第2章 名残惜しいということで


 俺の名前は黒崎和臣。
 とりあえず俺の自慢話を聞いてもらおう。
 俺はジャン国のミカエル学校高等部、理系科首席の男である。
 ジャン国と言うのは別名学問の島国。そこにはシャロン最大の学校がある。
 それこそが俺の卒業したミカエル学校で、そこは講師、設備、どれをとってもシャロンいち!
 そのため学力の高い方々がここに留学してくるのは言うまでもない。そこで首席と言うのはどういうものか考えてほしい。世界一といっても過言じゃないってことだ。
 ハッハッハッハッ!
 どうだまいったか!
 そして俺はそのたぐいまれなる知能を利用して、冒険家兼賞金稼ぎという職業をしている。これはミカエル学園首席の知能だけでなく、素晴らしい戦闘センスとそれに担う運動能力があってこそできるのだ。
 
……それが何やかんやで色々あって、どんな因果かわからんけれど、捨て魔女を拾ってしばらく一緒に旅をすることになってしまった。
 魔女といってもすぐ泣くわ、世間知らずだわ、童顔だわ、色気はないわと一緒にいる気がおきやしないとんでもないヤツで、もう勘弁してほしい。

 はぁ……。


 俺はポウロ大陸にある小さな 町、トサミの町長の家にいる。
 今日この町で、スザクというシャロン四大魔獣の退治というとんでもない仕事をした。まぁこの仕事はこの魔女のおかげこなせたのだが。
 ここまで聞くとこの事件がきっかけで魔女と一緒に旅をすることになったと思う人は多いと思う。
 俺としてはそう思ってほしい。飯屋でその魔女の代金の肩代わりをした事がきっかけとは言いたくない。情けないから……。
 さてさてそんな俺が今、何をしているかと言うと、町長の家の空き部屋に敷かれた布団の上に寝転がっている。町長に勧められて一晩泊めてもらうことになったのだ。
 宿代が浮いてラッキーとか思ってお言葉に甘えたのだが……。
「ねぇねぇねぇねぇ!」
 このバカみたいに明るい声で話かけてきたのが問題の魔女、名前はルナである。
 町長の家に空き部屋はここしかないと言う訳で、一緒の部屋で寝ることになってしまったのだ。しかもベットじゃなく布団を2組敷いてどうぞごゆっくりお休みくださいだと……。
 男女が同じ部屋に寝るなんて……と思ってる人もいるかと思うが安心してほしい。いきなり俺の理性がとび、ルナに手を出すと言う事はまず無い。
 いや、絶対無い。
 はっきり言ってルナは対象外だ。ルナの歳は16歳と言う話だが、体と頭は12歳前後、こいつに手を出す男は、ロリコンと呼ばれる一部のマニアックな方々だけだ。俺にロリコンの気は無い。
「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!」
「何だよ……」
 寝たふりが効かないとわかり、俺はしかたなく返事をした。
「そう言えばルナ、お兄ちゃんの名前聞いてなかったよね!
 なんて言うの?」
「世間のみんなは俺のことをシヴァ使いって呼ぶぜ」
 シヴァ使い、そう呼ばれている理由は俺の武器にある。
 俺の武器はシヴァと言うスザクのファイアブレスを凌ぐ威力を持った、火薬のような植物を使った武器。そしてその武器の名前をシヴァ砲というのだ。
 シヴァ砲を使う者として名が売れ、いつの間にか「シヴァ使い」と呼ばれるようになった。
「シヴァ使い? 変な名前だね。使いが名字なの?」
 今のでルナがどういうヤツかわかってもらえただろうか?
 魔女だからかどうかは知らないが、常識と言うものが全然無い。普通に会話ができないのだ。
 ついでに言うと、世間の常識ではシヴァ使いの名を出しただけで大抵の人間は驚く。それだけ俺は有名な冒険家兼賞金稼ぎなのだ。
「あだなだよ、あだな」
 俺はルナに言った。
「あだな?ああ、それならルナもあるよ。ルナは友達にキャピルンて呼ばれてたの!」
 ……ぴったりのような気もするが由来は何なんだろう?
「ルナの名字がキャヒルムって言うんだけど、キャピルンの方がルナにあってるって言われるんだ」
 俺はそのあだなをつけたルナの友達に拍手をした。
「それよりもあだなじゃなくてちゃんとしたお兄ちゃんの名前教えてよう!」
ルナがわめくように言う。
「黒崎和臣だ」
「くろさき? くろさきが名前?」
 質問に継ぐ質問。
「違う、俺はジャンの国に住んでるからみょうじが先なんだよ。それにジャンの文字を使う」
「ジャンの文字ってなに?」
 しかし、ここで投げ出すと泣き出しかねない。
 俺はとことんつきあってやることにした。明かりをつけ、部屋にあったメモ帳のようなものにジャンの文字で名前を書いてる。
「……これでくろさきかずおみって読むの?」
「そう、ジャンの文字は世界共通文字……普通の文字に比べて難しいだろ」
 俺は世界共通文字と言う言葉をルナが理解できないと判断して言いかえる。
「うん、でもルナもともと普通の文字も読めないから」
 ……おい!今は12歳くらいの子供でも文字は読めるぞ……さすがは魔女だ。
「そうか、お兄ちゃん和臣って言うのかぁ」
「ああ……」
 とりあえずこれで満足したか?
「ねぇねぇ和臣!もっとジャンのお話聞かせて。」
 ……………………。
 おいおいおい。
 冗談じゃないぞ? 俺は今日の戦いで結構疲れているのだ。
「ねぇ和臣ってばぁ!」
「おい! 明日は早く起きるんだぞ! ちゃんと起きれるのか!?」
 甘やかすと付け上がるようなので一喝。
「…………」
 ふぅ……黙ったか。
「ひっく……」
 ……おいまさか……勘弁しろよ?
「ひっく……」
「お、おいルナ! 泣くなよ!? おおい!」
 俺は慌てて言った。
「え?しゃっくりが出ただけだよ?」
「…………」
 一回殺したろかコイツ。
「何してんの?」
 ハッ!俺はルナに言われて自分のしていたことに気が付いた。俺は荷物の中からシヴァ砲を取り出そうとしていたのだ。
 フゥ……危ない危ない。
 もうすぐで殺人犯になるところだった。
 ……相当ストレスたまってんだなぁ俺……。
「和臣?」
「何でもねぇよ、ほら寝ようぜ」
「うん」
 あれ? あっさりだな。
 でもやっと寝られる。俺は布団に入って目を閉じた。
「おやすみ和臣」
「はいはいおやすみ……」
 はぁ……明日からこいつと旅すんのか……地獄だ。

「ねぇねぇねぇ和臣!」
「はいはいはい」
 俺たちは今、トサミを出て最寄りの町のドウゲンに向かっている。
「ドウゲンってどんな町?」
「ポウロ大陸の中で2番目に大きな町で伝統工芸が有名だ。
 特にこの町は綿花が盛んだからぬいぐるみを特産物としている」
 俺はガイドか?
「ぬいぐるみって?」
「え? 知らないのか?
 ぬいぐるみだぞ?」
「うん」
 へぇ……こりゃ驚き……女の子でぬいぐるみを嫌いなヤツはいないというくらいの世界的人気商品を知らないなんてなぁ……。
 魔女っていうのはどういうところでどんな生活してるんだ?
 メチャクチャ世間知らずだし。字も書けないときたもんだ。
「なぁルナ……おまえの住んでた所ってどんな感じだ?」
 俺は結構気になったので聞いてみた。
「え? ルナの住んでた場所?
 うーんとねぇ、お家は前の町みたいに多くなかった」
「どのくらいだったんだ?」
 小さな村か?
「8つ」
「や、8つぅ!?」
 俺は耳を疑った。
 家が8軒? 集落じゃないんだぞ?
「人は何人くらい住んでるんだ?」
「えーと……ケンじぃの家が6人で……キャスリンおねぇの家は3人でぇ……えーとえーと……」
 ……聞いた俺がバカだった。こいつ引き算もろくにできないんだったよなぁ……。
 まぁ聞いたところ一つの家に約5人の平均だから、40人くらいだな。
 40人っていうと、俺がミカエル学園にいた頃のクラスメイトの人数より少ないじゃねぇか……。
「で、ルナ。ルナの住んでた所の近くには町かなんかあったのか?」
「ううん! 森だけしかないよ。」
 ふむ、ルナはそんな狭い環境で育ってきたのか。なら世間知らずなのも頷けるな。
「ねぇねぇねぇ和臣! ドウゲンはどのくらい広いの?」
「前の町の3倍以上はあるかな?」
「すごーい!」
 ふむ、こういうふうに何でもかんでも質問してくるのは、極端に狭い範囲で暮らしてきたのに、いきなり広い世界を見たからなんだろう。
 俺にもこういう経験がある。
 俺が初めてジャンを出た時は、ルナのようにその場所がどういう所かをものすごく知りたくなった。ジャンはシャロンの中でも国土が狭く、島国だ。だから、そこに生まれてからずっと住んでいるとその国だけが自分の知っている世界になってしまうことが多い。そこから幾つもの国が存在する大陸に出ると、世界がものすごく広いものに感じられて興奮してしまう。
 そこには自分の知らない物がたくさんある。そう思うとそれを何もかも知りたくなってしまうのだ。
 ましてやルナは俺を遥かに越える狭い環境で過ごしてきた。こういうふうになるのは当然か?
「ねぇねぇ和臣!」
「どうした?」
 そう思うと、何だか昔の自分を見ているようで結構かわいく思えてしまう。俺はさっきとはうって変わって優しい声で言った。
「ルナお腹すいたぁ!」
 ……コイツは……。
「ねぇ!」
「さっき弁当食ったばっかりだろうが!」
 こいつは甘やかすとつけあがるタイプ違いない。
 再び俺は口調をきつめにする。
「でもたくさん歩いたからお腹すいたよー!」
「歩いたって言ったってたかだか3時間だろうが!」
 女の子が3時間も歩けばそりゃ疲れるだろうとかいうツッコミはなしね。自分の意志で着いて来たんだからさ。
「ルナこんなに歩いたの初めてだよぅ、すごい足痛いしお腹すいたー!」
「だぁぁぁ! うるせぇ!
 もうすぐ町に着くからもうすこし我慢しろ!」
 苛立って来た俺はなんとか話の決着をつけようと、そう怒鳴る。
 ゴールが見えれば、少しは落ち着くだろう。 
「……あとどのくらいなの?」
「2時間ぐらいだ」
 言ってすぐに後悔する。
 ここはばか正直に答えるところじゃ無かった。
「ええぇぇえぇ!?
 やだやだそんなのやだー!」
 3時間でブーブー言うんだから、これは簡単に予想できる結果だ。
 なんでも正確に物事を捉え、伝えたいという俺の信条がアダとなったようだ。
「ルナそんなに歩けないよー! 足が死んじゃうほど痛いんだもぉん!」
 魔女はそう言ってペタンと地面に座り込んだ。
 なんつうわがままなやろうだ。
「もう置いていくぞ!」
 俺はルナの方を振り向きもせずに歩きだした。
 これ以上つきあってられっか!
 それにこういう時は甘やかしてはいけない。ほっといた方がルナのためになるのだ。
 え? 本当はただめんどくさいからほっとくだけだって?
 ピンポンピンポーン!
 大当たりー!
「……ひっく」
 俺はルナのこの声を聞いて血の気がサーッと引いた。
 ま、まさか……。
「びぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
 やっぱりぃぃ!!
 俺は女の子の泣き声には死ぬほど弱い。
「びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
 うわぁぁぁ!
 特にルナの泣き声は、耳元で思い切りシンバルを鳴らされた音に匹敵するほど強力なのだ。
「わぁぁぁぁぁ!
 泣くな泣くな泣くなぁぁぁ!!」
 俺は慌ててルナに駆け寄る。
「ルナもう歩けないもん……絶対歩けないもん……びぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
「どわぁぁぁ!
 泣くな歩けないんなら俺がおぶってってやるから!
 な? な?」
 もう背に腹は変えられない。俺は思いつく限りの言葉で必死にルナをなだめた。
「……本当? 本当におんぶしてくれる?」
「ああ、してやる!
 だから泣くな。」
 俺は首を上下に何回も振った。
「ワーイ! おんぶだおんだぁ!」
 と、止まってくれた。
 殺人兵器停止により安堵の息が漏れるが、それはすぐにため息に変わった。
 はぁぁぁ……疲れる。
 俺は言ったことを引っ込めるわけにもいかず、仕方なくルナをおぶって2時間歩き続けた。

「わぁ本当に大きい! すごーいすごーーい!」
 ルナが俺におぶさりながらはしゃぐ。
 俺はうざったいと思いながらも少し嬉しかった。
 ……ルナが動くたびに背中に胸の感触が……こいつ見た目より結構。
 ……だぁぁぁ!
 何を考えてるんだ俺はぁ!
「ほら、もう着いたんだから降りろ!」
 俺は自分の心に現れた一瞬の危ない考えを打ち消すために怒鳴って言った。
「うん。」
 ルナは素直に俺から降りて俺の前に回りこんで笑顔を向けた。
「おぶってくれてありがどう和臣。」
 ……う。
「どうしたの?和臣顔赤いよ?」
 顔が赤くなっていたのは自分でも気付いていた。
 しかしそれを認めたくなかった。なぜなら、それはルナをかわいいと思ったという証拠だからだ。
「な、何でもねぇよ。」
 俺はルナから顔をそらして言った。
「ねぇねぇ和臣、ごはんごはん!」
「ああ、そうだったな……。」
 俺は頭をかきながら近くのレストランへ向かった。
 どうしたんだ俺は?
 まさか俺はロリコンなのか!?
 いやまさかな……きっと、超音波をくらいすぎて頭がおかしくなってるんだな。
 うん。
 そうだ、そうに違いない。俺は自分にそう言い聞かせてレストランに入った。


 ……俺は茫然とした。何にってルナの食欲にだ。
「おかわりぃ!」
 ルナは元気よく言った。一緒にいる俺は恥ずかしいことこの上ない。なんとルナはお子さまランチを7人前食べているのだ。
「おかわりぃ!」
 あ、8人前。俺は恥ずかしくなってバンダナを目のあたりまで下げた。
 よりによってお子さまランチとは……まぁ安いからいいんだけどね。10人前食べても9500リクン。前みたいにゲンブのフルコースを食べられたらたまったもんじゃないからな。
「おかわりぃ!」
あ、9人前。よく飽きないなぁ。
「……なぁルナ、そんなにうまいか?」
 この店は決してまずくはないが驚くほどうまくもない。だからここの店のお子さまランチがそんなにうまいとは思えない。
 内容だってハンバーグにエビフライ、スパゲティにチキンライス。デザートはプリンとごく普通だ。
「うん! ごはんに旗が刺さっててかわいいし!」
 この旗とはもちろん国旗!
 万国共通なのかこれは?
 まぁ別にいいんだけどさ。
「ふぅ……お腹いっぱい!」
 ルナはお子さまランチ9人前を食べ尽くすと満足そうに言った。満足するよなぁそりゃあ……。
「じゃ、そろそろ行くか?」
 俺は席を立とうとした。
「どこ行くの?」
 ルナが言う。
 ……こいつよく見ると口のまわりにいっぱいケチャップをつけてるな。
 ほんっと子供みたいだ。
「仕事探し」
「仕事探し? ああ、賞金稼ぎの?」
「ああ、その前に口のまわりちゃんと拭けよ」
 ルナは俺の言葉を聞くと布巾で口のまわりを拭いた。
「ねぇ和臣きれいになった?」
 しっかり拭かずに俺に聞いてくる。もちろん、まだしっかりケチャップはついている。
「まだいっぱいついてるぞ」
 俺がそう言うとルナは一生懸命口のまわりを拭き始めた。
 ……こんなの眺めてもしかたないな。俺は先に勘定を済ませるためフロントに向かった。
「あー! 和臣どこ行くのぉ?」
 ルナが慌てて追ってくる。
 ふむ、もうケチャップはついてないな。
「仕事屋だ」
 俺はルナの方を向かず、フロントのウェイトレスに支払いを済ませる。
「仕事屋? 何それ?」
 ルナが首を傾げて言う。
「ついてくればわかる。」
 俺はそう言うと店を出て、仕事屋へと向かって歩き始めた。
「あー! そう言えば!」
 突然ルナがすっとんきょうな声をあげる。
 俺はビクッとしてルナの方を見た。
「ねぇ、和臣!
 口のまわりきれいになった?」
「ああ、きれいになったから安心しろ」
 そんなことでいちいち大声だすなよな。
 ん?
 ……俺はルナのローブを見て何だか力が抜けた。
「ルナ、服にいっぱい飯を食わしてどうすんだ?」
「え?」
 ルナは俺の言葉を聞くと自分の服に目をやった。
「あー!」
 ルナはやっと服にたくさんご飯つぶがくっついていることに気が付いたようだ。
 ……ったく。
 疲れる……頼むから仕事があってくれー!


 仕事屋。
 それは俺みたいな冒険家兼賞金稼ぎを相手に商売をする店で、くいう俺もこの店を多く利用している。
 ここで仕事屋がどんなものか説明をしておこう。
 賞金稼ぎには仕事を依頼する依頼主が必要不可欠である。しかし冒険家兼賞金稼ぎは滅多な事がないかぎり依頼主は見つからない。
 たまたまフラーッと町に来たヤツを賞金稼ぎだと見破って、いきなり依頼をするということは少ないからな。
 そこで仕事屋の登場と言うわけだ。仕事屋がまず、依頼内容を依頼主から聞く。そしてその依頼を仕事屋に訪れた賞金稼ぎに教える。
 つまり仲介人という訳だな。もちろん仕事屋もちゃっかり仲介手数料をとるが、それは商売。手数料と言っても依頼主からのもらうのでこっちは関係ない。賞金稼ぎと仕事屋、それはどっちかがなくなればもう一方もなくなってしまうほど深い関係の職業なのである。
 仕事屋は町や村に必ず一軒はある。もちろんドウゲンにも仕事屋は存在した。

「へぇ……。」
 ルナは仕事屋に入ると興味深そうに店内をきょろきょろと見回した。
 仕事屋の店内は、だいたいが渋い酒場のようになっている。
 これは元祖仕事屋がもともと酒場だったからだ。それが世界各国に広がったというわけである。
「ウロチョロしてないで座れよルナ」
 俺はカウンターに腰掛けて言った。
 ルナは俺の言葉に頷いて椅子に座ろうとする。しかし背が低いので結構苦労していた。
 ふとマスターを見ると嫌な顔をしている。ふむ、俺がルナみたいなヤツを連れてるからしょうもない賞金稼ぎだと思ってるな。
 ……こいつ、二流だ。
 俺がこう思ったのには大きな理由がある。こいつが俺を知らないからだ。
 前にも言ったと思うが、俺は別名『シヴァ使い』と言われる超一流の賞金稼ぎ。しかも俺の服装は、赤いバンダナにショルダーガードのついたグリーンのコートと特徴がある(ショルダーガードのついたグリーンのコートは俺のお手製。ショルダーガードはスザクのクチバシで出来ている)。
 まぁ、この格好でシヴァ使い黒崎和臣様だとわからん仕事屋はたいした仕事屋じゃないのだ。
 でもすごい仕事屋じゃなくたって別にいいんだけど。
 だいたい仕事屋なんて職業は開業費さえあれば誰でもできるからね。
 ふと店内を見回すと、テーブルの方にいる経験の浅そうな賞金稼ぎが、ルナを連れた俺を見てこそこそと話をしながら笑っている。
 ふん、まぁいい。
 温厚な俺はそれを無視する。
「ブランデー、それと……」
 俺はチラッとルナを見た。
「ルナはミルク!」
「ミルクですか? あいにく置いてないんですけども……」
 マスターが困ったように言った。そりゃそうだ。
「プッ! ミルクだってよ!
 ミルクなんて飲んでるガキを連れてくるなんてど素人もいいとこだな」
 ……聞こえたぞと。
 今のはいくら温厚な黒崎和臣様でも……ちょいとムカついたな。
 俺は無意識のうちに今笑ったヤツを睨みつけた。
 それにしても貧相な格好だこと。重そうな鎧で身を固め、安そうな剣を腰につけてる。それに無意味に生やした髭がいかにもって感じだ。
 うん、典型的な素人だな。
「何か用かぁ?」
 そいつは挑発的な口調でそう言い睨み返してくる。俺はゆっくりと席を立った。
 ガタガタッ……。
 数人いた賞金稼ぎのなかで少しでも長くやっているヤツらは、俺がシヴァ使いだとわかっているために逃げるように店を出て行く。しかしヒゲ男はそんなことも気にもせずに俺と同じように席を立った。
「ちょっとお客様! 店の中でケンカは困ります」
「マスター。こいつに烏龍茶」
 俺は慌てて言うマスターに振り向いてそう言い、再びカウンターに腰をかける。マスターはそれを聞くとルナに烏龍茶を出した。
 ルナは喜んでそれを飲み始める。
「けっ!
 睨まれたくらいでビビるんなら最初からケンカ売ってくんじゃねえよ!」
 ヒゲ男は吐き捨てるように言った。
 完全に調子乗ってるなこやつ。
「おいヒゲ!」
 俺はカウンターの椅子ごと反転しヒゲ男に向かって言った。
「なんだと! コノヤロォ!」
 ヒゲ男は「ヒゲ」と呼ばれて頭に来たらしい。ゆでたたこのように顔を赤くして俺に向かって殴りかかってきた。
 バーカ!
 俺はコートの中に手を……。
「キャァァ! 和臣あぶなーい!」
 入れる前にルナにふっとばされた。
 ……ってオイ!

 ガン!

 ヒゲ男は勢い余ってカウンターにつっこむ。

 ドンガラガッシャーン!

 あーららヒサン。
 ヒゲ男はいろんな酒のビンを頭にくらってノびている。
 しっかし……カッコ悪いなぁ俺……。
 俺はルナにふっとばされて尻餅をついていた。
「フッ……他愛もない」
 俺はみんなの注目のなか服のホコリをはらってそう言った。
 ますますカッコ悪い。
 こんなはずじゃない……こんなはずじゃないんだー!
 ここで俺がどうしたかったか知っておいてもらいたい。
 予定1、殴りかかってきた男にコートから出したシヴァ砲を突き付け動きを止める。
 予定2、撃鉄を下げ(シヴァ砲ってリボルバーなんだよね)こう聞く。「腕の立つ賞金稼ぎの名前をあげてみな……」
 予定3、いくら素人でもシヴァ使いの名前くらい知っているだろうから、俺の名前は出るだろう、そこで続けて聞く。「そいつの武器ってなにか知ってるか?」
 予定4、ヒゲ男は答える。「……シ、シヴァ砲」と……。そこでそいつは俺がそのシヴァ使いだと解り恐れをなして逃げる……。
 現実は……予定1から魔女につぶされた。
 この魔女……殺してやろか……。ここはバシッと叱って……。
「和臣ぃ! 大丈夫だった? ケガしてない? 
 突き飛ばしたりしてゴメンね!」
 ルナは俺の心を察してかどうかは定かではないが、必死に謝ってくる。
 しかしここはやっぱりバシッと叱って……。
「あ、ああ、別にいいけど……」
 やれなかった……。
「て、てめぇざけんなぁ!」
 あ、ヒゲ男が復活してルナに殴りかかってる。
 頑張れヒゲ男!って訳にはいかないよな……。
 ゴリッ……。
 俺はシヴァ砲をヒゲ男の後頭部に押しつけた。
 おおっとぉ!?
 これはさっき考えた予定1と同じシチュエーション!
 ヒゲ男は押しつけられた物が物騒なもんだと気付いたらしく恐る恐る振り向いた。ヒゲ男は俺のシヴァ砲を見るとさらにビビッて真っ青になる。
 台本どぉり!
「おい、ヒゲ!腕の立つ賞金稼ぎの名前を挙げてみな……」
「え? えーとえーと……幻術師」
 ……まぁ、最初から出たらオドシがいがないよな。ガチャ……。
「ヒィ……おい!
 ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 俺を無言で撃鉄を下げると、ヒゲ男がガキのように喚いた。
「他には?」
「あ、えーとえーと迷子探しのジョー!」
 殺したろか?
「おい……なめてんのかおまえ?」
「めめめっそうもねぇっすよ!
 他にですよねぇ? えーと他に他に……首切りブラウン?」
「………………」
 俺は殺気立った目でヒゲ男を睨み付ける。
「マダムキラーのミカマサ!」
 さらに睨み付ける。
「ビックアクスのゴート!」
 さらに睨み付ける。
「シヴァ使いの和臣!」
 ホッ……本当に知らないかと思っちゃたよ。
「あ、あの……」
 安堵の表情を浮かべてしまったためか、ヒゲ男が様子を窺ってくる。
「お、おう!
 そいつの武器が何か知ってるか?」
「ま、まさか……。」
 ヒゲ男の血の気が引いていく。
 そしてヒゲ男は台本どおりに恐れをなして……。
「キャハハハハハハハハハハハ!」
 逃げようとした時、突然店内に笑い声が響く。
 ……誰が笑っているかは……お約束である。
「キャハハハハ!
 和臣が4人いるらー!
 キャハハハ!」
 こいつ、酔っ払ってる?
 あ、俺のブランデーが減ってらぁ。
「キャハハハハハハハ!」
 さらにルナの笑い声が響き、さっきの張りつめた緊張感は完全に消え去っていた。
 俺のシナリオをとことん壊す気かコヤツ。
「キャハハハハ!
 世界がグゥルグゥル!」
 ふむ、魔女は完全に笑い上戸だな。
 ホォ……でもよかった、泣き上戸じゃなくて……。
「キャハハハハハハハハハハハハッハハハハア……ハァハァ……。」
 ルナは笑いすぎで息を切らす。おもしろいやっちゃ。
 俺は酔っ払った魔女がどういう行動をとるか、ちょっとばかり気になったのでしばらく見学することにした。
「グゥ……」
 寝た。
 つまらんやっちゃ。

 …………………………。

 ……しばらくの沈黙。
 むぅ……ここに長居するのは得策じゃないな。
 ……しかし……このままではシヴァ使いは変なヤツとウワサが流れてしまう。
「マスター、騒がせたな。これ、店の修理代にでも使ってくれ」
 俺はそう言って1万リクンをおき、ルナをおぶって店を出た。
 ……って、1万リクン?
 ……ああぁぁぁ!
 そんなんじゃ店の修理代の足しににもならねぇぇぇぇ! いつものケチな性格がついでちまったぁぁぁ!
 もうあの店じゃ、シヴァ使いは変でケチだと思われてるぅ……。
 俺は何だか妙に疲れたので、かなり早いが宿をとって休むことにした。

「はぁぁぁぁ……」
 とんだ一日だ。俺はベットの中で大きなため息をついた。
 俺は今、宿の一人部屋にいる。
 魔女は隣の一人部屋に寝かしてある。魔女はブランデーをかなり飲んだらしくグッスリだ。
 ああ、平和だなぁ……魔女が寝てるとこんな平和なんだなぁ。
 うう……早く魔女と別れたいよぉ……。
 そんな思考もそこそこに、なんともいえないけだるさを覚え始めた。
 ……うーん、疲れてるのかなぁ……眠くなってきた。
 素直に寝ちまうか……。
 そう思ったその時だ。
「和臣ぃぃぃぃ!」
 俺は突然の叫び声に俺は跳ね起きる!
 何だぁ!?
 今のは間違いなくルナの声!
 俺は慌ててシヴァ砲を手にし、ルナの部屋のドアのまで走った。
「ルナァ!」

 ドガァァ!

 ドアを蹴り開けシヴァ砲を構える。そこには涙目で、ベットにペタンと座り込んでいたルナ一人しかいなかった。
 ……何が、あったんだ?
「和臣ぃぃぃ! ふぇぇぇぇん」
 ルナは、入って来たのが俺とわかると否や胸に飛び込んで泣きだした。
 ちなみに『ふぇぇぇぇん』は何とか耐えられるようになったようだ。
「どうしたんだ? 何があった?」
「ヒックヒック……」
 聞いてもルナは声をしゃくりあげるばかり。
「どうしたんだよ?
 泣いてちゃわからねぇだろうが?」
「だって、起きたら和臣がいないんだもん……」
 ……?
 俺は意味がわからずルナの言葉の続きを待つ。
「また一人になっちゃったかと思って……それで……それで……寂しくなって……とってもとっても悲しくなって……」
 ……何だか俺はルナを見て昔の事を思い出した。
 何を隠そう俺は結構悲しい過去を持っている。
 生まれた時から俺は親父のいない家庭で育った。
 なぜ親父がいなかったのかはわからない。
 おふくろは教えてくれなかったからな。だからおふくろは俺にとって唯一の家族だった。
 しかし、そんなおふくろも俺が9才の時に死んだ。その時の寂しさは言葉では表せない物だった。
 ルナは今、その時の俺と同じ気持ちなんだろうか?
「どうしたんですか?」
 隣の部屋にいた人やら客室係などがゾロゾロと集まってきて声をかけてくる。
「あ、いや、何でもないっす」
 俺が慌ててパタパタと手をふって言うとまたゾロゾロと退散していく。
「ひっく、ひっく……」
 ルナはまだ泣いているようだ。
 さて、このままってわけにゃいかないよなぁ……。
「ルナ、俺は隣の部屋にいるから心配すんな。呼べばいつでも来てやるから……」
 俺はルナの頭を優しくポンポンと2回叩いて言った。
「ホントに?」
 ルナが俺をジッと見て言う。
「ああ、だから安心して寝な」
 ルナは俺の言葉を聞くとしばらく考えてからコクンと頷きベットに入った。
 俺はそれを見守ってから自分の部屋に戻り、またベットに入る。
 あいつ、メチャクチャ寂しそうだったな。
 考えてみれば当然か……。
 突然知らない所に捨てられたら誰だって寂しいに決まってる。ましてやルナの精神はまだ子供だ。
 泣きたくなる気持ちがわからなくもない……。
 いろいろと考えてしまいそうだったが、疲労を抑え込むほどではないらしい。
 横になってあまり経っていないのに、眠気が襲ってくる。
 逆らう理由もない俺は、ベットに身を沈めるようなイメージを持ちつつ目を閉じた。
 ガチャ……。
 ん?
 俺がウトウトしているとふいに部屋のドアが開く。
「和臣……」
 扉を開けたのはルナだった。
「どうしたルナ? トイレか?」
 俺は眠りかけていたので、布団に入ったまま『私は眠いです!』と主張してるような声で言った。
「和臣ぃ、やっぱり一人で寝るの恐いよぅ……一緒に寝ようよぅ……」
 ……一緒に……寝る……?

 ………………………………。


 一緒に寝るぅ!?
 今度こそ眠気が一気にふっ飛んだ。
「何考えて……」
 俺がそう言い終える前にルナはすでに俺のベットに入ってきている。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」
 俺が慌ててベットから出ようとすると、ルナはしっかりと俺の手を握ってきた。
「ベットから出たら寒いよ?」
 俺は何だか力が抜けてしまい、またベットに寝転がってしまった。
 そ、そりゃあまだ季節は冬だから寒いことは寒いんだが……なんつうかなぁ……。
「おやすみ、和臣」
「お、あ……お、おう……」
 このシチュエーションは……。
 俺の精神状態はかなりやばい状態だった。ルナと反対方向を向いて寝ているので何とか理性を保っているが……。
 実は俺、恥ずかしながら幼なじみのエリス以外の女性免疫が極端に少ない。はっきりいって2人きりで話をしたこともないくらいだ。
 旅に出る前はエリスとばかり一緒にいたからな。
 エリスと一緒にいればエリスの友達と話す機会はあるだろうが、2人きりと言うことはまずない。旅に出てからは仕事がおもしろくてしょうがなく、女と話すときも仕事と割り切って会話をしていたために、プライベートな会話をしたことがない。
 つまり、俺はこういう場面に出くわしたのは初めてと言うわけだ。
 自分のすぐとなりに女が寝ている。
 ……落ち着け!
 落ち着くんだ和臣! 相手はまだガキじゃねぇか!
 いやぁ、おぶった時に背中に押しつけられた胸の感触は結構なものだったぜ?
 何を考えてるんだ! 一時の感情に流されるな! 理性を保て和臣!
 何言ってるんだよ! チャンスだぜチャンス! 据え膳食わぬは男の恥っていうだろうが!
 ルナはそう言うつもりで一緒に寝てるんじゃない! 落ち着け!
 ……………………。
 ……むぅこれは!
 漫画などでよくある自分の中の天使と悪魔の囁きだ! 貴重な経験をしてしまった。日記につけとこうかな?
 ああぁぁ!
 こんなこと考えて現実逃避してる場合じゃねぇ!
 なんとかしないとなんとかぁ!
 ルナはガキだ! そう性格も顔もガキなんだ。そういう対象じゃねぇ!
 一人が恐いから一緒に寝ようって言ってる時点でそうなんだよ!
 うん!
 でも女は女だぜ?
 うぉぉぉ! このままじゃこの繰り返しだ!
 何かこういう雑念が一気に消える事をしなければ……!
 俺はしばらく考え込む。
 そうだ!
 ルナはとんでもない童顔!
 顔を見ればそんな気も失せる!
 ん?
 こう考えればルナをおぶった時に変な考えを起こしたのは、顔を見てなかったからだと推測できるな!
 なるほど!
 じゃあ今もこういうことを考えているのは、ルナがガキという証の「思い切り幼い顔立ち」を見てないからだ!
 そうだそうだ!
 俺はロリコンじゃない!
 ルナの童顔を見れば一気に気持ちが冷めるはずだ!
 ……もしロリコンだったら?
 ……えーい、こんなこと考えるのはヤメだ!
 作戦実行!
 俺は気合いを入れてルナの方に寝返る。
 ………………。
 予想どおり今までの気持ちは一気に冷めた。しかしルナの童顔を見てではない、声も出さずに涙をこらえているルナを見てだ。
 俺はそんなルナにまたも昔の自分を見た。
 おふくろが死んだ日、俺もこうやって泣くのを我慢していた。
 本当に孤独で寂しさに押しつぶされそうだった。とても一人ではやりきれなかっただろう。
 そんな時に一緒に居てくれたヤツがいた。
 幼なじみのエリスだ。
 エリスはそんな俺を見て言った。『和臣は一人じゃないよ』と、俺はその言葉を聞くとともに一気に安心して、恥ずかしながら大泣きしてしまった。
 ルナはその時の俺と同じ気持ち、誰かに一緒に居てほしい、誰かと一緒に居たいだけなんだろう。
「ルナ……」
 俺は思わず声をかけてしまった。ルナはまだ起きていたようで潤んだ瞳を俺に向ける。いや、その時にはもう涙は零れていた。
「……泣くなよルナ、今日はずっと一緒にいてやるから、一人にしたりしないから」
 俺はルナにそう言う。
 エリスが俺に言ってくれたように……。
「ホント?」
 ルナの問いかけに俺はコクンと頷く。
「よかったぁ……」
 ルナは喜びに満ちた声でそう言って、俺の腕にしがみついてくる。
「ルナね、すごい恐かったの、不安だったの。また起きたら一人ぼっちだったから……2回もそんな事があったから……またいきなり一人ぼっちになっちゃうんじゃないかって思って……ひっく……」
「げ、泣くなよ!?」
「ひっく……!
 うん、ルナ泣かないよ!
 だってずっとそばにいてくれるんだよね? だから泣かない!」
 ルナはさっきよりもしっかりとしがみつく。
「和臣ってあったかいね……おやすみ和臣」
「あ、ああ……お、おやすみ……」
 ルナは俺の言葉を聞くと安心しきった顔で目を閉じた。
 まずい、これはマジでまずい……。
 何がって今の状況に決まっているだろーが!
 考えても見ろ!
 ルナは俺の腕にしっかりとしがみついているんだぞ!?
 つまり! ルナの胸の感触がしっかりと……。
 うぉぉぉぉぉ!
 どうすりゃいいんだぁ!?
 今のルナに手を出すなんてヤツは外道中のど外道!
 しかし……うおわぉぉぉぉぉ!
 その日俺はちゃんとした睡眠がとれなかった。

「おはよう! 和臣!
 今日もいい天気!」
 翌朝、俺はルナの馬鹿声で目を覚ました。
「……おはよう……」
 はぁ……とことん睡眠不足だぁ……。
「和臣!お腹空いた! ご飯ご飯」
「……ああ……」
 ルナの元気な声が頭に響く。
 俺はフラフラしながら1階のレストランへ向かった。

 レストランのテーブルにつくとウェイトレスが来る。
「ご注文お決まりですか?」
「ルナ、これ!」
 ルナはモーニングランチを指差す。
「コーヒー……」
「はい! かしこまりました」
 俺の弱々しい声に頷くと、ウエイトレスは厨房へと戻っていった。
「ねぇ和臣。今日の予定は?」
 キャイキャイという擬音がしっくりくる声。
 元気すぎる。
「……うーん、仕事探すっても仕事屋は正午から開店だからなぁ」
「しょうご?」
 ……はぁ……しんどい。
「12時、つまり昼のことだ。」
「ふーん。それまで何もすることないの?」
「ああ……まぁ特にすべきことはないなぁ。」
「じゃあ、町を歩いて回ろうよ!」
 めんどくさい。やだ。
「ね? ね?」
 ルナが熱心に頼む。
「……わかったよ」
「わーいわーいやったー!」
 ルナがはしゃぐ。
 いちいちウルサイやつだな。
「あのぉ、もう少し店内ではお静かに願えませんでしょうか?他のお客さまにご迷惑ですし」
 なんてことを思っていると、モーニングランチとコーヒーを持ってきたウェイトレスに注意されてしまった。
 まぁ当然っちゃあ当然だ。
「ごめんなさい」
 ルナはシュンとなって申し分けなさそうに言った。
 いつも思うんだが、『願えませんでしょうか』というのはおかしいんじゃないかねぇ? もし『やだ!なんでおまえの頼みなんて聞けないんだ』なんていわれたらどうするんだ? だから『店内では静かにしろ!うるせぇんじゃボケェ』くらい言ったほうがいいんじゃないかなぁ?
 ……まぁ、どうでもいいんだけどね。
 俺は眠気を覚ますためにブラックのコーヒーをグイッと飲む。その時ルナはもうモーニングランチを半分平らげていた。
 すんげぇ食欲だ……。
「おかわり!」
 また始まったか。今日は何回するんだ? ちなみにモーニングランチのメニューは、クロワッサンとハムエッグとサラダ。それに飲み物、ルナはオレンジジュースを選んでるな。んでもって値段は600リクン。ま、お買い得やね。
「ねぇねぇねぇ! 和臣はコーヒーだけなの?」
「ああ、食欲ねぇからな」
「ダメだよぅ! 朝はちゃんと食べないと貧血で倒れて気絶してる間に誘拐されるって、お母さんが言ってたよ!」
 どんな母親だよ。
「大丈夫だよ。この歳で誘拐なんてされねぇから」
 俺はそう言ってコーヒーをもう一口含む。
「ダメダメダメ! 誘拐はされなくても、気絶しちゃうんだよぉ!」
 ルナが力説を始めた。
「あのぉお客さま……店内はお静かに」
 モーニングランチのおかわりを持ってきたウェイトレスが言う。
「あ、ごめんなさい」
 ルナはまたシュンとなった。
 ふぅ……。
 俺はまたコーヒーを一口やった。


 朝食も済み(ちなみにルナは11人前食った。記録更新!)。
 俺達は町を歩いていた。
 時刻はちょうど10時ごろ。店が開き始める頃だ。
「うわぁすごいすごい!」
 ルナは相変わらずハイテンションだ。
 キョロキョロとせわしなく首を動かしながら歩き、目についたものには接近して見入っている。
 中でも一番真剣に見てるのはぬいぐるみだ。
「ねぇ和臣! これ何?」
 ルナはクマのぬいぐるみを指差して言う。
「何ってぬいぐるみだよ」
「へぇこれが! かわいいねぇ!」
 ルナはぬいぐるみの手足を動かしながら言った。
「クマのが気にいったのか?」
「えぇ!? これがクマなの? クマってもっと狂暴で恐い動物だよ?
 目もこんなクリクリしてないで鋭いしぃ!」
「ま、まぁな……」
 た、確かに……まったくもってその通りだが……。何というかさすがに着眼点が普通の女の子と違うな。
「でも、こういうクマがいたらいいな」
 値段は1000リクンか。
「買ってやろうか?」
「ホント?」
 ここでウソピョーンとか言ったらしらけるだろうな。
「ああ」
「わーいわーい」
 ルナが満面の笑顔で喜ぶ。
 ……1000リクンなんて全然安いもんだ。俺は店員に1000リクンを払った。
「ほら!」
「わぁーい!ありがとう和臣ぃ!」 ルナは俺が前に出したぬいぐるみを受け取ると、腕にしがみつくように寄り添って来た。
 ……可愛いもんだ。
 いや! これはそういう意味じゃないぞ! 誤解するな? 俺はロリコンじゃない!
 俺はただ、わがままな妹だと思えば可愛いもんだということでそう思ったんだ。
 へ、変な意味にとらえるなよ?
「……ルナ、そう言えばそのローブ。ケチャップのシミがついたまんまだなぁ」
「えぇ? あぁ! 本当だ!」
「新しいの買ってやろうか?」
 今日の俺は太っ腹だなぁ……。
「ホントにぃ? で……もこのローブ気に入ってるんだ」
「だからそのローブをクリーニングに出して、その間着る服を買うって事だよ。それに旅をするんだったら着替えの一着や二着は必要だろ?」
「でも……いいの?」
「ああ」
「わぁーい! 和臣大好きぃ!」
 ルナはそう言ってさらにギュッと俺の腕にしがみつく。
 ……こういうのも悪くないなぁ……。
 はっ!
 別に変な意味じゃないんだぞ!?
 か、勘違いするなよ? ホントだってばぁ!


 正午、俺達は仕事探しを始めることにした。
「きゃははは!」
 ルナは相変わらずご機嫌だ。俺が買ってやったローブとぬいぐるみが気にいったらしい。
 ローブは9700リクンと結構高かったんだけどね。まぁそれでも2000リクン値切ったからよしとするか。
 さてと! いい仕事はあるかなっと。
 今日は、昨日のこともあったので町外れの店にした。
 ガチャ……。
 俺がその仕事屋のドアを開けると店のマスターと、他数名の客が俺の方に目をやる。
 すると全員が驚いたようにざわついた。
 ほう、この店はどうやら玄人が集まる店みたいだな。俺がシヴァ使いだと一目でわかったみたいだ。
 うーんやっぱりこの反応がいいよなぁ……。
 みなさん忘れちゃ困る!最初に言ったとおりに俺は超有名賞金稼ぎシヴァ使いこと黒崎和臣様なのだ。多くの賞金稼ぎの中でナンバーワンの実力者なのだ!
 ……本当に忘れないでね……。
 俺がちょっと得意げに店に入るとさらにざわつきが大きくなる。
 やっぱこれだよこれ!
「何だあの子?
 シヴァ使いの何なんだ?」
 ……おや?
 ざわつきの内容が変だぞ?
「ねぇねぇみんながルナのこと見てるよ? なんでだろうね?」
 俺はその声を聞きハッとする。
 そうだった。俺は後ろにルナを連れているのだ(しかも今日はぬいぐるみを持っている)。玄人の店だったら、俺がルナを連れているというウワサはあっという間に流れてしまう!
 ……失敗したかな。
「どうしたの和臣、座ろうよ」
「あ、ああ」
 俺は軽い頭痛をこらえながらカウンターに座った。
「マスター、いきなりで悪いんだけどいい仕事ないかな?」
 俺はいきなり仕事の話を始める。ここに長居するのは危険だ。ルナがいつ変なことをし始めるかわからないからな。
「はい、あなたにぴったりの依頼が2つほど」
 うーん、対応が早い。いい仕事してる。しかし、やっぱりマスターはルナのことが気になるらしく、チラチラとルナを見ていた。
「聞かせてくれ」
「ビャッコ退治とゲンブ退治です。」
 おお! ナイス!
 ゲンブ退治があるとは!
「報酬の方は?」
「はい、前者が90万リクン。後者が60万リクンです。」
 ふむ、相場値だね。
「じゃ、後者の資料見せてもらおうかな?」
「かしこまりました」
 マスターは仕事に関しての資料を俺に手渡す。
 依頼主は町長か、治安維持のため近くの湖に生息するゲンブを退治してほしい。まぁありきたりだね。そんでもって仕事完了後に町長から直接依頼料をもらうのか……。
 仕事前に依頼主に会わなくていいから面倒臭くなくていいや。
 決ーめたっと。
「受けるよこの仕事」
「そうですか、ではここにサインを」
 俺は書類にサインをした。
「ではこれは依頼人に渡しておきますので早速始めてください。」
「ああ」
 おっしゃ!いい仕事がとれたぜ!
 ところでルナのヤツやけに静かだなぁ……。
 俺はなんだか不安になってチラッとルナの方に目をやる。
 ……うげっ。
 ルナは目線を送ってきたヤツ全員に手を振っていた。振られたヤツらは対応に困っている。引きつった笑顔で手を振り返してるヤツもいるな。
 ……まずい、早く出よう。
「ほら、いくぞ」
 俺はルナの背中をポンと叩いて言う。
「うん! じゃあみんな、バイバーイ!」
 ルナは店にいた賞金稼ぎたちに笑顔でそう言った。
 だぁぁ!やめろって!俺はルナのローブを引っ張って店を出た。
「ねぇねぇ和臣、お仕事見つかったの?」
「ああ、ゲンブ退治」
「ゲンブってあの冷たい息を吐く亀さん?」
 ゲンブを亀さん呼ばわりするとは……。
「ま、まぁな」
「ルナ、ゲンブならやっつけられるよ」
 ほう……やっつけられるときたもんだ。
「へぇ、期待してるよ」
「うん!」
 本当なのかよ? まぁやりかねないけどね。


「ここにゲンブがいるの?」
「ああ、もらった資料にはそう書いてある」
 町から歩くこと40分。俺達はゲンブが生息する湖についた。
 気配から言ってまだ湖の中だな……。
 まぁ俺達がここにいればそのうち出てくるだろ。
 ゲンブは肉食、自分の縄張りに来たヤツは絶対襲いかかるからな。
 俺はシヴァ砲を手に持ち、いつゲンブが湖から出てきてもいいように準備をした。
「ところでルナ、ゲンブをどうやって倒すんだ?
 スザクの時使ってた冷気魔法じゃどうしようもないだろ?」
 
 ザバァッ!

 ゲンブが湖から姿を現わしたのは、俺がそう言い終えた直後だった。
 湖面から体を出した勢いをそのままに、アイスブレスを吐く。
 広範囲にぶちまけられるブリザードのようなアイスブレス。今のように出現とともに不意打ち気味に打たれれば、反応が遅れてしまうだろう。しかも威力は一撃必殺。
 大抵の人間であればあの世へとご招待されてしまう。
 しかし俺は黒崎和臣だ。
 出現と同時にゲンブの頭の位置から攻撃範囲を判断し、咄嗟にルナを抱きかかえてそれを避けた。
 ゲンブは避けられたことを気にすることもなく、続けてアイスブレスを吐くため息を吸い込む。
 へへ、ここにスキができるんだよねゲンブってヤツは!
 俺はルナをおろしてシヴァ砲を構えた。
「和臣、ルナに任せて!」
 俺が照準をゲンブに合わせようとしようとしたその時、ルナが俺の前に出て言った。
「ルナ、邪魔だ!」
「大丈夫!」
 そんなことをしている間にゲンブはもう息を完全に吸い込んでしまっていた。
 ゲンブがアイスブレスが吐くモーションを見せる!
「いっけー!」
 その次の瞬間ルナの左手からスザクのファイアブレス並みのすさまじい炎が吹き出されていた。
 火炎魔法!?
 そうか! ルナはこれが使えるから自信満々だったのか!
 ゲンブというのはとにかく炎に弱い。これくらいの威力の炎を食らえば全身丸焦げどころか驚異的な硬度をもつ甲羅もドロドロに溶けて……。
 あ゛!
「ルナ!やめろぉぉぉぉぉぉ!」
「え?」
 俺の声に反応してルナが火炎魔法をやめる。しかし時すでに遅し!
「あぁぁぁ!」
 ゲンブの体は炭と化し、甲羅は溶けて湖に沈んでしまった後であった。
 俺は絶望してがっくりと膝を折った。
 何で絶望したかって?
 ……ゲンブって言うのは全身黄金みたいなもんで、ゲンブの身は料理屋に1kg1万リクンで売れるし、一匹のゲンブの甲羅で400万リクン。俺のシヴァ砲で動脈だけ打ちぬいて出血多量で仕留めればだいたい750万リクンは儲かるのだ……しかし……しかし……あぁぁぁぁぁ!
「和臣どうしたの?
 ね? ルナ、ゲンブ倒せたでしょ?」
 一時は可愛いとさえ思えたハートマークも今はイライラの材料と化している。
「この馬鹿魔女がぁぁぁぁ!」
 大地が震えるような声でルナを怒鳴りつけていた。


「じゃあ、これが報酬の……。」
 町長は気まずそうに60万リクンを渡す。まぁ、魔女は半べそかいてるし俺はメチャクチャ不機嫌な顔をしてるからな。
 俺は今町長の家にいる。例の報酬を貰うためだ。本当だったら810万リクンは儲かったのに……。
 俺はその金をひったくるように受け取ると家を出た。馬鹿魔女もそれについてくる。
「ひっく……和臣……ゴメン……怒らないでよぅ……」
 魔女が今にも泣きそうな声で謝ってくる。ルナはあの後、10分にわたる怒鳴り声での説教をくらってもらったので、半べそをかいているのだ。
「泣くんじゃねぇ! 泣いたらよけい怒るぞ!」
 俺はまた怒鳴って言った。魔女はビクッとして下を向き必死に泣き声を殺している。
 今の俺はそんなルナを見てもかわいそうとは思わなかった。それほど俺の怒りはすさまじいのだ。
 まぁ、これでこの魔女ともお別れだからな。
 俺はルナに26万リクンを渡す。
「ほらよ、借金の4万リクンは抜いてあるからな。これで貸し借り無しだ!
 じゃあな!」
「あ、和臣……」
 魔女は俺の後についてこようとする。
「ついてくんな!
 一緒に旅をするのは4万リクン稼ぐまでの約束だろーが!」
 俺がそう言うと魔女はついてくるのをやめてまた下を向いた。俺はそれを無視するように早歩きでその場を去った。


 俺のイライラはまだ続いている。もう夕時なので町を出るのは明日にし、宿をとることしたが、どうも今日は混んでいて1人部屋が空いておらず、仕方なく俺は2人部屋をとった。
 1人部屋と2人部屋、どちらが安いかは少し考えればわかるだろう。
 つまりまた余計な出費が出たというわけだ……。
「ったく!」
 俺はすることもないので2つあるベットの片方に寝転がった。寝転がると気分が落ち着くものである。
 俺は少しでもイライラを抑えるため大きく深呼吸した。
 ふぅ……ちょっと、落ち着いたかな……。
 俺は考え事をするのをやめ天井をしばらく見つめていた。

 ………………。

 ……静かだな。
 魔女がいないせいだな、まったくあいつときたらうるさかったからな。いなくなってせいせいしたぜ。まぁこれからはずっとこの平穏な時間が満喫できるんだ! こんな嬉しいことはない。

 ………………。

 ……本当に静かだな……。
 ……やっぱり2人部屋はちょっと広いな……だからこんな静かに感じるんだな。
 1人で2人部屋だもんな……広く感じるよなぁ……。
 ……そういえば今日は宿が混んでたよなぁ……。
 ここの宿もこの部屋一つしか空いてなかったし……。

 ………………。

 ……ちゃんと宿とってるんだろうか……。
 ……道に迷ったりしてないよな……。
 ……たちの悪い奴らにからまれたりしてないよな……。


 ………………。


 ………………………………。


 ……あいつ……一人で大丈夫なのか?
 あ、いや別に心配してるわけじゃないんだ! そうだよあんなヤツ!
 しかしとんでもなく世間知らずだったよなぁ。
 ぬいぐるみも知らなかったんだぜ? 信じられるか? しかも警戒心もくそもねぇ。
 いきなり一緒に寝ようってベットの中に入ってくるんだぜ? まったく、理性の固まり黒崎和臣様だからよかったものの変なロリコンオヤジだったら……。
 ……そんなヤツらにもし声をかけられたら……あいつは間違いなくついていくだろうな……。


 ………………。


 …………………………………。


 ………………。

 あっ、そういえば……。ぬいぐるみとローブは買ってやるって言ったけど、昨日の宿代と今までの飯代はおごるって言ってないよな……。
 そうだ! そうだった!
 いやぁ、この金に関しての執着心なら誰にも負けない和臣様がこれを取り立てない訳にはいかないな!
 うんうん!
 そうだ!
 よしっ!
 ……ルナを探しにいくかぁ!

 俺は跳ね起き、急いで宿を出た。アイツのことだからまだ町を出てないよな……。
 俺はとりあえず町をグルッと回り、町人にルナの特徴を言って見たか見ないかを聞いて回ることにした。


 くそっ……どこにいるんだよ! まさかもう変なヤツに……。
「しかし、驚いたよなぁ……あんな小さな女の子がビャッコ退治とは……」
 俺は通りがかりの2人組の賞金稼ぎのその言葉を聞き逃さない。
「おい! その女の子ってどんなヤツだ!」
 俺はその2人組の賞金稼ぎの一人のえり首をつかんで問いただす。
「え? あ、あの……えーと!?」
「ちんたら喋ってんじゃねぇよ!」
 俺はシヴァ砲をそいつにこめかみに突き付ける。
「ひぃっ、それは! まさかあんたは!」
「質問に答えろ」
「は、はい、た、確か……全身を黒いローブで身を包んでて……。
 ……そう! クマのぬいぐるみを持ってましたよ!」
 間違いねぇルナだ!
「それでそのビャッコはどこいるんだ!?
 それより前にそいつはもうビャッコ退治に向かったのか?」
「は、はい。つ、ついさっき向かったみたいで……それで場所は教会近くの洞窟です」
 ここからそう遠く無いな。
「ありがとよ」
 俺は情報を提供してくれた優しい賞金稼ぎをほん投げて洞窟へ向かった。


「はぁはぁ……! あれか!?」
 俺は教会を見つけると。急いでそこに向かう。
「キャァァァァァァ!」
 突然の悲鳴……今のはルナの声?俺は慌てて悲鳴の方へと走った。
 ……あれはビャッコ!
 始めに俺の視界に入ったのはビャッコの後ろ姿だった。
 ビャッコはツメを振りおろすモーションをとっている。
 俺はビャッコがツメを振りおろすより前にシヴァ砲のトリガーを引いた。
 ドォォン!
 ろくに照準を合わせていなかったのでシヴァ砲はビャッコの前脚をかするだけだった。
  しかし注意をこっちに引かせる効果はバッチシある。俺もそれを狙ってシヴァ砲を撃ったんだけどね。
 ビャッコは俺のシヴァ砲に反応して攻撃をやめ、こっちの方に視線を向ける。俺はその視線を避けるように素早く動きルナを探す。
 いた! ルナだ!
「か、和臣……」
 ルナは半べそをかいてペタンと地面に座り込んでいる。俺は急いでルナのもとへと走り寄る。
「和臣……」
「今は戦いに集中しろ!」
「う、うん!」
 ルナはスクッと立ち上がった。
「ガゥルルルルル」
 一方ビャッコはジリジリと間合いをつめていた。
 ビャッコ、でかくて白い虎だと考えてくれればよい。
 こいつは気を抜けない相手である。スザク、ゲンブのように強力なブレスを吐くということはないが、パワーとスピードはどんな動物よりも優れている。
 つまり変な小細工を使わない実力派という訳だ。まぁ倒せない相手じゃないけどね。
「和臣!あいつにルナの魔法全然あたんないのぉ!」
 そりゃそうだ。ルナの魔法は確かに威力はあるかもしれないが、スピードはシヴァ砲に比べると非常に遅い。犬が全速力で走ったのと同じぐらいだ。
 ゲンブなら簡単にくらってくれるだろうがビャッコはそうはいかない。そんなの鼻息交じり避けてしまう。
 だからルナには荷が重いよな。
 おおっと、ビャッコがもうツメ攻撃が届く程度に間合いまでつめてきている。
「ガァァァ!」
 ビャッコが右の前脚を振り降ろした。
「よっと!」
 俺はルナを左腕で抱きかかえてそれを避けるとともにシヴァ砲を放つ。
 ドォォン!
 ビャッコはそれを後退して避ける。さすが素早い。けど間合いは離れた。
「ルナ、おまえはここにいろよ!」
 ドォォォン!ドォォォン!
 俺はそう言いながらシヴァ砲で牽制し、ルナからビャッコを遠ざける。
 しばらく遠ざけた俺はルナとの距離を確かめるために、チラッとルナの方に視線を向けた。
 よし、充分離れたな。
 俺がそう思った瞬間、ビャッコのツメが俺に振り降ろされる。
 チィィィ!
 俺はそれをバックステップでかろうじて避けた。
 しかし体制が不安定のままなので攻撃には移れない。ビャッコはここぞとばかりに攻撃を仕掛ける。
 なんとかそれらを避けるがいつ当たってもおかしくないような危険な状態だ。
 ピ、ピィンチ!

 そう思っていると背中に衝撃。

 うおぅ?
 俺はいつの間にか教会の壁まで追い詰められていた。
 こ、こりゃあ万事休すか?
 そんな俺の気持ち悟ってか、ビャッコがゆっくりと前脚を振りあげる。
 ゴォォォォ!
 そのとき突然ビャッコの背後をすごい勢いの炎が襲った!
「和臣ー!」
 でかしたルナ!
 直撃はしなかったものの、ビャッコは熱さでのたうち回り、全速力で逃げだした。
 しかぁし手負いの分際で俺から逃げだせると思うなぁ!
 俺はビャッコをシヴァ砲の照準に入れた。そしてトリガーが引く。
「ガァァァォォ……」
 よっしゃあ、命中!
 ビャッコはシヴァ砲に肛門から頭に続く風穴を開けられ倒れた。
「やったぁ!和臣ぃ!」
 ルナが笑顔で近付いてくる。
「大バカ野郎!」
 しかし俺はそれをさえぎるようにルナを怒鳴った。
 ルナはビクッとなって歩みを止める。
「何でビャッコ退治なんて危険な仕事を一人で受けたんだ! 俺が来なきゃやられてたぞ!」
「ご、ごめんなさい……」
「金なら26万リクンあるだろうが!
 それだけあれば1週間は食ってけるぞ!?」
「だって……和臣……怒ってたから……750万リクンもパァにしたって。
 ……だから……だからルナ……750万リクン稼いで和臣に許してもらおうと思って……」
 こいつ……。
「ったく……そんなことで」
「でも和臣すごい怒ってるから……だから……」
 ルナはびくびくと震えながらこちらの様子を窺ってくる。
 ……くそっ。
 思わず自分の胸倉を掴んでいた。胸が痛かった。
 そして、俺は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてから少し屈み、ルナと目線をあわせた。
「……ルナ、もう怒ってないからこんな危険な真似はもうするなよ?」
 自分でも驚くぐらい優しい声を出していた。
「本当? 本当にもう怒ってない?」
 瞳を潤ませて、俺をじっと見つめるルナ。
「ああ」
「和臣ぃぃぃぃぃぃ!」
 俺が頷くと共にルナは俺の胸に飛び込んで大泣きした。
 なぜかその時だけは、ルナの泣き声を聞いても拒絶反応を起こさなかった。


「ルナ……これからどうするんだ?行くとこあるのか?」
 俺はしばらくしてルナが落ち着いてから声をかけた。
 なんでこんなことを聞いたのかわからないが、自然に口が開いていたのだ。
「……ルナ、どうしらいいのかどこへい行けばいいのかわからないよ」
 ルナが下を向いて言う。
 暫くの沈黙。
 その数分後、ルナの口が控えめに開き、消えそうな声で言葉をつづり始めた。
「ねぇ和臣……もう少し一緒にいちゃ……ダメ?」
 もしかしたら俺は、この言葉聞くために、さっきの言葉を口にしたのかもしれない。
「……しかたねぇな……もう少しだけだぞ?」
「わぁぁぁい!」
 ルナはいっきに明るい顔になってまた抱きついてきた。
 ……もうしばらくならいいよな?
 自分に問いかけてみたが、否定の言葉は浮かんでこなかった。


 こんな事もあり、俺はまたルナと旅をするはめになってしまった。
 まぁアレだ。
 魔女にどんな能力があるのか気になるしね。
 え? さっきと理由が違う?
 飯代と宿代の請求? 俺がそんなケチなこと言う訳ないじゃないか!

 ハッハッハッハ……。
 本当に魔女がどんな能力があるのか気になるだけだからね!

 ……まぁほんのチョコっと、本当に少ーしだけ……名残惜しいということで、俺はまた魔女と旅をすることになった。

第2章 名残惜しいということで 完


次章予告


 はぁーい!ルナでぇす!今回は長くてけっこう真面目?な話だったからルナちょっと疲れちゃった。でもでもルナは和臣さえいてくれればずっとずっと元気でいられるんだ!だってだって和臣が大好きなんだもん!え?次章は新キャラ登場?私のライバルゥ?やだやだそんなの、和臣はルナのものなの!え?早く次章の題名言えって?えーと何だったけ?そうそう!次章魔女の飼い方『ご機嫌ななめということで 前編』。この次もサービスサービスゥ!

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魔女の飼い方のトップへ
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