王じゃないもんっ!
「第5話 不幸じゃないもんっ!」


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 出門家のリビングルームは14畳の広さがあり、60インチのプラズマテレビ、それにクッションが大量に置かれたソファーが二つある。
 一家団欒の場として存在する場所も、桜花と二人の時は物寂しい空間だった。
 しかし、今は違う。
 一気に家族が増え、騒がしいほど賑やかだ。
「あぶぅあぶぶぅ!」
「お坊ちゃま! おやめくださいましっ!」
 今日はさらに輪をかけて、賑やかだった。
 小さな二つの浮遊物体がひゅんひゅんと、それなりの速さで動き回っている。小さいと言っても、飛び回るにしては大きすぎだ。
 今、リビングルームを飛び回っているのは、赤ん坊とタイヤキ。
 ハエが飛び回るだけでも鬱陶しいのに、その二つが声をあげて飛び回っているのだからたまらない。
 赤ん坊は真央の弟、BB。日本名は天駆。
 魔王アスラの血を色濃く受け継いだため、魔力が有り余っている。魔力を抑える各種アクセサリーをつけても浮遊するぐらいのことは可能であり、そのキャパシティは計り知れない。
 タイヤキは誇り高き魔界の海の覇者、リヴァイアサン族のシュヴァルツ。先日から翔太と色香の目付役として出門家の一員となった。水を操る魔法を得意とし、平常時の翔太となら互角に戦える実力をもつ。
 双方ともプロフィールだけ聞けばそうそうたるものだが、見た目はただの赤ん坊とタイヤキである。
「天ちゃん! いいかげんにしなさいっ!」
 あまりのやかましさに業を煮やした真央が、ドンとリビングテーブルを叩いてから大声で叱りつける。
 その大きな音にびくりとした天駆が、黙って声の主を見る。
「あぶぅあぶぶぶぶぶ!」
 しかしすぐに、大きな声で喚きながらリビングを無軌道に飛び回り出した。
「天ちゃん!」
 そんな天駆の動きを正確に追い、あっと言う間につかまえる真央。沢薙流合気を身につけている真央だからこそできる芸当だろう。
 つかまった天駆はイヤイヤと首を振りながら真央の手を逃れようとするが、封魔の腕輪で魔力を抑えられているので、人間の赤ん坊の身体能力と大差が無いため逃れられない。
 真央はそんな天駆の顔をつかみ、無理やり自分の方を向かせた。

「メッ!」

 そして、怒った顔で叱り付けた。
 真央は、基本的に天駆に対して甘い。だから、こんな風に怒るのは初めてのことだった。
 天駆はあまり見たことの無い真央の顔に驚いて一瞬硬直する。

 そして。

「びゃーーーーーーーーーーー!」

 大声で泣き出した。
 今度は真央が驚く番である。
 今まで天駆はこんなふうに泣き出したことがなかったからだ。
 赤ん坊が泣くのは、それ以外に自分の意志を伝える術を知らないからである。しかし天駆は、お腹がすいてもオムツが濡れても、飛んで真央や色香のもとへいき、体当たりをすればいい。そこまですれば二人はきちんと世話をしてくれる。
 だから泣く必要がほとんど無かった。

「真央! 下がれ」

「真央ちゃん。私の後ろに!」

 呆然としていた真央の前に色香が立ち、翔太とシュヴァルツが天駆を抑えこまんとする。
 その次の瞬間、天駆の身体から衝撃波が放たれた。
「キャッ」
 衝撃波の威力自体は家具を少し揺らす程度で大したことがなかったが、真央は突然のことに悲鳴をあげ、目を背けてしまう。
 第二波が心配されたが、天駆は全身の力が抜けたように、重力にひかれて落下してしまっている。
「っと」
 それを、距離を詰めていた翔太が素早く反応して受け止めた。
「天ちゃん!?」
 その様子に真央が顔色を変えて駆けつけるが、心配したようなことはなく、天駆は安らかな寝息を立てていた。
「魔力を使い果たしたと言ったところでしょうか。
 しかし、これだけの封魔のアクセサリーをつけていながら、あれだけの魔法を発動させる。
 さすが魔王様のご子息ですな」
 シュヴァルツがひどく感心したように呟く。
 真央はその言葉に、忘れかけていた魔族の力に戦慄しそうになったが、すぐに締まりのない顔になる。
 先程の衝撃波で外殻が切れたのか、シュヴァルツのお尻の部分からアンコがはみ出ていたからだ。

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