第9章 選択の時ということで 後編 「ど、Drクワバーなんでおまえがミカエル学園にいるんだよ!?」 俺はちょっとしたパニック状態になって問いただす。 「ふ、知れたことだ! 私がミカエル学園の学生だからだぁ!」 Drクワバーはいつもの口調でたんたんとそれに答えた。 「が、学生……!?」 「いやだ、和臣! こいつと面識があるの!?」 「し、知らなかった……和臣先輩が……」 エリスと博幸が珍獣を見るかのような目付きで俺を見る。 な、や、やめろぉぉ! 好きで面識があるわけじゃねぇ!! 「ちょ、ちょっと待て! おまえらこそコイツのこと知ってるのか?」 「あ、そうか、和臣は旅に出てたから知らないだろうけど、この人は4年前にミカエル大学に入学したのよ。 5浪もして!」 「しかもミカエル大学に入学してからも、怪しげな研究ばっかりやってて2回も留年して、去年やっと二年にあがれたと思ったら、突然旅に出て、それで帰ってきたと思ったら異常なまでに筋肉質になってるし……」 「自分のことを天才科学者とかDrクワバーとか言ってる自体、普通じゃないわ」 「とにかく異常な人物ってことで、学園内では生徒はもちろん教師にも見捨てられてるんですよ!」 「でも、何か家が金持ちらしくて多額の寄付を受けてるから退学にもできないとか」 「それで好き勝手やらせてるみたいなんですよ」 エリスと博幸が口々に言う。 な、何かすごい人物だな。 ん? 待てよ、5浪して4年前に入学したってことは……まだ27ぁ!? う、嘘だろぉ!? 30代後半だと踏んでたのに。でも、家が金持ちってのは頷けるな、金がなきゃあんなムチャな兵器を次から次へと造れる訳がない。 「そんな人間と面識があったなんて……! 最低よ! 和臣!!」 エリスが涙ぐみながら言う。おいおいそこまでイヤか? 「別に好きで面識がある訳じゃねぇんだよ! あいつが勝手に勝負を挑んできて……」 「貴様らぁ!! 私を侮辱するかぁぁ!?」 突然起こったクワバーの怒声が、俺たち3人の鼓膜に直撃する。 「私の研究室に入るなり、私に対しての暴言の数々! 貴様等はいったい何をしにここに来たのだ!?」 おおっと、本来の目的を忘れる所だった。ま、まさかこんな所でクワバーに会うとは思わなかったからな。 ……でもこんなヤツに話が通じるのか? 「クワバー、おまえに聞きたいことがあるんだ」 俺が勇気を出して話を切りだす。エリスと博幸はドアの前まで移動し、いつでも逃げられる体勢をとっているようだ。 こ、ここまで嫌われているとは……。 「質問!? ハハハハ! とうとうシヴァ使いも己の知識が私に到底及ばないことが理解できたか! ハハハハハ!」 俺はシヴァ砲でヤツの頭に風穴を開けたいという衝動にかられたが、何とか理性を保つ。 「おまえ、キウジに不法侵入したんだってな」 「不法侵入ではない! 良質のシヴァを手に入れるための、極めて意味があり価値のある探索だぁ!!」 不法侵入は不法侵入なんだけど……。口に出さずに心の中でつっこむ。口に出したらまたややこしくなるからな。 「でだ、島の様子を詳しく聞かせてもらえないか?」 「島の様子? 島の様子だと!? フフフフフフ! 何でそんなことを知りたいのかは知らんが聞いたら腰を抜かすぞ?」 腰を抜かす!? やっぱり何かあるのか!? 「まず結論から言おう。あそこは立入禁止の無人島とされてきたが、人が住んでいる!」 「人が住んでいるだと!?」 「フハハハハハ! 驚きを隠せないようだな! この事実を知っているのは私くらいだからなぁ!」 俺が驚愕の声をあげるとクワバーは満足気に笑いだす。何かシャクに触るがここは我慢だ。 「人が住んでるですって!? キウジは人が住める環境じゃない! いつシヴァが爆発するかわからないでしょう!? そんなところにすすんで住む人間が何処にいるんですか!?」 博幸が強い口調で力説する。……こいつも根っからの学者だな。自分が知っている理論を曲げられるようなことを言われると、反発せずにはいられないのだ。 俺はそこが学者の悪いところだと思っている。だってそうだろう?自分の知っていることを信じ込んで、人の意見をねじ曲げようとするんだから。 もっと柔軟な精神を持ってほしいもんだ。 「すすんで住んでいる人間じゃないとしたらどうだ? 例えばその土地に追いやられた……とかな」 「え? そんなバカな」 俺が冷静な意見を出すと、博幸が俺の方を振り向いて否定する言葉を出す。 「そんなバカな? 博幸、世界には自分の知っている常識では計れないものがたくさんある。人の意見を頭から否定するのは自分のカラに閉じこもる結果を生んでしまうぞ? 人の意見を聞き入れることをしないと自分の限界はいつまでたっても大きくならない」 「………………。 ……すいません」 うーむ、説教してしまった。 俺も少し前までは自分の知識の枠を越える事実はすべて否定しようとしていた。こういう考えができるようになったのは、魔女のおかげなのかもしれない。 「クワバー。話を続けてくれないか?」 「フ、いいだろう。シヴァはキウジを囲むように生息しているのは知っているだろう? シヴァの生息していない中央付近に集落のようなものがあったのだ。」 中央? 「おいクワバー。シヴァを手に入れるためにキウジに行ったんだろ?何でわざわざ中央まで行ったんだ?」 「目測を少し誤っただけだ!」 目測? ……船でそんなのが必要な訳ないよなぁ? まぁ今は島の状況を知るのが先決だ。深く追求しないでおこう。 「で、その集落にいたのはどんな人種だったんだ?」 「様々な人種がいたはずだ。髪の色がバラバラだったからな」 「それで何でその人たちはそんな所に住んでいたんですか!?」 博幸が身を乗り出して聞く。 「そんなのはわからん。私の目的はあくまでシヴァの採集だったからな。その集落には関心がなかったので、すぐシヴァのある場所へ向かった。」 「な、何でですかぁ! 無人島のはずのキウジに人がいたんですよ!? 今まで誰も知らなかった事実なんですよ!? それに関心がないなんて正気の沙汰じゃない!」 「そんなのは私の崇高な研究に比べれば微塵の価値もない! 一刻も早くシヴァを採集するのが一番正しい選択なのだぁ!」 「あ、う……」 おいおい博幸。 クワバーのムチャクチャな理論に言い負かされるなよ……。 しかし今回ばかりはクワバーの性格に感謝しなければならない。 今まで秘密になっていたものは、秘密にしなければいけない理由がある。 無駄に口外したり、追求すれば最悪の事態も考えられるからな。 「用はこれだけだから。じゃあな、クワバー」 さて、情報も得たことだし。長居は無用。 「待ってえぃ! 今日こそはシヴァ使いの名を取り下げて……」 クワバーがセリフを途中で止める。俺がシヴァ砲を突き付けたせいだ。 「悪いな、今ちょっと忙しいんだ。また今度な」 「に、逃げるのか……」 クワバーが小声で言う。 「また今度な?」 俺はシヴァ砲の銃身をグイッと突き付けて言う。 「ひゃ、ひゃい」 「うんうん、素直が一番だ。じゃあなクワバー」 俺はクワバーが完全に大人しくなったのを確認してから研究室を後にした。 「まちがいなさそうですね!」 博幸が弾んだ声で言う。 「おっと、博幸の出番はここまでだ。よい子はお家に帰んな。 あとこのことは他言無用だ」 「な、何でですか!?」 博幸は俺の言葉に強い反抗の意志を見せる。 「先輩に逆らうとあんまりいいことないよ?」 俺はシヴァ砲をチラつかせながら言う。 「ひ……はい! わ、わかりましたぁ! 失礼しまぁす!!」 博幸はシヴァ砲を見た途端に真っ青になり、全速力で逃げていった。食い下がるかと思ったが……。 ……相変わらず気の小さいヤツ。 「あーあ、かわいそ」 「まぁ巻き込む訳にはいかないからな。なんせセイリュウがからんでるんだから」 「そうね……で、どうやってキウジに乗り込むの?」 「ま、それは明日のお楽しみってことで」 「ふーん、まぁいっか。それじゃあもう帰る?」 エリスは追求することなく、話題を切り替える。 多分俺の態度から、追求しても話さないことを察したのだろう。 「あ、そうだ。 お土産買って帰らないとな」 「ルナに対してはしっかり気をまわすのね」 思い出すように俺が言うと、エリスがジト目で睨んで言う。 「別にそんなんじゃ……」 「私が風邪で修学旅行にいけなかった時、他のクラスメイトはお土産買ってきてくれたのに誰かさんは手ぶらだったわよねぇ?」 く、こいつ中学の頃の話を持ち出しやがって……。 本当は買っていこうと思ったけど、何だか照れ臭かったからやめたんだよ! って、心の中で言ってもしょうがないよな。 「そ、そんな昔のことをいつまでも根にもってるなよ。だいたい修学旅行みたいな大事な行事の時に体調を崩すヤツが悪い。 日頃から健康に気を使っていれば風邪なんてひかないんだよ」 我ながらムチャクチャな理屈だ。 「へぇ……大事な発表会の前日に、未成年のくせにバーボンのボトルを2本開けて二日酔いで寝込んでたのは誰かしらねぇ?」 くっ! お、俺の人生の汚点の中でもトップクラスの話まで持ってくるかコイツは? 「あ、あれは先輩に誘われて仕方なく……」 「先輩方は先に潰れてたのに一人で飲み続けてたって話だけど?」 あ、あの時は飲み比べをしてたからなぁ……。先輩3人よりも多くバーボンを飲めたら、3人の先輩が1回ずつ夕飯をおごってくれるって話だったから……もちろん勝った。 そのために単位一つ失いそうになったけど……。 「そ、それは先輩たちが残してたから……」 「キープにしとけばよかったじゃない」 「あ、あぐぐ……」 く、ま、負ける。 「いやぁ、そういやあの先輩たち元気かなぁ……」 必殺話題すり替え攻撃! 「その先輩の名前覚えてる?」 「…………」 エリスが圧倒的優勢な口喧嘩をしながら、俺達は帰路についた。 俺たちがエリスの家についたのは日もすっかり落ちた頃だった。 「おかえりぃ!」 「あらあら和臣ちゃん、遅かったのねぇ」 ルナとルリアおばさんが笑顔で迎えてくれる。 ……家族ってこういうのなのかな……。 ……うぉお!? ガラにもないことを考えてしまった。今のはカットだカット。 「ただいまお母さん」 「ほれ、お土産だ」 俺はさっき買ってきた、ミカエル名物『天使のほっぺた』をルナの前の出す。 「わぁぁい!」 ルナとルリアおばさんが、同じポーズで、しかも同じ声色で喜ぶ。わ、若いなぁ……ルリアさん。 「さぁさぁ、中に入って、今夜は和臣ちゃんの好きなカツカレーにしたのよ!」 おぉ! さすがルリアおばさん! 気が利くぅ! 「あ、帰ってきたらうがいしなくちゃダメよ。それとご飯を食べる前にはしっかりと手を洗って……」 「もう! 子供じゃないんだからそのくらい言われなくてもやるわよ!」 俺とエリスはおばさんに言われたとおり、うがいをして手を洗ってから食卓についた。 食卓にはカツカレーが並べられている。家庭料理なんて何年ぶりだろ? ……またガラにもないことだよな。うん。 「いっただきまーす!」 ルナが元気よく言ってからカツカレーを頬張る。俺とエリス、ルリアおばさんもそれに続いて食べ始めた。 「ところで和臣ちゃん、今日は家に泊まっていくんでしょ?」 俺たちの食べっぷりを満足そうに見ながら、ルリアさんが言う。 「あ、いや、でも一応寮があるんだし……」 「何言ってるのよ! 5年も経ってるのよ? あんたの寮の部屋なんてとっくになくなってるわよ」 エリスがあきれた口調で言う。それもそうだな。 「それどころか、完全にミカエル学園に見離されてるじゃない。 ま、自業自得だからしょうがないけどね」 自業自得か。まぁしかたないだろうな。さっき、ミカエル学園の理事長の所に顔を出したら、研究費の請求をされた。 しかも犯罪者にされても文句は言えないとかなんとか言われてしまった。 でも研究費はミカエル学園から出てたんだし、その成果をレポートで出したりしなきゃそりゃネコババしたのと同じだよな。エリスが必死に頼んでくれたおかげで何とかそれは免れたけど。 「じゃあ、今日は厄介になります」 「なぁにいいのよぉ! ルナちゃんもここに泊まっていくわよね?」 「うん!」 ルリアおばさんの問いに、ルナは7杯目のカツカレーを頬張りながら言う。 相変わらずよく食うな……。 しかし7杯分も用意しているルリアおばさんもすごい。 「……ところでルナ、キウジって聞いたことないか?」 「きうじ? …………うーん、わかんない。」 うーん、知ってる風には見えないな。キウジはルナの故郷じゃないのか? でもルナのことだから住んでいた地名がわからないってこともありそうだし……。やっぱり調べてみるしかないよな。 すべては明日わかる。急ぐこともない。 「和臣、朝よ。」 ……半分眠っている聴覚にエリスの声が届く。……まだ、眠いな……。 「和臣、もう8時なのよ?」 俺は昨日、エリスたちが眠ってからある物を手配していたのだ。寝たのは朝の4時近い……。 もう少し寝てもバチは当たらないだろう。 「しょうがないわね……ルナ、お願い」 「はぁぁぁぁい!」 ズゥン! 「うげぇ!?」 不意に俺の上に何かが乗っかってくる。その重圧のせいで、俺の意識が半睡眠状態から一気に目覚める。俺は重いマブタを開いて乗っかっている物に視線を向けた。 まぁだいたいの想像はつくが……。 「和臣!おはよ!」 「とっと顔洗ってきなさいよ。」 俺に乗っかっているルナと、あきれた顔のエリスの2人が、俺にそれぞれの言葉をかける。 ……朝目覚めると2人の女が視界に入る……。これって幸せだよなぁ。 「何ニヤけてんの?」 エリスがいぶかしげな表情で俺の顔を覗き込む。イ、イカン、つい顔がゆるんでしまった。 「もうちょっとだけ寝かせてくれよ」 照れもあって俺は毛布で顔を隠す。 「もうご飯できてるんだよぉ!」 「先に食っててくれよ」 「私たちは先にご飯食べようっていったのに、ルナは『和臣と一緒に食べる』って言って1時間も我慢してたのよ!?」 ……ルナがめしを我慢? こ、こんなことってあるんだろうか? ルナは何よりも食欲を優先すると思っていたが。 ……俺は何だか寝てられない気持ちになるが、すぐに起きるのも、まるでルナのために起きるようで少し照れくさいので、いかにもイヤイヤ起きるフリをしながら体を起こした。 「こんどこそ、ホントにおはよ!」 「おはよう和臣」 二人が笑顔で言う。 「あ、ああ……おはよう……」 イカン、またニヤけそうだ。 「じゃ、顔洗ってきなさい。ご飯用意しとくから」 エリスはそう言ってからキッチンに向かう。 「ルナも手伝うー」 ルナもそれにヒョコヒョコとついていった。 俺はその光景に何だか暖かいものを感じる。 ……顔でも洗うか……。 洗面所に着いた俺は、少し火照った顔を冷水で洗った。 「ふぅ……」 ガラガッシャーン! 俺が顔を洗い終えて一息つくと、突然何かが大量に割れる音が響きわたる。 な、なんだぁ? 音の発信源はキッチンの方だが……。 キッチン? ……割れる音? そういえばルナも手伝うって……。 ……現在キッチンで何が起こっているかは簡単に予測できるな。 「キャー!」 「お、落ち着いてルナちゃん」 「こらルナ!あんまり動かないの!」 キッチンが騒がしくなる。俺はホウキとチリトリを用意してキッチンに向かった。 ……まったく……さわやかな朝だ……。 結局朝飯を食べたのは9時過ぎだった。朝食を済ました俺たち3人は今、最寄りの港へと足を運んでいる最中だ。 「港なんて行ってどうするのよ? キウジに行く船なんてないのよ?」 「まぁついてきなって」 エリスの質問を俺は軽く受け流す。 「ねぇねぇ和臣、どこ行くのぉ?」 あ、そういえばルナには詳しいこと話してなかったな。 「もしかしたらルナの家がある所かもしれない場所だ」 「本当!? じゃあお母さんにあえるの!?」 ルナが目を輝かせながら言う。う……ま、まぶしい。間違ってたらどうしよ。 「絶対とは言えないけどな」 「でも、可能性はあるわよ」 「ホントに!?」 おいおいエリス。あんまり期待させるなよなぁ。期待が大きいとはずれたときのショックも大きいんだから。 そんな会話をしているうちに港に着く。 「で、これからどうするの?」 「船に乗るんだよ」 「どの船に乗るのよ?」 エリスが少し呆れた口調で言う。 「あれ」 俺は小型船を指差した。 「うわぁぁ! ちっちゃいお船だぁ!」 「あ! もしかしてどこかから借りたの?」 ……借りる? ……………………。 し、しまったぁその手があったかぁ! 「……買った」 「は?」 エリスの目が点になる。 「だから買ったんだよ」 「買ったぁ!? い、いくらしたのよ!?」 「……4000万リクン」 「よんせ……」 あ、エリスが軽い目眩を起こしてる。 「あ、あんたねぇ……。」 「こ、細かいことは気にするなよ!さぁマイシップに乗った乗った」 ……うおわぁぁぁぁ! バカやったぁぁぁぁぁぁ! 俺は死ぬほど後悔しながら船の操舵席に乗りこんだ。 夕日ですっかり赤くなった海上が激しく波を立てる。 うぅ! 気持ちいい! 俺は船を走らせながら今まで体験してなかった爽快感を楽しんでいた。 「速い速ぁい!」 ルナがはしゃぐ。 「あぶねぇぞ。あんまり動くな」 俺は少し船のスピードを落とす。この船は最新の型だ。オイルを燃やし、その熱の力でモーターを回すという画期的なものである。 でもプロトタイプらしい……。 だから普通の10分の1の値段だった……。 ……大丈夫なのかなぁ……。 でも走り始めてもう6時間。ま、今のところ正常に動いてるみたいだから大丈夫だろ? うん。 「ほんと速いわね。ところで和臣、あなた船の操縦士の免許持ってたの?」 「うんにゃ」 「うんにゃって違法じゃないのぉ!」 エリスが焦って言う。 「おまえなぁ、これから俺たちのすることは何だ? 不法侵入だぞ? いまさら法律なんて守ってられっか。それに船の操縦なんてマニュアルを見れば簡単なもんだ」 「まぁちゃんと運転できてるけど……」 当たり前だ。 昨日3時過ぎまで練習したんだから。 「あぁ! 島が見えてきたよぉ!」 ルナが身を乗り出して言う。それを聞いた俺は地図と今いる座標を照らしあわせた。 ……間違いない。キウジだ。俺は船のスピードをさらに落とし、船を島に着けた。 さぁて、何が待っているのやら……。 島の様子は無人島とあまり変わらない。木が生い茂り、普通の森のような感じである。しかし地面には気分が悪くなるほどシヴァが生い茂っていた。 立ち入り禁止とはよく言ったもんだ。もし火でもついたらたちまち島全体が火の海になっちまう。こんな所に住んでいる人間が本当にいるのか? 島の中心近くはあまりシヴァが生息してないらしいけど、それでも普通の人間ならこんな場所には住もうと思わない。しかし、クワバーの言葉が本当だとしたら……。 とにかく行ってみるしかないだろうな。 「ね、ねぇ和臣、本当に行くの?」 エリスが珍しくしおらしい声を出す。確かにこのままじゃ行くのは危険すぎる。靴についたシヴァが歩いたとたん摩擦で発火。足ごともっていかれることだってある。しかし俺の情報ではもうそろそろ……。 ポツ……。 「きゃっ!」 ルナが小さな悲鳴をあげる。ん?きたか? ポツ……ポツポツポツ……ザァーーーー。 よし、今日は予報どうりだったな。正解率が低いといっても気象庁の天気予報はあなどれない。雨だ。 「やぁぁん、濡れちゃうよぉ!」 ルナが慌てふためく。そんなルナと対照的に俺とエリスは冷静に荷物から雨具の傘を出してさした。 「ほれ」 ルナにも傘を渡す。 「そうか、雨が降ってるならいくらか安全ね」 エリスが俺の考えを理解したように言う。 突然だがシヴァほどおもしろい植物はいないと思う。なぜならシヴァほど特殊な性質をいくつも持っている植物がいないからだ。 シヴァは強力な爆発力を持っているが、本来は弱い植物である。湿気があるところに生息する割には水に弱い。 雨水が降り注いだら死んでしまうほどだ。それなら雨が降ったらここのシヴァは全滅してしまうとお思いだろうが、また面白い性質がそれを防ぐ。 シヴァは死ぬとすぐ凝固し、それは一日ほど持続する。その硬度はゴムほどだが、水は通さなくなる。つまり死んでしまった表面のシヴァが雨水をシャットアウトしてくれるという訳だな。そして雨が上がるとシヴァは繁殖をはじめる。この時、爆発する様なことはない。あれはあくまで熱による科学変化が及ぼすもの。他のコケ等と変わらない繁殖の仕方をする。雨が持続的に降り続ければ全滅してしまうが、日々増殖しているので。ほとんどそのようなことはない。ましてやキウジのような大多数の同胞がいれば絶滅することは無いだろう。 シヴァは弱いがゆえ、熱にも水にも絶滅しないような特殊な性質をもっているのだ。 しかし、乾燥させるとその命は失うのだが、熱で化学変化を起こすという特性が残っているのが不思議である。水による絶命ではその特性を失うのに。 まぁこの特性があるからこそ、シヴァ砲が完成したのだが。 もうここまでくればみなさんもおわかりだろう。水で凝固したシヴァの上なら、爆発を引き起こすということはまず無いし、固まっているので靴につくということもまず無い。つまりキウジもそれなりに安心して進めるってわけだ。 さっきから『まず』とか『それなりに』等を多用しているが……ま、まぁ大丈夫だろう。 ……多分だけど。探索に危険はつきものだ。俺たちはシヴァが固まるのを見計らって中心部に向かって歩き始めた。 「ね、ねぇ和臣……。」 もう歩き始めてから1時間はたっただろうか? 雨が降っているせいかルナも静かに歩いていたのだが、熱帯地方特有の植物、キャカロの木が並ぶ所にさしかかったところでルナが突然声をかけてきたのだ。 「どうしたルナ? 疲れたのか?」 ……まさかまたおんぶしてとか言い出すんじゃないだろうな? 「ここ……ここ……見たことあるよ!」 「え!?」 俺とエリスが同時に驚きの声をあげる。見たことがある? 「本当か!?」 「う、うん……確か小ちゃいときにキャスリンおねぇと行って……森に入っちゃいけないってママに怒られて。 ……それから……えっと……」 ルナが記憶の糸を辿りながら言う。 これは……! ここがルナの故郷だという推測がだんだんと確かなものになっていく。そのおかげでさっきまで少し重かった足取りも心なしか軽くなったような気がしてきた。 ルナもエリスも同じ気持ちのようだ。 特にルナはかなり興奮しているようで、早歩きに近いぐらいのスピードで歩いている。 ルナはいつしか先頭をきって歩いていた。まるでこの場所を知っているかのように。 ……間違いないのか? それから歩くこと5分。ルナが恍惚とした表情でその景色を眺める。家が数件、まるで集落のようなその場所。 「……この場所で間違いないのかルナ?」 俺はルナの肩に手をおき問いかける。ルナは何も言わずにコクンと頷く。 しばらくボーッとのその集落を眺めていると、一軒の家の扉が開いた。 「……キャスリンおねぇ?」 ずっと開かなかったルナの口が開く。家から出てきた20代前半の女性を見たからだ。その女性はルナを見て目をまるくする。 「……ルナ? ルナなの?」 女性の口からルナの名が呼ばれる。それとともにルナは全速力でキャスリンであろう女性の方へ向かい、飛びつくように抱きついた。 「キャスリンおねぇ! キャスリンおねぇ……!」 「……ルナ……よく無事で……」 映画などでよくあるワンシーン。 それはここがルナの住んでいた場所であることも証明していた。 「よかったわね……」 目が少し潤んでいるエリスが俺に言う。俺は答えを言う代わりにエリスに笑顔を向けた。 とうとう迷子を家まで送り届けちまったってわけか。 ……この俺が。ふふ。笑っちまうぜ。 「……それでルナ……あの人たちは?」 しばらくして落ち着いたキャスリンがこっちの方を見て言う。 「和臣とエリス! ずうっと一緒にいてくれたんだよ」 「外の人ね?」 キャスリンが俺たちに頭を下げる。俺たちは軽い会釈をして返した。 「ねぇキャスリンおねぇ! お母さん! お母さんは!?」 ルナが目を輝かせて言う。 当然だろう。ルナはいつも「お母さんお母さん」と言っている。 母親が大好きで、一番逢いたい人なんだからな。 「……え、あの……それは……えっと」 キャスリンはルナの目から視線をそらして、曖昧な言葉を呟く。 「どうしたのキャスリンおねぇ?」 「と、とりあえずみんなにルナが帰ってきたことを伝えましょ!」 キャスリンはルナの質問に答えようとせず、他の家にもルナが帰ってきたことを伝えようと身近な家から尋ね始めた。 何だ? ルナは母親がどこにいるか聞いているだけなんだぞ? キャスリンの態度には釈然としなものを覚えたが、せっかく家に帰ってこれたルナの気分を壊すことも無いと思い、しばらくは成り行きを見守ることにした。 「どうも、今までルナの面倒を見ていただいてありがとうございます。」 この村(名前は特に決まってないらしい)の村長が深々と頭を下げて言う。 ここは村長の家、ルナが世話になったということで、俺たちは村長に食事をご馳走してもらっているところだった。 ちなみにキャスリンはここの家の孫らしい。 「ねぇ! お母さんは!?」 ルナがずっと後回しにされていた質問を再び口に出す。 「……実は、シアさんはルナを探しに出てしまっていていないのじゃ」 村長が下を向いて言う。 「お母さんが……」 ルナが魂を抜かれたような状態になる。そりゃあショックだろうな。逢うのを夢見て家に帰ったら自分を探していないなんて。 「ルナ、気を落とさないで」 エリスがルナの頭にそっと手をおく。 「そうじゃルナ、シアさんはちゃんと帰ってくるはずじゃ……」 「本当!?」 ルナの顔がパッと明るくなる。 「……ああ」 ……? 何だ? 返事がはっきりしない……。こういう場合は明るく笑顔で返事をするのが普通じゃなのか? さっきのキャスリンといい、ルナの母親について何か隠してる? 「よかったわねルナ」 「うん!」 ルナが満面の笑みで頷く。 ……今それを調べることはないよな。ルナの笑顔を壊すのはどうも気が引ける。 午後10時、ルナは久しぶりに自分の家のベッドで寝ている。エリスはルナの希望により母親のベッドで。 俺は……居間のソファーで毛布にくるまっている。 ……差別だよな。 ……さて、この時間ならルナは完全に寝てるよな。 俺はそっと立ち上がり、外への扉のドアノブに手をあてた。 「どこいくの?」 不意に声をかけられる。振り返らなくてもわかる。聞き慣れた幼なじみの声だ。 「夜更かしは美容に悪いぞ」 「9時からなんて寝てられないわよ。で、どこにいくの?」 エリスに隠し事はできそうもないな。 「村長の家だよ。」 「……私もついていっていいでしょ?」 ついてくるなと言ってもついてくる。エリスはそういうやつだ。 「断る理由はないな」 「断る理由が欲しそうね」 こういう皮肉のきいた会話は俺たちのスタイルである。気にしていたらしょうがない。と、いうかこっちの方が安心するのだ。 俺は苦笑をして村長の家へ向かった。 俺は村長の家のドアを叩く。末だ雨は降り続いているので、早く出てきて欲しいものだ。 俺の心の声が届いたのかすぐに扉が開かれた。 「あら……」 出てきたのはキャスリンだった。意外な時間に意外な客が来た、といった反応をしている。 「夜分遅くすみません。村長さんは?」 エリスが前に出て言う。 「祖父に何か?」 「色々と聞きたいことがあってね」 「え、でも……。」 俺が少し急かすようにいうと、キャスリンは困ったように口をつぐんでしまう。 「キャスリン、雨の中にいつまでお客さまを待たせておく気じゃ?」 部屋の中から村長の声がする。キャスリンはその声とともに、俺たちを家の中へ招き入れた。 俺たちは村長の家の客間で、テーブルをはさみ、村長と向かいあうように座っていた。キャスリンは自室に戻っている。 「で? どのようなご用件で?」 聞きたいことは山ほどあった。しかし、身近な所から解明していくことにしよう。 「なぜあんたたちはこんな偏狭の地に?」 「……………………」 村長は口ごもってしまう。が、やがて決心したように口を開いた。 「……我らが特殊な存在だからです」 特殊な存在と言われてすぐにピンとくる。 「全員、魔法が使えるってわけか?」 「……いや、そういうわけではありませんが……」 村長は魔法という言葉を俺の口から出たのに少し驚いていたが、一息ついて少し諦めたように話し始めた。 「そこからは私が説明しましょうか村長」 突然、中年の男の声が部屋の外から聞こえてくる。 村長が男に言葉を返す前に、隣の部屋へと通じる扉が開いた。 扉を開いたのは白衣を着た中年太りの男だった。 分厚いメガネをかけている。雰囲気的に医者か科学者という感じだが。 「Dr……」 村長がその男を見てそう言う。 ……Dr? 何か嫌なヤツを思い出すんだが。 「始めまして、私は魔女製造の責任者。名前は……DrMとでも、呼んでください。」 DrM? なんつうムチャクチャな。怪しいなんてもんじゃ……って、魔女製造!? 「魔女製造ってどういうことよ?」 俺より先にエリスが言う。 「座らせてもらいますよ。長い話になりますから」 DrMはのらりくらりとした口調でしゃべり、村長の隣の椅子に腰かけた。 「さて、話をしましょうか?」 「ああ……頼む」 俺はDrMの口調や行動があまり気に入らなかったが、この村の中では一番魔女について詳しいと人間だと判断し、冷静に対応する。 「結論から申し上げます。魔女は人工的に造られた存在です」 「人工的にって? どうやって!?」 エリスが興奮気味に問う。 「その前に、魔女の能力をよく分析してみてください。使える魔法は、火炎。冷気。そしてプラズマでしたよね? これによって何か連想されませんか?」 火炎、冷気、プラズマ……。 ! スザク、ゲンブ、そして……セイリュウ。 「魔獣か!」 「ご名答、そして魔女の製造が計画されたのは戦時中です」 「兵器としてか……戦時中っていうと第一次シャロン大戦か? 第二次か?」 第一次シャロン大戦。これはダイラムの独立戦争が世界規模までに広がったのでこう呼ばれている。 かつて、世界が平和的に結ばれるという動きを嫌ったダイラムが、ダイラム帝国と名乗り、起こした戦争である。 86年も続く戦いの中、タブーとされていたシヴァの大量使用により勝利を治めた。 そしてその42年後、ダイラム帝国の圧政に我慢しかねた国々が大規模な反乱を起こす。その規模が広がり、大きな戦争に繋がったのが第二次シャロン大戦と言われる。 この大戦からは戦争と呼ばれる大規模な紛争は起こっていない。たかだか25年の平和だが。 「両方ですね。計画は今も続いています」 「どういうことよ?」 DrMの遠回しな言い方に少し苛立ったのか、エリスが強い口調で言った。 「……計画は第一次の終盤にダイラムによって立てられました。もうダイラムの勝利が確定した頃ですね。」 「勝利が確定したのにわざわざそんな兵器を造る必要があったの?」 エリスがまた口を挟む。 「勝利が確定でもしてないと、魔女みたいなわけのわからない兵器の開発なんてするかよ。それに成功すれば、ダイラムの力はさらに強大になる。 支配し続ける力が得られるってわけさ」 「鋭いですね」 DrMが俺の言葉を聞いてニヤリと笑う。 「それで、その計画ってのは具体的にどういうものだったんだよ?」 「当時のダイラムの生物科学者が、ゲンブの生態を調べていてある発見をしました。ゲンブの口の中に他の生物にはない特殊な物質があるのを。さらにその物質と同じようなものが、スザクの舌にも発見されたのです。 そこで科学者はこう仮設を立てました。ゲンブやスザクが冷気や火炎を吐いたりまとったりできるのは、この物質が関係しているのではないか、と。 ……仮説は的中しました。生まれたてのゲンブからその物質を取りのぞくと、そのゲンブは成長してからアイスブレスがはけなかったのです。 そしてその科学者はまた仮説を立てます。『この物質を人間に移植すれば、人間も火炎や冷気を使用できるのではないか』と」 俺の背中に悪寒が走る。いくらそんな物質を発見したといっても、それを人間に移植するという発想が普通の人間にできるだろうか? 戦時中の人間の精神状態がどんなものだったかが、改めてわかったような気がする。 「ダイラムは植民地の人間を使って、人体実験を繰り返しました。事実では大量虐殺となっていますがね。」 大量虐殺。戦時中にはよく出てくる言葉だ。人体実験の後、殺害すれば大量虐殺と判断されるだろう。しかし……まさかこんな事実が隠されていようとは。 「実験は失敗の連続でした。もちろん失敗作は殺害されます。そんな中、実験後の人間が20人ほど脱走をしました。ダイラムにとってはミスのように思えますが、これがなければ魔女は完成しなかったのです。その後、戦争はダイラムの勝利で終決し、その計画は成果を得られないので、打ち切られました。……しかしその40年後、魔女は生まれたのです」 「計画は打ち切られていたんじゃないのか?」 「ええ、そうです。しかし生まれたのです。実験を受けた後脱走した人間の孫娘からね。 長年の研究の末、その物質を神経に繋がれた女性の子供の遺伝子は、普通とは違う構造になることがわかりました。 しかし、それが劣性遺伝子だったので、表現型として表れなかったんですね」 「優性の法則……、その物質を移植された女性の子供は、魔法を使える劣性遺伝子と、魔法を使えない人間の優性遺伝子のヘテロになるってことか?」 「その通り。しかも両親が両方ともその特別な子供でなければならない事と、両親から劣性遺伝子を受け継がなければならないということ、さらに劣性ホモの男性は生まれる前に死んでしまうので女性でなければならないこと、その確率の低さから生まれるのは奇跡に近かったのです。 しかしダイラムは幸運ですよ。生まれた魔女を捕獲までできたんですから。まぁ世界を統治していたのだからそれくらいはできるかもしれませんがね。 それを期にダイラムは計画を再開しました」 「そして魔女の生み出し方のわかったダイラムは、大量に魔女を生み出そうとした……か?」 「その通り。そしてそれを実行していたのがこの島な訳です。しかし第二次大戦でダイラムは内部反乱が多数起きたと言う理由で、結局この魔女を実戦に使うことなく終わったのです」 一気に語られる世界の闇に、驚く時間もなく俺はこのDrMがどういう人間なのか予想をつける。 「ん? つうことはおまえはダイラムの研究者の生き残りか!?」 「いかにも。ですが、今魔女の研究を持続することを認めているのはミカエル学園です。だから、今は私もミカエルの研究者というわけですね」 「何ですって!?」 エリスが立ち上がって言う。 「いや……正しくはメリンと言ったほうがいいでしょうね」 メリン。第二次大戦の時、先頭をきって戦った国、そのためか経済的にはシャロンの中で一番優れている。 シャロンの実権を握っているといっても過言ではない。なにせメリンの景気が悪くなるとシャロンの顔色が悪くなると言われているぐらいだからな。 ちなみにミカエル学園のあるジャンは、連合軍が圧倒的優勢になるまで連合の手伝いをしなかった。 そのためかメリンなどの、連合軍をつくり上げた国などには頭があがらないらしい。 「ダイラムのやっていた研究を、ジャンを抱き込んで続けてるってわけだな」 「その通り。メリンがダイラムの人体実験により生み出した魔女の研究を極秘で進めてるわけです」 「何のためによ!?」 エリスがまた強い口調で言う。 「さぁ? メリンも第2のダイラムになろうとしてるんじゃないのか?」 「そんな……」 エリスが力なく座り込む。シャロンは平和そうに見えるけど実はそうじゃないのかもな。 「メリンは平和を維持するための力だと言っていますがね」 DrMはそう言うとフッと笑う。 「でも変じゃないのか? この島はダイラムが味方の軍を巻き込んで、シヴァの爆弾で壊滅させたってことになっているはずだが」 「ああ、そのことですか。 あれはメリンがやったんですよ。この中心部が残るように調節してね。そのころはすでにメリンはジャンを抱き込んでいたので情報操作も思いのままです」 そんなことまでやってやがったのか。 「信じられない」 エリスが下を向いて吐き捨てるように言う。 「この爆撃には2つの意味があります。1つは島を世界から隔離するため、もう一つは事実が他国に漏れそうな時に一瞬で証拠を消滅させるためです。 火を入れればシヴァが爆発。事実は闇の中」 俺まで気分が悪くなってきた。 「しかし現在は魔女が生まれにくく、物質の採集もままならないので、ほとんどほおっておかれているのが現状です。 この島についてはこんな所ですかね? 他に質問は?」 こいつ、こんな話をしているのに口調が全然変わらない。まぁ、科学者って人種はこんなもんなんだがな。 「ルナについてだ。俺たちはセイリュウにこの島の存在を教えられた」 「セイリュウにですか?」 DrMが初めて驚いた表情を見せる。 「ああ。ルナが暴走するとかなんとかと言うことも聞いた。それについて聞きたい」 「暴走ですか。魔法は感情などの精神力を他のエネルギー、火炎や冷気、そしてプラズマに変換させるのです。 そのため我々は魔獣の特殊な物質のことを精神変換機関(Spirit Change Engine)、SCEと呼んでいます。 魔法はその時ある感情や蓄積された感情。いわゆるストレスなどを意志の力によってエネルギーに変換するのですが、感情の力が自分でコントロールできる範囲を超えると、意志の力なしで変換が行なわれます。 これはあまりにも衝撃的な出来事などを目のあたりした時に起こる現象です。 この状態になったら手のつけようがありません。気が済むまで暴れるとでも表現しましょうか? 受けたショックによる怒りや悲しみが大きければ大きいほど続きます」 「暴走した状態で意識はあるのか?」 「ほとんど思考能力はなくなっているでしょう。しかし潜在意識によって動かされているとも考えられます。 たとえば大事な人間の命が誰かに奪われた時のショックで暴走をした場合は、命を奪った人間を殺そうとしたりします。そしてその暴走の後は暴走の原因となった出来事の記憶は失われます。 また暴走をしないようにと、一種の自己精神防御ですね」 記憶を失う。 あの時もそうだったのか? 「暴走が途中でおさまることはあるのか?」 「暴走が途中でおさまる? まずありえないでしょうね。その感情が消滅されるまで変換は行なわれるはずです」 じゃあルナはなぜ? そういえばセイリュウも驚いていたが。 「セイリュウと魔女との関係は?」 俺はセイリュウが魔女の存在を知っていたことも気になっていたので聞いてみる。それを聞いたDrMはメガネを押し上げた。 「ルナがプラズマを使えるのは知っているんですよね?」 「ああ」 「火炎魔法を使える魔女を生み出すにはスザクのSCEを移植した女性の子供の親が必要です。冷気魔法が使える魔女にはゲンブのSCEが。プラズマが使える魔女を生み出す場合は……」 「セイリュウのSCEが必要……」 「そう。しかし最強の生物のSCE。そうやすやすと手に入りますでしょうか?」 「死体から採取すればいいんじゃないのか?」 「いえ、そうもいきません。SCEはその生物が死んだり、生物から取り外してから12時間以内に移植を行なわなければなりません。接触もままならないセイリュウの鮮度の高いSCEがそう易々と手に入ると思いますか?」 「いや、じゃあどうやって?」 今まで淡々と答えていたDrMだったが、ここで初めて躊躇いを見せる。 しかし、すぐ考えがまとまったようで、再び口を開いた。 「我々はセイリュウをも屈しさせる兵器を生み出したんですよ」 「何だと!?」 俺は思わず大声で言う。 「プラズマをも上回る絶対的な力です」 「そ、それは何なんだ?」 「残念ながらそれだけは……。 これはダイラムとセイリュウ一族だけが知っているものです。メリンもその存在までは知りません。ダイラムの科学者は私以外処刑されたので、知っている人間は私とこの村の高齢者だけです。 だから私はこの力だけは闇に鎮めておこうと思っています。その力があからさまになれば、人間はセイリュウをも恐れない生物になってしまいますからね」 「……………………」 俺は聞きたい衝動を抑える。DrMの言うことは間違っていない。人間がそんな絶対的な力を手に入れたらどうなるかわかったもんじゃないからな。 DrMはまともじゃなさそうに見えるがちゃんとした考えを持っているようだ。 「その力を使って、ダイラムは群れをなしていないセイリュウを殺害しSCEを手に入れました。しかしそのことがセイリュウ一族に漏れ、ダイラムにセイリュウの群れがやってきます。 セイリュウの群れ相手にはその兵器があったとしても甚大な被害があるのは間違いありません。と、いうかまだ完全にその兵器を使いこなせていなかったのでダイラムが滅ぼされる方の確率の方が高かった。 だからダイラム側はセイリュウに提案を持ち出しました。 もう二度とその兵器を使わないから争うのはやめようと。セイリュウ側もその兵器を持っている人間と争うのは得策ではないと思ったのでしょう。セイリュウはその提案を条件付きでのみました。 その条件とは、同胞を殺害した動機を明確にすることです。 ダイラム側はその要求をのみ、魔女の研究を明らかにします。魔女の存在を知ったセイリュウは研究を打ち切れと要求します。しかしさすがにダイラム側もその要求を受けては、SCEを取得した苦労が水泡に帰してしまいます。 ですから最悪の場合は戦うぐらいの覚悟で断りました。しかしセイリュウは短気を起こさず今度は魔女がどのような能力をもっているか、定期的に連絡しろと要求してきました。 多分自分たちの驚異となるかどうかを知る必要があったからでしょうね。 ダイラムはその要求をのみました。その定期連絡がセイリュウと魔女との繋がりな訳です。これもメリンには知られていません。 今は我々が独自で続けていることです。どうですお分りいただけましたか?」 「ああ」 俺が頷いた後、しばらく部屋が静まりかえる。俺もエリスも一気にいろんなことが頭に入ってきたので少しまいっているみたいだ。 気を紛らわせるため時計に視線を移す。時刻はすでに0時を過ぎていた。 本来なら今日はここまでにし、続きは明日にするべきなのだろうが、どうしても知っておきたいことがあった。 「セイリュウはルナを恐れているようだった。しかもルナは一度暴走をしているような話し方だった。 そこの所を教えてくれ」 「ルナは特別な存在なのです。今までプラズマが使える魔女は生まれてきませんでした。 つまりルナは唯一のプラズマ使い。しかも魔女は通常、火炎魔法か冷気魔法しか使えないのですが、ルナはその2つに加えプラズマまで使えます。まぁプラズマは暴走したときに限られていますがね。 しかし暴走のときは意志の力で作り出すプラズマよりも圧倒的な量を生み出します。暴走状態によっては、セイリュウ10匹がつくりだせる量をも越えてしまうほど膨大なプラズマを生み出せる。 ……強大すぎる力ですよ。世界そのものを滅ぼしかねないといっても過言ではないですね。その連絡を受けたセイリュウはルナを殺そうとしているのです」 「ちょっと待ってよ、それだったらルナは生まれた直後にセイリュウに殺されてもおかしくないじゃないの。それが今になって……」 エリスが震えた口調で言う。 「ルナがプラズマを使えることがわかったのは、最近になってからなんですよ。 9ヵ月前に初めて暴走した時にね」 9ヵ月前……ルナに初めて会った日に近い。 「何が原因で暴走したんだ?」 俺は恐る恐る口を開く。DrMは顔色も変えずこう答えた。 「母親の病死です」と。 現在深夜4時。俺はルナの家に戻ってソファーに寝転がっている。色々なことが頭のなかをグルグルと周りとても眠れそうもなかった。 ……ルナは母親の死により暴走。辺りをプラズマで破壊し、その後光となって彼方へ飛んでいったらしい。おそらくプラズマを利用した飛行らしいが。詳しいことはわからないとのことだ。 暴走状態のまま飛行しキウジから遥かに離れたトサミの町で暴走がおさまり、何もわからず町を彷徨っていた。そこを俺が保護し、現在に至る。 ………………………………。 暴走の原因となった出来事は記憶から消える。つまり、ルナはまだ母親が生きていると思っている。村長の言葉を信じ、帰ってくると思っている。 ……俺はバーボンを1瓶あけて、自分をなくすくらい酔いたい気分だった。 ……現実逃避してどうなる? どうなるものでもないけど……そうしたい時もある。 ルナに事実を伝えるべきか?それとも黙ったままの方がいいのか?俺は選択に困っていた。 ルナが悲しまないためには……。 ルナが傷つかないためには……。 ルナが泣かないためには……。 ルナが……ルナが……ルナが…………。 ………………? ……何だ? 俺の頬を何かが滑り落ちる。 水……涙!? ……溢れだしている訳ではない。本当に一粒。たった一粒の涙だ。 涙は……母親が死んだ時に枯れたと思ったのにな……。 俺は体を起こし、ソファーに座った。 俺は……どうしたらいいんだ……。 「……う」 不意に爽やかな陽射しが目を刺激する。朝か……。 とうとう一睡もできなかったな。俺は懐中時計を取出し時間を確認する。 5時か……。2日連続であまり寝なかったためか頭がボーッとしている。 ……この状態ならあまり考え事をしなくて済みそうだ……。 俺はそっと目を閉じソファーに横になる。まるで体重が異常に増加したように体が深く沈んでいく。そして意識が消えていった。 ズシン……。 はっきりしない意識の中で、覚えのある感触がうっすらと感じられる。俺はゆっくりと、まるで鉛のように重たい瞼を開いた。 「あー! やっと起きたぁ!」 視界いっぱいに広がるルナの顔。 「おはよう和臣」 ルナが満面の笑みを浮かべながら言う。しかし昨日のことを思い出すと、その笑顔は心を締め付けるものとなる。 「ああ……、おはよう」 俺は思わず顔をそむけてしまった。ルナはキョトンとした表情で、そむけた俺の顔を覗き込む。 「朝ご飯だよ。パンとスープ。エリスがつくってくれたんだよ」 「……ああ……」 俺はあいまいな返事をして体を起こした。 事実を知ったら……この笑顔は……。 何も決まらずにただ時間だけが過ぎていく。俺はルナの家のソファーに腰を掛け、窓から空を見上げている。 俺の気持ちと相反するように青空が澄みわたる昼前の空。普段なら外に出たくなるが、今はそんな気持ちにはなれなかった。 ルナはキャスリンと外で遊んでいるようだが。 「和臣……」 エリスが暗い顔で部屋に入ってきて俺の隣に座る。エリスは何も言わない。 しばらくの沈黙。 「……なぁエリス、どうしたらいいと思う?」 先に口を開いたのは俺だった。俺一人では答えを導けそうにない……。 「どうしたらって……」 「ルナに事実を伝えるべきか伝えないべきか」 エリスはしばらく下向いて考え込んでから、俺の方に顔を向ける。 「……私は……伝えない方がいいと思うわ。ルナが受け止めるにはあまりにも残酷な事実ですもの」 「じゃあルナに何も知らないまま帰ってこない母親を待ち続けろって言うのか!?」 「でも話したらまた暴走しちゃうかもしれないじゃない! そしたらまた記憶をなくしちゃうんだから何も知らないのと同じじゃないのよ!」 エリスの言葉は正論だが俺には納得できなかった。何も知らされずに、欺かれ続けながら生きるのは俺なら耐えられない。 「ルナにウソをつき続けろって!? 騙し続けろって言うのか!?」 「仕方ないでしょう?」 「仕方ない!? 仕方ないで済むようなことなのかよ!」 「じゃあ言えばいいじゃないのよ! 本当のことを!!」 「それは……」 「自分では何も決められないから私に意見を求めたんでしょ!? それなのに頭ごなしに否定して!」 「……………………」 俺は何も言えない。 「どうしたのよ和臣。らしくないわよ?」 俺は何も答えられない。どうやら完全に冷静さを失っているようだ。 「……私、今の和臣は嫌いよ……」 エリスは潤んだ目で俺を睨み、部屋を出ていった。 ……今の和臣は嫌いか……。 ……ルナが今の俺の姿を見たらどう思うのだろうか? 幻滅するだろうか? 泣いているルナの顔が脳裏を横切る。 ……どんな選択をしても……選択しなくても……ルナの泣き顔しかイメージできない。 ルナの泣き顔……旅の中で何度も見ている。 俺が怒ったとき、フィラに騙されたとき、エリスに必要ないと言われたとき、悲しいことがあったとき、つらいことがあったとき、ルナは必ず泣いていた。 …………………………。 ルナを悲しませない選択肢なんてないのかもしれない。実際にルナの母親は死んでいるんだ。悲しい出来事は実際に起こっているんだ。 俺のすべきことは……ルナを悲しませないことじゃないんじゃないのか? どう支えてやるか……そうじゃないのか? 悲しみは生きていく以上避けられない。一人では抱えきれない悲しみもある。 でも二人なら……。 俺はルナにとってそういう存在になれるだろうか……。 いや、ならなければならない。 俺はルナの……………………。 ……………………。 ルナの……保護者だからだ。 俺はエリスのいる部屋のドアをノックする。さっきのことを……謝らなきゃな。 「誰?」 「俺、和臣」 「開いてるわよ」 俺はドアをゆっくりと開ける。 「何?」 エリスは椅子に座ってテーブルに肘をついている。 「……さっきは……」 「大丈夫、気にしてない。私こそキツイこと言っちゃたね」 エリスは俺が言い終える前に口を開く。 「いや……」 「決心がついたみたいだね」 ……何でもお見通しって訳か。 「ああ、ルナに事実を伝えるつもりだ」 「そう……」 「反対じゃないのか?」 「和臣が決めたことでしょ?」 「ああ……」 それから会話がプッツリと途切れる。エリスは下を向いて難しい顔をしていた。 ……どうしたんだろうか? 「ねぇ……事実を伝えた後、和臣はどうするつもりなの?」 「え?」 「ジャンに帰る? また旅を始める? それとも……ここに残る?」 「………………」 俺はそこまで考えていなかったので何も言えなかった。 「……エリスはどうするんだよ?」 「私は……」 エリスは何か言いかけてやめる。そして少し考えてから再び口を開いた。 「……ジャンに帰るわ……」 「……そうか……」 また黙り込む2人。 しかし、その沈黙に耐えられないかのように、勢いよくエリスが立ち上がった。 「和臣は……自分のしたいようにすればいいんだよ……」 エリスが呟くように言う。 「エリス……。」 「私、夕飯の用意しなきゃ」 そしてエリスは、俺の言葉をまるで避けるように部屋から出ていった。 俺はまた複雑な気持ちになる。 しかし、これもまた選択しなければならないことなのだ。 『自分のしたいようにすればいい』 俺は……どうしたい? 俺は自分に問いかける。しかし、すぐに答えを出すことはできかった。 昼食後、俺はルナに村の近くの草原のような場所に連れ出された。エリスは昼食の後片付けをしている。ルナは木を背もたれにして座っている俺に、いつもどおり元気に話をしかけている。 そのいつも通りの無邪気さに胸が苦しくなる。 ルナは子供の頃の思い出を話している。もちろんその中には母親のこともあった。 俺はそんな話を聞きながら、いつ話を切りだそうかと機会を伺っている。 しかしその時を恐れる自分がいた。本当にそれでいいのかと問いかける自分がいた。 ……決めたことだ……。自分で決めたことだ。 「お母さん、早く帰ってこないかなぁ……」 ルナが下を向いて呟く。母親が帰ってくると信じているから出る言葉。 その言葉を聞いた俺は、今まで開かなかった口を開き、それを覆す言葉を口にする。 「ルナ、お母さんは帰ってこない」 「え?」 ルナが目を見開いて驚く。 「和臣、何て言ったの?」 「おまえのお母さんは帰ってこない。もう死んじまってるんだ」 俺のその言葉を聞いた途端ルナの顔が真っ青になる。それを見た途端俺の胸は、ギュッと締め付けられた。 ……しっかりしろよ! これからなんだぜ? 「何言ってるの和臣。 ウソだよそんなの……ウソだよね?」 小さく震えながら俺の両腕を掴むルナ。 嘘だよと言ってしまえばまたルナは笑顔に戻る。 でも……。 「嘘じゃない」 「ウソだよ……」 「嘘じゃない!」 俺が口調を強めると共にルナの目から涙が溢れだした。 「死んでるって……いつ?」 今まで聞いたこと無い口調だった。まるで感情がこもっていないルナの声。 「ルナが俺に出会った少し前だ。ルナは捨てられたと思っていたみたいだけど、ルナは親を亡くした悲しみから逃げようとして、あの町まで来ちまったんだよ」 「そんなの……ウソだよ……。ウソだよね?」 ルナは俺から目をそらしていた。 「嘘じゃないって言ってるだろう!」 俺は怒鳴って言う。それとともに少し虚ろだったルナの意識が戻ってくる。 「なんで……?」 「病気だ……誰のせいでもない。寿命だったんだよ」 そこまで聞いたルナは下を向いて黙り込んでしまう。 すべての音が消えてしまったかのような静寂が訪れる。 嘘みたいに青く澄みわたった空。少しも吹かない風。まるで絵の中に入ってしまったかのようだった。 「……お母さんが死んじゃったってことは……もう逢えないってこと?」 ルナのか細い声がその静寂を砕く。 「……ああ」 「お母さんとはもう二度と逢えないってこと?」 俺は無言で頷く。その首の動きを目の当たりにしたルナの目がカッと開かれた。 「イヤ……、そんな……イヤだ……イヤだよ……。 イヤだ……イヤだ……」 震えながら後ずさりしながら、同じ言葉を繰り返すルナ。 生い茂る草に足を取られ、尻餅をついてしまう。立ち上がろうとする気配はない。 「……イヤ……イヤ……イヤだ」 何度も首を振り続ける。俺の言葉をひたすら拒絶しようとしていのだろうか。 「イヤァァァァァァ!」 やがて耐えられなくなったかのように、頭を大きく振りながら発狂する。 俺はルナのもとへ駆け寄り、小さな体を抱き締めた。 「アアァアァアアァァァ!」 ルナは俺の腕の中で激しく動き回る。その度に俺は抱き締める腕を強めた。 「アアァアァァアァァアアァ!」 左手が発光を始める。 暴走する? いや、させない! 「いい加減にしろルナァ!」 俺は大声で怒鳴る。ルナはその声にビクリと反応し動きを止めた。 俺は抱き締めるのをやめてルナの目をしっかりと見つめる。 「悲しいことから目を背けるな! 実際に起こったことは受け止めなきゃダメだ!」 「イヤ……」 ルナが目をつむってゆっくりと首を振る。 「聞けっ!」 俺が怒鳴ってルナの両頬を軽く叩くと、ルナはゆっくりと目を開いた。 「……大切な人を亡くすのはとても悲しいことだ。俺の母親だって死んでる。でも、俺はそれから目を離したりしない。それが母親との最期の思い出だからだ!」 「最期の……思い出?」 「もう二度と新しい思い出はつくれないからな……確かに悲しい思い出だけど……大切な思い出だ……」 俺はムチャクチャなことを言っているのかもしれない。確かに思い出と表現するのはおかしい。しかし俺がこう思っているのは事実だ。 誰が死んだということを受け止めるのはつらいこと。しかしそれに目を背けてしまってはいけない。それはその人間に実際に起こったことなんだから。 本当にその人間が好きなら、その人間の最期もしっかりと受け止めなければいけない。その事実だけを認めないなんて許されない。 だから……その人間の最期も思い出として残さなければいけない。俺はそう思っている。 そう思ってるんだよ……ルナ。 言葉にはしない。きっと言葉では伝わらないから。 だから俺はルナをしっかりと見つめる。俺の気持ちが伝わるように。 「大切な思い出……」 「そうだ、だから……受け止めなくちゃ駄目だ……」 「…………」 「わかるだろ?」 「…………」 俺はルナの言葉を、目を真っすぐに見つめて待つ。 「……うん……」 ルナがゆっくりと頷く。 しかし無理をしているのは顔を見なくてもわかる。理屈では消化しきれないこともあるのはよくわかっている。 「よし、じゃあもう泣いていい……今日はずっとそばにいてやるから……」 だから俺が手伝ってやる。小さな心が潰れないように。俺はおまえの笑顔がまた見たいから……。 「和臣ぃぃぃぃぃぃ!」 俺の言葉を聞いたルナは俺の胸に飛び込み、泣きじゃくる。俺はルナの悲しみをすべて受け止めてやるために強く強く抱きしめた。 「和臣……」 俺の腕にしがみついて横になっているルナが俺に声をかける。俺は今、ルナと一緒のベッドに入っていた。 エリスは、昨日俺が寝ていたソファーで寝ている。 これはエリスが提案したことだった。 『ルナのそばにいてあげて』 そう言ってくれた。 俺も今日はそのつもりだった。今日はルナのそばにずっといてやる。そう決めていたから。 「どうしたんだ?」 「人は死んだらどうなるのかな……」 重い質問だな……。死んだらどうなる……か……。 「……わからない」 「和臣でもわからないの?」 「ああ……」 天国に行ったとか、空の星になったとか、そう言ってやればいいのだろうが、あいにく俺はそんなことが言える人間ではない。そんな言葉で誤魔化したくない。 「お母さんはどうなったかな……」 「……きっと、幸せになってる」 「本当に?」 「きっとな……だから安心しろ」 この言葉に根拠はなかったが、なぜだか自信があった。なぜだかわからないが。 「うん……そうだよね」 「だから……もう寝ようぜルナ?」 「うん、ルナもなんだか疲れちゃったし……おやすみ和臣……」 「ああ、おやすみ」 俺はルナの目が閉じたのを確認してから、自分の目も閉じる。 しかし、俺はすぐには眠れない。もう一つ、決めなきゃいけいことがあるからだ。 『事実を伝えたあと、和臣はどうするつもりなの?』 答えられなかったエリスの質問を思い出す。 『和臣は……自分のしたいようにすればいいんだよ』 俺のどうしたい? 俺はどうするべきだ? 俺の……気持ちは……。 眩しい陽射しが俺の顔を照らす。俺はゆっくりと目を開いた。俺は時計に目をやる。 7時か……。 低血圧なので、普段は朝に弱いのだが、その日の目覚めはとても良かった。 ルナは相変わらずしっかりと俺の腕にしがみついている。 ……可愛い寝顔だ。俺はしばらく眺めていたかったが、エリスにばかり朝飯の支度をさせる訳にもいかないので、ルナを起こさないように、その腕をはずそうとする。 「う、ううん……」 ……起こさないってのは無理みたいだな。 「和臣……」 ルナは目をこすりながら言う。 「おはよう」 「おはよう和臣」 ルナは笑顔でそう言う。俺も自然と笑顔になる。 「和臣……」 「何だ?」 「ルナお腹すいた……」 いつもなら脱力感を覚えるそのセリフ。しかし、今日はルナの口からそれが聞けたことがとても嬉しかった。 結局朝食はエリスが用意した。今はそれを3人で囲んでいる。 「今日もお天気いいのかなぁ。」 ルナがごはんを頬張りながら言う。 「どうかな? 今は雲が出てきてるみたいだけど……」 俺が窓の外を見て言う。 「晴れるといいわね。今日はお母さんのお墓参りにいくんでしょ?」 エリスがあじのひらきをつつきながら言う。 エリスの言葉通り、今日はルナの母親の墓参りに行くつもりだ。これはルナが望んだことだ。 ちゃんとお別れを言うんだって。お母さんの前から逃げちゃってごめんねって言うんだって。ルナを捨てたって勘違いしてごめんねって……。 「うん」 ルナは笑顔で頷いた。心地よいしっかりとした返事だった。 本当に天気だったらいい……。雨はまだ降ってほしくない。もう少しだけ待っててほしい、せめて今日だけは。 しかしその希望は叶わず、墓参りの時にはポツポツと雨が降っていた。 墓参りに来たのは俺とルナとエリス。そしてキャスリンと村長、それになぜかDrMも一緒だ。 こういうことには興味がないように見えるのだが、人は見かけによらないな。 俺たちは順番に花を供える。 ルナはその間何も言わなかった。 俺たちが花を供え終わると、ルナはゆっくりと墓石に近づき、丁寧に花を供える。そして手を合わせて目をつぶり、なにやらごにょごにょと言い始めた。 多分母親と話でもしているのだろう。 ルナは3分ほどしてから目を開き、俺の方を見る。 俺は笑顔をルナに向ける。ルナもそれを笑顔で返した。 ……もう大丈夫なようだ。 ルナは母親の死をしっかりと受け止めることができている。もう泣きわめくだけ子供じゃない。 「また来るからね、お母さん」 ルナの母親の墓参りはルナのその言葉で締めくくられ、俺たちは全員で一礼し、その場を後にした。 村へ向かう帰り道。雨はやんでいた。 ……そろそろ言わなきゃいけないだろう……。 俺は決めていた。昨日の夜。自分がどうするかを。 「ルナ、今日、俺とエリスはジャンに戻るよ」 「え?」 4人が同時に反応する。きっと他の人間には突然すぎる言葉に聞こえただろう。 「さっきの雨でシヴァは固まっている。今なら帰れるからな」 ルナの表情が一気に曇る。しかし俺は話を続ける。 「エリス、今日帰るつもりだったんだろ?」 エリスは黙って頷いた。 「ど、どうして……」 ルナが困惑するように言う。 「どうしてって……ジャンが俺たちの帰る場所だからだ」 俺はどうしたい? 昨日、俺はゆっくり考えた。 「でも……」 「ルナ、ここはおまえの帰るべき場所だった。俺はそこまで連れてきた。 もう……俺の役目が終わったんだよ」 そう、俺は迷子の魔女の保護者……、もう、一緒にいる理由は……無い。 「でも……」 「約束しただろ? もう少しだけ一緒に旅をするって。もう旅は終わったし、借金だってもうないだろ? だからお別れだ」 「だからってそんな……イヤだよ和臣……」 ルナの潤んだ瞳に一瞬決心がゆるむ。しかし俺はもう……決めたんだ。 「わがままを言わないでくれよルナ」 「だって……でも……そんな……」 ルナは激しく動揺しているらしく、うまく言葉が喋れていない。 「何もそんな急に……。 帰るにしてももう少しここにいてはいかがですか?」 そんなルナをかばうように村長が言う。そんな訳にはいかない。今帰らなければ、きっと俺はダラダラとここに居続けてしまう。 「あまり長居をする訳にもいかないんで……」 「……本当に……もうお別れなの?」 ルナが俺の服をしっかりと握って言う。 「ああ……」 「イヤ! イヤだよ和臣!」 「別に一生あえないわけじゃないだろ? 俺たちは生きてるんだから」 俺の言葉を聞いてしばらく考え込むルナ。 「……本当にまたあえる?」 「ああ、だからな?」 俺は少し後ろめたさを感じながら答える。確かにあえないことはないが、もうルナとあうことはないだろう。 今の状況は学校の卒業式に似ている。あえなくなるわけじゃないが、卒業をした人々は新しい生活を見つけ、その道を進んでいく。卒業した人間同士が、再び学校にいたときのように共に生活をしていくことはまずない。 住んでいる場所が離れていれば、最初のうちはあうこともあるだろうが、時が流れていくうちにそれもなくなる。 ましてやルナはこんな特殊な場所にいる特殊な存在なのだ。多分これ以降はあうこともない。 俺はルナの保護者。 親代わり。子供はいつか自立して新しい生活を見つけるものだ。いるべき場所が見つかり、母親の死を受けとめることができた今、ルナは俺という存在から卒業しなければならない。 ……俺もまたそうなのだ。子離れできないような保護者にはなりたくないからな……。 ルナは下を向いてしばらく黙り込んでしまう。 「……わかったよ……和臣だって……帰る場所があるんだもんね……」 ルナは涙を流しながらも笑顔で言う。それを見た俺の胸は苦しくなった。 しかし……俺は決めたんだ。 俺は村長たちの方に目をやる。 「ルナをよろしくお願いします」 俺はそう言って頭を下げる。村長たちは深く頷いてくれる。そう、これからはこの村の人たちがルナの保護者なのだ。 ……俺の出る幕は無い。 「じゃあ……もうお別れだ、船はこの森の奥に止めてあるからな……」 俺はそう言ってルナたちと違う方向に歩き始める。エリスはルナを2、3度見てから俺に続いた。 「和臣ぃ!」 ルナが大声で呼び止める。俺は振り返りたい衝動を抑えて歩みを速める。 「和臣ぃぃぃぃ!」 ここで振り返ったら俺は……。俺は後を向いたまま手を振る。 「和臣ぃぃぃぃぃ!」 ルナの声が徐々に小さくなってく。しかし俺は歩みを止めなかった。 ……そして、ルナの声は完全に聞こえなくなった。 「よかったの? あれで?」 俺は今、エリスと小型船の上にいる。ルナとの決別を済ませて。 エリスの言葉を聞いた俺は船のスピードを上げる。 「いいんだよ……」 「……ルナのそばにいなくてよかったの?」 「……いいんだよ」 エリス……俺は……。 「ルナをジャンに連れていく選択肢もあったんじゃないの?」 「……いいんだよ」 俺は……。 「さっきから同じ返事ばっかりね」 「……俺は……。」 「え?」 「俺は……」 はっきりしろ和臣。ここで言わなきゃ多分一生……。 「俺は……ルナじゃなくエリスのそばにいることを選んだんだよ」 ……い、言ってしまったぁ……。 俺は恐くてエリスの顔が見れない。ただ黙ってエリスの反応を待った。 「……本当に?」 エリスの声が耳に入る。俺は恐る恐るエリスの方に視線を向けた。 「……嬉しい……」 涙を少し浮かべたエリスの笑顔は、俺の選択が間違っていなかったことを証明するに、充分すぎるほど力を持っていた。 第9章 選択の時ということで 後編 完 平穏で幸せな生活を打ち砕く予想外の事件。その衝撃的な事件に再び立ち上がる和臣。そしてあまりにも残酷な運命が和臣を最大の戦いに導く。そして和臣は……運命のトリガーを引く!次章で魔女方最終回!ルナが魅せます泣かせます! 次章魔女の飼い方!『最終回だということで』……え?違うの?絶対そうだと思ってたのになぁ。じゃあシーン2からいくよ! 次章で魔女方最終回!ルナが魅せます泣かせます!次章魔女の飼い方『そばにいたいということで』和臣、だぁぁぁぁい好き! |