アークエンジェルの格納庫。キラは今、ストライクのコックピットにいた。
一人になりたい時、彼は時折このコックピットに身を沈める。 決して落ち着けるような場所ではないが、不思議と足がここへ向く。
それは正に、ストライクが自分の機体となりつつある証拠のように思えて、キラはなんとなく嫌なのだけれど。
運命なんていう言葉に、流されたくはない。
自分で決めた結果としてこの艦にいる。
この機体のパイロットとなっている。
大切な人たちを守るために。
そして何より。
「彼」が戦場にいるかぎり。
自分も同じ場所に立っていたい。
少しでも彼に近づくために。
手を伸ばしたら、すぐにでも掴まえられるように。
彼を。
彼だけを。
見つめていられるように。
キラは、ゆうるりとまどろみの中へ落ちて行った。

 

「で、明日のお昼はどうする?やっぱりアミューズメントパークの中でいいかな?」
少し首を傾げながら訊いてくるアスランに、キラはそうだねと応えた。
「映画を観てお昼を食べるだろ。あとはアミューズメントパークの中で、力いっぱい遊ぶ。これで決まり」
にかっと笑うキラを見て、アスランは吹き出した。
「あはは・・・。キラって遊ぶことに関しては積極的だよね」
「えぇ―!遊ぶことに関してって何だよ。何事も一生懸命って言って欲しいな」
「へぇ・・・そうなんだ」
「そうですよ」
二人は机を挟んで互いをじっと見る。最初から緩んでいた頬。
そして、次の瞬間、彼らの笑い声が教室に木霊した。
「ははは、アスラン、駄目だよ。笑うの堪えたら」
「そういうキラだって、顔が引き攣ってたぁ」
放課後の教室。二人の笑い声はクラスメイト達の注目を集めた。
普段のアスランは物静かな少年だ。だからというわけではないが、大声を上げて笑う姿はいつもと少し違って華やかさがある。
本当に綺麗で、少年なのにどこか甘い雰囲気のある愛らしい笑顔にキラが見とれそうになった時。
二人は一瞬、光に包まれた。
「えっ・・・?」
何が起きたのか分からずきょとんとする二人に、聴き慣れた担任の声が届く。
「ごめん、ごめん。驚かせちゃったわね。いい被写体だったから撮らせてもらったの」
そう言いながら、彼女は右手に持っているカメラを二人に向けた。
「写真・・・撮ったんですか?」
状況が理解出来て問い直すキラに、彼女はにっこり笑って頷いた。
「そうなの。突然で悪かったけど、今度新しく学園のパンフを作ることになってね。生徒たちの日常の姿を載せる所もあるから、写真を撮りまくっているのよ」
「えぇー!僕たち、パンフに載るの?」
驚くキラの横でアスランも慌てた。
「僕、凄く大きな口して笑ってたんですよ。そんなの恥ずかしいから捨ててください!」
「そんなことないわよ。二人とも可愛かったし、特にアスランなんて私が抱きしめちゃいたいくらい可愛かったもの」
担任の少々過激な発言に、アスランが頬を真っ赤に染める。それを見たキラは叫びに近い声を出していた。
「先生!何言ってんだよ!」
「ふふふ。本当に可愛いかったってことよ。まぁ、パンフに載るかは分からないけれど、写真は二人に上げるから楽しみにしててね」
くるりと踵を返し教室を後にする担任を見送ってからも、暫しの間、二人はどことなく脱力感に襲われていた。
先にポツリと呟いたのはキラである。
「・・・僕たちの笑い顔が、パンフレットの一部になるワケ?」
「キラ・・・笑い顔っていう言い方、どうかと思うよ」
さりげないアスランの突っ込みに、キラは肩を落とす。笑い顔は笑い顔だ。
でも。
まぁ、いいか。
パンフレットに載る載らないは別として、アスランとの写真を撮ってもらったと思えば、それだけのことである。
それに―――。
キラは勢い良く椅子から立ち上がると、アスランへ右手を差し出した。
「帰ろうか。写真を撮ってもらったわけだから、出来上がりを楽しみにしようよ。ねっ?」
「・・・うん、そうだね。」
含羞んだ笑みを浮かべたアスランがキラの手を取る。
キラの大好きな彼のなにげない日常の中の笑顔が手元に残るなら、今日のちょっとした事件も楽しい色へと変わる。
彼の温もりを伝えてくる手を強く握り締めて、キラは改めて思った。
―――アスラン、君のことが凄く好きなんだ。

後日、出来上がった写真に二人はお互いを少し照れた気持ちで見た。意外にもアスランはその写真が気に入ったようだった。
それはキラも同じことで。
残念ながらパンフレットを飾る一枚には選ばれなかったが、キラはとても満足していた。正しく絶好のシャッターチャンスを逃さなかった担任に感謝したいほどだ。
写真の中で、アスランが笑っている。
カメラを意識したものではなく、本当に自然に。
少年というよりは少女のような綺麗さを纏った笑みを、キラは宝物の一つにした。

 

「・・・ウズ。ボウズ」
肩を揺する力にキラの意識が浮上する。ぼんやりとした頭で、キラは数回瞬きを繰り返した。
「ボウズ、こんなところで寝てるなよなぁ」
あきれたような表情のフラガがキラの瞳に映る。
「あ・・・れ?フラガ大尉。何してるんですか?」
「それはこっちの台詞。お前ね、ストライクのコックピットはベットじゃねぇぞ」
本当にあきれている声音にキラははっとする。いつの間にか眠ってしまったようだ。
「す・・・すみません」
頬が熱くなるのを感じて、キラは慌ててコックピットから出た。半重力空間からしっかりと足を床に着けたところで、フラガに髪をくしゃくしゃっと撫でられる。
「うわぁ」
「随分と幸せそうな顔して寝てたけど、何の夢を見ていたんだ?」
にんまりと眼を細めるフラガをキラは見上げた。
「夢・・・ですか?」
そう呟いて、確かに自分は夢を見ていたのだと実感する。体が懐かしさに包まれているような感覚。
「彼」との夢を見ていたのだろうと容易に分かる。
そうだ。
―――写真だ。
「写真・・・」
ふいに漏らした言葉に、フラガが鸚鵡返しに訊いてきた。
「写真がどうかしたのか?」
「・・・夢を見ていました。あいつと・・・凄く仲のいい友達と撮った写真の夢。あの時の写真はもうないけど・・・」
小さく消えてしまった語尾。ヘリオポリスの崩壊と共に、彼との思い出まで失ってしまったように感じるのは、お互いがいつの間にか 敵という立場になってしまったからだろうか。
キラはやるせない気持ちになる。
好きだという思いは、今もここにあるのに。
俯いてしまったキラを前に、フラガは溜息一つ。
少年が前を見て歩けるように、彼の背を押す手助けをする。
「なぁ、ボウズ。写真は無くなっちまっただろうけど、思い出はちゃんとここにあるだろ」
フラガは自分の胸を軽く叩いた。
「お前さんのここにあるだろ。だったら、それでいいんだよ」
キラの瞳がフラガを捉える。気のいい兄貴的な存在であるフラガは、大きく頷いて見せた。
「自分が消さないかぎり、思い出は残るもんだ。だから大切に仕舞っておけよ。その友達のためにも、自分のためにもさ」
フラガ特有の余裕ある笑みに、キラも口元を緩める。
「そうですよね。僕が覚えていればいいんだ」
キラは自分に言い聞かせるように呟く。
大丈夫。
彼のことは自分が一番良く知っていると。
出逢った時から別れてしまったあの時まで。
一つ一つ鮮明に思い出せる。
今はお互いが遠いけど。
心までが遠くなってしまったとは思いたくはない。
だからこの戦いにピリオドが打たれたら、真っ先に君に逢いに行こう。
そしてこの腕で、君を抱き締めるのだ。
二度と離れてしまわないように。
お互いが苦しむことがないように。
君をちゃんと掴まえる。
キラは強い思いを胸の奥に抱えて歩き出す。
一歩一歩確実に。
この戦いを終わらせるために。
しっかりと前を向いた。



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