「僕のトリィもアスランが作ってくれたんです」
少年の何気ない言葉に、ラクスの形の良い眉がピクンと動いた。


「そう・・・そうですか」
何かを考えるように口元へと手を置くラクスに、キラは首を傾げる。微かに眉根を寄せるラクスに、どうしかしたのかとキラが尋ねるより早く彼女が口を開いた。
「・・・キラ様のトリィってお一つですか?」
どこか確認をするような言い方に引っ掛かりを感じたがキラは素直に頷く。
「そうですけど・・・。それが何か?」
キラはラクスが何を言いたいのか分からず、彼女の次の言葉を待った。
暫し流れる沈黙。
お互いを見つめたままだった二人だが、ふいにラクスは口の端を上げた。それは愛らしい笑みではなく、実に怪しげな微笑だった。
「・・・ど・・・どうかしたんですか?」
そう訊かずにはいられない怪しさを纏い始めた少女に、キラの鼓動が速くなる。
一体どうしたというのか。混乱しかけるキラを他所に、ラクスは一段と高い声を上げた。
「キラ様のトリィは一つ。でも私のハロは家にゴロゴロありますの」
「ゴ・・・ゴロゴロ・・・ですか?」
「そう、ゴロゴロですわ」
眼を細めるラクスの表情は、とてもうっとりしたもの。意識が明後日を向いているのでは、と疑いたくなるような眼差しがそこにあった。
―――お・・・おかしい。なんだか変な方向に話が進みそうだ。
キラの危惧が現実のものとなるまでに時間は掛からなかった。
「キラ様」
「は・・・はい」
名前を呼ばれて返事をしてしまう。キラは完全にラクスのペースにハマッた。
彼女は手にしていたハロを愛しげに優しく撫でると、まるでお伽話をするかのような口調で話し始めた。
「私、たくさんのハロをアスランから頂きましたの。それは正に愛の証。私とアスランの想いの深さ以外の何ものでもありませんわ」
ラクスの声が静かな空間に木魂する。自分の世界に入っているラクスをどうにかしたいと思うが、今のキラに彼女を止める術はなかった。
「私、思いましたの。私のためにハロを作ってくださるアスランは、私とハロ王国を創ろうとしているのだと」
「ハ・・・ハロ王国・・・!」
キラは脱力した。どこまで本気で言っているのか判断がつかないが、少なくとも彼女の瞳には真剣さがある。
―――怖い。
キラの本能が叫んだ。
「そうですわ。ハロ王国です。なんて素晴らしく素敵な国なのでしょう。ハロ王国の王は私。王女はアスラン・・・」
「へっ・・・?」
普通逆なのでは、という突っ込みは言ったところで無視されるだろうから、あえてキラは口にしない。ランランと輝くラクスの瞳にキラは入っているのかいないのか。
彼女の一方的な未来予想図は続く。
「ハロ王国は慢性的な税収不足で国の台所事情はいつも火の車。いわば貧乏王国。そんな国のために王女であるアスランは、せっせとハロの内職をして市民の皆様に売るのです。あぁ、なんて内助の功なの、アスラン・・・」
酔っている。自分の世界にハマりすぎて酔っている。
そんな彼女を目の前にして、キラは危機感を募らせた。
(いいのか、アスラン。君の婚約者は絶対すぎるほど怪しいぞ)
一人密かにキラは心に誓う。
この怪しくイッちゃっている少女からアスランを守るのは、この僕しかいない。


さて、この誓いをキラが守れるかどうかは。
神のみぞ知る―――である。