他者の死は、かならず思い出に変わる。
思い出に変わらないのは、自分の死だけである。
−−−寺山修司『旅路の果て』
雨飾山
2004年8月7日
オールフィクションエッセイ「山頂で逢おう」(8)
「雨のようにすなおに あの人と私は流れて
雨のように愛して サヨナラの海へ流れついた」
(中島みゆき「ひとり上手」)
雨の似合う女がいた。
濡れた髪を掻き揚げるときのうなじが、ぞくっとするほど色っぽかった。
出会ったのは雨の日で、別れたのも雨の日だった。
夜の雨の中に消えていった寂しげな後姿を、今もよく覚えている。
あれからどれほどの時が流れたのだろう。
雨飾山は長野と新潟の県境にある。
「雨飾」という美しい名前に惹かれて、多くの登山者がやってくるそうだが、
名前のとおり雨の多い山で、かの深田久弥も雨によって一度は登頂を断念したそうだ。
ようやく晴天の下で登頂に成功したときには、「ついに久恋の頂に立った」という言葉で感動を表している。
幸いこの日の雨飾山は終日晴天だった。
荒菅沢から山頂付近を見上げると、空の蒼と緑のコントラストが美しい。
雨の日の山は暗く寂しい。それが似合うというのなら、それは不幸なことだろう。
人間もまた、然りである。
澄み渡る8月の空を見上げて、私は思った。
この同じ空の下のどこかに、あいつもいることだろう。
今頃は、晴れの日の似合う女になっているといいな。どうか幸せでいてくれよ。
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