「ぐわー、退屈じゃー!
いい加減に退院させろ!!」

「もう、お兄ちゃん!
病院なんだから、少しは静かにしてよ」

あの試合から3日が経ち、お兄ちゃんは検査の為に入院しています。
でも・・・

「けどよ、晶子。
オレはこんなにもピンピンしているじゃないか!!」

「それでも、前例があるんだから大人しくしてなくちゃダメだよ」

「一度割れたんだから、その分強くなってるぞ!
ダイヤモンドでも何でも来いって!!」

もう!
退屈なのはわかりますけど、我侭ばかり言わないでよ。

「今、お母さんが検査の結果を聞きにいっているから、
もう少しの我慢だよ」

「だけど退屈なのは、退屈なんだよー!!」

うう・・・
お母さん、早く帰ってきて・・・(困

 

 


2002 elf 『あしたの雪之丞&勝 あしたの雪之丞2』

「幸せなる日々」
 (エピローグ・未来(さき)へ・・・)


 

ガチャ

 

「もう・・・
うるさいわね、息子。
アンタの声が外まで聞えてるわよ」

そろそろ私じゃお兄ちゃんを止められそうになくなってきた頃、
お母さんが戻ってきました。

「おお、お袋!!
で、検査の結果は?」

私も結果が知りたくて、黙ってお母さんの話しを聞きます。

「・・・見事にどこも異常なし。
保険金、貰い損ねちゃったわ」

「ヒドッ!」

「お、お母さん・・・」(汗

冗談半分のお母さんの言葉に呆れる私。

「まあ、そういう訳で明日退院なんだから準備しなさいよ」

「そんなもん、晶子がしてくれるよ」

「もう、お兄ちゃんったら・・・」

いつも私任せなんだから・・・
こういう時、お兄ちゃんに恋人さんがいてくれたらと思います。
はあ・・・
いつになったら出来る事でしょう(溜息

「それじゃ、私も夕食の準備があるからそろそろ帰るわね。
晶子、後お願いね」

「うん、わかった」

「・・・お袋!」

後を私に任せて、帰ろうとするお母さんをお兄ちゃんが止めました。

「・・・すまなかったな。
色々迷惑掛けて・・・」

「何言ってるの?
それともやっぱり異常ありかしら」

「何だよ、それ?」

「だって、アンタが素直に謝るなんてないからね」

・・・確かに。

「ふ、ふん!
謝って損したぜ!!」

「ふふ・・・」

本当に素直じゃないね、お兄ちゃんは。

「・・・お袋」

「ん?」

「・・・ただいま」

お兄ちゃんのその言葉にお母さんは軽く驚き・・・

「おかえり」

微笑んでそれだけを言って病室から出て行きました。

 

 

 

コンコン・・・

 

「はい、どうぞー」

 

ガチャ

 

「調子はどうだ、久保?」

「あっ、ゆっくん!」

「おう、雪之丞!!
退屈だったんだ!」

お母さんが帰って少しした後、ゆっくんが来てくれました。

「その調子だと大丈夫そうだな。
あっ、晶子。
これ見舞いのケーキだ。
置いていてくれ」

「ありがとう、ゆっくん」

「サンキュ」

さすがゆっくん。
気が利きますね。

「それにしても、何でオマエは1日でオレは3日なんだよ?」

「当たり前だ。
精密検査やら色々しなくてはいけないだろ?」

試合の後、病院に駆け寄った時にゆっくんも1日入院しているんです。
ゆっくん本人はその一日でさえ凄く渋ってましたけど。

「そうだ、雪之丞・・・
オマエのお袋さんとはどうなった?」

「・・・十年ぶりにひっぱかれたよ」

「すまんな。
オレのせいで・・・」

「いや、これはオレが望んだ事だ。
そこまで気にする必要はない」

実は私が、ゆっくんが病院で1日入院する事をおばさん(ゆっくんのお母さん)に電話しました。
でも、おばさんは試合の事は知らせれていなくて、その時に初めて知ったそうです。

「「・・・・・・」」

そして一瞬話が止まってしまいましたが、
改めてお兄ちゃんから話し始めます。

「雪之丞・・・
オマエ上を目指すんだろ?」

「ああ。
まずはオリンピックで金メダルを目指して、
その後はプロの頂点を・・・」

「そうか・・・」

よかった。
ゆっくんもボクシングで目標が出来ました。
そういえば・・・

「ねえ、ゆっくん。
ということは『慶堂大学』を受けるの?」

「ん?
雪之丞、確かオマエは春日と同じ『城誠大学』を目指していたんじゃないのか?」

「・・・実はな、谷沢さんから推薦入学の話が来てな」

「へえ・・・
あの人はオマエに入れ込んでいたからな。
よかったじゃないか」

そっか・・・
『慶堂大学』を目指すんですね。
せりなさんが少し可愛そうです。

「いや、オレは『城誠大学』を目指す」

「「えっ?」」

な、なんで?
ボクシングで上を目指すなら、『慶堂大学』の方が・・・

「自分を一から鍛えなおしたい。
なら、エリートコースより地道に一から這い上がっていくほうを選ぶ」

「いいのか?
『城誠大学』のボクシングは弱いぞ」

「その方がやりがいがある。
それに、人に引かれたレールの上を歩くのは好みじゃない」

「言ってくれるぜ」

それがゆっくんの答えなんだね。
やっぱりゆっくんはゆっくんだよ。

「晶子、これがオレの答えだ」

「うん。
ゆっくんがそう決めたら私は何も言わない。
私も頑張るから」

前の私とは違って、決断と責任をゆっくんに任せたわけではありません。
ゆっくんが目指す道を私も歩いていきます。
何があっても、どんなことがあっても・・・

「・・・さて、話も終ったことだし」

「ゆっくん?」

『シッー』と静かにしろというポーズをとって、
足音を立てずにドアまで寄ります。

「?」

首を傾げていると、ゆっくんがドアノブを持って力強く開けました。
そうすると・・・

 

ドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサッ!!

 

「いったーい・・・」

「あらら、やっぱりバレていたのね」

「ど、どうしましょう?」

「こ、こんにちは」(汗

「痛いですぅー」

「ど、どうも・・・」

「す、すみません、久保先輩」

「よう!」

「退け、鉄平。
お、重い・・・」

「(フガフガ)・・・・・・」

 

重なり合うように倒れてきたせりなさん達(汗
正確に言えば、上から・・・
せりなさん・あきらさん・由美子さん・由希さん・ちはるちゃん・妙子ちゃん・明男くん・鉄平さん・達也さん・権造さん。
ちなみに権造さんは顔から床について、その上から皆さんが倒れてきたので声が出せないようです(汗

「それで、何をしていたんだ?」

その光景に溜息をつきながら問いただします。

「な、何って・・・
皆で久保勝のお見舞いに来たんだけど、
何か話し込んでいるみたいだったから待っていたのよ」

せりなさんが言い訳を始めます。
でも、こういう時のせりなさんは弱いんですよね。

「なら、どうしてドアにへばりついていたんだ?」

「あう」(汗

見事に核心を突かれ、沈黙するせりなさん。
とっくにバレているんですから、素直に謝ったらいいのに。

「さ、さて、全部を終った事だし、
ここはパーッと盛り上がろうじゃない!!」

「せ、せりなさん・・・
ここは病院ですよ」(汗

病院でもし、せりなさんが盛り上がったらどうしましょう?

「問題ナッシング!
ほら、花火も用意してきたのよ!!」

は、花火?
しつこいようですが、ここは病院ですよ?

「あ、あきらさん・・・」

「何?」

あきらさんにせりなさんを止めてもらうと声を掛けたのですが、
何故かゆっくんが買って来てくれたケーキを食べていました(汗

「い、いえ、何でもないです」

あきらさんではダメだと考え他の人に止めてもらうと思いましたが、
詩織先生以外に止める人はいません。

「おい、ピンク。
もちろん麦コーラも持って来ているんだろうな?」

「だからピンクは止めなさいって!!
それは置いておいて、ちゃんと持って来ているわよ」

「よし!
パーッと盛り上がろう!!」

お、お兄ちゃん・・・
もうどうなっても知りませんよ。

「ゆっくん・・・」

「先に言っておくが止められないぞ」

「わかってるよ。
だから、逃げない?」

「・・・そうだな」

このまま残っていたら絶対後悔します(断言
今のうちに逃げるのが正解のはずです。
・・・逃げれたらですけど。

「それじゃ皆、麦コーラ持ったわね?」

とりあえずせりなさんに合わしていますが、
私とゆっくんは逃げ出す機会を伺っています。

「「「「「「「「「「「「カンペー!!!」」」」」」」」」」」」」

 

それから少しして・・・

 

 

「はあ・・・
やっと抜け出せたね」

「・・・そうだな」

なんとか抜け出せる事が出来ました。
今頃はお兄ちゃんの病室は地獄絵図のようになっているはずです。
私達は病院の門まで続く道にあるベンチに座っています。
すると・・・

「あら・・・
雪之丞くん、晶子さん」

「あっ、詩織先生!」

「どうも・・・」

詩織先生が駐車場の方向からやって来ました。

「どうしたのこんな所で?
せりなさん達が先に入っているはずよね?」

「は、はい・・・
確かに来るには来たんですけど・・・」

「はあ・・・
もう、あの子達は・・・」

苦笑しながら答えると、
詩織先生はそれだけで気付いてくれたようです。

「まあ、春日も病院では気を使って・・・」

ゆっくんがフォローしようとした瞬間・・・

 

パパパパパパパパパン!!!!!

 

病院から(おそらくお兄ちゃんの病室から)花火の音が響きました。

「「「・・・」」」

3人揃って固まっている間に、病院から慌しい声が聞えます。
先生や看護婦さんだと思いますけど。

「はっ!
雪之丞くん、晶子さん!!
私は病室に行くからまた後でね!!」

「は、はい。
お気をつけて・・・」

「すまない、力になれなくて」

駆け出していく詩織先生を見送っている私達。

「ゆっくん、私達って無力だね・・・」

「ああ・・・」

ごめんなさい、詩織先生。
せりなさんの強引なペースには太刀打ちできません・・・

 

「ねえ、ゆっくん。
これからどうする?」

「そうだな・・・
まる1ヵ月受験勉強していなかったから帰って勉強だな」

「でも、今日は私の我侭を聞いてくれていいよね?」

「・・・そうだな」

本当に全てが終ったんだから、今日ぐらいはいいよね。

「ところで、晶子は進路のことを考えているのか?」

「突然だね、そんな質問」

「いや・・・
別に変な意味ではなく、ただ思っただけなんだが・・・」

「ふふ、わかってるよ」

私の進路はもう決まっています。

「私はゆっくんと同じ『城誠大学』を目指すよ」

「・・・オレに合わせなくても、
晶子ならもっと良い大学にいけるだろ?」

「ううん。
やっぱり私はゆっくんと一緒に居たいから。
ゆっくんは気にしないで。
これは自分で選んだことだから」

この決意は誰でもない・・・
そう、ゆっくんでもない私自身が決めた事。

「・・・そうか。
なら、なおさら努力しなくてはな。
オレが落ちで晶子が受かったら笑い話にもならん」

「大丈夫だよ!!
今までのことを考えたら受験勉強なんて、苦にもならないよ」

「・・・そういう問題か?」

「うん!」

私も頑張らなくちゃ!
でも、何か目標が欲しいな・・・
あっ、そうだ!!

「ねえ、ゆっくん。
私が『城誠大学』に受かったらご褒美ちょうだい」

「・・・一年先のご褒美をねだるのか?
まあいい、何が欲しい?」

ちょっと・・・いいえ、かなり恥ずかしいけど、
勇気を出して『ご褒美』の内容をゆっくんに言います。

「『ココ』に『ある物』がほしいなって・・・・」

「し、晶子!?」

そう言って、右指で『左手』の『薬指』を指します。
この意味がわからないほどゆっくんは鈍感じゃありません

「・・・ダメ?」

いくら強くなっても、これだけはドキドキします。

「・・・わかった」

「ゆっくん!!」

OKしてくれた事に嬉しさと喜びが駆け巡り、
ゆっくんに抱きつきます。

「ありがとう!
本当にありがとう、ゆっくん!!」

「ただし一年後で、晶子が受かったらだぞ」

「うん!!」

いつの間にか涙が流れて止める事が出来ません。
でも、いいんです。
本当に嬉しいんですから!!

「じゃあ、今から私も受験勉強する!!」

「お、おい。
まだオマエは三年の授業を習っていないじゃないか」

「いいの!
予習だよ!!」

絶対受かるんだから!!

「ほら、ゆっくん!!」

ゆっくんの手をとって走り出します。

「し、晶子、走らなくてもいいんじゃないか?」

「膳は急げだよ!
ゆっくんも走って!!」

 

そして私たち走ります・・・

未来(さき)に向かって・・・

その先にある本当の『幸せなる日々』を手に入れるために・・・

時には休む事もあるでしょう・・・

傷付く時もあるでしょう・・・

でも、必ず掴んでみせます・・・

だって・・・

私達を引き離すものは何もないから!!

 

 

数年後・・・