「さぁて・・・
郁乃、覚悟はいい?」

「覚悟って・・・
何をやらせる気なのよ?」

「フフフ・・・」

「焦ったいわね・・・
早く言ってよ」

「もう、郁乃ったら・・・
少しは我慢も必要よ?」

「その言葉、そのまま返すわ。
片手に持っているお菓子は何よ?」

「えっ?
えっと・・・これは・・・」(汗

「どうせ、貴明にも言ってないんでしょ?」

「あ、あうあう」(焦

「ダイエットしていたのがバレるし、お菓子は控えるんじゃなかったの?」

「ひ、控えていたよ?
い、今がたまたま・・・だよ?」

「説得力ないわね」

「はぅ!」(グサッ!

「このことも貴明にバレたらどうする?
呆れるかしら?
それとも予想通りと思って、生暖かい表情で慰められる?」

「あぁぁぁ・・・」(放心状態

「黙っててほしい?」

「(コクコクコク)」(必死に頷いている

「なら代わりに、私へのお仕置きとやらを無しにする・・・」

「そ、それは・・・」(困

「・・・無理そうね。
なら、せめて加減してくれない?」

「え、えっと・・・
あはは・・・」(苦笑

「それも出来ないの?
・・・ちょっと待って。
内容を聞いてなかったわね。
マジで嫌な予感がするんだけど・・・」

「えっとね・・・」

「言え」

「あ、あれ?
いつの間にか郁乃の立場が上になっているような・・・」

「そんな事はどうでもいいのよ。
いいから言いなさいよ」

「じ、実は・・・」

「実は?」

「明日、貴明くんとデートしてもらうの」

「・・・誰が?」

「郁乃が」

「私?」

「そうそう」

「「・・・・・・」」

「何いらないことやってるのよー!!
このバカ姉ー!!」

「だ、だって・・・
郁乃、デートしたことってそんなにないじゃない?
ここはお姉ちゃんとして、気を利かせようと・・・」

「変な事というか、どうでもいいことばっかりに余計な事をするなー!!」

「それじゃ、郁乃は貴明くんとデートしたくないの?」

「し、したくないわよ!
あんなヤツとなんてごめんよ!!」

「い、郁乃・・・?」

「??」

「もしかして、貴明くん以外に気になる男の子がいるの?」(恐る恐る

「いないわよ!!
さっきのは言葉のあやで、その・・・」

「うんうん、分かってるよ。
郁乃も貴明くんのことが大好きだもんね」

「クッ・・・」(悔

「そんな素直じゃない郁乃に、お姉ちゃんからのプレゼント。
しっかりと楽しんできて」

「普通、自分の想い人と妹をデートさせるかしら?
それにプレゼントじゃなくてお仕置きなんじゃない?」

「もう・・・
郁乃ったら細かいなぁ。
もう夜中だし、こんな時間から貴明くんへ電話をするのも失礼だよ。
ここは観念して明日はデートで決まり!」

「あー・・・
もー・・・
はいはい、分かったわよ。
もう、どうでも良くなったわ」

「しっかりとキメてアピールしなくちゃ!!
お姉ちゃんがアドバイスしてあげる」

「い、いらないわよ!!」

「いいからいいから、遠慮しない。
本をたくさん読んでるから知識はあるんだよ?」

「こ、この耳年増がー!!」

「お姉ちゃんが年上だからって年増はひどいよー」(天然

「ツッコむ所が違うわよ、バカ姉ー!!」(絶叫

 


2005・2008 Leaf 『ToHeart2 XRATED&ToHeart2 AnotherDays』

「パニック・ハート」
 第7話・想いの形


 

「それでそんなに不機嫌なのか・・・」

「悪い?」

「悪いと言われてもなぁ・・・」

愛佳との約束どおり郁乃とデー・・・ゴホン!
出掛ける事になり、彼女の都合上家まで迎えに行った。
そこには予想以上に機嫌が悪い郁乃、必要以上にニコニコしている愛佳が出迎えてくれた。
満面の笑顔で見送ってくれた愛佳と別れ、時間も早いということもあって、
バスに乗らずにゆっくり歩いている(もちろん郁乃は車椅子だけど)

「俺も最初は反対したんだぞ?」

「・・・それは私とじゃイヤだから?」

「そ、そういう意味じゃないって・・・
俺が女の子が苦手なのは知っているだろう?
だからさ」

「よくそんなセリフが言えるわねぇ・・・
私達とこういう仲で、数人とキスまでして?
向坂先輩が聞いたら刺されるわよ?」

「・・・・・・」

い、痛いところを・・・(汗
昔と比べるとマシになっていると自覚はあるけどさ・・・
そこは、ほら・・・その・・・

「むっつりスケベ」

「ぐはっ!!」

お、俺ってヤツは・・・(泣

「そんな男に惚れた姉もバカなら、私もか・・・」

「んっ?
何か言ったか?」

「なんでもないわよ!!
それで、何処に行くつもりなの?」

「そうだなぁ・・・」

そう言われても昨日の夜に突然決まった事だし・・・

「「・・・・・・」」

うーん・・・
どうしたものか・・・

「ねえ、アンタ・・・
もしかしなくても・・・」

「郁乃の意見を聞くつもりだったし・・・
ほら、今まで入院生活ばっかりだっただろ?
だからさ、希望とかないかな?」

「希望ねぇ・・・」

思考に入った郁乃を押しながら俺も沈黙する。
こういう時にあれやこれや意見を出しても鬱陶しがられるだけ。
何処とは出なくても、どういう所に行きたいとかの希望くらいあるだろう・・・
しばらくして、まとまったのか顔を上げる。
さて、お願い事はなんでしょうか?

「やっぱりアンタが決めて」

「は?」

さすがにそれは予想外。
ヒントもなければ答えもない。
完全な丸投げだった。

「どういうこと?」

「前回みたいにアンタに任せると言う事よ。
そもそも、デートって男がエスコートするものでしょ?」

「デートじゃなくて、お出掛け・・・」

「姉に言わせればデートよ。
それくらいの甲斐性は見せなさいよ」

「前は間があったし・・・
それに・・・」

「それに?」

「・・・ネタ切れ・・・かな?」(苦笑

「甲斐性なし、へっきー」(呆

「申し訳ありません」(泣

言い訳させてもらうなら、前回は本当に色々考えての結果だった。
出来るだけ希望を叶えてあげようとしたし、後から考えても不安だった。
唐突に帰ってしまった郁乃の態度も気になったし・・・

「いいから考えなさいよ。
前は別の理由が絡んでいたから、ちゃんとしたものじゃなかったんだから」

「痛てっ」

突然の痛みに何だろうかと思うとあっさりと氷解。
郁乃の手に見覚えがあるものを持っていたから。

「十手・・・」

「これって便利よね。
役に立つわ」

前回の時代劇村に行った時の土産として買ってあげた物だった。

「どうしてそんなのがいるの?」

「今やった通りの為じゃない」

理不尽に感じるのは俺の気のせいだろうか(汗

「いいから、さっさと決めて。
不本意ながらでも、時間を無駄にするのはイヤだから」

「りょ、了解」

さて、どうしようか・・・
郁乃の体調のこともあるし、食事で失敗したからそれも考えて・・・
遅くなるのもダメ出しそうすると・・・

「せっかくの機会なんだから少しくらい良いわよね。
私だって・・・」

郁乃が小声でなにか言ったような気がしたが、予定を立てるのに夢中で余裕がなかった・・・

 

 

で、最初に来た場所は・・・

「いらっしゃーい、タカくん、いくのん」

「悪いな、このみ。
突然押しかけて」

「お願いだから、そのアダ名はやめて」

「ええー
可愛いのに」

このみの家。
理由は簡単。

「ゲンジ丸は?」

「今の時間はのんびりしてるよー
ほら、こっちだよ」

「そういう訳ね」

「うん。
動物と戯れる機会なんてなかっただろうし、新鮮じゃないかな?」

「それもそうだけど・・・」

せっかくのアイデアも彼女には不満げらしい。
近場にはペットショップなんてないし、喜ぶと思ったんだけどなぁ。

「せっかくのデートにいきなり友達の家にお邪魔する?
ううん、いきなりとかもなくて普通ありえないんじゃない?
全く気が聞かないんだから、この男は・・・」

「ほら、あそこにいるよ」

「へ?」

またもやブツブツ言っている郁乃に呼びかけ、気の抜けた声で前を向いた瞬間・・・

「バウバウ!!」

「うっきゃー!!」

一目散に駆け寄ってきたゲンジ丸に郁乃は悲鳴を上げた。
珍しいものを聞けたな。

「こらー!
ダメだよ、ゲンジ丸!
いくのんは倒れちゃったら大変なんだから」

「くぅーん」

「た、助かった・・・」

惜しい。
抱きつくまではいかなくても、もう少し近づいてから止めてほしかった。

「貴明、変な事考えてない?」

「滅相もございません」

「そういう畏まった言葉が出ることこそ妖しいんだけど・・・」(疑惑

「き、気のせいじゃないか・・・」

「ふーん・・・
まあ、いいわ」

だれかれ構わず考えている事が何故分かるのだろう?
そのうち、先読みまでされるんじゃないだろうか・・・

「ほら、ゲンジ丸。
ご挨拶は?」

『ワン』とか『バウ』ではなく、『クゥーン』と気の抜ける挨拶(?) ゲンジ丸に対し、
警戒心が思いっきり出ている郁乃。
全く・・・
立場が逆じゃないか、普通?

「本当に大丈夫なの?
前にシルファさんから聞いたら散々な目にあったらしいけど?」

「あれはシルファちゃんが妙な対抗意識で色々やっちゃった結果だよ。
そういう意味じゃ自業自得かな」

あの出来事でシルファちゃんはちょっとしたトラウマになっちゃったし・・・
散歩くらいは付き合えるけど、タックルとか舐められるとパニックになる。
その後はダンボールを被ってお篭り。

「最近のゲンジ丸は散歩も面倒みたいで大変なんだよ?」

「・・・ズボラだな」

「まるで貴明ね」

「何ですと?」

「朝はシルファさんに起こしてもらい、ご飯もお姉ちゃん達が作ってる。
学園に行っている間にイルファさん達が掃除をして、帰ってからもまたお世話になって就寝。
何か反論は?」

「・・・ないです」

「よろしい」

「ねえねえ、タカくん・・・
今度シルファさんに休みを上げて、家でご飯食べる?」

「お願いだから、これ以上ヘコませないでくれ」

「???」

「ま、これも自業自得ね」

本当に簡単な料理くらいは覚えようかな?
でもシルファちゃんもメイドロボとしてのプライドか、中々譲ってくれないし・・・
いや!!
別に主夫になるつもりはないんだから他の事を頑張ればいいんだ!!

「そういえば春夏さんは?」

「ご近所の集まりで出かけてるの。
お母さん、残念がってたよ?
その分、お昼は家で食べて行きなさいって」

「さすがにそれは悪いよ」

「そうね。
私も厚かましいと思うわよ」

郁乃も反対だし、そこまで世話になるわけにはいかない。

「断られると逆に私も困るよー
お母さん、久しぶりにタカくんが来るって張り切っちゃって。
私一人じゃ食べきれないよー」

「そんなにか?」

「うん。
ちゃんといくのんにも食べられるものだよー」

「よし!
郁乃、昼食までゲンジ丸と戯れて来い」

「戯れるって・・・
アンタねぇ・・・」

「大丈夫だよ。
こっちこっち」

このみが郁乃を引いてゲンジ丸に近づく。
また、アイツから呼ぶと突進されたら危ないからだろう。
このみも考えてる。

「最初は頭を撫でてみて」

「こ、こう・・・?」

年下の女の子が2人、犬と戯れる。
中々和む風景じゃないか・・・

「何よ?
ジロジロ見ないでよね」

「・・・分かったよ。
このみー!
お茶でも入れてくるからなー」

「うん、お願いー」

前言撤回。
郁乃はどこまでいっても俺には憎まれ口を叩く。
勝手に知ったるなんとやら、退散の理由に飲み物を用意する。

「どうしたの、いくのん?
顔が赤いよ?」

「な、なんでもないわよ!」

 

「「「いただきます」」」

ちゃんと手を洗い、昼食をいただく。
庭先からテーブルまで郁乃を運んだ時には、犬のように噛み付かれた(比喩にあらず)
学園で何度も運んでいるのに、どうして今日はそんなに怒ったのだろうか?
このみにも催促されるしちょっと困った。

「美味しいわね」

「春夏さんの料理でハズレはないぞ。
さすが主婦」

「いいなー
私もお母さんのように美味しくならないかな?」

3人共、思い思いに手をつけて味わう。
うん、やっぱり美味しい。

「このみはカレーが作れるじゃないか?
あれは美味しかったぞ」

「っ!?」

「えへへ・・・
あれからも練習してるんだから、今度食べてね」

「もちろんだよ。
シルファ ちゃんにも、うまく言っておくよ」

「約束だよ?」

「分かってるって」

「うぅぅぅ・・・」

そんな俺達を余所に郁乃は箸を置いて唸っている。
本当に珍獣か、オマエは?

「どうしたか?
トイレか?
食事中なのに仕方がないなぁ・・・」

「仕方がないのはアンタだ、バカ!!
変な事考えないでよ!!
しかも女の子に向かって!!」

「分からないから訊いただけじゃないか・・・
なあ、このみ?」

「うーん・・・
いくのんが何を考えていたのかは分からないけど、今のはタカくんが悪いと思うよ」

このみ、オマエもか・・・
ただ、パッと思いつくことを言っただけじゃないか。
それだけなのに理不尽だ。

「なら、郁乃は何を考えていたんだ?
ここまで言われたんだ。
黙秘は許さないぞ」

「ふ、ふん!
別になんだっていいじゃない!!
アンタが気にする事じゃないわよ!!」

「・・・なあ、このみ?
俺は結局、どうすればいいんだ?」

「あはは・・・
美味しくご飯を食べたらいいんじゃないかな?
ほら、これも美味しいよ?
あーん」

 

パクッ

 

「っ!!!」

「おっ!
春夏さん、少し味付け変えたか?」

「そうみたい。
あっ、タカくん。
それもちょうだい」

「いいぞ、ほれ」

近くにあるから揚げを摘み、このみにさし出す。

 

パクッ

 

「〜〜〜〜っ!!!」

「えへへ〜
美味しいであります♪」

「楽しないで、自分で食べろ。
冷めてしまうぞ」

「了解でありますー」

「・・・・・・」(固

何故か固まってしまった郁乃。
視線の先は俺達の箸を行ったり来たり。

「郁乃?」

「どうしたの、いくのん?」

「あ、アンタ達って、前からそうなの?」

「「へ?」」

意味がよく分からず、このみと揃って首を傾げる。
どういうことだ?

「も、もういいわ・・・
気にするのも疲れたし、昔からの習慣なんでしょ。
無理矢理納得するから気にしないで。
全く、これじゃ一々気にしている私のほうがバカじゃない

「「??」」

更に傾げる俺たちを尻目に食事を続ける郁乃。
もう、何がなんやら・・・

 

 

一応目的も済ませた事だし食後は外に出る。
このみに引き止められたが、名目上『デート』なのでこれ以上お邪魔するわけにないかない。
納得したこのみは郁乃に何か吹き込んだのか、真っ赤になってしまった。

「そ、それで次は決めてあるの?」

だいぶマシになったがまだ引き摺っているのか、顔を上げて少し赤いまま訪ねてきた。
そんな表情にガラになく『可愛い』と思ってしまい、首を振る。

「なに?
それも考えてないの?
ハア・・・
そこまで来たら甲斐性なし所かマイナスよ?」

「ち、違うって。
ちゃんと考えてるし、もう決まってるから心配しないでも大丈夫」

そんな行動に誤解した郁乃に慌てて考えを直す。
でも、絶対に見惚れたなんて言わないぞ。

「そう・・・
変な所じゃないでしょうね?」

「あのね・・・
それなら郁乃が意見を出してくれ。
そっちを優先するし、俺のアイデアなんて単純なものだし」

俺としては深い意味で言ったわけじゃない(単純に郁乃の方が良い意見があると思う)が、
郁乃は焦ってワタワタしだした。

「えっ、あっ、その・・・
ゴメン・・・
確かに私から言っておいて、そんな言い方は悪かったわ。
ちょっとイライラしてたから。
アンタの事はちゃんと信用しているし信頼してる」

「い、いや、そんな改まって言われると・・・
それよりもイライラしてたって、このみの家で何かあったのか?」

「ううん。
そんなことはなかったから気にしないで」

このみがそんなことをするわけもないし、していないはずだ。
ゲンジ丸も最初こそ警戒していたけど後は楽しんでいたと思う。

「だから、何でもないって言ってるでしょ?
そんなことより、次は何処に連れて行ってくれるのかしら?」

「こ、こういう場合は、内緒にしたほうが良いらしいから秘密。
その前にちょっと寄る所があるけど・・・」

「・・・誰の差し金?」

「・・・愛佳」

「あの姉は・・・」(呆

ごめん、愛佳。
愛佳が言ったことは秘密と言われてけどあっさりバレてしまった。
だって、郁乃の『言え』という無言の圧力がすっごく怖かったし。

「・・・行き先はアンタが考えたのね?」

「あ、ああ・・・
そうだけど・・・」

「今度も誰かの所?」

「違うって・・・
次は電車に乗ってだし」

「電車?」

ちょっとヒントを出してしまったがこれくらいなら構わないだろう。

「少し遠出だけど大丈夫?」

「時間もあるしいいわよ」

「よし!
寄る所もあるし、早く行こうか!」

「うわっ!
きゅ、急にスピードを上げないでよー!」

今感じているイライラなんて吹き飛ばしてやるから覚悟しておけよ!!

 

「こんな所に来てどうするの?
何か買う物でもあるの?」

「まあまあ、いいからいいから」

やって来た場所は、前回郁乃の傘を買った百貨店。
当然、今回は買う物が違う。
今回の目的は・・・

「あったあった」

「麦わらぼうし?」

「そうだけど・・・
好みとかある?
ドラマとか出てくる真っ白な帽子とか?」

そう、今回は帽子を買いに来たのだ。
この後に行く場所に必要になると思うし郁乃にも似合うと思う。

「そういうのはパス。
それに私には似合わないから、そんなのいらないわ」

「そうかな・・・
似合うと思うけど・・・」

「っ!!」(驚

さて、どれがいいだろうな?
やっぱり俺のセンス程度ではさっぱりわからない。

「うーん・・・
他はに見てもそんなに種類はないか・・・」

品揃えを見ても、色違いはたくさんあっても種類は言うほどない。

「いらないって言ってるでしょ!」

「そんなこと言わずにさ、ちゃんと選んでよ?
もちろんプレゼントだから」

「だからいらないって言ってるの!
前も傘ももらっているんだから、これ以上は・・・」

「そんなの気にしないで。
それ!」

「わぷっ」

麦藁帽子を被せて、鏡の前に移動する。
お世辞抜きでよく似合ってる。
水色のリボンもマッチしている。
郁乃も密かに気に入ったのか、鍔元を持って角度を変えたりしている。

「気に入ったようだね?
それにしようか?」

「はっ!
い、いいわよ !!」

力いっぱい否定しても手放さないと説得力ないよ?

「ほら、傘は関係ある云々でとちょっと揉めたけど今回は関係ないでしょ?
だからプレゼント」

「くっ・・・」

いや・・・
その・・・
そんな悔しそうに見ないでよ・・・
なにか悪い事をしたみたいじゃないか・・・

「よし、それで決まり!
ほら、貸して」

「ちょっ・・・!
そのっ・・・!!」

ちょっと強引にとって、レジに向かって会計を済ませる。
そのまま使う予定なので袋などは断って郁乃に再び被せる。

「はい、どうぞ。
返品は不可だからよろしく」

「・・・・・・・」

「郁乃?」

「・・・全く、本当にバカなんだから」(照れ隠し

そんなにバカバカ言われ続けたらヘコむよ、マジで(気づかない鈍感男
あ・・・っと、時間もそろそろ押してきたな。

「郁乃、駅に行くぞ。
ちょっと遅くなってしまったし・・・」

「そ、そうだったわね。
その為にこれを買ったようだし・・・
これで時間オーバーになっちゃったら、目も当てられないわ」

さて、間に合うかな・・・
それに連れて行くなら余裕を持っていきたいし・・・
電車がサクサクと進むことを祈ろう。

 

 

「そういうことね・・・」

「気に入ったか?」

「貴明にしたら充分じゃない・・・」

電車に揺られ最後の目的には『海』。
贅沢を言えばもう少し早く来たかったが、夕焼けの海辺と言うのも乙というもの。
でも、夕方なので麦藁帽子が役に立たなかったことが少し残念。

「ゴメンな、郁乃。
結局その麦藁帽子、押し付けになっちゃって・・・」

「ううん、そんなことない。
これからも使うから大丈夫よ。
今も被っても問題ないし・・・」

「そうか・・・」

郁乃の気遣いに感謝しつつ、慎重に砂浜の上で車椅子を引く。
波のギリギリ手前に止めて隣へと周る。

「海も初めてよ・・・
こんなにきれいなんだ・・・」

「ツインビルの時とはまた違うだろ?」

「ええ・・・」

少しシーズンが過ぎているせいだろうか、思ったほどゴミの散らかしもない。
事前に駅で購入した2本のミネラルウォーターのペットボトルから、飲み干した空っぽの一本を取り出す。
それに海水を軽く入れて郁乃に渡す。

「はい・・・
これが海水だよ」

「へぇ・・・」

両手で持った海水入りのペットボトルを、軽く振ったり夕日に当てたりする。
次に、手のひらに少し零して匂いを嗅いで舐める。

「うわっ!
しょっぱ!!」

「はい、どうぞ」

予想通りのリアクションに苦笑しつつ、未開封のミネラルウォーターを開けてから手渡す。
舐めた程度だから2・3口で落ち着く。

「予想していたとはいえ、本当にしょっぱいわね」

「それが海だから」

「それを言ったらお終いよ」

2人揃って軽く笑って静かに夕日を眺める。
郁乃も片方ずつペットボトルを持って、俺は袋を下に敷いて座る。
それからはゆっくり時間が流れる。
そんな中、先に言葉を出したのは郁乃だった。

「ねえ、貴明・・・」

「ん?」

「私の事・・・好き?」

それも意外で突然な言葉だった・・・

 

「郁乃?」

「最初に言っておくけど、私はアンタ・・・貴方が好きよ。
どうしようもないくらい。
なんでこんな男を・・・と思う時もあるけどね」

「・・・・・・・」

座り込んでいる俺は郁乃を見上げるように顔を上げる。
郁乃はいつもの覇気がなく、遠くを見ている。

「貴方に会うまでは・・・
ううん、入院している時から自分の幸せなんて、考えてすらもなかった。
お姉ちゃんの幸せばかり考えてたから・・・ね。
そうね・・・あの時の気持ちを表すなら、これがちょうどいいわ」

左手に持っていた海水入りのペットボトルを振る。
残り少ない海水がチャプチャプと軽い音を鳴らす。

「貴方に会ってから全て・・・とは言わないけど、ほとんど変わってしまった。
最初は姉に近づく不届きモノなんて思ってたし、こんな男の何処がいいんだとバカにしていた」

出会った頃からやけに攻撃的だったのは、そういうことだったのか・・・
俺はそれが郁乃の性格と思っていたから、別に何とも・・・

「そして私が見定めてやると活きこんで、擬似デートもした。
わざとトラブルをおこしてその対応を見るなんて、今考えたらバカらしいわ」

「バカって・・・
それは郁乃が愛佳の事を考えて行動したんだろう?
自分でそう言わない方がいいよ」

「いいのよ、バカなんだから。
姉の気持ちが分かる・・・
それはつまり、私も貴明を好きになるっていうことじゃない」

「そ、それは・・・」

「気づいたのはツインタワーに行った時よ。
それでも姉の想い人を盗る訳にはいかない。
必死に意地を張りウソを言って別れたわ。
でも、涙は止まらなかった」

「あの時・・・」

急に雰囲気が変わった郁乃をエレベーターから見送った時だ・・・
本当は追いかけようと考えた。
でも、念を押され動けなかった。
それでも行けばよかったと後悔が襲った。

「それでこの想いにケリをつけようとしたわ。
でも、出来なかった。
そんな時、姉から言われたわ」

 

『郁乃も貴明くんのことが好きなんだね。
なら、郁乃もライバルだね♪
でもね、貴明くんが好きな女の子は私達だけじゃないのよ♪』

 

「散々悩んでいたのに・・・
信じられる?
あの姉はこともあろうかあっさりと認めて、連れてこられたのは環先輩の家。
後は、貴明が知っている通り」

「・・・・・・」

「今はこれくらい満たされてるわ。
選んでもらってないのに不思議ね」

今度は右手に持つ、彼女が飲んだミネラルウォーターのペットボトルを振る。
チャプンチャプンと重い音がする。

「昼食の時・・・
このみとのやり取りを見たら、嫉妬もしたし時間の溝というのを感じたわ」

「時間の溝?」

「だって・・・
お互いに食べさせ合ったり、料理の約束もしたじゃない」

「あっ・・・
それは・・・」

カレーこそ最近のことだ。
確かにこのみとは食べさせあったり間接キスは抵抗がない。
それが接してきた時間の差と言われればそうだろう。
幼馴染で一時離れたタマ姉ですらできないのだから。

「除け者扱いされたとは思ってないわよ。
今もこの場所に連れてきてもらったし、貴方なりに考えてのだったと分かってる。
でもね・・・」

「・・・・・・」

「今だけ・・・
今の状態でもいいの・・・
私のこと・・・好き?」

・・・そんな簡単に納得できるわけないよな。
俺はいつまで彼女達の好意に甘えているのだろう。
しかし、それでも誰かなんて選べないんだ。
優柔不断といわれても・・・
それでも、郁乃の問いには答えられる。

「もちろん好きだよ。
そうじゃなかったら悩まない。
皆への想いと同じくらいじゃなかったら、悪いけど断ってる。
同情とか泣かせるとかの理由で想いを待たせるなんてダメだと教えられた。
それに俺も一杯一杯だから減らしたいんだけど、無理だと分かってるからさ」

「え・・・
それって・・・」

郁乃の顔がこちらを向いて驚いたように目をぱちくりしている。
恥ずかしさはもちろんあるけど今は隠して真剣に告白する。

「俺も郁乃が好きと感じてるし、皆への想いも自覚している。
優越なんてないし、郁乃も皆も同じくらい好きだよ。
ううん、大好きさ」

「っ!!」

ペットボトルを落として硬直してしまった。
言い切った俺も望む答えだと思う言葉を聞いた郁乃も、
夕日のせいじゃなく見詰め合ったまま真っ赤になっている。
珍しくまともに言い切った自分を褒めてやりたいが、
それ以上にあまりの恥ずかしさに悶えそうだ。

「な、ならさ・・・
しょ、証拠をちょうだい」

「え・・・?」

震える声での意外な催促に思考は完全にストップ。
それでも屈んで目を閉じている郁乃に、自然に両手をついて腰を上げキスをを交わす。
夕日から夜になる前の一瞬の時間に、俺たちはそのままキスを続けた・・・

 

「さて・・・
そろそろ帰ろうか?」

「ちょっと待って。
その前にまだ言いたいことがあるの・・・」

日もくれてだいぶ暗くなったし、これ以上は遅くなってしまう。
そこで郁乃が待ったをかける。

「今じゃないといけないか?
駅にホームや電車の中で聞くけど?」

「こ、こんな恥ずかしい事、人目があるところで言えるわけないでしょ!!
それに今を逃したらきっと言えないし・・・」

「わ、分かったよ。
ちゃんと聞くからさ・・・」

両手を上げて降参のポーズをして話しを待つ。

「あのね・・・
さっき、入院する前と出会った時からの例えにこれを使ったじゃない?」

「あ、ああ・・・」

さっきの告白で落とした2つのペットボトルを再び左右の手で持ち上げる。
入院の時を例えに少ない海水のペットボトルと、
俺・・・ううん、皆と出会ってからを例えた少々減ったミネラルウォーター。

「それで、今の気持ちを例えると・・・」

「あ・・・」

器用に片手で蓋を開け、ミネラルウォーターのペットボトルに海水を流し込む。
あっという間に満杯になって零れても気にせず、海水が無くなるまで続く。
流し終わると蓋を閉めて軽く振る。
もちろん限界以上注いだので音もならない。

「これくらいよ」

「・・・そうか」

溢れるほど満たしたと言いたいのだろう。
郁乃の気持ちが伝わり俺も笑う。
しかし、その気持ちは・・・

「私、小牧郁乃は河野貴明が大好きです。
こんな年で言うのも説得力がないかもしれないけど、愛してる。
覚悟しなさいよ!
本気の本気になった女の子は強いんだから!!」

「あ、あはは・・・」

思った以上に重くそして真っ直ぐな想いだった。
満面の笑顔に宣言した郁乃に、俺は乾いた笑いしか出てこなかった・・・

 

 

おまけ

「ただいま〜」

「おかえり、郁乃ー
貴明くんは?
送ってくれなかったの?」

「ううん、送ってくれたわよ。
それがなに?」

「せっかくだから、上ってもらおうと思ってたのにー」

「今日は勘弁してほしいんだって。
それよりも、お姉ちゃん?」

「ん?」

「何か飾れるようなビンはないかしら?
これくらいの水が入るくらいの」

「えっと・・・
たしか、前にクッキーを食べたあのビンなら大丈夫かな・・・」

「また隠れて食べてたの?
これじゃホント、貴明に愛想を尽かれるわよ」

「はう!!
それは・・・」

「まあ・・・
そうなれば私がアイツを貰って上げるから安心して」

「えぇぇぇぇぇ!!
い、郁乃ー!?」

「それじゃ、後でそのビンちょうだいね」

「ちょ、ちょっと待ってー!
その言葉と心境の変化とか、行く時にはなかった麦藁帽子とか、貴明くんは皆のモノとか、
聞きたいことと言いたいことがいっぱいあるのー!!」

「落ち着きなさいよ!!
ダメ!!
抱きつかないでよ!!
揺すらないで!!
た、倒れ・・・」

 

ばたーん!!

 

「きゅう・・・」(車椅子の下敷き)

「ホントにこの姉は・・・」(呆

 

 

第8話へ続く

 


パニハー第7話、郁乃です。
彼女のシナリオこそツッコミ所満載です。
初めに名前入力で『?』と思いながらデフォルトの名前もなしなので、そのまま『苗字 名前』でスタート。
郁乃視点で期待大で始めたら・・・
何ですか、あの結末は!?
失恋ですか!?
しかもあっさりと乗り換えですか!?
病室の名札が達筆で『苗字』ですよ!!
さらに言えば、ああいう展開ならHシーンのイベント自体要らないよ!!
展望台のイベント後に入院云々に行ってほしかったです!!
貴明も追いかけろよ、へっきー!!
・・・すみません、ちょっと胸の内を叫んでしました(汗
さて、本編のツッコミはこれぐらいにしてSSですが・・・
私は郁乃が『ToHeart2』の中でも一番のツンデレキャラと思っているので(この辺りも本編のシナリオが引き摺ってます)、
シルファとは違ってほとんどツンツンでいきました。
でも、最後はデレを出しましたが・・・
ツンデレキャラが本気でアタックしたら無敵と思うのは私だけでしょうか?
貴明も本編では基本的に強気だったのでこうなりました。
次回は優季です。
さて、こうりさんのご感想にありましたのでここで一旦整理します。
書き上げたのは、イルファ・ミルファ・シルファ・ささら・愛佳・郁乃
今後の予定は、優季(次回)・まーりゃん先輩(次々回有力候補)・このみ・環・瑠璃&珊瑚(ペア)・由真・ちゃる・よっちゃん(こちらもペア)
悩んでいるのが春夏さんに奈々子
改めて整理してみると、まだまだ多いですね(汗
頑張っていきますので今後ともよろしくお願いします。
ラングさん・こうりさん・風車さん・ノネムさん、ご感想ありがとうございました!!