Not Friends

第2話 王子の居場所

 このサガには、特殊な石がある。
 魔石と呼ばれるその石は、一片が約四センチ〜八センチ程度の大きさで、正八面体にカットすると輝く。それも宝石のように光を反射して美しく輝くわけではない、石自体が発光するのだ。そして、その輝きは形が崩れない限り失われることはない。
 まさに魔法の石と言えた。
 この魔石には四種類ある。赤く輝くスザク。青く輝くセイリュウ。白く輝くビャッコ。緑に輝くゲンブ。色の違いだけで、性質は同じ、正八面体にカットすれば輝く。
 この魔石の性質が発見されたのは、石油などのエネルギーが、世界から無くなりつつある時だった。そんな時に半永久的に光を放つこの石である。人間ならば、エネルギーとして活用できないか模索するであろう。この光が生活に活用できれば、人間はエネルギーで頭を痛めることはなくなるのだから。
 そして、その数年後。
 人間のその努力は実を結ぶ。四種の魔石の光を、それぞれ違ったエネルギーに変換できるものを発明したのだ。その驚くべき発明品は魔石エンジンと名付けられた。
 半永久的に輝く魔石からエネルギーを得るのだから、無限のエネルギーを得ることができる。
 しかし、完全に無限のエネルギーを得られる魔石エンジンは完成しなかった。魔石エンジンにはいくつかの問題があったのだ。
 第一に、魔石エンジン自体を動かすためには、石油が必要だった。石油を主力エネルギーとして使うことを考えれば、その使用量は百分の一にも満たないが、やはり無限とはいえない。
 第二に、連続して使用できる時間が限られていた。魔石エンジンの稼働時間は十四時間が限度。それ以上の連続使用すると、魔石が壊れてしまう。一定の時間をおけばその魔石は再び使えるようになるが、やはり魔石から無限にエネルギーを得るとは言えないだろう。
 そんな問題はあったが、今までとは比べものにならないくらいエネルギー消費の少ない、魔石エンジンと呼ばれるそれは、サガの歴史を大きく塗り替える、まさに人類の希望となりうる発明だった。

 しかし、魔石エンジンはサガの歴史を大きく塗り替えたが、人類の希望とは成り得なかった。魔石エンジンの開発者が、それを兵器へ搭載したためだ。
 それぞれの魔石から得られるエネルギーを、特性にあったものに活用し、半永久的に動く兵器。その恐ろしいまでに強力な兵器は、魔石エンジン開発後にすぐに完成した。これは、魔石エンジンの発明者が初めから兵器に搭載することを前提に研究していたからとされている。
 その兵器は、スザクから得られるエネルギーはバーニアに使い、セイリュウから得られるエネルギーは武器として使用、ゲンブから得られるエネルギーはバリアに、そしてビャッコから得られるエネルギーは、基本的な動力エネルギーとする。
 魔石エンジンは複数個の魔石からエネルギーを得られ、その種類は問わない。しかもエンジン停止時なら、魔石の交換が可能なので、魔石エンジンに搭載する魔石の種類、数を変えることより、同じ兵器に様々な性能を持たせることができる。
 例えば機動性を重視したいなら、スザクの魔石の配分を多くすればいいわけだ。
 その兵器は開発者によって、鋼鉄の操り人形の意を持つ、steel puppet、SPと名付けられた。


 魔石エンジンを開発し、SPを創り出した科学者。彼の名は、ダグス。後にダグス・ロッシャルと名を変え、ロッシャル帝国の帝王となった男である。
 彼は大きな野望を持っていた。世界を手に入れるという子供じみた野望を。
 そのために必死に研究し、魔石エンジンを開発した。そして兵器を創った。
 もちろんそれだけでは、世界の征服などできない。その力を存分に活かせる知能と、覇者となりうる資質がなければならない。しかし、科学者でありながら彼にはそれらがあった。あってしまったがために、人類の希望となりうる魔石エンジンは、彼の操り人形として働いてしまい、彼の野望を成就させてしまったのだ。
 彼の野望が成就されてからは、一応の平穏を取り戻している。そのダグス帝王も死去し、帝王の座はダグスの長男であるドゥルクに引き継がれた。
 そして今、そのドゥルクは病に倒れている。彼が死ねば同じようにドゥルクの長男であるフェイルに引き継がれる。
 そのはずだった。
 しかし、今現在、フェイルは双子の弟であるジェイルの策略により、ある場所に身を潜めている。ロッシャルの王位継承の流れに大きな揺らぎが生じていた。
 帝国歴一年。その揺らぎにより歴史は大きく動く兆しを見せていた。


 Not Friendsと書かれたトレーラーの中の客室にあるソファーにフェイルは座っていた。4人の女性に囲まれていたが、喜べるような状況ではない。少なくとも4人のうち一人は確実に自分に対して敵対心を抱いている。
「で、どうするのよコイツ……」
 フェイルとテーブルを挟んで向かい合うように座っているネイに、整った顔立ちが崩れるくらい不機嫌な表情で言うミルカ。
「それは私たちの決めることじゃないわね」
 ネイはフェイルの方をジッと見て言う。それはフェイルが決めることだ。
 ネイの目はそう語っている。
「僕は……正直言ってこれからどうしたらいいのかわかりません」
 フェイルはネイから視線を背けて言った。
 フェイルは本当にどうしたらいいのかわからなかった。そんな情けない自分に後ろめたさがあったのでネイから視線を背けたのだ。
「ハン! 自分がどうしたらいいかもわからないなんてね!」
 ミルカがいかにも馬鹿にするように鼻で笑う。
「そ、そんな……。誰だって……これからどうするかなんていきなり言われたら……」
 そんなミルカに対して、フェイルの横に立っていたリンが小声でフェイルを弁護する。
「余計な感情が入っているあなたは黙ってなさい」
「……………………」
 リンは何か言おうとしたが、ネイの気迫に押されて黙ってしまった。
「……まぁすぐに決められるような問題じゃないと思うし、いい加減に答えられても困るわ。
 もう少し考えてみなさいよ、あんまり時間をかけられても困るけどね」
 ネイは付け加えるようにそういうとフェイルに視線を向ける。するとミルカとリンもフェイルに視線を向けた。
 部屋の隅でもたれ掛かるように立っていたシリアも、サングラスでよくわからないが、視線を向けたように思える。
 四人の視線がフェイルに集まっていた。それぞれがそれぞれに違う視線だ。
 本心を射抜くような目を向けているネイ。
 敵意剥出しの目のミルカ。
 心配そうな目のリン。
 シリアはサングラスによって目が隠れているのでよくわからない。いやサングラスのせいだけではない。シリアの独特な雰囲気のようなものが、彼女の内面を読み取れないようにしていた。
 8つの瞳の中に映っているフェイルは、緊張により顔が強張っていた。
 自分の一言がとても重い言葉になると感じているのだ。
 考えてみればフェイルはロッシャル帝国第一王位継承者。彼の一言はサガを傾かせる可能性だってある。緊張感を持ち、しっかりと考えて言葉を選ばなければならないはずだ。軽率な言葉は許されない。
 ……しばらく沈黙が続く。
 根が真面目なフェイルは、この4人の視線にしっかりと答えるため、必死で自分が今何をなせばいいか考え、そして自分の意志をはっきりと明確に伝えることのできる言葉を模索していた。
「僕は……」
 やがて意を決してフェイルが口を開く。
「僕はやはり今の帝国は間違った方向に進んでいると思います。だから僕は帝国を正したい」
「具体的にどうするのよ?」
 フェイルが述べた自分の意志を、ネイはすぐに問い掛けによって返した。
 まるでフェイルの今の言葉を予測していたかのように。
「……残念ながら今の僕にはそんなことはできないようです。僕には力が無い。
 だから……だから僕に力を貸してください。あなた達の力を借りればきっと帝国を正せると思うんです」
 フェイルは真っすぐな目でネイを見て問いに答えた。
「それはできないわね」
 ネイはフェイルの、恐らく物凄い決心の上で放った言葉を無表情ではねのける。
「なぜですか?」
「私たちに力を借りたとしてどうするの? どうやって帝国を正すの?
 ……それは考え付かないんでしょう? そんな計画性の無い無鉄砲な人間にただで力を貸すほど、私はお人好しじゃないの」
 ネイの言葉に反論できないフェイル。しかしフェイルは引く訳にはいかないという気持ちから、冷静さを失っていたので立ち上がって語気を荒げる。
「じゃあなぜ僕を助けたんですか! 僕の考えに少しでも賛同してくれたからじゃないんですか? 気紛れかなんかだったんならほっといてくれれば良かったんだ!」
「……あんたがそんなことを言ったらリンは浮かばれないわね。
 リンはあなたを死なせたくなかった。乗り方も知らないSPに乗ってでも助けにいくと言った。
 だから私はあなたを助けたのよ。今のはリンに余計なことをするなと言ってるのと同じよ……」
 ネイの言葉にリンが赤くなる。ネイは自分がフェイルに淡い想いを抱いていることを間接的に言っているようなものだ。
 もっともそういうことに鈍感なフェイルにはわからなかったが。
「……あ……う……」
 フェイルはネイの言葉によって心がうちひしがれるような感覚を覚えた。冷静さを失ったとはいえ、リンの優しい気持ちを踏み躙るようなことを言ってしまったのだ。
「す、すいません……リンさん……」
 フェイルは下を向いているリンに謝罪する。
「そんな……」
 リンは戸惑って何を言ったらいいのかわからない。そんなリンの代わりにネイが口を開いた。
「そういう気持ちがあるんだったらもっと自分の力を考慮してこれからどうするかを現実的に考えなさい。私としては今すぐにでもあなたに出ていってもらいたいの。でもあんたが何の考えもなしにここを出たら、またリンが助けようと騒ぎ出すわ。そうなったら困るの」
「……はい」
 すっかり悄気てしまっていたフェイルは顔を伏せたまま返事をする。
 しかしその顔は真剣だった。
 さっきよりも自分の無力さを感じていたからだ。
 自分の力を考慮して……ネイの言葉を頭の中で繰り返して考えてみる。
(今自分にある力……第一王位継承者という権力もここでは何の意味もない。
 自分からそれをとったら……何が残るんだろうか……。
 SPの操縦には少し自信がある。数々のシミュレーションをこなし、かなりの高成績を残している。
 しかしネイさんやミルカさんにはどう考えてもかなわない中途半端な力だ。
 それにルシフェルを失った今、その能力はなんの意味も持たない。他には何がある?
 学問は一通りこなしているしそれも優秀な成績を残している。でもそれも意味のない能力だ。本当に頭が良かったら、自分がどうすればいいかなんてすぐわかる)
 考えても考えても答えが出ないフェイル。
 自分の力……自分が今できること……自分が今なにをなすべきか。そんなことが本当にわかっている人間など少ない。
 そしてこんなに真剣に考える人間も。しかしフェイルは真剣に考えてしまう人間である。そんな人間だからこそ答えが出ないのだ。
(情けない……。
 ここの四人は仕事をしっかりして……自分の力だけで生きている。僕は城から出たら何もできないのか……。
 ……仕事……?)
 フェイルが閃いたように顔を上げる。
「僕に今ある力、……それは金塊だけです。だからそれであなた達を雇いたい。それで自分の目標に少しでも近付きたい。確かあなた達は何でも屋でしたよね?」
 自分にあるもの。フェイルが出した結論は、ルシフェルから唯一持ち出していた金塊であった。
 自分にあるのは金品の類だけだと言える人間は少ない。
 それを本気で言ってしまうフェイルに四人は驚いた。
「……さすが王子サマ。言うことが違うわね。
 ……でもね。私たちは何でも屋だけど仕事を選ぶ何でも屋なのよ。あんたに力を貸すなんてムチャな依頼は受けないわよ」
 ミルカが呆れるように言う。
「で、報酬はどのくらい払うつもり?」
「え?」
 ミルカとリンとフェイルが驚く。今の言葉を発したのがネイだったからだ。
「ちょ、ちょっとネイ! 請けるつもり!?」
「どうなの王子様?」
 ミルカの言葉を無視して話を進めるネイ。
「そ、そちらの言い値で構いません」
 フェイルは怒りの感情を露にしているミルカをチラチラと見ながら言った。
「……OK。宿泊費を含めて一週間につき金塊四本ってところね。これは固定額で、何か問題が起こっても何も起こらなくても変わらない。それでどう?」
「ネイ! 私は請ける気なんてサラサラないわよ!?」
「……私もまだ請けるかどうかは決めてないわ。でも条件によっては請けるつもりよ。もし請ける場合、そんなにイヤだったらミルカはこの件に関して協力しなくていいわ」
 感情をぶつけるように話すミルカに対して、ネイは冷静に答える。それを聞いたミルカはネイを睨み付けた。
「あっそ! じゃあ私はもうここにいる必要は無いわね!」
「……そうね」
「!」

 ドン!

 ミルカは壁を思い切り叩いてから客室をでていった。そんなミルカの行動にフェイルとリンは動揺してしまう。
「い、いいんですか?」
「気にしなくていいわ。交渉を進めましょう」
「あ……は、はい……」
 フェイルは気にするなといわれて気にしないような性格では無かったのだが、ネイの言葉に素直に頷いた。
 今はこの交渉を進めるのが一番大切だったからだ。
「依頼を請ける上で一つ、重要な条件があるわ。力を貸すってことはあなたを護衛しつつ帝国を正す努力をすればいいんでしょう?」
「ええ……」
「じゃあ私たちはそのために最善だと思うことをするわ。だからあなたはこっちに従ってもらう。
 意見も受け付けないわ。それが条件よ」
「そ、そんな……」
 フェイルはその絶対服従に限りなく近い条件を素直に飲めるはずがなかった。
 しかしこの交渉が決裂してしまったら、本当に自分はどうすればいいかわからない。やっと見つけた道なのだ。この道を見失ってはもう次の道は見えてこないかも知れない。それなら、ムチャな条件も飲まざるを得ないのではないだろうか?
 心の中でしばらく葛藤する。
「……それはできません。自分の納得いかないことをするなら意見を言わせてもらいます!」
 悩んだ結果、フェイルは断った。なぜなら、自分の成すべきことの中に弟の更正というのも加わっていたからだ。
 それをするために、自分が間違った行動をとってしまってはどうしようもない。フェイルは自分の中の正論を言葉として表現したのだが、少し後悔もしていた。
「……OK」
 暫らく考えていたネイの口からは承諾の言葉が出た。フェイルはホッと軽いため息をつく。
「その代わり意見の食違いが出て、決着が着かないときはすぐこの依頼は放棄させてもらう。
 それでいい?」
「はい、構いません。」
 今回のネイの条件も決して自分に有利なものではない。しかしさっきと比べれば格段にいい条件だ。
「交渉成立って訳ね……。
 それじゃあこれからどうするかを具体的に決めていきましょうか?」
 淡々と話すネイにフェイルは少し頼もしさのようなものを感じる。そのおかげで彼女たちに協力を求めた自分の選択にいくらかの自信が持てていた。

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