「・・・そろそろ行こうか?」
「そうだな。
合田と駅で待ち合わせしているからな」
ついに、ゆっくんとお兄ちゃんの試合当日・・・
私はゆっくんのアパートの泊まって(詳しくは内緒)準備が整いました。
「・・・大丈夫か、晶子?」
「うん、大丈夫だよ。
私は平気だから試合に集中して」
もう!
私は強くなったんだから心配じゃないとは言わないけど、
どんな結果になっても受け入られるよ。
「そうか。
もう何も言わない。
しっかり着いて来い」
「うん!!」
ゆっくんも私の決意を感じ取ってくれたのか、
それだけ言ってドアを開けて出て行きます。
覚悟しててよ、お兄ちゃん。
本気になったゆっくんには誰にも敵わないんだから!
2002 elf 『あしたの雪之丞&勝 あしたの雪之丞2』
「幸せなる日々」
(最終話・全ての決着を・・・ 雪之丞VS勝)
「来たな、雪之丞」
「待たせたな」
試合場所・・・涼月学園のボクシング部に到着した私達を出迎えてくれたお兄ちゃん。
そのお兄ちゃんはゆっくんしか見えていないようです。
「へっ!
勝はこの1ヵ月、死にものぐらい特訓してただ!
油断してっとあっという間に負けちまうだ!!」
「何だと!
雪之丞だってこの1ヵ月、もの凄くハードな特訓をしていたんだぜ!
そのセリフ、そっちに返すぜ!!」
お兄ちゃんと一緒にいた権造さんと鉄平さんも言い合いになっちゃいました。
あの・・・、試合するのはゆっくんとお兄ちゃんなんだから落ち着こうよ(汗
「久保、雪村先輩はどうだった?
あの人に久保先輩と試合が出来るのか?」
「大丈夫だよ。
ゆっくんはそんなに弱くないよ」
どちらかというとお兄ちゃんを心配している明男君だけど、
ゆっくんとお兄ちゃんは強くなったよ(お兄ちゃんはどうやって強くなったかわからないけど)
「さて・・・
さっそくウォーミングアップしなくてはな」
「ああ。
オレもまだだからな。
お互いにするか」
2人共いよいよ準備が始めました。
信じているからね、ゆっくん・・・
「へっ!
吠え面かくなよ!!」
「何を!!」
だから大人しくしていてくださいよ、鉄平さん・権造さん。
そして5分後、運命のゴングが鳴りました・・・
カーン!
「ファイ!」
ー第一ラウンド・明男サイドー
ついに雪村先輩と久保先輩との試合が始まった。
オレはレフェリーとしてリングに立っている。
始まったばかりで2人共、お互いに牽制している。
「・・・っ!」
「フッ!」
それでもさすが・・・というより、驚きに包まれる。
雪村先輩は先月のオレとの試合なんて子供だましのように思える。
その雪村先輩と互角に渡り合っている久保先輩にそれ以上に驚かされる。
ブランク一年を感じさせない戦いぶりだ。
しかし、頭部に必要以上に衝撃を与えてはいけないという事実にかわりはない。
心は・・・精神的にはどうか?
どうするんです、雪村先輩?
「!」
久保先輩が仕掛けた!!
ジャブを3連発して左側に集中させておき、本命は・・・右だ!!
ヒュン!
「―っ!?」
ドカッ!!
「ぐおっ!!?」
なっ!?
「久保先輩!?」
「お兄ちゃん!」
「勝!!」
カ、カウンター・・・
雪村先輩・・・
「すげえ!
ドンピシャのタイミングでカウンターを入れやがった!!
やりやがったな、雪之丞!!」
そう・・・
何の戸惑いも躊躇も無くカウンターを、パンチを・・・
久保先輩の顔面に!!
「クッ!」
雪村先輩は完全に吹っ切っている。
いや、それ以上に気迫と決意を感じさせる一撃だ。
今、立っているのは紛れもなく完全なボクサー、雪村雪之丞だ!!
「・・・レフェリー、カウントだ」
い、いけない。
あまりの事で呆然としてしまった。
「はっ、ワン、ツー、スリー・・・」
起き上がれませんか、久保先輩!?
いや、久保先輩は侮っていた。
雪村先輩のスタイルが迎撃・・・スピードのカウンター重視だとわかっているはずなのに、
突っ込んでいった。
やはりブランク一年は中々取り戻せない。
「勝!」
「お兄ちゃん!」
外野からの声援に押されるように・・・
「よっと」
反動を付けて、しっかりと立ち上がった。
「や、やれますか?
久保先輩?」
「やれなきゃ、立たねぇよ。
さあ、続きだ!」
久保先輩、笑ってる・・・
「ファイ!」
そうですね。
そんな簡単に終わらす事なんて出来るはずがありませんね。
「―っ!!」
「今度は雪之丞が仕掛けた!!」
「野郎、勝のダメージが抜けてねぇ今を狙うつもりだ!!」
「ゆっくん、お兄ちゃん!!」
確かに雪村先輩の判断は妥当だ。
しかし、このまま押し切れるかどうかは・・・
「クッ!」
同じジャブでもやはり雪村先輩の方が上だ。
しかも、牽制のジャブではなく同じ箇所を何度も狙ってガードをこじ開ける、
俺達の部の伝統のジャブだ!
「あっ!」
久保先輩のガードが崩れた!
そして、間髪入れずに飛び込んでくる雪村先輩の右!
上手くかわすが・・・
ガシッ!
ヘッドギアにパンチの端に引っ掛る!
おそらく、衝撃が頭に伝わっているはずだ。
「勝!
ボーっとすんな!
次が来るぞ!!」
ボスッ!
雪村先輩の攻撃に感覚が戻っていないのか、
久保先輩は何とかガードが間に合うぐらいだ。
あっ!
ガードした右が下がった!
狙うはガラ空きの右からの顔面!!
間に合わない!!!
「ぬおおおおおおっ!!!」
「―!?」
ガシッ!
なっ!
左フックで雪村先輩を浮かせた。
だが、驚くのは威力じゃない、スピードだ・・・
後の先を取った。
「「っ!」」
何か言い合った後、お互いにトップスピードで間合いを詰めた!
「っ!?」
今度は雪村先輩が虚をつかれた。
あれではカウンターは間に合わない!
「ぬおおおっ!!」
ガスン!!
「ぐっ!」
ガスン!!
「―――っ!!」
左、右に続く連続攻撃!
しかも、また身体が浮いた!
雪村先輩!!
バスンッ!!
「くっ!」
ズッダン!!
「ダウン!!」
「ゆっくん!?」
「うお!
勝、やるでねぇか!」
今度は雪村先輩がダウン!
「な、なんてパンチ力だ。
雪之丞の身体を・・・人の身体を浮かせやがった!!」
確かに・・・
ボクサーとしては雪村先輩は軽量だが、
人の身体を浮かせる程のパンチ力は凄い。
「ワン、ツー、スリー・・・」
シュタッ!
すぐに立ち上がる雪村先輩。
「・・・やれるぞ、レフェリー」
ダメージは・・・受けていない。
今までの久保先輩の攻撃はガードの上からだから、ダメージは皆無だ。
これを崩すのは至難の業ですよ。
「行くぜ、雪之丞!」
押し切るつもりですか、久保先輩!!
「うおおおおっ!!」
「また勝が前に出た!」
ひたすらラッシュで攻める!!
このまま体力がなくなるまで打つつもりですか!?
「くっ!!」
「な、何て回転だ、あの野郎!
雪之丞、離れろ、距離を取れ!
そのラッシュはヤベェ!」
無理だ。
ここまで攻め続けられたら離れようとした瞬間、ガードが崩れてしまう。
雪村先輩もわかっているのかガードをしながら隙を待っている。
「っ!」
でもたまらず、後ろに下がる!!
それを逃す久保先輩じゃない。
なおさら攻める!
「ゆっくん!」
ガードが弾けた!!
久保先輩のチャンスだ!!
カーン!!
「ストップ!!
第一ラウンド終了!!」
ゴングと同時に、雪村先輩の顔面ギリギリで久保先輩のストレートを止める。
「はあ、はあ、はあ!」
「はあ、はあ、はあ!!」
久保先輩が手を下ろし、それぞれのコーナーへ戻っていく・・・
ー第一ラウンド休憩・晶子ー
「お、惜しかったべ、勝!」
「はあ、はあ、はあ!」
「で、でもこの調子だべ!
今のラッシュをもう一度かませば、今度こそ倒せるべ!」
お兄ちゃんがコーナーへ戻って来て、
権造さんにアドバイスを受けています。
「少し静かにしていてくれ。
呼吸を整えたい」
そのまま黙って呼吸を整えるお兄ちゃん。
休憩時間が終わる前に声をかけてきました。
「・・・晶子、オマエは雪之丞の所へ行かないのか?」
「本当はどっちにも行かずに真ん中で見守っているつもりだったけど、
お兄ちゃんがゆっくんを侮っていたからちょっと活を入れに来たの」
「へっ・・・
言うようになったじゃないか」
「ふふ」
時間が来て立ち上がりながらお兄ちゃんが言葉をもらしていきました。
「強くなったじぇねぇか・・・
オマエも、雪之丞も・・・」
ううん、お兄ちゃんも強くなったよ。
とっても・・・
カーン!!
ー第2ラウンド・勝ー
どうする・・・
体力はまだ回復していない。
回復するまで待つか押し切るか・・・
「―っ!」
考えがまとまらないうちに雪之丞が攻撃を仕掛けてきた。
ダブルジャブから右ストレート!
バンッ!!
ブロックするが腕が痺れる!
だが、これぐらいのパンチじゃカウンターをもらわない限り、
オレは倒せないぜ!
しかも、この間合いはオレだ。
行くぜ!!
「おお、出たべ!!
またあのラッシュだ!!」
バシバシバシ!!
右!左!右!左!
バシバシバシバシ!!
フック!フック!フック!
バシバシバシバシバシ!!
ガードの上から、乱打! 乱打!乱打!
雪之丞の足が止まった!!
勝機!!
「ぬおおおお!!」
「――くっ!!」
亀のようにしゃがむ雪之丞。
アウトボクサーが足を止めて、生き残れるかよ!!
「ゆ、雪之丞!!」
・・・な、なんて、硬てえガードだ。
いいぜ、こうなりゃ我慢比べだ!
必ずそのガードをこじ開けて、一発お見舞いしてやるぜ!!
「グッ・・・・・・!!」
「雪之丞っ!
一旦離れろ、無茶すんじゃねえ!」
「行け、勝!
一気に押し切れ!!」
言われなくてもそのつもりだよ!!
ゴングが鳴るまでまだ時間はタップリある。
さっきみたいにゴングに救われる事はない!!
どう切り抜ける、雪之丞!?
「くっ!」
バシバシバシバシバシ!!
まだか!?
バシバシバシバシバシバシ!!
左右の回転を更に上げる。
バシバシバシバシバシバシバシ!!
もはや雪之丞はサウンドバック状態だ。
なら、これでどうだ!!
バシッ!!
渾身の左フックが、内側から雪之丞の『左』のガードを外に弾き飛ばす。
今だ!
開いた左半身にトドメの右!
「―――っ!!」
オレの右のモーションに、リングを蹴って後ろに跳び下がる雪之丞。
バカヤロウ!
オレのダッシュ力を忘れたか!?
今度こそ貰った!!
さっきと同じように、空中に逃げた雪之丞。
だが、今回はガードを飛ばしている。
オマエの負けだ、雪之丞!!
―ガクン
・・・えっ?
「ど、どうした、勝!?
チャンスだべ!!」
わかっている。
わかっているが・・・
「くっ」
トンと、軽やかに着地する雪之丞。
・・・やられた。
なんてことしやがる。
あ、足が前に出ねぇ・・・
これが狙いだったのか。
わざとオレのラッシュを受けて、オレの体力を奪う。
その事は承知の上で挑んだのは確かだ。
そして・・・オレの体力を吸い取りやがった。
パァァァァァン!!
「ぐうっ!!」
一瞬の隙を突いて、雪之丞の左が顔面にヒットする。
「クソッ!!」
咄嗟に振り払うような一撃を出す。
雪之丞を遠ざけようとする無意識の攻撃だ。
だが、それが失敗だった。
不用意すぎる一撃。
試合勘がやはり狂っていたんだろう。
後悔した瞬間、激しい衝撃が襲った。
バシッ!!
再びの、カウンター・・・
・・・ダンッ!!
その一撃でもんどりうって、リングに倒れてしまう。
「ああ、勝!!」
権造の叫び声が遠くからのように聞こえる。
グニャリと歪む、雪之丞の姿。
く、くそぅ・・・
まだだ・・・
まだ、オレは満足しちゃいねぇ・・・
今眠ったら、この一年は何だったんだ。
あの緩慢な地獄は何だったんだろう・・・
それに、雪之丞。
オマエも満足しちゃいねぇし、今までの苦難を考えたら割に合わないよな。
・・・まだまだ、こんな所で終われるか!!
「フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト・・・」
「ぬおおおお!!」
唸り声を上げながら立ち上がり、
奥歯をギリッと鳴らしてファイティングポーズをとる。
「く、久保先輩、やれますか!?」
「あったりめえだ!!
止めたら殺すぞ、明男!!」
「で、でも・・・」
「さあ、来やがれ雪之丞!!
オレを眠らせてみろ!!」
「―っ!」
強引に打ち切って、雪之丞に攻め込む。
パァァァァン!!
「ぐうっ!」
オレの言葉と同時に打ち込まれる、雪之丞のパンチ。
ガードをかいくぐっての、クリーンヒット。
パァァァァン!!
更にもう一発。
パァァァァン!!
「ぐう・・・」
ダメだ。
ダメージで、ブロッキングが間に合わない!!
パン、パン、パン、パンッ!!
ボディ、顔面、顔面、ボディのコンビネーション。
全て直撃。
「うがぁ・・・」
「ま、勝!!」
「っ!」
―ギロッ!!
明男がレフェリーストップを掛けそうなのがわかる。
だが、目で制するように睨みつけてやる。
止めるな、止めたらぶっ殺す!!
しかし、さすが雪之丞だぜ。
どの一発も手を抜いたパンチがねぇ。
へへっ、分かっているじゃないか・・・
オレはこういう勝負がやりたかったんだ。
ギリギリの緊張感溢れる勝負が・・・
やっぱり、オマエはオレの親友だぜ。
さすが、オレのライバルだ!
マ、マズイ。
い、意識が・・・
意識がボーっとする中、昔のジジイとの会話が思い出された。
『意識して打ったパンチはかわされる。
そして、遅れる。
じゃが、無意識のパンチは避けることは出来ん』
『な、なるほど、そう言われれば・・・
で、それが出来るにどうすれば?』
『練習じゃ。
何度も何度も・・・それこそ意識がなくなる程練習して、
無意識に身体が動くようにするんじゃ』
『んなの、当たり前じゃねぇか。
オレが聞いているのは、手っ取り早くその無意識な攻撃を身に付ける方法だ!』
『ふん!
やっぱりオマエはダメじゃ!
そんな方法があれば誰でも世界チャンピオンになれるわい』
『その世界チャンピオンを育てるのがジジイの仕事じゃないか』
『言うわい。
なら、とっておきを教えてやろう』
『と、とっておき!?
お、教えてくれ!!
『・・・自分を追いつめよ』
『は?』
『自分がギリギリまで、意識がなくなる寸前まで追いつめよ。
その時、自然に体が動くのを待て。
そのパンチは、誰にも避けられん・・・
まさに必殺のパンチじゃ』
「―勝!
なにやってんだ!
動かねぇと、やられるぞ!」
「行け、雪之丞!!」
「これで終わりだ!」
「・・・・・・」
・・・ドクン。
ヒュン・・・
「なっ!?」
バキィィィィィィィィィィィ!!!
「ぐふっ・・・」
「ああ・・・ゆっくん・・・・・・・」
ドサ・・・
「ゆ、雪之丞!!」
「ダウンッ!
ニュートラルコーナーへ!」
「・・・えっ?」
な、なんだ、何が起こったんだ?
「や、やったべ、勝!
大逆転だべ!」
「雪之丞!
立て、立ち上がれ!!」
な、なんで、雪之丞がダウンしているんだ?
オレがやったのか?
「久保先輩、ニュートラルコーナーへ。
ワン・ツー・スリー・・・」
これがジジイの言っていた無意識のパンチ・・・
誰にも避けられない最強の・・・
ー雪之丞サイドー
や、やられた・・・
会長の言っていた・・・無想の一撃・・・・・・
身体に力が入らない・・・
ね、眠くなってきた。
まだ寝れない・・・
本当の自分を取り戻していない・・・
今のオレは晶子に支えてもらっているだけだ。
自分自身のボクシングをまだしていない・・・
それに久保を満足させていない。
でも、眠い、眠い・・・
視界が歪むなか、リングの外にいる晶子を見ると・・・
「・・・・・・」
泣きもせず不安も感じさせず、ただ強い決意を秘めた表情でジッとオレを見ている。
オレと久保を信じて・・・
このままで終わらせられるか!!
「エイト、ナイン・・・」
「―ぬおおおおおっ!!」
「ゆっくん・・・」
「はあ、はあ、はあ・・・
やれるぞ、レフィリー」
「雪村先輩・・・」
「明男、止めたら殺す!!」
「くっ・・・ファイ!!」
ふっ・・・
久保の口癖がうつったか・・・
まだまだ終わらせないぞ、久保!!
カーン!
ー第二ラウンド休憩・晶子ー
「ゆっくん・・・」
初めはどちらも応援せずに、
黙って試合を見ようとしていました。
でも、ゆっくんが倒れた時にはやっぱり声が出てしまいました。
「大丈夫だよね・・・」
ゆっくんとお兄ちゃんはコーナーへ戻って、落ち着かせています。
私は動かずにリングの外から見ていますが、2人共意識が朦朧としているようです。
ここまできたらお互いに満足するまで続けるでしょう。
「カッコいいよ・・・
ゆっくん、お兄ちゃん」
だから頑張って!!
そして・・・
「セコンドアウト!」
カーン!!
自分自身を取り戻して!!
ー第3ラウンド・雪之丞ー
「「ーっ!!」」
最終ラウンドだ。
決着を・・・全てに決着をつけよう。
来い、久保!!
オレのスタイル・・足を使って、アウトボクシングで仕掛ける。
だが、久保も距離を詰めてインファイトに持ち込もうとする。
交差する拳・・・
刹那の瞬間に入れ替わる身体・・・
パンチが当たる度に飛び散る血と汗・・・
爆発しそうな心臓・・・
鉛のように重い手足・・・
ジャブが、ストレートが、アッパーが・・・お互いの攻撃がガードに突き刺さる。
筋肉が歪み、骨が軋み、命が・・・心が燃え上がる。
ふっ、これだ。
これを一年待っていたんだ。
腐った心で挑むのではなく本当の歓喜。
心に浮かぶ喜悦。
どうしようもない、高揚感。
この喜びと思いを拳に込めてパンチを出す。
久保、オマエも同じ気持ちだったんだな。
分かるよ、オマエの拳がそう言っている。
改めて思うがつくづくボクサーだよな、オレ達。
楽しいな、本当に。
このまま全てを忘れていつまでも、打ち合っていたいよ。
だが、どんな楽しい祭りでも必ず終わりが来る。
オレ達の夢の時間も終わりに近づいてきた。
「はあ、はあ、はあ・・・」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ・・・」
そろそろ限界だな。
久保も力が入ったパンチを打てるのが後一発のはずだ。
さあ、フィナーレと行こうか。
最後は・・・オレの最高のパンチで終わるよ。
オマエを倒す為に身につけた、オレの最大のパンチで・・・
そのきっかけを与えてくれ会長との会話が思い浮かぶ。
『雪之丞、「居合」というのを知っておるか?』
『剣術の一種だろ?』
『うむ・・・
居合というのはな、凄まじく怖ろしい剣術なんじゃ。
何故だか分かるか?』
『ううん』
『それはな、居合が相手の一番無防備になる瞬間を狙う技だからじゃ』
『一番無防備な瞬間?』
『そう、相手が動いた瞬間。
すなわち「起こり」よ』
『・・・起こり』
『相手が斬りかかってくる瞬間こそ、一瞬の好機なのじゃ。
この瞬間に斬り込まれたら、どんな剣の達人でもひとたまりもない。
相手の方から、斬られるために近づいてくるのじゃからな』
『・・・・・・』
『ボクシングにもこれと同じ技があるぞ、雪之丞』
『・・・え?』
『これを身につければ、オマエも勝と互角以上に戦えるようになるじゃろう。
相手の「後の先」をつく技―カウンターじゃ』
『カウンター・・・』
「ぜえ、ぜえ、ぜえ・・・」
「はあ、はあ、はあ・・・」
久保、オマエは知っていたか?
オレがずっとオマエに憧れていた事を。
おそらく気付かなかっただろうな。
でも、オレはオマエに憧れていたんだ。
いつもオレの前を歩いていたオマエに。
子供の頃から、強かったもんな。
オレが苛められて泣いていると、いつも助けてくれたよな。
さあ、決着をつけるか。
オレが憧れた――本当の天才!
そして、晶子の事はまかせろ。
必ず守って、幸せにしてみせる!!
ー第3ラウンド・晶子ー
「く、くそ、空気がピリピリしてやがる。
間違いねぇ、次が最後の一撃だ」
鉄平さんの言葉は私にもわかります。
次が・・・本当に最後になることを。
「な、なんだか嫌な予感がするべ。
晶子さん、今ならまだ間に合うべ。
し、試合を止め・・・」
「ダメ!」
権造さんが試合を止めようとするけど、私は反対です。
「今止めたら、ゆっくんとお兄ちゃんが許してくれない。
大丈夫ですよ、権造さん。
きっと最高の結果だしてくれます。
それにどんな結果になっても私は見届けるから・・・
だから止めないで!!」
「晶子さん・・・」
ここが正念場だよ!
全てを断ち切って、ゆっくん、お兄ちゃん!!
ー第3ラウンド決着・勝ー
「ぜえ、ぜえ、ぜえ・・・」
乱れた呼吸が収まってくる。
鉛のように重かった手足も、軽く感じる。
スー・・・
行くぜ、雪之丞 !!
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
「勝が動いた!」
「は、速え!!」
行ける!
取った、ジジイから教えてもらった・・・
相手が攻撃する前にダウンさせる『先の先』!!
雪之丞、オレの勝ちだ!!
―ギラッ!
なっ!?
「―っ!!!!!!!」
―ズバァン!!!!!!!!!
「ゆ、雪之丞・・・」
「く、久保先輩・・・」
ズル・・・
ドサッ・・・
ー第3ラウンド終末・雪之丞 ー
「・・・オレの勝ちだ、久保。
今度こそな」
「ストーップ!!」
「ま、勝!!!!」
「うおおっ、雪之丞!!
凄え、カウンターだ!!」
そう・・・
久保がパンチを繰り出そうとした瞬間、
『後の先』・・・カウンターが決まり、リングに沈んだ。
そして、リングの外にいた晶子達も上がってくる。
「勝!! 勝!!」
「動かしちゃダメだ!!
今先生を呼んでくる!!」
「―久保」
それぞれが慌しい中、静かに声を掛ける。
「いつまで黙っているんだ?
他のヤツらが心配しているぞ」
「・・・ちだ」
「ん?」
久保の声が小さいくて聞き取れなかった。
「・・・いい気持ちだ。
大丈夫、頭は割れていねぇよ。
疲れたからちょっと寝転がっていただけだ。
・・・雪之丞」
「・・・何だ?」
「・・・いい試合だったよな」
「ああ、いい試合だった」
この試合は忘れる事はないだろう。
いや、この一年間は絶対忘れない。
「へへっ・・・
オレの人生の中で間違いなくベストバウンドになるぜ。
・・・雪之丞」
「・・・ああ、ここにいる」
「・・・オマエ、前に進めよ。
オレは、オマエがどこまで行けるか見てみたい。
上を目指せよ」
「・・・・・・ああ、そのつもりだ」
それこそ、頂点まで登り続けてやる。
「へへっ、楽しみにだぜ」
久保とそんなやり取りをしていると、
晶子がゆっくりと近づいてくる。
「お疲れ様、ゆっくん、お兄ちゃん」
「・・・晶子。
今、終ったよ」
「うん」
晶子も本当に強くなった。
「晶子・・・
お兄ちゃん、カッコ良かったか?」
「うん!
とっても!!」
「これで胸を張ってオマエの兄貴と名乗れるか?」
「もちろん!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ!!」
さて・・・
「話はそれぐらいにして・・・
久保、オマエを病院に連れて行くぞ!
晶子、連絡して来い!!」
「は、はい!!」
長かった・・・
この一年・・・
ようやく・・・
全てに・・・
決着がついた・・・