第1章 今日は厄日ということで
ゲンブと呼ばれる巨大な亀が、俺に向けて大きく息は吐いた。 日を浴びてキラキラときらめく光がキレイだ、なんてことを思ってしまうが、これをまともに食らえば、ただでは済まない。 こいつの吐く息はアイスブレスと言われる冷気の息。バナナに当てれば瞬時に釘が打てる硬度になってしまう。 そんなのはもちろんごめんこうむるので、ひょいっと身をかわした。 攻撃をかわされたゲンブはすぐさまアイスブレスの第二波を吐こうとするが、アイスブレスを吐くには大きく息を吸わなければならないため、大きなスキができてしまうのだ。 このスキを見逃す俺では無い。 俺はシヴァ砲を構えてゲンブの首のちょうど動脈がある所に照準を合わせた。 俺がトリガーを引くと共にシヴァ砲が火を吹き、銃口から一直線に伸びる赤い線光はゲンブの首を貫いた。 おびただしい量の血がから吹き出し、やがてゲンブは力尽きた。 俺は機嫌がいい。 理由は単純、今日やった仕事がすごく金になったからだ。しかも内容は比較的楽なゲンブ退治。 ゲンブはこの俺の住んでいる世界、シャロンの4大魔獣の一匹である。巨大な亀の様な姿をしていて、口から強烈な冷気、アイスブレスを吐く。普通の賞金稼ぎなら、仕留めるのは死ぬほど苦労する。難攻不落の仕事と言っても過言じゃない。しかしこのシヴァ使いの黒崎和臣様にかかればなんてことはないのだ。 しかもゲンブの甲羅はとても高価で、鎧や剣の材料となり、その固さはダイヤモンドも目ではない。ちなみに俺もゲンブの甲羅で造られた剣や防具を装備したりする。 その最高の素材を武器屋や防具屋が買わない訳がない。もちろん高値で売り捌く。普通の賞金稼ぎが倒せないゲンブの甲羅、決して安い訳が無い。ゲンブ一匹の甲羅で4百万リクン。 さらに! ゲンブの肉はすごいウマい!! 料理屋に持っていくと1kg5千リクンはかたい! さらにさらに正式な依頼であるから依頼料(それも安くない50万リクン)まで貰えるのだ。 う〜ん。これ以上おいしい仕事はないかもしんない! まさに一石二鳥どころじゃなく一石三鳥だぜ。いやぁたまんないなぁ。これだから冒険家兼賞金稼ぎやめられない。 俺はそんな事を思いながらゲンブのステーキを食べていた。このゲンブはもちろん俺の仕留めたヤツで、料理屋に渡してステーキにをしてもらったのだ。 うーんやっぱり美味しいなぁ……。 俺はステーキを一口やってからブランデーをチビリとやった。ああ幸せ……一刻千金とはこの時の事を言うのだろうか。 俺が幸せを感じていたそんな時である。 「何だとぉ?金がねぇだぁ」 店長の大声が店内に響く。 俺はちょっと気になったので声の方に目を向けた。 「えー?だってだっておぢさん食べさしてくれるって言ったよぉ!」 おぢさんじゃなくておじさんだ! 俺は細かい突っ込みを心の中で入れつつ、店長が怒鳴った相手を見てちょっと驚いた。 10代前半くらいの女の子だったからだ。 髪は栗色のロングヘヤーで、顔は結構可愛い。ロリコンと言われる方々にとても人気のありそうなタイプである。 その女の子は前身黒いローブに身を包んでいるにもかかわらず、全体的に明るいイメージがする娘だった。 ふーむ……そんな娘が食い逃げとはなぁ、物騒な世の中だぜ。 「食べさせるって言ったってここは料理屋なんだぞ? 金を払うのが常識ってもんだろうが! それに注文の時に料理の料金が『高いけど大丈夫?』って聞いただろ?」 「えー!?高いって値段の事だったの?」 「他に何があるってんだ!」 「イス……ルナ足が届かなかったから……。」 「だぁぁぁ!」 2人の声のボリュームがドンドンと上がっていく。 すごい会話だなしかし。 さっきから別に聞きたくないのに会話が耳に入ってきてる。 ……明らかにうるせぇ。 こっちは飯食ってんだぞ!? 静かに食わせろってんだ。俺はしばらく我慢していたが、耐えきれず席を立ち、2人のもとへ向かった。 「おいおい、どうしたんだよ店長さん」 俺はやれやれといった感じで声をかけた。 「どうしたもこうしたもないよ! この娘が料金払えないっていうんだよ」 「だってだって食べさせてくれるって言ったもん!」 店長の言葉に続いて女の子が言う。 「ったく、どういうことなんだよ店長さん。一から話してみなよ。」 「それはかまいませんが……。 この娘が店の前で、ショウウインドウに飾ってある料理を眺めてたから声を掛けたんですよ。『何してるの?』って、そうしたら『美味しそうだからどれがいいか選んでたの』って言うんですよ。それを聞いた私は客だと思い。『外で選んでないで中に入りなさいって』と言って中に入れたんですよ。そうしたらこの娘1リクンも持ってなくて」 店長はさっきまで大声を張り上げていたせいか、息を切らしながら説明した。 「なんでそれでお客さんだと思うの? ルナはただどれがいちばん美味しそうかなぁって、見た目で選んでただけだもん。 それにその後ちゃんと聞いたよ?『食べさせてくれるの?』って。 そしたら『ああ、食べさせてあげるよ』って言ったんだよ!」 店長の言葉にすぐ続くように女の子が俺に言う。 「だからそれは客だと思って!」 「何でそう思ったの? ルナは一度もお客だなんて言ってないもん」 また二人の言い合いが始まる。 ふーむ……ちと難しい問題だな……店長の言い分はもちろん解るし。この娘の言い分も納得できない訳ではない。 まぁこの場合、常識から考えるとこの娘の方が悪いんだが、何せまだ子供だからなぁ……。 はっ! このまま何か発言しなければ俺の出てきた意味は無い……。 うーむ……どうしたもんかな……。 このまま考えても仕方が無いので俺はしばらくして考えをまとめた。 「おい、嬢ちゃん。たしかに嬢ちゃんの言い分は解るけど、常識で考えるとどう考えても嬢ちゃんが悪い」 俺はきっぱり言ってやった。やはり小さいときから常識はちゃんと身に付けたほうがいい。一回や二回、警察に補導された方がいいのだ。 かく言う俺もそうだった。俺はそのおかげでちゃんとした職についてる。 ……冒険家兼賞金稼ぎがちゃんとした職業かって? 内容はともかくそれで生活に困らないくらい稼げればいいのだ。こういう言い方をすると盗賊なんかもOKみたいに思われそうだが、人の物を強引に盗るのは職業ではない。あくまで働いて報酬を貰うのが職業なのだ。俺はそう思っている。 じゃあ暗殺者はいいのかって? ……やっていい事と悪い事の区別のつく人ならそれくらい解るだろう。そしてその区別をこの娘に教えようとしているのだ。 女の子は俺の一言が効いたのか下を向いたまま黙ってしまった。 理解してくれたのかな? 「ふぇっ……。」 はっ!? ヤバイ! 相手が小さな女の子ってことを忘れてた! 「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」 うわぁ、泣きだしたぁ! 子供にはこの武器があるんだったぁ! 「ルナ悪くないもん、ルナ悪くないもぉぉぉぉん! ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」 うぉぉぉぉぉぉぉ!!特に小さな女の子の泣き声は殺人兵器と言っても過言じゃない! 俺は昔、気が強くてちょっとやそっとのことじゃ泣かない幼なじみのエリスという奴を、メチャクチャに泣かした事があったせいか、女の子の涙にはめっぽう弱いのだ。 「あ、お、あ、ゴ、ゴメン! 言い過ぎた! 悪かった!」 「ふぇぇぇぇぇぇぇん!!」 あぁぁぁぁぁぁぁ!! どうして慰めに入って余計に泣くんだぁ! 俺はどうしていいか解らず店長に助けを求めるように視線を向けたが、店長は『おまえが泣かしたんだろうが』という視線を返してきた。 つ、冷たい。 「うぇぇぇぇぇん! ルナ悪くないもぉぉぉん! おじさんが食べさしてくれるって言ったんだもぉぉぉん!」 「わかったわかった。おまえは悪くない」 「ちょっと! 代金貰わないとこっちは商売になんないですよ。」 店長は困ったように言う。 「だってだってルナお金もってないもぉぉぉん! おぢさんが食べさせてくれるって言ったからご飯食べたんだもぉぉぉん! ふぇぇぇぇん!」 「だぁもう! それぐらい俺が払ってやるから。」 俺はこの超音波兵器を停止させるために、普段じゃ絶対考えられないこと口にした。 「まぁそういうことなら……」 店長も超音波兵器を停止させたかったらしく素直に納得する。 「つうことだから嬢ちゃん。もう泣き止んでくれよ。もう金の心配しなくていいからさぁ」 「……うん……」 はぁ……やっと停止したか……。 「それで代金なんですが……」 店長が手揉みをしながら言った。 「ああ、いくらだ?」 「54万リクンで……」 「ぬわぁにぃぃぃ!!」 俺は思いっきり叫んだ。 どうやったら54万リクンなんて値段が出てくるんだぁ! 「何と言われても……ゲンブのステーキ3人前、ゲンブのレバー炒め2人前、ゲンブの刺身4人前、ゲンブ鍋3人前、ゲンブの唐揚げ5人前……これだけ食べれば54万リクンいきますよ……」 うわぁぁぁぁ! ゲンブ料理のフルコースゥ!? 俺でさえ食ったことないのにぃぃぃぃ。 いや食う金はあったんだけど、どうしても食う勇気が無かったのだ。 くぅぅぅそれなのにコイツは何人前も! しかもしかもタダでぇぇぇ! 「何泣いてるのお兄ちゃん」 おまえのせいだぁぁぁぁぁ! 俺は一度言ったことを引っ込める事もできずに、54万リクン支払った。 はぁ……今日は厄日だ……。 俺は暗い顔で街道を歩いていた。そりゃそうである。 54万リクン……一般的な給料の2ヵ月分以上はある。それがいっぺんにフッ飛んだんだもんなぁ……。 え? 500万リクン以上の収入を得ておいてケチなこと言うなって? ふざけんなぁ!? いくら金が沢山あったって1リクンも無駄にすることは俺のポリシーが許さないのだ! 考えてみろ! 金持ちの54万リクンも貧乏人の54万リクンも同じ物しか買えないだろうが! 「はぁぁぁぁ……」 俺は大きな大きなため息をついた。 「元気出してよ、お兄ちゃん!」 そんな俺の耳に聞いたことのある声が耳に入って来る。 ……まさか……。 俺は恐る恐る振り向く。 どわぁぁぁぁ! やっぱりぃ!? 声の主はあの女の子だった。 「何だよ、まだ何か用かぁ?」 俺は弱々しく言った。 「うん、ちゃんとお礼言おうと思って。それによく考えたんだけどあれはルナの方が悪い子だったよね。ルナすごいお腹空いてて、何か頭までお腹すいちゃってて、わがまま言っちゃったみたい。お兄ちゃんの言う通り常識で考えたら悪いことだったよね。お料理屋でお金払わないでご飯食べたら泥棒さんと一緒だもんね。さっき料理屋のおぢさんにも謝ってきたんだよ」 へぇ……。俺は少し感動してしまった。こんな小さな娘がちゃんとここまで考えて素直に謝るとは……。見た目よりしっかりしてるなぁ……。 「お兄ちゃん、さっきはお金払ってくれてどうもありがとう」 女の子はそういうとにっこり笑った。 う……。 俺はその時、可愛いなと少なからず思ってしまった。 ……ま、まさか俺にはロリコンの気があったのか!? いやいやそんなことは無い! これは子供が純粋で無邪気で可愛いなとか思うのと同じだ。俺は自分にそう言い聞かせることで落ち着きを取り戻そうとする。 「それでお兄ちゃん、ルナお礼したいんだけど……」 「い、いや、気持ちだけで嬉しいからいいよ」 「ううん!駄目!お母さんが借りはつくったままだと、大きな利子がついて人生棒に振るって言ってたもん」 どんな母親だ……。まぁ間違ってはいないかもしれないが。 「あ、いた!あなた黒崎和臣さんですよね」 おっさんがそう叫んで走ってきたのは、俺と女の子がそんな会話をしていた時である。 俺はコクリと頷く。 「大変なんです!」 「どうしたんだよ?」 「は、はい近くの山に住んでいたスザクが町に向かってきていまして」 「何ぃ!?」 「お願いです退治してください。お礼は100万リクンほど用意しますから町を救ってください」 おっさんは懇願するように言った。俺はそれを聞いてちと困った。正直言って俺はスザク退治の仕事はしたくない。なぜなら俺の必殺の武器であるシヴァ砲が通用しないからだ。 ここで俺の武器、シヴァ砲がどんなものかを説明しておこう。 シヴァ砲はシヴァと言う、コケのようなゼリー状の植物を利用した銃である。このシヴァは70度以上になると化学変化をおこし、瞬時でもとの体積の40倍ほどの高熱なミクロの花粉になる。しかもそれと同時に大爆発を起こすので、その花粉は広範囲にまき散らされるのだ。 言ってしまえば自然の生み出した爆弾。つまりとんでもない植物であるということだ。 その花粉と言うのが恐ろしい代物で、温度は尋常じゃないほど高く、大抵の物を溶かしてしまう。そしてシヴァ砲とは、そのシヴァを銃身内で爆発させ、唯一の出口である銃口から花粉を一気に発射し、その高熱で標的に風穴を開ける。というものだ。 細かい仕組みは企業秘密なので教えられないが、ここで考えてほしい。大抵の物を溶かしてしまうシヴァの花粉を銃身内で爆発させて、銃自体が溶けだしまったらどうなるか?答えは簡単、自爆してしまうのだ。そうならないためにはどうするか?この答えも簡単、シヴァの花粉の熱に耐えられる物で銃を造ればいい。 それが何であるか証す前にスザクという奴がどんな生物か説明する必要がある。 スザクというのはゲンブと同じく、シャロンの4大魔獣のうちの一匹。一言で言えば真っ赤なでかい鳥。しかし普通の鳥ならば魔獣と呼ばれるほど驚異的な生物では無い。スザクの羽毛は物凄い高熱を持っていて、その熱はシヴァの花粉並みである。 そして口からはその熱と同じぐらい高熱のファイアブレスを吐くのだ。 さて、このスザクの説明を聞いて、シヴァ砲の原料が何か予想がついた人はかなり多いと思う。 そう、このスザクの一部分を利用するのだ。もちろん羽毛では無い、それで銃が造れるのなら造ってみてほしい。銃を造れるほどの硬度がある部分。 くちばしである。 スザクのくちばしでシヴァ砲を造っているのだ。 そしてスザクと戦いたくない理由はいまさら語るまでも無いだろうが、シヴァ砲では倒せないからである。 シヴァ砲の熱が効かないものに、シヴァ砲をぶっぱなしたところでどうしようもない。シヴァ砲はその熱が売り物である。熱の効かない標的には、メチャクチャ小さくて軽い花粉を勢いよくぶつけるのと同じこと。つまり威力はゼロに等しいのだ。 それなら他の武器使えば? と思ったそこの君! 甘い甘い! スザクは全身に熱をもっているので普通の武器では攻撃する前に溶けてしまう。いやその前に近付くことさえできない。ついでに言うと、スザクの肉はまずくて売れない。くちばしは確かに高価なのだが、加工が難しいためにごく一部の鍛冶屋でしか扱ってくれないので売るのにも苦労する。つまりいい仕事じゃないんだなこれが。 「お願いします黒崎さん!」 おっさんはさらに俺に頼み込んでくる。 「でもなぁ……。」 俺は返事に困った。 ああっと! 言っておくが決してスザクを倒せないとは言っていない、しばらく前に一回だけ倒した事がある。しかしその時はマジで死にかけた。どうやって倒したかと言うと、スザクのくちばしで造った剣をひたすら投げつけてやったのだ。他の武器は溶けちゃうからね。 しかしスザクは動きが素早いのでそれを器用に避ける。 そのたびに拾ってまた投げつける。 相手に致命傷を与えた時には、全身に火傷を負っていた。あんな苦労はもう勘弁してほしい。 「ルナがやるぅ!」 ……は? 俺は耳を疑った。言ったのは例の女の子だ、俺はいつか笑い話のネタに使おうと思った。 「スザクを倒せば100万リクン貰えるんだよね? だったらやる! そうすればお兄ちゃんにお金返せるし」 「ははは……お嬢ちゃん……面白い冗談だねぇ」 俺は乾いた笑いと共に言った。 「冗談じゃないもん! ルナやるもん!」 ……本気で言ってんのかこいつは? 「寝言は寝てから言え大バカ野郎! スザクはお嬢ちゃんみたいな小さな女の子がどうにかできる相手じゃないんだぞ!」 「ルナは大バカ野郎でもお嬢ちゃんでも小さな女の子でも無いもん! ルナって名前もあるし歳だって16だもん!」 じゅ、16ぅ? マジかよ……顔、スタイル、話し方、どれをとっても16には見えないぜ!? ……はっ! 今はそんなこと考えてる場合じゃなかったんだよ。 「いいかお嬢ちゃん」 「ルナって言ってるでしょ!」 こだわるやっちゃなぁ。 「じゃあルナ、いくらおまえが16歳の普通の女の子だったとしてもスザクを倒せる訳ないんだよ! これは俺みたいな賞金稼ぎの仕事なの!」 「ルナ普通の女の子じゃないもん!」 「はぁ!? じゃあ何なんだよ」 「魔女!!」 ………………。 しばらくの沈黙。 「グワァァァァァオ!」 その沈黙を打ち破ったのはスザクの鳴き声だった。 近くに来ている? 俺は鳴き声の方を見て状況把握を急ぐ。スザクは町のすぐそばまで来ている。しかもくちばしを大きく開いており、今にもファイアブレスが発射されそうだ。 くそっ! 俺は慌ててシヴァ砲を構え、スザクに照準を合わせトリガーを引いた。 ドォォォォォン! シヴァ砲から放たれた閃光はスザクのこめかみをかすめる。それによってスザクの視線がこちらに移った。俺はそれを確かめると、思い切りダッシュして民家が沢山ある所から離れようとした。 町を火の海にしないためにはそれしかなかった。スザクは自分の射程距離を知っている。俺はそれを知っていたのでわざわざ自分を的にしたのだ。 俺の作戦はこうである。スザクは俺の威嚇射撃を受けて標的を俺に移す。しかし自分の武器は届かない。そうなれば自分が動いて射程内に持っていくしかない。スザクは全速力で飛べば、すぐに俺を射程距離内に追い込むのは難しくないことも判断しているので間違いなくそうするだろう。 なにせ魔獣は、戦闘に関しての知能は人間と変わり無いと言っても過言では無いからな。 俺はそれを利用しようとしているのだ。 スザクが俺を射程距離内に追い込むまでには多少時間がある。その時間内に俺が町の外に出れば町に被害は出ない。俺は素早さには自信がある。 やってみせるさ。 え? 町に出た後はどうするかって?……それは今考え中。さてどうしたもんか……。 ファイアブレスを回避しても倒せるとは限らない。何せ攻撃方法が剣を投げ付けるだけとなんとも大変なのだから。しかも町の外は草原。スザクがファイアブレスを吐くたびに辺りが火の海になる。前に戦った時は荒地だったからそんなことはなかったが……前よりもしんどい戦いになることは保障されてるなこりゃ。 よしっ!あれこれ考えながら走っている内に町に出れたぞ。スザクは……げ!着々と距離を縮めて来てるぅ! そろそろ射程距離内だ! スザクは地上に降りてクチバシを大きく開く。そしてファイアブレスが発射され……ない? なんとスザクの頭部にゲンブのアイスブレスのようなものが吹きつけられて、炎が打ち消されているのだ。 ゲンブが近くにいるのか? まさかな……いや、いたとしても魔獣であるゲンブが、スザクに手を貸すならともかく人間に加勢するとは思えない。 だとしたら? 俺は慌ててアイスブレスのような冷気の発生地に目をやった。 「なにっ!?」 俺は思わず声を出して驚いた。何と冷気はあのルナの左手から発せられているのだ。 まさか……本当にあいつ……魔女なのか!? 俺が茫然とその光景を見ている内に、スザクは大きく空に舞い上がり冷気の攻撃を回避していた。それと同時にルナが俺に近付いてくる。 「お兄ちゃん!」 俺はルナに声をかけられハッとする。 「お、おいルナ。い、今のは何だ!?何かの兵器なのか?」 俺は少し興奮気味で聞いた。 「ううん、魔法だよ!」 「……魔法……」 俺はまた茫然とする。俺は魔法みたいな非現実的なものを信じないのだが……信じざるをえないなこりゃ……。 「それより、お兄ちゃん! どうしようどうしよう! 力一杯やったのにスザクを倒せないよぅ!」 あ、そうだった。俺は今、大変な状況にいたんだったよ。茫然としている暇なんて無い。 「落ち着け!」 俺はルナと自分に言い聞かせた。 さて、ルナが魔法を使えるのを驚いている暇はない。今はこの魔法どう活用すべきかを考えるんだ。 ルナの冷気の攻撃はファイアブレスをかき消すことはできる。でもスザクを見るかぎりではダメージは大して受けてないみたいだ。 ……ん? なんだ? 冷気を受けた所の羽毛が白っぽくなってる? どうしてだ? 「グワォォオ!」 くそっ!考えもまとまらないうちにスザクが動きだしやがった。スザクはファイアブレスが届く程度の間合いをとって陸に着陸した。また大きくスザクの口が開く。 「ルナ!もう一回頼む!」 「うん!」 スザクのファイアブレスとルナの冷気魔法が同時に発せられ、ぶつかり合って打ち消し合う。 スザクは形成不利と見たかまた空にはばたいた。 しかし……このままじゃこれの繰り返しになっちまうぜ。 「お兄ちゃん……ルナ疲れてきたよう……」 ルナが大きく息を切らして言った。 ……考えてみれば魔法なんて超能力みたいなモノを使ったら疲れるのは当然だな……。 だとするとちょっと形成は不利になる。ルナとスザク。どっちがスタミナがありそうかは一目瞭然だ。 どうすりゃ……俺は必死で考える。 しかしスザクはすでに地に降りてきていた。 ……それにしても何でスザクは地に足をつけてからファイアブレスを出すんだ? ………………………! 俺は二つの仮説を立てた。 まず一つ目の仮説。スザクは地に足をついていないとファイアブレスを吐くことができない。これはあくまで推測だが、今までのスザクの戦い方を考えれば容易に立てることのできる仮説だ。 次に二つ目の仮説。スザクは冷気を受けるとダメージこそ受けないものの、羽毛の熱が無くなってしまい回復するには多少なりとも時間がかかる。いや、ダメージを受けないと言うことはないかもしれない。しかしそれは羽毛の熱が無くなってからも冷気を浴びせ続けられたらの話で、そんな長い時間スザクは冷気をくらってくれないだろう。 この仮説を立てた理由は、冷気攻撃を受けたスザクの頭部が白っぽくなっていたからだ。確かスザクは死ぬと真っ白になる。つまりスザクが赤いのは熱をもっているからなのだ。 ……多分だけどね。 さてこの二つの仮説はあっているだろうか? あっていれば倒す方法はある。 ……ここであってるかあってないかを考えるのはタダの時間のムダだな。作戦実行! 「ルナ、スザクが着地する前に冷気を浴びせろ!」 「え? でもそんなことしても効かないよぅ! 見てたでしょぉ? お兄ちゃん」 「いいから俺の言うとおりやれ!」 「……わかった」 ルナは最初は不満な顔をしていたが、俺が真顔で言うと素直に頷いた。 なかなか見所のあるやつだ。 その会話が終わってすぐスザクは着地体制に着く。 「今だ!」 「えぇぇぇぇい!!」 ルナの冷気魔法がスザクの腹部に炸裂する。スザクはたまらず飛びたとうと羽ばたき始める。 冷気を受けた場所は……。よし!スザクの腹部は冷気を受けて熱を失い白くなっている。 「よし! やめろルナ!」 俺はその言葉と共に素早く動き、スザクとの間合いをつめながらスザクのクチバシ製の剣を構える。 そしてそれと同時にルナの冷気魔法がストップした。 よぉっしゃ!グットタイミング! 「どぉりゃぁぁぁ!!」 俺は大きくジャンプし渾身の力を込めてスザクの腹部を斬りつけた! ズバァァァァァ!! スザクの腹部が大きく斬り裂かれる。 「グワァァァァォォォ!!」 スザクは凄まじいおたけびをあげて地に墜ちる。スザクは傷の深さは70pはいった!よし!内蔵まで到達しているだろうから、致命傷であることは間違いないな。 ほっとけば死ぬだろうが暴れられても困る。止めを刺すべきだ。 「ルナ! 今度は頭部に冷気魔法を浴びせろ!」 「とうぶって?」 俺はズッコケそうになったが何とか我慢した。 「頭だアタマァ!」 「うん!」 ルナは頷くと冷気魔法をスザクに浴びせはじめると、スザクの頭部が白く変色する。 「おし!やめろぉ!」 ルナが魔法をやめる。俺はそれと同時に頭部に剣を突き立てた。 「グワァォ……」 スザクは力ない鳴き声をあげ、それ以来動かなくなった。 脳味噌貫いたんだから当たり前か……。 「やったぁ! やったねぇ! お兄ちゃん!」 ルナが笑顔で近付いてくる。 「お兄ちゃんって強いねぇ、とってもカッコ良かったよ!」 「いや、おまえのおかげで勝てたようなもんだ」 強敵を仕留めた高揚感により、俺自身も笑顔になっていた。 「エヘヘ! ルナえらい?」 「エライエライ」 言葉にもしたが、今回はこいつの力を得たことによる勝利だ。 だから俺は素直にほめてやった。。 「エヘエヘヘ!」 嬉しそうにはしゃぐ姿は10歳前後にしか見えない。……本当に16歳かこやつ。 ……はっ! そうだ! こんな呑気な会話をしている暇は無い! 「それよりルナ! おまえ何であんなことできたんだ?」 そう、緊急事態だったのでとりあえず置いていたが、あんなことができる人間なんて聞いたことが無い。 「だから言ったでしょ、ルナは魔女だって!」 世界の常識がひっくりかえるようなことをさらりと言ってのける魔女。 「本当に……魔法なのか?」 「うん!」 再度確認しても、即答。 ……はぁ……こりゃおったまげた……。 でも今までのこいつの行動から想像できる性格から考えると、嘘じゃあないよなこれは……。 「それよりも早くお金貰いに行こうよぉ!」 そうだ! 何よりも大切なのは金を貰うことだ。俺達は急いでおっさんの元へと向かった。 俺達がおっさんの家に着いたのは夕暮れ時の事だった。 そのおっさんの家は町長宅であり、おっさんが町長だったことがわかった。別にそんなことどうでもいいんだけど。 「どうもありがとうございます」 町長は深々とお辞儀をして言った。 そんなことしなくてもいいよ、お金さえくれれば。 「報酬の100万リクンです」 町長は10万リクン札を10枚、俺に手渡した。 待ってましたぁ。 「じゃあ、ルナ。報酬は5対5でいいよな?」 「ごたいごって何?」 今度は心置きなくズッコケた。 「は、半分ずつ、50万リクンってことだよ……」 「うん、いいよ!」 ルナは素直に頷く。俺は50万リクンをルナに渡した。ルナはそれを受け取るとすぐさまそれを返してくる。 「はい、借りた分!」 「はいどうも」 俺はそれを受け取った。 「あー! 確か借りたお金って54万リクンだったんだよねぇ?」 「ああ」 「残り5万リクンどうしよう!」 ズコッ! 俺は古典的ギャグ漫画で使用されそうな効果音をだしながら派手にズッコケた。引き算もできんのかコイツはぁ!? というか54から50を引いて、5という回答を出せるこいつの脳内演算子の構造が知りたい。 「4万だろう?」 「え? うーんとミカン54万個から50万個食べると……。 ……そんなに食べれるなかぁ?」 「…………」 しばらく沈黙が続く。どうやらこやつは頭の中でミカンを50万個食べているらしい。どのくらい時間がかかるものなのか少しだけ興味があったが、そのために莫大な時間をムダにするほどバカじゃない。 「残り4万はいいよ」 「えー! ダメダメ、ダメだよぅ! お母さんが借りはつくったままだと大きな利子がついて人生棒に振るって……」 「でもそろそろ日も暮れる。そのお母さんが心配するぜ?」 俺はルナの言葉をさえぎるように言った。 「…………」 ? ルナは俺の言葉を聞くと黙り込んだ。 「ひっく……」 ……まさか……? 「びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん 」 どわぁぁぁぁぁぁぁぁ! 何か悪いことしたかぁ? しかもさっきよりレベルアップしてるぅ!! え? 何が違うかって? 『ふぇぇぇん』から『びぇぇぇん』になってるだろうがぁ! さっきとは不快感が全然違う! 「びぇぇぇぇぇぇん!!」 どわぁぁぁ!! 冷静に解説している場合じゃねぇ! 「どうしたんだよ?」 俺は全神経を集中させた優しい声で言った。 「お母さんに……お母さんに会いたいよぅ……」 「え?」 「びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」 どわぁぁぁぁぁぁ!!こっちが泣きたいわぁぁぁぁ!! ルナが泣き止むまでしばらく時間がかかった。俺と町長の必死のなぐさめのおかげで今は何とか落ち着いている。 「ルナね……ルナね……捨て魔女なのぉ……。」 「す、捨て魔女ぉ!?」 俺はこれにはかなり驚いた。 いや、魔女と言うのだけでも充分驚いたのに捨て魔女というのは……前代未聞もいいとこだ。 「うん、昨日の夜に寝て起きたらこの町にいたの……知らない場所で知らない人ばっかりで……ひっく」 「わぁ! 待て待て泣くなよ」 俺はとりあえずなだめに入った。 とはいえ、てこれからどうしたもんか? 俺ははっきり言って捨て魔女をどうすればいいかわからない(わかるやつもいないだろうが……)。 「ルナちゃん……お家の住所言えるかな?」 町長が笑顔で言った。 そうだ! 住所が解れば後は家に連れてくだけだ! ナイスだ町長! 伊達に歳はとってない。 「じゅうしょって?」 ……おまえなぁ……。 「お家がどこにあるかって聞いているんだよ、お家の地名とかわからないかなぁ?」 町長はそんな事も気にせずに会話を続ける。 冷静な人だ……。 「ちめいって何?」 さすがに町長も黙り込んだ。 うーむ、どうしようも無い……。こういう時は……うーむ……。 「……ルナはこれからどうするつもりなんだ?」 俺は思った。こういう場合は自分で決めなきゃだめなんだと……。 いや、これは建前で、こっちが決める事ができないから他の人に任しちゃう、という素晴らしい手である。 「えーと……とりあえず……お兄ちゃんにお金返さなきゃ……」 「ふむ、それで?」 思ったよりも義理堅い人間のようだ。俺は少しだけ感心する。 「だから……えっと……そうだ! ルナさっきみたいにお兄ちゃんのお仕事手伝う!」 仕事を手伝う……? 「え゙!?」 その意味を考えた瞬間、変な声が漏れてしまった。 「お兄ちゃん言ってたよね。さっきみたいにスザクをやっつけたりするのは、しょうきんかせぎって言う人のお仕事だって! お兄ちゃんしょうきんかせぎなんでしょ? だったらさっきみたいにお仕事手伝う!」 「ちょ、ちょっと待て! 俺は賞金稼ぎでもあるけど冒険家でもあるんだ! だから俺はいろんなとこに行かなきゃなんないんだよ! 実を言うと俺は明日にでもこの町を出ようと思ってるんだ!」 なんだか話の流れがデンジャラスなので軌道修正を試みる。 「じゃあついてく!どうせお家どこかわかんないんだしぃ」 しかし失敗。 ついてくるだって……? 冗談じゃない! まぁ魔女という存在には非常に興味があるが、こんなすぐ泣くヤツと一緒に旅をしたら神経が破壊されてしまう。 「ダメダメダメ」 俺は左右に大きく首を振って言う。 「どうしてぇ? ルナ、ちゃんとお仕事お手伝いできたよ」 「だけどなぁ……」 渋る俺に一歩もひく様子が無い。 「ねぇ、お願いだよぅ!」 ハッ! 目に涙がたまっている! これでダメだって言ったら確実に泣く! もうあの超音波兵器は味わいたくない! 「……わかったよ、ただし4万リクン稼ぐまでだからな」 「ホント?」 「ああ」 「ホントにホントにホントにホント?」 「ああ」 「やったー! ワーイワーイ!」 何度も確認し、ついていくことが了承されたことを確信すると、ルナははしゃいぎだした。 ……これは苦肉の策である。 ルナはどうやら約束は守る主義らしいので、こういう約束をしておくことによって4万リクン稼げば必ずおさらばできる。 4万リクンぐらい稼ぐのは、この仕事ではかなり楽である。 平均収入は約52万リクン。つまり1つ仕事が見つかればアッと言う間だ。 ……すぐに仕事が見つかればの話だけどね。 なかなか仕事が見つからなかったら地獄だ。 俺は早く仕事が見つかることを心から願った。 それにしても今日はなんて日なんだよ。捨て魔女拾うなんて……今まで生きてきた中で一番の厄日だな、こりゃ。 第1章 今日は厄日ということで 完
次章予告
はぁーい!ルナでぇーす!ルナ今とっても嬉しいんだ。だってだってお母さんに、よその人はとっても冷たい人ばっかりよって言われてたけど、さわったら全然冷たくなかったんだもん。それにお兄ちゃんみたいに優しい人もいるし!お母さんに捨てられたのは悲しいけどルナがんばる!だって一人じゃないんだもん!それでお母さんを見つけたら絶対謝らせるんだ!だってルナ一人をほっぽりだすなんてヒドイもん!え?もうおしまい?早く次章の題名言えって?うんいいよ!次章魔女の飼い方、『名残惜しいと言うことで』またルナに逢いにきてね!
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