Not Friends

第1話 悪魔に乗った王子様

「……それで逃げてるって訳?」
「はい」
 フェイルがネイの言葉に頷く。
 ここはトレーラー内の、いわゆる客室と呼ばれる部屋。シックなソファーや大きな机があり、会社の応接間のような雰囲気の部屋だ。
 あのあと、格納庫で話を続けるのも落ち着かないと判断し、ネイとシリアはフェイルを客室に通した。
 ネイとフェイルは大きな机を挟んで向かい合うようにソファーに腰を掛け、シリアはネイの後ろの壁に、立ったまま寄りかかっている。
 フェイルと名乗る青年の話の内容はこうだった。
 現在のロッシャルの帝王ドゥルクは病を患っており、いつ死んでもおかしくない状況にあるという。
 もしドゥルクが死去した場合は、次の帝王はその息子であるフェイルになるのだが、フェイルには双子の弟がいる。
 名前はジェイル。
 そんな状況下、フェイルは最近何度も命を狙われていたのだが、それが弟の仕業と言うことがわかった。
 そのことを知ったフェイルは城内の者にそのことを話した。
 しかし、城内の人間はすべて弟に懐柔されているのか、何の解決にもならなかった。
 日に日に激しくなってくる暗殺の手。それから逃れるため、城から逃げ出してきたのだと言うのだ。
「王位継承者が王位に目がくらんだ肉親に命を狙われる。歴史上じゃよくあることね。
 それで? 逃げてきてどうするわけよ?
 このまま姿をくらませて弟さんに王位を譲るつもりなの?」
「そんなつもりはありません! 王位に特にこだわる訳ではないですが、王となる者は兄を暗殺して王位を奪おうなどと企むような人間ではいけないと思うんです。
 ですから、今の考えを改めない限りジェイルは帝王に相応しくない!」
 ネイの問いに熱く答えるフェイル。しかしネイたちにはその想いは伝わっていない。
 彼女たちは『何だか偉そうなことを言ってる』という程度にしか感じていなかった。
「それで? 具体的に何がしたいのよ?」
 ネイはやる気がなさそうに言う。そんなネイにフェイルは苛立ちを覚えたが、一呼吸置き、気を落ち着かせてから真面目に答え始める。
「はい。暗殺を企てたわけですから、ジェイルは罰せられるべきです。しかし城内の人間がジェイルに懐柔されているためにそれもできない。それは明らかにおかしいことです。
 今の帝国は正しくない方向へと進んでしまおうとしてるんです。
 だから国民のみなさんの力を借りようと考えました。全国民にこのことを伝えれば、きっと僕と共に帝国を正しい道へと導いてくれると思うんです!」
 真っ直ぐな瞳で馬鹿正直に熱弁するフェイル。しかし聴き側であるネイは、フンと鼻息混じりに一笑した。
「何がおかしいんですか!!」
 ネイの態度に苛立ちを覚え続けていのを我慢していたフェイルだったが、馬鹿にしたような彼女の態度にとうとう怒鳴り声をあげる。
 ネイはそんなフェイル相手に一歩も引かず、落ち着いた口調で話し始める。
「まず第一に、私たちはあなたが王子だってこと自体怪しいと思っているのよ」
「信じていただけないんですか?」
 信じるという一言に一瞬だけ眉を潜める。
「……判断の材料が足りないだけよ。あんたが王子だって証拠はどこにもないでしょ?」
 フェイルはネイの言葉に一瞬ひるむが、すぐさま返す言葉を思いつく。
「僕の顔や声くらい知っているはずでしょう?」
 確かに王子はテレビに出ることも多いので、ネイもシリアも顔と声くらい知っている。
 さっきフェイルの顔に見覚えがあると感じたのものそのせいだろう。
「そっくりさんってことも考えられるわ。
 それに、例えあんたが本当の王子だったとして、さっきの話が本当だとしても、私たちは協力しようなんて思わない」
「なぜですか!?」
 ネイの言葉が信じられないといった感じに、声を張り上げるフェイル。
「帝国を正すのを国民に協力してもらう?
 それは帝国相手の反乱に手を貸せってことよ? 普通の一般人ならそんなことに関わらないと思うわ」
「僕の考えが間違ってますか!? ジェイルが正しいんですか!?」
 ネイの意見に激しく反発する。
「善悪の問題じゃない。ロッシャルは世界を征している。そんな強大な力に、例え悪であっても征されている人間は従うのよ」
「そんなのおかしい! おかしいじゃないですか!!」
 大きな動きで気持ちを表現するフェイルだが、ネイとシリアはまったく気にもとめていない。
「おかしくなんてない。誰も早死にはしたくないもの」
 そしてネイは、あくまで冷静な言葉を返した。
「……………」
 そんな彼女に、とうとう反論の言葉を失って黙り込んでしまう。
「……私たちに直接危害を与えるつもりはないんでしょ?
 だったらもう話をする必要はない」
 ネイはそう言って席を立つ。フェイルは何も言わない。いや、言えないのだ。
 完全にネイに言い負かされてしまったのだから。
「じゃ、早いところ出ていって。出口までくらいなら案内してあげるから」
 ネイがフェイルに出ていくように促し、客室の出入り口の方へ向かう途中、開く操作をしていないのにも関わらず突然ドアが開いた。
 3人が反射的にドアの方に視線を送る。
「ああん! こんなところにいたのぉ?
 お・ネ・イ・様!」
 視線の集まっていたドアから、そんな言葉と共に勢いよく部屋に入ってきたのはミルカだった。
 ミルカは入ってきた勢いのままネイに抱きつく。
「そのおネイ様ってのはやめってって言ってるでしょ。それにあんたの方が年上でしょうが」
 ネイはミルカを振り払おうともがきながら言う。
「あらん、ただの丁寧な言い方よん! 最初に『お』をつけて最後に『様』をつけてるだけでしょぉ?」
 ミルカはネイの胸に手を忍ばせながら、お茶らけた言葉をネイの耳元で囁く。
「離れてってば!」
「いやん、おネイ様ぁ!
 パイロットスーツのままじゃ柔らかいバストが感じられなぁい!」
 ネイの言葉を無視して、胸に忍ばせていた手を今度は太股の方へ移し、撫で始めた。
 ネイの全身にゾワゾワッとした悪寒が走り、鳥肌が立つ。
「いい加減にして」
 いつの間に取り出したのはかわからないが、ネイはミルカに銃口を突きつける。
「も、もぉ、つれないなぁ。ただの愛情表現なのにぃ」
 ミルカは引きつった顔で渋々ネイから離れていく。
 今の言動や行動から推測できるかもしれないが、ミルカは同性愛者だった。
 ネイに気があるが、ネイにそのケは無い。
「あや?」
 ミルカが今までのやりとりを呆然と見ていたフェイルに気付く。
 するとみるみるうちに表情が強張っていった。
「お、お、お、男ぉぉぉぉ!?
 ギャアァァァァァ! 私たちの女の園に男がぁぁぁぁぁ!」
 大騒ぎするミルカ。
「何が女の園よ……」
 対してネイはあきれた口調で言い放つ。
「ひどい、全然私になびかないと思ったらこんな男が……って、あれ?」
 ミルカは言葉を途中で止め、フェイルの顔をジーッと見始める。そしてその後、カッと目を見開き、ビシィとフェイルを指差してこう叫んだ。
「あーっ! まさかあんた!
 フェイルの影武者!?」
 フェイルは何のことだがわからないかのように、また呆然とする。
「影武者? どういうことよミルカ」
 ネイが訊くと、さっきのテレビの内容をかいつまんで話し始める。
 影武者がカイザーズから逃げ出したこと。三億ディラの賞金がかけられていること。
「違う!僕は本物のフェイルだ!」
 話を聞いていたフェイルが強い口調で言う。
「偽物はみんなそう言ってごまかそうとするもんなのよ!」
 ミルカはフェイルの言葉をまったく聞き入れず、睨み付ける。
「まぁ待ちなさいって。確かに黒いSPも乗ってたし、帝国のSPにも追われているみたいだけど……」
「だったら間違いないじゃない!」
 ネイが制止するように落ち着いた口調で話し始めるが、興奮気味のミルカはそれをかき消すように強い口調で言う。
「……どうもうさんくさいのよ」
「……何でよ?」
 訝しげな表情を浮かべているネイにミルカは問いかける。
「考えても見なさいよ。帝国の問題を公表して、しかも破格の報酬を出すなんて普通じゃないわ。
 影武者が一人逃げ出したくらいは、帝国内で極秘に処理できるもの。それにこいつは帝国兵に追われてるって言ってた。いくらSPの性能が高くたって、1機じゃ帝国からここまで逃げ切れる訳が無い。
 SPの操縦がずば抜けてうまいわけでもないし」
 ネイは今までの行動からの推測を語る。
「……つまり……どういうこと?」
 ミルカはネイの言いたいことが理解できずに首を傾げた。
「つまりよ。帝国は影武者が逃げ出したことを表明して、民間人にもその存在を確かめさせたかったってことじゃないの?」
「どういう意味ですか?」
 フェイルもネイの言っている意味が理解できていないために身を乗り出して訊いてくる。
「これはあんたの話が本当だった場合の仮説。
 あんたの弟はわざと暗殺を何度も失敗し、さらに自分がやったという噂を流す。
 兄弟だからあんたの行動くらい予測できると思うわ。つまり、あんたを城から追い出したかったってこと。
 そのあとは影武者が逃げたという情報を流し、あんたを殺す。その後逃げたのは影武者ではなく本物だったと公表すればいい。
 そうすれば王位はジェイルのものになるわ」
「でもなんでそんな回りくどいことを?」
 ミルカがうーんと唸りながら訊く。
「城でフェイルが暗殺されたとなれば疑われるのはまず間違いなくジェイルよ。王位を奪うためにやったってね。
 でもこういう風にすれば疑われるのは影武者の方。自分がフェイルに成りすまして王位を継ごうとしたと」
 ミルカはネイの推測を聞いてもまだなっとくしていないようだ。
「そうだとしても……、フェイルを届けるか殺すかしたら賞金は貰えるんじゃないの?」 
「裏で帝国が動いてるとなればどうだか……。ジェイルは確実にフェイルを殺したいのよ?
 民間人だったら生け捕りにしてしまう恐れがある。だったら賞金が懸かったという情報が広まってから、民間人を装った……それこそ隠密部隊なんかをつかってフェイルを殺すでしょうね。
 莫大な賞金をかけたのは話題性を高めるためよ。そんな奴らに狙われているヤツに関わったという事実が発覚しようものなら、一緒に闇に葬られかねないわ」
 ミルカはうーんと考え込んでしまう。
「それってあくまで推測でしょ?そうと決まった訳じゃ」
「もちろんそうよ。でもそうと決まってないわけじゃないわ」
 そして今度こそ何も言えなくなった。
「結局……あなたたちは僕をどうする気なんですか?」
 言葉が無くなり静まりかえったところで、フェイルが核心に迫る質問をする。
「……即刻ここから出ていって貰うわ。人目につかないところでね。
 幸いこの付近の人間はあんたがここにいることを気付いていないみたいだし……」
 黒いSPが運び込まれたことが知れ渡っていれば、もう騒ぎになっていることだろう。
 しかし黒いSPが搬入されてからもう30分以上経つ。今なら、賞金首と関わったことを世間に隠し通すことができる。
 冷たく言い放ったネイの言葉を耳にしたフェイルは、眉間に皺を寄せて小刻みに震えている。
「あなたたちが推察したとおりだったら僕は確実に殺されるでしょう。そうしたらジェイルが王位に就きます。
 そんなあくどい計画を企てるような人間が自分たちの王になってもいいんですか!?」
 最初はゆっくりとした口調だったが、語尾のほうではかなり荒く激しい言い方に変わっていた。
「なぁーにソレ? 正義を盾にして、『自分を助けてくださぁい』って言ってるのぉ?」
 それを聴いたミルカが嫌みったらしく返す。フェイルはさらにカッとなりかけたが、すぐに気を落ち着かせるために目を瞑って下を向く。
「……すいません……。
 勝手な言い分でしたね。
 ……でもせめて僕のルシフェルの修理をさせていただけませんか? ここの設備なら可能なはずですから」
「ルシフェル?……ああ、あんたのSPね」
 ネイの言葉に頷くフェイル。
 フェイルは彼女たちに助けを求めることをあきらめ、一人でまた外に出る決心をした。
 しかしSP無しでは帝国の手から逃れるなど到底できるとは思えない。だからここでSPの修理をする必要があると考えたのだ。
「……あんたお金持ってるの?
 まさか私に壊されたからタダで修理しろなんて言わないでしょうね?」
 ネイがフェイルの申し出を聞いてすぐ商談に入る。フェイルはそんなネイの態度に好感は持てなかったが、今はそんなことにとらわれている時ではない。
「……現金は持っていませんが、金塊なら二十キロほど持っています」
「二十キロぉ!?」
 返ってきた返事があまりに衝撃的なものだったために、ミルカは思わず声をあげてしまう。フェイルは金塊なら二十キロほどと軽く言ったが、金塊は百グラムで五万ディラはする。つまり二十キロの金塊は1億ディラの価値があるのだ。
「さっすが王子様……」
 ネイはヒューっと口笛を吹く。
「……って、え?
 何? もしかして承知するつもりなの!?」
 ネイの態度から修理を請け負おうといていることを読みとったミルカは抗議の声をあげた。
「最近金欠気味で今月収入が入らなかったら、トレーラーの維持もできないのよ。仕事を選んでる余裕はないわ」
 ネイがミルカの耳元で、小声で話し始めた内容は、切実で力強い一言だった。
 それを聞いたミルカは何も反論できずブツブツと文句を言いながら引き下がる。
「じゃ、あのSPを完璧な状態にしてあげるわ。
 報酬は……金塊2キロってところね。」
「ええ!?」
 また、驚き声をあげるミルカ。
 ネイが出した報酬の額が、驚くべき額だったからだ。ルシフェルの破損部分は動力部系を守る装甲と、その付近の配線のみ。
 装甲のダメージは深刻ではなかったので、四百万ディラあたりが妥当なところだ。しかしネイの出した条件は一千万ディラ。じつに相場の2.5倍である。
「はい。構いませんよ。」
 さらに驚くべきはフェイルが笑顔でそれを承諾したことだった。あまりにもあっさりと返ってきたその答えに、ネイも少なからず動揺を覚える。
「……OK。商談成立ね」
「……言っておくけど、修理が済んだら即刻出ていってもらうからそのつもりで」
 今まで黙っていたシリアが、ネイの言葉に補足をつけるように口を開く。
 フェイルの表情が一瞬強張ったが、小さな声で「……はい。」と返事をした。
 部屋の空気が一瞬にして重くなる。
「あれー?みんなここにいたの〜?」
 そこで突然ドアが開き、今の雰囲気に相応しくない可愛らしい声とともに、リンがヒョコッと顔を出した。
「ミルカひどいよぉ! 先に行っちゃうから随分探したんだよっ!
 ……あれ?」
 ようやく部屋に流れる重い空気を感じ取り、自分が浮いていることに気がつく。
「リン、お仕事だってさ。この男が依頼人よ」
 ミルカは不機嫌そうに言い放ち、部屋を出ていく。
「そういうことだから。リン、こいつの相手をしておいて。
 ……ああ、王子様らしいから丁重に扱ってね。あと昼食は簡単に食べられるものを第6格納庫に持ってきて」
 ネイもミルカと同じように、リンに一声かけてから部屋を出ていく。シリアもそれに続いて部屋を出ていったので、フェイルとリンが客室に取り残されたことになる。
「お、王子様?」
 ネイの言葉に目を白黒させながらフェイルに視線を移す。
「あ……!」
 フェイルを見たリンは激しい胸の高鳴りを覚えた。王子様だと紹介されたフェイルが、かなりの美男子だったためだ。
 美男子の王子様。リンは夢見がちな少女だったので、絵に描いたようなフェイルの存在に動揺してしまったのだ。
「あ……ど、どうも……」
 今までの出来事で放心に近い状態になっていたフェイルが、やっとリンの視線に気づき、頭を軽く下げて挨拶をした。
「は、はい! こ、こんにちは!」
 リンは顔を赤くして、裏返った声で挨拶を返した。


 様々な機械音が鳴り響く格納庫。
 ネイ、シリア、ミルカの3人がフェイルのSP、ルシフェルの修理にとりかかっていた。
 ルシフェルの所有者であるフェイルもここにいるが、修理には携わっていない。協力をするといったのだが、『他人に機材を触らせたくない』と言われ、おとなしく格納庫のベンチに座って経過を見守っている。
「ごはんできたよぉ!」
 機械音だけが鳴り響いていた格納庫に、リンの声が響き渡る。
 リンが運んできたトレイには、サンドイッチといくつかのストロー付きの水筒がのっていた。
 黙々と作業を続けていた3人は、一斉にリンのもとに来ると、それぞれがいくつかのサインドイッチと、水筒を受け取り、飲み食いしながらまた作業に戻っていった。
「まったく……みんなお行儀悪いですよね?
 はい、フェイルさんもどうぞ」
 リンはのっているものが少なくなったトレイから、サンドイッチをフェイルの前に差し出した。
「ああ、ありがとうございます」
 フェイルはそれをニッコリと笑って受け取る。
 リンはその眩しい笑顔を直視できずに赤面して俯いた。
「……どう……ですか?」
 リンはフェイルがサンドイッチを口に運ぶのを見守りながら小声で言う。
「うん。美味しいですよ」
「よ、よかったぁ……」
 フェイルが頷いてそう言うと、リンは安堵の息をもらした。

「ねぇねぇ」
 作業しながらリンとフェイルが話しているのを見ていたミルカが、ネイのそばに行って声をかける。
「あによ?」
 ネイはサンドイッチを口に含みつつ、足の駆動部分を修理をしながら相づちをうった。
「なぁんかあそこ、ラブラブな雰囲気なんだけどぉ!」
 ミルカはリンとフェイルを指さして言う。ちなみにベンチと修理場所は離れているので、話し声は聞こえていない。
「……んぐ。腕の修理は済んだの?」
 ネイは興味が無さそうにサインドイッチを飲み込み、冷たくあしらった。ミルカはネイの態度に不満を持ちつつも腕の部分にもどる。
 その前にシリアにも声をかけようとしたが、無視されるのは目に見えていたので、大人しく作業に戻った。
「……ミルカ。いい加減にやるんじゃないわよ?」
 そんなミルカの行動を見たネイが、くぎを指すようにいうと、ミルカは「はぁーい」とやる気が無さそうに返事を返した。

 無言でSPの修理作業をしている3人をよそに、リンとフェイルの会話は弾んでいた。
「へぇ……。何でも屋ですか」
「はい、賞金稼ぎって呼ぶ人もいますけど、いつも賞金首を追いかけているわけじゃないから……。
 どちらかというと、SPの修理とかが多いですからね。あとは工事の手伝いとか……。
 とにかく私たちでできることなら何でも請け負うんです。私も一応ホームヘルパーとかするんですよ?」
「まだ若いのにちゃんと働いてるなんて偉いですね」
「そ、そうですか?」
 リンの顔がまた赤くなる。
 いや、さっきから赤くなりっぱなしだったので、さらに赤くなったというのが的確であろう。
「そうですよ。
 ボクが君くらいのときは、自分の好きなことしかしていませんでしたよ」
「でも今は大変じゃないですか。弟さんに……あ!」
 リンはあわてて言葉を飲み込む。さっきフェイルから事情を聞いていため、『弟さんに命を狙われてる』から大変だと言おうとしたのだが、デリカシーに欠ける言葉だと言うことに気がついたのだ。
 しかし、飲み込むのが遅かったために、もうフェイルにはその言葉は伝わっている。
「うん。……でもジェイルは王位というものに惑わされてるだけだと思うんです。根は悪いヤツじゃないんですよ?」
 笑顔で言うフェイル。これは、自分を気遣ってくれたリンに対しての思いやりであった。
 その笑顔は今までの笑顔よりも眩しくて、リンは耳まで真っ赤になって俯いてしまう。
「お客さん! 終わったよ!」
 そんな2人の耳に、拡声機を通したネイの声が響く。
「え? 本当ですか?」
 フェイルは思わず聞き返した。
 時刻は午後4時過ぎ。午前11時から始めたので5時間近くで修理したことになる。
 いくら3人でやったとはいえ、驚くほど早い。故障の具合からいって、工場に頼んだら8時間以上かかるのを5時間で修理して見せたのだから驚くのも無理はないが。
「何よあんた! 疑ってんの!?」
 ミルカがまたトゲのある言い方をする。
「そんなわけじゃ……」
 フェイルはそれを真に受けて申し訳が無さそうにそう言った。リンはそんな2人のやりとりにオロオロとしているが、ネイとシリアはまったく気にしていない様子だ。
「いいから乗ってみなさいよ王子様」
 ネイがコクピットを開ける操作をして言う。フェイルはそれに頷くと、ルシフェルに乗り込んだ。
 コクピットに座り、マニュを付ける。そしてコクピット内のコードをマニュに差し込んだ。
 するとスカウターがポウっと優しく輝き、様々な情報が表示される。SPのチェック情報が流れているのだ。最後にオールグリーンの文字が出ると、フェイルは操縦桿を握った。
「どう? 調子は?」
「はい。問題ないみたいです」
 コクピットをのぞき込んで問いかけるネイに、フェイルは笑顔で応えた。
「じゃ、報酬」
「え? ええ……」
 フェイルはもっと違う返事が返ってくると思っていたため、少し戸惑いながら、コクピット座席の後ろにあったアタッシュケースを取り出した。
 ケースを開くと、まばゆい光がこぼれる。ケース内には、綺麗に並べられた一キロの金塊がズラリと並んでいた。
 フェイルはそれを惜しげもなく二本鷲掴みにすると、ネイに手渡しす。ずっしりとして冷たい感触は、本物のソレだった。
「じゃ、実際に走らせてみなさいよ」
 金塊を受け取ったネイは、フェイルに外で走ってみるように促す。トレーラーは自動走行機能で、人目の少ない荒野の方へと走り続けていたので、もうルシフェルを発進させても問題ないだろうと判断してのことだ。
 フェイルはそれに頷くと、コクピットカバーを閉め、ルシフェルを起動した。
 鈍い機械音と共にルシフェルの目が輝く。そのタイミングを見計らっていたかのように、SPの発進口が開き、誘導灯が点いた。フェイルは誘導灯に従ってルシフェルをゆっくりと歩かせ始める。そして発進口までたどり着くと、ローラーフットを起動させた。
 独特な摩擦音がすると共にルシフェルがトレーラーから発進した。

 発進したルシフェルに通信が来る。フェイルがそれを受信すると、通信用モニタにネイの顔が映し出された。
「バーニア、プラズマガンの調子は?」
「あ、今やってみます」
 フェイルはバーニアを噴かして機体を上昇させようと試みる。ゴォォと言う音と共にルシフェルが舞った。続いて何もない方向に威力を調節したプラズマガンを発射させる。
 威力も照準も何の問題もない。ルシフェルは完全に修理されていると言えるだろう。
「良好です!」
「そう、それじゃ……」
 ネイはフェイルのその言葉を聞くと共に通信を切る仕草を見せる。
「あ、待って!」
 フェイルは礼を言おうと呼び止めようとしたが、通信はあっさりと切られてしまった。
 相手のチャンネルもわからないので、フェイルは仕方なく回線を閉じ、トレーラーの姿を探したが、もうルシフェルからかなり離れていた。
(……これからどうすればいいのかな……)
 フェイルは心の中でそう呟くと、ルシフェルをトレーラーが進んでいる方向と逆に走らせた。


「フェイルさん……大丈夫かな?」
 リンがため息混じりに呟く。
 ネイ、ミルカ、リン、シリアの4人は、トレーラーのリビングに集まり、大きなテーブルを囲んで休憩している。4人ともイスに座っており、それぞれが好きな飲み物を飲んでいた。
「なぁにリン? もしかして惚れちゃったぁ?」
 ミルカがニヤニヤして聞くと、リンは耳まで真っ赤になった。
「あら〜マジィ? 男なんてやめときなさいよぉ。
 よく考えてみなさい? 女性の細く美しい指を味わったら男のなんて……」
 ガシャン!
 ミルカのセリフの途中でネイが大きな音を立てて、飲んでいたコーヒーのカップを置く。ミルカは「ホホホ」と笑ってココアの入ったカップを傾けた。
 リンは意味がわからずに目をぱちくりとさせている。
「で、でもほらぁ、あいつはもう殺されちゃってるわよ。あきらめなさいって!」
「え!?」
 ミルカが冗談めかして言った言葉に、リンは表情を曇らせる。そんなリンを見たネイが、ミルカに向かって『余計なことを言うな』という視線を向けた。
「ど、どういうこと!?
 も、もしかしてフェイルさんが助からないってわかってて送り出したってこと?」
 ミルカの言葉の意味がわかったリンは、顔を青くなる。
「ねぇネイ! そうなの?」
「………………」
 沈黙をもって答えるネイ。   
「……そうなの!? ミルカ! シリア!?」
「……………………。」
 リンは同じ質問をシリアとミルカにも向けるが、2人はネイと同じ答えを返した。
「ヒ、ヒドイよ!」
「報道では賞金首。本人は自分が王子だと言っている。さらには帝国軍に追われているらしい……。
 そんな得体が知れなくて危ないヤツに関わったら何があるかわからないわ」
 ネイは表情を変えずに言う。
「でも!」
 その言葉に抑えきれない感情が沸きだし、思わず立ち上がる。テーブルに足がぶつかり、置いてあったリンのホットチョコレートが少し零れる。
「……あーあ、リンちゃん本当に惚れちゃってるみたいねぇ……」
 ミルカはやれやれと言った感じで言う。
「……そ、そんなこと……。でも!」
 リンはミルカの言葉で真っ赤な顔になるが、それでも言葉を続ける。
「じゃあどうしろっていうのよ? まさかここにかくまえとでも言うの? 賞金首をかくまったりなんかしたら、こっちも犯罪者になるのよ?」
「で、でも……」
 ネイの圧倒的な言葉に対し何か言おうとするリンだが、返す言葉が見つからず、もどかしさを覚えるしかない。
「それにあれから1時間以上も経ってる。あんな目立つSPじゃとっくに見つかって、もう……」
「!」
 リンはネイの言葉を最後まで聞かず、走って部屋を出ていく。その目には大粒の涙が光っていた。
「あ、ちょっとリン!」
 ミルカもあわてて後を追うように部屋を出ていく。
「ふぅ……」
 ネイはシリアと顔を見合わせてから一息つき、ゆっくり部屋を出ていった。

「リン! リン!
 開けなさいって! 仕方ないでしょ!?」
 ミルカがリンの部屋のドアをドンドンと叩きながら言う。リンの部屋のドアは、ロックされていて開かない。
「し、仕方ないって……ひどい!ひどすぎるよ!
 フェイルさんは悪いこと何もしてないのに! それなのに……うっ……うぅっ……」
 言葉に詰まって泣き出すリン。部屋の外にも響くその泣き声に、ミルカは何も言えなくなってしまう。
「リンは?」
 そこにネイがゆっくりと歩いてくる。
「天の岩戸状態」
「そう」
 ネイは軽く頷いてから、ドアの前に立って、すっと息を吸い込む。
「そんなに心配なら通信をしてあげるわ。嫌ならいいけど、そうじゃなかったら出てきなさい」
 ネイがそう言ってしばらくしてからドアが開く。出てきたリンの顔は、涙でグシャグシャになっていた。


 3人が通信をするためにトレーラーの司令室に行くと、シリアがすでに通信の準備を済ませていた。
 3人がモニタ前のイスに座ると、フェイルのSPのチャンネルに、アクセスをし始める。
「いいの、ネイ?」
 ミルカがリンに聞こえないようにネイに話しかける。
「どうせもう生きてやしないわ。それがわかればあきらめもつくでしょ?」
「相変わらず厳しいこと」
 ミルカは冗談混じりに首をすくめた。
 そんなことをしていると、通信がつながる。
「え?」
 ミルカが声を出して驚く。通信が繋がると言うことは、少なくてもルシフェルが破壊されていないということ。さらにモニタにフェイルの姿が映し出され、フェイルがまだ生きていることが証明された。
「誰ですか? ……あ!」
 フェイルが目を丸くして驚く。
「フェイルさん!」
 リンは零れる涙を拭いながら笑顔を浮かべた。
 それを見たネイとミルカはふぅと一息つく。
「ど、どうしたんですか突然?」
「無事で……無事でよかった……」
 質問のこたえいなかったが、
「あ……はい。どうやらまだ見つかってないみたいです」
 フェイルは、もう来ないと思っていた通信に、少し戸惑いながらリンと一言二言会話を交わした。
 その最中、爆音とともにモニター画像が乱れる。
「フェイルさん!? どうしたんですか!?」
「ど、どうやら見つかってしまったみたいです!
 通信を切りますよ!!」
 フェイルは切羽詰まった様子でそこまで言うと、通信を切ってしまった。
「フェイルさん? フェイルさん!? 応答してください! フェイルさん!!」
 リンは必死にモニタに向かって呼びかけるが、もちろん返事はない。
「……ネイ! ミルカ! フェイルさんを助けにいってあげて! お願い!」
 呼びかけてもムダだと悟ったリンは、ネイとミルカの方に振り返って懇願するように言う。それに対してネイもミルカも何も答えない。
「ねぇ! お願いだよ! もしかしたら見つかったのは通信をしたのが原因かもしれないよ?
 もしかしたら私のせいで……」
 リンは泣き崩れて自分を責める。その可能性は否定できないので三人は何も言えない。
 今のは双方向の通信である。フェイルがどこかに身を潜めていた場合、電波の発信源により居場所を感知されて発見される可能性は高い。
「ねぇお願い! フェイルさんを助けて……助けてあげて……」
「……悪いけどそれはできない。これ以上今回みたいな大きな問題に関わったらタダじゃ済まない。
 第一もう間に合わないわ」
 泣きじゃくって、必死に頼み込むリンに対しても、冷たく言い放つネイ。
 その言葉を受けたリンは言葉を失ってしまうが、やがて何かを決心したように、すぅっと立ち上がる。
「私……フェイルさんを助けにいく」
「え?」
 ネイとミルカが耳を疑うように聞き返す。リンはどちらかと言えばこんな積極的な行動をとる人間ではないことを知っているからだ。
「助けるって……どうやって?」
 当然の疑問を口にするミルカ。
「私に使ってないSPを貸して! 一体だけあったよね!?」
 その問いに間髪入れずに答えるリン。
「SPに乗って助けに行くつもり!?」
「やめなさいリン! 操縦の仕方だってわからないでしょ!?」
 それを聞いたミルカとネイが、険しい表情で言う。ミルカはともかく、ネイがこういう風に自分に言ってくれることがなかったので、リンの中で躊躇いの気持ちが生まれた。
 ネイは心配しているからこそ、強く止めているのだと思っているからだ。
 しかしネイがここまでするのは、他に大きな原因があるのだが、それは今のリンにはわかるはずがない。
「……でも! 私フェイルさんを見殺しになんてできない!
 マニュアルさえ見れば操縦できるもん!」
 リンは目に涙を浮かべながら精一杯声を張り上げて言う。そんなリンを見てネイは考え込んでしまう。
 これだけ意志が強いと、無理に止めたとしても、ちょっとしたスキにSPに乗ってフェイルを助けに行こうとしてしまうかも知れない。
 しかしそれだけは絶対に避けなければならない理由があるのだ。
「……そこまで言うなら私たちが行って来てあげる。通信をリンに勧めた私にも責任があるしね」
 だからネイは覚悟を決めざるを得ないと判断した。この決断が、これからの行き方に大きく影響することはわかっていたが。
「本当!?」
 ネイの言葉にリンの顔がパッと明るくなる。対照的にミルカの顔は引きつっていた。
「ちょっとネイ! 本気なの!?」
 声を殺して耳打ちする。
「じゃ、あんた、リンがSPに乗っちゃったときの処理をしてくれる訳ね?」
 ネイの答えにミルカの顔はさらに引きつった。
「ただし……、やるからにはきっちりと」
 ネイは険しい表情で、自分を含めたここにいる全員に言い聞かせるように言う。
「ネイとミルカのモーリガンに、さっきの通信から割り出した予想位置を送っておいたわ」
 その声に応えるかのようにシリアがネイに声をかける。モーリガンとはネイの乗っていた鳥型SPの名前である。
 しかしネイがフェイルを助けに行くと決めことを口に出してから始めたにしては、対応が早すぎる。シリアは会話の途中から、ネイがこういう選択をすることを読んで、作業を進めていたのだ。
 ネイは小さな声で「サンキュ」と言うと、休憩室を飛び出し、格納庫に向かって走り出した。
「あ、ちょっと待ってよ!」
 そのネイを追うようにミルカも走り出す。
「あんたは私が出撃した後からくればいいわ」
 ネイは呼び止めるミルカの言葉を聞かず、簡単な言葉を返すだけで走るのをやめない。
「どういうことよぉ〜!?」
 思わず足を止めてしまったミルカは、訳が分からないという風に、情けない声で叫ぶように問いかける。
 相手が予想通りの相手ならばかなりの強敵である。ネイ一人よりも、自分も一緒に行った方が確実に勝算は上がるだろう。
「……私に考えがあるのよ。詳しくは私がフェイルのところに向かう途中に通信で話すわ。今は一秒でもムダにしたくないから。それまでは待機」
 ネイは振り返ってそれだけ言い残すと、再び格納庫へと走っていった。
「りょ〜かい」
 その言葉を受けたミルカは、何の反論もせずに、ただそう言った。
「……大丈夫かな?」
 少し遅れて廊下に出てきたリンが小さな声で呟く。
 あれだけ、力強くフェイルを助けることを望んでいた彼女だが、こうなってしまうと、自分のわがままでネイたちに危険なことをさせてしまっていることが胸を締め付ける。
 ミルカは、そんなリンの肩にポンと手を優しく置き、「ダイジョブよ」と何の迷いもなく答えた。
「そう、そうだよね」
 リンは肩に置いた手にそっと手を添え、すっかり安心した笑顔をミルカに向けた。
 これは、『ネイに任せれば何の心配もいらない。』と、2人に思わせるほど、ネイが信頼されている証拠だった。


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