プラントの国防組織であるザフト。 そのザフトに身を置く兵士たちの中には、まだあどけなさの残る少年の姿もある。彼らは軍の宿舎で共に生活をし、少年たちだけのコミュニティを創っていた。 そんな彼らに、今、暗黙の了解がある。 というより、ザフト軍の家訓の一つになりつつあるのかもしれない。 ―――それは。 アスラン・ザラとイザーク・ジュールの行末を見守る、ということである。 親友と呼ぶほど、お互いの仲は深くはない。だからといって、不仲でもない。所謂、お友達だ。 しかし。 妙にアスランがイザークの後ろを、まるで金魚のフン状態で追いかけることが多々ある。 そう、仲は良いのだ。きっと、ではあるが。 アスランがザフト軍に入隊した当初から比べると、イザークの彼に対する接し方は完全に別人だ。 いつの間にか、こうなっていた。気が付いたら、こうだった。 なので、行末を見守る会が、ひっそりと活躍している。 が―――。 悪戯心を持つ輩も当然いるわけで。 ディアッカ・エルスマンはそれの代表者だ。彼は今日も鼻息荒く、アスランで遊ぶ方法を考えていた。 「アースーラーン」 宿舎の食堂内にディアッカの大声が響き渡る。名前を呼ばれた少年は、首だけをこちらに近づいてくる背の高い彼に向けた。 「ディアッカ、どうしたんだ?」 アスランの綺麗な緑の瞳がディアッカを見上げる。同じテーブルで食事をしていたニコルは「またか」と深い溜息を吐いた。 ディアッカはアスランの横の空いていた椅子へ腰を下ろすと、彼の細い両肩をガシッと掴み、真剣な眼差しを送る。 「ディアッカ・・・?」 「アスラン、いいか・・・落ち着けよ。俺はイザークの重大すぎるほどの秘密を知ってしまったんだ」 「イザークの・・・?」 不思議そうに首を傾げるアスランを前に、ニコルは眩暈を覚えた。 (あーあ、またディアッカの病気が始まった。ていうか、このシュチュエーションで何度ディアッカに騙されているのか、いい加減学習して下さいよ、アスラン!) ニコルの心の叫びである。口に出したところで無意味なことをニコルは知っている。アスランはイザークに関すること全てを事実として受け止めてしまうからだ。 恋は盲目というが、残念ながら彼らは恋人ではなく単なるお友達。 だがしかし、アスランはイザークをある意味、本当に信頼しているようで、彼のことはどんな些細なことでも片っ端から知りたいと思ってしまっている。 質が悪い、とは正にこのことだ。 加えてアスランは―――。 恐ろしく天然だ。それは宇宙一と言っても過言ではないほどに。 (まぁ、どうせイザークからお仕置きされるのはディアッカ一人ですし、勝手に自滅してもらっても構わないよね) 高みの見物と決め込んだニコルは、食事の手を休めることなく二人の様子を窺った。 ディアッカの迫真の演技はアスランを捉えている。 (ヨッシャー、今日もツカミはオッケー!) 頬が緩みそうになるのを無理矢理に引き締め、ディアッカは目の前に少年にゆっくりと囁いた。 「あいつ・・・木星人なんだ」 真剣そのもののディアッカから漏れた言葉に、ニコルは危うく口の中の物を噴出しそうになり、慌てて水を飲んだ。 (はぁ〜?いくら何でもそりゃあないでしょう!本当に木星人だったら・・・っていうか何で木星人?) 笑いを堪えているせいで、ニコルの肩がピクピク動いた。そんなニコルを視界に入れてディアッカは少々眉根を寄せる。 (・・・確かに無理はあるだろうけどさ。そんなに笑うなよな、俺はアスランで遊ぶことに関しては、いつも一生懸命なんだよ) ディアッカの悪戯心など知る由もないアスランは、どこか複雑な表情をしている。少し視線を落とし、何か考えているようだ。 「俺はあいつと同室だから、たまたま知ったんだけど、木星人の中にもコーディネータがいるんだ。でも木星人のままじゃ駄目だってクルーゼ隊長に言われたみたいでさ」 「・・・クルーゼ隊長が・・・。どうして木星人は駄目なんだろう?別にいいと思うけど」 素直に感想を言うところか、とアスランに突っ込む人間は、悲しいことにここには誰もいない。戸惑いぎみのアスランにディアッカはさも当然とばかりに言い放った。 「趣味だ、隊長の」 「・・・趣味・・・なのか?」 納得したのかしないのか、アスランは首を捻り再びディアッカを見た。 「・・・イザークが、その・・・木星人って言われても、あいつは普通の人間だろう。隊長は木星人が嫌いなんだろうか?」 差別意識は良くないと言いたげな口調のアスランが実に可愛く実に可笑しくて、ディアッカの悪戯心は頂点に達した。 「バカだなぁ。お前知らないの?木星人ってイカやタコみたいな奴らだぜ」 「・・・イカ・・・タコ・・・?」 アスランの表情が少しずつ苦悶のそれへと変わる。想像しているのだろうが、彼の頭の中で形にならないようだ。 ニコルといえば、力尽きたのかテーブルに突っ伏してしまった。 「でも・・・イザークは・・・」 困惑しきった色を浮かべたアスランにディアッカは止めの一発を放った。 「あいつは鯉だ」 「コイ!!」 驚きに瞳を見開くアスランは、このくだらない話を完全に信じてしまっている。 (最近、こいつの天然というかボケに磨きが掛かってきたよな) ディアッカは木星人の友を想う気持ちを演じ続けた。 「まあ、鯉っていっても半魚人だけど」 「はん・・・ぎょじん・・・」 「そうそう、半分鯉で半分人間」 アスランにとって、それは初めて耳にする言葉すぎて、パニックの一歩手前だ。 「でもでも、あいつは人間じゃないか!」 「人間の姿は仮なんだよ。今時テレビだって口でオン、オフって言えば電源が入ったり切れたりするだろ。それと同じで、半魚人装着、半魚人解除で今の姿になったり元に戻ったりするワケ」 「・・・そ・・・そうなんだ。知らなかった」 そりゃあ誰も知らないよな、とディアッカは口の中で呟いて。 少々大げさに肩を落とす。 「あいつも色々大変みたいでさ。やっぱ、半魚人が人間の姿やってるのも結構辛いワケよ。疲れるんじゃない?だから部屋には大量の栄養ドリンク、スッポンくんでさわやか、が置いてあるんだぜ」 「スッポンくんでさわやか・・・」 何か感じるものがあったのか、アスランは小さく繰り返し首を振る。彼の碧の双眸の中に、ディアッカは思い詰めた光を見た。 「・・・そのスッポンくんをイザークに渡したら・・・喜ぶと思うか?」 まるで恋人を心配する可憐な乙女の図である。 (これだからアスランで遊ぶのは止められないんだよねぇ) ディアッカは任務を終えた満足度に浸り始めていた。 「あぁ、マジで喜ぶね。あいつを励ましてやってよ」 「・・・俺、イザークのところに行ってくる。教えてくれてありがとう」 すっと立ち上がり、まだ半分しか食べていない食事を置き去りにして、アスランはイザークの元へと急いだ。 (待っててイザーク。スッポンくんでさわやかを買って行くからね!) 使命感に燃えるアスランを止める者は。 誰もいない。 「・・・どうなっても知りませんよ」 テーブルに頬杖をつき、心底呆れたと眼を細めるニコルとは反対に、ディアッカは幸せの余韻に包まれていた。 「今日の俺様の演技に一万点だね。俺、役者を目指そうかな」 「懲りない人ですね。イザークの血管が切れるのも心配だけど、アスランも学習しない人だよなぁ」 「あいつ、天然の学習に磨きが掛かってるんだよ。スバラシイ奴だね」 にんまりと勝ち誇ったように笑うディアッカを見てニコルは思う。 ―――あなたはバカ度に磨きが掛かってます。 少年たちのある日の日常。 ボケと突っ込みを大切にするのも。 ザフト軍の決まり事らしい。 |