少年は人生の入口でドアの蝶番が外れてしまったのだと思った。
あとはただ風の音だけが空ろな心の中で ばたん!ばたん!ばたん!
−−−寺山修司『勇者の故郷』
草津白根山
2005年6月25日
オールフィクションエッセイ「山頂で逢おう」K
いつもの裏通りの安酒場、いつもの面子で、今日も山の写真を眺めながら盛り上がる。
「いやあ、こりゃあ立派な御釜だ」と話していると、
「なあに、私のこと?」とその声を聞きつけて、ゲイバー『デカメロン』のママ、マリコさんが顔を出した。
中学を出てすぐゲイバーに入り、その道一筋30年。
我らのアイドル、トルコの奈々ちゃんは自称「26歳だ」と言っているので、
「女としては私の方が先輩よ」とマリコさんはよく言っている。
「立派なオカマがいるって話してたんじゃないの?」
「違う、違う。山の話さ。噴火口のことを御釜と呼ぶんだよ」
休火山の噴火口にはやがて水がたまる。そうしてできたのが火山湖で、
硫黄が溶け出しているために湖面が不思議な色をしていることが多い。
代表的なものには蔵王山、日光白根山などがあるが、極めつけはやはり草津白根山だろう。
乳白色の湖面にはこの世ならぬ雰囲気が漂い、一度見たら忘れられない。
ふんふんと話を聞いていたマリコさんは、そのうち
「山男ってたくましくて素敵だわあ、今度私も一緒に連れてってちょうだいな」
といって私の肩にしなだれかかってきた。
気のせいか目がらんらんと輝いているように見える。
なんだか嫌な予感がしていると、奈々ちゃんがニヤニヤしながら寄ってきて私の耳元に囁いた。
「自分がオカマを掘られないように、気をつけなさいね」
![]() 翌日の四阿山へつづく |