(SCENE 1 南次郎の作戦)
越前南次郎は、その昔、世界中に名を知られる程の、素晴らしいテニスプレーヤーだった。
一見、ただのぐーたらスケベ親父に見えるが、その腕前は今も健在だ。
実は、現在プロで活躍している選手達の中にも未だ彼の支持者は多数いるというくらい、テニス界においては、知る人ぞ知る有名人なのである。
飄々としていて、己を飾らず、遠慮を美徳とする日本人だなんてとても信じられないような性格だと思われがちな彼だが、実は真面目一途なところもある。
その証拠に、早々に現役を退いた今でも、彼はずっとテニスを続けているのだ。
確かに強い奴と競い合うことは楽しい。
そいつらを、実力で叩きのめした時の快感は、言葉で言い表せないほどだ。
でも、決してそれだけの為にテニスをしていたわけではないから・・・。
彼にとって己のテニスを極めるということはライフワークであり、この世で2番目に楽しいコト。
だから、ラケットを手放す人生など、南次郎には考えられないことなのだ。
では、そんな彼にとって、1番楽しいコトとは一体何なのか?
それは、溺愛している(と本人は思っている)一人息子を構い倒すコトである。
そう。越前南次郎は、何よりも夢中になっていたテニスを2番手においてしまうほど、たった一人の息子を愛しているのである。
(注・この話は南次郎xリョーマではありません(笑))
★☆★☆★
その一人息子、越前リョーマは最近とってもとっても、ご機嫌斜めだった。
もう赤の他人が自然と道を空けてしまうくらい、低気圧の雲を廻りにまとわりつかせていた。
(・・・ったく、しょーがねぇヤツだなぁ)
南次郎は、一人息子の状態にそれなりに頭を悩ませていた。
端からはとてもそうは見えなかったが、本当はとっても悩んでいた。
彼としては、父親らしくカワイイ我が子の悩みを聞いてやって、それなりに助言をしてやりたいのだ。
・・・が、悲しいかな、リョーマは南次郎の言葉には耳を貸そうとしない。
しかも、その態度が、ものすごく徹底しているのだ。
(…んとに、かっわいくねーは世話はかかるわ…これだからガキってのはよーッ)
なんて、心の中で毒づいてみるものの、父としては落ち込んでいる(というか、怒りを燻らせている)息子の状態が気になってしょーがない。
何とかして宥めてやりたいのだが・・・前述の通り、齢十という子供の身でありながら、リョーマは父の助言を有り難く聞くような素直さなど、これっぽっちも持ち合わせていなかった。
まあ、これは何もリョーマの責任ばかりではない。というか、リョーマが悪いわけではない。
元はといえば、昔っから息子可愛さのあまり、からかってばかりいたという南次郎の行いがそもそもの原因であるのだが、当の本人には全く自覚がなかった。
(さぁて…どうすっかなぁー)
ガシガシッと、南次郎は短くカットしてある髪を乱暴に掻きむしった。
実のところ、リョーマの不機嫌の原因はちゃんと分かっているのだ。
彼は、ずっと続けていたバスケットを、最近、ひょんなトラブルから辞めてしまったのである。
『上級生の嫌がらせ』というよくある事柄が原因だったが、ホントのところは『その上級生をぶっとばしてしまった為』というあたりが普通でない。
リョーマは元々、静かに怒るタイプなので、そういう行動に出たということは、本当に腹に据えかねたのであろう。
目撃者も口を揃えてリョーマは悪くないと擁護してきたので、他人に手を挙げた件についてリョーマを責めるつもりなど、南次郎には毛頭なかった。
それどころか、『よくやった』と褒めてやりたいくらいだった。
その気持ちのまま、よしよしと頭を撫でたりもしたが、可愛い息子はあっさりとその手を『ジャマ』というそっけない一言と共に、それは冷たく振り払ってくれた。
(親が思うほど子は親を愛してくれないってホントだったんだなー)
ちょっと黄昏た南次郎だったが、そのすぐ後、我が子を追いかけてグシャグシャと髪をかき乱してしまうという報復も忘れなかったからお互い様であろう。
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