足つきの砲弾が、まっすぐにこちらを睨んでいる。 死ぬのか?こんなところで?冗談じゃないぜ、まったく。俺は生きるために戦争してるんだ。 俺はコックピットから出ると両手を上げる。 白い巨大な戦艦を見つめ、俺は生きるための選択をした。 正直言って、捕虜っていうのはあまり気持ちのいいものじゃない。自分以外は全て敵。己の身がどうなるのかさえ解らない。 生きるためとは思ったものの、これってヤバイんじゃないと言った方が正しい。 けれど、俺は連合にとって役立つ駒でもある。俺が連合の盾になることもあるだろう。それがどういった状況でそうなるのかは解らないとしてもだ。 何より俺はここから逃げる可能性も捨ててはいない。 まぁ、残念なことに、今はどうやって逃げるか考えもつかないけれどね。 医務室だかどこだか知らない部屋に放り込まれて、どのくらいの時間が過ぎたのか。足つきがアラスカの地球軍基地へ入っていることは確かだが、俺は相変わらずこの艦にいる。 普通、捕虜っていったら、こういう場合すぐに引き渡されるんじゃないのって思うけどね。 ベッドに繋がれているせいで身動きが出来ない。だからというわけじゃないけど、いろいろと考えるワケよ。 例えば、あいつらのこととかさ。 結構キツかったあの戦闘。俺でさえバスターの機体をあんなにボロボロにしちゃったんだから・・・。そう思うと、あいつら大丈夫だったのかなって心配になる。 「やっぱ一人だと、変に弱気になるよなぁ」 ナチュラルの前で自分の弱みなんて絶対に見せたくはない。この艦にいる奴らの、あのなんとも言えない視線。 憎しみなのか怒りなのか、それとも蔑みなのか。 はっきりしているのは同情はないということだ。そんなものは俺も同じで、戦争をしている当事者同士で同情なんて笑いたいくらいに可笑しい。 一日のうちに逢う人間は限られている。そいつらから俺に向けられる眼差しは、捕虜のザフト兵が五月蝿いんだよ、くらいなもので。言葉は一方通行。 俺が勝手にしゃべっている。応えはほとんどない。 「言葉を交わすのも嫌ってか?つまんないよねぇ」 ぶつぶつ呟いて。やっぱり独りを実感してる。 「俺ってカッコ悪いのかな・・・?」 両手を上げたことは正しい。生きてあいつらに逢わなければ。そのための方法だ。 こんな俺でもお前らのこと心配なんだぜ。だからきっと、あいつらも俺のこと心配してる。死んだと思われてたら、一発殴ってやる。 「ケガ・・・してなきゃいいケド。俺は大丈夫だからさ」 静かな部屋に俺の声だけが流れる。独り言と友達ってかなりヤバイぞと思っていたら、扉の開く音が聞こえてきた。 ベッドに備わっているカーテンが半分閉ざされているせいで、誰が部屋に入って来たのかまでは解らないが、多分ここの主だろう。俺は少しの緊張を伴って口を開いた。 「なぁ、先生よぉ〜」 ベッドに縛り付けられている状態をどうにかしたくて、愚痴の一つも零そうとした俺に、誰かが息を呑むような小さな声が耳に届いた。 (誰だ・・・?) 視線を動かしたところで見える範囲は決まっているが。その見える範囲に、一人の女が入って来た。驚きとも怯えともとれる顔で俺を見ている。 (あれ・・・こいつ・・・) 茶色の髪をしたこの女を、俺は知っている。この部屋に連れて来られる時に、俺を物珍しげに見ていたヤツらの中の一人だ。 あの時、なんとなく声を掛けたんだっけ。 俺って美人さんとか可愛い子に弱いんだよね。特に泣き顔。だからって敵艦の女に甘い下心なんてないし、単なる俺の見栄。捕虜だからって嘗めるなってヤツ。 「なんだよ、その面は。俺が怖い?珍しい?大丈夫だよ、ちゃーんと繋がれてるから。つーか、お前また泣いてんの?なんでそんな奴がここにいるんだよ。そんなに怖いんなら、兵隊なんてやってるなよな。それともバカで役立たずなナチュラルの彼氏でも死んだか?」 そう言いながら後ろ手に繋がれているのを見せるため、俺は女に背を向けた。 女の泣き顔は好きだけど、泣いてばかりいる女は嫌いだ。俺に敵意剥き出しにしてるなんてバレバレじゃん。なのに泣いてどうすんの。泣きたいのはこっちだって同じだっつーの。 俺の不甲斐なさがこの結果を招いた。でも動かない機体でどうしろっていうんだよ。俺だって頑張ったんだぜ。 それに―――。 「共に在る」 あいつらと約束したんだ。戦えるって。戦うんだって。 何よりあいつらのこと考える。放っておけないっていうかさ。俺がいないと駄目じゃん、みたいなところあるし。 だから俺は生きることに対して貪欲になる。あいつらと自分のために。 そんな俺の心の内なんて、ここでは誰一人知らないし知ることもない。俺はせいぜい強がりにも似たことを言うだけ。 女から伝わってくるピンと張り詰めた空気の色が、突然変わった。まさか、とは思ったがこれは紛れもなく。 ―――殺気。 敵意とは全く違う感情、そして。 「なっ・・・」 振り下ろされるナイフ。いつの間にか女の手は、それをしっかりと握り締めていた。 マジかよ、何だよ。 俺は咄嗟に上体を起こした。手がベッドに繋がれているせいで上手く動けない。 俺は女を見上げた。荒い息遣いをして俺を睨んでいる。 「な・・・何だよ、こいつ!」 両手で握るナイフの先が、俺を間違いなく標的としている。 「はぁ・・・はぁ・・・!!」 「うわぁ!」 再び空を切るそれから、俺は必死で逃げる。ベッドから落ちた俺は、額に走った痛みに顔を顰めた。 「・・・うっ」 何でこんなところで、こんなことになってんだ? このままじゃ俺、確実にあの世行きだ。冗談じゃない、と思ってみたところで女の勢いは止まりそうにない。本気を伝えてくる瞳を、俺は見つめ返すことしか出来なかった。 極度の緊張感の中で、鼓動の速さだけがやけに五月蝿く感じる。嫌な汗が全身から噴き出してくるのが解った。 俺とあまり年齢の変わらないだろう女は、俺を殺して何かを得るのだろうか。急激過ぎる展開の意味するものは何なのか。 それを知らないまま、俺はやっぱりこのままあの世へ行くんだろうか、などと考えていたせいもあるだろう。 他の奴がこの部屋へ入って来たことさえ気付かなかった。 「止めろ、ミリアリア」 眼鏡の男が後ろから女を羽交い絞めにして、そいつの動きを封じる。 「離して・・・離してよ!」 もがきながらも、女から手にしたナイフが落ちることはなかった。 「トールが・・・トールがいないのに、なんでこいつがここにいるのよ!!」 怨みが詰まった叫び。 俺は―――。 俺はその言葉で、全てが解ってしまった。 なんてこった。 こいつを怒らせてこんな状態になったのは俺が悪いのかよ。こういうのって、後悔したくなるよなって思ったところで今更だ。 「トールがいないのに・・・なんで・・・」 「ミリアリア・・・」 目の前の、こいつらの会話が、ほんの少し前の俺たちとだぶる。みんな大切な人を失って、けれど戦場から離れはしない。 俺は敵のナチュラルの痛みに、初めて触れた気がした。 男と女。 二人分の視線に俺が顔を背けたくなった時。 カチャリという微かな音が。 気まずさの塊と化した俺たちの間を、流れた。 見れば、眼鏡の男と一緒に来たらしい赤毛の女が、俺に銃を向けて立っていた。 「・・・・・!」 女の銃を持つ手が震えている。それでも黒い光を放つそれは、まっすぐに俺だけを捉えていた。 ある意味、ナイフより最悪だ。ていうより、俺は死の怖さを実感した。 戦場にいる時だって、こんなに鼓動の速さを意識したことはない。その引き金が引かれると同時に、俺から生きることが奪われる。 ―――怖い。 俺だって怖いんだ。 死を覚悟した時って、いろいろなことが脳裏を過ぎるって言うけど、俺は違った。 おいつらの。 イザークとアスランの顔が頭の中に広がる。 ここまでってヤツ? 「・・・コーディネータなんて、みんな死んじゃえばいいのよ!」 女は叫ぶ。 そして。 銃声が。 大きく響いた―――。 そこは完全な独房だった。備え付けのベッドがあるだけの、息苦しい場所。 俺はベッドの上で横になり、暗い天井を仰ぐ。 あの時。 赤毛の女が銃の引き金を引く前に、茶色の髪の女が銃と俺の間に入ったんだ。弾は逸れて、俺はこうして生きている。 俺を庇うための行動ではなかったのだろうが。 俺を殺そうとした女は。 俺の盾になった。 「あんただって憎いんでしょう。トールを殺したコーディネータが」 赤毛の女は正論を言ったのだと思う。俺だってそうだ。 お前らナチュラルが憎いって思うよ。 なのに、あいつは。 「違う・・・違うわ・・・」 泣きながら首を横に振り、違うと言う。 何がどう違うのか、俺には解らない。 殺したいくらい憎いから、ナイフを持ったんじゃないのか。 あんたのあの眼、真剣だったんだぜ。 何が違うんだろう。 俺は解らなくて、でも一つだけ解ったこともある。 それは。 この原因は俺にあるということ。 「・・・ビンゴかよ・・・」 俺の強がりが、あの女を傷つけた。 泣いてばかりいる女は嫌いだけど。 俺はあの女に悪いことをしたと、後悔し始めている。 男を想って泣くのは、友を想うのとは違う意味がある。 「・・・俺って敵の女にも弱いのかよ・・・」 俺は触れてはいけない領域に足を踏み入れてしまったようで。余計すぎる情は、捨てなければと思うのと同時に。 ―――コーディネータなんて、みんな死んじゃえばいいのよ。 あの言葉の不快さは、どうにもならない。 あれがナチュラルの根底にあるものだとしたら、最悪すぎて涙が出る 俺はナチュラルが好きじゃなけど、みんな死ねばいいなんて思ったことはない。俺たちを殺そうとしてくる相手に、手加減はしないけどさ。 だから。 だから、なんだろうか。 何が違うのかを知りたい。 ナチュラルの女が言う、違いを。 「アスラン・・・イザーク。俺さ、なんか良く解んない感情を、持っちゃったよ・・・」 そういえば、あいつの名前、ミリアリアとか言ったっけ。 でも、俺がちゃんと名前を訊くくらい、許せよ。 俺は遠く離れたあいつらと、泣き虫な女のことを考えながら。 瞳を閉じた。 |