DD

「う……うぅん……。」
 恵子が目を覚ましたのは九時過ぎだった。
 ゆっくりと目を開き、起き上がる。
「おはよう、恵子ちゃん」
「……恭介さん?」
 まだしっかりと意識が覚醒していないのかぼーっとしている。
「……ここは……」
 キョロキョロと辺りを見回す恵子。
「音楽室だよ。学校の」
「音楽室……え? なんで……私……」
 恵子は音楽室の真ん中辺りの席に座らせておいた。
 俺はピアノの椅子に座っている。
 ここの防音設備は完璧と言っていい。しかも窓も無い。悲鳴を上げられても外に聞こえないし、明かりをつけていても外から確認できない。
「俺が連れてきたんだよ。恵子ちゃんと二人きりになりたくて」
「な、何言ってるんですか?」
 複雑な表情を浮かべる恵子。
 ……いい表情だ。
 そんな恵子を見つめたままで、俺はおもむろに布切れのようなものを取り出してスンスンと匂いを嗅いだ。
「いい匂いだね。恵子ちゃん」
「そ、それは……」
 目を見開いて固まる恵子。
 俺が匂いを嗅いでいたのは恵子の体操服だ。汗と恵子自身の匂いが混ざり合ってなんとも言えない匂いがしている。
 ……別に俺はこういう趣味があるわけじゃない。
 恵子に恐怖を与えるためにやっているのだ。
「部活ですごい汗をかいたんだね。ビチョビチョだよ?」
 恵子をおびえさせるためにわざと変態のような言葉と口調を選ぶ。
「か、返してっ!」
 ガタンッ! と席を立ち俺の手から自分の体操服を奪い返そうと駆け寄ってきた。
 ふふふ。
「あぁっ!」
 体操服を奪い取ろうとした腕を取り、グッと抱き寄せる。細く柔らかく暖かい肢体がおれの腕におさまった。
「……やっぱり服よりこっちの方が全然いい匂いだ」
 恵子の髪に顔を埋め思い切り息を吸い込む。
「や、やめてっ!」
 泣き叫ぶような声で、拒絶の渾身の力をこめて俺を突き飛ばす。
 もちろん突き飛ばされたのはわざとだ。Dである俺が少女に突き飛ばされる訳が無い。
「どうしたんですか恭介さん! どうしてこんな……!」
 脅えと怒りと困惑が混ざった表情。クリクリとした大きな瞳からは涙が零れている。
 たまらないな。
 俺はTを相手にしていたのでは得られないだろう快感に酔いしれていた。
「どうしてって? 恵子ちゃんがかわいいからだよ。いつも言ってるだろ?」
「!」
 話が通じないと判断したのかドアに向かって走り出す。

 ガチャガチャガチャ!

「なっ、何これ!」
 ドアの前でガチャガチャと音を立ててドアを開けようとするが開くわけが無い。
 カギが開かないようにしてあるからだ。ここのカギは内側から開ける場合、横になっているつまみを捻って縦にすればいいだけなのだが、俺はDの力でそのつまみを潰してやった。
 ドアを破る力でもない限り脱出は不可能だ。
「開かないよ。恵子ちゃん」
 ゆっくりと恵子に歩み寄る。
 対して恵子は壁を背にこすり付けるようにして動き、俺との距離が詰まらないようにしている。
「どうしたの恭介さん。やめて……やめてよ……、おかしいよ恭介さん」
 そしてうわ言のように同じような言葉を繰り返していた。
「どうして逃げるの恵子ちゃん」

 ダンッ!

 わざと大きく踏み込んで飛び掛かった。
「いやぁあああああああああ!」
 期待どおり悲鳴を上げてくれる恵子。
 最高だ。最高のおもちゃだ。

 ドンッ!

 恵子が横に避けたために俺は壁に激突した。
「痛いなぁ……」
 もちろんこれもわざとだ。
 まだ早い。犯すのはもっと脅えるところを楽しんでから。
「ひ……!」
 恵子はすくみあがった。
 俺が派手に壁に激突したのにも関わらず、すぐ立ち上がったので本能的に何かを感じ取ったのだろう。
「いや……来ないで……来ないで……」
 もう俺を正気に戻そうとは思わなくなったようだ。
「そんな事言わないでよぉ恵子ちゃぁん!」
「来ないでぇええ!」
 ブンッ!
 絶叫とともに手近にあった椅子をつかんだと思うと勢いよく俺に投げつける恵子。
 ははっ。そうだよ。このぐらい抵抗してくれなくっちゃ。
 俺は投げ飛ばされた椅子を難なく掴み取る。
「ひどいよ、恵子ちゃん、あたったらどうするんだよ」

 ググッ……バギィッ!

 Dの力を見せ付けるために椅子を砕いてみせる。
「な、ななっ……」
 効果は覿面だった。
 砕いた椅子は木とステンレスでできている粗野なものだったが、ステンレスの部分を軽くひん曲げるなど人間にはできない。
 それをやって見せたことにより恵子の脅えはさらに増した。
「お願いだからおとなしくしてよ、恵子ちゃん。あんまり暴れると……この椅子みたいにしちゃうよ?」
 恵子の視線が壊れた椅子に向けられる。
「い、い、いやぁああああああ!」
 絶叫する恵子。
「やめて……許して! やめて! やめて! 許して! 許して!」
 後は壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返すだけだった。
 よくみると失禁している。
 ふふん……脅えさせるのはもう充分だろう。
 さぁ次のステップに移ろう。
 俺は狂ったように叫び続ける恵子を押さえつけ組み敷いた。
「いやぁ! いやぁああ! いやぁああああ!」
 止むことのない悲鳴が耳に心地良い。失禁したことにより湿った下着が俺の興奮を誘った。

 ビッ……ビッビィッ!

 制服の胸元を引き裂くと膨らみきっていない未発達の乳房が露になる。
「あはっ……」
 俺は思わず感嘆の息をもらした。
 たまらないたまらないたまらない。
 これからのこの体を犯すのだ。
 汚して汚して汚しきったあと、体を壊していくのだ。
 そして壊して壊して壊しぬいたあと、最高に甘く響くあの音を響かせるのだ。
 頭を砕くあの音を!

 たまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらないたまらない!

 俺の興奮は絶頂に達している。あのままTの処理をするだけで満足していたのでは、こんな興奮は味わえなかっただろう!
 これもあいつのおかげだな。俺に人間を壊す快感を教えてくれた……。

 ドゴッ!

「なんっ……」
 急に焦点がずれた。目に映っていたものが尋常じゃないスピードでスライドした。

 ゴッ!

 そして衝撃。
 壁に叩き付けられる衝撃。壁に叩き付けられた俺は、壁に皮膚をズリズリと擦りつけながら倒れた。
 な、なんだ……なにが起こった?
「へぇ、音楽室とは考えたな」
 自分のではない男の声が音楽室に響く。
「しかし、もうちょっと戸締まりをちゃんとしないとな。あんなんじゃカギがあれば外側から開けられちまう」
 ぐっ……。
 俺は状況を把握する為に立ち上がる。力が入りにくくなっていたがなんとか立ち上がることができた。
「……さすがにこのお嬢ちゃんはDにはできねぇなぁ。さぁ……とっととすべてを忘れちまいな」
 俺と恵子しかいないはずの音楽室に、男が一人入り込んでいた。
 その男は恵子のそばにかがみ込んで何かやっている。
「……D?」
 確かにやつはDと言った。Dにはできないと言った。恵子をDに……。
 !
 ……ということはこいつはDか? 俺はこいつにふっ飛ばされたのか?
「この子の記憶は消しておいたぜ。兄弟」
 記憶を消した……ということはやっぱり……。
 相手がDであることを確信した俺は、足を踏ん張りしっかりと立つ。
 何がどうなったかわからないが、相手のDは俺に攻撃を加えた。つまり敵だ。敵がDであるなら油断なんかできない。
「なっ……!」
 やっと相手を見据えることが出来た俺は言葉を失う。
 ……二メートルに近い長身。筋骨粒々の体。顔はよく覚えていないが……あの体格、背格好。……昨日の今日だ。忘れるはずがない。
 昨日の大男。俺に人の頭を砕かせたDだ。
「やっちまったねぇ、兄弟」
 明かりのついた音楽室ではその男の風貌がよくわかった。歳は30代後半であろう。顔は丸く、妙に彫りが深い。油でテラテラと光っている顔。無精ひげ。嫌悪感を抱く要素を人より多く持っていた。格好もひどい。くすんだ緑のパーカーの下は、こすれて変色している黒のスラックス。
「なんの……用だよ……」
「何の用かとはご挨拶だねぇ。強姦未遂に殺人未遂の犯罪者さん」
 な、何を言っているこいつは?
 そう言った大男の手には数枚の写真があった。そこには写っているのは先ほどの光景。……俺が恵子を組み敷いているところが写っている。
「おまえだって昨日人を殺してただろう! 散々痛めつけてボロボロにして……」
「アレは人じゃない」
 俺の言葉の途中でニンマリと笑う大男。その声は決して大きくなかったが、俺の言葉を止める力は充分にあった。
 ……人じゃない……人じゃないってどういう……。

 !!!!!

「まさか……」
「そう、あいつはDだ」
 昨日の男がDだと!? あいつがDなら……Dなら……。
「……おまえは……」
 冗談じゃない……冗談じゃない!そんなことがあってたまるか。
「DD……」
「ご名答〜」

 ヒュオッ!

 俺がその言葉を言い終えた刹那、大男が……いやDDが跳ねた。
 昨日よりも速く……そして鋭い。

 ゴギャッ!

 丸太のようなDDの脛が俺の脇腹をとらえると、骨の砕ける音が音楽室に響いた。
「DDはなぁ、Dよりもより強い能力を与えられる」

 ゴガッ!
 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!


 次は拳だ。一発目の拳で勢いよく壁に叩きつけられた。その一発はまだいい。二発目からは後ろを背にしているために、吹っ飛ぶことで威力を軽減することができない。連打を見舞われ、その衝撃はまともに体に響いた。ボウリング玉でぶん殴られているような衝撃が、何度も何度も襲ってくる。顔に、腹に、胸に。不規則なペースで拳が俺の体を砕いていく。
「ゴハアッ!」
 俺は派手に血を吐いた。赤黒く粘り気のある血。……痛覚がないのではっきりとは解らないが、おそらく内蔵がいくつか潰されているのだろう。
 俺の吐きだした血はDDの胸にビシャリとかかった。それとともに連打が止む。
「ふふ。俺がなぜDDをやっているか教えてやろうか?」
 体がピクリとも動かなかったが、視覚と聴覚は生きていた。
 なぜDDをやっているか……だと? そんなもん知りたくもない……知りたくもないが……。
 今ならその理由がわかる。
「人を殺して咎められないからだ」
 はっ……想像通りだ。
 そう言おうとしたが、ゴポゴポと口から血の泡が出るだけだった。
「それどころか、おまえらのいうところの『緊急連絡先』である、『組織』がキレイに後始末をしてくれるんだぜ? 警察も政治家も『組織』の言いなりだからな。目立たないところで人が一人惨殺された事件なんてのは闇に葬ることができるんだ」
 DDが攻撃を再開する。
「でも最近、腑抜けが多くてなぁ。Dの力を手に入れてもTをいじめるだけで満足しちまうやつが多いんだよ。昨日までのおまえのように……。
 だがな。それじゃ俺は困るんだよ。わかるか? Dが罪を犯してくれなきゃ俺はDを殺せない。だから目覚めさしてやるんだよ。昨日みたいにっ!」
 男はありとあらゆる方法で俺を痛めつけながら興奮気味にしゃべり続ける。
 ……俺はうまくはめられた訳だ。
「人間を殺す快感を俺はよく知っている。そして……一度味わってしまうとまた殺りたくなっちまうこともな!」
 男の目はギラギラと輝いていた。狂気に彩られた目だ。さっきまでの俺と同じ目をしている。
 その時、俺の体はもうほとんど原型を留めていなかった。ある一カ所を除いて。
「人間って怖いよなぁ」
 ……まったくだ。
 DDがその大きな右手で、唯一壊れていない部分である俺の頭を掴む。
 Dは脳をやられない限り死なない。だから殺す方法は限られる。頭を打撃技で砕くか……握りつぶすか。
 どっちがより快感を味わえるか。それは俺にもよくわかっている。だからこの男は間違い無く後者のやり方で俺を殺すだろう。

 メギギッッギギギィィィ。

 何度この音を聞いただろうか?この音を聞くためにいくつの命を奪っただろうか?
 だが、今鳴り響いている音は、今までのどの命よりも大きな音を立てている。当たり前だ。俺の頭蓋骨の軋む音なんだからな。
「どうだい? 殺される気分ってのは?」
 DDは俺が答えられないのを知りつつ話しかけてくる。
 喋るな! 音が……音が聞こえないだろっ!

 ギッギギギギギ。

 俺の求めていた音が。俺の大好きな音が。すぐ近くで響いている。
 ……ふふ……ふふふ……最後に聴くのが……この音なら死ぬのも悪くない。

 ギッ!

 ソウダヨ。コノオトダ。















 バキャ……。


















END

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