競馬のような「時の賭博」にあっては、今の一瞬を過去の深い淵に落っことしてしまうか、
あすのほうへ積みあげてゆくかが、人生のわかれ目になるというわけだ。
−−−寺山修司『勇者の故郷』
仙丈ヶ岳・栗沢山
2006年7月29日(土)・30日(日)
オールフィクションエッセイ「山頂で逢おう」Q
仙丈ケ岳は「南アルプスの女王」と呼ばれる名山である。
正面に対峙する甲斐駒ヶ岳が、花崗岩に覆われたピラミッド型のダイナミックな山であるのに対し、
高山植物に咲き誇る穏やか山容で、初心者でも安心して登れる山である。
「仙丈」は山の高さを表わす形容である、「千丈」から来たものだと言われている。
スーパー林道が開通してアクセスが容易になった今では考えられないが、
かつては人里から遠く離れた奥深い場所に、高く高くそびえる山だったのだ。
「樹高千丈 落葉帰根」という中島みゆきの歌がある。
大地から遠く離れ、はるか空の高みを目指して長く伸びた枝葉が、いつか力尽き、
散り落ちて大地に帰るとき、枝よりももっと長く伸びた木の根が、揺りかごとなって抱き止めてくれるだろう、
というような歌詞だ。
はるか山頂の高みを目指す我々登山者にとって、帰るべき大地、抱きとめてくれる根とは一体何だろう。
家族の待つ家か、恋人の住むアパートか、それとも悪友たちとの溜まり場か。
「さしずめ俺にとっての根っ子は、気兼ねなく美味い酒が飲める、この酒場でのひとときだな」
そうつぶやいて、ひとりカウンターでグラスを傾ける。
マスターは渋い顔で「おだてたって何も出ないよ」と言いつつも、ボトルを一本追加してくれたのだった。
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