音がミルカの部屋に響き、緑色のクッションがひしゃげながらバウンドした。 さっきのことで腹を立てていたミルカは、それをなんとか消化しようとモノにあたっていた。 クッションを叩きつけてもまだ気が治まらない。次の目標を視界に入った水色のマクラに変える。 矛先をマクラに変え何度も殴り付けた。 殴られた部分が潰れ次第にボコボコになっていく。そんなボコボコになったマクラを見たミルカは脱力感のようなものを感じ、殴るのをやめてベッドに横になった。 自分とボコボコになっていくマクラがダブって見えたのだ。 「ふぅ……」 軽いため息をつき目を閉じる。すると気分が少し落ち着いていった。 いくら苛立っても、最終的には自分がネイについていくことをミルカは知っていた。 ネイに何か考えがあることはわかる。この依頼を受けるのにはきっと深い意味がある。そのことに感づいてはいるが、はっきりとわからない。 それが一番のイライラの原因かもしれない。多分それは自分がいくら頭を使ってもわかりえないのだろう。 ……だから腹を立てても仕方がない。苛立つだけ損だ。ミルカは頭の中でそういう結論に辿り着いていた。 ミルカの気が治まったのを見計らったかのようにドアをノックする音が部屋に響く。 「ネイよ。入ってもいい?」 「いやん、おネイ様ぁ! 私たちの間を塞ぐ扉を開くのにいちいち断りを入れなくてもいいわよん」 いつもの調子で答える。ネイはそれを聞くとドアを開く。 「何度も言うけどおネイ様はやめてくれない?」 抗議するネイに「はいはい」といい加減な返事を返す。 「ところでどうしたの?」 あいさつのようなちゃらけたやりとりが一通り済んでから、ミルカが切り出す。 「……仕事よ。 これはあの王子様とは関係ない仕事だから手伝って。このままじゃトレーナーを動かせないわ」 「え? あの王子様から貰った金塊で燃料なんか軽く買えるじゃないの?」 ミルカの当然の疑問にネイが渋い顔をする。 「換金できないのよ……」 「へ?」 「換金所が無いのよこの町には……」 金塊はたいへん価値のあるものなのだが、換金しなければ燃料も買えない。言ってしまえば漬物石と大差ないのだ。 「隣の町にはあるんだけど、そこまでいくにも燃料が必要。だからどうしてもこの町で仕事をしなけりゃいけないのよ」 ミルカは引きつった笑いを浮かべる。 フェイルのルシフェルの修理も、トレーラーの燃料のためにやった仕事だ。それなのに肝心な燃料は手に入らない。 自分たちらしからぬ無駄な努力をしてしまったようだ。しかしいちいち換金所があるかどうか確認してから仕事を引き請ける人間など、そうそういないので仕方がないといえば仕方がないのだが。 「ま、それじゃしょうがないでしょ?」 「……そう。 じゃ、早速司令室に来て。シリアが作戦をまとめているはずよ」 ミルカは今のネイの言葉に軽い違和感を覚えた。自分に見せる作戦をシリアがをまとめているということは、自分が必ず手伝うと思っていたからだ。 しかしミルカは、数刻前は怒りの感情を剥出しにし、部屋を出ていった。普通は「絶対に手伝う」などという考えは出てこない。 ミルカはネイの手のひらで踊っている自分が頭に浮かんだ。しかしそれでもいいかとすぐに考えてしまう。それはネイが自分のことを理解しているという証でもあるからだ。 「……王子サマの依頼……請けたの?」 「ええ……」 小声で聞くミルカの問いに頷くネイ。 「……別に手伝ってあげてもいいわよ」 「助かるわ」 ネイは素っ気なく答えたが、ミルカには充分嬉しい言葉だった。 ミルカは自分の中のわだかまりが、スーッと消えていくような感覚を覚えていた。 キャベツを刻む音が響くキッチン。 「フーフンフンフフフン♪」 それに合わせるかのように鼻歌もキッチンに響く。 鼻歌を歌っていたのはリン。キャベツを刻んでいたのももちろんリンである。 リンは機嫌が良かった。恋心を抱いている男と一つ屋根の下で暮らすことになったのだ。気持ちが浮くのも無理もない。 「何を作ってるんですか?」 「ひゃ!」 そんなリンに突然声がかけられ、リンは驚いて軽い悲鳴を上げた。 「すいません。驚かしてしまいましたか?」 リンはその言葉どおりかなり驚いていた。さっきまでの自分が、人にはあまり見られたくない行動をしていたからだ。 それにこの声はどう聞いても男性の声色で、しかも聞き覚えがある。このトレーラー内にそんな人物は一人しかいない。 リンはどうしようもない恥ずかしさを覚えて、顔を真っ赤にした。 「すいません。脅かすつもりはなかったんですが……」 「あ、い、いえ……その……」 2人の間に気まずい沈黙が訪れる。 「あ! そう! 何を作ってるかですよね!?」 その沈黙を破るためにリンは上擦った声で言った。いかにもわざとらしかったが、フェイルは笑顔で「あ、はい」と言って頷く。 「八宝菜と春巻です。 この料理は結構得意なんですよ」 「八宝菜と春巻?」 フェイルはリンの言葉に首を傾げる。 「え? 知らないんですか?」 八宝菜と春巻。チェイの家庭料理で、チェイ料理の中ではポピュラーな方である。 チェイ料理は、サガにはかなり出回っているので、ロッシャル人でも知らない人間は少ない。 しかしフェイルは王子という特別な存在であった。王室の食事に高級料理ならまだしも、家庭料理は出ない。 フェイルが知らないのは無理もなかった。 「はい……初めて聞きます」 「そ、そうなんですか……」 また2人の間に気まずい沈黙が訪れる。 「でもリンさんの得意料理ならきっと美味しいんでしょうね。 サイドイッチもとっても美味しかったですから」 今度はフェイルが沈黙を破るために慌てて笑顔を作って言った。 「え、あ、そ、そんな……」 お世辞だとはわかっていたが、リンは照れてしまい、止めていた料理の手を再び動かすことで気を紛らわした。 「……ところでリンさん」 少し雰囲気が和んだところでフェイルは本題に入るために話を切り出す。 「あ、あのフェイルさん」 しかしリンに出鼻から挫かれた。 「は、はい何でしょう?」 無理に話を進める強さの無いフェイルは、笑顔で相づちを打ってしまう。 「その……リンさんっていうのやめてくれませんか? 私の方が年下な訳ですし……何かくすぐったいです」 リンにとって今の言葉はかなり勇気のいるものだ。今のはいわゆる抗議である。下手をしたら気を悪くしてしまうかもしれないのだ。 しかしリンさん以外の呼び方をされれば、少し親密になれる気がした。もちろん微々たるもので、自己満足だということもリンにはわかっていた。 それでもそれを望む。 そんなところがリンらしいのかもしれない。 「じゃあ、なんて呼べばいいんでしょうか?」 「リンでいいですよ。みんなそう呼びますし……」 リンは言ってすぐ赤くなってしまった。 言ってみたはものの本当に呼ばれたら恥ずかしいことこのうえない。 「そうですか。 それじゃあリン、聞きたいことがあるんですけど……」 そんなリンの気持ちがわからないフェイルは、サラッと呼び捨てで呼んでしまう。リンは予想どおり恥ずかしくなって耳まで赤くなってしまった。 それを隠すように料理の手をさらに早める。 鈍感なフェイルはそんなことにも気が付かず話を進めた。 「ここのことを詳しく教えてくれませんか? これからは共に行動するわけですし」 フェイルがリンに聞きたかったこと。 それはこのNot Friendsのことだった。 これから一緒に行動するのだ。情報がないよりはあった方がいい。 そしてその情報を聞き出す人間に、リンを選んだのには理由があった。他のメンバーにはとても聞き出せないと思ったからだ。 まずネイだが、彼女は話してくれそうにない。しつこく聞けば、なぜそんなことを聞く必要があるのかなど、逆に問い詰められるかもしれない。そんな理由でネイに聞き出すのをやめた。 シリアに関してはまったく相手にされない恐れがある。 ミルカは会ってさえくれそうもない。そんな理由からリンしかいないと判断したのだ。 フェイルのその選択は正しかったといえる。他のメンバーに聞こうとしても、予想どおりの結果に終わってしまっていただろうから。 「あ、はい。前にも言ったと思いますけど……何でも屋です。 仕事の内容で一番多いのはやっぱりSPを使ってできる仕事ですね。護衛とか……」 「SPに乗るのはネイさんとミルカさんだけですか?」 「ええ、シリアがこのトレーラーからバックアップをして、ネイとミルカが仕事をします。 他にもSPの修理なんかもするんですよ。その時はシリアを中心にネイとミルカを加えた3人でやります。メカニックとしての腕はシリアが一番ですし」 リンの話をウンウンと頷きながら聞くフェイル。 「ところで……ミルカさんは僕のことを嫌ってるんでしょうか?」 チームの大まかなことを聞くと、フェイルは話題を変える。フェイルはミルカのさっきの態度がずっと気になっており、自分が何か悪いことをしてしまったのではないかと思っていた。 「ミルカはフェイルさんを嫌っているわけじゃなくて、男の人が嫌いなんです」 リンは料理の手を止めて言う。 「男性が嫌い?」 「はい……ミルカはその……女の人なのに女の人が好きなんです……」 リンは同性愛者という言葉を言うのが恥ずかしいので、赤くなって違う表現方法でフェイルに伝えた。 「ああ、同性愛者なんですか。 僕の知人にも結構いますよ。男性の人がほとんどですけどね。」 笑顔で答えるフェイルにリンは顔を引きつらせてしまう。知人にそんな人間が結構いるという人間は、普通とは言い難い。 最もフェイルは王子であり、普通ではない。フェイルの知人は貴族。貴族には同性愛者という人種が珍しくないのだ。 「でも同性愛者だからって異性を嫌っている人はいませんでしたよ?」 リンの反応を気にもせずフェイルは話を続ける。 「そ、そうなんですか? あ、でもミルカって嫌ってるというより、憎んでるみたいな感じがあるんですよね……」 「憎んでいる? 憎んでいるならそれ相応の理由があるはずですよね?」 「さぁ……そこまではちょっとわかりません。ミルカはいつもお茶らけててあんまり真面目な話をしてくれないから……」 フェイルはそこまで聞くと、これ以上聞いても意味がないと判断した。 お茶らけて話した内容が真実とは思えない。 「じゃあ、シリアちゃんっていつもあんな感じなんですか? あの子もあんまり喋ってくれないですよ」 今度はシリアのことを尋ねるフェイル。 「クスッ……」 「?」 フェイルの言葉に思わず吹き出してしまうリン。フェイルはその理由がわからずキョトンとしている。 「あ……す、すいません。でもシリアって、『シリアちゃん』って感じじゃないじゃないですか」 フェイルはそういわれてシリアの姿を思い出す。 作業服、手入れのされてないくせ毛、そして極付けの大きなサングラス。シリアちゃんというのは確かにしっくりこない。 「シリアですか……。 シリアはいつもあんな感じです。表情が変わらなくて必要なことしか喋らないみたいな感じで……。どんな時でも取り乱したりしなくて冷静で……、何だか子供らしくないっていうか……」 表情が変わらない、必要なことしか喋らない。どんな時でも取り乱さない。子供らしくない。 シリアのことを表現する言葉の最後には『ない』が必ず付いている。このことから、シリアが明らかに普通の女の子というものとは違うことがわかる。 しかしそんなことはフェイルもわかっている。シリアの第一印象がまさにそれと同じだったからだ。第一印象を肯定できたにすぎない。 「シリアちゃんって趣味とかあるんですかね?」 趣味を知ることでその人間像のだいたいを把握する。テキスト通りのような方法だが、フェイルにはそれぐらいしか思い浮かばない。 「趣味……ですか?」 リンはうーんと唸って考えて込んでしまう。 リンが考え込み始めて三分が経過した時、フェイルはシリアのことを聞き出すのをあきらめた。 「じゃあネイさんはどういう人なんですか?」 フェイルが今までで一番興味深そうに聞く。実際にフェイルは、Not Friendsの中では一番ネイに興味を示していた。4人の中で一番初めに出会ったということもあったが、何よりもあの戦闘でのSPの動きが今でも忘れられなかった。 あの戦闘とは、フェイルのルシフェルとネイのモーリガンとの戦闘だ。ルシフェルとモーリガン。SPの性能では完璧にルシフェルの方が上回っていた。 まず魔石エンジンの質が違う。ルシフェルは十六個もの魔石を積むことができる、今現在で最高の魔石エンジン。対してモーリガンの魔石エンジンは、魔石を十二個しか積むことができない。魔石エンジンの質は処理できる魔石の数により決まる。十二個でも充分高性能なのだが、十六個と十二個では雲泥の差がある。 魔石の配分は、ルシフェルが四つの魔石をそれぞれ四個ずつ。対してネイはスザクとセイリュウが四個、ビャッコとゲンブが二個である。 スザクとセイリュウ。つまり機動性とプラズマガンの性能は同じだったが、ビャッコ、ゲンブ。基本性能とバリアがルシフェルよりもかなり劣っていた。 しかしネイは勝った。その原因は色々あったが、何よりもネイの腕がずば抜けていたのが一番の原因だろう。射撃と回避の正確さ。翼型バーニアをつかっての予測もできない動き。シミュレーションしかしたことのないフェイルには対応できなかった。コンピュータでは決して真似のできない操縦をネイはしていたのだ。 それに自分を助けにきたときに、三機ものSPをあっという間に撃破した、あの手際の良さも脳裏にしっかりと焼き付いている。 そんな能力を持つネイはどんな人間なのか。フェイルはそれが知りたかった。 「ネイはここのリーダー的存在です。難解な仕事の時はネイが作戦を立ててますから……」 「え? 作戦もネイさんが立てているんですか?」 「そうです」 リンの言葉に驚くフェイル。優秀なパイロットが優秀な指揮官であることは珍しい。軍ではその道のエキスパートを育てるように訓練をするので、そういった人物はまずいないのだ。 「……ネイさんは、ここに来る前は何をやってたんでしょうか?」 フェイルはネイの過去を知りたくなった。どうすればそんな人間になれるのか。フェイルには予測も付かない。 「さぁ……ネイは昔のこととかは一切喋りません。 もともとあんまりおしゃべりな方じゃありませんし……」 「そうなんですか……」 フェイルは残念そうに相づちを打つ。ネイもそうだが、ミルカについてもシリアについてもあまり多くの情報は得られていない。 が、これ以上の詮索はあまり意味のないものだとフェイルは思った。やはりメンバー個人については、本人に直接聞いた方がいいと考え直し、まず手始めに目の前の人間のことを知ろうとまた話題を変える。 「さっきSPに関しての仕事が多いって聞きましたけど、その時リンは何をしてるんですか?」 「私は何も……SPも乗れないし整備をする知識もないし……、コンピュータとかも詳しくないから。 ……私、洗濯とか炊事とかしか取り柄が無くて……」 リンは少し伏し目がちになる。 ネイたちと比べ、洗濯や炊事などしかできないという自分を少し恥ずかしく思っていたからだ。 「それだって立派な仕事ですよ。みんなそれぞれに役割があるんですね」 笑顔でそう言うフェイル。リンはそんなフェイルの笑顔にホッとした。 役に立ってない、などと言われたらどうしようなどと考えていたのだ。 「でもリンはどうしてこのチームに入ったんですか? 何だかリンだけは雰囲気が違うっていうか……SPがたくさんあるトレーラーにはふさわしくないって言うか……」 フェイルは表現に困る。 それは無類の違和感がうまく言葉にできなかったためだ。 ネイ、ミルカ、シリアにはどことなく似ているような不思議な感じがする。フェイルが今まで出会ったことのないような感じが。 しかしリンにはそんなものは感じない。言ってしまえば普通の人間と大差無いのだ。 だから四人の中で、リンに違和感を感じる。もっとも普通ならば逆なのだが。 「……あんまり……よく覚えてないんです」 リンは料理の手を止め暗い顔で呟く。 「覚えてないって?」 「私がここに入ったのは半年前です……。 私の住んでいた村が何体かのSPに襲われて……」 「え?」 フェイルはリンの言葉に驚きを隠せない。悪いことを聞いてしまったという後悔の気持ちも生まれたが、リンが話を続ける様子なので黙って聞くことにする。 「……それからすぐに私は気を失ったみたいで……。 気が付いた時にはこのトレーラーの中にいました。そこにいたのがネイとシリアとミルカです」 「む、村はどうなったんですか?」 フェイルは口調を強くして言った。それに対してリンはゆっくりと首を振る。 「状況が理解できない私にネイは言いました。『あんた以外は助からなかった』って……」 「………………」 リンの言葉に下を向いて黙ってしまうフェイル。 暫らく沈黙が続く。 「何だか悪いこと聞いちゃったかな……」 何か言わなければという使命のようなものを感じたフェイルが、申し訳なさそうに口を開いた。 「いえ、こっちこそすいません。つまらない話をしてしまって……。でも私、ここの生活が気に入ってるんです。ネイもシリアもミルカもとても素敵な人だから……」 少し目を潤ませて笑顔を浮かべるリン。そんなリンを見たフェイルは胸が苦しくなった。 「僕も色々あったけど、リンたちみたいな素敵な人たちと出会えたから嬉しいよ」 ニッコリと笑って言うフェイル。 軟派な男が言う歯の浮くようなセリフも、フェイルが言うと心に響く言葉になる。 なぜならば彼は、本気で言っているからだ。子供のような純真な笑顔がそれを証明している。 そんなフェイルにリンはますます顔を赤くしてしまった。 |