第3章 ご機嫌ななめということで 前編



 俺の名前は黒崎和臣。もうみんな知っているだろうが何度でも言ってあげよう。
 俺は別名『シヴァ使い』と言われる超一流の賞金稼ぎ。今回はこの黒崎和臣様のちょっと恥ずかしい、旅を始めた理由の聞いてもらおう。
 俺の通っていた学校はミカエル学園と言う世界一の学力を誇る学校。俺はその世界一の学校で常時首席だった。
 どうだ? すごいだろう?
 まぁ今回はその話は置いてといて、旅を始めた理由の方の話を進めよう。
 俺の幼なじみにエリスというヤツがいるのだが、そのエリスこそが旅を始める理由をつくった人物なのだ。
 エリスはたいして可愛くもなかったしスタイルだって悪かった。特に胸については非常に残念な大きさだった。
 だが俺はエリスにひかれていた。今でもあいつ以上の存在と出会っていない。
 しかし、幼なじみという関係もあって、なかなか想いを伝えることができなかった。恥ずかしい話、俺は少女が好む空想物語のキャラクターのようなヤツだったのだ。
 そんでもってある日、語学の教科書に冒険家の冒険日誌が載っていた。
 それを授業でやった時のことだ。
「世界を冒険するなんてかっこいいわね。すごい勇気と能力がいるはずだもの。」
 エリスが授業終了時にそう言った。
「そうか? 世界を冒険なんて誰でもできるんじゃねぇのか?」
 と、これは俺。
「あーら、言うだけなら誰にでもできるわ。実際にできる人なんてそうはいないわよ。和臣を含めてね」
 俺はその言葉を聞いてエリスと口喧嘩始めた。
 なんとも単純だが、これがきっかけだった。エリスの言葉によって、旅をしようと思った理由が2つできたのだ。
 一つはあんたに冒険なんてできない、と言う言葉を取り消させるため。
 もう一つはエリスが冒険するヤツがかっこいい、と言ったためだ。
 それから一ヵ月後のミカエル学園の高等部の卒業式の日に、俺はシヴァの生態を調べると言う理由で、学園の援助を受けて世界に1年間出ることになった。
 まぁ1年間旅をしてみて、メチャクチャ楽しかったからやめられなり、5年も帰ってないけどね。
 俺がシヴァ砲を造ったのも、シヴァの研究と称しての1年間の間(もちろんのこと資金は学校持ち!)。
 これを造ってからどうしても使ってみたくなり、賞金稼ぎの仕事を引き受けてゲンブ退治をしたところ、その収入の多さにクセになり、帰ってこいという通知を無視して他の国にトンズラしてしまった。
 これがシヴァ使い黒崎和臣としての生活の始まりである。
 うーん。
 やっぱり……あんまりかっこいいもんじゃねぇな。


 さてさてみんな驚いてほしい。俺は魔女を飼っているのだ。
 何こいつ? おかしいんじゃないの? とか言われそうだが事実なのだから仕方がない。
 俺はひょんなことで捨て魔女を拾った。そんでもって今も色々あって飼い続けている。
 この魔女は16歳らしいのだが顔も性格も……ほんとんどすべてが12歳前後で、もし飼うと言うのが失礼ならば、おもりをしていると言うのが的確だろう。
 そんな奴ともうかれこれ1ヵ月ほど旅を続けている。
「おかわりー!」
 この馬鹿みたいに元気な声でモーニングランチをおかわりしているのが魔女。名前はルナだ。
 さて、この魔女の特徴をあげてみよう。
 一番の特徴はさっきもあげたことだが、とにかくすべての面において子供であると言うこと。思考パターンがとにかくガキで、それに比例した幼い外観をしている。
「おかわりー!」
 特徴2、大食い。
 ルナは今のでおかわり11回目である。
 特徴3、世間知らず。これでもかぁー! と言うほどの世間知らずで、俺はかなり苦労している。例をあげればきりがないが1つあげてみよう。
 こやつなんと文字が読めない。このご時勢、5歳くらいの子供でも文字くらい読める。ちょっと頭のいい奴や勉強熱心な奴は、自分の国の文字まで読めたりする。
 あ、そうそう。
 ここでこのシャロンの文字について少し説明しておいた方がいいだろうな。
 この世界は昔それぞれの国に言語が存在した。しかし101年前に大きな戦争が起き、ある国が完全に世界を統治した。その国の統治者はかなりの独裁者で、他国民に自分の国の言葉を強制的に覚えさせ、もとの言葉を廃止させるという暴挙に出た。
 しかしその国の天下も永久に続くわけではない。その国の独裁政治は86年で幕を閉じた。その後世界は戦争の愚かさがやっとわかったらしく、世界全土の話し合いにより平和協定を結んだ。
 しかし独裁政治が終ったとはいえ、シャロン中の人間の頭にはその国の言葉が染みついている。そこで各国で話し合い、シャロンの言語は統一された方が便利だという事で、その言葉は世界共通語とされ、シャロン中の人間は世界共通語を使うようになった。
 しかし各国の文字は完全に無くなったわけではなく、文化として残っており、名前などに使われることも多い。
 ちなみに俺の名前、黒崎和臣もそうである。
 さて話を戻してルナの特徴4、魔法が使える。魔女なんだから当たり前か。しかし使い方がなっちゃいないので俺が指示しなければ役に立つ事は非常に少ない。
 以上がルナの特徴である。さて、なぜこんな事を聞いてもらったかと言うと、俺の苦労をわかってほしいからだ。
 本当につらい……嘘だと思うならみなさんも是非ルナを飼ってみるといい。本当に俺のつらさがわかるから。


 そんな俺は今、ミナアヤの町にいる。ここは大きな町であったがいまいち栄えていなかった。近くの山に狂暴な魔獣が多く生息しているかららしい。
 原住民で外にいくあても無ければ、立ち寄りたいとは思わないそんな場所に俺達が踏み込んだ理由はただ一つ。金儲けである。
 つまり『魔獣が多い』=『魔獣退治の仕事が多い』の公式。
 魔獣退治と言うのは生半可な賞金稼ぎではかなり苛酷過ぎる。だからこそ魔獣退治は金になるのだ。
 俺は意気揚々と仕事屋へ向かった。


「仕事が無いってどういうことだ?」
 これは俺の仕事屋での台詞。この台詞からわかるとおり、仕事屋で仕事がないか聞いたところ、マスターがもう無いと言われたのだ。
「まぁ……一応ありますが……あなたには似合わない仕事ばかりですよ?
 例えば迷子探しとか犬の散歩とか……」
 マスターが言う。
「わぁ、犬の散歩だって!和臣!やろうよぉ!」
 と、これはルナ。
「何が悲しゅうて『シヴァ使い』黒崎和臣様が犬の散歩なんてしなきゃならんのじゃ!
 おい、マスター! 魔獣退治は無いのか?
 この町は魔獣の宝庫だったろ?
 魔獣退治の仕事が腐るほどあるはずだろうが!」
 ルナが「やろうよ和臣ぃ」なんて言い出す前に、俺はまくしたてるようにマスターに詰め寄る。
「それが……確かに1週間前までは15匹以上もの魔獣がツコリ山に生息していたのですが、ある1匹のスザクが山にきてしまったことによって、外の魔獣がほとんど倒されてしまったんですよ。
 つまりこの町にはそのスザクが1匹しかいなくなったんです」
「15匹以上の魔獣を倒すスザクゥ?」
 俺は思わず大声で言ってしまった。魔獣どうしって奴は、だいたい仲はあまり良くない。
 しかし魔獣どうし戦えば、勝ったとしても大きな傷を負うことを知っているので争うことは少ない。
 その常識を打ち破る根性のあるスザクが存在するとは……。
 しかもスザクはビャッコには極端に弱いはずだ。この町のツコリ山には、ビャッコも生息していただろう。
 ビャッコって奴は尋常じゃないスピートで攻撃を繰りだすため、スザクの倒しにくい最大の理由である全身にまとっている炎の熱の干渉を受けずに倒せる。スザクの吐くファイアーブレスもビャッコは軽々と避けてしまうのでスザクに打つ手はないのだ。
 ちなみにそのビャッコはゲンブに弱い。ビャッコの爪ではゲンブの皮膚や甲羅は切り裂けないからだ。
 そしてそのゲンブはスザクに弱い。ゲンブはファイヤーブレスを受けると跡形もなく溶けちゃうからね。魔獣って奴にはジャンケンみたいな強さの法則があるのだ。
 しかしその法則を無視して魔獣を全滅させるとは……とんでもねぇスザクだな。
 ……おや?
 そんなスザクがいるのにそのスザクを倒す仕事が無いのはどういうことだ?
「……そのスザクを倒す仕事は無いのか?」
 俺が疑問を声に出すと、マスターは目をそらす。
「え?ええ、ありましたけど……。」
「ありました?」
 過去形であることが気になった俺はおうむ返しに聞く。
「はい。残念ながらもうその仕事はついさっき他の方に……」
「……おいマスター……そんなとんでもねぇスザクの退治なんて、一流と言われる賞金稼ぎでも無理だぜ?悪いことは言わねぇって、その仕事は超一流の賞金稼ぎ、『シヴァ使い』の俺に任せな!
 わざわざ死人を出すことはねぇって」
 俺は自信満々な口調で言った。
 いや、これはマジな話である。そんなバケモンみたいなスザクを倒すには、普通のスザクを楽に倒せる程の実力が無ければまず不可能だ。
 俺もルナがいない時は、まずこの仕事をやろうとは思わなかっただろう。なにせ俺の最大の武器であるシヴァ砲ではスザクは倒せないんだから。
 まぁ別の方法を使って倒せないとは言わないが、普通のスザクにも苦戦していたからね。
 今の説明だけ聞けば、この仕事はおまえじゃ無理だろ!と言いたい人もいるかと思うが、それはこの前までの話。
 ルナが冷気魔法を使える今、スザクなど楽に倒せるから安心せい。
「その点なら大丈夫ですよ」
 俺の説得を聞いてマスターも考え方を変えるかと思ったが、予想に反して笑顔で言った。
「仕事を受けた賞金稼ぎは何とあの『幻術師』なんですよ!」
「幻術師……?
 ふーん……難しい名前だね。どんな人なの?」
ルナが首を傾げて言う。
「俺も実際に会ったことがないから詳しいことは知らないが……、1年前あたりからだっけか?
 『幻術師』として名をあげている女賞金稼ぎだ。そいつは何でもその名前の通り幻術が使えるらしいぞ」
「幻術って?」
 ルナのお決まりの質問攻撃。
「まぁ簡単に言えば魔法みたいなもんかな?」
「え?魔法?じゃあルナと同じ魔女なの?」
 ルナが目を輝かせて言う。
「ふぅむ……ありえるかもしれないな」
 そういえばそうだ。
 俺は最初に幻術師の名を聞いたときには、トリックを使うただの手品師もどきだと思い込んでいた。
 しかし、魔女という存在を知った今、そうとも限らないと思える。
 確かめる価値はありそうだな。
「マスター。幻術師が仕事を受けたのはついさっきと言ってたよな?」
「はい、そうですよ」
 現在、時刻は夜7時。辺りもいい加減暗くなっている。多分幻術師は仕事は明日に回して、どこかの宿にいるはずだ。
 探してみるか……。
 俺がこう思ったのは、そいつがルナと同じ魔女である可能性があるため。
 もし魔女だった場合、ルナの家の手がかりが掴めるかもしれないからな。もし身内かなんかだったら、ルナを無理矢理押しつけて俺は晴れて自由の身!
 わぁい、やったぁ!ってことになる。
 そうと決まれば善は急げ。俺達は幻術師の情報を集めることにした。


「幻術師様ですか? 確かにこの宿に泊まっていらっしゃいますよ」
 俺達はやっと幻術師の泊まっている、と言う宿屋を見つけることに成功したのだ。はて?俺は宿屋の主人のその言葉を聞いてふと疑問を覚えた。
「なぁ、幻術師って名前で宿屋に登録してるのか?」
「いいえ、まさか」
 主人は笑顔で答える。
 そうだよねーやっぱり。いやぁ、俺がこう思ったのは他でもない、幻術師の本名がわからないからだ。
「ねぇ和臣、じゃあ幻術師って人は、あだ名で宿屋に登録してるの?」
「………………」
 俺は言葉を失った。
「おまえなぁ……どこに幻術師って名前をつける親がいるんだよ?
 それに俺がもしそんな名前付けられたら自殺を考えてるぞ?
 まぁ偽名を使うってのはよくあるけど」
 俺はトホホといった感じでルナに言った。
「んで、その幻術師は?」
「近くの酒場に向かわれたみたいですよ」
 その言葉を聞いた俺は、宿屋の登録を済ませてから、さっそくその酒場に向かった。


 その酒場に客は1人しかいなかった。よっぽど繁盛していないらしい。
 まぁ今はそんなこと関係ないか。
 その客は女性客で、店のカウンターにひっそりと座っていた。格好からしておそらく噂の幻術師。
 紫のマントで身を包んでいて、中にはギリギリまで軽量化されたレザーアーマーを着込んでいる。腰にさしてあるのはレイピア。おそらくそれが武器だろうな。
 そして特筆すべきはその顔立ち。すれ違ったら思わず振り返ってしまうような整った顔立ちで、しかもルナがどんなに頑張っても出せない大人の色香を漂わせている。
 だがしかし、ヘヤースタイルにはあまり気を使っていないのか、いかにも安そうなピンクのリボンで長い髪を束ねている。
 外のアクセサリーはそこそこ値の張るもにだ。だからこそこのピンクのリボンは不自然だ。
 まぁ、それを差し引いてもすごい美人には変わりない。
「いらっしゃいませ」
 バーテンが俺達に一礼して言った。
 幻術師はそれを気にせずにウイスキーを一口やっている。
 俺はカウンターではなく、店の隅のテーブルに腰をかけた。
「ねぇ和臣。声かけないの?」
「かけるさ。じゃあルナここでおとなしく座ってろよ」
 俺はそう言って席を立つ。
「なんで?」
「なんでも」
 理由は簡単。ルナがいると話がややこしくなるからだ。まぁルナが相手を知っているとかだったら話は別だが、それ以外の時は邪魔なことこの上ない。
「……わかった」
 ルナは不満そうに頬をふくらませた。
 さてと……。
 俺はゆっくりと幻術師であろう人物に歩み寄る。そいつはそれに気付いているようだが、まったく気にせず、平然とウイスキーのグラスを口に運んだ。
「おまえが噂の幻術師か?」
「だったら?」
 そいつは視線をこちらに向けずに落ち着いた口調言う。
「ちょっと聞きたいことがあるんでな」
「……そうね……世間ではそう呼ばれているわ」
 幻術師は相変わらず視線をこっちに向けずに言う。
「そうか。俺は世間では『シヴァ使い』と呼ばれているもんだが……」
「えっ!?」
 幻術師はさっきとはうって変わって慌てたようにそう言って、マントが翻るぐらいの勢いで、俺の方に顔を向けた。
 な、何だ? こいつも有名な賞金稼ぎのはずだ。まさか『シヴァ使い』の名前だけで驚くとは思えないが……。
「……………………」
 幻術師は目を見開いて俺を見つめている。その表情は驚きと喜びが混ざりあっていると表現するのが的確であろうか?
 ……もしやこいつ俺のファンとか?
 あ、取り敢えずなんか話さなきゃ。
「しっかし、驚いたぜ……かの有名な幻術師がこんな美人とはな」
 とりあえずお世辞なんか言ってみる。
「へ?」
 幻術師は気の抜けた声と気の抜けた表情でそう言う。
 な、何だこいつは? さっきから予想外の反応ばっかりしやがる。
「俺の名前は黒崎和臣。
 おまえは? まさか幻術師が本名なんてことはないだろ?」
 俺は気をとり直して言う。
「……も、もしかしてわからないの?」
 幻術師はしばらくしてそう呟く。
 ???

 まったくもって理解不可能? なんだコイツは?
「わ、わからないから聞いてるんだけど……」
 俺は困った口調で言った。
「………………」
 幻術師は俺のその言葉を聞くと、下を向いて黙り込んでしまった。まさか俺の知り合いとか?
 でも俺の知り合いにはこんな美人いなかったし……だいたい顔を覚えてる女なんてエリスくらいなもんだ。
 昔のクラスメイトとか言われてもあんまり深く付き合ったことなんかないから全然わかんないしなぁ……。
 こいつは困った。
「……本当に……わからないのね?」
「ああ……」
 俺は頷いて言う。
 すると幻術師はゆっくりと顔をあげた。
 その顔は明らかに怒りに満ちている。
「あなたバカじゃないの? そうやすやすと本名なんて教えるわけないじゃないの?
 あなたみたいに自分の名前を堂々とひけらかして力一杯自慢するタイプじゃないのよ私は!」
 ムカァ!!
「何だとこのやろぉ!?
 自慢して何が悪い!? 実力が伴ってればいいだよ!!」
 俺が怒鳴って言い返す。
「へぇ……実力が伴ってるねぇ……。スザク退治の仕事は受けないってもっぱらの噂よ?
 そうよねぇ……あなたのその『シヴァ砲』だったかしら?
 その武器じゃ倒せないものねぇ?」
 幻術師はこれでもかぁ!と言うほどムカつく口調で言った。
 だが、甘い!
「バァァァカ!
 何億万前の話をしてんだよ。今の俺はスザクなんて屁のカスだ!」
「まぁ、口ではなんとでも言えるわね……」
 幻術師は俺の言葉を軽く受け流して言う。
 ムカツクやっちゃなぁ……。
「そういうおまえは何なんだ?
 幻術を使うってもっぱらな噂だけど本当に使えるのか?それより前にそんな得体の知れないもんで魔獣退治ができるのかねぇ?」
「幻術? 私はそんな物は使わないわよ?
 それは私の戦いを見てた人が勝手に流した噂よ。まぁ見方によっては幻術と言えるかもしれないけど……。それより前にあなた『幻術』なんて非現実的な物を本当に信じてたの?
 知らなかったわぁ、シヴァ使いってロマンチストなのねぇ?」
 ムカムカムカァ!
「ほぉ、じゃあどういう戦い方をすんだよ?」
「秘密に決まってるじゃないの」
 この……口の減らない……。
「……さっきから秘密だとかどうとか言ってるけど、単に噂は全部デタラメで実際は何にもできねぇんじゃねぇのか?」
「何ですって!?
 だったら見せてあげるわよ! 私の実力を!!」
 幻術師はそう言うと椅子から立ち上がりレイピアに手をかけた。
 へぇ、イイ度胸じゃねぇか!
「見せてもらおうじゃねぇかよ、実力ってやつを! 本当にあればの話だけどな!?」
 俺はそう言って背中に背負っているゲンブの剣に手をかける。
「お、お客さん困ります!」
 俺と幻術師はバーテンの言葉を無視して間合いをジリジリとつめる。
「ケンカはダメェ!」
 突然店内に幼い女の声が響く。
 俺も幻術師もその声のせいで緊張感を失い力が抜けた。
 この声の主は言わなくてもわかるだろう。
「いきなりなんだよルナ……」
「ケンカはダメだよ!
 一度ケンカを始めるとお互いに憎しみばかり大きくなって、最後には血で血を洗うような戦いになるってママが言ってたもん」
 でたぁ! ルナのママが言ってたもん攻撃!
 それにしても毎度毎度だけど……とんでもねぇこと教えるなぁ……。さすが魔女の母親!
「何よこの子?」
 幻術師が困ったように言う。
「私ルナ!」
 ルナは元気に自己紹介をする。
「ああ、ど、どうも……」
 幻術師はどう対応すればいいのかわからないようで、しどろもどろになっている。おお、困っとる困っとる。
「ケンカはダメだよぉ!」
「は、はい……ごめんなさいね……」
 プッ! 言い負かされてやんの。
「と、ところでこの子はあなたの何なのよ?」
「え?」
 俺は幻術師の質問をすぐに返答できなかった。
 ……はて? ルナは俺の何なんだ?
 う゛ーむ……。
「ルナと和臣は一緒に旅をしてるんだよ」
 おおっ! それだ!
「そう、俺とルナは一緒に旅をしている仲間だ」
「一緒に旅をしてるですってぇぇぇぇ!?」
 幻術師は俺の言葉を聞くとかん高い声をあげる。女がヒステリーを起こした時のそれだ。
「どうしたんだよいきなり?」
「どうしたもこうしたもないわよ!
 何? 何でよ? 何でそんな子と一緒に旅をしてるのよ!?
 あなたまさか……もしかして……ロリコンなの?」
 言うてはならんことをぉぉぉ!
「何だとてめぇぇぇぇ!
 てめぇこそいい歳こいて子供のするようなピンクのリボンなんてつけてんじゃねぇよ!」
「な、な、何ですってぇぇぇぇぇぇ!?
 ああそう! わかったわよ! もうこんなの! もう二度と! 金輪際! 死んで生まれ変わってもつけないわよ!!」
 幻術師はそう怒鳴ってリボンをとり、バタバタと音をたてて酒場を出ていった。
 ふっ……勝った!
「ねぇ、和臣……あのお姉ちゃんの怒り方普通じゃなかったよ……」
「え?ま、まぁ確かにな……。
 でも先にケンカを売ってきたのはあっちだし……」
 俺はルナの一言でちょっぴし弱気になってしまった。
「それに……あのお姉ちゃん……泣いてたよ?」
「え゛?」
 泣いてた?
 ……う、ざ、罪悪感が……。
「お客さん……」
 不意にバーテンが俺に声をかける。
「ん? ああ騒いで悪かったな……」
「いえ……そういうことじゃなくて……、さっきのお客さんお勘定済ませてないんですよ」
 なに?
「お客さまさっきの方と知り合いですよね?
 できればお勘定をお支払いただきたいのですが……」
 俺の心の中の罪悪感は消滅し、怒りの感情が込み上げてきた。


「グワァァァァオ!」
 その雄叫びを聞いたのは、幻術師にさっきの酒場の勘定を思い切り利子つけて返してもらおうと思い、勇んで宿屋へ入ろうとしていたその瞬間だった。
 俺は慌てて雄叫びの方に目をやる。
 既に暗くなったはずの空が赤く光っている。
 ……スザク!? 例のスザクか?
 まずい、このままじゃ町に大きな被害が!
「いくぞルナ!」
 俺はスザクの剣を装備し、スザクのもとへ走る。
「うん!」
 ルナも俺の後を追って走り始めたその時。
「あなたたちは行く必要はないわ!」
 俺たちを女の声が呼び止める。その声に俺は聞き覚えがあった。
 そう、声をかけてきたのは他でもない、幻術師である。
 俺に言われたからだろうかピンクのリボンははずしており、代わりにゴムで髪をまとめてある。
「依頼を受けたのは私よ! あなたたちは大人しく待ってなさい!」
 幻術師は俺たちと並んで走りながらそう言う。
「おまえだけに任せられるか! もしおまえがしとめられなかったら町に大きな被害が出るんだぞ!?」
「フン……。まぁ、いいわ……。
 そのかわり私がやられるまで手出しはしないでよ?
 ……仕事を手伝ったとか言って依頼料の何パーセントか要求されたらかなわないわ」
「はん! 安心しろ!
 おまえの仕事なんて手伝う気なんて微塵もねぇ!」
「そう、……私の実力を見てもらえそうね……」
 そう言って幻術師は不敵な笑いを浮かべた。
「あ!スザクが着地しちゃったよぉ!」
「何!?」
 俺はルナの言葉を聞いてスザクの方に視線をやる。マジだ……しかもファイアブレス吐こうとしてるぞ?
 こいつはやばいとシヴァ砲を構えたその時!
 ビシュッ!
 空気を切り裂く音とともに一本の矢がスザクに向かって放たれた。
 俺はハッとして幻術師の方に目をやる。
 幻術師は走りながらボウガンに矢を込めていた。こいつの武器はボウガン!?
 しかし……こいつはバカか? ボウガンの矢なんてスザクに放ったってどうしようもねぇ!
 いや、スザクのクチバシで造った矢ならダメージを与えられるかもしれないが……、見たかぎり普通の矢だ。
 ん?
 いや……違う!
 普通の矢の方がまだマシだ!
 コイツのボウガンに込められているのは木の矢! しかもその先端には、矢に絶対不可欠の刃がついておらず、布でできている袋のような物がついている。
 その中に重りが入っていたからだろうか、飛距離とスピードに問題はなかったが、こんな物はスザクのまとってる炎で一瞬で燃え尽きちまう!
 スザクもそれがわかっているらしく、その矢を避けようともせずファイアブレスのために大きく息を吸っている!
「何!?」
 俺は思わず声をあげる。
 スザクがいきなり倒れこんだのだ。あの矢をくらって!
「……何をしたんだ!?」
 スザクを呆然と見つめてしまう俺。
「さぁてね」
 まさかあれか幻術?
 幻術師は俺の問いに答えずゆっくりとスザクに近付く。そしてスザクの炎の熱を受けない程度まで歩み寄ると腰のレイピアを手に持った。
 見たところあれはスザクのクチバシ製。幻術師はレイピアを大きく降りかぶると、スザクに向かって投げ付けた。
 ズッブッシュ!
 鈍い音ともにレイピアはスザクの心臓部に深々と突きささる。
 その直後、スザクのまとっていた炎が消え去り、スザクは真っ白な大きな鳥となった。
「どう? 私の実力は?」
 幻術師はスザクに刺さっているレイピアを引抜きながら言った。
「……確かに……たいしたもんだな」
 俺はそう言わざるをえなかった。例のあの不可思議な矢を使うからだけではない。
 ボウガンでの射撃の正確さは非凡としかいいようがない。
 あの距離で当てるのは結構難しいのだ。ボウガンの矢はシヴァ砲と違って真っすぐに飛ばない。だから軌道計算をしなければならないのだ。これがかなり難しく、熟練者でないと瞬時に軌道計算をして矢を放てないのだ。
 それにもう一つ。
 レイピアを投げたときのあの鋭さだ。剣を投げて敵に突き刺すのはかなり困難だ。実際やってみればわかる。
 力の入れ方がこの上なく難しいのだ。それなのにこいつは、レイピアをかなり深く突き刺している。
 こいつの実力はこの俺様、『シヴァ使い』並だ。
 騒がれるのも頷けるな。
「すごぉい! お姉ちゃん!
 ねぇあのスザク、お姉ちゃんの矢を受けて寝ちゃったけど何したのぉ?」
 ルナが幻術師に尊敬の眼差しを送って騒ぎだす。幻術師はルナが苦手らしく混乱していた。
 ふむ……利用したるかな。
「ルナ! このお姉ちゃんは意地悪だから教えてくれないぞー!
 なんでもかんでも秘密にするんだ」
「えー!? そうなの!?
 お姉ちゃん意地悪なの?」
「え、あのぉえーと……そ、そんな事はないわよ」
 おーし、困ってる困ってる!
「じゃあ教えてよぉ! どうやってスザクを眠らせたのぉ?」
「そ、それよりアナタ」
「わたしルナだよ!」
「じゃあルナちゃん……」
「ちゃんづけはヤダ!ルナって呼んでよ!」
「は、はい……」
 おー! ルナ偉いぞ!
 幻術師が困ってること困ってること!
 フフフ! ざまぁみろ!
「で、何? お姉ちゃん、ルナに聞きたいことがあったんじゃないの?」
「ルナはどうしてスザクが眠ってるって事がわかったの?」
 へ?
 そ、そういやぁ……幻術師をどうにかして困らせようとするので精一杯だったから気が付かんかった。
 そうだよな、麻痺させたのかもしれないし気絶させたのかもしれない。
 それなのに何でルナは一発で眠らせたとわかったんだ?
「え? 寝てるみたいに見えたからだよ」
 コケッ!
 ルナのボケに慣れてない幻術師はズッコケた。
 ハッハッハ! 修業が足りないぞ幻術師!
 俺なんてもう、こういうボケには免疫がついているのだ!
 ……虚しい。
「いやぁお見事ですね幻術師さん!」
 突然出てきた男が幻術師に声をかける。あいつは仕事屋のマスターか?
「どうしたのよ、こんな所まできて?
 依頼料の400万リクンは町長の所へ行って貰うことになってるから、あなたがくることないんじゃないの?」
「よよ、400万リクン!?」
 俺は心の底から驚いて言う。
 まさかそんな破格の報酬だったとは!
 とんでもないスザクだから相場の倍くらいかと思ったが4倍だと?
 ちくしょういいなぁこんちくしょう!
 ああ! この程度のスザクだったら俺とルナの連係攻撃で楽に倒せたのに!
 悔しいぃぃぃ!
「いえ、幻術師さん。そうじゃないんですよ。
 あのスザクじゃないんです」
「へ?」
 幻術師がマヌケな声を出す。
「あ、あのスザクじゃないってどういうこと?」
 続けて幻術師が言う。
「はい、あのスザクは例のスザクが山にきたことから、自分の縄張りを失って、食料を求めて町に降りてきただけの普通のスザクのようです」
「ええぇー!? そんな……」
 幻術師は大声でそう言うと、へたりと膝をついてしまった。
 そういえば他のスザクとなんら変わりなかったよなぁ……。
 わーい!
 幻術師のやろう大ボケかましてやんの!
「幻術師さん! 安心してください! 依頼料はあります。
 スザクが出没した時に町長から依頼がありまして。依頼料は100万リクン。私はそれを渡しにきた訳でして」
 仕事屋のマスターは100万リクンを幻術師に手渡す。
「はぁ……よかった……」
 幻術師は大きくため息をついてそれを受け取った。
「じゃあ、例のスザクの件もよろしくお願いしますよ」
 仕事屋のマスターはそう行って一礼すると去っていった。
 ん? ちょっと待てよ……?
 幻術師のやろう、今100万リクンも貰っといてこの後400万リクンも貰うのかぁ!?
 許せん! 断じて許せん!
 何とかして阻止せねば!
「おい幻術師、おまえの実力しかと見せてもらったぜ。たいしたもんだ。
 噂は嘘じゃなかったみたいだな」
「そう?」
 幻術師は100万リクンを懐にしまいながら言った。
「それでだ、そっちの実力を見せてもらったんだから、こっちも見せないと失礼だよな」
「ふーん……それで?」
 あ、冷たい。
 しかし、俺は負けん!
「それでだ。おまえは今日のことで疲れてるだろうし、例のスザクの件は俺に任せてみないか?」
「……………………」
 幻術師が黙ってこっちを見てくる。
「何だかんだ言って破格の報酬が目的なんじゃないの?」
「う゛……」
 ちぃ、読まれた。
「そうねー……まぁ、やらせてあげてもいいけど……ただじゃあねぇ……」
 まさかとんでもねぇこと要求するんじゃねぇだろうな?
「そうだ!
 明日までに私の幻術の正体を見破ったら、この仕事を譲ってあげるわ」
「何だそんなことでいいのか?」
 いやぁ幻術師って案外イイ奴だな。
 もし俺だったら依頼料50%よこせとか、1ヵ月間パシリになれとか言うのになぁ。
「あーらそんなこと言ってもいいのかしら? ヒントはあげないわよ?」
「へん! なめんなよ?
 俺はあのミカエル学園高等部を首席で卒業してるんだぜ?
 今日の戦い方をしっかり見てるんだから、答えを出すなんて簡単だぜ!」
「高等部?ミカエル学園は大学までエスカレーター式でしょう?どうして大学を卒業してないのかしらぁ?」
 う!
 痛いところついてくるなぁこやつ。
「そ、そんなことはどうでもいいだろうが!
 じゃあ明日までに幻術の正体をあばいて見せるからな!
 約束忘れんなよ! じゃあな!」
 俺は長居するのは得策ではないと判断して宿に戻ることにした。
「和臣! お姉ちゃんと同じの宿なんだから一緒に帰ろうよ」
 ルナ、よけいな事を……。
「いいか、賞金稼ぎにとって他の賞金稼ぎは全員敵なんだよ、仲良くする必要なんてない!」
 俺は我ながら無茶苦茶な事を言った。
「そうなの?」
 俺はルナの言葉を無視して宿に戻る足を早める。
「あーん! 待ってよ和臣ぃ!」
 ルナは慌てて俺の後についてきた。
 それにしても幻術の正体か……。軽く言っちまったが結構難しい問題かもしらん。
 刃の無い矢でスザクを眠らせるなんて今のところ検討がつかない。
 ……まぁ宿屋でじっくり考えっとするかな。


 と、言うところで次回へ続いたりする。


第3章 ご機嫌ななめということで 前編 完

次章予告


 ひっく……ひっく……びぇぇぇぇぇぇぇん!ルナ、ルナ……今回出番少なぁぁぁぁい!びぇぇぇぇぇぇぇぇん!もう怒ったもん!今回の次章予告は3ページくらい喋っちゃうもんだ!あのねぇあのねぇルナねぇ!

〜ルナの長話しは資源のムダのためカットいたします〜

 あー!ヒドォイ!作者までルナのこといぢめるぅぅぅぅぅぅぅ!いいもん!いいもーんだ!次の章で暴れちゃうもん!いきなり魔法を使っちゃうもん!ずっとモーニングランチ食べ続けちゃうもん!ずぅっと泣き続けちゃうもん!

〜物語がムチャクチャになりそうなので次章はルナの出番無し〜

 あーん!ゴメンなさい作者様ぁ!お願いだからルナを出してぇ……どうでもいいから早く次章の題名言えって?そうしたらルナを出してくれる?本当ぉ?ワーイ!それじゃあ次章魔女の飼い方、『ご機嫌ななめということで 後編』を、みんなで見よぉぉぉぉ!

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