Not Friends

第11話 覚醒の時

 楽しんでいる。
 明確に分かるのはその一点。

 動くものが目に入る。
 それを壊す。

 その繰り返し。

 心拍数は絶えず標準値を超え、肉体的にも精神的にも自分の限界を遥かに凌駕していた。人とは思えない動きで敵を圧倒し、叩き潰す。
 やり方は知っていた。知っているというよりは解っていたと表現すべきか。
 いや、それもしっくりこない。考えるより早く体が動いていた。
 敵だと認識した次の瞬間には目標はガラクタになっていて、その呆気無さがなんだかおかしくて笑えた。
 そこでやっと的確な表現が思いつく。自分にとって壊す行為は全自動なのだ。そう、それはつまり自分は兵器だと言うこと。そう考えるとすべてが納得できる。
 これだけの瓦礫の山を築いてもまだおさまらない破壊衝動も、この瓦礫の山に幾多の人間が埋もれていることを知っていても、その手を緩めない非情さも。
 そう、私は兵器。
 そのはずなのに。そもそもなぜこんなことを考えているんだろう。
 答えは出ない、答えを出すことは許されていない。

 …ああ、そう言えば久しく光を見ていない気がする。

 私はこのまま消えて行く?
 私は必要ない?
 寂しくも悔しくもないけれど、本当にそうだとはどうしても思えなかった。



 世界の覇者たるロッシャル帝国帝王ジェイルは、「指示を出す」、「報告を受ける」の繰り返しにも若干うんざりし始めていた。
 ひどく退屈なのだ。
 すべてが自分の思惑どおり。微妙な誤差があっても、現場の有能な人材がすべて吸収してしまう。
 刺激がない。世界統一のための戦争としてはあまりにも歯ごたえがなさ過ぎる。
 これは世界を統べる王に相応しくない危険な望みだろう。
 しかし彼が求めているのは平和な世界ではない。

 完全な統制。それこそが彼の望み。調和や協調とは別の次元にある。

 闘争は人を高めるきっかけになりうる。しかし、貶めるきっかけになりうることも重々承知しているつもりだった。
 だから、うんざりしながらも手に取った報告書にこの名を見つけた時は顔をしかめた。
 シュリーカー。
 ロッシャル帝国の闇の部分を創り出した人間であり、ロッシャル戦争で帝国を勝利に導いた人間でもある。

 ジェイルはロッシャル帝国を創った祖父のダグスを敬愛している。だが、シュリーカーの研究を容認していたことだけは彼の理想に反していた。
 もちろん、ダグスがそうしなければ、ロッシャルが世界を制していた可能性は下がり、自分がこのような場所にいなかったかもしれないことはわかっている。
 だからこそ、自分はシュリーカーの存在を受け止めたうえで排除しなければならなかった。
 報告書にはシュリーカーがサガ同盟に逃げ延びたことが書かれている。

「フェイルが立つまでにはまだ時間がかかるだろう。……当面の敵は奴だということなのかもしれんな」

 サガ同盟の代表、ジェダ・シャウェイは立ち塞がる壁としては少々物足りないと感じていた。シュリーカーが同盟についたことは、自分にとっては望むところなのかもしれない。
 ジェイルにとって、彼は倒すべき敵であるのだから。



 肩の大型ミサイルポッド。左腕のガトリングガン。右腕のプラズマキャノン。脚部の多弾頭ミサイルポッド。そして腰部の小型ミサイルポッド。
 それらすべてを携えた、まるで武器庫のようなSPが平原を走っている。
 一般的なSPよりも一回り大きなブースターから大量の炎が吐き出され、その鈍重そうな機体からは想像できないスピードが出ていた。
「乗り心地バッチリよー」
 そのSPのパイロットであるミルカは、生まれ変わった愛機に上機嫌だ。
 汎用性を持ち、カスタムパーツの着脱が容易な機体であったモーリガンだが、ミルカ機は機動力に難があった。もちろん装備の軽い汎用型や白兵型と比べれば機動力に差が出るのは当然だが、ミルカの重装型は操作性が落ちてしまうほどの問題を残したままの機体だったのだ。
 これは、想定以上の重装備をしたことが原因である。理由がわかっていてなお重装備をした理由は、ネイとミルカの二人で多数を相手にすることが多かったためだ。ネイの操縦テクニックを遺憾なく発揮させるためには、後方からの強力な援護射撃はどうしても必要だった。ネイが捌ける最大数のSP以外を引き離すことこそ、NotFriendsの必勝策。だから操作性よりも支援武器の充実を優先させた。
 そんな理由から無理を承知で乗り続けていたのだが、インビシブルとの戦いで、この問題点が致命傷となった。
 あの戦いでミルカ機が撃墜されたのは起動性が低かったためと言っていい。ブルーは天性の素質に恵まれてはいるものの、場数が圧倒的に足りないため、操縦テクニックはミルカのほうが勝る。ブルーが避け切れる攻撃を避け切ることができなかったのは、機体の問題以外を考えられないのだ。
 しかし、今ならインビシブル相手でもブルーより先に不覚をとるようなことはないだろう。
 細かな操作はできないが、爆発的な推進力を得て緊急回避が可能となっているからだ。
「モーリガンの汎用型、重装型。高性能魔石エンジンを積んだルシフェル。そしてミラージュアタックを持つフレスベルク」
 軽快に試運転をするミルカ機を移すモニターを見たままでシリアが呟く。
「今の戦力なら……おそらく、SP中隊クラスならまともにやりあえる」
 続けて言うシリアの中にあるSP中隊は、小隊が三つ集まった部隊を指す。小隊は一隻のシップと三機から七機のSPにより編成された部隊だ。
 なお、中隊が5つ集まった部隊は大隊と呼ばれる。
 SP五機の小隊3つで編成された中隊ならば、単純にシップ三隻、SP15機となる。対してNotFriendsの戦力はシップ一隻にSP4機。
 シリアの言葉の意味は、三倍以上の戦力を相手にできるということだ。
「大きな作戦に巻き込まれでもしない限りは凌げそうね……」
 驚く様子も無く頷くネイ。
 馬鹿げた内容に聞こえるかもしれないが、ネイもシリアも戦力の過大評価も過小評価もしない。SPの性能、パイロットの操縦能力、そして連携。それらを計算した上で出した結果なのである。
「生き延びるだけなら……たぶん力は十分……だけど……」
 シリアは言葉の途中で息をついた。

 この戦争で自分たちは何を為すべきなのだろうか。

 サガ同盟の本拠地へと進む。これはサガ同盟がいかなる組織かを見極めるのが目的。しかし、それを見たとして、何かを感じたとして、自分たちは何をするのだろうか。
 危機回避と安定した生活を求めているだけでいいはずだった。
 世直しや、正義感で動くつもりは無い。にも関わらずサガ同盟の本拠地まで行くのはなぜだろう。情報はあるに越したことは無いが、ここまでする必要が本当にあるのだろうか。
「……ねぇ」
 ふと思いついたことを聞こうとするシリア。
「……多分、それで正解」
 その内容を聞かずに答えるネイ。
 自分たちがサガ同盟の本拠地に行きたい訳は。
「ブルーに……淡い期待を抱いているのね」
 ブルー。
 ロッシャル帝国第一王位継承者フェイル・ロッシャル・カイザーズだった男。この男に帝国を治めさせようと目論み、保護したのが始まりだった。その方が自分たちが自分たちのままでいられる世界に導いてくれると判断して。
 しかし、その目論みは失敗に終わったはずだった。こんなところで賞金稼ぎの一人として甘んじている男が、戦力差があるにも関わらずサガ同盟を圧倒するジェイルを倒し、帝王に返り咲こうとするなどということは、想像するのも難しい。
 しかし。
「世界を知ったうえで、彼がどうするのか」
 知りたい気がする。
「ネイ〜! 試運転はもう充分よ〜。そっちに戻るわ〜」
 しばらく物思いに耽っていた二人のもとへ、ミルカの通信が入る。ネイは不覚にも動揺してしまったが、表面には一切出さずに了解の意思を返答した。
 こんなことを考えているのがミルカに知られたら、またヘソ曲げかねない。最終的に自分についてきてくれるのは知っているが、今はその癇癪に付き合う余裕はなかった。



 独立強襲部隊ケルベロス旗艦「トリラケス」。
 隊長室はロディ一人しかおらず、デスクにはルオーの地図が開かれている。
 戦力の配置。補給ライン。その他様々な要因を頭の中で捏ね繰り回しながら戦闘のシミュレーションを行う。デスクはモニターにも切り替わるため、マップを映し出すことも可能なのだが、敢えて紙媒体を使っているのは、ロディがアナログな人間だからだ。それゆえ、シミュレータなどは一切使用せず、頭の中だけでそれを行っている。
「カラーレッドは間違いなく来るだろう……」
 つぶやきの途中で真っ赤なシルエットが脳裏に浮かぶ。一矢報いたとは言え、辛酸を舐めさせられたあの女の好戦的な顔は、思い出しただけで身震いしてしまいそうだった。
「それに時間的にカラーブルーが合流してもおかしくは無い」
 ロディがシミュレートしているのは、ベコナ大陸とサガ同盟の本拠地が存在するトイラ大陸を結ぶ地峡部、「ルオー」で行われる大規模戦闘だった。地形的に考えて、そこで戦闘になるのは間違いなく、お互い大部隊を用意するのも必然と言える。
 おそらくはビガー海戦以上の戦力がぶつかりあうことになるだろう。
 帝国は多目的な運用が可能な水陸両用SPに加え、飛行形態に変更可能なSPがある。単独での一撃離脱が可能なあのSPは厄介だ。
 そこまで考えを巡らせてからロディは首を振った。
 一番の問題は相手の機体性能ではない。士気の問題なのだ。
 大規模戦闘は多くの兵が参加し、多くの兵の命が失われる。その戦闘で、一人でも多くの兵士が、戦い続ける意志を持ち続けるか。これが最重要課題と言っていい。
 一人の英雄の戦力で戦争は決しない。英雄は兵の士気を保つ方が実は重要なのだ。人はそれほど強くない。死に面したときには、思想や大義よりもわかりやすい心の拠り所が必要だ。
 その点を行くと、帝国と同盟には差がありすぎる。
 絶対的なカリスマ性を持つ帝王だけではない。ネームバリューだけでも十分な士気向上の役に立つ『カラー』も存在する。
 サガ同盟の代表は十分な魅力のある人物なのだが、相手が帝王では分が悪すぎる。加えて『カラー』ほどの存在感のある部隊は、自分たち『ケルベロス』だけだ。有能な部隊が無いわけではないが、同盟という組織の絶対的な上下関係が確立しにくい構造上、英雄視される存在を作るのも容易ではない。
「……しんどいかもしれんなぁ……」
 どう考えても相当長い戦いが予想される。だとすれば……。
「英雄か……」
 絶対的な存在感。圧倒的な強さ。
「……あいつらはどうするんだろうな」
 ふとネイたちの顔が浮かぶ。
「あいつらならケルベロスを超える『英雄的存在』になる素質がある。……っと、何を考えてる俺は……」
 独り言の中で自分の考えを戒めるうに頭を小突く。そして自分の引き出しから一枚の写真を取り出した。
 その写真の中は、かつてSPBとしてチームを組んでいたメンバーの写真。その中にはシリアの姿もある。
「………………?」
 その写真に違和感を覚えるロディ。一年近く前の写真であるにもかかわらず、今のシリアとまったく変わっていないように見えたからだ。
「……あいつ、どう見ても十歳かそこらだろ? その時期の一年つったら……」
 成長期であるにもかかわらずにまったく変わらないシリア。すぐに思い当たる理由がロディの顔をかげらせた。
「何を考えていたんだ……、前大戦の被害者を英雄に仕立てようって?」
 自分の考えに反吐が出そうになる。
 ロディはシリアがどういう存在か、なんとなく察している。
 シリアはフレスベルクに乗ったまま意識を失っていた。子供用にあつらえられた操縦席が、フレスベルクが彼女のものであることを示していたし、そんなSPに「ミラージュユニット」なんてものが搭載されていたのだから、彼女が兵器として扱われていたのは容易に想像できた。
 あの時、自分は何を思った。
 その自分が今、何を思っていた。
「父親になろうなんておこがましいことを考えた義理じゃねぇが。真正面から顔を見られなくなるのはゴメンだな」
 ロディはそうつぶやいて、現戦力で勝利を掴むため、再び地図を睨み付けた。



 極薄のジャガイモの皮が手元から伸びていく。
「……ふぅ」
 一人で料理をする簡易キッチンがひどく広く感じて、リンは小さくため息をついた。
 一人で料理をするのはすっかり慣れてしまっていることで、寂しさを感じるなんてことは無かった。
 きちんと並べられた調理道具。いつもステンレスは照明の光を反射し輝いており、衛生面の不安は一切無い。
 リンはメンバーの生活を支えるこの仕事に誇りを持っていた。
 一度「炊事や家事しかできなくて申し訳ない」とメンバーに漏らしたときに、ネイもミルカも大事な仕事だと言ってくれた。
 他に行くところの無い自分を置いてくれたこの場所で与えられた仕事。大変だとか、面倒だとか、そんなことを考えたことも無い。今もそれは変わらない。
 それでも、最近はひどく寂しく感じる時がある。
 原因はわかっていた。
 少し前までは、夕食の手伝いに来ていたブルーが最近はまったく姿を見せない。
 理由はわかる。
 ブルーは、最初は触ることが許されなかったSPのメンテナンス機材を触ることが許され、今ではメンテナンス要員としても必要不可欠な存在となっているし、ネイたちとの会話にもぎこちなさが無くなり、リンとの『普通の会話』を求めることもなくなった。
 だから、夕食の手伝いに来るなんてことはない。
 昨日、ブルーと交わした言葉の数はいくつだったか。食事中も『これから』のことや、SPに関することが中心となっているため、自分は参加できない。
「……遠い……」
 漠然とした想いを口にすると、手元がにじんで見えた。
 リンの寂しさは、ブルーとの距離感によるもの。
 戦争中のこの世界においては、戦うことが優先される。戦う力があるブルーは、当然そちらに身を置いてしまう。
 だけど、自分は戦う力が無い。ブルーに近づくことができない。
「…………?」
 耳鳴りがした。
 そしてその中にわずかな声が聞こえてくる。
『力が……欲しい?』
 その内容に驚き、手元が狂って指を軽く切ってしまった。その痛みに考え込んでいて狭くなっていた視野が広がり、自分がボーっとしていたことに気がつく。
 しかし、聞こえたその声は耳について離れなかった。



 帝国には独立強襲部隊『カラー』の直属部隊である『プレカラー』が存在する。
『レッド』の直属『マゼンダ』。『ブルー』の直属『シアン』。そしてグリーンの直属部隊である『イエロー』である。
 プレカラーは二個中隊の戦力を持ち、カラーの指示により動く部隊だ。このプレカラーはそれぞれ三部隊が編成されている。しかし、数日前『イエロー』だけは四番目の部隊である『フォース』が編成された。
 この事実に、他のイエローたちは遺憾を覚えいていた。
「フォースが結成されるのはいい。だが、なぜあいつが隊長なのだ……」
 地上シップ『ワーニン』を旗艦とするイエローセカンドの隊長であるルベイザも例外ではない。ルベイザは顔をしかめながら、次作戦の資料に目を通しつつ毒つく。
「確かにこの時期にイエローフォースが結成されたのも陰謀めいたものを感じます」
 側で聞いていた副隊長が相槌をうつと、ルベイザの顔はさらにしかめ面になった。少し脂肪のつきすぎた顔がしかめられると深いしわができる。その顔はまるでブルドックのようだった。
「……ファースト、セカンド、サード。そしてフォース。同時に行われるそれぞれの作戦の戦果を、次期グリーン隊長選抜の材料とする」
 ルベイザはため息とともに資料を投げ捨てるようにデスクに置いた。
 地上のエキスパートの「グリーン」の隊長が高齢と病気を理由に退役した。グリーンの副隊長がそのまま隊長に昇格すると思われたが、副隊長自身が自分は隊長には向かないとそれを辞退。
 これによって、グリーン、イエローの再編成が決定となった。次期隊長としての候補として、各イエローの隊長があがっている。しかし同時期に「イエローフォース」が結成された。新参者のイエローフォースもイエロー隊の隊長として、グリーンの次期隊長候補にあがっている。他のイエローからしてみれば面白くないのは当然である。
「おそらく、本作戦の重要性を考え、士気向上を目的にしたのかと……」
「わかっている。そうでなければあんな小僧がイエローを名乗れるものかっ!」
 やや口調を荒げるルベイザ。副隊長も深くうなづいている。
「確かに彼のSP開発者としての実力は認めます。しかし、だからと言ってプレカラーを名乗らせるとは」
 SP開発者にしてプレカラーの隊長を任された小僧。それは水中稼動可能なSPと飛行形態に変形できるSPなど、様々な新しいSPを次々と生み出している、まだ十三歳の少年であるラザであった。
 ラザはSP開発責任者でなく、現在はプレカラーの隊長も任されている。確かに何度か部隊長として出撃し、勝利しているようだが、プレカラーの隊長になるほどの戦果には到底届かない。だから「SP開発責任者」としての権力を行使している以外には考えられなかった。
「……まったく、帝王もお人が悪い。こんな煽り方をせずとも我々は全力で任をこなしますのに」
 プレカラーも帝王には絶対の忠義で仕えている。帝王の考えとあらば絶対服従の姿勢は崩さないし、陶酔しているが故、悪く言うことも無い。
「……そのぐらいこの作戦に力を入れているということだろう。プレカラーとして、実力であの小僧の鼻をあかしてやるとしよう」
 そう言ったあと、ルベイザはとたんに無表情になる。怒りの感情は胸に秘めるに留め、作戦は冷静に行う。その姿勢は実力派の部隊長に相応しいものだった。



 サガ同盟代表。
 世界の覇者たる帝王に刃を向ける組織の代表である自分は、相手に相応のプレッシャーを与えられるという自負があった。少なくとも、幾度と無くこの応対室で世界の重鎮をはじめとした人物と対話をしたが、多少なりともプレッシャーを与えているのを感じた。
 しかし今、目の前にしている男にはそれがまったくない。
 薄汚れた白衣に身を包んだ老人。だらしなく伸ばされた白髪と髭。そしてよく言う牛乳瓶の底のような厚さのメガネのようなゴーグル。いかにも科学者と言った風貌をしている。
「とりあえず命の保障はしてくださるそうで。なんとも嬉しい限りです」
 口を開くとともに、コーヒーを下品な音と共にすする。否応にも不快に感じてしまうが、ジェダは表情を変えないように努めた。
「サガ同盟は帝国からの亡命者であり、我々に協力しようと言ってくれている者を無下にするような組織ではないのですよ」
 笑顔を浮かべて言うジェダに、老人はさも愉快そうに笑う。
「フォッフォッフォッ。なるほど。これが帝国軍以外の軍人ですか」
「どういう意味でしょうか?」
 その馬鹿にしたような笑いに、多少の苛立ちを覚えたが、そんなことで感情を乱すようではサガ同盟の代表は務まらない。ジェダは笑顔のままで聞く。
「社交辞令なんぞ久方ぶりに聞いたもんで思わず……。いやいや申し訳ない、帝国の者はワシに社交辞令なんぞ使わんものでしてな」
 老人の物言いに流石に眉毛がピクリと動く。
「余計なお喋りはほどほどにしましょう。ワシはジョウダンや何かを含んだ会話は好きですが、無駄な定型処理が嫌いでしてなぁ」
「……なるほど、科学者らしいお言葉です」
 ジェダはこの男相手に気を使っても何の得にも損にもならないことを理解し、大きく息を吐く。
 シュリーカー。それがこの男の名前。
 帝国から亡命してきた科学者。そもそも彼との面会の場を設けたのは、彼の持っている情報を欲したためだった。
「最強の兵を提供する……と仰られていますが?」
 社交辞令や前置きが必要な相手ではないことを悟り、本質的な会話に入るジェダ。これはシュリーカーが同盟に亡命する際、訴えていたことだった。
「言葉通りの意味ですよ。ワシに金と人員を預けてくれれば最強の兵を提供するということですわ……」
 ニタニタと笑うシュリーカー。
「……それは『バーサーカー』や『吸血天使』のことを言っているのですか」
 ロッシャル戦争のとき、帝国の劣勢を覆す驚異的な戦闘力を持った部隊がいくつか現れた。その中でも特に有名なのが、この『バーサーカー』と『吸血天使』である。
 帝国が戦後極秘裏に抹消したため、詳細情報は残っていない。しかし、抹消しているところから、明るみになったらまずいものであることは想像できた。
「なかなか察しがいいですなぁ」
「……しかし、その兵を造るためには、非人道的な行為が必要なのでは?」
 穏やかだった瞳を鋭くして問いかける。しかしシュリーカーは物怖じせず、それどころか面白そうにこちらの様子を伺っていた。
「と、言いますと?」
「……遺伝子操作、人体改造、精神操作。そのようなことですよ」
 ジェダがシュリーカーとの面会の時間を作ったのは、これを確かめるためだった。圧倒的な戦闘力を持った兵士。通常の方法で鍛錬させたとしても、あれだけの能力を持たせるのは難しいはずだ。
 となれば、人為的に強化していたのではないかと予想できる。
 もしこれが事実であれば、非人道的な行いをしていたとして帝国の評価を一気に下げることができる。遺伝子操作などの行為を禁忌と考える国は少なくない。それを行っていたとなれば、帝国についている国をいくつか引き込むことも夢ではないのだ。
「フォッフォッフォッ……。
 とりあえず今上げたことはすべて行っていましたな」
 ジェダはシュリーカーの言葉に、思わずニヤリとした。シュリーカーは非人道行為により兵を生み出していた張本人。様々な証拠を叩き出すことができるだろう。
「……サガ同盟は非人道的行為により生み出した兵を使うような組織ではありません」
 もちろん強大な力が手に入れば戦争を有利に進められる。しかし、それではサガ同盟の『大義』が大きく揺らぐ。
「まぁ……そう言うと思っておりましたよ。
 ですが……ここは腹を割って話をしましょう。
 私は最強の兵を作り続けることに人生の悦びを感じる人間なのですよ。ですから、帝国の闇を暴くだけの生き証人として存在するだけなんてまっぴらごめんでしてね」
 相変わらずニタニタと笑っているが、口調は少し険しさを含んでいた。
「私が帝国を逃れたのは、帝国ではもう新兵器の開発ができないと思ったからです。この意味、おわかりになりますかな」
 今度はまるで馬鹿にしているような口調になる。しかしジェダは、この言葉の対応に慎重にならざるを得なかった。
 彼は表に出せないような「取引」の話を出しているのだ。
「本音と建前。表と裏。正義を行使するための必要悪。どう表現しようと自由です。正直私はそういうものに興味は無い。
 現状、サガ同盟が帝国に勝つのは難しいでしょう。しかし、私の生み出す兵ならば戦況を変えることも可能です。
 私は『最強の戦士』を生み出す研究の援助をしていただけるのなら、協力は惜しみません」
 ジェダは饒舌に話すシュリーカーの眼鏡の奥の瞳を見ていた。厚底の眼鏡越しでも充分わかる闇の色。
 ジェダはサガ同盟の代表になった人物だ。様々な人間と関わってきたし、こういった取引も何度となく行った。
 シュリーカーの瞳の色は見覚えがある。偏執狂の瞳の色だ。自分の為したいことのためには、平気で人道も感情も捨てられる人間の目だった。
 人格的に問題はあっても、実はその行動原理は単純で御しやすい。
 帝国の闇を暴くためには彼の協力は必要不可欠。そのための条件も自分の利益となりうるものであるなら断る理由は無い。
「了解しました。
 わかっていると思いますが、また闇の中で生きていただくことになりますがよろしいですかな?」
「フォッフォッフォッ、望むところです。人間弄りが趣味の老人に日の光は眩しすぎますからな」
 こうして、密約は成立した。



 リンは小さい喫茶店でアップルパイとアップルティーを楽しみにつつ、久しぶりにゆっくりと流れる時間に気持ちを躍らせていた。目の前に座っているのが想い人であることも大きな理由の一つであることは間違いない。
 ネイたちはルオーを抜ける前に補給をするため、ルオーの南東に位置するバラックの基地に停泊していた。ルオーへ侵攻するルートとしては、あまり使われないであろうルートである。
 山岳地帯と山岳地帯の合間に存在し、陸から進むには道が悪く、空から進む時は山岳部に狙撃兵が潜みやすいために危険が伴う。
 そのため、味方が使うルートととしては最適だった。つまり、サガ同盟と友好的な立場にあるヤマヤ工業の使いともあれば、このルートは安全なルートと言える。
 次の戦場になるであろうルオーとの近さにも関わらず、街は平常どおりに機能していた。
 こんな場所は他にはなく、食料の買出しも、これを逃すとアリムまでできないだろう。そこでリンとブルーが買出し部隊ととして街に出ることになった。
 二人は時間に余裕があったため、喫茶店に寄っている。これはミルカの計らいで、出かける前に店のことをブルーに教え、寄って来いと指示したのだ。
 リンはブルーが喫茶店に自分を誘ったときから、ミルカの気回しであることを感じ取っていたが、それも含めてリンにとっては嬉しい時間であった。
「美味しそうに食べますね」
 ブルーは嬉しそうなリンの表情に釣られ、笑顔を浮かべる。ブルーの最大の魅力のひとつである、屈託のない笑顔がリンの頬の熱を上げた。
「ハ、ハイ……」
 気恥ずかしさと嬉しさで声が小さくなってしまう。ブルーはそんなリンの様子にもお構いなしで、笑顔のままでリンをじっと見続けていた。
「え、えと……その……。
 そ、それにしてもあの兄妹。仲がよかったですね!」
 その視線に耐えられなくなったリンが、あわてて話題をふる。
「ああ、うん。そうでしたね」
 リンの言うあの兄妹とは、食料の買出しに出たときに出会った兄妹のことを言っていた。
 スーパーマーケットで買い物中、迷子になったのか、べそをかきながら立ち尽くしている少女の姿を見つけたリンとブルーは、少女を迷子センターへと連れて行った。アナウンスをしてもらったあとも、くずる少女になだめるためにあれこれと苦労していたのだが、兄が現れるとともにまるで別人になったかのように満面の笑顔を浮かべた。
 泣きべそしか見ていなかった二人にとって、その笑顔はひどく輝いて見え、同時に兄妹の絆を強く感じて顔が綻んだ。
「……すごく羨ましいかも」
 気恥ずかしさを紛らわすためにふった話題だったが、二人の姿を思い出すと少しだけ気落ちしてしまった。
「え?」
 よくわからないといった表情のブルーにリンは続ける。
「私、兄もいなかったし、父親もいなかったら……年上の男性に憧れがあるんですよね」
 ティーカップを傾け、揺れるアップルティーの水面をボーっと見つめる。自分の記憶の中の家族は母親だけだった。父親は戦場で死んだと聞いた。……母親はよくしてくれたけれど、父親の存在に強い憧れを覚えていた。
 だからかもしれない。リンが恋心を抱くのは、いつも年上の男性だった。
「えっと……、リンが嫌でないのなら、僕のことをお兄さんだと思ってくれていいですよ」
「え?」
 少し物思いに耽っていたリンの耳に、ブルーの予想外の言葉が入ってくる。その意味を理解するまで少し時間がかかったが、すぐに顔が真っ赤になっていく。
「あ、あの……あの……」
 頭がうまく回らずに口をぱくぱくと開くことしかできない。
「……ねぇリン。NotFriendsってさ、どういう意味だと思う?」
「え?」
 続くブルーの言葉に、リンは戸惑いを強くした。さっきの言葉に続く内容としては不自然である。
「僕はまだ日が浅いけれど……友達じゃなく、家族みたいなものかなって。そう思うんです」
 さらに続く言葉に、リンはなんだか目頭が熱くなった。何か言いたかったが言葉が出なかった。
「……えと、ちょっと僕じゃ頼りないかな?」
 目を潤ませて何も言わなくなったリンに照れ笑いを浮かべながら言うブルー。それを見たリンはブンブンと勢いよく首を振った。
「ううん! そんなこと! そんなこと……ないです……」
 声を張り上げて否定しようとするが、声が震えていることに気がついて語尾がしぼんで行く。
「……リン?」
 とうとうこぼれてしまった涙に、ブルーはあわてた。
「え、えへへ……。ご、ごめんなさい。
 なんだか嬉しくて……」
 ブルーの言葉は、恋心を抱いている人間から聞く言葉としては複雑なところはあるが、それでもリンは嬉しくてしょうがなかった。
 リンも薄々思っていた。いや、願っていた。NotFriendsが「家族」という意味であることを。
 リンは家族を二度も失っている。三度目の共同生活をする仲間たち。個性的だけれど、この場所が好きだった。
「みんなの正確な年齢はわからないけれど、とりあえずシリアは末っ子ってことになるね」
 ブルーが言ったことを想像すると、自然と笑いがこみ上げてくる。
 二人はしばらくこの話題で談笑した。
 その中で、リンは最近心の中でくすぶっていた、距離感や孤独感が霧散していくのを感じた。そして、改めて自分がブルーに恋心を抱いているのを感じる。
 ただ好きな人と二人で話す時間。そんな時間がどんな宝石よりも輝いて感じて、いつまでもこの時間が続けばいいと思った。
「……あれ、通信?」
 そう思った矢先、ブルーの表情が変わる。
 ブルーは所持していた通信機のバイブレーションに気づき、リンに一言断ってから通信機を取り出す。通信機にはメッセージが届いていた。
 穏やかだった笑顔が険しい顔に変わる。それを見たリンも、何か良くないことが起きたことを悟った。
「急いで戻ろう。バラック基地が襲撃にあったらしい」
 ブルーの言葉が戦いの始まりを告げるものだったことを受け、霧散していたはずのリンの感情は、再び胸の中で大きくなり始めた。


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