がらんとして誰もいない朝の街を、牛乳屋だけが
「追い切りの馬」のように白い息を吐きながら走っていった。
都会はまるで大きな競馬場だな、と少年は思った。
   
                  −−−寺山修司『勇者の故郷』

日光白根山
2006年9月3日(日)


オールフィクションエッセイ「山頂で逢おう」(20)

   

「白根山て、たしか去年も登ったばかりじゃない?また登ってきたの?」
いつもの酒場で山行報告をしていると、奈々ちゃんが訊いてきた。
「違う違う。前に登ったのは草津白根山。今回登ったのは日光白根山だよ」
そう説明すると、奈々ちゃんは「ややこしいわね。別の名前を付けなさいよ」と顔をしかめた。


   

山の名前には似たような名前のものが多い。
「白根山」という山は、前述の二山のほかに、北岳を擁する白根三山がある。
「白根」というのは、冬に尾根に雪が積もり白く輝く姿からついた名前だ。
「駒ヶ岳」というのもよくある名前で、秋田駒ヶ岳、会津駒ヶ岳、魚沼駒ヶ岳、木曽駒ヶ岳、甲斐駒ヶ岳などがある。
春先に馬の形に雪渓が残るか、麓が馬の産地になっているためについた名前だ。
ほかにも朝日が一番にあたるから「朝日岳」、信仰の対象として仏像が置かれているから「地蔵岳」など、
よくある名前を挙げていけばきりがない。山を見て昔の人が考えることは、大体決まっていたようだ。




「ありふれた名前じゃつまらないわ。やっぱり個性的な名前でないとね」
と奈々ちゃんは胸を張る。
「7月7日生まれだから奈々って名前なの」という奈々ちゃんだが、実は本名は「鈴木智子」というのである。
一度だけ免許証を見てしまったことがあるのだ。平凡な自分の名前が嫌で、嘘の名前を使っているらしい。


   

でもね、奈々ちゃん。中島みゆきも言ってるよ。
「やさしい名前をつけた娘ほど愛されやすい、よくある名前をつけた娘ほど忘られづらい」ってね。
そんなありふれた名前だって、とても素敵だと思うんだ。
どうだろうか、世の中の鈴木智子さんたち!



  
実際の行程

湯元→白根沢→外山→前白根山→避難小屋
→奥白根山→阿弥陀ヶ池→七色平→丸沼高原ロープウェイ駅


アップデート
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