Not Friends

第11話 覚醒の時

 ルオー戦を前に、NotFriendsはアリムの北に位置するガリエに進んだ。アリムに留まれば、軍への勧誘、それも実力による威圧的な徴発が行われるかもしれないと危惧したネイが決断したのだ。
 ガリエにもヤマヤ工業のSP生産工場があり、そこで新型モーリガンの開発を行うつもりでいた。
 陸戦シップNotFriends。
 かつて5人いたメンバーが4人に減り、一人部屋をもてあましていたミルカは、引き出しから手紙を取り出す。
 丸みを帯びた小さな文字。
 丁寧に書かれたその文字は間違いなくリンのもの。自室のベッドで寝そべりながら、もう一度手紙の内容を確認する。

***

 親愛なるミルカへ。

 突然のことで驚かれていると思います。
 まずはごめんなさい。

 何の相談もなくいなくなってしまったのは謝ります。本当はみんなと会って話すべきだと思ったけど、どうしてもできそうにありません。
 でも、ミルカはきっと心配して、無理をしてでも会いに来てくれそうな気がするので、正直に理由を伝えます。

 はじめにこれだけはわかって欲しいです。
 誰かのせいじゃない。
 少なくとも私はそう思ってます。
 だから、ミルカも誰かを責めたりしないでください。
 ……多分もう会うこともないでしょうから、これは私の最後のお願いになります。

 前置きが長くなりました。
 ここからが本題です。

 私は、ブルーさんに好意を持っていました。
 多分ミルカは気が付いていましたよね。色々気を使ってくれたこと、すごく嬉しかったです。

 でも、ブルーさんは私以外の女の人が好きみたいです。

 それぐらいで諦めるなとか、情けないとか思うかもしれないけれど、その女の人は本当に尊敬できる人で、私なんかが敵いっこありません。
 私はブルーさんを応援してあげるようなことはできなくて、ブルーさんがその人に特別な想いを抱いていると知ったうえでそばにいるのが辛くて。
 だから、ここを離れることにしました。

 ジェダさんに、こんな私でもできる仕事を紹介してもらいました。寮にも入れてもらえるみたいなので、心配はいりません。

 同情とか、ブルーさんを責めるとか、そういうことは絶対にやめてください。
 確かにブルーさんから逃げるのには違いないけれど、それでも自分で決めたことです。

 ……要領を得なくてうまく説明できていなかったらごめんなさい。

 ミルカはブルーさんのことが嫌いかもしれないけど、私のせいでブルーさんが落ち込むようなことがあったら、ブルーさんのせいじゃないと伝えてください。ブルーさんには元気でいて欲しいと伝えてください。

 最後になりましたが、みんなには本当にお世話になって、感謝の言葉もありません。みんなと会えて、みんなと過ごせて幸せでした。

 私は新しい場所で、新しい居場所を見つけます。

 リンより』

 ***

 これを初めて読んだときは、ブルーへの怒りで我を忘れそうになった。詳しく書かれていなくてもわかる。
 あの鈍感男は、きっとネイに好意があることを自覚した。そして、そのことをリンに打ち明けたのだ。
 リンが自分を想っていると知りもせず。
 どうしても許せなくてブルーを殴った。けれどリンの気持ちを無駄にしたくなくて、あんなことを言った。
 本当に支離滅裂だったとは思うけれど、これでブルーがグチグチと悩むようだったらぶっ殺してやるつもりでいる。
「でも、あなたはそれを望まないのよね」
 読み返してみて、リンらしい手紙だと思った。お世辞にも強いとは言えない心。だけど一生懸命で、優しくていじらしい。
 ミルカにとってリンは妹のような存在だった。

 初めてリンと出会ったのは暴走SP撃墜の仕事を請けた時。丁度、ネイと二人ならどんな敵とでも戦えるなんて思っていた頃だ。粗悪な量産型で、ネイとミルカのコンビと互角以上に渡りあってみせたその戦闘力に恐怖したのを覚えている。
 しかし、なんとか魔石エンジンを破壊したあと、コックピットの中で眠るあどけない少女の姿を目にしたときは、それ以上の衝撃を受けた。兵器としての顔を持たされた幼い肢体は細く、弱々しくて。
 守ってあげたいと思った。
 この少女を世の中すべての悪意から守ってあげたいと思った。

 それは結局、すべてを失った自分の代わりに幸せになって欲しかったんだと思う。
「………………っ!」
 ブルーを、殺意が芽生えるほど憎んでしまいそうになる。しかし、リンはわかっていたのだ。
 確かに鈍感でデリカシーに欠けるかもしれないが、そこも含めて好きになった。そして、ブルーは自分の想いに素直だっただけだ。その想いを殺して、リンの想いに応えろと言えるはずもないし、仮にそれが受け入れられたとしても、リンが喜ぶはずもない。
「新しい場所がリンにとって優しい場所であらんことを」
 ミルカは、まだ普通の少女として過ごしていた頃に信じていた、名前も忘れた神に祈る。
 確か、運を司る神で、祈りをささげるものに幸運をもたらすという類のものだったはずだ。
「どうか彼女に幸運を」
 自分の力の及ばぬところで生きることを決めた少女に、ミルカは他にできることを知らなかった。



 7月7日、ルオーに程近いザーファル基地。
 サガ同盟より接収したこの基地は、ルオー攻略作戦の中継基地としての役割をしていた。
 その作戦会議室に集まっているのは、カラーレッドの小隊長たち。それに副隊長のダンデだ。
 カラーがすべて集まると、大隊と呼ばれるレベルの戦力となる。ロッシャル軍において大隊は、「3個中隊以上をもって編成する」、というおおまかな定義があるが、そこにはさらに大型シップが最低1隻以上、補給艦が2隻以上といった、細かい条件がある。
 簡単に言うならば、少なくもと数週間補給無しで戦える部隊を『大隊』と呼ぶ。
 旗艦である中型空戦シップバーニング、大型空母2隻。小型空戦シップが8隻。補給艦が4隻。可変型SP45機。航空機40機。
 大隊と呼ぶに相応しいその戦力は、まとまって行動することは珍しい。
 今回はそれに加えて、陸戦大隊が2つ参加する。
「さて、諸君。
 ルオー戦について説明をする。
 質問は許すが、聞き漏らしは許さない」
 ロゼリアは総勢20名を前にして、声を張り上げる。
「今回もカラーブルーとの連携にて行う作戦となる。
 ただしルオー進入経路は当然違う。なんせ、カラーブルーは海の部隊。海から攻めるのは当然と言えるだろう?」
 大モニタにルオーの地図が表示され、カラーレッドとカラーブルー、予測されるサガ同盟の部隊を示すマークから進軍経路が伸びた。
「まず、アリム進軍のさい、最大の障害であるミサイル基地を叩く必要がある」
 続いてミサイル基地の場所を中心に波紋のように光が広がった。
「これがミサイルの射程圏。
 我々空の部隊にとって、アリムのGAは脅威だ。迂闊に近づけば叩き落される」
 レッドの言うGAとは、アリムが誇る対空ミサイルの名前である。
 守護神の矢を意味するガーディアンアローの名を持つミサイルは、超射程高威力で、この世界では高価な誘導機能まで備える。大型のGAなら、バリアの出力を最大にした空母すら一撃で破壊する攻撃力を持つのだ。
 SPが開発される前の主力兵器であるミサイル技術は、アリムが抜きん出ていた。そして、かつてアリムが最強とされていたのは、このミサイル基地があったからだ。
 ミサイル基地はアリムに8箇所存在しており、ミサイル基地の射程は、アリムの侵入経路すべてをカバーしている。そのため、空からアリムに侵入するのは危険が大きすぎるのだ。
 ロッシャル戦争でも、南から進軍したが、そのときの被害は甚大なものだった。空路が使えなければ進軍は遅く、相手に待ち伏せのチャンスを与えてしまう。
「さて、死を恐れないと名高いレッド隊は馬鹿とは違う。こんなもんがある状態で空から侵入するほど無謀じゃあない。
 そこでカラーブルーに一肌脱いでもらう。幸い、ルオーのミサイル基地は海に面しているからね」
 モニタ上では、カラーブルーを示すマークが、ミサイル基地へと進み、交戦を意味する赤い光が発した。
 このモニタを操作しているのはダンデである。ロゼリアの説明にあわせた操作タイミングは寸分のブレもない。
「水陸両用のSPにより、海路からの基地襲撃が各段にやりやすくなった。ヴァリオスが指揮をするとなれば、ミサイル基地を沈黙させるまで時間はかからないはず。
 ミサイル基地がなくなればレッド隊を止めるものはない。一気に進軍してアリムの部隊を一網打尽にする。
 ミサイル基地が沈黙するまでは、ミサイル射程圏外からチクチクと攻撃をすることになるが、後の快進撃のためのスパイスだと考えればいい」
 ライクス攻略作戦の主役はカラーレッドだった。しかし今回の主役は、アリムの最大の武器であるミサイル基地の攻略を任されたカラーブルーと言えよう。
 目立ちたがり屋で好戦的なカラーレッドとしては、少々物足りないとも言える作戦だったが、ロゼリアの作戦説明は、レッド隊の士気を充分に上げる効力があった。
「待ち伏せ部隊の数は最大級だと予想される。だが、対空ミサイルを失ったサガ同盟軍は丸裸も同然。
 アリムを同盟軍どもの血で赤く染めてやろうじゃないか」
 不適な笑みに怒号のような返事がこだまする。
 その怒号に身震いを覚えるロゼリア。これから起こる大規模な戦闘。そして、待ち受けるだろう憎き敵、ケルベロス。否応にもテンションがあがっていく。
(……ヴァリオス。あんたのことだから心配はないと思うけど。気をつけるんだよ)
 しかし、ヴァリオスに告げた嫌な予感は今も消えないままだった。



 ルオーに配備された大部隊。
 大型陸戦シップ5隻。中型陸戦シップ20隻。小型陸戦シップ40隻。
 SPは1000機を越える。
 ロディはこの大部隊の総指揮を任された。
(……どうにも解せねぇ)
 大部隊の本陣として選ばれた中央ルオー基地の一室で、この大作戦の配置に疑問を感じている。
(確かにここはルオーの拠点とも言うべき基地。ここを落とされると、非常にやっかいだ。だが、少し戦力を割きすぎじゃないか?)
 もう一つの重要エリアであるミサイル基地の戦力が、ここの2割にも満たないのだ。
(確かにこれだけの戦力があれば、レッドとブルーが束になってこようとそう簡単にやられることはない。
 だが、おそらくブルーは海からミサイル基地を狙ってくる。ミサイル基地が落とされたら、レッドがアリムに入ってくるだろう)
 アリム本土に進入されるのは非常にまずい。アリムにはこの部隊以上の戦力があるため、陥落するとは思えないが、本拠地に敵が侵入するという事実は、士気を低下させる。
 その他もろもろ、アリムの安全が保障できなくなる影響は計り知れない。
 陸からの侵攻なら、多少戦力が少なくとも、アリムから増援部隊が来るまで、足止めをすることもできる。しかし空からの侵攻ではそれが難しい。
(……あえてミサイル基地を手放すつもりか。
 カラーブルーがミサイル基地を占拠後、自爆。基地と引き換えにカラーをひとつ潰す。
 ……いや、ないな。そうだとしたら逆に戦力が多すぎるし、どう考えても割りに合わない)
「ふぅ……」
 考えすぎで熱くなった頭を冷ますため、大きく息をつく。
 現在ケルベロス隊は、副隊長が不在の状態だ。副隊長であるアオヤマは、ムーン駐屯軍責任者の任を全うしている。
 こういうときにアオヤマの存在が大きく感じる。アオヤマは有能な士官だった。状況を的確にまとめる能力は、ロディには真似できないものがある。
 ケルベロスには副隊長補佐が二人いるが、二人あわせてもアオヤマには及ばない。
(別に能力が低いわけじゃないんだがな……)
 ロディは基本的に個人主義で、考え事は一人で行うのが好きな人間だ。もちろん、上に立つものとしての社交性はあるが、落ち着いて考え事をしたいときは人を寄せ付けない。
 しかし、稀に一緒に考え事をしても苦にならない人間がいる。アオヤマはその数少ない一人だった。
(……ふ、アオヤマか。
 アオヤマならこういうとき、『ミサイル基地のことはミサイル基地防衛の部隊に任せて、こちらに専念しましょう』と笑うだろうか)
 アオヤマは33歳のはずだが、笑顔になると8歳は若返る。愛想笑いが苦手なぶん、笑うと屈託がないのだ。
(……確かにそうだ。
 ミサイルの支援があるにしても、カラーレッドがくる。
 ミサイル基地はあっちの防衛部隊に任せて、あの魔女のお相手に専念させてもらおう)
 目を閉じると、一度対峙したときに見た、狂喜に満ちたロゼリアの顔が思い浮かぶ。
(あんな顔をしながら殺し合いをする女とまた戦うのか……)
 今回は大部隊同士の戦いになるので、二人のSPがぶつかる可能性はかなり低いだろうが。
 気が付くと時計の針が随分と進んでいた。作戦は明日。何時になるかわからないが、帝国は7月8日にルオーに攻め込むと宣言した。
 0時丁度の進軍も充分考えられる。
 ロディは作戦に備え、少し仮眠をとっておくことにした。



 ルオーミサイル基地の防衛指揮を任された、ザムリンは夜の海が好きではなかった。
 真っ黒な水面は硬いようでも柔らかいようでもあり、うねる波が生き物のように見える。魔物が湧き出してもおかしくないその不気味な雰囲気がどうしても気に入らなかった。
 7月8日。ロッシャル軍がルオーを攻めると明言したその日の0時。その想像は現実のものとなった。
 日付が変わるとともに、飛来するミサイル。そして、黒い水面から湧き出す水陸両用SP。その姿はまさしく悪魔だった。
 しかも、かねてより確認済みのカラーブルーの大艦隊。特に大型海戦シップ8隻の存在感は圧倒的だった。
 機影は300を越え、防衛部隊が200前後であることを加味すれば、水陸両用SPの姿が、自分たちを地獄に引きずりおろす悪魔に見えてきてもおかしくはない。
 しかし、すぐにそれが間違いだったことに気が付く。

 悪魔はこちらにいたのだ。

 戦況報告を聞くたびに頭がおかしくなりそうだった。味方の快進撃を意味するのに、受け止められない。
 ……信じられないのだ。
「ふ、ふひひひひ」
 隣にいる老人が、モニタに映る戦場の様子を見ながら不気味に笑う。
 防衛部隊の戦闘アドバイザーとして派遣されたシュリーカーだった。
 アレの扱いかたをよく知る人物らしい。
 彼から、他の兵たちは長距離からの射撃に徹しさせろと言われたが、今ならその意味がわかる。
「カリストがまたSPを撃墜。これで撃墜数は76です」
 カリスト。
 一般的なSPよりも一回り大きいその機体は、接近戦に特化した機体らしい。
 カラーリングは茶系を基準としており、シルエットは、かなりどっしりとしている。目に付く両腕の大きなクロー。肩、腕、脚を守る装甲にはスパイクがついており、非常に攻撃的な外見。そして各所に取り付けられたバーニア。メインのバーニアに至っては、一般的な大きさと比べて1.5倍以上の違いがある。
 クマを模しているとのことだが、意識して見なければそうは見えない。
 しかし、動いているところを見て理解できた。
 このSPは野生のクマのごとく恐ろしい動きをする。バーニアによる一瞬の加速により距離を詰め、巨大なクローで敵SPを切り裂く。
 切り裂くと言うよりは『叩き割る』の方が適切だろうか。重い腕が腕のブースターによって高速で振り抜かれると、食らったものはひしゃげて砕けるのだ。
 その破壊力に目を奪われるが、重要なのはそこではない。同盟と帝国。あわせれば500を越えるSPがプラズマの撃ちあいをしているにも関わらず、敵陣に突っ込み、接近戦によって撃墜スコアをあげているのだ。
 厚い装甲とバリアの恩恵もあるが、それだけでは説明できない。
 間違いなく避けている。もちろんすべてを避けきることなどできていない。しかし、バリアの出力と装甲の厚さを計算に入れて、致命打から逃れ続けているのだ。
 土砂降りの雨の中、小さな折り畳み傘のみで突っ走り、まったく濡れずにいる。これは、それに匹敵する芸当なのだ。
 まるで映画を見ているようだった。
 その姿、まさしく一騎当千。
 相手がカラーブルーだということを忘れさせるほど、爽快に敵を潰していく。
 他の兵たちに長距離射撃に徹しろと言った理由は、おそらくこの猛攻の巻き添えを食わせないためなのだろう。アレが敵味方の区別をつけた動きをしているようには見えない。
「バケモノだ……」
 ザムリンは思わず呟いた。
 その呟きは、となりにいたシュリーカーの頬を思い切り引き上げる。
「最高の誉め言葉ですなぁ。
 そうですとも。あれはバケモノ。人に恐怖を与える圧倒的な力の化身なのですよ。
 ふひひひひっ」
「撃墜数100……。
 信じられません。15秒に1機のペースで撃墜しています……」
 シュリーカーの言葉に呼応するような通信士の報告。
 確かにその姿はバケモノだが、敵ではない。味方なのだ。
 味方もこれほど畏怖する存在、敵にはどのように映っているのか。ザムリンはカラーブルーに同情を覚えずにはいられなかった。



 楽しい。

 流れる青い閃光が自分に迫る。
 その数は自分のもとにたどりつくまでに数えきれるような生易しいものではない。しかも四方から注がれ、逃れる道は無いよう見えた。
 だがわかる。
 着弾しても支障の無い青い閃光を視界から消すことで、進むべき道が開ける。そうすると多少の振動のみで次に壊す対象の前に辿り着いているのだ。
 とにかくとにかく。
 体が動く。勝手に動く。考えるより早く!
 ここまで来ると、自分が動かしていないような錯覚に陥る。私は見ているだけ。動かしているのは別の何か。その動きを目で追っているだけ。
 敵を凪ぎ払うために用意された凶悪な腕が横に振られた。鋭利とは言い難い爪は、衝撃を絞るためだけのもの。触れる面積が少ないほうが威力が高い。
 三つの爪に砕かれつつ、衝撃の方向に飛んでいく対象物。人が乗っている部分は爪が砕いているため、もうアレは対象物ではない。
 砕いた鉄の塊は、別の対象物を巻き込んでいく。狙ってやったのかどうかすら忘れた。とにかく自分に都合のいい方向に進んでいる。それで充分。
 懐に深く入ったためか、近くにいる対象物たちがプラズマによる攻撃を止め、接近武器であるメイスを装備し始める。
 いつの間にか包囲されていた。これでプラズマを撃てば味方にあたってしまう。だから動きを封じて数で押しつぶす方法に出たか。
 さてどうする?
 質問の答えが次の行動。
 答えを出す前に体が動き、ああ、なるほどそうするのかと納得させられる。
 両腕を開き旋回していた。接近する敵を弾き飛ばすその姿は竜巻のよう。
 らせん状にうねる力の渦は、見事に包囲を打ち崩す。
 弾き飛ばされたSPはどれも見事に致命傷。コックピット部分が抉られている。
 ああすごい。
 旋回しながら腕の位置を変えることで、すべてのSPのコックピットを狙って抉ったんだ。

 なんておもしろいんだろう。

 次はどうなる。
 考える間もなく立ちふさがる対象物。この対象物の腕には見慣れない装備がされていた。
 ……あれ、これは危険だ。大きさからして、基地侵入用につくられた特別製のロケット弾だ。
 これは大爆発する。この距離で壊してしまえば、自分まで痛い思いをするものだ。
 立ちふさがる対象物は3機。位置はすべて正面。大きな腕をこっちに構えている。
 ダメダメ。危ないよ。
 自爆覚悟? 命は大切に。捨てるぐらいなら私に頂戴。
 そんなことを考えている間に体が動く。
 腕に仕込まれたロケット弾が発射される前に前進。腕を一振り、二振り、三振り。
 仰向けに倒れるように力を加えられた対象物は、思惑通りに動いてくれる。
 天高く放たれる3発のロケット弾。対空ミサイルでないそれはすぐに推進力を失い、遠くのほうに落ちた。
 大爆発。
 もったいない。対象物が減っちゃった。
 この爆発とともに、対象物たちの動きが変わった。
 積極的な攻撃はせず、後退を始めている。
 逃げる? それもありか。
 邪魔が減れば、ゴールまでワープできる。
「……こちらカリスト。飛行ユニットの射出を頼む」
 小さい対象物は飽きちゃった。次は大きな対象物を潰そう。
 ……ひの、ふの……全部で8隻。
 ほどなくして飛んでくる飛行ユニット。
 タイミングを合わせてジャンプし、それを捕まえる。
「メインディッシュはこれからだよね」
 大きなものを壊す快感を思い浮かべ、思わず喉をならした。



 カラーブルーの隊長であるヴァリオスは、戦力が3分の1まで削られた時点で撤退を決めた。すでに半数まで水陸両用SPを失っている今、ミサイル基地の攻略は有り得ない。それに、何の情報もなく、あの異常な戦闘力を誇るSPを相手にするのは得策とは言えない。
 現実離れした存在を目の当たりにしても、ヴァリオスの判断はいつも通り冷静だ。
 被害が大きくなる前に一時撤退をし、対策を練るのが急務。アレの映像、情報をできるだけ採取し、後退を決め込む。作戦が失敗したという連絡も迅速で、すでにカラーレッドのロゼリアの耳まで届いているだろう。
 これで無駄な被害は避けられる。
 そう思っていた。
 しかし、後退を始めた部隊よりも早くソレはやってきた。
 飛行ユニットと一体化した、ソレが飛来する。水上を進む海戦シップと空を駆けるSP。どちらが速いかは明白。
 カラーブルーはその姿に恐怖を覚え、がむしゃらに飛行するSPを狙い撃つ。
 しかしそんな攻撃をあざ笑うように、悠々と避け続け、1隻の海戦シップに着艦した。
 こうなってしまうと、他の7隻の海戦シップは攻撃することができない。砲撃は同士討ちを意味する。
 とりつかれた海戦シップは、機銃と防衛用に残しておいたSPにて迎撃を試みるが、200のSPを相手にしてきた戦闘力は、あっと言う間にそれらを黙らせ、艦橋へと向かった。
 カラーブルーには大型海戦シップしか存在しない。それは破壊されにくいというわかりやすい理由からだった。
 回避性能が期待できない分、防御面を重視する海戦シップ。当然大型になればなるほど、装甲は厚くなる。生半可な攻撃では破壊されない。
 大型ミサイル、シップの主砲クラスのプラズマ砲でなければ、ビクともしないその装甲。SPの近接攻撃ごときでどうにかできるものではない。
 できるわけがないのに。
 いつの間にか腕の形が変化していた。巨大だと思ったクローよりも一回り大きい。飛行ユニットから取り出して装備したのだろうか。
 その腕を、分厚い装甲に叩きつける。それとともに爆音が響いた。
 分厚い装甲が形を変える。
 腕から伸びる二本の杭のようなものに貫かれたのだ。
 貫かれた艦橋は、直ちに爆発を起こす。
 この爆発の元凶であろうSPは、それを見越していたようで、すばやく距離をとっていた。
 爆発の原因は差し込んだ杭から放たれた大量のプラズマだった。さらにエンジン部にも同じ攻撃を加える。それは致命打になりうる一撃だった。
 炎上し、海に沈んでいく大型海戦シップ。シップを沈めたSPは、悠々と次の獲物を求めて飛び立っていた。 
 200のSPを相手できるといっても、大型海戦シップに比べれば、その大きさは50分の1に満たない。だからやられるはずがないと思っていた。
 しかし、目の前で沈みいく味方艦の姿はそれをあっさり否定してみせる。
 取り付かれたらやられる。その認識が、冷静さが売りのカラーブルーにパニックを引き起こさせた。
 次の獲物を求めて飛び回る『自分たちを滅ぼす力を持つ存在』にがむしゃらな砲撃を始めたのだ。
 早く落とさなければやられる。
 その焦りが悲劇を生む。
 主砲の狙いが外れ、味方艦に直撃。エンジン部を見事に貫き、炎上しながら沈んでいった。
 ヴァリオスは各海戦シップの指揮官に、落ち着くように電文を送る。しかしそれを読むより早く被害は拡大していった。SPが砲弾を掻い潜り、海戦シップの1隻に着艦したのだ。
 対処法を考える間もなく、同じ武器で沈められる大型海戦シップ。
 もう間違いない。あのSPは自分たちを破壊する力を持つ。
 早く排除しなければ。
 冷静さを失い、撃墜を焦る空気がカラーブルーを包む。しかし当たらない。撃墜できない。
 どんどん焦りが増していく。
 またあのSPが味方艦に降り立った。
 そこで、あれだけ器用に攻撃を避けていたSPの動きが止まった。その好機にいきり立つカラーブルー。敵を排除せんと放たれる閃光は、再び誤爆を引き起こした。
 大型海戦シップの主砲は、小さな獲物を狙うには威力がありすぎる。ましてや味方に向けて撃つなどもってのほか。最初はわかっていたはずなのに、高まる恐怖はその判断すらできなくさせる。
 肝心の標的はそれをあざ笑うかのように再び飛び立っていた。
 すでに半数まで減った大型海戦シップは、ヴァリオスの指示により一箇所に固められた。
 そしてヴァリオスは最後の指示を出す。
「あのSPの戦闘力は圧倒的だ。このままでは全滅は免れない。だが、あと1隻の被害でヤツを道連れにする方法はある。
 あの武器を使用中は確実に動きが止まる。あれを使った瞬間に全艦砲撃しろ。
 悔しいがこれが最も被害が少なくて済む方法だ。こんな指揮しかできない無能な私を呪ってくれて構わん。次にヤツが降りてきたシップは覚悟を決めてくれ。もちろんこの私が乗る、スプラッシュに降りたとして例外ではない!
 遠慮無く撃て。命令だ。いいな」
 普段のヴァリアオスからは考えられない強い口調で命令が下る。
 そこで兵士たちは思い出すのだ。
 カラーは帝国最強の部隊。
 カラーブルーは、帝国軍のなかで、最も被害を最小限に抑える部隊。
 全滅が免れないこの状況においても、全滅などしてたまるものか。たとえ命と引き換えにしても。
 ヴァリオスの意思は伝わった。カラーブルー全体の意思は固まった。
 そこでSPが次の獲物を選び、降り立った。ヤツが獲物に選んだのは、無常にもカラーブルーの旗艦『スプラッシュ』。
 躊躇いなく艦橋に振り下ろされる腕。
 その瞬間を、他の海戦シップが狙い撃つ。
 杭が突き刺さり、プラズマを放つまでは動けない。その時間は、最大の好機。
「撃てーっ!」
 ヴァリオスの号令ととともに、放たれる海戦シップの主砲。艦橋に突き刺さった杭に激しく揺れるスプラッシュ。衝撃がヴァリオスを襲い、逃れえぬ死の運命を感じたが、同時に一矢報いられる喜びも感じた。
 しかし、次の瞬間。モニタに映ったSPの姿に絶望した。
 そして、青い閃光が炸裂する。
 杭から放たれるプラズマによる爆発と、主砲着弾による爆発により巻き起こる爆風。
 敬愛する部隊長の命と引き換えに敵を仕留めたと誰もが思った。
 しかし、通信士の声で見上げる空にはSPの姿。そのシルエットには片腕が存在しない。
 あのSPは自らの危険を察知し、腕を切り離して即時離脱を試みたのだ。
 捨て身の攻撃に失敗し、部隊長を失ったカラーブルー。誰もがそのSPに対して同じ印象を持つ。
『あればバケモノだ』
 敵にも味方にもバケモノだと認識されたそのSPは、抜け殻と言って過言でない状態の大型海戦シップを、残った片腕で無慈悲に沈めていった。

 カラーブルーの8隻の大型海戦シップは、海に溶け込む青色をしている。その艦隊はカラーブルーの象徴とされ、青の艦隊と呼ばれていた。
 その青の艦隊は今、炎に包まれている。
 赤い炎に青は紫に色を変えた。
 海戦シップのすべてを失った水陸両用SPは還る場所を失い投降を余儀なくされる。
 こうして、ルオーミサイル基地防衛戦は、同盟の圧倒的勝利で幕を閉じた。



 午前0時。ロゼリアが率いるルオー攻略部隊も侵攻を開始していた。
 ヴァリオスがミサイル基地を陥落させるまで、ルオーの戦力をミサイル基地に向かわせないよう、敵をここに釘付けにしておく必要があるためだ。
 ロゼリアは戦線から少し離れたところに待機させてある、旗艦『バーニング』のブリッジから指揮をとっていた。
 しかし戦況は芳しくなく、顔を強張らせている。
 数が予想外に多いのだ。
 レッド隊はアリム突入のため、温存しておく必要がある。用意した陸戦部隊で凌がなければならない。
 敵の数は1.5倍程度。しかも、指揮をしているのがケルベロスのようで、部隊の動きが非常にいい。
 それだけではない。
 かなり凄腕のSPパイロットが多数存在しているのだ。
 遭遇した部隊の報告によれば、1機で5機を相手にできるレベルが、確認できただけで4人は存在したらしい。
 しかし、いずれも『命知らず』な戦い方をしており、単機で突入してきたところを包囲することで撃退はできているが、そこまで追い込むまでの被害が甚大だ。
 戦闘開始から2時間。敵との戦力差は開く一方だった。
「可変SPを増援に出すか……。
 いや、可変SPはアリム突撃の要。ここで使うわけには……」
「ご心配には及びません。
 ここにこれだけの戦力が割かれているのですから、ミサイル基地は想定戦力の60%程度だと予想されます。
 その程度ならば、カラーブルーは迅速に基地を攻略できます。朝には吉報が来るでしょう。
 そうなったら陸戦部隊は撤退。
 高速空戦シップで一気にアリム本国に突入する」
 小さな声の呟きに、隣にいたダンデが小声で答えてくれる。
 ダンデはもともとヴァリオスの下にいた人間。そのダンデの言葉はロゼリアにとって心強かった。
「夜明けまでもたせればいいってことだね。
 ……悪いが、指揮はおまえに任せるよ。防戦ってのは性に合わなくてね」
「心得ました」
 ロゼリアの言葉に頷き、戦闘指揮をとるダンデ。
 もともとヴァリオスの懐刀と言われる士官だっただけのことはあり、自分にはできない粘り強く戦う戦法を心得ていた。
(これなら、昼までだって持ちそうだね……)
「ロゼリア隊長!
 カラーブルーからの電文です!」
 ロゼリアがダンデの戦いぶりに少しの安堵を覚えたそのとき、通信士が声を張り上げる。
「なんだい?
 もう基地を攻略したのかい?」
 カラーブルーの名に、目を輝かせるロゼリア。しかし、通信士が告げる内容はその輝きを一瞬で曇らせる。
「カラーブルーは作戦に失敗。部隊はほぼ全滅……」
「なっ……?」
 信じられなかった。
「……ヴァリオス隊長も戦死されたようです」
「バカなっ!」
 衝撃的な通信士の言葉に、思わず怒鳴り声をあげる。
「開始3時間程度でカラーブルーが全滅?」
 そんなわけがない。
「しかも……ヴァリオスが死んだだって……?」
 レッドとブルーは対照的な戦い方をする部隊。被害を抑えることを念頭に置き、慎重に作戦を進めるブルー。そして、被害を恐れずとにかく攻めるレッド。
 だから酒を交わしているときこんな会話をした。
「そんな戦い方では、確実にあなたの方が先にお迎えがくるでしょうね」
 笑うヴァリオス。
「ハッ、その前におまえの寿命が来ちまうよ」
 ヴァリオスは冗談で言ったのかもしれないが、ロゼリアは自分が生きている間に、戦いでヴァリオスが死ぬことなどないと考えていたのだ。
 そんな妄信があったことを思い知る。
「そんなことがあってたまるかっ!」
 ロゼリアの叫びがバーニングのブリッジに響き渡った。
「電文には、撤退を推奨するとありますが……」
 ロゼリアの迫力に脅えた通信士が、震える声で電文の続きを伝える。
「ヴァリオスを殺したヤツを前に逃げろってのかい!?
 ありえないねっ!」
 しかし、その声を押し潰すように怒鳴りつけた。
「レッド隊はこれよりミサイル基地に突貫する。
 だいたい対空ミサイルなんざでビビってたのが間違いだったんだ!」
 そして無謀としか思えない指示を出す。
 レッド隊がいくら優れていても、GAの前ではあまりにも無力だ。高性能なあのミサイルは、空戦シップをすべて撃ち落すだろう。それに、ミサイル基地を攻略するための武装をレッド隊は用意していない。
 誰もが無謀だとわかる命令に対して反論の声があがらない。鬼気迫るロゼリアの迫力を前に意見することなどできないのだ。
 だが、命令に従うこともできずシンと静まりかえる。
「全軍に撤退命令を。
 追撃があるようならザーファル基地まで逃げ込んで迎撃する」
 落ち着いた声がその沈黙を壊す。
「……ダンデっ」
「今、指揮権は私にあります。
 全軍撤退。通信士、迅速に伝令を」
 にらみつけるロゼリアの視線を一瞥するのみで、ダンデは通信士に指示を出した。
「何を勝手にっ!」
「あなたを死なすわけにはいきません。
 私はヴァリオス隊長にあなたを守るよう言われました」
 激情を帯びた怒鳴り声とは対照的な落ち着いた低い声。
「ヴァリオス隊長の意志。私が継ぎます。
 私はあなたを全力で守ります」
 その声は、ロゼリアと比較にならないほど小さい。だが、ロゼリアの全身を震えさせるほどの力があった。
 ヴァリオスが死んだことを告げられ、冷静さを失った。ロゼリアにとって、ヴァリオスはかけがえのない存在だった。
 ……唯一の理解者で、自分を守ってくれる存在だと思っていた。
 自分を支えていた柱が折れてしまったような気がして。表情は怒りに満ちていたが、感情は悲しみに満ち、不安に自分を見失った。
 そんなロゼリアにとって、ダンデのその言葉は何よりの薬。
「……ちっ……。
 私は撤退の指揮をするなんてマッピラ御免だ。全指揮をダンデに任せる。うまくやんな。
 私は自室でふて寝でもさせてもらうよ」
 そう言ってブリッジをあとにするロゼリア。
 本来、隊長がブリッジを離れるなど考えられないが、ロゼリアがダンデにすべてを委任するのはそう珍しいことでない。
 ロゼリアはブリッジを後にし、自室に戻った。

 自室に戻ったロゼリアは、ヴァリオスからのプライベートメッセージを見つける。
『赤を愛する君へ』
 そのメッセージと共に、世界中の赤い色のカクテルのレシピが添えられていた。
「もう作ってやらないってことかい?
 ……私が不器用なのは知ってるだろ。
 あの世で酒場でも経営しながら待ってな。たっぷり暴れまわってから飲みにいってやるよ」
 何年かぶりに溢れてきた涙は、アイラインの赤色を吸い、赤い雫となってこぼれ落ちた。



(見える……。
 敵の動きが見えるぞ)
 ルオー基地防衛戦。
 敵も味方も大規模なその戦いで、自分がここまでの戦果をあげられるとは思ってもみなかった。
 彼はサガ同盟アリム軍所属、モルトー二等兵。SPのパイロットとして部隊に配属されたが、戦闘よりも事務ワークに向いた大人しい性格であり、お世辞にも優秀な戦士とは言えない人物だった。
 この部隊に集められた多数の兵士の中で、劣等生と言える存在。戦闘シミュレーションの成績も下位から数えたほうが早かったモルトーだが、すでに4機のSPを撃墜している。
 彼は自分だけ別の時間にいるように感じていた。
 降り注ぐ敵軍のプラズマ。接近してくるSP。どれもがスローモーションのように遅く見えているのだ。
 もし彼がいつもと同じ状態で戦場にいたなら、プラズマをがむしゃらに撃ち込むぐらいしかできないまま、撃墜されていたことだろう。
 だが今の彼は違う。
 モルトーは部隊に派遣される前、上層部の人間に呼び出され、新薬の適性があることを告げられた。
 なんでもコレは新兵器の一種らしいと聞いた。身体能力と反応速度を飛躍的に向上させる薬。しかし、この薬は適性のある人間しか効果がないものらしいのだ。
 適性のない者が服用を求める恐れがあるため、上官や部隊の人間にはいっさい口外してはいけないとも言われた。
 そのとき、モルトーはその意味がわからなかったが、戦場でその意味を知った。これだけの力。欲さない訳がない。
 負ける気がしない。
 敵も味方もウスノロだ。
 自分は選ばれた存在なのだとわかった。だから、選ばれなかったものは妬むに違いない。
 選ばれてもいないのに、同じ力を求めるに違いない。
「遅い遅い遅い!」
 いつもの自分なら脅えて何もできなかっただろう。しかし、こんなウスノロ相手に脅えるはずなどない。
 狙いを定めてプラズマを撃つと、思い通りのところにヒットする。
「はははははははっ!」
 撃つ。撃つ。撃つ。
 立て続けにヒットする攻撃は、バリアを貫き、ついにSPのコックピットを貫いた。
「これで5つ目だ!」
 激しい高揚感と体の熱さが心地いい。今の自分ならなんでもできるような気がする。
 いや、なんでもできるのだ。
 そんな状態のモルトーに通信が届いた。
『敵が撤退を開始した。深追いは禁ずる』
「……ざぁけるなぁ!?」
 熱い体に冷水をかけられた気分だった。今の調子ならもっともっと撃墜スコアをあげられる。それなのに見逃せと言うのか。
 体を冷ますはずの冷水が蒸発し、蒸気があがっていく。その蒸気すらわずらわしい。
 敵は明らかに後退していた。
「こんな逃げ腰のヤツらぁ、俺が全部ヤっちゃるぁぁあっ!」
 バーニア最大出力で敵の懐に入り込む。接近武器であるプラズマトマホークを装備し、一閃。
 両断されたSPの姿はモルトーのあがりすぎているテンションに拍車をかける。
「これで6つぅぅう! むぁだまぁどぅあ!」
 興奮をしすぎているためか舌が回っていなかった。しかし敵の動きは遅くなる一方で。これでテンションを下げろというのも無理な話。
「くぁああ! うぉそぃいいいおぞぎぃいいいい!」
 四方八方から向かってくるプラズマすらスローモーションに見える。
 しかし。
「……あ、あるぇ?」
 そのプラズマは、モルトーの操るSPに逃げ場を与えなかった。右によけても、左によけても、バックステップをしても、ジャンプをしても。確実に着弾してしまう。
「ちょ、ちょっと……ちょっとまって……」
 ゆっくりと近づくプラズマ。
 避けられないとわかった今。その遅い動きは残酷だった。絶望の時間を長く味わわなければいけない。
 やがて自分のもとに辿りついたプラズマは、衝撃とともに爆ぜた。そしてその後はとめどなく、衝撃がモルトーを襲う。
 そしてモルトー機は、撃墜数6という優秀な成績で戦場に散った。



 カラーブルーを全滅させたミサイル基地防衛部隊。敵に5倍以上の損害を与えたロディ率いるルオー防衛部隊。
 ルオー戦の勝利は、圧倒的なもので、大勝利と言う名に恥じない結果だった。
 その事実はサガ同盟の士気を大いに上げることだろう。
 しかしサガ同盟代表のジェダは、これで満足しない。この勢いをさらに強い追い風にするため、全世界に向けて放送演説を行った。
 場所はロッシャル帝国に対して宣戦布告を行った場所とまったく同じ場所。
「ルオー戦は我々サガ同盟の勝利に終わりました。
 皆様の強い意志と、サガを真に愛する心がこの勝利を呼んだと思っています。サガ同盟に協力してくださる皆様に、改めて感謝の言葉を言いたい。
 ありがとう」
 相変わらず紳士的な姿勢を崩さないジェダ。しかし、今日はこれだけで終わらない。
「さて、あれだけの偉業。
 皆様の耳にも届いているかもしれませんが、この大勝利の要因は、ある新たな協力者の功績によるものが大きい。
 ……紹介しましょう」
 ジェダを映していたカメラが、ジェダの隣にいる存在を映す。
 カメラが映したのは、まだ幼さを残す少女だった。
「彼女の名はリン。
 カラーブルーの青の艦隊をたった1機で撃墜してみせた勇者です!」
 ジェダはこの映像を見ている人間がどんな反応をしているか想像して、思わずにやけてしまいそうだった。
 おそらく何かの冗談だと思うに違いないのだから。
「この少女が青の艦隊を退ける力を持っている理由を説明するためには、まずは彼女がどういう存在かを語る必要があるでしょう。
 彼女は、前大戦の被害者なのです。
 大戦時からその存在を噂されていながら、存在が否定され続けていたロッシャル帝国の負の遺産。
 非人道的な人体実験、精神操作によって生み出されたバーサーカーと呼ばれる戦士なのです。
 ロッシャル帝国は支配下においたチェイ国の子供を使い。極悪非道を尽くし、彼女を兵器に仕立て上げた。
 つまり、帝国は悪魔に魂を売って手にした力で世界を征したのです。その悪行はとどまることを知らず、サガを我がモノにせんと目論む今に至っています。
 私は彼女に出会ったとき、帝国打倒の意志をさらに固めました」
 ここでカメラはズームアウトし、ジェダとリンの二人の姿を映す。
「帝国はこの過ちを隠さんと、リンと同じ力を持つ存在を殺害と言う形で抹消しようとしていました。
 しかしこの非道な行いすべてが隠し通せるわけがない。リンが生き残ってこの場にいることがその証拠なのです。
 彼女は帝国にいいように弄ばれ、兵器として生きることを強いられていました。おそらく、戦場に赴くことは辛いに違いありません。
 しかし、彼女は我々の志に同調し、共に戦うことを決意してくれたのです」
 リンの肩に手を置き、熱弁を振るうジェダ。リンの表情は何かを堪えているような複雑なものだった。
「私は彼女が協力してくれたことにより、我々に正義があることを確信しました。
 帝国の過去の過ちは我々の刃となり、帝国を滅ぼすのです!
 彼女の力は絶大。その姿はまるで戦女神(いくさめがみ)のごとく猛々しく美しい。
 帝国がどのような卑しき手段に出ようとも、我々が負けることはないでしょう。
 正義は我にあり。
 戦女神が必ずや我々に勝利をもたらしてくれるのです!」
 ジェダの演説が最高潮に達したとき、リンが笑顔を浮かべる。
 その笑顔とともに、全世界に向けた放送演説が終了した。
「お疲れ様でした代表!」
 たくさんの拍手と喝采に少しだけ応え、部屋を後にするジェダ。リンはその後ろにぴったりとついていく。
 演説の手ごたえを実感しつつ、自室に戻る。リンは当然のような顔をして、ジェダのあとを追って部屋に入った。
 ジェダの部屋はシンプルなデザインの、よく整頓された部屋だった。白とベージュを基調としたそのデザインには、遊び心がない。
「……くす……くすくす……」
 そんな部屋に不釣合いな笑い声。
「あはははははっ!」
 控えめだったその笑い声は、やがて弾け、哄笑に変わる。
「何がそんなにおかしいんだ?」
 机に座り、用意してあった冷水を口に含んでいたジェダは、リンに複雑な表情で聞く。
「だってぇ……。
 あんまりにももっともらしく嘘つくんだもん」
 リンは必死で笑いを堪えている。
 自信に満ちた表情。物怖じしない口調。
 その様子は、NotFriendsにいた頃のリンからは想像できない。
「それが私の仕事だ」
「フフフ、でもカッコよかったぁ……」
 ゆっくりとジェダに近づき、ひざの上に乗って甘えるように擦り寄った。
「そうか……」
 ジェダはそんなリンの行為に応えるように頭を撫でる。その感触に、リンは子猫のようにうっとりと目を細めた。
「ねぇ、私も喉渇いたなぁ」
「ああ、飲んでいい」
 冷水の入ったコップをリンに寄せるが、リンはふるふると首を振る。
「飲ませて」
 そして、猫なで声でそう要求し、目を閉じて口を開いた。
「……しょうがないな」
 リンの意図を理解したジェダは、冷水を口に含み、唇を重ねる。お互いがゆっくりと口を開くと、ジェダの含んだ水がリンの口の中へと移った。リンはそれをゆっくりと喉をならして飲み込んだあと、接していた唇を強く押し付けるようにしながらジェダを抱きしめる。
「んぅ……ちゅっ」
 そのまましばらく舌を絡ませあう二人。その行為に夢中になるあまり、呼吸がおざなりになり、やがて苦しくなってやっと唇を離した。
「パパァ……」
 頬を上気させ、酸素を必死で取り込もうと息を荒げるリン。
「リン、パパのためなら何でもしてあげる。
 だから、いっぱいいっぱいリンを愛して」
 そして、再びジェダの唇を求めて体を絡ませた。



 ジェダの放送演説の数日後、帝国配下の国々に説明を求められた帝王ジェイルが放送演説を行った。
 支配下の国のみを対象とした放送であったが、その放送はマスコミにより全世界に知れ渡るところとなる。
 その内容はまったく物怖じしない、堂々としたものだった。
「確かに初代帝王ダグスは、人体実験、精神操作によって戦争を有利に進めようとする者たちを容認していた。
 私からして見ればその行為は恥ずべきことであると言え、弁明するつもりもない。祖父の過ちであったと素直に認めよう。
 しかし、祖父の罪を相続し、罰を受けろというのなら、断固拒絶する。私は祖父の罪を贖っているつもりだからだ。
 過去の過ちを繰り返さず、この世界を再び制することが贖罪になると私は考えている。
 ……少なくとも、過去の過ちを再利用する輩などに屈するつもりは毛頭ない。
 そして、私はどちらが正義でどちらが悪なのかを主張するつもりもない。正義は自分で決めればいい。自分の信じるもののために戦えばいいのだ。
 だから帝国に歯向かうというのなら、それもよかろう。たとえそれが、ロッシャルの過去の過ちの生み出した兵器であろうとも、戦いによって優劣を決めるのみだ。
 強き者こそこの世界を統べるに相応しい。もとより戦いとはそういうものだ」
 不敵な笑みを携えた演説は、過去の過ちによる不信を拭うに相応しいものであった。
 少なくもと、ジェイルに惚れ込んでこの戦いを望んでいるものが、この件でジェイルのもとを離れるようなことはない。
 ジェダはこの演説の内容に、歯噛みすると共に安堵を覚えた。シュリーカーが亡命したことが、ロッシャル側から漏らされなかったからだ。
 帝国の闇を作り出した存在とも言えるシュリーカーが同盟に亡命したことをあの場で言われれば、疑惑を抱かれることは避けれらない。シュリーカー亡命の事実は隠しているつもりだが、ロッシャルからシュリーカーが姿を消したとなれば、疑われるのはサガ同盟だ。
 もちろん、このぐらいのことは覚悟の上で、それでも『過去の過ち』を前面に押し出すことで帝国に敵意を持たせようと目論んでいた。
 その目論見は成功とも失敗とも言えない結果に終わってしまったことになる。
 ジェダとジェイル。二人の放送演説により、勢力図の大きな変化が訪れることはなかった。



 ルオー戦での勝利は、同盟軍将兵の戦意を大いに向上させた。それに加え、たった1機で青の艦隊を撃沈してみせたリンの存在。
 この存在は、ロディがルオー戦の前に考えていた『英雄』に相応しい。
 しかしロディは、複雑な気持ちだった。
 用意された部屋で、机に足を投げ出して物思いに耽る。
(まさか……あのお嬢ちゃんがな)
 ロディは初めてリンを見たとき、血なまぐさい匂いを直感的に嗅ぎ取っていた。しかし、それがただの勘違いだと思わざるを得ないほど、あのリンは普通の少女だったのだ。
 だからロディは、完全にリンを普通の少女だと思っていた。
「それが戦女神とは……」
 戦女神とは、アテーシャ神話に出てくる神の中でも人気の高い『アテナ』のことを指す。アテーシャ神話の神や獣は、サガ同盟の上位部隊にもその名が付けられることが多く、ケルベロスも神話に出てくる『地獄の番犬』の名前である。
 彼女の乗るSP『カリスト』も、その神話の神の一人、クマの姿をした狩猟の神だったはずだ。
 ……確かに、リンはサガ同盟の救世主と呼べる。
 帝国の非人道的な行為で生まれた兵器が、帝国に抗い、サガ同盟のために戦う。それだけでも人の心を打つ。
 それにあの桁外れの戦闘力。
 大型海戦シップ8隻を次々と撃沈させたその姿はまさに戦女神の名に恥じない。
 しかも外見が年端もいかない少女とくる。これで人を魅了しないはずがないだろう。
 戦女神を前面に押し出して戦いを進めれば、否応にもサガ同盟の士気は上がる。
 リンは、ジェイル帝王にだって負けないカリスマとなりうるだろう。
 ルオー戦の勝利で、帝国の攻勢は止めることができた。
 それだけでなく、カリスマと力を手に入れたことにより、防戦を強いられてきた戦況を覆すことができる。
 しかし。
 ……しかしだ。
(あれは本当にリンの意志なのか?)
 好戦的な印象など微塵もなかった。
 サガ同盟に対する協力的姿勢も見えなかった。
 どういう心境の変化で?
 面会時、協力を拒んだのは知っている。なぜこうも早く心変わりをしたのか。
 そして、なぜ戦うと決めたのか。
 ロディの記憶では、NotFriendsでリンを戦闘要員としている様子はなかった。 
 どうにもきな臭い。
 ロディがきな臭さを感じる理由はリンだけに留まらない。
 ルオー基地防衛部隊の中にいた明らかな異常者。今まで目立つことのなかった、能力の乏しい10人の兵の著しい戦果。
 この兵たちは、1人を除き、無謀な突貫をして返り討ちにされた。
 この1人も、ロディが実力行使で止めなければ、他の9人と同じ末路を迎えていたところだろう。
(……どう考えてもアレはおかしいだろ)
 その1人は、戦闘終了後、SPの中で発狂し、精神異常を起こした。現在はアリムに送還されて病院にいるらしい。
 確かにこの10人のおかげで、戦闘は有利に進められた。頼まなくても先陣を切って敵を撃墜する様子は兵たちの士気を上げた。
(過ちの再利用か……)
 ロッシャル帝王の言葉が頭をよぎる。
 もし、ロッシャル帝国の負の遺産を利用しているとしたら。リンの意志とは関係なく精神操作により戦闘を強要しているとしたら。
 そして、あの兵士たちも、例えば薬などで強化していたとしたら。……その副作用として、命を落とす危険を孕んでいるということを、知っていて利用していたとしたら。
(……もしそうなら、帝王様のほうがよっぽど立派だぜ)
 それは、サガ同盟に属するものにあるまじき思考。
 だが、それでもロディはサガ同盟を離れない。
 例えジェイル帝王が尊敬に値する人物であり、ジェダ代表が自分の理想と反することをしていたとしても。独裁専制はロディの主義と反する。
 たとえジェダ代表が尊敬に値しない人物だとしても、民主主義の世になれば、平和的に世界を変えられる可能性があるのだ。
 戦争がなくなれば、もうシリアのような少女が生まれることもない。
(……シリアのような?)
 リンとシリアはどう違うというのだ。
 リンはおそらくシリアと同じ境遇。そして、ロディはシリアがサガ同盟の英雄として祭り上げられることを決して望んでいなかった。
 そのはずなのに。
 頭がズキズキと痛む。
「まだ、そうだと決まったわけじゃねぇか……」
 今考えていたことは、予想でしかない。リンはジェダ代表に説き伏せられ、同盟のために戦うことを決意したのかもしれないし、あの兵士たちだって、戦場の空気にあてられハイになってしまったのかもしれない。
 実際、アドレナリンの過剰分泌による精神障害の症例も多少はある。
(……予想が当たっていたら?)
 シリアの顔が頭をよぎる。
 リンの力に魅了されたジェダ代表が、シリアの力を求めるかもしれない。
「……少し調べてみるか」
 ロディは信用できる自分の部下に集まるよう指示を出し、ジェダに悟られぬよう情報を集めることにした。



 ベルセルクU。
 バーサーカー用に製造されたベルセルクの後継機にあたるハイスペック機。
 18個の魔石を処理できるエンジンを搭載している。魔石の配合は、スザク5、セイリュウ3、ゲンブ5、ビャッコ5。
 厚い装甲とバリアで大抵の攻撃を弾き、大出力の多数のバーニアによって、複雑かつハイスピードな戦闘を可能とする。接近戦に特化した機体で、メイン武器は両腕の大型クロー。サブウェポンとして、拡散プラズマ砲と、プラズマガンが装備されているが、牽制用に使われる。
 そして、大型海戦シップをも一撃で葬る威力を秘めた「ベアファング」。高速回転する杭を打ち込み、内部でプラスマを発射する特殊武器だ。
 スペックだけ見れば超高性能機だが、このSPの性能を普通の人間は活かしきれない。明らかに人間の限界を超えているのだ。
 もとよりこれはバーサーカー用に開発された機体。つまり、バーサーカーの能力は人間の限界を遥かに凌駕しているのだ。
 この機体はサガ同盟で利用されるにあたって、『カリスト』に改名された。なお、ベルセルクはロッシャル帝国が好む『アーヴァン神話』における、狂戦士を示している。

 バーサーカー。
 最強と言うに相応しい兵器であったが、運用面に大きな問題を抱えていた。本能で行動するために、行うのは破壊のみ。絶大な破壊力の爆弾と変わらないのだ。
 そもそもが、戦闘のみに特化した存在を作り出すことがコンセプトだった。しかし、戦闘のみに特化した存在は、人としての精神が備わらないため、SPに搭乗できる大きさに成長するまえに命を落としてしまう。
 それを回避するため、『人間としての人格』と『バーサーカーとしての人格』を切り分ける。この二つの人格の切り替えを利用することにより、戦闘時のみ、圧倒的な戦闘力を持ち、普段は人間として生活することで、常人と同じ成長を可能にした。
 この研究は成功したが、サガ同盟でバーサーカーの運用するのは難しすぎる。正義を掲げるサガ同盟としては、無差別に破壊と殺戮を繰り返すバーサーカーは使いずらい。
 そこで、人格の融合を試みることにした。この人格の融合は、もともとシュリーカーが考案していたものである。
 これには条件があり、人間として、バーサーカーとして、人格が確立した素材でなければならない。15歳のリンはこの条件をクリアしていた。
 バーサーカーとしての能力を備えつつ、人間の知恵を持つ。これ以上の兵器は存在しない。
 しかし、バーサーカーの存在を認識していなかったリンに、それを認め、受け止めさせるのは難しいことである。
 ごく普通の人格が、破壊と殺戮を行っていたもう一人の自分を認めるには相当な勇気が必要だ。受け止めきれない可能性の方が高い。
 無理強いでは失敗する。そこでシュリーカーは、リンが受け止めやすいよう、力を受け止めることで、望むすべてが手に入ると思い込ませることにした。
 リンが望んでいたものは、デバッグモード時に調査済みである。
 彼女が強く望んでいたものは二つ。
 ひとつは自分が必要とされる場所。
 もうひとつは年上の男性、特に父親の愛だ。
 つまりは、年上の男性にそばにいることを強く望まれ、愛されるのであれば、彼女の望みに限りなく近いものとなる。
 そこで、力を手にすることでそれが手に入ると思い込ませ、実際にそれを与えることにした。
 シュリーカーは、年上の男性にジェダを選んだ。年齢的に父親であってもおかしくなく、さらにサガ同盟の代表となるほどの男であるのだから、充分な魅力もある。加えて、サガ同盟に利する行動をさせるのであれば、サガ同盟のトップにその役を与えるのが一番効率がいい。
 ジェダの協力のもと、この目論見は成功する。
 知恵を持つバーサーカー。
 シュリーカーは、この兵器を自分の最高傑作だと自信をもって宣言した。



 ネイたちはガリエのヤマヤ工業SP製造工場に着き、モーリガンの強化タイプの設計を行っていた。
 そこで知った、かつてのチームメイトの変貌。
 にわかには信じがたかった。
 作戦室に集まるネイたち4人。何か重要なことを決断するときはいつもここだった。
「どう思う?」
「利用されているに決まってるわっ!」
 ネイの質問に、ミルカが声を荒げる。
「……そうですよ。でなければリンがあんな……」
 続いてブルーが言うが、ミルカはブルーを睨み付けた。口には出さないが、その視線は『おまえのせいだ』と訴えている。
「リンが自ら同盟に協力することを決めた可能性があるわ。
 ミルカを納得させたあの『手紙』が偽造でないのならね」
 ネイに言われ、ミルカは閉口した。
 あの手紙は間違いなく、リンのものとしか思えなかったからだ。
 だとすると、リンが自らの意志でサガ同盟に協力しているという可能性は高い。
「……偽造だとは思えないってことかしら」
 ネイに心を読み取られ下を向く。
 ミルカはリンを理解している自信があった。あったからこそ、あれが偽造とは思えないのだ。
「偽造の可能性はあるわ」
 しばらくの沈黙の後、シリアが声をあげる。
「カリストと呼ばれるSPを映像から解析してみたけど、アレは帝国の設計思想よ。しかもバーサーカー用に造られたとしか思えない。
 そして、短期間であれほどのSPが造れるとは考えられない。だとすれば……」
「……バーサーカーを生み出した研究者が、サガ同盟に協力しているってこと?」
 勘のいいミルカは、シリアが言おうとしていることを先読みしてみせる。
「裏はとれてないけど、それらしい噂はある」
 先読みは間違っていなかったようで、シリアはコクンと頷いた。
「バーサーカーは精神操作により生み出された、それならリンは操られているってことですか!?」
 ブルーはその意味を考え、思わず立ち上がる。
「その可能性があるってだけ」
 そんなブルーを、ネイは冷静な意見によって、落ち着かせようとする。
「さて、これらを踏まえたうえで話をしましょう。
 みんなの意見を聞きたいの」
 ブルーが席に座ってから、一呼吸置いて皆に問いかける。
「どうしたい?」
 ネイが皆の意志を確認することは珍しくなかったが、いつもは自分の意志を伝えてからだった。
 しかし、それが今回はない。
 これは、ネイも迷っているということなのだろうか。
「サガ同盟からリンを解放する」
 一番初めに意志を口にしたのはミルカ。
「僕も賛成です」
 続くブルー。
「それはなぜ?
 ……リンが仲間だから?」
 さらに問いかけるネイ。ブルーが頷こうとするが、ミルカに制止されてしまう。
「……私がそうしたいから」
 ミルカの言葉を聴いたとき、ブルーはなぜ制止されたかわかった気がした。
「……僕も、リンをサガ同盟から解放したいと心から思っているからです」
 ネイが求めていたのは『自分の意志』だ。思えば、いつもそうだった。
「……まずは真偽を求めるのが先。
 だけど、リンが精神操作により囚われいているだけなら、私はそいつの思い通りにさせておきたくないわ」
 珍しく声を張って自分の意志を告げるのはシリア。静かさの中に怒気が孕んでいた。
「……私も同じ」
 そして、やっとネイが自分の意志を口にする。
「私は、十中八九ロッシャル帝国の研究者がサガ同盟に亡命したと考えている。
 だから、この決断はサガ同盟と敵対することに繋がるわ」
 ネイはいつもどおり、強い意志を秘めた目をしていた。自分の意志を最初に口にしなかったのは、それによって相手の意志に影響を与えるのを恐れたからだ。
「それでも意志は変わらない?」
 それは最終確認。
 それぞれの瞳を見据え、問いかける。その問いかけに対して、首を横に振るものはいなかった。

 ネイはあのとき言った。
 自分たちの主張に沿わないものが目の前に現れたときは、積極的な戦闘も辞さない、と。
 いまがそのときだと、決断したのだ。



 まどろみの中にいた。
 ただ、自分は幸せな時間を過ごしている自覚があった。
 私は誰かに必要とされている。私は誰かに愛されている。
 はっきりと認識はできないけれど、それだけで充分だ。この幸福感に浸って、まどろみの中を漂うことこそ、最高の時間。
『リン……』
 声がする。この声を恐れていた頃がひどく昔のように思える。
『リンは今、必要とされてるよ。
 リンにはちゃんとした居場所があるよ』
 うん。わかっている。
 そんなことは言われなくてもわかるよ。まどろみの中が気持ちよくて、相槌をうつことすら煩わしい。
『リンは愛されているよ。
 パパはすっごくすっごく素敵な人だよ』
 うん。わかっている。
 わかっているから。
「もう私に気を使わなくていいよ」
『……え?』
 やっと口にする言葉に、声が驚く。
「私はあなた、あなたは私。
 あなたは幸せを掴み取る力を持ってる。そしてあなたの幸せは私の幸せでもある。
 だからもう、私はあなたにすべてを任せる」
『でも……、それじゃあリンが……』
 声が必死に呼びかけるのに、まどろみは強くなる一方だった。
「何を言ってるの。
 あなたもリン。あなたがリンなんだよ」
 声は影の存在に甘んじていた。
 それが当然のことだと信じて疑わなかった。
『うん……』
 少し大人びていた声のトーンが、15歳の少女相応のものに変わっていく。
『わかったよ。
 あとはわたしに任せて。
 リンはゆっくり休んで……』
 どんどんまどろみが強くなる。
「うん。おやすみ……リン」
『おやすみ……リン』
 そして少女は眠りについた。





第11話 覚醒の時 完













 NotFriends格納庫。
 チームの戦力の要である4機のSPのメンテナンスを行うネイとブルー。ミルカとシリアは情報収集のために、作戦室に残っている。
「……ネイ」
 作業中、ブルーがネイに声をかける。
「……何?」
 作業中はブルーの呼びかけに応えないことも多かったネイだが、このときは作業を止めてブルーに顔を向けた。
「リンがいなくなる前、リンとなんでチームの名前が『NotFriends』なのかって話をしたんです」
 ブルーは、作業と関係のない話であることを理由に、突っぱねられる覚悟をしていたが、ネイは耳を傾けている。
「……そのときは、家族みたいなものだって話しましたけど、きっと違うんですよね。
 友達ではない。
 ……友達という言葉で縛られなくても一緒にいる。友達だからじゃなくて、一緒にいたいと思うから一緒にいる……。
 そういうことを言いたいんじゃないかって」
 自らの意志、それぞれの意志を尊重するネイの姿勢。それによりブルーが導き出した答えだった。
「………………」
 相変わらず無表情のネイ。
「……正解……」
 しかし続く言葉を口にする際、少しだけ口元が笑った気がした。








NotFriends 第1部 完結

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