【君という花】 P13
 


 やはり、余計な世話かもしれんが忠告しておこうとイザークが結論したところで、ラクスの声がその場に割り込んだ。
「大丈夫ですわ」
「・・・は?」
「カガリも、あの事実を言ってもよい場と悪い場くらい、弁えていますから。
・・・ただ、出来たばかりの弟が嬉しくて、誰かに言いたくて仕方ないだけなのですわ。貴方の前でこの事を話すということは、彼女が貴方を信用しているという事でしょう。ご心配なく、イザーク」
 にっこり微笑みながらそう言われて、イザークは諾とも返せず、言葉を失う。

”出来たばかりの…ということは、やはり、互いの存在は知らされていなかった…ということだろうか?”
 もしかしたら、故アスハ氏は、最期の時に、彼らに真実を残したのかも知れない。
愛する娘を、孤独という名の闇に、落とさないために・・・。
 それならば、いき過ぎだと思うカガリの所行にも、多少、納得できるかもしれないと、イザークは頷いた。

 突然ラクスが自分の事をイザークに語り出したのを、訝しげな顔で見ていたカガリは、状況を飲み込むと苦虫を潰したような顔になった。
「・・・なんだ、その事か!・・・当たり前だろうが…!私はコイツを、アスハのお家騒動に巻き込む気なんか全然無いぞ!
これからは私がキラを守ると、そう決めたんだからな。もう二度と、この肩に余計な重責を負わせたりはしない。……絶対に…するもんか!」
 悔しそうに言いながら、カガリはキラの両肩をギュッと強く抱きしめた。

 オーブという、極めて難しい立場の国一つ。
 後継者として育てられたとはいえ、まだ若いこの少女の肩には、十分、荷が勝ちすぎているだろう。
 それでも尚、この少年を護ろうとするカガリの姿は、まさに肉親への愛情に溢れていると、イザークは感じた。
 ディアッカと同じく不用意な発言が多そうな少女に若干の不安は残るものの、ラクスがいれば大丈夫だろうと、この件は不問とすることにした。
 代わりに、違うことを口にする。

「おい。・・・何だかソイツ、苦しそうだぞ?離してやれ」
 よく見れば、カガリの腕の中にいるキラの顔色が、とても悪い。
「え?・・・うわ、大丈夫か?キラ!」
 一瞬、何のことだ?と、キラとよく似た仕草で首を傾げたカガリは、すぐにバッと腕を放した。
 開放されたキラが、大きく息をする。
どうやら、息が出来なかったらしい。

「まぁ、キラ。・・・大丈夫ですか?」
 立ち上がろうとしたラクスを、キラは視線で止まらせた。
「…大丈夫だよ。ラクス、カガリ。ちょっと…息が苦しかっただけだから。・・・ごめんね?」
「お前が謝ることないだろう?私が悪かったんだから。すまない、キラ。今度からはもうちょっと力を緩めるからな」
 でも、もうしない、とは言わないんだな・・・と、思わず、イザークとディアッカは内心でカガリのセリフに突っ込んでいた。

 そうして、再び、場に沈黙が下りる。
 キラと話をしたいと思うのだが、何から話せばよいのか、糸口が掴めない。
 聞きたい事、話したいことが山ほどあったはずなのに、ガラス細工どころか、まるでしゃぼん玉のように危うい雰囲気を持つ人物に、どう接すればいいのか、正直、分からなかった。

 さて、どうしたものか…と思っていると、またしても、ラクスの手合いが入った。
・・・この歌姫は、本当に気味が悪いくらい、人の心を読んでくれる。

「どうやらお話が進まないご様子ですわね?イザーク。私達が居ては邪魔ですか?」
 彼女にしてはキツイ表現だが、暗に、席を外そうかと仄めかされた事には気がついた。
「別に、そのようなつもりはありませんが・・・そうですね。できれば、彼と2人だけで話をさせてもらいたい。もちろん、彼がそれを了承してくれるならば…の話ですが…」 無理にとは言わない、という意を込めたイザークのその言葉に、キラが少しだけ肩を揺らした。

「キラ?嫌ならいいんだぞ。こんなヤツ、私が追い出してやる!」
 その小さな動きに気づいたカガリの、今にも腕まくりして実行しそうな勢いを削ぐかのように、ラクスはほわほわ…と次の言葉をキラに投げた。
「どうなさいますか、キラ?イザークは、貴方と2人でお話したいそうですわ」
 ラクスは、あくまでキラ本人の意思を優先させるつもりだと、その行動で示したのである。
 その問いに、キラはチラリとイザークの方を見て、初めて自ら、イザークの意志を問うた。
「・・・何故?」
 辿々しい、たった一言だけの問いかけ。
 普段の自分ならば不快げに眉を顰めるところだったろう…と心の何処かで考えながら、今、自分が全くそんな風に感じていない事をイザーク自身、とても不思議に思っていた。
 だが、今はそれの理由よりも大事なことがあると、自らの疑問を脳裏外へと追い払って、イザークはまっすぐにキラを見つめる。
「・・・俺の中の戦争を、終わらせるためだ」
 聞きようによっては物騒なそのセリフに、キラではなくカガリが反応した。
 彼女は右手の拳を強く固めて勢いよく立ち上がり、それを眺めていたディアッカは、額に手をおいてヤレヤレと頭を振った。
 ディアッカとしては、イザークがこの場で暴挙に及ぶと疑っているわけではないのだが、もう少し言葉を飾ってほしかったな…と思う。
まあ、このイザークにそれを望むのは無理な話だ…というのは、つき合いの長さから、充分、承知しているつもりなのだが・・・。

”いくらなんでも、今の言い方は誤解を招くだろうがぁ〜…イザーク”

 なんで、イザークは顔に似合わず好戦的なんだろうなぁ…なんて、これまで何百回も繰り返した疑問を内心で呟きながら、ディアッカは臨戦態勢になっている少女に目チラリと目をやった。
 案の定、カガリは眦をキリキリ吊り上げて、怒りの表情になっている。

「貴様ぁ!」
「カガリ・・・待って」
 突進しようとしたカガリの腕に掛かったほっそりした指を、イザークはじっと見つめた。
およそ、パイロットらしくない・・・まるで貴婦人のような手だ。
 先程、握手を交わしたはずだが、あの時、かなり頭が混乱していたイザークは、握った感触を全く覚えていなかった。
だが、あの手も、自分達と同じようにMSの操縦桿を握りしめてきたのだから、指先は硬くなっているはずだろう。

”あの指に触れてみたら、少しは実感できるだろうか?彼が、ストライクのパイロットだということを・・・”

 キラのほっそりした指先をジッと見つめながら、イザークは普段の彼ならば決して思わないようなことを、ずっと考えていた。


<< BACK          NEXT >>

 
NOVEL TOP                TOP