魔王じゃないもんっ!
「第1話 魔王じゃないもんっ!」


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 緑一色だった木々の葉を、まばらに色づかせ始めた街路樹たち。それを眺めながら歩く少女は、スカートから伸びる素足を容赦なく撫でる冷たい風に思わず身震いした。
 少女の名前は出門真央(でもんまお)。ごく普通の小学五年生の女の子。
 汗によってテカテカと光るおでこをからかわれたあの暑さもすっかり息を潜め、もう季節は秋。そろそろストッキングで素足を隠したくなるが、吐いてみる息はまだ白くはならない。このぐらいで寒がっていたら冬は越えられないなんてことを考えながら、少女は小走りで母の待つ病院へと向かった。
 一歩一歩踏み出す度に、二つにまとめた髪がフリフリと揺れ、ランドセルがガタガタと騒がしく鳴る。
 いきなり訪れた気温の変化に驚いてはいたが、その心は春のように暖かかった。

(弟かな、妹かな?)

 考えを巡らせるだけで自然と笑顔がこぼれてしまう。

 現在、真央の母親は子供を宿していた。いつ生まれてもおかしくないほど、母親のおなかは大きく膨らんでいる。
 10年間一人っ子を続けていた真央にとっては、半ば諦めかけていた存在。自分がお姉ちゃんになるのだという事実。
 そのどれもが嬉しくて、母親のおなかに触れて新しい命に話しかけるのが楽しくて。
 学校帰りに母親の病院に寄るのが真央の日課になっていた。
 電車に乗っている時間は思わず浮かびあがるにやけ顔をかみ殺すのには苦労するが、徐々に近づいてくる病院への足取りは驚くほど軽い。

 時間的には30分ほどかかっていたが、楽しい想像を浮かべ続けた時間はあっと言う間に過ぎていくものだ。
 真央は軽い足取りのまま病院のドアを開くと、もうすっかり慣れてしまった一連の手続きを済ませて、母の待つ病室へと急いだ。



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