【ラブリー・エンジェル】P1 (兄弟X拓…と思う )


(SCENE 1 落としモノの天使)

「んじゃあ、俺、遊びに行ってくるー!」
 忙しい母親の代わりに家事をしてくれているお手伝いさんと、大好きな兄に元気よく挨拶して、啓介は家を飛び出した。

「こら、啓介!先に宿題をしないかっ!」
 兄である涼介の小言は、一足遅かった。廊下の先を覗いてみれば、元気な弟の姿は既になく、おまけに玄関は半分開いたままだった。
「ふう。まったく、しょうがないヤツだな。いつまでも子供みたいに。
宿題はちゃんと意味があって出されてるモンなんだって分かってないな、アイツ…」
 溜息をつきながら言われたそのセリフは、とても小学3年生のものとは思えない。
だがしかし、長年この家に勤めているお手伝いさんは動揺もせずに笑って言った。
「まあ、仕方ないですよ。遊び盛りな年頃なんですから。それにしても、啓介坊ちゃんは本当に元気ですねー。
さあ、ほら、涼介坊ちゃんも。大人びた事言ってないで、遊びに行ってきていいんですよ。ほらほら…」
 涼介が着けている、ほとんど度が入ってない眼鏡を素早く取って、お手伝いは遊びに行くよう柔らかい微笑で促した。

 この賢そうな…否、実際めちゃくちゃ優秀な涼介の言い分は確かに正しい。
小学生の頃の勉強は簡単だけど重要なもので、この時期に宿題・予習のクセをつける事はとても大切な事だ。
だが、ひと昔前の人間であるお手伝いのミツからみれば、啓介のように元気に遊び回る事の方が大切で、涼介にはイマイチそういう子供らしさが欠けているように思えた。
 男の子は元気でやんちゃすぎるくらいの方がいい。それが彼女の信条だった。

「ありがとう、ミツさん。でも、遊ぶのは明日にしとくよ。どうせ、明日は啓介の相手もしなきゃならないだろうし、アイツのいないウチに思うトコまで勉強しときたいから。」
 フッと子供とは思えない微笑を浮かべて。涼介は取られた眼鏡を鮮やかな手つきで取り返しつつそう言った。可愛くない子供と言えばそれまでだが、ミツは涼介の言葉に反論はできなかった。
 それは、既に王者の風格とでも言おうか・・・10にも満たない年齢で既にこの余裕。人に逆らいがたい気持ちを持たせる涼介は、間違いなく人の上に立つ人物になるだろう。
「じゃ、俺は部屋に居ますから。アイツが帰ってきたら俺の部屋へ来るよう言っておいて下さい。」
 幼いながらも美貌と呼ぶに相応しい整った顔で、涼介はミツに艶やかな笑みを見せると、スッとその場を後にした。

(・・・はぁ。・・・今後か楽しみと言うべきか、末恐ろしいと言うべきかねぇ…。ホント、この家は極端な人ばかり集まってるよ。)
 向けられたその笑みは、どこか女心を刺激するもので・・・。
我が子もとっくに社会に送り出し、老婆と呼ばれるのに近い年齢である自分ですら、涼介の作った笑顔には一瞬ドキリとさせられた。
成長すればさぞかし星の数ほどの女性を泣かせることになるだろうと思いつつ、ミツは小さな溜息をついてその背中を見送った。

★☆★☆★

 涼介とお手伝いがそんなやりとりをしている時、啓介は学校のグラウンドを目指して走り続けていた。
「あっぶねー、あっぶねー。こんな天気いい日に勉強なんかしてられねぇっての。」
 涼介の小言を聞こえないフリして家を飛び出してきた啓介は、ニカニカ笑いながら、スピードを緩めず走り続けた。既に頭の中は、この後、友達とする予定のサッカーのことばかりだ。まあ、サッカーとは言っても見よう見まねで覚えた、球蹴りの域を超えてない程度のモノだが、やってる方は真剣なのである。
「今日こそ、カッコよく決めてやんぜー!」
ひゃっほうと雄叫びをあげてガッツポーズで飛び上がると、啓介は走るスピードを上げた。


 今日は土曜日。
余り得意ではない勉強も半日で終わり、家でお昼ご飯を済ました啓介は、友達と遊ぶ為に又、学校へと足を急がせていた。
昼ご飯だけの為に帰ってくるなら弁当でも持っていけば時間のロスは少ないのだが、啓介はそんな計算ができる子供ではなかった。涼介は見ててそれに気づいていたが、弟の足腰の鍛錬にもなるだろうと、教えずにその行動を見守っていた。

「うー、かったるいなー。よーし、近道しようっと。」
 家から学校までの間には、大きな公用地があった。網で囲まれたその広い土地は、緑地公園となる予定の場所なのだが、まだ整えられおらず、雑木林が広がっていた。
学校からは迷い込まないよう立ち入り禁止が言い渡され、啓介も当然、涼介にキツク言い含められていた。
だが、こんな探検心を擽られる場所、啓介に入るなと言う方が無理である。兄に黙って啓介は何度もこの中に忍び込んでおり、ドコをどう行けば学校までの最短距離なのかくらい、とっくに熟知していた。

 雑木林を回って遠回りするより、中を突っ切って行く方が早いし楽しい。
別にそんなに急いでるワケじゃないけれど、早くグラウンドへ行って遊びたい啓介は、即断即決で雑木林ルートを選んだ。

───この時、啓介は思いもしなかった。
まさか、自分がとんでもない”落としモノ”を拾うハメになるなんて。

そう、この後、啓介は雑木林で運命の出会いと言っても過言ではない出会いを果たすのであった。

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