魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」


−10−

 私は体を動かすのが好きだ。
 昼休みは男の子と一緒になって、体を動かす方が楽しく思える。
 だけど、女の子とおしゃべりして過ごすのも嫌いなわけじゃない。

 私は大雑把だし、お洒落をするのも苦手だ。
 家事はうまく手伝えないし、服もお母さんに任せてる。
 だけど、家事ができたらいいなと思ってるし、かわいいお洒落な服だって着たいと思うこともある。

 王子様役だって嫌じゃない。
 カッコいいと思われるのは嫌じゃない。
 だけど、シンデレラだってやってみたいと思うんだ。

 男の子っぽい。

 子供の頃からそんな風に言われていた。
 言われて違和感を感じなかったし、そういう自分が好きだった。

 けれどあの時。
 私は確かに嬉しかったんだ。

「敬介!」
 本番前の舞台裏で、蘭子は王子の衣装を着た敬介に詰め寄る。
「ど、どうしたんだよ」
 男の子っぽい。
 自分の思い込みだけでなく、人の言葉にも大きな影響を受けていた。
 だから、自分の考えを変えるだけでは踏ん切りがつかない。少なくとも、まだ小学生の蘭子には、そんな強い自我は存在していない。
「あたしを呼んで」
「え?」
 いきなり詰め寄られ、驚いている敬介に追い討ちをかけるような意味不明の要求。
「いいから!」
 しかしその目は真剣で、そらすことができない。
「……か、かっつんこ?」
 敬介がつけてくれた、あだ名。
 かっつんこの「こ」は女の子の「こ」。
 自分の中に確かにある。
 女の子の自分が確かにある。
 そして、それを誰かに認めてもらうことがとても嬉しい。
「もういっかい」
 戸惑い気味ではなく、揺ぎ無い口調で。
 そう望んで求めたその呼び名。

「かっつんこ」

 今度ははっきりと、しっかりと。
 その名をつけた存在が、王子役だったら、できる気がした。
 お姫様を。
 女の子の自分を。

 男の子っぽいだけが自分じゃない。
 女の子の自分が確かに存在する。だから、おかしくない、かまわない。
 香月蘭子はシンデレラになれるのだ。

 幕が開いて、スポットライトが当たる。

 その日の蘭子は、まるで魔法がかかったように、誰もが認めるシンデレラを演じきってみせたのだった。



 学芸会の帰り道、赤みを帯びた日の光が、仲良し3人組の影を伸ばす。
 秋も終盤の今の時期、夕暮れ時の風は冷たいが、興奮冷めやらぬ体には心地良かった。
 それは、劇に参加した真央と蘭子だけではない。怪我によって舞台を見る立場になったひとみだって同様だ。
「ねぇ、シンデレラは魔法使いに幸せにしてもらったわけじゃない。
 そう、思わない?」
 松葉杖の使い方にも、すっかり馴れたひとみがぽつりとそんなことを言う。
 ひとみに歩調を合わせるため、ゆっくりゆっくりと歩く二人は驚いた顔を見せた。
「でも、ドレスも馬車も魔法使いが用意してくれたじゃん」
 蘭子のその反応に、ひとみはにっこりと笑った。
 どうやらこういう反応を期待していたらしい。
「魔法は『きっかけ』に過ぎない。
 その『きっかけ』を得たあとのシンデレラの行動が、シンデレラの幸せに繋ったんだよ。
 ……絵本じゃあんまり描かれてないけど、今日の蘭子ちゃんの演技を見てそう思ったんだ」
 およそ小学生とは思えない詩的なことを言うひとみ。
 たくさんの本を読んでいるからこんなことが言えるのだろう。
 蘭子はその意味をうまく理解できずに、うーんと唸っている。
「たぶんひとみは、かっつんこをシンデレラに推薦して良かったって、言いたいんだよ」
 そんな蘭子に対し、真央がクスクスと笑って言う。これにはひとみも蘭子も顔を赤くするのだった。
 見上げる空も、どんどん赤く染まっていく。そのうち赤から黒へと変わり、暗くなってしまうだろう。そうなる前に帰る方がいいのだが、それでも今日はもっとゆっくりと帰りたかった。
「そうだ。
 本番前、安藤君と何話してたの?」
「え、何? 何ソレ」
 真央がぽんと手を叩き、蘭子に詰め寄るように聞く。話の内容はひとみの興味を引くものだったようで、ひとみも同じように蘭子との距離を詰め始めた。
「んー、敬介にちょっと名前を呼んでもらってた」
 今度は真央とひとみが、うーんと唸る番だった。
 これだけで意味がわかるわけがない。
 そんな二人に、蘭子は今まで悩んでいたことを話し始めた。
「って、感じでさー。
 今日のシンデレラ、思いっきり演技できたんだ」
 自分の考えを口にするのは心地いいこと。
 今まで靄がかかっていたことなら、なおさらだ。
 蘭子はすべて話し終えてスッキリしたのか、爽やかな笑顔を二人に向ける。
 笑顔を向けられた二人はと言えば、目を輝かせてなにやら興奮していた。
「そ、そ、そそそそれって!」
「蘭子ちゃんと安藤君って仲がいいと思ってたけど!」
 男の子っぽいと思われることが、何となく嫌だった。
 女の子であることも、認めてほしいと思った。
 敬介に女の子だと認められて嬉しかった。
 それを再確認して、女の子の演技をすることができた。
 この内容、年頃の女の子が聞けば、どう解釈しても恋のお話だ。
「え? どうしたの急に」
「え、だって、蘭子ちゃん。 安藤君のこと好き……」
 不思議な顔をする蘭子に、ひとみは顔を真っ赤にして訴える。
 恋愛小説好きなひとみにとって、こんな話が身近にあるという事実は、足の痛みも吹っ飛ぶほどの衝撃だったのだ。
「うん、好きだよ」
 そして決定的な言葉。
「きゃーーーーーー!」
 真央とひとみがオーバーヒート。
「あいつは最高の友達だよ」
 しかし、爽やかな笑顔とともに続く蘭子の言葉に、一瞬で鎮火してしまった。
「え? え?」
 あれだけのことを口にしながら、さらりとそう言える蘭子に、二人は呆然とする。普通の女の子であれば、多少なりとも意識してしまうのに、蘭子はまったくそんな様子がないのだ。
「あはははは」
 顔を見合わせて笑う二人。
 どうやら蘭子は、まだ恋愛沙汰には興味がないらしい。「女の子」を自覚し始めたのがつい最近だということを考えれば、不思議ではないのかもしれない。
「それにしても、きっかけが魔法かぁ」
 蘭子はやや暗くなり始めた空を仰いで、そう呟く。
「私、真央のお姉さんとお父さんに魔法をかけてもらったのかも」
「……え、ええっ!?」
 その蘭子の発言に、思わず大声をあげる真央。
 色香もアスラも魔族であり、魔法を使うことができる。比喩ではなく、言葉通りの意味でも通用してしまうからだ。
「そ、そんなに驚かなくても。きっかけを貰ったって意味だよ」
「ご、ごめん」
 真央が顔を真っ赤して謝る。蘭子はそんな真央の様子に、顔を少し緩ませて言葉を続けた。
「あのね、お姉さんには、考えるきっかけをもらった」
 同じ悩みを、わかってもらえると言われたことで、自分が何かを抑え込んでいることに気がつくことができた。
「おじさんには、答えをだすきっかけをもらった」
 アスラの言葉によって、自分の中にある、自分の気がついていなかったことに気がつけた。
「二人は魔法使いなのかもね」
 真央は蘭子の言葉に、心の中がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
 二人は魔族。
 魔法が使える。
 けれど、今回蘭子にかけた魔法は、魔族が使う魔法とは違う。

 人間が使う魔法だ。

 仲良し三人組の影が薄くなっていく。
 夕日が沈みかけ、日の光が無くなってしまいかけている。
 三人は名残惜しそうに別れの言葉を告げあい、家へと帰った。

 真央は息が切れるのも無視して走っていた。
 早く家に帰りたいという気持ちがそうさせている。
 今向かっている自分の家が、昨日よりもっと温かいものに感じられると、確信していたからだった。


第9話 魔法じゃないもんっ 完


第9話 魔法じゃないもんっ 完






次回予告

 キラキラ輝くイルミネーションと軽快な音楽。
 思わず歌いたくなっちゃいますね。

 ぼえぇぇぇえええええええ♪
(訳;ジングルベール、ジングルベール、クリスマス♪)

 あ、あはは、き、気をつけないと魔音がまだ出ちゃうみたいだね。
 とにかく楽しいクリスマス。
 今日は楽しいクリスマス!

 ということで次回、魔王じゃないもんっ!第10話、「聖夜じゃないもんっ!」。

 えぇ!? せ、聖夜じゃないのっ!?

9へ 戻る