Not Friends

第11話 覚醒の時

「まったく、怠慢もいいところだわ……」
 慌しく迎撃にあたる、バラック基地駐屯部隊をモニターで見ながら毒づくミルカ。
 オザワを加えたNotFriendsメンバーは、シップの作戦室に集まっていた。
「狙われる可能性が低いとは言ってもゼロじゃないことがわかっていなかったんじゃないか?
 まったくもって、サガ同盟は随分頼りがいがあるね。
 ……おっと失言。今のはナイショでお願いね」
 口元を隠しながらオザワもそれに便乗する。
 ここまでサガ同盟が言われてしまう理由はきちんとある。バラック基地に敵が近づいていることを察知したのがシリアだったからだ。
 NotFriendsのシップは、下手な軍用シップよりも索敵能力に優れているが、軍の基地の設備には到底及ばない。にも関わらず、シリアが先に敵の存在に気がついたのは、警戒を怠らなかったためだ。
「問題は現状、サガ同盟側の敗色が濃いってところね。相手は二個中隊。
 普通に考えれば、50機のSPと、基地の迎撃システムのあるサガ同盟が黙ってても勝つ。
 ……だけど、相手はプレカラー」
 ネイが難しい表情で言う。
 カメラの捉えた、帝国軍の旗艦のマークはイエローセカンドのものだった。
「サガ同盟は相手に飲まれている。開始数分しか経ってないのに、すでに1個小隊分の戦力が削られているのがいい証拠」
 続けてモニタが映している戦闘を食い入るように見ていたシリアが言った。
 NotFriendsは襲撃を察知した後、基地から距離を取った。ネイたちはフリーの賞金稼ぎ。戦闘に参加する義務は無いのだ。
「でも、このままバラック基地が落とされたら、我がヤマヤ工業の最新大型飛行シップが接収されるか破壊されちまうよ」
 オザワが大げさに首をかぶり振って言う。地上シップはすぐに退避が可能だったが、飛行シップはそこまで早い発進はできないため、今もバラック基地のドックにあるのだ。
「空の足が無くなるのは致命傷。このまま逃げても補給も不十分。
 ……っと、迷っている時間ももったいない状況みたいね」
 ネイが話している途中で、同盟側のSPが破壊されている映像をモニタが映しだした。
「降りかかる火の粉は払わないと……。
 新生重装型の相手としては、まぁちょっと豪華すぎるけどね」
 ミルカが冗談交じりに言うと、メンバー全員の顔が引き締まる。
「今出撃できるのは3機。シップはブルーが戻ってきたとき、出撃できる状態にしておく必要があるからここで待機」
「オッケー。留守番は、このオザワ率いるヤマヤ工業の人員が引き受けさせていただきます」
 シリアが戦闘準備をしながら呟いた言葉にオザワが応えると、ネイは一度だけ頷き、勢いよく立ち上がった。
「目的は戦力の分散、敵の動揺を誘いバラック駐屯軍が態勢を整える時間を稼ぐこと。
 ……3機で2個小隊を引き受けるつもりでいくわ」
 そして戦闘開始の号令をかける。それとともに、4人は自分の持ち場へと向かった。


 バラック基地戦闘指揮室。
 駐屯軍の総指揮官を務めるワキヤー大佐は、その通信を受け取った時、通信者の頭を疑った。
 3機のSPで二個小隊を引き受けると言うのだ。
 状況は最悪だった。こちらに50機いたSPも半数近くになっており、基地迎撃システムも20%が不能となっている。にも関わらず、相手側の戦力をSP1機しか削れていない。
 同盟側戦力SP26機と迎撃システム。
 帝国側戦力SP29機と小型陸戦シップ6隻。このペースで行けば全滅は時間の問題だった。
 もちろん増援は望むところで、断る理由は無い。通信者が言葉通りの働きをしてくれれば、包囲するように展開している6個小隊のうち2個小隊を引き受けてくれることになり、単純にSP10機と小型陸戦シップ2隻の相手をしなくても済む。しかし、50機のSPで苦戦している部隊の三分の一の戦力を、3機で相手にするなど可能だとは思えない。
 いや、思えなかった。
 増援に現れたSPはおそらく鳥をイメージしたデザインなのだろう。翼のように広がるスザクの炎もそのイメージを際立たせている。颯爽と戦場に現れ、圧倒的な存在感を見せた。
 3機のSPは1機と2機に別れ、離れた小隊を相手にし始めた。
 1機で行動し始めたのは、凶悪なデザインをしたSP。そのSPの働きは、通信の内容どおり、敵を引き受けて見せた。
 小隊の中枢に一気に入り込み、鏡のようなユニットを展開。その働きは、ここからは確認できないが、間違いなく5機のSPと1隻の陸戦シップを釘付けにしている。
 2機の方は見事な連携で着実に敵を葬り始めていた。敵陣深く突っ込み、敵を捌ききる汎用型。そして、汎用型のSPが動きやすいよう適確に遠距離から攻撃を加える重装型。この遠距離攻撃が絶妙で、敵側の連携を封じている。
 見た目の上では汎用型1機に対して敵SP5機および陸戦シップの戦いだが、汎用型は実質、その30%程度の戦力と戦っている感覚しか無いだろう。
 思わず見とれてしまうような働きぶりだったが、本当に見とれて何もしないほど、ワキヤーは無能では無かった。
「迎撃ミサイル1番から10番まで一気に撃て!
 出し惜しみはするな。相手を釘付けにしろ。その間に陣形を整える!」
 増援がもたらした好機を逃すわけにはいかない。あんな増援が現れた今なら、相手の動揺も小さいはずがない。
 部隊は突然の襲撃とプレカラーの名前に浮き足立ってしまい、落ち着く間もなく戦闘に突入した。そのため、先手で一気に陣形が崩れ、迎撃システムとの連携がままならなかった。
 急務は迎撃システムとの連携がしやすい陣形をとること。それさえうまくいけば撃ち負けることは無い。
「……まるで戦場を舞う鳥だな」
 態勢を整える機会を与えてくれたSPの姿に、ワキヤーはそう呟いていた。


 ルベイザは現状に歯噛みしていた。
 予想よりも早くに見つかってしまったが、奇襲は大成功だった。明らかに動揺が見えるSPを相手に、おもしろいほど有利に戦いが進んでいた。これなら最小限の被害で、基地を陥落させることができる。このままいけば、次期グリーンの隊長は自分になるかもしれないなどということさえ頭によぎっていた。
 それなのに。
 あの3機の鳥型SPが現れて戦況が一変した。2個小隊があの3機に辛酸を舐めさせられているのだ。
 プラズマを反射するユニットを使うSP。その特異な攻撃に一瞬で小型シップを1隻を失った。SP部隊が翻弄されている間に、反射を利用し、あらゆる方向から動力部と砲座を適確に撃ち抜かれ、戦闘不能に陥った。その後、1機のSPが撃破されたが、今はユニット展開位置から一定距離を置かせることで、戦闘を膠着させることに成功している。
 自動制御のユニットであれば、展開位置からの行動は限られるはず。その範囲から逃れれば、回避が困難なあの攻撃から解放される。
 しかし、その範囲は思ったよりも広く、それだけ距離を置いてしまうと、こちらも有効な攻撃ができない。完全に防戦一方になってしまっているが、戦力を削られるよりはマシだろう。目的はバラック基地の制圧。基地を失えば、あのSPも撤退するか投降するしか道はない。
 問題はこの驚異的な武器を持つこのSPよりも、汎用型と重装型の2機だった。あのSPが来てから、たった20分で、1個小隊が全滅していた。
 数も火力も圧倒的にこちらが上のはずだった。しかしそれをあざ笑うかのように、攻撃を避け続ける汎用型のSP。避けるだけでなくキッチリ反撃もし、着実に撃墜を狙ってくる。
 汎用型だけなら、おそらく数分もしないうちに撃墜できたはずだ。後方から様々な火器でこちらの連携攻撃を封じるあの重装型の存在が汎用型の横行を許している。
 あの重装型は、自分自身の攻撃だけでの撃墜は狙ってこない。しかし、こちらが十字砲火を狙うようにSP部隊を動かそうとすると、ミサイルの雨を降らしたり、大出力のプラズマで動きを乱す。後方から敵部隊の動き全体を把握し、かつ汎用型SPが何を望んでいるかわかっていなければこんなことはできない。
 あの重装型に何機かのSPを接近させようとしたが、大出力のブースターでアッという間に距離を置かれつつ、遠距離攻撃で牽制してくる。それどころか、重装型に意識が向かったのを逃さない汎用型が、これみよがしに攻撃してくるのだから最悪だ。
 長距離から狙撃を試みても、劣化したプラズマは厚いバリアと装甲に阻まれてダメージを与えられない。
 現在はSP6機と小型シップ1隻を、あの2機のために割いているが、撃墜できる気がしない。
「まだ防衛ラインを突破できないのかっ!」
 声を荒げて通信士に状況報告を求める。ルベイザの乗る旗艦は、バラック基地を制圧する部隊の中心にいた。
「弾幕が激しく、思うように前進できません!」
 仮にも軍用基地。防衛システムをしっかりと活用されると、攻め込むのは難しかった。
 現在3隻のシップと12機のSPで攻撃をしているが、防衛システムを活用して攻撃してくるSP部隊は、最初とは比べ物にならないほどしぶとい。わずか15分で24機のもの数を撃墜していたSPも、20分で3機しか撃墜できていない。しかもその間、こちらも2機失っている。
 相手の数は23機。数の差はあるが、スキルレベルに格段の差があるため、やや優勢とも言える。しかし、こんなに時間がかかっては、あの鳥型SPが、現在交戦している部隊を撃破し、こちらに向かってくるかもしれない。
(……これ以上被害が出ないうちに撤退するか)
 すでに勝算は50%を切っている。それを察してか、部隊の士気も下がっていた。
 撤退も止む得ないだろう。
(……このまま引き下がれるか……)
 しかし、イエローフォースの存在がそれをさせなかった。
(あのガキに笑われるようなことがあってはならん)
 ルベイザは勢いよく立ち上がり、基地の制圧部隊に対して通信チャンネルを開く。
「いいかっ! よく聞けっ!
 イエローセカンドは必ずこの作戦を成功させる。この部隊はフォースのガキに遅れをとるような部隊じゃないっ!
 私の部隊が突貫して道を開く! 後に続けっ!」
 力強く放たれる言葉、旗艦ワーニン自ら開く道。その言葉により、部隊の士気があがる。
「プレカラーの名が伊達じゃないことを同盟軍どもに見せ付ける!
 全砲門開けっ! 多少のダメージは覚悟で突っ込む!」
 号令とともに動き出す旗艦ワーニン。その行動は、同盟軍にも少なからず動揺を与えた。
(いけるっ!)
「隊長! 後方から新たな敵影が高速接近……あれは……え? まさか……」
「どうしたっ! 報告は明瞭に行えっ!」
 その勢いを止めるかのような、通信士の要領を得ない言葉に、ルベイザは怒鳴り声で応える。
「……ルシフェル……。フェイル王子の機体です」
「なっ……」
 ルベイザは思わず後方モニターに視線を移した。
 そこに映っていたのは黒いSP。紛れもなく、フェイルがロッシャルから逃れた時に搭乗していた機体だった。
 しかし、ただ一つ違うところがある。
 ルシフェルには、鳥型SPと同様の翼が生えていた。
「フェイル様……いや、まさか……」
 フェイルに関しては、見つけ次第捕獲、もしくはヒットの指示が出ている。しかし、ルベイザは仮にも帝国軍の人間であり、それもプレカラーを任される人間。ジェイルについていくと心に決めてはいるが、突如現れた元第一王位継承者の姿に動揺しないわけがない。
「……か、構わん! 撃墜しろっ!
 相手の心理作戦かもしれん! シップの後方砲座で狙い撃てっ!」
 一瞬の迷いを捨て去るため、大声で指示を出すルベイザ。3隻のシップから、一撃でSPを葬れるだけのプラズマが続けさまに放たれる。
 直撃コース、回避位置を予測しての見切り射撃。一発でも当たればいいことを把握した砲撃は、ルシフェルの道を塞ぐように迫る。
 高速移動中は視野が狭くなるものだ。そんな状態で、迫るプラズマと接触せずに突き進む道など見えるはずがない。
 しかし、道が無いわけではなかった。
 ルシフェルにはその道が見えているのか、少しの軌道修正のみでやり過ごしてみせた。
 減速なしの前進は、ルシフェルとルベイザたちの距離を一気に詰める。
 それとともに、突撃中の兵のほとんどがルシフェルの存在に気が付き、それが突撃の歩を緩ませた。
 それは混戦状態のこの場においては致命的な失敗である。突撃に対抗すべく強まった同盟軍の攻撃の手。さらに接近するスピードが一向に落ちないルシフェル。
 あの時撤退するのが最善策だった。
 そんなことを考えた瞬間、ワーニンが大きく揺れた。
「メインエンジンに被弾!
 ……このままだと危険です。隊長脱出をっ!」
 通信士のその言葉はすでに手遅れだった。
 近づく爆音が、イエローセカンドの敗北を知らせる音に聞こえ、ルベイザは苦笑した。
 やがて光が広がり、旗艦ワーニンは炎に包まれた。


 大型海戦シップ『スプラッシュ』。
 カラーブルーの旗艦であるその中の一室で、酒を交わす二人がいた。
「また共同戦線ですねぇ」
 一人はカラーブルーの隊長であるヴァリオス。ウォッカベースカクテルのグラスを、すでに二桁を越す数を飲み干しているが、顔色一つ変わっていない。
「しかし、前回みたいに楽勝ってワケにゃいかないかもしれないよ?」
 もう一人はカラーレッドの隊長であるロゼリア。彼女はとにかく、色が赤いカクテルを選んで飲んでいる。ヴァリオスより飲むペースが遅く、摂取量は半分に満たないが、ほろ酔い状態のようだ。
 それでも一般的にはほろ酔いで済まない量のアルコールを口にしている。
「弱気ですか。珍しい」
 スクリュードライバーのグラスを一気にあおってニヤリと笑った。しかしロゼリアは、そんな挑発に乗らず、ため息をつく。
「……なんだかね、嫌な予感がするんだよ。
 女のカンってやつさ」
 その様子にヴァリオスも緩んだ表情を固くした。
「要因は例のアレですか?」
 ヴァリオスの言うアレとは、イエローセカンド隊全滅の報告である。本来負けるはずのない戦いだったが、思わぬ増援により敗北したと聞いている。
「ルシフェル。
 フェイル王子……と、今はただの『フェイル』でしたな。それがサガ同盟に付くとでも?」
「いや、たぶんそういうんじゃないね。
 だいたいルシフェルと同系機がいたからってフェイルが乗っているとは限らないし、それの影響は政治的なもんだろ。
 そういうのにアタシの直感は働かないのさ」
 ロゼリアはうまく説明できず、もどかしさを覚える。少しアルコールが回って鈍った思考もそれを助長した。
「単純な力の話さ……たぶん。
 なんだかとんでもないヤツが現れそうなんだよ」
 言って大きく息を吐く。
「……ああ、もうヤメヤメ。考えてもわかりそうにないことは考えないに限る」
 やがてもどかしさが限界点に達したのか、わめき散らすように言ってカンパリオレンジを一気に飲み干した。
「次は何にします? また赤いカクテルにしますか?」
 お互い空になったグラスを見て、ヴァリオスが言う。
「もちろん。色に関しては浮気をしない主義なのさ。何か適当によろしく」
「ではマンハッタンにしましょうか」
 ロゼリアの言葉を受け、馴れた手つきで酒瓶が並んだ棚と冷蔵庫から材料を選びだし、カクテルを作り始めた。プロ顔負けの手際で二人分のカクテルをあっという間に用意する。
「イエローの話題と言えばフォースだよ。あの戦果だけならグリーンの次期隊長はあの小僧だ……」
 目の前に置かれたカクテルに口をつけながら言うロゼリアの表情は、あからさまにしかめられていた。別にカクテルがまずいというわけでなく、彼女はラザのことが気に食わないらしい。
「私は有能な人材だと思いますよ。
 バルツァー有数のラフト基地を一日で陥落させたのは評価できます」
 バルツァーはロッシャルの西に位置する、オーべ諸国の中でも、高い軍事力を持った国だった。そこのラフト基地と言えば、Aクラスの軍事基地である。
「あの超高スペック量産機が配備されてたんだ。SPの性能のおかげさね」
 ロゼリアはラザに好意的なコメントをしたヴァリオスに、顔に深い皺ができるのも気にせずさらに顔をしかめてみせた。
「インビシブル量産型。
 確かにあの戦闘力は驚異的ですが、それを100%活かせるのはラザ特佐でしょう。戦闘報告を読みましたが、SPの配備も進め方も無駄がありません。戦術指揮にも才があると思えるものでしたよ」
 ヴァリオスは世辞を言う人間ではないため、ラザが有能であることを認めざるを得なかったが、ロゼリアはさらに毒づいた。
 なお特佐とは、未成年に与えられる特別な階級である。ロッシャル軍は、規律で未成年には少尉以上の階級が与えられないことになっている。だが、稀に才能のある人物に、この「特」がつく階級を与えられることがあるのだ。特佐は「少佐〜大佐」の範囲の権力がある。
「あんな醜い肥満小僧がカラーの隊長に加わるなんて、私は認めないよ」
「フフ、結局はそこが問題なのでしょう?」
 ロゼリアの言葉に微笑を浮かべる。ヴァリオスはロゼリアがラザを毛嫌いする理由が、外見にあると知っていたのだ。
「まぁしかし、彼がカラーグリーンの隊長になることは無いと思いますよ」
「ホホウ、そいつは嬉しいが根拠はあるのかい?」
 ロゼリアの質問に、ヴァリオスはすぐに答えず、いつの間にか空になったグラスに変わるカクテルを作り終えてから答えた。
「カラーは実力だけの部隊ではない。同盟軍を恐れさせるだけの実績と、友軍を奮い立たせる魅力が必要です。残念ながらラザ特佐には実績も無ければ、帝国軍内での人気も無い。
 彼がグリーンの隊長になっても、カラーとしての機能は成立しないでしょう」
「ハハハハッ! なるほどねぇ!
 わかりやすい理由だ。だけどあいつはどうやら帝王のお気に入りのようだよ? それでもありえないってのかい?」
 ヴァリオスの説明を受けて上機嫌に答えるロゼリアだが、それぐらいのことはわかっている。ロッシャル帝国では帝王が絶対だ。帝王のお気に入りとなれば、可能性は否定しきれない。
「私はジェイル様を信じている。それが理由です」
 しかしすぐに返ってくる確信じみた言葉に何も言えなくなる。それはヴァリオスらしからぬ論理的でない言葉だったが、それゆえ妙な説得力があった。
「まぁアレコレここで心配してもしょうがないってことだね」
 ロゼリアの言葉に頷くヴァリオス。
「それに私はあなたの『カン』も意外と当たると思っていましてね。
 どれ、もう少し情報収集に力を入れるようにしましょう」
「……ふふん。そいつはありがたい」
 冗談っぽく言ったロゼリアの目には、他の人間には見せない信頼の念がこもっていた。

 カラー設立時。若くして隊長として抜擢されたロゼリアに反感を持つものは多かった。特にロゼリアよりも年齢の高い者からは嫌がらせを受けたりもした。その中には、補給ラインを封鎖するなどの洒落にならない悪質なものもあり、強気なロゼリアも流石に気が気でない状況だったのだ。
 それを打破してくれたのがこのヴァリオスだった。年配者からも強い支持を受けていたヴァリオスが、ロゼリアを擁護することにより嫌がらせは消えていき、やがて正当な評価を得るようになったのだ。
 好戦的で強気なロゼリアも、後ろ盾が無ければ暴れまわることができない。
 レッド隊の副隊長であり、ロゼリアが自由に暴れまわれるように働いてくれるダンデも、もとはヴァリオスの部隊にいた人材で、ヴァリオスの根回しでレッド隊の副隊長になった。
 口には出さないが、ロゼリアはヴァリオスを頼りにしている。
「だから、当面はケルベロス打倒に燃えていいですよ。随分痛い目にあったみたいじゃないですか」
 少ししんみりとなった雰囲気を壊すようにヴァリオスが言った。ロゼリアは口を尖らせてそっぽを向く。
「っこの……!
 ふんっ、次は確実に殺ってやるさ。ルオー戦には必ず来るだろうからね」
「頼みますよ。おそらくレッド隊の進軍経路上にいると推測されますから。
 私はあんな大物と戦うのはごめんです。被害が多くなりそうですから」
 肩をすくませるヴァリオス。
 その仕草にロゼリアが笑うと、ヴァリオスも口元を緩ませて小さく笑った。


 少女は不思議な場所にいた。
 何度と無く訪れた気がするのに、訪れたことはまったく覚えていない。
 そこは何も無い空間。
 光も音も触れるものも何もない。
 例えるなら五感すべてを失ってしまったあとの世界。
 そういう場所だということはなんとなくわかる。しかし、死後に訪れると言われる無の世界とは少し違う。
 自分は休んでいるだけ。眠る感覚に極めて近い。

『どうしていつも不安そうなの?』

 聴覚を失っているはずなのに声を認識できる。聴こえているわけではなく感じているのだと直感的にわかった。
 とても近い場所から、心に直接問いかける呼び掛けに少女はおずおずと応える。

「私……、居場所がない気がして……」

 声の主が誰なのか、それどころか今はいつでここはどこなのかすら朧げな状況であったが、この声から逃れることができないことだけはわかっていた。
 無視することもできるが、それは意味の無いことである。この声は、きっと自分の気持ちを浮き彫りにさせるためのもの。だから抵抗は無かった。

『どうしてそんなに必死なの?』

 続く問いかけに自分の気持ちを探り、言葉を捜す。なぜ、どうして。そんなことはわかっている。

「この場所を失ったら、私、どうすればいいかわからない。
 でも、私は何もできなくて」

 ぼんやりとした中で、確かに膨らんでいく不安に押しつぶされそうだった。

『何を言ってるの?』

 声しか聞こえないハズなのに、嘲りを含んだ笑顔が浮かび上がる。

『気づかないふりをやめればいつでもあなたは力を手に入れられる』

「いやっ!」

 先ほど意味が無いと判断したはずなのに、その声から逃れようと叫んでいた。

『……ごめんね。嫌な思いをさせるつもりはなかったの』

 意識を閉じる方法を必死で模索している少女に、声がささやきかける。

『ねぇ、一つだけ覚えておいて。
 私はあなたの敵じゃない。私はあなたの味方だから』

「みか……た……?」

 そのささやきは優しくて。

『私はあなたの力になれる。
 いつでも待っているわ』

 少女はどうすればいいかわからなかった。


 ポークハンバーグ、グリーンサラダ、コーンスープ。それにパン。
 NotFriendsメンバーは久しぶりにきちんとした食事を採っていた。5人にオザワを加えた6人で食事というのも、随分久しぶりのような気がする。
 バラック基地での活躍に、補給物資だけでなく、食材も豊富に提供された。また、アリムからも賞賛を受け、すっかり歓迎ムードになっている。
「いやはや。それにしても惚れ惚れする活躍だったね」
 パンにハンバーグとサラダをはさみ、ハンバーガーにしてからかぶりついていたオザワが上機嫌に言った。
「実際、ネイとミルカの戦いしか見たことがなかったが、他のメンバーもそれに負けず劣らずだ。とくにシリアのアレ……な」
「……ヤマヤ工業の商品としてはコストがかかりすぎるわよ」
 オザワの思惑を察して釘を刺すように言うネイ。
「それを判断するのは技術部。
 なぁ、ヤマヤ工業にモーリガンとフレスベルクのデータを預けてみやしないか?」
 しかしオザワは引き下がる様子は無いようだった。
「私たちにメリットがあれば、考えてもいいんじゃない?」
 ミルカが会話に入ってくる。
 意外にも、男であるオザワに対する言葉にしては棘が少なかった。ミルカは実戦でも十分な性能を発揮した重装型により、ヤマヤ工業の技術力を評価しているのだ。
「モーリガンを元に製造したプロトタイプSPの無料提供なんてのはどうだい?」
「あら、随分太っ腹じゃない?」
 オザワの提案にミルカが即座に反応する。
「……プロトタイプのテストパイロットもやれって?
 機体を提供するから戦闘データを引き渡せ。そういう魂胆でしょ」
 続くネイの言葉にミルカの顔は引きつり、オザワは目を逸らした。
「ははは。
 俺としては無償の提供をしてやりたいところなんだが、それじゃあ会社が動かない。そういうことで勘弁してくれ」
 ふぅと息を付くネイとミルカ。
「とは言え、資金源の乏しい私たちにとってはありがたい話ね。
 ……でもひとつ条件がある」
「お聞きしましょう」
 提案を飲もうとしているネイの様子に、オザワの顔はすでに緩んでいる。
「プロトタイプの設計に一枚噛ませること」
「そりゃあ願ってもない。じゃあ商談成立ってことで」
 それは互いにとって有益な取引であった。
 モーリガンの設計者の協力は、ヤマヤ工業にとっては望むところであるし、ネイたちも提供されるプロトタイプを自分たちの使いやすいものにすることができる。
 久しぶりの「きちんとした食事」は、試作機についての話題で大いに盛り上がったが、非戦闘員であるリンはまったく話に入ることができなかった。
 仕方がないことだとわかっていたが、どうしようもない居心地の悪さを感じ、最近感じ始めた他のメンバーとの距離感は広がる一方だった。


 見たこともない形態のSPが並ぶ格納庫。
 機能面のみを重視した、デザイン性の無い無名のシップは、シュリーカーが乗ってきたものだった。
「よくこんなもの持ち出せましたな」
「何、もともと帝国に認知されていない機体ですからな」
 興味深そうにSPを眺めるジェダに、シュリーカーが笑顔で答える。
「ただ、これを扱えるパイロットはおそらく同盟にはいないでしょうな。……残念なことですが」
 ここにあるSPは、量産性などを一切考慮されていない超高級な武装をしている。
「当面は私の考案した強化システムを使いましょう。
 最強の兵士たちが操るSPには劣りますが、それでも充分な戦力となります。
 ……使用者は頭のネジが外れてしまいますがな。しかし、戦死者の数は減るでしょうから間違いなく有益でしょう。
 ファッファッファッ」
 自分の言葉に、さも愉快そうに笑うシュリーカー。
 ジェダは嫌悪感を感じずにいられなかったが、それ以上にこれらの力に惹かれていた。
「強化システムはあなたに任せるとして、少し気になる報告があったんですよ。
 説明をしていただいたミラージュユニットを使うSPがいたそうですよ」
「なんですと!?」
 いつもにやにやとして、余裕のある表情をしていたシュリーカーの表情が驚愕に染まる。その事実だけでジェダは優越感を得られた。
「見ていただきましょう。……おい」
 ジェダに指示された取り巻きの一人が、ラップトップマシンをシュリーカーに見せる。
「フレスベルク……」
 それはバラック基地でのシリア機の戦闘を映したものだった。
「間違いない。
 全員自決したはずだが生き残りがいたのか……」
 終始驚きを孕んだ声色のシュリーカー。
「このパイロットを含む面子がアリムへ来るそうです。
 バラック基地でも活躍してくれたようですし、ロディ大佐とも面識があるようですから、アリムに到着しだい会ってみようと思っているのですよ」
「ふふふ。どうやら私は運がいいようだ」
 天を仰ぎ、ニタニタと笑いを浮かべる。
「知っていますかな。
 科学は1%の努力と99%の『運』で成立するのです」
「これは意外な言葉ですな。
 科学者がそのようなことを口にするとは」
 上機嫌のシュリーカーに話をあわせるように相槌をうつ。しかし、シュリーカーは話す相手がどんな反応を返して気にしないだろう。
「科学者は可能性を模索し、実践するのみ。
 結局は運頼みなのですよ。それこそ神のみぞ知ると言ったところでしょうか。
 未知の領域は誰も知らぬ世界。それを誰が予測しえましょう?」
 誰に向かうでもなく、饒舌に語るシュリーカーに、ジェダはどう対応するべきか図りかねていた。


 兵器開発。イエローフォースの指揮。
 それこそ寝る間も無い忙しさの中で、ラザは充実感を感じていた。
 あれほど憎んでいた帝王ジェイルに今では感謝している。
 自分には力があった。これほどまでの力が。
 すでに全世界で自分の名を知らないものはいないだろう。
 そして何より。
「すごいわラザ」
 すぐそばにいてくれる存在が彼を満たしていた。
 頬に感じる太ももの感触と、頭をなでる手が心地いい。
 まだ少年であるラザにとって、それらの感触は性欲に直結することが多いが、ラザは落ち着いている。
 もうすでにその欲望を満たしているからだ。
 一糸纏わぬ男女。薄明かりの元、ベッドの上でゆったりとした時間を過ごしている。
 しかし二人の関係は恋人ではない。
「見ててよ。
 新カラーグレイは新兵器のテスト運用を行う部隊。SPのことをよく知る僕に誂えたような部隊さ」
 軍にいるときは口にしなくなった子供っぽい言動も、ここでは口にする。
 彼の言葉の中にあったカラーグレイとは、公にされない部隊名だった。
 カラーグリーンの隊長はイエローファーストの隊長であるグラースに決まった。
 戦果だけを見れば、グリーンの次期隊長はラザが務めるのが妥当であり、帝王はラザをグリーンの隊長となるよう命じた。
 だが、ラザはこの話を断ったのだ。これによりグリーンの新隊長の問題は、穏便に解決した。
 しかし、これはジェイルの思惑だった。
 グリーンの隊長の任を断ることで反感を買っている兵たちに謙虚さを示し、同時に「新カラー」の隊長たり得る実績を築く。
 あくまで『兵器開発者の運用試験部隊』と言う名目は、ラザが隊長になるのが相応しいと誰もが納得するものだった。
 ラザにこの権限を与えるために、ジェイルはこれだけのことをした。そのぐらいラザの実力を買っているのだ。
「もっともっと頑張って活躍してね。私はラザが活躍している話を聞くのが何より嬉しいんだから……」
「うん、任せてよお姉ちゃん」
 ラザは自分の姉であるシータの言葉に頷くと、口を少し尖らせるような仕草をとった。これはラザがキスを求めるときの合図であり、シータは微笑を携えてそれに応じる。
「それに、とうとう魔石を20個処理できる魔石エンジンが完成しそうなんだ。理論上限界にして究極の魔石エンジンだよ。
 ……ただ運の要素もあるから、1000個作って2個できれば上等って感じなんだけどね」
 シータの唇を堪能したあと、思い出したようにラザが言う。少し興奮気味に言ってから、照れ笑いを浮かべるラザにシータは微笑んでいる。
「それでも今まで誰も造ることができなかったんでしょう? 立派よ」
 ラザはシータの言葉に満面の笑みを浮かべてから目を閉じる。シータに膝は心地良く、いつまでもこうしていたい衝動に駆られた。
「さてと、ごめんねお姉ちゃん。ゆっくりもしていられないんだ。
 ……次に会えるのは、多分週明けかな」
 しかしラザは、後の予定を思い出し、名残惜しそうにシータの太ももに口づけをしてから体を起こした。手早く服を身に着け、鏡の前で体裁を整える。
「……そう」
 少し残念そうに俯くシータ。
「ごめんね。
 お姉ちゃん。愛してるよ」
 服を着たラザが、愛の言葉とともにシータにキスをする。唇が離れたあとの笑顔を確認すると、ラザは部屋を出て行った。
「………………」
 残されたシータは、しばらくボーっとラザが出て行った扉を見つめていたが、何かのスイッチが入ったように目を見開き、乱暴に腕で唇を拭い始める。
 そしてフラフラとした足取りでバスルームに入ると、もっとも勢いを強くしてシャワーを浴びた。
「……ジェイル様」
 そして呟く愛しい人の名前。
「私は貴方のお役に立てていますか?」
 その声はシャワーの音にかき消されるほど小さい。その問いに応える者がいるはずもなく、シャワーの音だけが耳元に響き続けた。


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