文学の旅・三浦綾子編 2  

『塩狩峠』のモデルとなった長野政雄氏殉職の地の記念碑

明治42年2月28日夜、塩狩峠に於いて、
最後尾の客車、突如連結が分離、逆降暴走す。
乗客全員、転覆を恐れ、色を失い騒然となる。
乗客の一人、鉄道旭川運輸事務所庶務主任、長野政雄氏、
乗客を救わんとして、車輪の下に犠牲の死を遂げ、全員の命を救う。
その懐中より、クリスチャンたる氏の常持せし遺書発見せらる。
「苦楽生死 均(ひと)しく感謝。余は感謝して全てを神に捧ぐ。」
上は、その一節なり。30才なりき

碑の裏面の説明文から

今は複線ですが、当時は単線で勾配ももっときつかったそうです

今はもう無人駅となった「塩狩駅」

この階段を上ると「塩狩峠記念館」です


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