「・・・・・・扉が開いてる・・・・・・」
わたしは確かな予感を感じた。
3ヶ月前、お兄ちゃんが意識不明になったあの日・・・
本当は慰めなくてはいけなかったのに、逆に傷付けしまいゆっくんを失ったあの日・・・
傷つけてしまった後悔と心の中でゆっくんを求め鹿島町に転校し、校門の前で再会したあの日・・・
心の底では謝りたいのに、逆に憎む態度でしかできなくてゆっくんを傷付けるあの日々・・・
わたしが繁華街で不良に絡まれて、ゆっくんが殴られても殴リ返さなく傷だらけになったあの時・・・
ゆっくんの部屋で倒れかけたゆっくんを支えようとし、2人とも倒れて触れ合う距離まで近づいたあの瞬間・・・
・・・もうお互いに限界だった。
今すぐ、仲を戻さなくては駄目になってしまうとわかっていた。
でも、どうしても素直に謝る事が出来ない。
このままでは・・・
学校の帰りに校門の前に立っていた明男君がゆっくんに話があるから聞いていて欲しいと言われたけど、
これ以上ゆっくんを傷付けなくなかった。
しぶっていると、運悪くゆっくんが出てきて顔を上げることすら出来なかった。
でも明男君の話の内容に驚き、顔を上げ耳を疑った。
ゆっくんにボクシングの試合をしてほしいと・・・
明男君が勝ったらわたしと付き合ってほしいと・・・
思わずゆっくんの方に向くとゆっくんもわたしを見ていた。
その視線に耐える事が出来ずその場から走って逃げてしまった・・・
運命のあの日・・・
お兄ちゃんの病室で時間を気にしながら座っていると、詩織先生が来てくれた。
そして詩織先生から聞いた。
ゆっくんが勝負を受けて涼月学園に行ったこと・・・
もしゆっくんが負けたら2度とわたしの前に現れない程の決意があると・・・
わたしがわたしを許せるか・・・
・・・わたしは怖かった。
ゆっくんが負けても明男君と付き合う気はなかった。
でも、ゆっくんが勝っても何も変わらないんじゃないかと。
それでも詩織先生はゆっくんを応援してあげてと言った。
そこまで言うと詩織先生は駐車場に向かった。
決意ができれば来てほしいと言葉を残して・・・
・・・わたしの答えは決まっている。
ゆっくんが立ち直ったならわたしも立ち直ろう。
わたしには見届ける義務がある。
その先にあるものを信じて・・・
涼月学園に着きボクシング部の扉を開けると、2人ともリングに上がる直前だった。
明男君は止めに来たと思っていたけど、ゆっくんはわたしの決意がわかってくれた。
わたしもゆっくんの決意がわかるから何も言わなかった。
ただ、目を合わせるだけで充分だから・・・
試合の開始のゴングが鳴る。
ゆっくんが全てを取り戻す為に・・・
わたしは全てを見届けるために・・・
そして、試合が終るとお互いに告白し合い結ばれた。
今まで離れていた分を取り戻すように・・・
本当にぎりぎりだったけど間に合ってよかった・・・
だからわかる。
今までのつらい事や悲しい事があった事以上に幸せな予感が・・・
いつも夢見ていた事がその先にあると・・・
ゆっくんが恋人でお兄ちゃんと3人で笑い合っている瞬間がこの先に・・・
思わず駆け出して病室の中に入る・・・
そして、その予感は間違っていなかった・・・
「お兄ちゃん!!」
2002 elf 『あしたの雪之丞&勝 あしたの雪之丞2』
「幸せなる日々」
(プロローグT・始まりの時)
「晶・・・子・・・」
戸惑った声でお兄ちゃんがわたしの名前を呼んでくれる。
でもわたしは、泣きながらさらにお兄ちゃんにしがみ付く。
「お兄ちゃん・・・・・・よかった・・・」
「晶子・・・」
そんなわたしをお兄ちゃん少し乱暴に頭を撫でてくれる。
今までと同じ動作にお兄ちゃんが戻ってきたことを実感し、嬉しさが込み上げてくる。
そのままわたしが落ち着くまでお兄ちゃんは頭を撫でてくれた。
だからわたしは気付かなかった・・・
扉の向こう側に立っていたゆっくんがいなくなっていたことに・・・
「落ち着いたか?」
「うん、ごめんね。お兄ちゃん」
わたしは眼の端に残っている涙を指で拭う。
「それで、一体どうなってんだ?
気が付けば病院で看護婦さんがすっ飛んで行ったし、身体が重いし、それにお前は見覚えがない制服着てるし・・・」
「あ、あのね・・・いきなりそんなに答えられないよ」
「おお、それもそうか」
「もう・・・ほら、ゆっくんもいつまでもそんな所にいないで、入って・・・」
後ろを向くとさっきまでいたはずのゆっくんがいない・・・
「ゆっくん?」
「雪之丞も来てるのか?」
「う、うん・・・そうなんだけど」
部屋を出てもゆっくんの姿はどこにも見えない。
「ゆっくん・・・」
ねえ・・・
どうして、ゆっくんがいないの?
いつまでも一緒にいてくれるんだよね?
何があっても離れないと約束したよね?
これから3人で暮らせるんだよ?
それなのにどうして・・・
「あ・・・」
目の前が真っ暗になって、力が抜けてそのまま膝をついてしまう。
さっきまでの嬉しさなどが消えて不安と寂しさしか残らない。
「晶子!!」
「お兄ちゃん・・・・・・ゆっくんが・・・ゆっくんが・・・」
「雪之丞がどうした?」
とても言葉にならない・・・
そのまま不安に押しつぶされそうになる。
その時・・・
「勝!!」
「親父・・・お袋・・・」
「お父さん・・・お母さん」
お父さんとお母さんが慌てて飛び込んできた。
たぶん病院から連絡が来んだろう。
「勝、ようやく起きたかい」
「心配したぞ」
2人がお兄ちゃんを見て安心するけど、わたしは思わずお母さんに問い詰める。
「ねえ、お母さん!ゆっくん、見なかった!?」
「え、ゆ、雪村君?」
「そう!!見なかった!?ねえ!?」
お母さんはわたしの反応に驚いているけど、そんなことに気にしていられない!!
「ゆ、雪村君なら、1階の待ち合い場所にいるわよ。
先に晶子が来ているから、家族だけでいさせてあげたいから落ち着いたら呼んでくださいって・・・」
「!!」
ゆっくんの居場所を聞くとすぐに走りだす。
エレベーターを待つ時間さえもどかしく階段を使って降りる。
ただ、ゆっくんを求めて・・・
「ゆっくん!!」
「ああ、晶子。思ったより早かった・・・」
「ばか!!」
言葉をさえぎってゆっくんの胸に抱きつく!!
離さないと想いを込めて強く・・・強く・・・
「何も言わずにいなくならないでよ!!」
「晶子・・・」
「お兄ちゃんが目を覚ましたのに、今度はゆっくんがいなくなっちゃうんだもん!!
わたし・・・不安で不安で・・・もう3人で笑え合えないかと思ったんだよ!!」
「・・・・・・」
「もう、何も言わずにいなくならないで・・・」
「すまない。不安にさせてしまったようだな・・・」
「・・・違うよ。わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃないよ」
「・・・そうだな」
「そうだよ」
「晶子、俺は君を絶対に離さない。約束する。
だから安心しろ」
「うん・・・」
ゆっくんも抱きしめてくれて、その暖かさに落ち着いていくのがわかる・・・
やっぱり、わたしがいるのは・・・一番落ち着けて安心できるのはゆっくんの側なんだと実感しながら・・・
・・・本当はそのままキスしたかったけど、今さらながら周りに人がたくさんいることに気付き、
全身真っ赤かになって、ゆっくんに手を引いてもらい急いでその場から離れたのはお約束かな(恥
その後、飲み物を飲んで落ち着かせてからお兄ちゃんの病室に向かうわたしとゆっくん。
でも、わたしもゆっくんも少し頬が赤いまま・・・
「ねえ、ゆっくん」
「ん?」
「ゆっくんの顔、赤いままだね」
「・・・晶子もそうだろ?」
「ふーんだ」
そんなやり取りが嬉しくて腕を組んじゃう。
ゆっくんも何も言わずそのままにしてくれる優しさが嬉しい・・・
「あらあら・・・雪村君、晶子」
「雪村君、晶子」
お兄ちゃんの病室に入ると、お父さんとお母さんがお兄ちゃんの隣に座っている。
「おじさん、おばさん・・・」
辛そうにお母さん達を見るゆっくん。
それでも「大丈夫だよ」という気持ちを込めて強く手を握る。
「雪村君、私達はあなたを恨んでなんかいないわ。
あれはただの事故だったのよ」
「そうだよ、雪村君。君が気を病む必要はない」
「・・・でも」
お母さん達の言葉でもゆっくんの表情を変えない。
立ち直る事は出来ても、それは罪を背負っていく決意ができただけ・・・
わたしはゆっくんを支える事は出来ても、ゆっくん自身が背負っている罪を消す事は出来ない。
たとえその罪を背負わせたのがわたしでも、これだけは声が届かない・・・
もう降ろしていい罪を消す事が出来るのは・・・
「雪之丞・・・」
「久保・・・」
お兄ちゃんしかいない・・・
「わるい、晶子、親父、お袋」
「はいはい・・・
それじゃ、ここの喫茶店にでも行っているわ」
お兄ちゃんの言葉の意味がわかるお母さんは、わたしとお父さんを誘って一緒に病室から出る。
「ゆっくり話しておいで」
バタン
そのひと言を残して病室のドアを閉める。
「さてっと、それじゃ行こうか」
「そうだな」
お父さんとお母さんは歩いて行くけどわたしは動かない。
「晶子?」
「ごめん、お母さん。わたし、ここで待ってる」
「そう・・・」
「うん」
「それじゃあ、先に行っているわよ。
終ったら雪村君と一緒に連れて来なさい。
その時には振っ切っているだろうしね」
「わかった」
お母さんも信じているんだね。
ゆっくんとお兄ちゃんを・・・
そう言って歩いていくお母さん達。
ふと、お母さんが振り返って・・・
「それと・・・」
「?」
な、何、そのニヤニヤ・・・?
「晶子、雪村君に告白したの?」
「っ!?」
ぼんっ!
余りにもいきなりな言葉に、せっかく落ち着いた頬がもう一度真っ赤になる。
「どうなの?」
「・・・うん」
正確にはゆっくんが先に言ってくれたんだけど・・・
「そう・・・よかったわね」
「うん」
やっぱり気付いてたんだね・・・
「その事は後で、雪村君と2人にゆっくり聞くとして・・・」
聞かないでよ、お願いだから・・・
「今は2人の事をよろしくね」
「うん」
今度こそ喫茶店行ったようね。
「ふう・・・」
病室の扉の横にもたれながら、軽く上を向いて天井を見上げる。
そのまま目を瞑っていけないと思いながらも、小さい声だけどお兄ちゃんとゆっくんの会話を聞く。
『久保・・・』
『雪之丞・・・大体の事はお袋から聞いた』
『そうか・・・』
『だが、お前がどうだったかは聞かせてくれなかった』
『・・・・・・』
『頼む、聞かせてくれ。
俺が寝ているうちにお前や・・・晶子に何があったんだ』
『・・・わかった。全てを・・・話そう』
『ああ』
『それは・・・』
ゆっくんが全てを話す・・・
わたしが知っていることから知らないことも全て・・・
お兄ちゃんが意識不明の重態になってゆっくんにひどい言葉を言った事・・・
その重みに耐えられなくなり、1人で鹿島学園に転校した事・・・
せりなさんに絡んでいた不良に殴られ怪我だらけになった事・・・
せりなさんや詩織先生の事・・・
わたしとの突然の再会・・・
素直になれずお互いを傷付けあった日々・・・
わたしを助ける事が出来なかった自分に対する不甲斐なさ・・・
明男君との試合・・・
・・・そしてわたしとゆっくんが想いを伝え合った事・・・
『そんな事があったのか・・・』
『ああ・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『・・・すまなかった』
『どうして謝る?』
『俺はお前を意識不明にしただけではなく、晶子からも逃げて・・・』
『そのことなら謝るな。
どう考えても、病院に行かずにスパーなんかした俺が悪い』
『しかし・・・』
『お前が気にすることはないんじゃないか?
最後に、晶子を守っていくと約束したんだろ?
それでいいじゃないか?』
『久保・・・お前は俺を恨んでいないのか?』
『恨む?』
『ああ』
やっぱり、ゆっくんが自分自身が許す事ができないのかな?
『・・・雪之丞、一つだけ答えろ』
『何だ?』
『もし・・・立場が逆で、お前が意識不明になったら俺を恨むか?』
『っ!?』
お兄ちゃん・・・
『どうだ?』
『・・・恨むはずがないじゃないか』
『だろ?』
『・・・』
・・・・・・
『なら、言わなくてもわかるよな』
『・・・・・・』
・・・・・・
『いいかげん自分を許してやれよ。
俺は誰よりも・・・まあ、今の晶子には負けるが・・・お前を知っているし、お前は俺を知っている』
『・・・・・・』
・・・・・・
『事故直後は何とか持っていたが、晶子の言葉がお前を許さなくしたんだろ?』
・・・そう
あの時ゆっくんを拒んだのは・・・
ゆっくんに罪を背負わせたのもわたし・・・
『だから、これ以上傷付けたくなくて晶子の前から消えたんだろ?』
ゆっくんは優しい・・・
だからわたしに恨まれても一人で苦しんだんだよね・・・
でも・・・
今のわたしは・・・
『その晶子が許してお前を選んだんだ。
そろそろいい頃だろ?』
『・・・久保』
今のわたしはゆっくんが好きだと胸を張って言える。
ゆっくんに支えられるだけじゃなくて、わたしがゆっくんを支えてあげたい。
お互いに失った辛さや苦しみがわかるから・・・
『なあ、雪之丞?』
『そう・・だな・・・。
いいかげんに前を見なくてはな』
・・・ゆっくん
『そういうこった。
その代わり、何があっても晶子を守ってやれよ』
『ああ、約束する』
・・・ありがとう、ゆっくん。
・・・ありがとう、お兄ちゃん。
『まっ、そういう訳で今日はもういいから晶子の側にいてやれ』
『わかった。明日も来るよ』
『おう、今度は何か見舞い品持ってこいよ』
『ふっ・・・じゃあな』
『・・・雪之丞』
『?』
『俺はお前に会えてよかったと思っている。
今も、そしてこれからもだ』
『・・・俺もだ』
そう言って病室から出てくるゆっくん・・・
笑顔とは違う・・・全てに決着がついた良い顔になって・・・
わたしはゆっくんを出迎える・・・
ゆっくんにしか見せない笑顔を見せて・・・
これからはきっと幸せな時間がたくさんある・・・
だから今は全ての感謝と想いを込めて・・・
「お疲れ様、ゆっくん」
どうもです、siroです。
いやーよかったですね、『勝 あしたの雪之丞2』。
特に晶子のいじらしさが良くて、前作の『あしたの雪之丞』の晶子エンドから続くように書いていきます。
プロローグは雪之丞2に入る一年間までの話です。
シリアスなどは今回だけで、次からはほのぼのというかドタバタになる予定です。
おそらく長くなると思いますので、長い目で見守っていてください。
ご感想などがあればラングさんの掲示板にお願いします。
ラングさん、攻略を参考にさせていただきありがとうございます。
ではでは・・・