貨物船の船底で生まれよろめきながら立ち上がったときに、
生まれてはじめて見たものは、牧場ではなくて、蒼茫とした海だった。
   
                  −−−寺山修司『勇者の故郷』


那須岳
2006年7月22日(土)



オールフィクションエッセイ「山頂で逢おう」(17)



   

今日も今日とて、裏通りの安酒場では、山男たちがビール片手に山談義。
「今回は栃木の那須岳に行ってきたよ」と、
私もさっそく登ったばかりの最新の山行報告をする。


   

「那須岳なんてロープウェイで登れる山だろ。中学生の日帰り遠足コースじゃないか」と、そば屋の政が鼻で笑う。
「いやいや、そう莫迦にしたものでもないぜ」と私は反論する。
「茶臼だけじゃなく、朝日、三本槍まで足を伸ばせば、結構歩き応えがある。どの山も個性があって、
グリコアーモンドじゃないが、一粒で三度おいしい山だよ」


   

山にも兄弟がいる奴がいるというのは以前も書いたが、那須岳も複数のピークからなる山である。
側面から噴煙を噴き上げ、硫黄の臭い漂う茶色い砂利や岩に覆われた茶臼岳。
「ニセ穂高」の異名を持つ荒々しい岩肌が特徴の朝日岳。
そして先鋭峰をイメージさせる山名に反して、ハイマツに覆われた穏やかで小広い山頂を持つ三本槍岳。
どのピークも雰囲気が全く違っていてなかなか面白い。



「俺はやっぱり茶臼岳の地獄のような風景が一番好きだな」と言うと、
それまで黙って話を聞いていたトルコの奈々ちゃんが、色っぽく笑ってこう言った。
「私も茶臼が一番好きよ」



酒場にいた男どもは無言で顔を見合わせ、赤面した。
じつは「茶臼」とは、セックスで女性が上になる体位を指す言葉でもあるのであった。
というわけで、話題は奈々ちゃんの今夜のお相手が誰になるかということに移り、
山談義はこれでお開きとなったのであった。


  
実際の行程

那須ロープウェイ山頂駅→茶臼岳→峰の茶屋跡→朝日岳→三本槍岳
→峰の茶屋跡→那須ロープウェイ山麓駅


アップデート
旅行記の部屋
へもどる