「守るためでも、もう銃を撃ってしまった僕だから・・・」


哀しそうに、けれど何かの決意を込めた彼の言葉は、アスランの胸に静かに響いた。




中立国オーブの、モビルスーツ格納庫。忙しく体を動かしている、アークエンジェルとオーブの整備士たちの中で、アスランは居心地の悪さを感じていた。
ここてはやはり、自分は異端者になるのだろう。
「・・・ザフトの軍人、アスラン・ザラか・・・」
格納庫の片隅。アスランは沢山の視線から死角になるような、資材の入ったコンテナに体を預けていた。
フリーダムの奪還、もしくは破壊。
本国からの命令は―――。
今のアスランが従えるようなことではなくて。
こんなに近くにキラがいる。三年前に別れた親友が。
再会は、炎の中で。
あの日から、お互いが敵になってしまった。
憎い、とも思った。
本気で彼の命を奪うための戦いも。
だけど、今は―――。
アスランはその場に座り込むと、顔を膝に埋めた。
戦いたくなんてない。キラと戦えるはずがない。
彼と、これ以上、離れてしまうのは。
―――堪えられない。
膝を抱える腕に力を込める。目の奥が、じんわりと熱い。
こんなところで泣きたくはないのに。
涙が―――零れた。
「こぉんな所に、隠れてたのか」
頭上から落ちてきた声に、アスランは顔を上げる。
「・・・ディアッカ・・・」
ラフな服装のディアッカが、にんまりと笑って、アスランのすぐ横に立っていた。
「パイロットスーツのままじゃ、ツラくない?」
「え・・・あっ・・・別に」
ぼそぼそと呟くアスランに肩を窄め、ディアッカは赤い目をした少年と肩を並べるように、腰を下ろした。
騒がしい格納庫内で、二人の周りだけはやけに静かだ。
膝を抱え、小さくなっている少年と、軍服姿ではない少年と。
共通点は、元ザフト軍クルーゼ隊という肩書き。
ディアッカは妙に小さく丸まっているアスランに、話し掛けるというよりは独り言のように口を開く。
「・・・生きて逢えるとはねぇ、思ってなかったよ」
「ディアッカ・・・」
「アークエンジェルの捕虜になって、アラスカに行ったけど、向こうに引き渡されなかったし・・・。まぁ、運悪くアラスカに残っていたら、俺は今ここにいないよなぁ」
決して感傷的になっているわけではない口調のディアッカを暫し見つめ、アスランは瞳を細める。
「・・・お前のことはイザークから聞いていた。行方が分からなくなったと・・・。アークエンジェルにお前が捕まったんじゃないかって、考えなかったわけじゃないけど、最悪のこともやっぱりね・・・。 だから本当に、ここで逢えるなんて、俺も驚いたよ。お前が生きてること、イザークに知らせたい・・・」
「イザークかぁ。あいつ、相変わらず、ツンツンしてんのかね」
口の端を上げるディアッカは、アスランの知る彼とは何かが違って見えた。
(雰囲気が、柔らかくなったのかな・・・?)
ぼんやりとそんなことを考えていると、ディアッカが突然アスランの頬を抓る。
「いっ・・・痛い!何するんだよ!」
「へへぇ〜。お前の顔、変だよねぇ」
「・・・だから!何だって・・・うわぁ!」
ディアッカの頬を抓る手をアスランが振る払うより早く、彼の力強い腕に肩を抱かれた。
「ディアッカ・・・」
「あいつと・・・ストライクのパイロットと友達だったとはねぇ。知らないことって、沢山あるな」
ディアッカの腕の中で、アスランの体が硬くなる。
―――お前は俺が撃つ―――
そう叫んだ遠くはない過去が、アスランの脳裏を過ぎる。
「・・・俺はさ、アークエンジェルに捕まってから、いろいろ考えたことがあってさ。俺は銃を持つことに、迷いなんてなかった。戦争なんだから、当たり前だと思ってた。でもさ、 今更なんだけど、銃を持つ意味って何だろうって、迷いが生まれた・・・」
「えっ・・・?」
「きっかけは、ニコルなんだなって思う。ミゲルやラスティの時は、正直仕方ないっていう気持ちが、どこかにあった。でもニコルはさ、そう思えないんだ。なんで あいつがって・・・。感情を抑えるのは難しいよ。そしたらアークエンジェルにも、俺と似たヤツがいた・・・」
俺より、しっかり戦争を受け止めてるヤツがさ、と。
小さくなってしまった語尾から感じる気持ちの揺れに、アスランはほんの少し前の出来事を思い浮かべる。
「・・・それって、さっきの女の子?俺が殺したっていう、キラの友達・・・?」
「まぁね。あいつはさ、強いよ。どうにもならない感情を、乗り越えようとしてる」
ディアッカはアスランを強く抱き寄せる。紺色の髪に、額を押し付けて。
「俺はここに残る。ザフトじゃなくて、単なる個人として、誰かを守る戦争をするよ。ニコルと・・・あいつが教えてくれたことなんだ」
「・・・ディアッカ」
「お前は俺なんかより難しい立場だけど、大切なのは自分の気持ちに正直かそうじゃないかってことだ。ちょっと前は敵同士だったワケだし、急にお互いを信じることは出来ないと思う。だから 行動で示すし、それがここに残る理由ってヤツ」
ザフトにいた時よりも、確実にディアッカは、戦争の哀しさを肌で感じていた。
人の命を奪うだけが、戦いではない。
軍の命令だけが、全てではない。
もちろん、今までの自分を否定はしていない。
ただ、何が正しいのか、ということを、自分自身で考える機会を得た結果なのだ。
自分の守りたいもの。
それはもちろん、プラントであり、今この場にいる人たちであり。
一人の少女であり。
そして―――。
「お前、ストライクのパイロットと戦えないだろ。そういう、顔してるって」
「・・・うん。ディアッカの言うことは正しいよ。俺はキラと戦いたくない」
「だったら、それでいいじゃない。まだ迷いがあるなら、話聞くぜ。俺・・・お前のこと守るからさ」
「な・・・何言って・・・!」
ほんのりと頬を赤く染めるアスランの髪を、くしゃくしゃと撫でる。照れた笑みを向ければ、彼は面白くないという瞳で睨んで来た。
「俺、我がままだからさ。守りたいもの、いっぱいあるんだよね」
「へぇー。俺はお前に守ってもらうほど、弱くないけど?」
「なぁーに言ってんの?こーんな端っこで、泣いてたクセに」
「あ・・・これは違う・・・!」
慌てて目を擦るアスランが可愛く見えて、ディアッカは彼のほっそりとした背に腕を回した。しっかりと、その温もりを抱き締める。
「ディ・・・ディアッカ・・・」
「泣くなよ。泣くのは、最後の嬉し涙だ」
「・・・解ってる。ありがとう」
アスランは力強い腕の中で、ゆっくりと瞳を閉じた。
独り格納庫の片隅で、隠れるように膝を抱えた自分を、捜してくれたのであろう。ディアッカの腕は、とても優しい。
逢えるなんて思ってもみなかった友と。
二度と戦いたくない友と。
それぞれの想いを身に受けて、アスランは新たな気持ちを心に決める。
答えは―――もう、出ている。
「・・・俺、ディアッカといろいろ話したかった」
「バカかお前。勝手に過去形にすんなよ。今だって話してるじゃん。これからも、話すだろ」
「そっか・・・。そうだよな」
クスッと笑い、アスランはこれからの未来へ、想いを馳せる。
イザークのことが気にならないと言えば嘘になるが、それはディアッカも同じこと。
それでも彼は、自分のいる場所を決めた。
今度は、アスランが決めるのだ。
でも、今はあと少しだけ。
自分を支えてくれる腕に、包まれていたい。