酸素マスクをつけ、ベッドに横たわる君は、怪我だけではない苦しみの中に居るように見えた。
僕は君を、救えるだろうか。
君ともう一度。
共に、歩めるだろうか。






どうして?何故?と疑問ばかりが大きくなる。
僕の幼なじみで、一番大切な人は、今、ベッドの住人だ。白い肌と同化するような、白い包帯が痛々しい。
ザフト軍内で、何が起きているというのか。
君を見つけたオーブ軍の人たちが、間に合ってよかった、と零したとき、僕は眼の奥が熱くなった。
君はザフトから逃げてきたの?
ううん、そうじゃないよね。
君は逃げるような人じゃない。
きっと「あの人」が望む戦争の終わり方に、自分との差を見つけたのだろうね。
それがこの結果となってしまったとしても、僕は―――。
再び君を目の前にして、君を離せるわけがないじゃないか。
君の浅い呼吸が、静かな部屋に流れる。
君が生きている証。
確かな鼓動。
あとは、意識が戻るのを待つだけ。
そう、僕は君の綺麗な碧の瞳が、開くのを待っている。
だから、早く目覚めて、アスラン。
僕は、ここにいるよ。ここに、いるんだよ。
僕は君の左手を握り締め、心の中で呼びかける。
君を求めてやまない、僕の体中の熱を強く向ける。
君に、届くように。
君だけに、届くように。






どのくらい、君の手を握り締めていたのだろう。それほど長いと感じてはいない時間の中で、それでもいつ目覚めるのかわからない恐怖を、あえて頭の隅に追いやっていると。
微かに、君の重く閉ざされた瞼が、震えた。
「・・・アスラン・・・?」
小さくても、はっきりとその名を呼ぶ。
もう一度、今度は少し強く、アスランと。
白というよりは、蒼白な顔をじっと見つめていれば、ゆっくりと本当にゆっくりと、僕の好きな碧の瞳が姿を現した。
「アスラン・・・!」
出口の見えない暗い闇から、ようやく戻った光は、焦点が合わずにぼんやりとしている。
「アスラン・・・僕がわかる?」
握り締める君の左手に、より強さを加えれば、碧の光が僕を捉えた。
「・・・キ・・・ラ・・・?」
「うん、そうだよ。僕だ」
小さく動いた唇に、大きく頷いてみせる。君を安心させるためだったのに、何故かそこには驚きの色が浮かんだ。
「え・・・キ・・・ラ・・・?」
そして次の瞬間、勢い良く起き上がったアスランに、僕も驚いた。
「ちょっ・・・アスラン!」
「キラ・・・!なっ・・・うっ・・・!!」
突然起き上がったことで、体が悲鳴を上げたのか、苦しさに胸を押さえるアスランの肩に、僕は慌てて手を置いた。
「駄目だよ、体を動かしたりしたら」
そのままベッドへ戻すように、細い肩を掴んだ手に力を入れる。今の自分の状況がわからないのだろう、不安そうな眼を向けてくるアスランに、僕は笑みを返した。
「ここはアークエンジェルだよ。海に落ちた君たちを、トダカさんたちが助けてくれたんだ」
僕の簡単な説明を理解したのか、「アークエンジェル・・・」と確かめるように呟いたアスランは、不思議そうに、でもどこか嬉しそうに僕を見つめている。
「アスラン?」
どうしたのだろうと思い名前を呼べば、ふいにアスランの瞳が潤み、涙が零れた。
「ア・・・アスラン・・・!どこか痛いの?」
「・・・ち・・・がう・・・。お前・・・生きてた・・・よ・・・かった・・・」
安堵と嬉しさを混ぜ合わせた表情に、僕の体を甘い痺れが走った。
こんなに傷ついて、傷ついて。
なのに、溢れ出す涙は、僕のためのもの。
僕への、想いの雫。
アスランは、見ていたんだ。
僕と、ミネルバ所属のモビルスーツの戦闘を。
誰が乗っているのかは知らないけれど、飛び抜けた強さを持つパイロットで。
そのパイロットが振りかざす剣をまともに受けて、僕はフリーダムと共に海へ落ちた。
アスランは、あの戦闘で僕の存在が消えたと思ったんだろうね。カガリやマリューさんたちにも、心配をかけたのも事実。でも不幸中の幸いで、コックピットへの損傷が、それほど酷くなかった。
本当に、偶然の賜物だ。
僕は涙に濡れた、アスランの頬を、労わるようにそっと撫でた。
「ありがとう、アスラン。心配してくれたんだ。でも大丈夫。僕はちゃんと生きてる」
「・・・キラ・・・」
怪我の痛みから、搾り出す声は掠れている。意識が戻ったといっても、これ以上の会話は、アスランの体に負担となるだけだ。
「アスラン・・・もう何も心配しなくていいからね。今、君のやるべきことは、ゆっくり休んで体の傷を治すことだよ」
僕の眠りへの誘いに、アスランは何かを訴えるような視線を向けてきた。
「・・・メイ・・・リンは・・・?」
「メイリン?あぁ、アスランと一緒にいた女の子?うん、大丈夫だよ。君が護ったんだね。彼女に大きな怪我はないよ」
「・・・そう・・・か・・・」
良かった、と音は伴わなかったけれど、アスランの唇がそう動いた。彼女の無事を確認した安心も手伝ってか、まだ熱さの引かない双眸が、ぱたりと閉じられる。
「アスラン・・・君こそ生きていてくれて、本当に嬉しいんだ」
深い藍色の髪を、愛しさを込めて梳く。君がミネルバを出たことに、少なからず僕が撃たれたことも、関係しているのかもしれないね。
そうでなければ、僕を見て「生きてた」って嬉しそうに言わない。泣いたりしない。
僕を見つけるまで、君はどんな想いを抱えていたの。
僕はもういないと思って、哀しかった?怖かった?苦しかった?
訊いてみたいけど、君の涙がそれを物語っているね。
同じ艦の仲間が、僕を撃ち落したんだ。行き場のない感情を、どこにぶつけたんだろう。
でもね、アスラン。
僕たちは、こうして再び出逢った。
二年前の戦争のときのように、同じアークエンジェルで。
これって物凄い運命だと思うんだ。
一度ならず二度も、僕らの道は分かたれてしまったけれど、絡まった糸が綺麗に元に戻るように、僕の隣には君が、君の隣には僕が常にいる。
小さい頃からそうだったように、これからもずっと、ずっとね。
だらか僕は、もう君を絶対に離さない。
たとえ何かを犠牲にしても、誰かを敵にすることになっても。
絶対に、離さない。


次に君が目覚めたら、キスがしたいな。
僕は小さく、笑った。