小さな変化は、やがて大きな変化となるための奇跡だ。



プトレマイオスには、四つのコンテナが備わっている。ガンダムの格納庫となるコンテナだ。
エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ。それぞれの機体は、それぞれの特長を持つ。
エクシアとキュリオスは接近戦を重視した機体だ。エクシアは七つの剣があり、キュリオスは四機の中で唯一、飛行タイプに変形をする。機動性の高さがあるからこその、接近戦タイプだ。
逆にデュナメスは射撃戦に特化し、ヴァーチェに備わっているGNバズーカーは、一度で敵艦隊を消滅させてしまうほどの威力がある。
量産型ではない、たった四機のガンダム。そのガンダムにぴたりと合うかのように選ばれた四人のマイスター。先に機体ありきで選ばれた彼らたちではあるが、二百年前に生きた男の理念を受け継いだからこそ、マイスターとなったのだ。
世界はもうすぐソレスタルビーイングの名を知り、四機のガンダムの目撃者となる。
イアンは思う。
機体の損傷は修復が出来る。しかし、マイスターたちまで傷を負ってしまったら、それが命にかかわる可能性へと繋がってしまうこともあるのだ。機体なら自分が直せる。だから、それ以上は無理をするな。逃げることも大事だ。
命あってこその、世界との戦い。
願わくば、このトレミーのクルー全員がこれから始めようとしてる戦いの終わりに、互いを抱き締めあえたらいい。誰一人として欠けることなく、みんなが生きている現実が欲しい。欲深いことではあっても、願わずにはいられない。ソレスタルビーイングの実行部隊は、ガンダム四機だ。二百年前の男の理念の塊と言ってもいい。
武力による紛争根絶。
戦争を幇助する国も、組織も、戦いに繋がるものには武力介入を行う。根っこの部分から絶やすのだ。たった四機のガンダムが、世界を変える音を生み出す。二百年前の男――イオリア・シュヘンベルグ――の遺産、GNドライヴ。無限に近いエネルギーを作り出す特殊駆動機関、別名太陽炉。
それがあるからこそのガンダムであり、ソレスタルビーイングだ。
四人の若者が、宇宙を駆ける。世界は―――きっと変わる。
争いが愚かで哀しいことw、人々は知っている。知っていても、争いは繰り返す。命が散る。変えなくてはならないのは、人々の心だ。
簡単には断ち切れない憎しみの連鎖。一番弱い人たちの悲鳴を受け止めるのも、ソレスタルビーイングが行うべきことの一つだ。理不尽に奪われる命の哀しみを知っている。どうすることも出来ない憎しみばかりが存在することも知っている。
ソレスタルビーイングは、この世界から争いをなくしたいと強く願い想う者たちが集う組織だ。
イオリア・シュヘンベルグの理念を抱き、世界に変革を齎すために。もうすぐ予想外の役者が、舞台に立つ。争いという名の舞台に、楔を打ち込むために。
イアンはヴァーチェの前に立つ。他のガンダムが細身なのに対して、ヴァーチェは重量級の機体だ。もちろんそこには機体の特性か深く関わっているが、もう一つの理由がある。その理由を知る者は、ヴァーチェのマイスターであるティエリアとソレスタルビーイングでもごく一部の人間だ。イアンは、ごく一部側に入っている。人気のないコンテナで、イアンはヴァーチェに胸の内を晒す。
「・・・お前さんの中に眠っている力は、眠ったままの方がいい。もしその力を解放する時が来たとしたら、儂らの戦いがそれだけ苦しいってことだ。苦しくても儂らは負けるわけにはいかん。でもな、 お前さんのもう一つの力は最終手段だ。出来れば敵さんに知られたくはない。いや・・・違うか。お前さんの力は特別過ぎて、儂は怖いのかもしれん。だからお前さんのマイスターはあいつなんだろうが・・・。イオリア・シュヘンベルグの理念に組み込まれた防御か・・・。その特別さに、あいつが押し潰されなけりゃいい。なぁ、そうだろ?」
あの細い体の少年が操るとは思えない、巨大な機体。白い機体の中には、白い秘密が眠っている。イアンは深く息を吐く。長い長い時を経て始まろうとしている計画を前に、拭いきれない不安がせり上がってくる。ヴァーチェのマイスターである少年は、自分の命より計画最優先の意識を強く持っている。計画のためなら命をも投げ出す。きっと、その覚悟は間違ってはいない。間違ってはいないが、生きろと言いたい。ソレスタルビーイングの機密も計画も大事だが、生きることはもっともっと大事だ。何かと比べられるものではない。
「生き急ぐな。儂らは絶対に生き抜いて、世界がどう変わるのかをこの眼で見るんだからな」
イオリア・シュヘンベルグも、そう願っている。願っているはずだ。都合の良い解釈かもしれないが、だからこそのガンダムであり太陽炉だ。二百年前から始まっている物語の未来を目指して。
イアンはヴァーチェを暫し見つめた。



トレミーの食堂で、食事が載ったトレイを前にしたままそれを食べることもせず、ぼんやりと椅子に座っている少年がいる。こういう光景を見たのは、これで三度目だ。刹那は食堂に一歩足を踏み入れた所で立ち止まり、微かに眉根を寄せた。
少年のそういった表情を見るのは、出会ってからの記憶を捜してもなかったことだ。スメラギを中心としたミーティング時にも、戦闘シミュレーション時も、刹那の知る少年がそこにいる。なのに、彼が一人だけでぽつんと居る場に遭遇すると、刹那の知らない彼を見るようになった。
最近のことだ。そう――ー休暇中に起きてしまったテロ以降だ。
一度目は、エクシアの定期メンテナンスの場でのこと。彼は技術屋の面を持つこともあり、イアンと共に各ガンダムのメンテナンスを引き受けることが多々ある。自分の愛機について、一つ一つの項目を確認し合いながら作業を行う二人を、刹那は見ていた。
ガンダムは、大きな意味で言うなら機械である。設計図を見たところで、刹那に専門的なことは分からないし、ガンダムを動かしているプログラム自体も分からないし苦手だ。小型の端末の画面が、忙しなく切り替わる。刹那には難解な数値やプログラム言語も、彼らには慣れ親しむものだ。イアンはその道のプロなのだから当然ではあるのだろうが、刹那と同じ彼はガンダムマイスターだ。イアンのように専門家ではない。本人から直接ではないが、特技なのだと聞いたことがある。
人の輪の中にいることより、一人で端末と睨み合いをしている姿が多いのも、特技を活かしてのことなのだろう。感心する気持ちはあるが、口に出したことはない。
一時間ほどで終わったメンテナンスは問題なしだった。スメラギとの打ち合わせが入っていたイアンに、作業報告を纏めておくと言ったのは彼だ。刹那はイアンと共にコンテナを後にしたのだが、首に巻いていたストールを置き忘れていることに気付き、コンテナに引き返した。低重力空間で首にストールを巻くことは、あまりお勧め出来ることではない。ふわりと浮いてしまうストールは確かに邪魔のように感じるが、幼い頃から慣れ親しんでいるため、それがないとなんとなく落ち着かない。再び戻ったコンテナで、刹那は足を止めてしまう光景に出会った。
メンテナンスを終えたはずの彼が、端末を腕に抱えたまま少し俯いて立っていた。端末を持たない右手は、だらりと下げられている。刹那から見えるのは、艶やかな紫紺の髪から覗く白い横顔だけだったが、ぼんやりしているなということは分かった。
端末の画面やキーボードを見ているわけではないが、視線は動かない。何を映しているのか分からない瞳に、珍しいこともあるものだと思った。集中をしていた作業が終わっても、直ぐに次の行動に移るのが、刹那の知る彼だ。作業報告を纏めている様子もなく、何かを考えているようには見えず、正にぼんやりである。加えて刹那がコンテナに戻って来たことにも、意識を向けることはなかった。
だから、珍しいとは思ったが、気にはしていなかった。
二度目は展望室である。
強化ガラスを隔てて、漆黒の闇が広がっている。与えられている自分の部屋以外で一人になりたい時など、この場所に来るトレミークルーは少なくない。遠くに輝く蒼い光は、未来への不安や恐怖を和らげてくれるし、トレミー内で唯一外が見られるここは、それだけで気分転換にもなる。
突き当たりにある展望室へ伸びる通路の途中で、刹那は視界に彼を捉えた。華奢な背中が、通路の先にある。
ロックオンやアレルヤは、既に眠りに入ったであろう時間だ。刹那は渇いた喉を潤した帰りである。特に何かがあって展望室へ行こうとしていたわけではない。自室に戻る前に、ふと足を向けただけなのだ。そこに先客がいた。
仲間と呼び合う関係ではあっても、刹那が彼と話をすることは極端に少ない。それは、お互いが必要最低限でしか言葉を交わさないこともあるし、お互いの対人関係スキルが極めて低いことも原因だろう。だからといって、自ら進んでコミュニケーションを図ろうとは思わない。思わないが―――。 あの日のテロを境にして、何かが変わり始めたように感じる。何かとしかいいようのない、何かだ。刹那自身の中で何かが変わったのか、それとも展望室に佇む少年が変わったのか、確固たるものではないのだけれど。
唯一、刹那でも分かる変化は、ロックオンだ。ロックオンの彼への関わり方が、テロ以前と明らかに違う。兄貴肌のロックオンが、年下のクルーを構うのは日常化していることだが、そういうものとは違う。もっと内面を探るように、もっと深い繋がりを持つように接している。今まで以上に、彼との距離を埋めようとしている。そう見える。
ただ、意思疎通は以前と同じく一方通行ではあるが。
展望室に立つ背中へと近づく。暗い暗い底のない闇を見つめている少年は、ガラスに映った刹那の姿に反応することはない。それだけ自分の思考の中に入っているのだろうか。声を掛けたところで、その先の会話が見つけられないのだけれど、唇は自然と動いていた。

「ティエリア・アーデ」

細い背中の少年の呼ぶ。
少年は。
前を見つめたまま。
刹那の声が聴こえていないはずはないのに、少年の体はピクリとも動かない。刹那は彼との距離を詰め、再度名前を呼んだ。
「ティエリア・アーデ・・・」
日頃、あまり呼ぶことのない名前を、この短い時間で二度口にするも、少年の瞳が刹那へ向くことはなく。刹那を無視しているのとは明らかに違う微粒子がある。
本当にどうしたのだろう。彼と肩を並べる位置にまで、足を進める。見上げる横顔の白さは、いつもと変わらないが。
強い光を湛えているはずの紅い双眸は、虚ろだ。巨大な黒い海を、ぼんやりと紅い瞳に映している。刹那が出会ったことのない少年の顔。
何を見ているのか、何を考えているのか分からない虚ろさ。こんな少年を、刹那は知らない。心配と同時に不安を抱く。
「ティエリア・・・?」
意識するより早く、刹那の手が少年の腕を掴む。成長過程にある刹那の手でも、その細さが分かる腕の主の視線は、やはり固定されたままだ。
ティエリア・アーデの体はここにあるのに、心がどこかに引っ張られている。
反応のない彼に、知らず知らず腕を掴む手に力が入っていた。まだ小さな掌が主張をした、刹那の声にならない声。それが伝わったわけではないのだろうが、ゆっくりゆっくりと少年の体が動く。
「あ・・・」
石榴の紅が刹那の前を通り過ぎる。互いの眼と眼が合うことはなく、虚ろな色は強化ガラスに背を向けた。同時に刹那の手から、男にしては細い腕がするりと逃げる。
刹那の存在は、ティエリアに認識されていないようだ。彼だけの世界。まるで夢遊病者のような―――。
彼はゆっくりとした動作で、半重力の通路に身を躍らせた。
刹那は初めて見たティエリアの一面を前にして、何をどうしたらいいのか全く分からなかった。ふわりと舞った濃い紫の髪が通路を曲がるのを、ただじっと見ていた。
そして今。
誰もいない食堂に、ぽつりと座る彼がいる。凛と背筋を伸ばしている姿の代わりに、不安定さを漂わせる視線がある。
まただ、と思う。
一度目は、気にしなかった。二度目は、刹那の知らない現実があった。三度目ともなると、誰かに相談するべきかと思う。声を掛けたらいいのか迷い、何を言えばいいのか分からない。展望室でのことが繰り返されたら、意味がない。ここはどうするべきなのかと、小さく息を吐いた刹那に、第三者の声が届いた。
「よう、刹那。こんなところで立ったまま、何してんだ?」
体を後ろに向ければ、ロックオンの青い眼が刹那を見下ろしている。優しい、地球と同じ色を見て、刹那は安堵した気持ちになった。
―――あぁ、この男に任せれば大丈夫だ
何がどう大丈夫なのか明確には言えないが、ロックオン・ストラトスになら彼を安心して任せられることだ。この男は、あのテロを目撃した少年を、とても気にしているのだから。
ティエリアへ向けられる眼差しが、他の誰のものとも違う。その差が、刹那とロックオンの違いだ。十六歳と二十四歳の人生経験の差なのかもしれないし、人との関わり方の差なのかもしれない。何れにしろ、刹那には出来なくてもロックオンには出来る。
ティエリアへの、心の向け方なのだと思う。刹那が無言で彼へと視線を移せば、ロックオンの青も動く。四つの眼に捉えられても、ティエリアは食事を始める様子はない。
トレミーの動力音が微かに鼓膜を揺する中で、落ちていた沈黙はほんんp数秒のことだ。その数秒で、ロックオンは刹那には分からない何かを掴んだのだろう。刹那の髪をくしゃくしゃっと撫でると、ロックオンはティエリアへ近づく。
「よう、ティエリア。一人で飯食ってるなら、俺もここに座っていいか?」
言いながら、ロックオンはティエリアの右側の椅子へと腰を下ろす。
「刹那もいるんだ。いいか?」
首だけ向けてロックオンが手招きをする。勝手に決めるなと思いつつも、食事をするために来たのだからと、刹那は素直に従うことにした。代わりばえがするとは言いがたい食事が載ったトレイを持ち、刹那はテーブルを挟んでティエリアと向き合う位置へと移動する。その間も、彼はぴくりとも動かない。ロックオンは刹那が椅子に座るのを待ってから、再び口を開いた。
「やっぱ、食事は一人よりも二人、二人よりも三人の方が、話も弾むし楽しいよな。特にお前さんは、一緒に飯食おうぜって誘っても、もう済ませたとか、まだやることがあるとか言っちゃってさ。俺としては、お前ともっと一緒に飯が食いたいし、話もしたい。そりゃあ独りになりたい時もあるさ。でもお前はいっつも独りだぞ」
テーブルに頬杖をつき、ロックオンは語る。が、ティエリアには届いていない。一方通行だ。けれど、そんなことは分かっているとでも言うように、ロックオンは続ける。
「なぁ、ティエリア。お前は独りでいるから、こんな風になっちまうんだぞ。お前の心は、今、どこにある?お前は今、どこにいる?」
グルーブに包まれたロックオンの手が、ティエリアの濃い紫の髪をそっと梳く。愛しむように、けれどどこか哀しむように。

―――こんな風になるんだぞ

ロックオンが発した言葉だ。この男は、ティエリアがこんな風になってしまう原因を、知っているというのか。答えを知りたくて睨むようにロックオンを見れば、刹那の強い眼差しに苦笑が返される。
「ほら、ティエリア。刹那も心配してる。自分から独りになろうとするなよ」
ロックオンの声が、そっと流れる。緑がかった青が優しく細められる様子は、相手を心配しているだけではなく、もっと別の感情を浮き出させる。
兄貴肌の男だ。仲間一人ひとりに気軽に話しかけるが、やはりあのテロを目撃した少年は、尚更気にかけているのだろう。ただ、ティエリアはテロを目撃したからといって、以前と何ら変わることはない。仲間と打ち解けることもなく、気化器のような冷淡さはそのままだ。
けれど。
ふと、心を何処かに置き去りにした少年になる。
対処法など、刹那には分かりようもなく。必要以上の会話があるわけではない。仲間と呼ぶ菅家にあっても、互いの距離は初めて出会った日から、何も変わってはいない。 もっと話しがしたいとか、相手を知りたいとか、思ったことはなかった。だから、知らないことばかりだ。それでいいと思っていた。紛争根絶の志が同じならば、それ以上でもそれ以下でもない。たった四人のガンダムマイスターだろうが、やはりそれ以上でも以下でもないのに。
何故だろう、ロックオン・ストラトスを見ていたら無性に悔しくなった。
二人の前で、ティエリアの瞼がゆっくりと閉じられる。暫しその虚ろさを隠してから、瞳が開いたそこには、鋭さを戻しつつある紅があった。
「ティエリア」
ロックオンがティエリアの意識を確認するように、名前を呼ぶ。今度はきちんと少年の耳に届いたようだ。正面に座る刹那と眼が合った瞬間、驚きの色が産まれる。ほんの一瞬のことではあったが、ティエリアにとってはいつの間にか刹那とロックオンが居る状態だ。刹那から視線を外し眉根を寄せて、ロックオンを見る。
「・・・ロックオン・ストラトス・・・」
形の良い唇から漏れた声に、ロックオンはにまりと笑った。
「はいはい、俺ですよぉ――。飯食いに来たら、お前が飯を食わずにぼんやりしてるからだ。どうしたんだって心配してたんだぞ。なぁ、刹那」
急に同意を求められて、刹那はどう反応したらいいのか戸惑う。頷くことも返事をすることもなくティエリアを見れば、彼は失敗したと言わんばかりに、顔を歪めた。スプーンを手に取ってはみたものの直ぐにトレイに戻し、刹那とロックオンをちらりと視界に収めてから、すっと立ち上がった。
「おいおい、ティエリア。飯、ちゃんと食えよ」
「・・・いらない」
実に短くそういうと、ティエリアは手付かずのトレイを持ち、二人に背を向ける。これ以上踏み込ませない拒絶だと分かっているので、ロックオンも無理に引き止めることはしない。淀みなく足を進め、二人を振り返ることもなく、ティエリアは扉の外へ消えた。
「・・・なかなか難しいねぇ」
頭を掻きながら溜息を吐き出すロックオンに、刹那は問う。
「あんたは、あいつがあんな風になってしまう原因を、知っているのか?否、知っているのだろう?」
曖昧な応えも、はぐらかす事も許さない、真っ直ぐな視線。ティエリアを心配しているのだと伝わってくる気持ちに、ロックオンは少しの驚きを覚えた。
「なんだ、刹那。ティエリアのことが心配か?お前らってあんまり仲良しさんじゃないから、お兄さん的にちょっと意外だな」
「仲が良いとか悪いとか関係ない。俺は、あんなあいつを見るのは、今回で三度目だ。一体あいつはどうしたんだ?あんなティエリア・アーデを、俺は知らない・・・」
「刹那・・・」
声音は淡々としたものだが、刹那の感情は珍しく正直さを見せる。刹那は三度目だと言った。そうか、あの姿を三度見たのか。
「俺は、これで二度目だ」
「ロックオン・・・?」
「俺もさ、あいつのことは、これっぽっちも知らねぇんだよ。表面的なことは知ってるさ。協調性がないとか、可愛げがないとか・・・。でもそんなのは、やっぱろ表面のことだろ。さっきのあいつは、お前の言うように、俺にとっても知らないティエリア・アーデだよ。あいつがぽつんと独りで居る時に、あいつは自分の殻に閉じこもっちまう。なんの殻なのかも分からねぇ。だから、出来るだけ独りにさせたくねぇんだけど、そういう問題じゃねぇもんなぁ」
天井を見上げるロックオンからは、こんなに近くにいるのに、手を伸ばしても決して届かない位置に居る少年に、焦りを抱いているように感じる。この男もまだ、ティエリアが虚ろな世界へと気持ちを飛ばしてしまう理由に、辿り着いてはいない。焦りたくなる気持ちは、分かる気がする。
何故なら、世界へソレスタルビーイングの名を宣言する日が近いからだ。あのティエリアを知ってしまった以上、どうにかしたいと思う。どうにかしなくては、戦いになど出したくはない。
「・・・ロックオン。あのテロを境にしてから、さっきのようなあいつを見るようになった。あのテロは、あいつ自身の何かを変えたんだろうか」
「そうだな・・・。それが一番の原因かもしれねぇが、原因とするならそれだけじゃあ弱いんだよ。あんな・・・あんな風になっちまうんだ。もっと別の原因があるはずだって、思うんだよな」
知らないから焦る。焦りは恐怖にもなる。刹那もロックオンも、その輪の中から、抜け出せないでいる。ならば――ー。
「ロックオン。俺たちは、あいつに何が出来る?原因を探すことも大事だが、俺たちが出来ることを見つけるのも大事だと思う」
刹那の言葉に一瞬きょとんとするが、直ぐにそれは笑みへと変わった。
「・・・お前がそんなことを言うとはなぁ。そうだよな。あいつを知りたいことも、あいつに何が出来るかってことも、両方大事だよな。なんか、お前から教えられた気分だ。つーか、お前、そんなにあいつが心配?」
「仲間なら当然だ。俺はそんなに薄情に見えるか?」
「薄情って・・・ははは・・・。普段のお前からは想像出来ないことを、聞かされたよ。そいいうとこ、もっと表せばいいのに」
「俺はこれが普通だ」
刹那らしいと言えばらしい返答に、ロックオンは更に笑みを深める。口に出して言わなくても、態度に表さなくても、仲間を大切に想う気持ちはちゃんとあるということだ。
「そうか・・・そうだな。でも、言葉にしないと、相手に伝わらないことも多いぞ」
「・・・分かった。考慮する」
「はは・・・そりゃあどうも。てか、お前の飯が冷めちまったよな、スマン」
「気にしなくていい。それより、あいつも食事がまだだ」
「そうか!そうだよ!分かった。俺が今出来ることは、あいつに飯を食わせることだ。よし、あいつを捕まえに行って来る」
勢い良く立ち上がるロックオンを見上げれば、再び大きな手で頭を撫でられた。
「刹那」
「なんだ?」
「ありがとうな」
優しい響きが落ちてくる。それは、ロックオン・ストラトスのティエリア・アーデに対する、想いの表れだ。特にマイスター同士、周囲から浮いてしまっている子供を気にかけてくれることが、嬉しいのかもしれない。
ロックオンとティエリア。
この時から既に二人の関係は、奇跡が産まれるレールの上に、立ち始めていた。