Not Friends

第10話 神の在処

「空戦シップのバリアの出力を上げろ。高度を徐々に下げるように進路をとれ! それが済んだら自動操縦に切り替えるっ! もちろんできるだけ弾幕を張るようにプログラムするのも忘れるなっ!?」
 ロディの猛々しい命令とともに、空戦シップの空気が変わった。
「総員トリラケスに移るっ!」
 空戦シップのブリッジ要員がバリアの出力操作と全アナウンスを行うと、60人の乗組員は一斉に旗艦である陸戦シップ「トリラケス」へ向かう。
 それと同時に起こる衝撃。
 出力を上げていたバリアにより被害は抑えられたようだが、移動中の乗組員たちは足元を奪われた。
「焦るなっ! だが急げっ!」
 辛うじて転ばなかったロディは、手元のマイクに向かって怒鳴りつける。その言葉は無茶なものだが、乗組員たちはそれに従った。
 ケルベロス隊は統率のとれた部隊だ。ロディの命令を絶妙なチームワークでこなす。足をとられた仲間を助け起こし、適切な距離をとってぶつからないように旗艦「トリラケス」へと走る。
 別々の場所にいる乗組員たちは、ロディの声に従うことで道しるべを得ていた。そして誰もがロディの意図に気がついている。
 空戦シップを破棄するつもりなのだ。
 あの赤い航空機を捉えた瞬間、意思は固まった。この空戦シップで勝てる相手ではない。
 先ほどの衝撃は遠距離から放たれたミサイルによるものだ。大型ミサイルが10発。この空戦シップですべてのミサイルを撃ち落すことはできず、3発ほど直撃してしまった。幸い早い判断でバリアの出力を上げていたために撃墜はされなかったが、そうでなかったら確実に助からなかっただろう。
 相手は5機。あの大きさの航空機には、2発の大型ミサイルを搭載するのがやっとのはず。おそらく全弾発射したのだろう。
 対艦の決め手となる攻撃を、初手で撃ちつくす相手の大胆さを見越していなければ、空戦シップは撃墜されていたに違いない。
 しかし、息をつく暇も無くラズマガンの射程内に敵が迫る。
 再び衝撃。
 先ほどと比べれば微々たるものだが、その衝撃は乗組員たちに恐怖心を与えた。
 あのレッド隊が自分たちを攻撃している。
 しかも、あの隊長機の色は紛れもなくロゼリアの機体だ。空の最強部隊と名高いレッド隊の隊長が率いる部隊。それだけで充分な威圧感を与える。そして、ロディの指示は脱出することのみ、敵の状況を把握する仕事はしておらず、把握できない状況は不安を生み出す材料となっていた。
「大丈夫だっ! 空戦シップは俺たちが、陸に降りるまではもつ」
 生まれる不安を随時ぬぐうように、度々ロディの声が全艦に響く。
 ロディはわかっている。
 どう頑張ろうが、この空戦シップは撃墜される。下手な小細工も通用しないだろう。だからできるだけ多くの乗組員を陸戦シップへ。
「トリラケスに着いたら強制着陸を行う! SPパイロットは自機に乗り込んでおけ!」
 ケルベロスの強制着陸と共にSP部隊を展開する。それ以外、現状あの部隊に太刀打ちする術はないと言っても過言ではない。
 空の下は木々の少ない平地。場所を選べば強制着陸も可能だ。
 度々襲う衝撃の中、確実に準備が進められる。
 ブリッジ要員はリモートにより空戦シップを操縦しつつ、着陸用の操作手順を確認。SPパイロット達はノウブルへと乗り込む。ロディも続くように愛機へと乗り込んでいた。
「準備完了しました!」
 全乗組員が空戦シップからトリラケスへと移り終わった知らせがブリッジ要員から入ると、ロディは大きく息を吸い込んだ。
「よしっ! 空戦シップに指示を出せ。残るエネルギーを最大限に活用して弾幕、バリアを展開!」
 ロディの号令に応えるように、最期の力を振り絞って空戦シップが攻撃を開始する。その攻撃に、さすがのレッド隊も距離をとった。
「行くぞっ!」
 後方に位置するシップ搭乗口をできるだけ下へと向けるように空戦シップが傾く。そしてバクンとシップ搭乗口の扉が開き、陸戦シップが重力に惹かれるように発進した。トリラケスは、なぜか地面に対して尻を向けている。
 たちまち落下スピードが増していく。発進という言葉は正しくなかった。そのまま落ちれば大損害は免れない高度からの決死のダイブだ。
「着陸後、オーバーヒートしても構わん! ブースターの最大出力で重力に逆らえ! バリアも全開で張れっ!」
 強襲艦であるトリラケスには、高速移動を可能にするための大出力のブースターが搭載されている。それは移動のために用意されたものであり、こういう使い方は考慮されていなかった。
 しかし、リミッターを無視した大出力でのスザクの炎は、一瞬だけトリラケスを浮かせることに成功した。
「対ショック姿勢! 舌を噛むなよっ! 」
 ブースターとバリアにより衝撃の軽減には成功したが、それでも充分過ぎる着地時の衝撃が襲った。しかし、歯を食いしばり、手近なものに己が持つすべての力を以ってしがみついていた乗組員たちに大きな被害は無い。
 ケルベロス隊は空からの脱出に成功したのだ。
 直後起こる爆音。それは、ケルベロス隊脱出劇の最大の功労者ともの言える空戦シップの断末魔であった。


「見たかいっ! 陸戦シップでダイブしたよっ!」
 興奮気味のロゼリアは、撃墜した空戦シップから飛び出した陸戦シップを見て、さらに鼻息を荒くした。
「どこの無茶な部隊かと思いえば……あのシップはケルベロス隊のトリラケスじゃないかっ!」
 ケルベロス隊のトリラケスには大きな特徴は無い。しかし、トリラケスを使っている部隊自体が少ないため、トリラケスを見た者は、急いでケルベロスのマークを探す。相手がケルベロスであるかどうかは、戦場において極めて重要なことだからだ。
 味方は強力な援軍として、敵は神出鬼没な強敵として。その姿を見誤らないように注意を払う。
 この部隊は、戦場でいつも絶妙な位置に現れ、敵を葬り去っていくのだ。
 別名「繋がれていない番犬(アンチェイン・ケルベロス)」。
 そのトリラケスは、衝撃と限界を越えるエネルギーの消耗により、行動不能状態となっていた。しかし、その隙を突く間もなくSP部隊が展開する。
 7機のノウブルは空に向かって、間髪おかずにプラズマガンの銃口を向けた。
 まだ発射はしない。上空を飛ぶロゼリア部隊がまだ射程内にいないのだ。それはロゼリアの航空機も同じこと。ミサイルを撃ちつくした今、武装はプラズマガンだけのはずである。
 レッド隊は射程外から攻撃の機会を窺うように、高度を高く保って旋回していた。
「……プラズマの出力を最大にしろっ! シップを黙らせる!」
 プラズマの射程距離は出力にも影響する。出力を上げれば上げるほど有効射程も延びるのだ。
 5機の航空機の銃身が真下へ向く。その銃身は、機体とはアンバランスな太さがあった。
「てーっ! 」
 プラズマガンの通常射程よりも遥かに遠い位置から、極太の5本のプラズマが迫る。これは的が大きく、行動不能な敵相手にのみ有効な攻撃だ。
 すべてが直撃コース。バリアの出力も安定していないトリラケスにとっては、絶望的な一撃とも言えるだろう。
 倒せる敵から確実に仕留める。安全な距離からそれが可能ならそれに越したことはない。
 その閃光に反応し、着弾までのわずかな時間で7機のノウブルが動いた。
(……自分のシップを守るために盾になろうってのかい?)
 それともバリアが展開できる分、SPの方が被害が抑えられるとでも考えたのか。どちらにしろあの出力のプラズマは、普通のSPに耐え切れる代物ではないはずだ。
 わずかな思考の後、プラズマが着弾する。
 しかし、あってしかるべき爆発が起こらない。
(……中和しきっただと! )
 ロディ機を中心に、7機のノウブルがシールドを上に掲げていた。
 ノウブルは機動力、攻撃力よりも防御力に優れた機体とされている。その評価に一役買っているのがこのシールドだった。
 魔石エンジンを積む特殊装備。それ自体がバリアを展開し、攻撃を防ぐ。
 もちろん魔石エンジンを積む特殊装備は高価で、ノウブルの標準装備ではない。普通ならば隊長クラスの機体にのみ装備される。だがケルベロス隊は、全機がそれを装備していた。これも特権部隊である由縁である。
 必殺の一撃になるかと思われた攻撃を防ぎ切られたロゼリア部隊は、またプラズマの射程外で旋回行動をする羽目となる。
 大出力のプラズマを放ったため、魔石エンジンからのエネルギーの供給を待たねばならない。それはケルベロス部隊の方も同じだ。あれだけのプラズマを防ぎきるには、たとえ特殊シールドがあったとしても、エネルギー切れ覚悟のバリアを展開しなければならないのだ。
(ちっ、これじゃエネルギー供給の早さ比べになるね……)
 ロゼリアとしては、なんとしてもトリラケスだけは安全な位置から撃墜しておきたかった。SPの数はあちらが上。そこにトリラケスの対空砲が加われば、火力の差は明らかだ。
 上空という的を絞りにくい位置と機動力に利があったとしても、埋めきれるものではない。一斉射撃でもされれば、避けきるのは至難の業だ。
 かといって長期戦に持ち込むのは愚作だろう。みすみすトリラケスが行動不能なこの状況を逃す手は無い。
「おまえら……ちょっと運試しをするよ? 」
 一瞬の思案の後、ロゼリアはそう言った。
 抽象的な指示だったが、部隊のメンバー全員がすぐにその意図を汲み取る。ロゼリアらしい選択だと思い、口の端を吊り上げるものもいた。
「ハーピーアタックを仕掛ける! ビシッと決めなっ! 」
 人鳥の魔物の名であるハーピー。それはロゼリアたちの乗る機体の名前でもあった。


 戦況は優勢とは言いがたい。
 数はロディたちの方が上だ。しかし、空の相手というのは戦いにくい。
 ノウブルに対空用の武器は無い。ケルベロスには対空砲が搭載されいるが、移動と防御がままならない今のケルベロスを頼りにするには心許ない。
 しかし、劣勢では無い。
 射程外からの攻撃。敵の最も有効であろう攻撃手段を防いだことで、相手の最良の一手を封じることに成功したはずだ。連続して大出力のプラズマを撃ってこないところを見ると、チャージには随分と時間がかかるようだ。おそらく、バリアシールドのチャージに必要な時間と同等かそれ以上の。
 普通に考えれば、レッド隊はこのまま撤退するのが正しいだろう。被害無しで空戦シップを撃墜したのだ。これでケルベロス隊はベコナ上陸作戦に合流できない。大きく、充分な戦果だ。しかし、この部隊はきっとそれでは足りないのだ。
 ロディは間違いなく何か来ると踏んでいた。
 秘密兵器でも搭載していなければ、プラズマ射程内まで接近し、攻撃を仕掛ける以外に攻撃手段はない。しかし、そうなればこちらの射程にも入ってしまう。機動性、位置関係。それを考えれば、命中精度はこちらが不利。しかし、それを補う火力がある。
 撃ち合いならば負けないだろうが、消耗戦になることは必至だった。こちらの被害を抑え、より多く相手に打撃を与えることが目的となる。
「……間違いなく奴らは接近してくる。撃ち負けるな?」
 ロディの命令とともに、ケルベロス隊のSPパイロット達はゴクリと喉を鳴らした。
「命中精度よりも、広範囲にばらまくことを考えろ。狙ったってなかなかあたりゃしない。プラズマで壁を作るつもりで撃ちまくれっ」
 それはゆっくりと始まる。
 上空で旋回行動をしていたレッド隊がゆっくりと降下してきたのだ。
「避ける必要はない。着弾までの時間を計算して最大出力でバリアを展開しろ」
 ロディはそう言ったが、正しくは避けることができないのだ。
 トリラケスは未だバリアを展開できないため、ノウブルが盾になる必要がある。
 二者にはまだ充分な距離があった。だかその割りにはおかしなところがある。レッド隊の高度が低い。
 SPは高角度の射撃が不得手であるため、できるだけ高い位置から攻撃したほうが有利なのだ。だがレッド隊は位置の利を敢えて捨てている。
 考える間もなく急加速で5機の赤い航空機が接近してくる。プラズマの射程内に入るとともに始まる撃ち合い。しかし、そこでもレッド隊は奇妙な行動をとっていた。
 積極的な撃ち合いではないのだ。明らかに回避に重きを置いている。
 戦闘を続行すること自体が強引な行動である。それなのに、ここに来てなぜここまで消極的な攻撃を行うのか。
 それでも充分なプラズマは飛び交っていた。しかし、お互い手練であったため、大きな被害には繋がらない。だが、5機の航空機がプラズマをくぐり抜け、トリラケスの上を通過しようとした瞬間にそれが起こった。
 急激な減速ともに落下したのだ。
 その行動にケルベロス隊は目を疑った。それが大きな隙となる。
 レッド隊はその隙を見逃さず、迅速な攻撃を行った。
 プラズマで二門あったケルベロスの対空砲を潰し、浮き足立ったSPに接近戦を仕掛ける。
 そう、航空機が行えないはずの接近戦を仕掛けてきたのだ。
 航空機がSPに変形した。言葉にすればそれだけのこと。しかし、それは常識から逸脱した事象であった。
 銃身であったはずの場所は、腕と化していた。その腕にはブレードが装備され、ケルベロスのSP部隊を襲う。7機のうち、近い距離にいる2機に狙いを絞り、ロゼリア機以外が2機のチームを組んで、攻撃を仕掛ける。その中で、ロゼリアはまっすぐロディ機へと向かっていた。
 判断が遅れたケルベロスのパイロットたちは、仲間機への加勢が遅れた。パイロットの腕にそれほどの差はない。だからこそ、二対一は圧倒的戦力差である。
 ノウブルが2機、あっさりと撃破される。魔石エンジンとコクピットが見事に潰され、完全に再起不能だった。
 ロディはロゼリアの攻撃を防ぎきり、間合いを離しているが、その時はすでに戦力は拮抗していた。いや、浮き足立っているこちらの方が圧倒的に不利だと判断すべきだ。
「おまえらっいつまで呆けてやがる! 俺たちはケルベロス! 地上戦なら負けない。空からわざわざ降りてきたんだ。陸は俺たちの場所だってことを思い知らせろっ!」
 2機の撃破に成功したレッド隊が、次の目標を定めようとしていた時にその怒号が響いた。放心状態に近かったケルベロス隊は、目が覚めたように動きがよくなる。もう一度、2機で1機を追い込むつもりだったレッド隊は、それぞれのSPにマークされてしまい思惑通りにならない。
 ケルベロス対レッド。数の上では同等。しかし、この勝負はケルベロスの方が有利である。可変SPであるハーピーは、空戦も陸戦もできる。しかしそれは二足わらじを履いているようなもの。陸戦に特化したノウブルに正面からぶつかって適うはずがないのだ。
 それを証明するかのごとく、レッド隊のSPが一機撃破される。
 ロゼリアはそれを見て、僚機に空に行くよう指示を出した。それを受けたレッド隊は、それぞれが相手の隙を見つけ次第、航空機に変形して距離を離した。相手が動揺しているならこのまま攻めるべきだが、冷静さを取り戻したケルベロス相手には、空から攻撃を仕掛けた方がいい。ケルベロスの対空砲は潰したし、SPの数も減らした。SPの数はレッド隊の方が下だが、位置の利があれば撃ち負けることはないだろう。
「やるじゃないかっケルベロスッ! 」
 その状況下、ロディ機とロゼリア機が激しい攻防が繰り広げている。
「レッドも噂に違わぬ部隊だなっ! 」
 スピーカを使い、言葉をぶつけあう二人。ロディはロゼリアに合わせてスピーカを使っているだけだが、ロゼリアがスピーカを使っているのは別の意図もある。
 隙を見せないロディの相手をしていたロゼリアは、なかなか脱出できずにいた。スピーカは意表を突くのを狙っての行動だが、ロディはそれでも隙を見せることがない。ロゼリアは若干焦りを感じていた。他の機体とほぼ同タイミングで空へと逃げなければ、自分に集中砲火が来るのはわかっているからだ。
「ロゼリアだったなっ! その中途半端な機体で耐えられるかっ!?
 ロディ機がノウブルの接近戦武器の大型トマホークを大きく振りかぶる。それは明らかに大きな予備動作だった。ロゼリアはそれを見逃さず、あっという間に変形して離脱する。
 が、ロディ機はそれを気にするでも無くトマホークを振り抜いた。
「なにっ!? 」
 思わず声を上げるロゼリア、そのトマホークは空を切るだけで止まらず、猛スピードで飛んでくる。紙一重で避けるロゼリア機。しかしロゼリアが避けたトマホークは、救援に向かっていた機体に命中した。
 ロディがわざわざスピーカーを使って攻撃予告を行い、大きくトマホークを振りかぶったのはわざとだった。ロディは、先に離脱に成功していた機体が、こちらの向かっていたのに気がついていたのだ。
 あのままでは、空からの攻撃に対処しているうちに、ロゼリア機に逃げられてしまう。そこで今のような手を打った。ロゼリアが救援に来ている機体の存在に気がついていなかったと踏んだロディは、ロゼリア機が避ければ救援機に命中するような位置でトマホークを投げたのだ。
 ロディはロゼリア機を逃さないようにするよりも、確実に一機を仕留められる方法を選んだ。そういうことだった。
 プラズマをまとったトマホークの威力は絶大だ。プラズマでバリアを中和し、物理的な衝撃が機体を切り裂く。
 このトマホークはロディ機の切り札。命中精度は極めて低いが、命中すればほぼ確実に相手を葬ることができるだろう。
 ケルベロス隊の戦力、SP5機。レッド隊の戦力、可変SP3機。どちらも最強と名高い部隊。その二つの部隊の勝負は未だ終わらず、空は暗くなりかけていた。


 深追いし過ぎた。正直なところそう思う。
「こちらは2機失った……」
 プラズマ射程外まで移動し、空を旋回している3機の可変SP。
 もうトリラケスは機能を復旧しているようで、バリアの展開がされているようだ。今が引き際だろう。動かない的はもう無い。
「あちらが失ったのも2機」
 だが、このままでは終われない。このままでは終わらせられない。
「単純な計算だ。2から2を引いてもゼロだよ?」
 ロゼリアの言うことは正確ではない、なぜなら空戦シップを一機撃墜しているし、トリラケスの対空砲も潰している。単純な戦果ならばこちらが上回っているはずだ。
「あと2機。せめてあと1機。いけるだろう?」
「ハイッ!」
 生き残った2機からの驚くぐらい早い返答。その威勢のいい返事に、ロゼリアは満足げに笑った。
 もう可変はしない。純粋に空から地上の敵を狙い撃つ。
「やっぱり命のやり取りをするときはこの眺めでないとね」
 目下にある豆粒のような地を這う5機のSP。
 ゆっくり、ゆっくりと攻撃に移るための準備を済ませていく。その中でロゼリアは、ケルベロス隊の隊長機に映像付通信のリクエストをした。
「こちらレッド隊隊長。ロゼリア・フレイ。通信に応える余裕はあるかい?」
 数秒後、通信が開かれ、ロゼリア機のコクピットにロディの顔が映し出された。
「……こちらケルベロス隊隊長。ロディ・ティスラーだ」
「フフフ……、ロディね。なかなか渋くていい男じゃないか」
 通信の間も機体の調整を怠らない。
「それはどうも。さて隊長さんが何の用だい?
 ……降伏するってわけじゃなさそうだな」
「ここまで来てそれは無いだろう? 私は本気で相手をする時は、明るくして、顔を見ながら楽しむことにしてるのさ。
 相手の顔を見ながら殺し合いをする……どうだい? たまには悪くないだろう?」
 その口調は戦闘中に似合わず、淫靡な臭いが漂っていた。
「……本気ね。そりゃあ光栄だ、全力でお相手しよう」
「……私は激しいよ?
 ……さぁ……昇天しちまいなぁっ!」
 通信が開かれたままで、レッド隊が動く。
 地上からは狙いにくい絶妙な高度を保ち、猛スピードで接近する。
「アハハハハハハッ!
 セックスも戦場も、やっぱり上に限る。主導権はこちらにアリだ」
 そしてケルベロス隊にプラズマの雨が降り注いだ。
 その攻撃は乱暴で、しかし的確にケルベロス隊を狙い撃ちしている。
 ケルベロス隊は明らかな分の悪さを、シールドを構えることで補っていた。しかしそれでは、せっかく両腕に装備されているプラズマガンが利用できない。
 レッド隊は3機が二門のプラズマガンを、ケルベロス隊は5機が一門のプラズマガンを。プラズマガンの数だけ考えれば6対5。現状は火力でもレッド隊に軍配があがっている。
「アハハハハハッ!
 お顔隠して応戦かい? ケルベロス隊の股にぶら下がってるのは水風船か何かのようだねぇ!」
 レッド隊の攻撃をなんとかやり過ごしたあとに、ロディのコクピットに響くロゼリアの笑い声と罵倒。モニターに映るその顔は、赤を基調にした化粧も手伝って、鬼のようだった。
 攻撃の第一陣が去り、一時の静寂が訪れる。
 ロゼリアは勝利を確信した。シールドで防御をされるのはむしろ望ましいことだったのだ。怖いのは一斉射撃によるまぐれ当たり。レッド隊はもうすでに三機しかおらず、一機でもやられれば後が無いと思っていい。二機では編隊を組んだ攻撃ができない。
 しかしその可能性はグンと下がった。相手の防御力は上がったが、攻撃を繰り返せば、いずれは防ぎきれない時が来る。
「……ロゼリア隊長、カードゲームは好きかい?」
 再度攻撃に向かうため、位置を調節をしていたロゼリア機に、ロディが現状に相応しいとは思えない話を振る。
「……カードゲームに命を賭けるヤツでもいればやるけどねぇ」
 ここに来て何か策があるのか、それとも動揺を誘うための虚勢か。ロゼリアは慎重に相手の様子を伺った。
「そうかい、オレは結構好きでね。
 なぁロゼリアさん。カードゲームは、ジョーカーの使い方が決め手になるのを知ってるかい?」
「……それぐらいは知ってるよ。
 ……何かい? それはとっておきの切り札を隠しているとでも言いたいのかい?」
 攻撃を仕掛けるのに相応しい距離、高度へロゼリア隊が達する。
「特別だ。そのとっておきの切り札ってヤツを見せてやるよっ」
 ロディの表情は至って強気。
 ハッタリだとは思うが、一応警戒だけはしておくか。そう思ったロゼリアは、仲間機にその旨を電文で伝える。
「ならお返しに地獄を見せてやろうじゃないかっ!」
 再びハイスピードでケルベロス隊に接近を開始する。しかし、若干だが先ほどまでの大胆さが無い。切り札を警戒し、有事には回避行動に移れるようにしていた。対してケルベロス隊の動きに先ほどと大きな違いは無かった。片腕はシールドを構えるために使っている。
 距離が詰まり、プラズマ射程内となった。
 そこでロディ機が大型のトマホークを大きく振りかぶった。
(切り札っていうのはソレかい!
 あの攻撃に一機落されたのは確かだが、先ほどとは状況が違う。投擲武器が有効な位置関係じゃない)
 大型トマホークがロディ機から放たれる。確かに狙いは正確で、ロゼリア機の移動コースが見事に予測されている。もし直進すれば直撃は免れないだろう。しかし、弾速はプラズマに大きく劣る。避けるのは容易だった。
「ハッ! さすがケルベロス。犬並みの頭しかないねっ!」
 ロゼリアは毒を吐くとともに、悠々とトマホークを避けるために進路を変える。これだけで回避行動は充分だ。この後は、思う存分プラズマを浴びせてやる。余計な行動をしたロディ機を集中的に狙って撃破してやる。
 ロゼリアがそんな考えを巡らせていたとき、通信機がロディの声を拾った。
「悪いがケルベロスは地獄の番犬なんでね。地獄は見飽きてるんだ」
 ロゼリアはその声とともに信じられないものを見た。
「なっ!」
 慌てて機体を操作するが間に合わない。
 機体が大きく揺れた。
「あんなものに自動追尾機能を搭載させてるってのかいっ!」
 自動追尾。
 そう、回避したはずのトマホークが進路を変えてロゼリア機に喰らいついたのだ。
 ロゼリア機は右翼をもっていかれた。しかし、並みのパイロットであれば真っ二つにされていたはずだ。それだけで済んだのは反応速度が高かったためだろう。
 空で翼を失った航空機は堕ちるのみだ。
 重力に惹かれ、取り返しのつかない速度へと迫る。しかし、そうなる前にレッド隊の二機からワイヤーが打ち出された。
 まだまだ悪運は悪くないらしい。そのワイヤーは二本ともロゼリア機を捉え、ロゼリア機を救った。
 ロゼリア機の救済に成功したレッド隊は、あっと言う間に高度をとってプラズマの射程外へと撤退する。
 ロゼリアが映像つきの通信回線を開いたことを後悔したのは初めてだった。いままではその相手を葬ってきたからだ。
 明らかな敗北。
 ロゼリアは今、惨めな顔を敵にさらしているのだ。
 ロディはじっとこちらを見ている。居心地が悪さは筆舌に尽くし難かった。
「アンタの面、忘れないからね……」
 我ながら月並みな台詞だったと思いながら通信を切る。
 悔しかった。
 今思えば、切り札の話は警戒心を呼び込むための手だったのだ。それがレッド隊の大胆な攻撃を緩ませた。そうでなければ、あんな予備動作の大きい攻撃を繰り出すことはできなかっただろう。
 悔しい。
 強気でいるということは、レッド隊の最大の特徴であり長所である。それを抑止したことが敗北に繋がった。
 ……自分の弱気がこの事態を招いた。
 アンチェイン・ケルベロスの名を、心のどこかで恐れていたのだ。
 これ以上の戦闘は被害を広げるだけ。ここで自分が戦死でもしたら、それこそ戦況が大きく変わってしまう。自分なくしてレッド隊が語れないことはわかっている。
 ロゼリアは無様に片翼を失った機体の中で、腹の底から沸々と煮えたぎるものを必至で堪えた。
「撤退する」
 腹の痛みを抑えながら、吐き出すように呟く。仲間機に引っ張られて帰還する様は、どうしようもなく無様に思えた。


 尊むべきものが破壊されていく。
 聖堂の一室で、司祭であるウーリーはテレビに映る光景にわなわなと体を震わせた。
「許されるべきではない……」
 モニタの中で、宗教関連の建物が次々と破壊されている。
 帝国軍のSPが、神を指針として生きることを選んだ者たちを踏みにじっていく。
 先日、ベコナでもっとも大きな基地であるカフリンが落ちた。可変SP、ハーピーの利点を最大に活かした戦術を防ぎきれず、増援部隊が来るまで時間を稼ぐこともできなかった。もしケルベロスが合流していたら、きっと戦況は変わっていたはずだろう。結果的にロゼリアの判断は正しかったのだ。
 ベコナはもともとそれほど軍事力の高くない大陸である。カフリンが落ちればベコナは脆かった。
 この大陸において、完全に優勢に立った帝国軍は暴挙に出ていた。最も、帝王は暴挙だとは微塵にも思っていないが。
 多種多様の宗教を信じる民が多くいるこの大陸で、宗教の自由を受けれない市をことごとく罰したのだ。最高責任者の処刑、宗教的な建物の破壊。そしてそれを映像で全世界に流している。これは明らかな見せしめだった。
「司祭様……」
 同室にいたエルは顔色を失っている。過激すぎる映像を見ているというのも大きな要因だが、司祭の表情がそれに拍車をかけた。
 普段冷静なその顔が、まるで鬼のように変化している。
 カフリンが落ちてから三日。帝国は侵攻の手を休めることなく、支配地を着々と広げている。神を信じる多くの命を奪いながら。
 このブリタートに来るのも、そう遠くない未来だろう。
 焦燥と恐怖。それに勝る怒り。その怒りの矛先である人物がテレビに映ると、その形相はさらに険しいものになった。
「我が政策を受け入れない民の多さには驚かされる。団体で宗教を心の拠り所にしている者に、期待したのが馬鹿だったと言わざるを得ない」
 テレビに映るのはこの事態を招いた張本人であるジェイル帝王。
「しかし、そこに属してしまったがゆえ、可能性を秘めた若き命が失われるのはあまりにも哀れだ。だからもう一度言っておこう」
 その姿はゾッとするほど美しく。声はまるで押しつぶされるように重い。ウーリーの目には悪魔のように見えた。
「虚構の偶像を崇拝するなとは言わない。それを押し付けるなと言っているのだ」
「神の教えを個人の思想で食いつぶそうとしている輩が何を言うかっ! 」
 その憮然とした態度に、頭に血が昇りきる。
「力を以って人を従わせることしか知らない俗物がっ! 人の身分でよくそのようなことを言えたものだっ!」
 エルは思わずウーリーから目を逸らす。
(司祭様の信じるものと、私の信じるものは違うのかもしれない)
 言葉遣いはともかく、ウーリーの言葉は納得できるものだった。だが、形相と態度がそうエル思わせる。
「エルはここにいなさいっ!
 ……決して屈するものか……。我々には聖騎士隊がある」
(司祭様は戦うおつもりだ……)
 決定的に、自分が求めるものとは違う方向へと進んでいる。
 しかしエルには、興奮しているウーリーを諫めることも、自分の考えを口にすることもできない。
 自分にそんな勇気は無く。自分にどうしても自信が持てない。
(シリアさんならどうするだろうか……)
 ビリヴァーの姿を重ね合わせた少女を思い浮かべる。彼女はきっと何も言わない。だが、もし私と同じ想いであるのなら。彼女はきっとウーリーを止めるであろう。
「……司祭……様っ! 」
 そう考えたとき、無意識に彼女の口は声を出していた。体は席を立ち、司祭を追いかけていた。
「……………………」
 しかし時はすでに遅く、司祭は見える距離にはいない。
 振り絞られた声と勇気は、やがてテレビの声に飲み込まれた。


 オザワのシップの修理は、思いの他時間がかかっていた。
 今日ですでに5日目。急いではいたが、開閉扉の加工はどうしても時間がかかる。
 この作業に、NotFriendsメンバーは参加していない。そちらよりも、ミルカ機のウィングバーニア製作作業を行っている。作業場は、修理中のオザワのシップから出て近くの森に待機しているNotFriendsの格納庫。
「どうだい調子は?」
 黙々と作業を続けるなか、のらりくらりとした口調とともにオザワがやってきた。
「……ボチボチかしら。でもいいの? 材料だけもらって、作業員をつけないなんて」
 それに対し、作業をしながらネイが応える。
 この場にいたのは、ネイ、ブルー、ミルカ、シリアの四人のみ。ヤマヤ工業の作業員は立ち会っていない。
「確かに、技術者にウィングバーニアのノウハウを体感してもらいたいところだが、シップの修理に手一杯でな。
 ……そう長居はできないだろうし」
 急ぐ必要があった。
 帝国軍がここに攻めてくることは、今までの報道から疑いようが無い。
 帝国軍は、ベコナ大陸の中で、宗教を重視している市に攻撃をしかけていた。
 最初は「宗教の自由」を受け入れなければ攻撃すると言う警告。その猶予は3日と短く、受け入れない市には、武力行使に移った。
 もちろん宗教を重視しない市も、降伏しなければ武力行使に出たが、宗教を重視する国に対しては、宗教関係施設の破壊がそれに加わった。
 ベコナにいる部隊は、もうレッド隊だけではない。ライクス経由で次々と帝国軍が集まっている。ベコナが落ちるのは時間の問題だと言えた。
「同盟軍の動きは?」
「……それなんだけどな。どうやらベコナは捨てる気らしい」
 オザワの声のトーンが若干落ちる。
「トイラ大陸まで踏み込ませる気はないだろうから、ベコナとトイラの大陸境で大掛かりな戦闘があるだろうよ」
 オザワの言葉を聞いてネイは思わず肩を竦めた。
「……私たちは激悪のタイミングで来ちゃったわけね」
 オザワもフゥとため息をつくことで同意する。ふたりは重くなった空気を感じ、しばらく何も口にしなかった。
「……ところで、あのケルベロス隊の隊長さん、どうしたんだろうな」
 思い出したように言うオザワ。それにネイが応える前に通信機が鳴る。ネイはオザワに一瞥もくれず、通信機を手にした。
「……ネイよ」
 応答し、適当に相槌を打ちつつ相手の話を聞く。そして最後に「……そう、わかったわ」と言って通信を切った。
 オザワが興味深そうにネイに視線を向けると、ネイは「噂をすればなんとやら……ロディよ」と無表情に答えた。


「いや〜まいったまいった」
 ロディは砕けた表情で、歯を見せる。
 彼は今、アリムから呼び寄せた同盟軍の飛行シップに搭乗していた。
 カフリン基地が落ちた今、カフリンに向かう必要は無くなった。もちろん代わりの命令はすでに下っている。大陸境界線での大規模な防衛作戦に参戦するのが今の任務だ。
 トイラ大陸へと戻るのが当面の目的になったケルベロス隊は、ブリタートに戻ることなくアリムへと向かおうとしている。
「……やられたみたいね」
 モニタに映るロディの顔はいつもと変わらない。しかし、作業から離れ、ロディと通信をしているシリアには、ロディの表情からそれを読み取ることができた。
「相手が悪かった……というには、俺たちは有名すぎるわな」
 相手は帝国屈指の部隊長であった。だがロディの位置づけも、それと同等かそれ以上のものがある。
「でもまぁ、仕留められなかったとは言え、隊長機に撃墜ダメージを与えたんだ。部隊の奴らどものは鼻を高くしてるよ」
「………………」
「言いたいことはわかる。だがモチベーションを上げるために冷静な状況判断よりも前向きな捉え方ってヤツの方が重視されるときがある。大目に見てくれ」
 ケルベロスは敗北した。それは変えようのない事実である。
 空戦シップを落され、SPも数機壊された。SPの撃墜数だけならケルベロスの方が上だが、そんなことは問題ではない。カフリン基地の防衛線に参加できなかったのは、間違いなくレッド隊のせいなのだ。結果、カフリンは短時間で落ちてしまった。この結果を見て、レッド隊に勝ったなどと考えられるのは、よほど戦況を見る目がない者だけだ。
「……で、本題だが、今からブリタートに寄ってオマエさんたちを回収してからアリムへ向かってもいいと思っているんだが」
 コホンと咳払いを一つしてロディが言う。
 これは明らかにシリアの身を案じての発言だ。まだ修理に時間がかかるということは、その間に帝国軍が攻めてくる可能性もある。オザワを置いていくことにはなるが、早くベコナ大陸を出る方がよいだろう。
「オザワの力がないと、重装型のバーニアが完成しないわ」
「だけどな……」
 もっともな意見ではあるが、ロディは食い下がる。正直なところ、武装もない空輸用シップで移動させるのは心配なのだ。レッド隊と出くわせば、今度こそ墜とされるだろう。
「……私たちにとって、重装型のメンテナンスは急務なの。悪いわね」
 私たち。
 その言葉にもちろんロディは含まれていない。NotFriendsメンバーだけを指している。
「……そうか」
 一瞬の落胆を飲み込み、笑顔を浮かべる。
 結局のところ、ロディは同盟軍でシリアたちはフリーの賞金稼ぎ。仲間ではないのだ。
「……アリムには来るんだろう?」
「ええ、そのつもりよ」
 シリアは嘘をつかない。……少なくとも自分には。ロディはそれを知っている。
 シリアは無口な人間だが、口にすることはすべて真実だ。嘘や、冗談などそこには無い。安心させるための、優しい嘘すら彼女は言わない。
「じゃあ、次に会う時は多分アリムだな」
 だからロディはそこで引き下がった。少なくとも、サガ同盟に与するかどうかの判断をするつもりでいるのはわかったから。それ以上のことをするつもりもないし、それ以上のことをできる関係でもないと思ったから。
「……そうね」
「それじゃあな」
 ロディがシリアの相槌とともに通信を切る。映像の受信が終わり、真っ黒になったモニタにシリアの顔が映った。
「アリムへ行って、どうするつもり?」
 その自分の顔にシリアは問いかける。
 定まらない目標、ふらつく足元。
 ……あの頃の自分には存在しない悩みだ。
 あの夢の後遺症か、すぐにあの頃と結び付けて考えてしまうことに歯噛みする。だけど思考は止められず、次から次へと思い出す。

 従えばよかった。

 盲目的に信じるということは、考えなくて済むことだから。
 ふと思い浮かぶエルの顔。彼女はどうなのだろう。
 彼女と話をしていて、信じることで免れるはずの悩みを突きつけてやりたいという衝動に駆られた。
 ……こういった衝動が出てきたのは初めてではない。ロディとシップにいた頃は、もっと頻繁で性質が悪かった。幼い外見を利用し、良心をくすぐって、大義名分で覆い隠す闇を暴く。
「人を殺すのは悪いことだよね? なんでそんなことをするの? それは許されることなの? 」
 その問いの答えを、誰もが取り繕おうとした。無視を決め込む者もいた。それが情けなく見えて安心した。
 自分だけじゃない。人間はこういうものなんだと思うことで、自分の罪を、悩みを、少しでも軽くしようとしていたのだ。
 神を信じ、迷うことなく戦争をしていた自分。
 あの少女も神を信じている。自分と重ねずにはいられず、……責めずにはいられなかった。
「そんなことを考える暇も無かった」
 先の質問に、ロディはこう答えた。その答えは正直なロディらしい答えだったが、シリアの心はそれでは満たせなかった。シリアの心を満たした答えはたった一言の曖昧な答え。
「わからない」
 何の飾り気も無く、吐き出されたおよそ立派とは思えない一言。その人間は結論を出さない。いつまでも悩み続ける、悩み続けるをやめずに、真っ向から見詰め合う人物だった。
 その人物こそネイである。
「……そう、だったわね」
 決め付けや思い込みはもうやめると決めた。だから、この状況を甘んじて受け止める。それだけだ。
 シリアはサングラスをかけなおす。このサングラスは、物事をはっきりと見ない意思の現れ。信じず、疑い続けること。それは決して楽ではなく、心に負担がかかるものだ。
 だが、それこそが彼女の唯一の信条であった。



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