「お兄ちゃん!
ほら、起きてよ!!」

「グガー・・・グガー・・・」

今日はお母さんがパートが忙しくて、早く出て行ったから私が起こします。
お兄ちゃんは考えていた通りなかなか起きてくれません。
いつも、時間通りに起こしているお母さんを尊敬します。

「もうー」

このままじゃ、遅刻しちゃうよ・・・
しょうがない、ここはお母さんが『どうしても勝が起きなかったらこれを使いなさい』と、
渡してくれたこの箱を使いましょう。
確かこのスイッチを押したら一分後に動くと言っていました。
スイッチを押してお兄ちゃんの枕もとに置きます。

 

チッチッチッチッチッチッ・・・

 

な、何か緊張する音ですね。
ちょっとドキドキします。
このお兄ちゃんを起こす物だから、どんな仕掛けがあるかわかりません。
もの凄く大きな音とか、もしかしたら何か出てくるかも?

 

チッチッチッチッチッチッ・・・

 

あっ、5秒をきりました(実は計ってました
4秒・・・
3秒・・・
2秒・・・
1秒・・・

0!!

 

ボスッ!!

 

「ブッ!!」

 

ドスッ!

 

『勝のバーカ・・・勝のバーカ・・・』

 

ゴロゴロゴロ・・・

 

「・・・・・・」(汗

お、お母さん・・・
そんなパンチグローブが飛び出してくるおもちゃ(?)なんてどこから買ってきたの?
しかも、声の吹き込み機能付きなんて・・・(汗
お兄ちゃんもベッドの下に落ちて悶絶しちゃってるよ。

「お、お兄ちゃん、大丈夫?」

「し、晶子・・・
何だ、今の?」

やっと、痛みが引いたのか頭を軽く振りながら立ち上がるお兄ちゃん。

「あ、あのね・・・
お母さんが起きなかったらこれを使いなさいって・・・」

「グッ!
お袋め・・・」

もちろんお兄ちゃんは怒るけど、事実だし言い返せないみたいです。
それよりも・・・

「お兄ちゃん! 時間!!」

「うお!
先に下に行ってろ、晶子!
すぐに着替えるから!」

「うん!」

言われた通り、下に行ってお兄ちゃんのパンと牛乳を用意します。
遅刻しそうな時の緊急朝食(お兄ちゃん限定)です。

「お兄ちゃんー、まだー!?」

本当に時間が押してきます。

「悪い、待たせた!!」

ドタドタと階段を駆け下りて来るお兄ちゃん。

「はい、牛乳!」

「おう!」

もちろん一気飲みです。

「はい、パン!」

「よし、行くぞ晶子!!」

「うん!!」

パンは口に咥えたまま私と一緒に走り出します。
もちろん、鍵はしてからですよ。

「全力疾走だ!!」

「ま、待ってよ! お兄ちゃん!!」

いつもの日常。
変わりのない朝。
でも、この日がいつもと違うとは考えもしませんでした。

 

 


2002 elf 『あしたの雪之丞&勝 あしたの雪之丞2』

「幸せなる日々」
 (第7話・もう1つの決着)


 

それは放課後、お兄ちゃんを迎えに教室に行った時から始まりました。

「お兄ちゃん、お待たせ」

お兄ちゃんはいつも通りあきらさん達と一緒に集まっていました。

「晶子、ちょっとこっちに来い」

「ん? 何?」

首を少し傾げながら皆さんの所まで近づいていきます。

「実はな、由美子ちゃんがオマエに話があるそうだ」

「由美子さんが?」

「はい・・・
突然ですみません」

「い、いいえ、そんなことはありません」

由美子さんが私に?
何かあったかな?
そういえば、あきらさんも真剣な目をしているし・・・

「そ、それで、話とは?」

「ここではちょっと・・・
屋上に行きませんか?」

「わかりました」

由美子さんに返事をして、屋上に向かいます。
って、あれ?

「あの、皆さんは?」

「いいの。
わたし達はここで留守番」

「俺は気になるぞ」

「オ、オデもだ」

「アンタ達は黙ってなさい」

「はは・・・」

お兄ちゃんと権造さんはわかるけど、あきらさんは・・・

「いいから行ってらっしゃい」

「は、はい」

「それじゃあ、行きましょう」

由美子さんに連れられ屋上へ行きます。
何か大切な話のようですね・・・

 

 

「よかった、誰もいないようですね」

「ええ」

今の時間にしては珍しく誰もいません。
夕陽が屋上を少し寂しく感じさせます。

「晶子さん?」

「す、すみません」

い、いけない。
少しボーっとしてようです。

「それで、話ですが・・・」

「は、はい」

何かこっちも緊張してきました。

「その・・・
雪村さんの事なんです」

「えっ?」

ゆっくんのこと?

「晶子さんは雪村さんの恋人なんですよね?」

「はい、そうですが・・・」

どうして、そんな事を聞くんですか?
もしかして・・・

「実は私、彼がこの学校にいる時から好きでした」

「!!」

由美子さん・・・
真剣で、その中に悲痛な表情で私を見つめる。
その視線から逃れるように私は俯いてしまう。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

私にとってゆっくんは誰よりも大切な人・・・
離れたくない、離したくない・・・
もし、ゆっくんを失ったら私は・・・

心の中で様々な想いや感情が膨れ上がって、
わからなくなってきます。
そのままお互いに黙っていると・・・

「・・・ふふ」

「ゆ、由美子さん?」

その声で顔を上げると、先程までとは変わって晴れやかな表情で微笑んでいました。

「晶子さん。
だからと言って、あなたから雪村さんを取るつもりなんてありませんよ。
今思えば、好きというより憧れに近かったと思います」

「ど、どういう事ですか?」

由美子さんは近くのベンチを指して、私も頷き、2人とも座ってから話を続けます。

「私が喘息を持っていることはもちろん知っていると思います。
そのために体が弱く、何も出来ない私。
昔、集会で体育館で倒れてしまいました」

「あ、あの・・・
それは前にお兄ちゃんが助けた事ですか・・・」

「いいえ、ずっと前のことです」

前に聞いたお兄ちゃんが発作で倒れた由美子さんを保健室へ運んだ事と、
一緒だからその事かなと思いましたが、違うようです。

「周りの皆さんはオロオロしているだけで、誰も手を貸してくれませんでいた。
でも、雪村さんは違った。
あの人はクラスも違うし顔見知りでもない私を担いで、保健室に連れて行ってくれました」

「ゆっくんが・・・」

「はい」

確かにゆっくんならそうするでしょう。
そこの所は昔から変わっていません。

「元々、雪村さんのことは噂程度は知っていましたが、
それからは自分からあの人へ接していきました」

「・・・・・・」

「雪村さんは常に前向きで強いだけじゃなく、優しくて人の痛みのわかる人。
・・・少々、鈍感な所もありましたが」

「はは・・・」(汗

やっぱり、そう思うよね。

「私が美術部に入っていたのですが、ある時に雪村さんをモデルにしようという案がでました。
その時も、皆さんと一緒にボクシング部に押しかけて写真を取らせていただいた事もありました」

その話しは前にゆっくんから聞いたことがあります。

「それからしばらくすると・・・『あの事件』が起こりました」

「・・・はい」

『あの事件』とは何を指しているのかわからない筈がありません。

「久保さ・・・いいえ、『勝さん』がどうなったかは噂で聞きました。
そして、雪村さんが転校したと言う事を・・・」

「・・・・・・」

胸の奥がズキズキと痛むの感じます。
でも、この痛みは受け入れなくてはいけない痛み。
せりなさん達はこれ以上の痛みを受けたはずです。
今、目の前にいる由美子さんも・・・

「その時は確かにショックを受けました。
その日からしばらく自分の部屋で落ち込んでいました・・・
でもそれは自分がツライだけで、雪村さん自身の事を考えていませんでした。
『どうして、雪村さんがいなくなったの?』、『なぜ、こんなに苦しまなくてはいけないの?』と、
自分のことばかり・・・」

「それは・・・」

『あなただけじゃない』と言おうとしましたが目で遮られます。

「でも、晶子さんは違います。
あの人を追いかけて、転校した。
この時に私は痛感しました。
どれだけ情けないか・・・と
そして、雪村さんの事をただ憧れていただけという事に・・・」

「・・・・・・」

由美子さん、それは違いますよ。
ただの憧れなら、そんなに辛そうな顔はしません。

「転校した学校で何があったかは聞きません。
聞く資格がありませんから・・・
でも、この話しは晶子さんに聞いてほしかったんです」

「由美子さん・・・」

「そして、私もあなた達を祝福させてください」

「・・・ありがとうございます」

全てを話した由美子さんは、あの時のせりなさんと同じような笑顔で私を見つめています。

「それから、これを・・・」

由美子さんが取り出した物はボクシングをしているゆっくんの写真でした。

「先程話した美術部のモデル写真です。
これは晶子さんが持ちべきです。
受け取っていただけますか?」

たぶん、この写真を手放す事はゆっくんの事を吹っ切る為。
由美子さん自身がそれを望んでいるなら・・・

「・・・もちろんですよ。
大切にしますね」

そう言って写真を受け取ります。
由美子さんの想いと一緒に・・・

「それと、あまりあきらの事を悪く思わないくださいね」

「えっ?」

あきらさん?

「あきらは私が落ち込んだ時の事を見ていたから、
何もしなかった雪村さんの事をよく思っていないんですよ。
あの人が悪くないとはわかっているんですが、親友思いだから。
今回の事だって、あきらが押してくれたんですよ」

「はい、わかりました」

あきらさんにも感謝ですね。

「さて、遅くなってきましたし、そろそろ戻りましょう。
皆さん待ってますよ」

「はい!」

それにしても、ゆっくんの恋人は大変です。

 

 

「皆さん、お待たせしました」

「遅くなってすみません」

由美子さんとお兄ちゃんの教室に戻ると・・・

「何やっているの、お兄ちゃん?」

「ううー、助けてくれ、晶子」(泣

何故か、あきらさんと権造さんが机に座っているお兄ちゃんを囲んでいます(汗

「おお、晶子さん!
話は終りましただが?」

「は、はい。
終りましたが、これは・・・?」

「ああ、勝の事ですか?
ただ待っているのも暇でしたので、不肖この鷲淵 権造が勉学を教えていました!!」

「は、はあ、ありがとうございます」

ま、まあ、近いうちにテストがあるからお兄ちゃんの為になるでしょう。

「由美子・・・」

「大丈夫よ、あきら。
全部話したから」

「そう、よかった」

あきらさんも凄く心配していたみたいです。
だから、教室に出る前にあんな表情をしていたんだ。

「晶子ちゃんもお疲れ様」

「いいえ、こちらこそありがとうございました」

「いいのよ。
由美子もいい加減に振り切らなくちゃいけないことだしね。
ちゃんと解決して、心配事が1つ減ったわ」

「他にもあるんですか?」

「もちろんよ。
例えば久保勝の頭の悪さとかね」

「なるほど・・・
それは難題ですね」

「ふふふふ」

「はははは」

あきらさんと冗談を言いながら(冗談じゃないかも)笑いあっていると・・・

「そこ、和んでるんじゃねーよ。
こっちがこれだけ苦しんでいるのに・・・」

お兄ちゃんが恨めしそうにこちらを見てます。
ちょっと可哀想ですが、お兄ちゃんの為だから弁護しません。

「アンタの頭が悪いからいけないんでしょ」

「グッ・・・
水島、オマエ意外と頭良いんだな」

「意外とは失礼ね」

「だって、よく放課後補習で残っていたじゃないか。
だからてっきり・・・」

そういえばそうですね。
お兄ちゃんとあきらさんが本当に出会ったのは補習と聞きましたし。

「まあ、いいじゃないですか。
それより、これから皆さんで何処かに行きませんか?」

由美子さんが明るい声で皆さんに呼びかけます。

「おっ、由美子ちゃんから誘うなんて珍しいな」

「はい、今はそんな気分なんです。
なんでしたら、今日は私が奢りますよ」

「おいおい。
由美子ちゃんに奢らせるわけにはいかないじゃないか。
ここは男の俺にまかせろ!」

お兄ちゃん・・・
今の言葉、確かに聞いたよ。

「それじゃあ私も分もお願いね、久保勝」

「なっ!?」

「いやー、さすが持つべき友だな。
たらふく食うだ!」

「お、おい!!」

「お兄ちゃん、お世話になります」

「晶子まで!!」

素直に諦めてね、お兄ちゃん。

「ほら、早く行くわよ、久保勝」

「わーたよ」

拗ねちゃいました。
でも、お店に着く頃には機嫌は治るでしょう。

「ほら、『勝さん』!」

「ゆ、由美子ちゃん!?」

由美子さんがお兄ちゃんを『久保さん』から『勝さん』と変わっている事に気付いて、
驚いてます。
あ、赤くなってます。

 

 

それから、あきらさんお勧めのケーキ屋でおいしく楽しく頂きました。
私と由美子さんはケーキと飲み物を1つずつだけでしたが、
あきらさんと権造さんは沢山食べちゃいました。
それはもう・・・(汗
お兄ちゃんが実力行使しなかったら、もっと凄い事になっていたでしょう。
まあ、せりなさんよりはマシでしょう(フォローになっていませんか?
食べ終わると、その場で皆さんと別れました。
私はお兄ちゃんと一緒に帰宅中です。

「なあ、晶子。
由美子ちゃんと何話してたんだ?」

「女の子同士のお話を、男の人に言うわけないもん」

もちろん、話すわけにはいけません。
これは胸の奥にしまい込むつもりですから。

「だってよ・・・
今まで『久保さん』と言われてたのに、いきなり『勝さん』だぜ?
気にするなと言う方が無理だろ?」

「ダーメ、秘密」

「・・・なら、雪之丞に聞かれたらどうするんだ?」

「ゆっくん?
もちろん言っちゃうよ」

「・・・おい」

「ふふ、冗談だよ」

「冗談に聞こえなかったぞ」

ゆっくんにもこの事を言うつもりはありません。
これは私の役目ですから。

「はっ!
もしや由美子ちゃんは俺に気が・・・」

「それはないから心配しないで」

「・・・・・・そう」

うわ、もの凄く残念そうな顔してます。
勘違いされても困るからはっきり言ってあげましょう。

「強いて言えば、心境の変化だよ」

「何?
やはり俺に・・・!」

「だから、そうじゃないよ」

「・・・・・・そうか」

今度は落ち込んだ顔になっちゃいました。
そこまで残念でしょうか?

「お兄ちゃんもその内、彼女さんが出来るよ」

「・・・恋人がいるヤツに言われても、全然嬉しくないぞ」

「もうー、我侭なんだから。
それなら、あきらさんに慰めてもらったら?」

「アイツは別に意味で断固拒否する」

「はあ・・・」

これじゃあ、お兄ちゃんに恋人さんが出来るのは当分先かな?

「あ、いけない。
早く帰らなきゃ、お母さん待ってるよ」

「チッ、もう少し居なくてよかったものの」

「ダメだよ、そんな事言っちゃ!」

「へいへい」

少し走りながら、お家に向かいます。

 

忘れられない1日が増えちゃいました。
その覚悟は出来ているけど、
これ以上ゆっくんに惹かれている女性(ひと)が現れない事を祈る限りです(汗

 

 

第8話へ続く

 


どうもです、siroです。
この話は当初から考えていたもので、
少し早いかなと考えていたのですが、書きました。
由美子は喘息で身体だけではなく心も弱くなってしまいました。
ゲームでは勝と雪之丞の想いで苦しんでましたが、
ここでは実際の晶子という恋人を目の前で見て、あきらに押され吹っ切りました。
これから、由美子が勝に好意をもつかどうかわかりません。
自分はあきらがお似合いと思っています。
さて、SS強化期間終了です。
何とか、週一に投稿できました。
ラングさんも、こちらの勝手な都合に合わせていただきありがとうございました!
次回から、通常に戻り2週間ペースになると思います。
ラングさん、太郎さん、ご感想ありがとうございました。
では、また次回に・・・