王じゃないもんっ!
「第6話 音痴じゃないもんっ!」


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 小手岸グループは日本屈指の大企業である。金融から食品までその幅は広く、いずれもシェアが高い。
 就職希望率もトップクラスの泣く子も黙るような小手岸グループ。
 光野学園5年1組のクラス委員を務める小手岸ほのかは小手岸グループ最高責任者、小手岸頼場の孫娘であった。
 孫娘と言っても小手岸頼場は子沢山で、4人の息子と5人の娘がおり、ほのかは頼場の四男である善光の子供で、さらにその三女であった。
 しかし、善光は小手岸グループの子会社の最高責任者を努める実力者であり、ほのかはその娘であることに誇りを持っている。そして、歳の離れた長女と次女はすでに成人しており、同じく小手岸グループで精力的に働き、高い評価を受けている。
 そのためか、ほのかは自分も人の上を歩く存在でなければという使命感を持っていた。

 しかしだ。

 ほのかはほぼ全てにおいて平均的かちょっとできるレベルであり、特出した才能もなかった。
 あるものと言えば、小手岸のネームバリューぐらいであり、そのおかげで取り巻きのような存在もいるが、それがかえってほのかに強いコンプレックスを持たせるのであった。

「真央ちゃんすごーい!」

 今日もクラスで彼女の名が呼ばれる。それも称賛する言葉とともにだ。
 今年、同じクラスになってからだろうか。クラスメイトである出門真央の名前が聞こえる度に苛立ちを覚えることが多くなった。

 称賛の言葉。

 それは父や姉たちにいつもかけられていた言葉だ。だから、その父の娘であり、その姉たちの妹である自分にかけられるべき言葉であるはず。……いや、自分がそういう存在でなければいけないのに。

 ……それなのに。

 これがほのかの抱く真央への気持ちの正体なのだが、11歳の彼女がそれを自覚するには難しく、ただ漠然とした苛立ちと、真央より秀でているものが何かひとつでも欲しいと思うのみだった。

 そう、彼女が真央に何か弱点はないか調べようと思ったのはそんな理由だ。

 ……いや、実はもう一つ理由がある。
 そして、それこそが決定的な理由と言っていい。

 数週間前の体育の時間。
「前ならえっ!」
 いつものように整列した後で、担任のピロピロこと広田博美が、自分と真央を見比べてうーんと唸りだした。

「真央ちゃんの方が、背高くなったんじゃない?」

 博美は軽い口ぶりで言ったが、二人にとってそれは衝撃。

 なぜなら。

「前ならえっ!」

 再び整列。
 だが、先程とは決定的な違いがある。
 ほのかが腰に手を当て、真央が腕を伸ばして前に出していたからだ。

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