種を蒔く
(10年後・20年後の未来のために)
 山アスパラは、生存率が極めて低く、殆ど群生しない。(したくても出来ないといったほうが正確かな?)
毎年何十個もの実(種粒にすれば、数百粒)を落とすのにその殆どが死に絶えてしまう。他の繁殖力旺盛な草木の中、奇跡的に生き延びたものだけが成長して、六〜七年してようやく花をつける。(食べ頃になるには、それから更に3〜4年かかる)

 このような貧弱な生態だから、「美味い」といって何も考えずに採っていたら、あっという間に絶えてしまう。

 私は、その類まれな美味しさを十分知っているからこそ、「種の保存と子孫繁栄」の手助けをしようと思う。そのご褒美として、また山アスパラをいただけるものと信じて疑わない。
絶滅種という程でないにしろ、この山アスパラが最近、糸魚川の山々でなかなか見られなくなった、という話を聞きます。その比類なき美味しさと希少価値ゆえに、山菜採りの人がそれほど乱獲したという訳でもないのに・・。(だいたい、乱獲するほど元々個体数が無い)

悲劇が起こる前に、手遅れになる前に、種の保存を手助けしてあげなくてはなりません。私が山アスパラを畑で自然栽培している事の最終的な目的は、平和な故郷の山に返してあげる事なのですから。今はまだお世辞にも山は平和と言えるような状況ではありません。もしかしたら、こうして大事にそばにおいて育ててあげた方が、彼らにとって平和なのかもしれませんが、そこのところはなかなか難しいところです。
<2001年・10月20日、実を採取し、苗床を作り、2年後の春の発芽を楽しみにその種を蒔いた>


<種摘み>
たくさん付けた実は、濃い紫色なって、指で触るとだいぶ柔らかくなっている。

柿の木の下で、直射日光があまり当たらず最も条件の良いところは、まだ、青々とした葉っぱをつけていて、実もまだ少し固め。

<種摘み>
こんなに一杯。夏に実を付けた数からすると、これでもおよそ1割程度でしょう。ほとんどが秋を待たずに耐え切れず地面に落ちてしまっていた。

その時点で既に、はかない命が終わってしまうものが多いんですねえ。

そんな種からも結構発芽する事は、春先の芽出しの頃、畑を見ればよくわかる。

<苗箱の準備>
発泡スチロールのこんな箱に、水はけ用の穴を適当にあけたものを使う。別に何でもよいですが、穴だけは必要です。

これに、稲藁を敷く。土が穴を塞いでしまわないようにする為と、何となく敷布団のような気持ちで敷いてやりたくなったから。

<苗土を作る>
根が生えてくるのは翌年の夏ごろだ。その時に土が詰まったような感じで固いと、根も伸びにくいだろう。そのために園芸用のピートモス(藻みたいな苔みたいなやつ)ともみ殻・米ぬか・腐葉土を畑の土に混ぜ合わせて、少しふかふか過ぎるかなというくらいの苗床にしてみた。


(左から、もみ殻・ピートモス・米ぬか)
<種実を蒔く>
本当は筋蒔きしたいところだけれど、種が割りに多かったのと、面倒くさかったので、バラで蒔いた。
いつもこんな感じだし、せっかくふかふかの苗床にしたんだから、目一杯利用しなくちゃ、という欲張りな考え。

少し心配なのは、植え替えのとき、根がピートモスに絡んでほぐすのが大変かも・・。
<ワラを被せて完了>
柿の木の下の日陰に置いた。冬の間もこのまま雪の下になる。
(写真の真中の箱はギョウジャニンニク)

この他にも2箱、山アスパラは計4箱になった。種数にしておよそ数千粒と思われる。

  このうち、翌々年の春、元気に芽を出してくれるのは、果たしてどれくらいだろうか?

今回、初めて苗床らしい、少し手の込んだ土作りをしてみた。そのうち2箱には薄い木搾液をかけてもみた。一応理屈的には苗が出やすく成長しやすい条件にしたつもりだけれど、この結果が吉と出るか凶と出るかは、翌々年の春以降になってみないと判らない。

 この山アスパラが、私と皆さんのお口にありがたく入るまでには、あと、少なくとも10年の歳月を経なければならない。それまでこのホームページが続いている事を願って、今回のレポートを終わります。

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