これは一人の少年と、一人の少女の延長線上の物語である―――。






「ったくよぉ〜!どいつもこいつも休暇休暇でさぁ、ホント嫌になるよなぁ。俺なんか、この二ヶ月まともに休んでねぇつーの」
午後も既に三時を過ぎてからようやく昼食と対面してるディアッカ・エスルマンは、零したくてたまらない愚痴を、力一杯零していた。
「加えて俺の上官殿は、自分にも厳しいけど他人には宇宙規模で厳しいし、俺の休暇申請は何度破られればサインが貰えるんだって感じだしぃ〜」
ふっくらと形の良いオムツをフォークで突っついているディアッカを前にして、メイリン・ホークは苦笑を漏らした。
「・・・ちょうど夏休みですものね。いいじゃないですか。いつ休みが取れるか分からないよりも、ちゃんと休めるのは、それだけ平和になったってことですよ」
「平和ねぇ・・・。俺にも平和を充分楽しめる休みが欲しいぜ」
溜息交じりでオムレツを口に運ぶディアッカの、いかにも不満です、という表情が少し子供っぽくて笑いを誘う。メイリンは彼の奢りである紅茶を一口飲んでから、上目遣いで言った。
「・・・すみません。私、今週末から夏休みなんです」
「へっ?マジ?」
「はぁ、マジです」
「マジですか・・・。でも、こんな時じゃないと、なかなか長い休みって取れねぇもんな。ゆっくりしてこいよ」
ふんわりと柔らかな笑みを向けられ、メイリンは素直に頷いた。
プラントの四季は人工的なものだが、季節で言うなら今は夏である。企業に「夏期休暇」があるように、軍にも当然それはある。
あるのだが―――。
立場上というものも関わってくるのかもしれないが、なかなか休暇を取れるほど、その身を自由に出来ない者もいるわけで。単に多忙とも言うが、それがディアッカであり彼の上官でもある。
メイリンは少し首を傾げながら訊いた。
「・・・お休み、取れないんですか?」
「ん?俺?」
「はい・・・。私はバックオフィスだから、多少の勝手は言えますけど・・・」
「あぁ、俺は現場って言えば現場だなぁ。まぁね、別に長い休みが欲しいわけじゃなくってさ。二日、欲を言えば三日休みが取れればいいなぁとは思うけどね」
今回はやっぱ無理そうだ、と肩を窄めてディアッカは食事を続ける。いつもと変わらぬ口調ではあるが、ほんの少しだけ諦めきれない気持ちが滲み出ている。
メイリンは気付いた。今は夏休み。きっと彼も自分も同じ事を考えている。
「・・・私、この休みにラクスさんの所に行くんです。昨日連絡したら、エアポートまで迎えに来てくれるって・・・」
相手の様子を窺うように言えば、ディアッカは一瞬驚いたように眼を大きくしたが、直ぐにそれは嬉しいものへと変わった。
「あ・・・そう!そうなんだ!なぁ〜んだ、それを先に言えって」
「ふふ・・・。ディアッカさんと私は同じことを思っていたんですね」
「あとイザークも同じ。顔には出さないけどね。で、悪いんだけどアイツのところに、土産を持っ行ってくれない?」
「お土産ですか?いいですよ」
「悪りぃな。この前会ったのが四ヶ月前だから、四ヶ月分の土産があるんでね。明日、持ってくるよ」
「分かりました。ちゃんと渡しますから、安心して下さい」
にっこりと笑みを返せば、ディアッカも口の端を上げる。
「私、そろそろ仕事に戻りますけど、一人で食事出来ますか?」
「ははは・・・。付き合せて悪かったって!」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
椅子から立ち上がり頭を下げるメイリンに軽く右手を上げて、ディアッカは彼女が食堂の外へ出るのを見てから、小さく息を吐いた。
中途半端な時間帯。広々とした食堂内にあまり人はいない。彼は頬杖をついて、ゆっくりと大きなガラス張りの壁から外を見た。
緑が眼に入ってくることのないそこは、見慣れすぎた自分の職場である。ザフト軍の本部敷地内だ。今は夏期休暇ということもあり、やはりいつもより人の少なさを感じる。そして自分は遅すぎる昼食中。
「平和ねぇ・・・」
ぽつりと呟いて、ディアッカは残りの食事を片付けることに専念した。





「あ――腹減ったぁ――。やっとメシが食えるぅ――」
若い兵士から人気のサフトスペシャル巨大ハンバーグをトレイに載せたシン・アスカは、食堂の壁際の席に見知った姿を見つけて、そこへ足を向けた。
「ディアッカさん、今、昼メシですか?」
半分ほど食事を終えていた、年上の気さくな男の顔が、ゆっくりと上がった。
「・・・シンか。お前も今、昼メシなんだ」
「そうですよ。ここの席、いいですか?」
シンはディアッカの了承を得てから、彼の前へとトレイを置き椅子へ座った。
「お互い、中途半端な時間帯でメシですね。忙しいんですか?」
「ん―ー忙しいっていうより、ちょうど夏休み連中が多いから、あっちこっちから呼び出しが掛かるってやつ」
「なんですか、それ?夏休み連中のせいで、軍が手薄っていうの、笑えないですよ」
「いいの、いいの。軍人はヒマが一番!忙しいとロクなことがねぇからな。で、お前こそ三時過ぎに昼メシかよ」
「・・・俺はロクなことがなくて、忙しいんすよ」
唇を尖らせながら、巨大ハンバーグをザクザクと切る様子は、不機嫌そのものだ。これはその不機嫌な理由を吐き出させた方がいいな、とディアッカは思う。さきほどまでメイリンに対して愚痴を零していたのは自分で、今度はシンかと思うと苦笑したくなった。
「ご機嫌斜めすぎってヤツだな。一体どうしたよ?」
「・・・選ばれました」
「ん?」
「・・・来月、プラントと地球の定例会議がありますよね。その護衛に選ばれました」
「そうなの?てか、お前、一度もやったことなかったけ?」
「だって今まで隊長クラスだったでしょう。でも今回はただ今建設真っ最中の、あのコロニーの視察もあるからって、警備を強化するって通達が来たでしょう。その警備の一人に俺も決まったんです」
きつい口調で実に嫌そうに言う赤服の青年は、十代の頃と変わらず自分に嘘をつかない。護衛事態が嫌だというのではなく、護衛をする人物が嫌なのだろうことが分かってしまい、ディアッカは力なく、なるほどと頷いた。
「だいたいあのコロニー、ヘリオポリスと同じ位置に造るっていうのが変ですよ。名前は公募で、まだ決まってないなんて言ってますけど、また同じ名前だったら超安易だし、それに地球とプラントの共同出資コロニーなんて、今更じゃないですか。意味あるんすかね。お偉いさんの言うことは、俺には分からないっすけど」
シンの言うお偉いさんとは、やはり「彼女」を含めたことだ。ディアッカは口に出しはしないが、ガキだなぁと肩を竦める。
シン・アスカ。
地球とプラント間の戦争の、直接的な原因となった「血のバレンタイン」。その最初の戦争で家族を失い、二度目の戦争時はザフトのエースパイロットの位置にいた、オーブ出身の青年。そう、もう立派な青年だ。まだ幼さの残っていた少年は、既に過去のもので、今は後輩から尊敬の眼差しを向けられている先輩だ。
二度目の終戦から五年。
まだ五年でもあり、もう五年でもある。確実に流れていった月日の中でも、変わらない感情をシンは持っているようだ。
それを代表するのが「彼女」である。いや、「彼女たち」と言った方が正しい。
苦手であったり、嫌いであったり。
そういった相手に対する個人的な複雑な想いは、五年の間に変わるものではなかった。ガキである反面、素直なのだ。
「・・・本当に今更ですよ。莫大な金をかけて、プラントと地球の未来のためにとか言っちゃって、共同コロニー造って嬉しいとか思ってるんですかね。表面的にデカイもん造る前に、内面の問題をどうにかしろって言いたくなりますよ」
軍人たるもの上層部の決定には絶対に従うべし、とは一体いつの時代のことか。シンの性格のことだ。今回の護衛の任務を言われた時、きっぱり断った姿が簡単に想像出来る。実際に断ることはしなかったであろうが、それを言いたいのを必死で押さえ込んだといったところか。
そして―――。
彼の言う「内面の問題」が、機嫌の悪さに拍車をかけていることが、容易に知れる。
「なぁ、シン。俺もさ、政治家サンたちの腹の中は分かんないけど、コーディネータとナチュラルが、共に手を取って何かを造るってことは、凄く大事なことだと思うぜ」
「そうっすかね」
「そうさ。これは地球とプラント間のことだし、なんったって規模が大きい。これだけ自分たちは親密になったんですって、世界に見せることで、安心感が広がるだろ。民間レベルでの交流は、もう前から始まってるんだ。そういうのを、もっと強固なものにするためにも、政府には大きなプロジェクトが必要だったって考えてもいいんじゃねぇの」
「でも、今更ですよ」
「その今更が大事なんだよ。決して意味のないものじゃないさ。意味のないものなんかにしない。でも、お前の言うように、意味がないって思ってる連中はいるよな。内面の問題ってヤツだよ」
大盛りのライスを、胃袋の中に放り込んでいた、シンの手が止まる。赤い双眸が、細められた。
「・・・ブルーコスモス。あいつら、本格的に動き出したって本当ですか?」
鋭さを増した眼に、ディアッカは天井を仰ぐ。
遺伝子操作を受けて産まれるコーディネーターは、ナチュラルと呼ばれる人々を基準と考えるなら、知力体力共に極めて高い。過去の二度の大戦も、プラント対地球であり、コーディネーター対ナチュラルという図式だ。自分たちと違うものを受け入れられなかったことへの、劣等感であり優越感。子供じみた偏見の延長線上に、あの戦いはあった。その偏見を代表するのが、ブルーコスモスというナチュラルの強硬派だ。彼らは コーディネーターの存在すら認めてはいない。地球軍との深い関わりが、それを物語っている。
が―――。
二度目の戦争に終止符が打たれてから、彼らは目立った行動を取ってはいない。コーディネーターとのトラブルも、見受けられない。極端すぎる差別意識が、ナチュラルの間でも批判の対象となったこともある。
終戦から五年。
息を潜めているにはちょうどいい時間が流れたということなのだろうか。
「さぁな。俺に聞かれたって分からねぇよ。単に要注意人物には間違いない人間が、オーブに入国したってだけじゃなぁ。オーブ政府も、そいつの動きには注意してうるようだし、そいつだって軽はずみな行動はしないだろうし」
「でも何でオーブなんですかね。ていうより、自分gプラントとオーブkら監視されてるって、気付いてないとか」
「それはないんじゃないの?ブルーコスモスの強硬派を徹底的に洗い出してるんだ。大富豪のじいさまだか何だか知らねぇけど、簡単にしっぽは掴ませてくれないって」
「・・・けど、奴らを泳がせていたって、いいことないと思う。それに、どうしてこういう情報が、俺ら赤服止まりなんすかね。なんか、みんなに言えないのって凄く嫌だ」
ザフトの赤服を纏うからこその、納得できない領域。ブルーコスモスの動きを軍全体に隠す必要性がどこにあるのか、という疑問。シンの中で渦巻いているそれらは、ディアッカにも全く分からないことではない。しかしディアッカは、シンの疑問に自分なりに答えた。
「お前の言いたいことも分かるさ。みんなに隠しているものを持っているって、気持ちのいいもんじゃない。コーディネーターにとって、ブルーコスモスは天敵だよな。でも現時点で、奴らが活発な動きをしてるわけじゃない。今は監視体制だ。もちろん監視だけじゃ甘いって思ってる上層部もいるし、評議会もそうだ。だからって、まだ不透明な奴らの動きを 軍全体に言ってみろ。ブルーコスモスへの憎悪が、これだからナチュラルは、に変わるとも限らない。友好的な感情と、そうじゃない感情は、きっと未だに紙一重な部分もあるんだよ。知る必要のない闇を背負うのは、赤服以上の者だけでいいってこと。それだけ赤は、思い重要な位置ってわけ。分かる?」
「・・・・・」
「プラントと地球の友好関係を壊したくないだろ。そのためには、今更だと思うことも必要だし、何よりブルーコスモスへの牽制にもなる。仮に奴らが何かを仕掛けてきたときは、こっちも思う存分動くしさ。まぁ仮の話だし、何も起こさせないってね」
にんまりと白い歯を見せれば、シンは何も言わず、黙って首を縦に動かした。終戦から今日まで、コーディネーターとナチュラルの対話が、必ずしもスムーズに行われてきたわけではないが。
それでも人々は、争いよりも平和を強く望んだ。二度と繰り返さないと誓った過ちを、繰り返してしまった気持ちは大きい。望んで望んで得た穏やかさを失わないための砦が政府だというのなら、その砦に立ち向かい同時に護る最前列の兵士でありたい、とディアッカは常に考えている。
きっとシンも赤の重みを理解している。理解している分、大声で叫びたいことも多いのだ。少しばかり息苦しさを覚え始めた空気を払拭するように、ディアッカは話題を変えた。
「あ〜あ、奴らのおかげで赤服組は通常勤務だし、夏休みもねぇし、つまんねぇよなぁ〜。お前もそう思うだろ?」
「・・・別に俺は・・・。夏休み気分が蔓延していて、手薄になってる軍の方が心配です」
「お前、頭が固いよね。若者らしくない!ついでに軍は、ちゃんと機能してるんだから問題ない!俺は偉い!俺に休みをくれ!!」
「・・・クダラナイことを叫ばないで下さいよ。恥ずかしいなぁ」
「くだらなくないって!凄く大事よ?いいよなぁ、メイリンは今週末から休みだって」
そうですか、とさして興味もなく受け流される返答に、肩の力を落としたくなる。しかしディアッカも負けてはいない。妙な間を置き、あえて固有名詞を出さずにディアッカは言う。
「・・・あいつの所に行くってさ」
「あいつ・・・?」
訝しげな眼にディアッカは笑う。
「小さな天使に、会いに行くって」
ついでに俺の土産も頼んじゃったと言えば、シンにも「あいつ」が誰のことか分かったのだろう。プイッと視線を逸らす。まるで、何でメイリンだけ、と拗ねているようで、彼もまた小さな天使に会いたいことが知れる。
なかなか会いに行くことが出来ないのは、仕事柄仕方のないことなのだけれど。
会いたいと思う中にも、愛しさがあるのは。
「彼」の面影を色濃いほどに、重ねてしまうからだ。
「会えるときには、会いに行けよ。あいつも喜ぶからさ」
「分かってますよ」
ぶっきらぼうな返事は、照れ隠しの表れだ。
「彼」に関わる全員が、切なさを含んだ愛しさを向けている存在。
小さな小さな大切な命のいる世界を。
護りたいと。
護ってみせると。
誰もがそう、心に誓っていた。





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