魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」
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出門家のキッチンにまな板と包丁のぶつかる音と、コトコトという鍋の蓋の音が静かに響く。炊飯器は蒸気を吹いており、ガスレンジの中では鮭の油がジュウジュウと鳴っていた。 白米、味噌汁、鮭の塩焼き、焼き海苔、納豆。そしてぬか漬け。出門家は洋館だが、朝食は純和風だった。 朝食を作っている真央は、その小さな身体では使いづらい大人用のキッチンで、踏み台などをたくみに利用して手際よく料理をしている。 「くしゅん」 料理も終わり、「さぁ並べよう」というところで小さなくしゃみ。 背中がなんだか妙に寒かった。11月なのでまだ暖房をつけるには少し早いと思っていたのだが、身に染みこんで来るような冷気を考えると、その判断は間違っていたのかもしれない。 「あ、おはよう。真央ちゃん。何をしてるの?」 そんな真央に、ボソボソと聞こえにくい声で話しかけてくるのは先日その存在を知った姉。名前はリリスと言う。 その胸の大きさと端整な顔立ちは同姓でも見とれてしまう。 「朝ごはんを作ってるんだよ。えと、食べるよね?」 この姉に加えて、新しく家族となった兄の分も作ってしまったが、二人が特殊な存在であることを思い出して質問した。 二人は父親は同じだが、母親が違う。 そして、父親は実は魔界の住人で、しかも魔王であり、兄と姉の母親も魔族であったらしい。つまり二人は生粋の魔族なのだ。 昨日聞いた話では、魔族は基本的に飲まず食わず寝ずでも10年は生きていけるらしい。 「う、うん。これから人間界に住むんだから、ちゃんと生活はあわせようってお兄様とお話してあるから」 「そっか、じゃあそこに座って。口に合うかどうかわからないけど」 真央は家事全般にはそこそこ自信があったが、魔族の口に合う料理を作れる自信はない。 「ところで、真央ちゃん。そんな格好で寒くないの?」 「え?」 テーブルの椅子に座ったリリスの質問の意図がわからない真央は、頭にはてなマークを浮かべる。学校指定の制服にエプロンをつけているのだから、寒くないかと聞かれるような格好はしていないはずだ。 いや、そのはずだった。 「ナ、ナニコレーッ!!」 悲鳴と言うよりは絶叫。 真央は背中に壁をつけて座り込んでしまう。今現在、うしろ姿をとても見せられない格好をしてるからだ。 どうりで寒いはずだった。真央は今、エプロン以外何も身につけていない。 「うぉぉぉおおおおおっ! キャワイイぞぅ真央ぉぉお!」 そんな真央の前に身体をクネつかせて現れるのは兄。 「朝のキッチン。はだかエプロン。人間界の素晴らしき文化ーっ!」 「まさかこれお兄ちゃんの仕業なのーっ!?」 異様なテンションで踊りながら喜ぶ兄の姿にピンと来る。兄は魔族なのだから、このぐらいのことができても不思議ではない。 「その通り。お兄ちゃんは練成魔法が得意なのだ! 在る物を消したり、無い物を作り出したり……つまり真央の服も思いのままっ」 「もうっ! 戻してよーっ!」 真央が泣きながら訴えると、兄はクルクルと指を動かした。すると一瞬で真央の着衣が変化する。 しかし、変化した服は元の制服ではなく、ヒラヒラが多く付いたメイド服だった。 「な、なにこれ……」 とりあえず肌の露出は無くなったので、立ち上がって服を確認する。服の手触りが良く上質な素材であることが窺われた。 「うぉぉぉぉおっ! 真央っ! 思ったとおり超絶キャワイイぞっ!」 そんな真央の姿に大喜びの兄。 「次はこれだっ!」 兄の声と共にまた服が変化。今度はチャイナ服だ。 真央は事態が飲み込めず、目を白黒させている。 「似合う! 真央は何を着ても似合うぞぉ!」 「そ、そうかなぁ」 服の素材の良さと可愛さ、そして誉め言葉。肌の露出があるワケでもないので、真央は少し喜びを感じ始めた。 そうなればもう止めるものはない。 ドレス、ナース服、巫女服などにコロコロと変化する服。 「か、かわいいかな?」 「キャワイイっ! キャワイイぞぅ!」 最初は戸惑っていた真央だが、そのうちファッションショーでもやっている気分になったのか、いつの間にかポーズまでとってしまっている。 「でもやっぱり朝のキッチンにはこれだな!」 ポーズをとっている真央の服が再びエプロンのみとなる。 「い、いやぁーっ!」 「うぉぉお! その恥じらいがキャワ……ゴブゥ!」 真央の悲鳴に大興奮する兄は、言葉の途中で吹っ飛ばされて壁に突き刺さった。 「……心配になって来てみれば……」 兄を吹っ飛ばしたのは、真央たちの父親であり魔王のアスラだった。いつからそこにいたのかはまったくわからない。 アスラは震える真央にゆっくりと近づき、大きな上着を優しく着せてやる。 「パパーッ!」 アスラの姿を認めると、勢いよくしがみつく真央。 「ボクにも、『お兄ちゃーん』って抱きついてきてっ!」 そんな二人に駆け寄る兄だが、アスラの張り手により今度は天井を突き破り空の彼方へと飛んでいった。 「だ、大丈夫なの?」 真央は穴が空いてしまった天井見て、さすがに心配になって聞くが、アスラは別段気にする様子も無く、家の修復を従者のRに指示していた。 「心配してくれるのかぁ〜! 真央は優しいナァ!」 みるみる直ってく天井に目を奪われていたが、聞き覚えのある声にあわてて視線を向けると、兄がテーブルに座っていた。気がつくと服ももとに戻っている。 あれだけ騒がしかった一時がまるで夢であったかのようにすべて元通り。 「さぁ、朝食にしよう。パパはひさしぶりに真央の手料理を食べていくぞ」 そのあまりの出来事にあっけにとられていた真央だが、アスラの言葉に頷き朝食を食卓に並べ始めた。 少し、いやかなりドタバタと騒がしいが、母親が入院しているため、一人でずっと朝食をとっていた真央にとって、4人で囲む食卓はうれしいものだった。 |
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