魔王じゃないもんっ!
「第3話 巨乳じゃないもんっ!」
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食後特有のゆったりと時間の流れるダイニングキッチン。真央は元の色がわからないほど、充分に泡立たせたスポンジで夕飯で使った皿を洗っていた。 どの皿もきれいに平らげられており、自分のためだけに料理をしたときには得られない充実感が得られる。 BBが生まれ、翔太と色香が出門家にやってきてから早二週間。真央は戸惑う事も多かったが、魔族の二人にも、宙に浮いている弟にも大分慣れてきた。 「ねぇ、お姉ちゃん」 一通り洗い物が終わると、食後のコーヒーを飲みながら読書をしている姉の色香に声をかける。ちなみに翔太は、食事のあとすぐにホストの仕事へと向かった。 「なぁに真央ちゃん」 本から視線を離し、少しだけ微笑む色香に、真央は目が眩んでしまいそうになった。色香の容姿は絶世の美女と言って過言でなく、大人の女性の魅力が凝縮したような雰囲気を醸し出している。 しかし、行動はそれに伴っていなかった。 優雅に飲んでいるように見えるコーヒーには角砂糖が26個も入っており、もはや液体とはいえないのトロミがついていて、大人の飲み物からは程遠い。そして読んでいる本は「シスター☆エンジェル」という美少女ゲームのキャラクターノベルだ。「シスター☆エンジェル」とは、翔太がお気に入りの作品であり、個性豊な9人の妹と大きな屋敷で過ごすという、いかにもな内容のゲームである。現在は家庭用ゲーム機に移植されているが、もともとは年齢制限付きのゲームであり、色香の読む本には真央が見てはいけないような挿絵付きの描写も含まれている。 ブラコンである色香は、この本から「お兄様好みの妹」を学び取ろうと必死なのだ。 「お姉ちゃんもお仕事始めるんだって?」 「うん。私もお兄様を見習おうと思って。 やっと結界も張り終わったし……」 色香の言う結界は、特定の存在を閉じ込める結界である。この結界は、封魔アイテムで魔力が抑えられている今のBBに破れるような柔なものではない。 そもそも二人はBBの力が暴走したとき、それを抑えるという目的で人間界にやってきた。それを考えれば、できるだけそばにいて、有事に備えるべきだが、この屋敷内から出れないようにしておけば、そばを離れても問題ないだろう。 結界の中で生活する真央は、魔王の杖により対魔法措置がされているので一緒にいても問題はない。そして万一BBが結界を破ったとしても、それほどの力を使えば、翔太も色香も即座の察知し駆けつけることができる。 それほどこの結界は強力なのだが、その分色々と面倒があった。少し出かけるぐらいの時間なら即席で張れるのだが、仕事のために家を空けるのであれば永続的な結界が必要だ。それを用意するためには、こういう能力に長けている色香でも、1日2日では不可能である。結局、今出門家に張られている結界の用意に、10日間もかかってしまった。しかしそのおかげで、出力調整などの融通も利かせられる結界に仕上げられている。 もちろん、結界を張ることだけに専念していれば、もっと早くに準備が整っていただろうが、色香は裏で色々と働いてくれていた。 真央が学校に行っている間はBBの面倒を見るだけでなく、掃除、洗濯もこなしていた。ただ料理だけは、全てが脳髄に響くほど甘い味付けになってしまうため、禁止令が出されている。 「ねぇねぇ、何のお仕事なの?」 結界よりも、何の仕事を始めたかのほうに興味が沸いていた真央が問いかける。 「占い師」 色香はもったいぶらずにあっさりと答えた。その職業に、真央はあっけにとられる。 占い師が職業と言えるのか……。いや、それを生業にしている人は確かにいるのだからいいのだろう。 それにしても、兄はホストで姉は占い師なんて、社会的にどうなんだろう。二人が魔族であることを考えれば、それほどおかしくないのかもしれないが。 「……あっ! それって予知魔法が使えるってこと?」 占い師を始めた理由があるとすれば、それだと判断した真央は、さらに興味津々な瞳を色香に向けた。 色香はそのまっすぐな視線に少しはにかんでしまう。 「う、うん。漠然とした映像を見ることができる。 ……でもね、未来はいくらでも変わるの。その結果を聴いた時点で、未来に揺らぎが生じるから、それほど当てにはならないんだけど……」 それでも確かに色香は未来予知ができるらしい。 「えー、それでもすごいよー! それに悪い結果が出ても、努力次第で回避できるんだよね? それって絶対聴いた方がお得だよー。 ねぇねぇ、私も占ってみて!」 真央は目を輝かせて言った。そういえば、シスターエンジェルの女の子の中にも、占いが大好きな子がいたなぁとなんとなく思いながら、色香はコクンと頷いた。 「せっかくだから……練習も兼ねてやってみるね」 色香はいそいそと部屋に戻り、なにやらごそごそとやり始めた。そして数分後、黒マントに三角帽子と言う、いわゆる魔女スタイルになって戻ってくる。マントの下は、胸元が大胆な開いている、ノースリーブのドレスのような服だった。 魔法で運んできた黒いテーブルクロスが敷かれたテーブルと椅子。それにの腰掛けると、真央に向かい合って座るように促す。 「じゃ、じゃあ、始めるね……」 色香は真央が椅子に座ると、小さな二本の棒を両手に持ち、精神統一を始めた。数秒の沈黙の後、おもむろに二本の棒を上下に振り始める。 「……………………」 その様子に、真央は顔を引きつらせた。 ぶるんっ! ぶるんっ! どうしても視線が、腕の動きと共に揺れる大きな胸に行ってしまう。胸の露出が多い服を着ていたので余計だ。 「見えたよ……」 上下運動をやめて目を開き、微笑む色香。真央は占いの結果よりも、先に聴いておきたいことがあった。 「ねぇ、その服と今の動きは必要な動きなの?」 「え……コレ? ううん、目をつぶって精神集中するだけでも未来予知はできるんだけど……」 「じゃあ何で?」 真央の質問に、なぜか頬を薔薇色に染め始める。 「お兄様が提案してくださったの。 この方がお客さんが集まるって……」 ……………………。 いたずらに微笑む兄の顔が浮かぶ。 確かにこの方が客は集まるだろう。占い目的でない客だが。 しかし、この数週間で兄に対する溺愛っぷりはわかっている。例えやめたほうがいいと言っても、やめないに違いない。 「そ、そう」 真央は引きつった笑顔を浮かべるしかできなかった。 「えと、結果はいいの?」 「ああ、うん。聴かせて」 あまりにも見事な上下運動に本題を忘れてしまったが、本来の目的は占いである。 「なんだか、崇め奉られる真央ちゃんの姿が見えたわ」 「へ……?」 その結果は、なんだかよくわからないものだった。 |
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