魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」
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私は体を動かすのが好きだ。 昼休みは男の子と一緒になって、体を動かす方が楽しく思える。 だけど、女の子とおしゃべりして過ごすのも嫌いなわけじゃない。 私は大雑把だし、お洒落をするのも苦手だ。 家事はうまく手伝えないし、服もお母さんに任せてる。 だけど、家事ができたらいいなと思ってるし、かわいいお洒落な服だって着たいと思うこともある。 王子様役だって嫌じゃない。 カッコいいと思われるのは嫌じゃない。 だけど、シンデレラだってやってみたいと思うんだ。 男の子っぽい。 子供の頃からそんな風に言われていた。 言われて違和感を感じなかったし、そういう自分が好きだった。 けれどあの時。 私は確かに嬉しかったんだ。 「敬介!」 本番前の舞台裏で、蘭子は王子の衣装を着た敬介に詰め寄る。 「ど、どうしたんだよ」 男の子っぽい。 自分の思い込みだけでなく、人の言葉にも大きな影響を受けていた。 だから、自分の考えを変えるだけでは踏ん切りがつかない。少なくとも、まだ小学生の蘭子には、そんな強い自我は存在していない。 「あたしを呼んで」 「え?」 いきなり詰め寄られ、驚いている敬介に追い討ちをかけるような意味不明の要求。 「いいから!」 しかしその目は真剣で、そらすことができない。 「……か、かっつんこ?」 敬介がつけてくれた、あだ名。 かっつんこの「こ」は女の子の「こ」。 自分の中に確かにある。 女の子の自分が確かにある。 そして、それを誰かに認めてもらうことがとても嬉しい。 「もういっかい」 戸惑い気味ではなく、揺ぎ無い口調で。 そう望んで求めたその呼び名。 「かっつんこ」 今度ははっきりと、しっかりと。 その名をつけた存在が、王子役だったら、できる気がした。 お姫様を。 女の子の自分を。 男の子っぽいだけが自分じゃない。 女の子の自分が確かに存在する。だから、おかしくない、かまわない。 香月蘭子はシンデレラになれるのだ。 幕が開いて、スポットライトが当たる。 その日の蘭子は、まるで魔法がかかったように、誰もが認めるシンデレラを演じきってみせたのだった。 学芸会の帰り道、赤みを帯びた日の光が、仲良し3人組の影を伸ばす。 秋も終盤の今の時期、夕暮れ時の風は冷たいが、興奮冷めやらぬ体には心地良かった。 それは、劇に参加した真央と蘭子だけではない。怪我によって舞台を見る立場になったひとみだって同様だ。 「ねぇ、シンデレラは魔法使いに幸せにしてもらったわけじゃない。 そう、思わない?」 松葉杖の使い方にも、すっかり馴れたひとみがぽつりとそんなことを言う。 ひとみに歩調を合わせるため、ゆっくりゆっくりと歩く二人は驚いた顔を見せた。 「でも、ドレスも馬車も魔法使いが用意してくれたじゃん」 蘭子のその反応に、ひとみはにっこりと笑った。 どうやらこういう反応を期待していたらしい。 「魔法は『きっかけ』に過ぎない。 その『きっかけ』を得たあとのシンデレラの行動が、シンデレラの幸せに繋ったんだよ。 ……絵本じゃあんまり描かれてないけど、今日の蘭子ちゃんの演技を見てそう思ったんだ」 およそ小学生とは思えない詩的なことを言うひとみ。 たくさんの本を読んでいるからこんなことが言えるのだろう。 蘭子はその意味をうまく理解できずに、うーんと唸っている。 「たぶんひとみは、かっつんこをシンデレラに推薦して良かったって、言いたいんだよ」 そんな蘭子に対し、真央がクスクスと笑って言う。これにはひとみも蘭子も顔を赤くするのだった。 見上げる空も、どんどん赤く染まっていく。そのうち赤から黒へと変わり、暗くなってしまうだろう。そうなる前に帰る方がいいのだが、それでも今日はもっとゆっくりと帰りたかった。 「そうだ。 本番前、安藤君と何話してたの?」 「え、何? 何ソレ」 真央がぽんと手を叩き、蘭子に詰め寄るように聞く。話の内容はひとみの興味を引くものだったようで、ひとみも同じように蘭子との距離を詰め始めた。 「んー、敬介にちょっと名前を呼んでもらってた」 今度は真央とひとみが、うーんと唸る番だった。 これだけで意味がわかるわけがない。 そんな二人に、蘭子は今まで悩んでいたことを話し始めた。 「って、感じでさー。 今日のシンデレラ、思いっきり演技できたんだ」 自分の考えを口にするのは心地いいこと。 今まで靄がかかっていたことなら、なおさらだ。 蘭子はすべて話し終えてスッキリしたのか、爽やかな笑顔を二人に向ける。 笑顔を向けられた二人はと言えば、目を輝かせてなにやら興奮していた。 「そ、そ、そそそそれって!」 「蘭子ちゃんと安藤君って仲がいいと思ってたけど!」 男の子っぽいと思われることが、何となく嫌だった。 女の子であることも、認めてほしいと思った。 敬介に女の子だと認められて嬉しかった。 それを再確認して、女の子の演技をすることができた。 この内容、年頃の女の子が聞けば、どう解釈しても恋のお話だ。 「え? どうしたの急に」 「え、だって、蘭子ちゃん。 安藤君のこと好き……」 不思議な顔をする蘭子に、ひとみは顔を真っ赤にして訴える。 恋愛小説好きなひとみにとって、こんな話が身近にあるという事実は、足の痛みも吹っ飛ぶほどの衝撃だったのだ。 「うん、好きだよ」 そして決定的な言葉。 「きゃーーーーーー!」 真央とひとみがオーバーヒート。 「あいつは最高の友達だよ」 しかし、爽やかな笑顔とともに続く蘭子の言葉に、一瞬で鎮火してしまった。 「え? え?」 あれだけのことを口にしながら、さらりとそう言える蘭子に、二人は呆然とする。普通の女の子であれば、多少なりとも意識してしまうのに、蘭子はまったくそんな様子がないのだ。 「あはははは」 顔を見合わせて笑う二人。 どうやら蘭子は、まだ恋愛沙汰には興味がないらしい。「女の子」を自覚し始めたのがつい最近だということを考えれば、不思議ではないのかもしれない。 「それにしても、きっかけが魔法かぁ」 蘭子はやや暗くなり始めた空を仰いで、そう呟く。 「私、真央のお姉さんとお父さんに魔法をかけてもらったのかも」 「……え、ええっ!?」 その蘭子の発言に、思わず大声をあげる真央。 色香もアスラも魔族であり、魔法を使うことができる。比喩ではなく、言葉通りの意味でも通用してしまうからだ。 「そ、そんなに驚かなくても。きっかけを貰ったって意味だよ」 「ご、ごめん」 真央が顔を真っ赤して謝る。蘭子はそんな真央の様子に、顔を少し緩ませて言葉を続けた。 「あのね、お姉さんには、考えるきっかけをもらった」 同じ悩みを、わかってもらえると言われたことで、自分が何かを抑え込んでいることに気がつくことができた。 「おじさんには、答えをだすきっかけをもらった」 アスラの言葉によって、自分の中にある、自分の気がついていなかったことに気がつけた。 「二人は魔法使いなのかもね」 真央は蘭子の言葉に、心の中がじんわりと温かくなっていくのを感じた。 二人は魔族。 魔法が使える。 けれど、今回蘭子にかけた魔法は、魔族が使う魔法とは違う。 人間が使う魔法だ。 仲良し三人組の影が薄くなっていく。 夕日が沈みかけ、日の光が無くなってしまいかけている。 三人は名残惜しそうに別れの言葉を告げあい、家へと帰った。 真央は息が切れるのも無視して走っていた。 早く家に帰りたいという気持ちがそうさせている。 今向かっている自分の家が、昨日よりもっと温かいものに感じられると、確信していたからだった。 第9話 魔法じゃないもんっ 完 |
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キラキラ輝くイルミネーションと軽快な音楽。 思わず歌いたくなっちゃいますね。 ぼえぇぇぇえええええええ♪ (訳;ジングルベール、ジングルベール、クリスマス♪) あ、あはは、き、気をつけないと魔音がまだ出ちゃうみたいだね。 とにかく楽しいクリスマス。 今日は楽しいクリスマス! ということで次回、魔王じゃないもんっ!第10話、「聖夜じゃないもんっ!」。 えぇ!? せ、聖夜じゃないのっ!? |
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