八ヶ月・・・
長かった・・・
そして寂しかった・・・
けど、やっと私は彼との『約束』を果たせた。
大切な人が背を押してくれて、やりとどけなくてはいけなかった『約束』を・・・
この想いは長い間でも風化するどころかさらに強くなった。
ようやく『約束』を果たしたと・・・
今でもおまえだけを想っていると伝えたかった・・・
だから私は雪が降る中、大切な人を待ち続ける。

上り坂から彼の姿が見えた。
外で待っている間に冷め切った身体なのに、胸の奥が暖かくなり鼓動が早くなる。
彼に会える喜びや嬉しさより、不安と恐怖がかけぬける。
だが、それでも彼を待つ。
この想いを伝えたくて・・・
これからは2度と別れずに側にいたくて・・・

彼が門を抜け、私に気が付いた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

やけに驚いた顔だな。
そんなに私が待っていたのが不思議か?
当然じゃないか。
もう、私達が離れる理由がないのだから。

「よう・・・」

「ああ・・・」

伝えよう。
そして、問おう。
私の想いをもう一度オマエに伝えよう。
今でもこんな私を想ってくれるかと問おう・・・

「朋也」

さあ・・・

 

 

「どうした、智代?
つまらなかったか?」

「いや、そういうわけじゃない。
ちゃんとオマエの話は聞いていた。
ただ、この温もりをようやく手に入れたという実感をしていただけだ」

あれからもう一度お互いに告白しあい、再び恋人同士になった・・・いや、戻った。
身体は冷えていたが、心は温かかった。
今は朋也の部屋のベットで私を抱きしめてくれている。
だからといって、その・・・『抱いて』もらったのはなく、
離れたくない・・・温もりを感じていたいだけだ。
服も朋也から借りている。

「そうか・・・」

朋也が頭を撫でてくれたり髪に手を通す度にくすぐったいが、
それ以上にこいつの存在が感じることができるのが嬉しい。

「さて、今度は智代の番だな?」

「あ、ああ・・・そうだな」

ただベットの中で抱きしめあっただけでなく、話しもした。
内容は『空白の八ヶ月』について。
先に朋也が話してくれたが、その内容に寂しさを感じてしまい、
なお力を込めて抱きしめた。

「智代の話しだから波乱万丈な内容なんだろうなぁ」

「別にそういうわけじゃない。
聞いても面白くはないぞ?」

「いいんだよ。
智代のことは何でも知っていたいしな」

「恥ずかしいヤツだな。
そんなセリフが言えるとは」

言葉ではそう言うが私自身、朋也には私のことを知ってほしいし、
私も朋也のことが知りたいと思っているから少し赤くなっているだろう。

「では、話すがこのことは一度しか話さないからな。
しっかり聞いていろよ」

朋也のいない日々なんて、話すだけでも心が苦しいからな。

「ああ。
全神経を耳に集中して聞くから安心しろ」

「ダメだ。
最低限聞こえるくらいでいいから、残りの神経は私自身に集中しろ」

「・・・おまえの方が、よっぽど恥ずかしいセリフを言っているじゃないか」(恥

「そうか?」(天然

ふむ・・・
気をつけよう。

「では、話すぞ」

私の孤独と寂しさと悲しさとほんの少しの勇気の物語を・・・

 


2004 Key 『CLANNAD』

『幸せは手の中に』
プロローグ・ 最初の第一歩(前編)


 

「別れよう」

冗談だよな?
また、私をからかって面白がっているだけだろう?
やっと仲直りできるんじゃないか?
そんな冗談より・・・
今日は2人で食べ損なったアイスを食べて、
日が暮れるまで遊んで、最後はおまえの家に行ってちゃんと仲直りした方が楽しいだろう?

「俺たちは、一緒に居るべきじゃない」

私はおまえの側に居たい、ずっと・・・

「向かう場所が違うんだからな・・・」

私はおまえと同じ場所を一緒に歩みたい、いつまでも・・・

「私が・・・生徒会長なのがいけないのか」

なら、こんなものすぐにやめる。
桜の木を守る方法なんて他にもあるはず。

「そんなの理由のひとつでしかない。
もっと漠然としてるんだ」

何だ、それは・・・?

「おまえは、やるべきことがたくさんあるし、
みんな、それを期待してる」

「そんなの関係ないじゃないかっ・・・」

私がするべきことは私が選ぶし、他人に言われる筋合いはないじゃないか?
いつものおまえならそう言う筈だろ?

「なら、例えば・・・
俺が足を引っ張って、ここの木が・・・
全部切られるようなことになってもいいのか?」

「・・・私は全力を尽くす。
それは、朋也がいても、いなくても同じだ」

逆におまえが側に居てくれたら、もっと頑張れる。
だから・・・

「でも失敗した時には、誰もが言うだろう。
俺のせいだって。
俺がいたからって」

そんなはずはない!
お互いに頑張れば、そんなことを言われるはず・・・

「気づいていないのは、おまえひとりだけなんだからな。
それでも、おまえはいいのか?」

もちろんじゃないか。
私の答えは決まっている。

「これは、これからたくさん起こるだろう辛い出来事のひとつでしかないんだぞ。
そんなことが積み重ねられていくんだ」

・・・・・・

「そん時は、たくさんのものを失ってるんだぞ、おまえは。
それでも、いいのかよ?」

そのたくさんの中で一番失いたくないものが、今失われようとしているんだぞ?
なら・・・

「私は・・・
朋也がいいと言ってくれるなら・・・
それで構わない」

正直な私の答えに朋也は・・・

「馬鹿かよ、おまえは・・・」

馬鹿とはひどいな・・・

「譲れないものがあったはずだろう、おまえには・・・」

おまえのことも譲れないからだ。

「目指せよ、まっすぐに」

道はまっすぐ進んでも、心を閉ざしてまでもか?

「こんなところで、足踏みしていないでさ」

私はおまえの手を引いて・・・
木を守るまででいいから共に歩んでほしい。
その後は、ずっとおまえが進む道に付き合うから。

「俺から、下りるから」

下りないでほしい。
それでも下りるなら私も一緒に・・・

「もう、足を引っ張らないから」

足を引っ張っているのは私だ。
私が不甲斐ないから朋也からそんなことを言わせている。

「これからも、ずっと一緒にいられるって・・・
安心したかったんだ・・・」

「・・・」

どうして何も言ってくれない?

「なあ、朋也・・・
私はおまえのことが好きなんだ。
一緒に居たいんだ」

たった、それだけなんだ、私の願いは。
小さいものだろう?
でも、これは朋也しか叶えられないんだぞ?

「ああ・・・
俺も、一緒に居たい」

そう思うだろう?
ほら、これで両想いだ。

「なら・・・」

「でもな、智代・・・」

どうした、朋也?
そんな傷ついた顔をして。
何がおまえをそうさせているんだ?
ほら・・・
仲直りしようじゃ・・・

 

「俺の思いは・・・恋じゃなかったんだ」

その瞬間、私の全てが凍った・・・

 

「どこまでも勝手な奴だったんだよ。
ずっと気づいていたのにな・・・」

なら、どうして泣きそうな顔をしているんだ?
どうして私は何も言わない?
ああ、そうか・・・
朋也の言葉で私は凍ってしまったんだ・・・

「もう一度言うぞ・・・」

今ならまだ間に合うかもしれない。
凍りついた想いを必死に暖めて、一言でいい。
『嫌だ』と・・・

「・・・別れよう」

さあ、早く!!

「・・・・・・」

だが、唇を噛んだままでは言葉は出るはずもなく、頷くことしか出来なかった・・・

「こんなに悲しいのに・・・
泣けないなんて、不思議だ」

もう、私の全てが完全に凍ったんだ。
悲しいと思っても、 涙も凍ってしまった。

「泣いてもらったら、困る。
おまえの門出だからな」

こんな悲しくて辛い門出もあるんだな・・・

「こんなところで泣いていられる立場じゃないんだろ」

それでも私は泣きたかった。
おまえと別れることがどれほど悲しいか知ってほしかった。

「智代、たくさんの期待に答えろ。
おまえなら、できるから」

その中におまえの期待も含まれているのか?

「それで、いつかさ・・・
俺ってすげぇ・・・あんな奴と付き合っていたんだ、と思えるようにさ・・・してくれよな」

すでに過去形なのか?
もう戻れないのか?

「ああ・・・
わかった・・・
約束しよう」

朋也がそう望むなら・・・
私はそう答えるしかないじゃないか。

「朋也・・・
こんな女と付き合ってくれてありがとう」

それは本心だ。

「一生の思い出だ」

できれば思い出にしたくなかった・・・

「これから何があろうと・・・
大切な思い出だ」

これからもおまえとの思い出を増やしたかった。

「じゃあな」

おそらく私の後ろに居る生徒会の皆が目に付いたのだろう。
朋也が別れを諭す。

「元気で、朋也」

顔を歪ませるな、今更泣こうとするな。
今だけは・・・
朋也から離れるまでは私は笑顔でいなくてはならない。

その一瞬でも耐えられなくなり、朋也に背を向け坂を駆け上がる。
朋也から見れば生徒会・・・私の本来の居場所に戻ろうとしているように見えるだろう・・・
けど、私は叶わない期待をしていた。
最後に抱きしめてくれたら・・・手を掴んでくれたら・・・
いや、名前を呼んでくれるだけでもいい。
そうしてくれたら、私は朋也の側を選ぶから・・・
でも朋也はその場から離れず、ジッと言い表せないくらい悲しみの表情で私を見送っていた・・・

 

 

生徒会の皆とは合流したが、今日だけは何もする気はなく・・・
いや、何もできないと分かっていたから、私はカバンを持って自宅へと帰った。

「ウッ・・・ウ・・・・・・」

自分の部屋に入ると、すぐに涙が溢れてきた。
もう止める気もなくベットの枕に顔を埋め、泣き続けた・・・

「ウアアア!!」

いつまでも・・・

「朋也・・・朋也ぁ!!」

目を瞑ると朋也との楽しかった日々が蘇って、なおさら涙は止まらない。

「別れたくなかった・・・別れたくなかった!!」

最後に浮かぶのは朋也の悲しい顔だった・・・

「ワァァァァァァ!!」

 

コンコン

 

「ねぇちゃん・・・」

「っ!!」

鷹文!?

「どうしたの、ねぇちゃん?
もしかして、泣いてるの?」

「・・・・・・」

鷹文には言えない。
言えるはずがない・・・
おまえに見せてやりたい桜の木を守る為に、
私の大切な人を切り捨てたなんて・・・

「ねぇちゃん・・・」

「入ってくるな!!
頼む・・・
入ってこないでくれ、鷹文」

「・・・・・・」

こんなみじめな姿を見ないでくれ・・・

「・・・わかったよ」

鷹文も心情を察してくれたのだろう。
ドアの前から離れていく・・・

「すまない・・・朋也、鷹文」

そのまま涙は枯れることなく、泣き疲れて眠ってしまうまで続いた。
仕事から帰ってきた両親も鷹文が説得したのだろう・・・
訪れる事もなく、失望のまま強制な眠りについた・・・

 

 

次の日、学園を休むわけにはいかなく、朝食も取らずに登校する。
偶然、朋也に会ったらどうしようかと考えもしたが会うこともなかった。
それよりも教室に着くと『ある噂』が広まっていた。

『岡崎朋也が坂上智代をフッた』

翌日にもう噂が出るとは・・・
簡潔に言えばそれだけだが、内容が全て朋也が悪いような噂になっている。
話すのも嫌悪するようなものばかりだ。
どうしてこのような噂が流れたか気にはなったが、
今の私は立ち直っていなく、どうすることもできなかった。

 

それから休み時間にになる度に、クラスメイトが励ましにきてくれる。
しかし、私に取っては傷を抉るように辛い・・・

『坂上さん、元気出してね。
あの人なんかより、もっといい人が見るかるわよ』

『あんな不良のような奴に坂上さんと釣り合いませんよ』

『あの人のせいで生徒会の仕事に集中できなかったんでしょ?
自分の都合を相手に押し付けるなんて最低よ。
逆に別れてよかったじゃない』

本来なら机を叩きつけて朋也の良さを言いたかった。
でも、別れた・・・いや、自分の目的の為に朋也を犠牲にした私が、
そんなことを言える資格はないと思えた。
せめてそんな悪意があるような噂を聞きたくなくて、
休み時間や昼休みは教室ではなく、屋上など人がいない所で時間を潰した。

 

放課後、一応生徒会に顔をだす。
皆、私を見ると一瞬、気まずい視線を向ける。
そんな中、一人だけ気にもせずに私の側までやってくる奴がいた。
そう・・・そいつは朋也に何度も話しかけていた男だ。

「・・・何だ?」

「色んな噂が飛び変わっているようだが、坂上は何も悪くはない。
岡崎先輩も噂を否定していないようだからな。
すぐに少ないがおまえのよくない噂も消えるだろう」

ああ、朋也・・・
おまえはまた、無い罪を背負うのか?
こんな私の為に・・・

「悪いが気分が優れない。
今日も帰らせてもらう」

「ちょっ、坂上?」

一瞬、目の前の男を昔の私がしたように殴ってやろうかと思った。
ただの自己満足の為に朋也を追い詰めたこの男を。
しかし、そんな誘惑もすぐに消えてしまい、無視してその場から離れる。
朋也・・・
どうして、おまえはそこまで自分を犠牲にできるんだ?
悪いのは私なんだから、もっと責めてくれてもいいのに・・・

 

朝食も学園での昼食も食べる気がなかったが、夕食はそういうわけにはいかない。
家族の皆が私に心配してくれているのはわかっている。
だからといって今は話す訳はいかない。
話せない・・・
そして味を感じない夕食も終わり部屋に戻ると、
朋也の事を想い、昨夜ほどではないがベットの端に膝を抱えるに座って涙を流す。

 

 

そんな繰り返しが三日が過ぎた。
教室から出るのも億劫なほど、私は疲労している。
このままでは、朋也どころか鷹文との約束まで守れなくなってしまう。

私はこれほど弱かったのか?
・・・当然だ、私も所詮一人の女なのだから。

私は朋也が居なくなっただけでこれほど落ち込むのか?
・・・それほど私は朋也が好きだったから当たり前だ。

もう、何も考えられないくらい失望と悲しみに、
どうしていいかわからない・・・

「ちょっといいかしら」

おそらく私を呼んでいる声でにゆっくりと顔を上げる。
また、朋也を悪く言うのか?
もう止めてくれ、全て私がいけなかったのだから・・・

しかし声の主はクラスメイトでも、まして同級生ではなかった。
教室では明らかに浮いている、三年生のエンブレム。
長い髪に片方をリボンをしている女性。

「私のこと、覚えているわね?」

「はい・・・
藤林 杏・・・さん、ですね」

 

チャイムが聞こえる中、私は藤林さんに屋上に連れてこられた。
授業が始まったから周りには誰もいない。

「さて・・・」

「・・・」

藤林さんは睨むように・・実際睨んで腕を組み、私を見る。

「三日前にあんた達の噂を聞いたわ」

「・・・・・・」

その視線に耐えられなく、俯いてしまう。
私も弱くなったものだ・・・

「なんだかんだいって、2人の問題だから口出しするつもりは無かったけど・・・
正直、朋也を見ていられなくてね」

「・・・朋也はその・・・元気か?」

朋也の名前にようやく顔を上げることができた。

「・・・ええ、元気よ。
いつもどおり馬鹿やっているわ」

「そうか・・・元気ならよかった」

朋也は私を吹っ切ったんだな・・・
それなのに私は・・・

「本気にそう思ってるの?」

「えっ?」

彼女は侮蔑しきった顔を浮かべていた。

「あんな噂が出回っているのに否定もしないで・・・
好きな女の子をフッて元気なはずが無いじゃない」

「?」

でも、さっきは朋也は元気だと・・・

「それもこれも、あんたに心配かけたくないからに決まっているでしょ!
あいつも自分の行動が噂になるのが分かっているから、あんたに『大丈夫だよ』って伝えているんじゃない!!」

「!!」

その言葉に私はどれほどの衝撃を受けただろう。
彼女も今は真剣に怒っている。

「それでもあんたが朋也を立ち直させてくれると思って、馬鹿にあわせていたわよ!
それなのにあんたは腑抜けになって、一度も朋也に会いにこない!!」

会えるはずがないじゃないか・・・
私達はもう恋人じゃないんだから。

「何か言いなさいよ!!」

「・・・・・・」

何も言えないのが気にくわないのか、私の肩を掴んで強く揺する。
それでも私は何も言えない・・・
当然だ、私は凍ったままなのだから。

「あんたがどうして生徒会長なんて目指したのかなんて知らない。
でも、朋也と付き合うならいつかこうなるって、分かっていたでしょ!?
それならどうして付き合ったのよ!?
分かっていたら、こんなこと避けようとしなかったの!?」

どうしてだろうな・・・
朋也も何度も忠告していた。
それなのに、どうして・・・

「・・・私は朋也が本当に好きだったんだ。
だから、2人で頑張れば何でもうまくいくと疑っていなかった・・・
ああ、馬鹿は私だ。
こんな甘い考えで付き合って、最後には朋也を傷つけてしまった」

答えは簡単だった・・・
しかしその考えはあまりにも愚かだった。
これではケンカしていた頃の両親にも何もいえない・・・

「そうね。
確かに甘すぎる考えね。
・・・改めて聞くけど、どうして生徒会長なんて目指したの?
あんたは才能もあるし人望も築いた。
でも、あんた自身がそんなものに執着するようには思えないわ。
生徒会長になる前の噂も含めてね」

「・・・そうだな。
貴女には話すべきだろう」

朋也の事を本当に心配してくれる貴女なら・・・

 

「ふーん・・・
そういう訳ね」

全てを話すと、軽く手を顎に当てて考え込む藤林さん。

「話しは分かったわ。
あんたは弟さんに見せたくて、
切られる桜の木を守るために生徒会長を目指したのね」

「ああ・・・」

「そして、朋也と約束を天秤にかける前に引いちゃったのね、あいつは」

「・・・・・・」

「もう・・・
朋也もどうこういっても、他人を優先するところがあるしね。
納得」

改めて話すと、どうして私は朋也を犠牲にしてまで約束を目指す決意をしたのだろう・・・
桜の木といっても、咲いている日数はせいぜい2〜3週間。
鷹文に見せたら、一瞬で終わるような約束を・・・

「これじゃ、あんたが朋也にどういっても、もう無理ね」

無理・・・
無理なのか?
もう私と朋也が交わることが無いのか・・・

「私はどうすればいい・・・?」

「甘えないでよ。
それは自分で考えなさい」

考えられないんだ・・・
いくら考えても、悪い考えしか思いつかないんだ。

「言いたいことも言ったし、聞きたいことも聞いたから失礼するわ」

「・・・・・・」

そう言って彼女は出口の方へ歩いていく。
逆に私は歩こうともせずに、ただ見送っている。

「そうそう・・・」

ドアを開けながら、思い出したように笑顔で振り向く。

「その『約束』が邪魔なら、それをどうにかしたらいいんじゃない?」

「えっ?」

「じゃあね・・・」

どういう意味か聞き返す前に彼女は出て行き、ドアが閉まる。

『約束』をどうにかしたら?
この約束があるから朋也は私と別れる事を望んだ。
お互いに好きなのに別れてしまった・・・
なら・・・

「ああ・・・そういうことか」

もし私が約束を放って、朋也の元に行ってもあいつは受け入れないだろう。
あまりの悲しみと周りの状況が、私に『過去』と『現実』しか見せなかった。

「本当に私は馬鹿だな」

いつ終わるかわからない・・・
それまでに朋也の側に他の女が隣に立っているかもしれない・・・

「とても簡単な答えを出すのに三日も無駄にしてしまった・・・」

心が凍ったままでも・・・
周りが白や黒、灰色しか見えなくても・・・

「朋也・・・」

その先にある本当に望んでいる『未来』の為に・・・

「少しだけ待っていてくれ」

今の私がするべきことは・・・

「今は側にいけなくても・・・」

鷹文との約束を果たして・・・

「必ず・・・」

それからなら・・・

「おまえの・・・」

朋也は・・・

「側にいく」

私を受け入れてくれるだろう・・・
なあ、朋也・・・

 

 

それからは今までの私が嘘のように頑張った。
自力で約束を守るには生徒会長以上に、上に・・・影響力を持たなくてはならない。
だから必死に勉強し、生徒会の仕事もこなした。
気が付けば眼鏡をつけるくらいになっていた。

桜の木を残す案を採用されるには、生徒会長になっても個人では無理だ。
メリットとデメリットを要領よくつき、切る案を却下させなくてはいけない。
もちろん生徒会や学園の生徒に協力を願えば、もっとうまくいくかもしれない。
だが、私自身がそれを拒否する。

噂の出掛かりが気になって私なりに調べた結果、呆れてしまった。
生徒会・・・というより、朋也にちょっかいをだしていた男が広めたことがわかった。
おそらく朋也から離れた時に、私が近く(木の上)にいたことに気づいていたのだろう。
そして、会話がギリギリ聞こえる範囲で隠れていた。
私が逃げ帰った後にあいつは生徒会に話し、そこから広めたんだ。
生徒を守り、支援するはずの生徒会が私を引き入れる為に朋也を犠牲にしたのだ。
そんな奴らに協力なんて死んでも願いたくない。
生徒も全て朋也が悪いと思い込んでいるから、こちらも協力を拒む。
教師もそうだ。
担任も励まそうとしているが、遠まわしに朋也と別れてよかったなと伝わった。
三年の学年主任に関しては、朋也に私と別れてくれないかと呼び出したほどだ。
ここにいたって、朋也を一番考えているのが春原とは皮肉だな。

噂では朋也(とおまけの春原)は私と別れた後も、遅刻はしていなかったらしい。
毎日起こしに行った成果があって嬉しかった。
しかし、それも一ヶ月しかもたなく遅刻し始めたようだ。
思い出が消されたように感じて悲しくなった・・・

しかし、上に行けば行くほど・・・
頑張れば頑張るほど本来の目的から遠回りしている。
成績も学年で2位になり、それからも頑張った。
すると生徒会から・教師から別々に依頼が増えてしまい、桜の木の件が進まなくなっていた。
ある日、学園からの要望で何かのコンクールに出てみないかと言われ、
断るのは印象に悪いと思い、受けた。
内容は英語であるテーマを語るというものだ。
それよりも胸が躍ったのは、それがテレビ放送されると知ったからだ。
もしかしたら朋也が見てくれるかもしれない・・・
だが、朋也がこんなものに興味があるはずもない。
そこで私は杏(今は名前で呼んでいる)に何とか朋也に見てもらうように頼んだ。
朋也・・・・・・
私は頑張っているぞ。
それでも、優勝トロフィーや『学校が誇る優秀な生徒』などより、
おまえの側に比べものにもならんな。
会いたいぞ・・・
朋也・・・

 

朋也と別れてから7ヶ月が経った・・・
もうすぐだ・・・
もう少しで桜の木が残ることに決定されようとしている。
朋也も就職探しに頑張っている。
正式な決定になった時に、朋也も就職先も決まっていたらいいが・・・

「おい、坂上」

「?」

放課後・・・
今日は生徒会の仕事も無いから、
このまま帰宅しようと思い、下駄箱に向かおうとすると後ろから誰かに呼ばれた。
後ろを振り向くと・・・

「・・・なんの用だ?
今日は生徒会の仕事も無いだろう」

朋也にちょっかいを出し、噂をバラ撒いた張本人がいた。

「話しがある。
屋上まで来てくれないか?」

聞いているなら答える前に先に行くのはどうかと思うぞ。
このまま帰りたい気持ちが強いが、そういうわけにはいかなく溜息を一つこぼして、
後についていく。

 

「坂上、ぼくと付き合わないか?」

「は?」

屋上に着いて、きりだした内容に不覚にもマヌケな声が出てしまった。

「冗談なんかじゃないぞ。
ぼくとならおまえが望む道を共に進める。
成績もおまえには負けるが優秀だし、岡崎のように弱くない」

何を言っているんだ、こいつは?
散々、朋也を貶しておいて・・・

「どうだ?
ぼくはおまえを幸せにできる」

幸せ?
ふざけるな・・・

「返事を聞かせてくれ、坂上」

私はどんな気持ちで過ごしているから知らない奴が・・・
おまえみたいな自分勝手な奴が・・・

「答える前にこちらも一つ聞きたい。
朋也と別れた噂を流したのはおまえだな?」

「っ!?」

知らないと思っていたのか?
めでたい男だ。

「・・・それに関しては謝る。
でも、おまえにはあんな奴なんて似合わない。
だから・・・」

「だから、その前から朋也にちょっかいを出し、
よりを戻さないようにしたのか?」

「・・・・・・」

呆れて言葉も出ない。
私自身、ここまで他人を貶せるなんて思わなかった。

「・・・まあいい。
これ以上、責めても時間が戻るわけではないし。
そうそう、答えだったな。
断る」

「っ!」

何だ、その驚いた顔は?
散々他人を貶して、自分の思い通りなると思っているのか?

「・・・坂上は岡崎がいいのか?」

「当然だ。
私にはあいつしかいない」

今更何を言っている。
だからこそ、今まで頑張ってきたのだから・・・

「あんな男なんて、おまえの足を引っ張るしかできないじゃないか!!
あいつもそれが分かって、おまえをフッたんだろう!?
それに・・・」

「もういい、黙れ」

「・・・・・・」

ああ・・・
これほど怒りが込み上げてくるのは、いつだったかな?
昔の私以来だ。

「そんなに朋也を悪者にして、自分が正義の味方になりたいのか?
気づいていないのなら教えてやる。
おまえがやってきたのは最低だ」

「ちがっ・・・」

「朋也にちょっかいを出す前に、何故私に直接言わなかった?
私のことなら朋也にではなく、私に言うべきだろう」

「・・・おまえはいくら言っても聞こうとしないと思ったから」

「なら、朋也を責めるのか?
これは私と朋也の問題だ。
おまえのような他人が、割り込めるものではないと分かっているか?」

「それは・・・」

「分かっていないだろうな。
自分が正しいと勝手に思い込み、いい気になっていたんだろ?」

「・・・・・・」

だからこそ私はこの男が許せない。
しかし、もういい。
今更言っても時間が戻るわけじゃないしな。

「私が言えること1つだけだ」

「・・・何だ?」

ここで私は怒りを消して素直に想いを口にする。

「人が付き合うのに成績の良し悪しで決めるのか?
そんなもの間違っているし、そんな下らないことを中心に考えている奴は最低だ。
私は朋也が好きだ。
その気持ちに比べたら、生徒会長の座や学年2位の成績や『学校が誇る優秀な生徒』なんてゴミ以下だ」

「坂上・・・」

「あいつは確かに馬鹿だ。
しかしあいつは私に似ている。
家族の事、そして雰囲気が・・・
お互いに傷の舐め合いをしているかもしれない。
それでも朋也はいい奴だ。
私なんかを優先するために、自分が悪者になるくらいにな・・・
そういう優しさより成績の方が大事なのか?
少なくとも私は思わない。
もう一度言うぞ、私は朋也だけが好きだ。
今の目的が済めば、私は朋也にもう一度想いを伝える。
生徒会長などその手段に過ぎない。
そのために今まで頑張ってきた。
今度こそ離れないために。
ずっと側にいるために」

凍った想いは必死で暖めて、今ではとても大きくなっている。
だからこそ、約束を果たしてから朋也に会いたい。
私もようやくその強さを手に入れることが出来た。

「・・・岡崎はこの町から離れないだろう。
うまく就職が決まっても・・・
しかしおまえは町を離れ、さらな高みへいけるんだぞ?
もっと自分の可能性を試してみたいと思わないのか?」

「今まで我侭やってきたからな。
今度は私の番だ・・・
私は朋也の居る場所までいく。
もう何もいらない。
生徒会も、いい成績も、いい内申もいらない。
頭のいい友達や別の町で迎える春なんていらない。
私はあいつと一緒の春がいい。
それだけでいい」

「・・・そうか」

全てを話すと改めて自分自身で、どれだけ朋也を想っているか実感する。
朋也も今でも私を想ってくれるだろうか・・・
それだけが不安だ・・・

「・・・それほどの決意があるなら、何を言っても無駄だな。
諦めるよ・・・
そして、謝る。
ぼくが愚かだった・・・
言われるまで気づかなかったよ」

「気づくだけで充分だ。
それじゃあな」

男に背を向けて出口を目指す。
ドアノブを掴んだ時、後ろから・・・

「うまくいくといいな」

応援の言葉がかけられた。
それに対し、私は・・・

「当然だ。
うまくいかせてみせる」

初めて、この男に笑顔を向けた・・・

 

 

そしてさらに一ヵ月後・・・
ついに、正式に桜の木が残されることが決定した。
朋也、私は約束を守ったぞ。
ようやく・・・
やっと、おまえの側に戻れる!
八ヶ月は長かったな・・・
だが、もう私たちが離れる理由は無い。
今行くぞ、朋也!!

今は学校でその知らせを聞いたから、
すぐ朋也の家へ向かおう。
もしかしたら、あいつも就職探しにいないかもしれない・・・
それなら待つまでだ。
外に雪が降っていようが関係ない。
生徒会室から退室し、下駄箱に向かうが一人の教師と鉢合わせた。

「こんにちは、坂上さん」

「どうも、幸村先生」

今でも朋也を唯一心配している教師。
別れる前にも、朋也がこの人には世話になったと言うほどだ。
私もこの人には、朋也の状況を知らせてもらったり手助けをしてもらった。
教師の中でただ一人信用する人だ。
その人も今年で引退で、そのことが少し寂しい。

「桜の木の件は聞いたよ。
よく頑張った」

「いいえ、私一人ではもっと時間が掛かっていました。
幸村先生が手伝ってくれたおかげです」

「何もすることなく引退しようしたわしにも、
手伝える事ができて嬉しいよ」

「ありがとうございます」

だが、いつまでも幸村先生と話しているわけにはいかない。
お礼はまた後日にして、失礼だが早々に切り上げよう。

「それでは私は・・・」

「少し待ちなさい。
もう一つ、君に朗報を持ってきた」

「朗報?」

その言葉に足を止める。

「朋也くんの就職先が決まったそうです」

「本当ですか!?」

「ええ・・・
先ほど彼と会いまして、報告を聞きました。
今は担任の先生に報告しに職員室に行っている頃でしょう」

「朋也・・・」

朋也も頑張ったんだな・・・
これで2人とも解決した。
胸を張って会えるな。

「わざわざありがとうございます、教えてくれて」

それなら下駄箱で待てばいいな・・・
いや、ここは約束の桜の木で待つべきだな。

「いや・・・
わしも彼らに救われたからな・・・
それくらい当然じゃ」

「救われた・・・ですか?」

「ええ・・・
この学校は・・・ちと優秀すぎる生徒が多すぎての・・・」

顎を上げて、ただでさえ細い目をそれ以上に細めて遠くを見ている。
この人にどういうことがあったかはわからない。
でも、この人も朋也に救われたんだ。

「私も幸村先生の授業を受けてみたかったです」

「・・・それは光栄な言葉ですな」

本当にそう思う。
朋也もこの人には感謝しているはずだ。
卒業式には朋也も少し素直になってほしいな。

「さあ・・・もう行きなさい」

「はい、失礼します!」

頭を下げてから下駄箱まで走る。

朋也・・・
今度こそ、決して切れない絆を結ぼう。
もちろん不安もある。
受け入れてもらえないかもしれないかもしれない恐怖も感じる。
だが、私はおまえを望む。
おまえの側に私の居場所がまだあるなら、
全てを投げ打ってでも手に入れたい。
『約束』を果たしたことで、心はもう限界だ。
私の全てがおまえを求めている。
やはり私にはおまえしかいないんだ。
この八ヶ月で嫌ほど思い知らされたんだぞ。
だから・・・

これからも・・・
いつまでも・・・
ずっと・・・
側に居させてくれ・・・
朋也・・・

 

 

「想像以上に波乱万丈な話だったな」

「むっ・・・
私の苦労話しをそんな簡単に片付けるな」

せっかく私がどれほど努力してきたのか、
話したのに笑顔なのが微妙に不機嫌になってしまう。
いや、別に落ち込んだ表情をしてくれというわけじゃない。
ただ、何となく納得できないだけだ。

「しかし、聞きように考えたらある意味惚気話しだな」

「そうか・・・
私は朋也に惚気ていたのか。
うん、女の子らしくていいじゃないか」

「・・・前から思っていたが、ズレてないか?
その考え・・・」

「そうか?」

「いや・・・もういい」

そうなのだろうか?
私としては女の子が、よくする行動を当てはめてみただけなのだが・・・

「それにしても、まさか杏がそんなことをしていたとはな」

「彼女も朋也を心配していたからな。
もし私に会いに来てくれなかったら、答えを出せたかどうかわからない」

「そんなことはないだろ?」

「あの時の私は、本当にダメになる一歩手前だった。
だから私は杏に感謝している」

間違った噂・・・
その噂を鵜呑みにして、悪意の無い中傷するクラスメイト・・・
あれは直接責められた方がマシなほどだ。

「そうだな・・・
そのあいつは幼稚園の先生を目指して、
資格を取るためにその道の短大に進学するし」

「そうなのか?
いい仕事じゃないか。
彼女にあってると思うぞ」

「げっ(汗
すぐにキレやすいし、言葉も悪いし、手も出るし・・・
挙句の果てに辞典まで投げる奴がか?
おまけに禁止しているスクーターに乗るは、俺を引くわ。
あの眼光は子供にはトラウマになるぞ、絶対」

「それはおまえやあの馬鹿が怒らせることをしたからだろ?
自業自得だ」

「・・・・・・」

おそらく今まで杏とのやり取りを思い出しているのだろう。
一瞬、引きつった顔になり・・・

「さて・・・
智代、寒くないか?」

爽やかな笑顔で布団をかけ直してくれる。
フフ・・・
相変わらず、誤魔化すのが下手だな。
ここは黙って誤魔化されるのも彼女の役目だ。

 

「朋也・・・」

「うん?」

「もう・・・
私は、おまえの側を離れなくていいんだな?」

「ああ・・・
ずっと側にいてくれ」

「この温もりをずっと感じていいんだな?」

「いくらでも」

「おまえとキスをしてもいいんだな?」

「飽きるほどやってくれ」

「私はおまえに出会えてよかった」

「・・・俺もだ」

「朋也・・・好きだ。
昔から、別れても、今も、これからも・・・」

「智代・・・」

「どうした、返事が無いぞ」

「・・・こういう場合は言葉より」

「言葉より・・・何だ?」

「こうだ」

「ん・・・」

「「・・・・・・」」

「相変わらずキス魔だな」

「嫌か?」

「・・・もっとしてくれ」

「お安い御用だ」

「ん・・・」

辛い日々が続いた・・・
苦しい時もあった・・・
諦めてしまいそうな瞬間もあった・・・
それも、今、このときの為に頑張ってきた・・・

朋也・・・
ありがとう・・・
私は幸せものだ・・・

 

後編へ

 


まず、長いSSを読んでいただいてありがとうございました。
『CLANNAD』の智代に萌えまくってしまったsiroです(笑
当初、『CLANNAD』は見送ろうと考えていたのですが(金銭的にも時間的にも)、
何とか都合がつき発売日に購入。
さっそくプレイすると、ズボッとハマってしまいました。
これほどなのは久しぶりです。
さすがKeyが4年間も暖めていたことはありますね。
その中で智代がジャストヒットしました(笑
『あしたの雪之丞』の晶子以来ですよ。
その勢いに長編智代SSを書いてしまいました。
他のSS作家様の智代SSでは、別れる時から前に進むストーリー多いですが、
私はあえてこういうストーリーにしました。
多少オリジナル部分もありますが・・・
私が考えるに彼女もそこまで強くないと思います。
家族の事情で痛感している分、大切な人との別れはショックが強いはず。
しかもそれが自分のせいだと感じれば落ち込むと思います。
逆に少し行き過ぎたかもと思いますが(汗
杏も出てきましたが、嫌な役割になってしまいましたね(汗
しかし彼女は朋也はもちろん、智代にも立ち直ってもらいたくてあえて冷たい態度をとり、最後にはヒントをあげました。
名無しの男子生徒は、プレイ中でも気に食わなく徹底的にイジメましたけど(笑
後編は朋也の卒業式、鷹文の入学式へ続きます。
今回ほどシリアスになるつもりはありません。
では、気長にお待ちください。