―――お帰りなさい プトレマイオスに戻った彼らを出迎えたのは、スメラギ・李・ノリエガの温かくも哀しみのある笑みだった。 「・・・ホント、あなたたちが滞在している場所の近くで、テロが起きたことを知ったときも心配したけど、ロックオンとティエリアの眼の前でのことだったって聞いたときは、意識が飛びそうだったわ。あなたたちに怪我が なくて、本当に嬉しい。でも犠牲になった人たちのことを考えると、やるせないわね」 「俺たちも同じだよ。テロは嫌いだ。とてもじゃないが、許せねぇ」 プトレマイオス、通称トレミーの休憩室で、ロックオンとアレルヤは休暇を切り上げる原因となったテロのことを、スメラギと話していた。 「・・・結局、あのテロは犯人死亡で、うやむやに終わりそうですね」 「そうね。住んでいると思われたアパートは実際にあるけれど、部屋を借りた様子はない。じゃあ彼はどこに住んでいたのかが、問題になる。でも大道芸仲間の人たちも知らないと話しているようだし、警察も手がかりが掴めていない苛立ちはあるでしょうね」 「でも警察にはテロの翌日だけど、今回のことを予告する内容の手紙が届いていますよね。内容は政治的な意味合いより自己主張だと思うけど、そこから何か分かることはないんでしょうか」 「それは難しいと思うわ。この犯人が単独犯なのかも、何かしらの組織に入っていたのかも分かっていないんですもの。たった一枚の紙から分かるものといえば、アレルヤの言う通りの自己主張よ」 「・・・平和を当然と思うな。その尊さで世界を救えってヤツだよな。そんなもんは独りよがりだし、自分の主張のために人を傷つけることが許されるわけねぇだろ。俺には理解出来ねぇよ」 実行犯への怒りを含んだロックオンの声に、アレルヤは眼を伏せる。テロを起こした人間の心情を、誰だった理解するのは難しい。テロに正当性はないのだ。ロックオンとティエリアの眼の前で起きた事実は、世界の事実でもある。 だからなのか、テロに対してロックオンの感情が迸る。押さえきれない怒りが、そこに存在する。 実際に自分の眼で見ているのだ。怒りは簡単に消えはしない。 互いに閉ざされてしまった唇を、アレルヤは開いた。答えの出ない迷路のように、話せば話すほど息苦しくなる会話を、変えたかった。 「テロも紛争もない世界・・・。難しいことだけれど、そのための僕らだ。許されないことを許さないためにね。ロックオンの気持ちは、ソレスタルビーイングの気持ちですよ。僕も許さない」 「アレルヤ・・・」 「ロックオン一人の怒りじゃない。みんな同じなんです。きっと世界は変わる。だって、世界を変えたいと思う仲間がいるんですから」 眼元を和らげれば、ロックオンも小さく笑った。 「俺、アレルヤに励まされてばっかだなぁ。ありがとよ」 ロックオンには、忘れることの出来ない過去がある。それを抱えているから、ソレスタルビーイングに入ったのだ。テロは彼の過去を呼び起こす。どうしても、そちらに引っ張られてしまうのは否めない。 「そんな、大げさだなぁ。でも少しでもお役に立てていれば、嬉しいです」 「あぁ、充分役にたっているっていうか、嬉しいことを言ってくれる。頭で理解していても、気持ちが追いつかない時ってあるからな。ホント、感謝するよ」 重苦しい影が、すっと消えて行く。同じ仲間ではあっても、ガンダムマイスターは世界でたった四人しかいない。ほんの些細なことでも励み励まされることは、互いの繋がりを今よりももっと強くさせるのかもしれない。 「ふふ・・・アレルヤも大人になったわねぇ。初めて会った時は、ちょっと頼りない感じがあったけど」 スメラギが漏らした科白に、アレルヤが困惑する。 「ス・・・スメラギさん。僕、頼りないですか?」 「もちろん今は違うわよ。マイスターの年長組はしっかりしているもの。やっぱり二人とも年が近いから仲も良いし、刹那とティエリアにも見習わせたいわ」 ここにはいないマイスターの年少組にスメラギは肩を竦める。地上からトレミーに戻るなり、刹那はエクスアがあるコンテナへ直行してしまった。地上から戻ったばかりだというのに、彼には移動の疲れは関係ないようだ。そして、もう一人の年少組は―――。 「そういえば、モレノさんからまだ連絡がないわね。どうしたのかしら・・・」 テーブルの上に置かれているスメラギの携帯端末に、三人の視線が集まる。刹那はコンテナへ直行だったが、ティエリアには医務室の主、JB・モレノからの「メディカルチェックを受けに来るように」との指示が待っていた。僅かに眉根を寄せて彼が医務室に向かってから、既に一時間が過ぎている。 「スメラギさん。どうしてティエリアだけが、メディカルチェックを受けることになったんですか」 アレルヤの素朴な疑問に、スメラギは苦笑する。 「モレノさんはティエリアに対して過保護なのよ。別にあなたたちを心配していないわけじゃないのよ。ただ・・・なんて言うのかしら。やっぱり過保護になってしまうんでしょうね。いろいろな意味で」 「確かにテロのことがありましたからね。僕たちはこうやって気持ちを吐き出しますけど、ティエリアは何か抱え込んだら、抱え込みっぱなしっていうか・・・。何も話してはくれないっていうか。モレノさんも、そういう所を心配しているんですか」 「そうね。そういうことも含めて、過保護になりたくなるのよ」 「・・・過保護か。そのいろいろな意味ってヤツを、教えてはもらえないのか?」 ロックオンの低い呟きが、スメラギを捉える。彼の緑の瞳は、何かを訴えているようにも見える。何故、そんな眼をするのだろう。ティエリアと何かあったのだろうか。 「ロックオン・・・?」 「あ・・・いや・・・悪い。気にしないでくれ」 自分が言った言葉を取り消すロックオンは、けれど諦めきれない色がある。話の流れから出た言葉なのだろうが、ティエリアに関してロックオンは何か思うことがあるようだ。それがどういった形のものなのか、スメラギには分からない。が、ティエリアを気にしているのは、その雰囲気が伝えてくる。相手を気にすれば、知らないことを知りたいと思うのは当然だ。特に曖昧すぎる"いろいろな意味"は知りたいところであろう。 ―――ロックオン・ストラトス ティエリアを気にする何かがあった。それは今回のテロのことかもしれないし、もっと前からかもしれない。ただ、今までのロックオンからそういう様子は見られなかったから、意外だと思ってしまったのも事実だ。マイスター同士が出会ってから二年。短いようで長くもある時間の中で生まれた意識だとするのなら、スメラギには嬉しいことだ。人との交わりを持とうとしない少年を気にかけてくれるだけでも、小さな喜びがある。 いずれにしろ、一度きちんと話をした方がいい。ティエリアに関することは、スメラギも受け流すことは出来ないのだ。 ピッピッピッ。 スメラギの端末が、控え目に主張の音を発した。端末を手に取れば、モレノからの通信だ。 「はい、スメラギです」 『あぁ、私だ』 浮かび上がるホロモニターに、モレノの顔が映し出される。 「ティエリアのメディカルチェック、終わりました?」 『少し前に終わったよ。すまないが、医務室まで来てもらえないか』 「分かりました。今、行きます」 ロックオンとアレルヤの前で、彼らの短いやり取りが終わる。アレルヤが、躊躇いがちに問う。 「・・・ティエリアのことでしょうか?」 「そうとは限らないけれど、多分ね。二人はゆっくり休んで」 椅子から立ち上がるスメラギを、物言いだけな双眸が見つめていた。おせっかい事には煩いほど体が動いても、自分自身のこととなるとそうではないといったところか。 これはいずれではなく、ちょうど良い機会だと思うことにしたスメラギは、見上げてくる青年に訊く。 「あなたも一緒に行く?」 「えっ・・・?」 一緒に、と言われるとは思っていなかったのか、ロックオンの驚いた顔がある。 「・・・俺が一緒に行ってもいいのか?」 「良いも悪いもないわよ。別に秘密の話し合いじゃないんだから、あなたが一緒に居ても困ることはないわ。アレルヤもどう?一緒に行く?」 アレルヤへも同じことを言えば、彼はちらりとロックオンを見てから首をゆるく横に振った。 「ティエリアのことはロックオンに任せます。テロがあってから、随分ティエリアを気にしているようだしね」 「気にしてるって・・・。俺、そんなに顔に出てるかな」 両手で頬を覆うロックオンに笑みを誘われながら、スメラギは彼を促した。 「顔に出ていなくても、ちょっとした仕草で分かるものなのよ。モレノさんが待っているわ。行きましょう」 既に椅子から立ち上がっていたスメラギが足を踏み出したので、ロックオンも慌てて後に続く。 彼と少年の距離が、変わろうとしていた。 プトレマイオスには、若手クルーたちが生まれる前から、ヴェーダによって選ばれた男たちが二人いる。整備士のイアン・ヴァスティと医師のJB・モレノである。 父親のような存在の二人だが、特にモレノは医師ということもあり、さりげなく一人一人のクルーに声を掛けている。なにげない会話の中で、体調の良し悪しを見ていることもあるだろうし、何より傍に大人がいる安心感を与えている。が、医務室特有の薬品の匂いを白衣に染み込ませた男からの科白は、いつもの安心感とは遠く離れたものだった。 「・・・人間が怖いと言っていた」 「人間が・・・怖い・・・?」 ロックオンが鸚鵡返しをすれば、モレノはそうだと頷いた。彼がスメラギを医務室に呼んだのは、やはりティエリアのことを話すためだった。 ―――ティエリアの味方になってくれる予定の彼氏なの スメラギは共に医務室へ来たロックオンのことを、この部屋の主へそう告げた。ロックオンにはどう理解をするべきなのか悩む一文だったが、モレノには通じたようだ。 「そうなのか」と多少の驚きを含めた短い呟き。サングラスに隠された光が、鋭さを増したように思えた。 スメラギが告げた言葉が、二人の間でどれほどの意味を持つのだろう。ロックオンには分からないことだが、彼らだけが共有している何かがあるのは確かだ。 その何かを―――知りたい。 モレノが、いろいろな意味でティエリアに過保護だというのなら、その理由を知りたい。 きっとアレルヤの言うように、自分はティエリアを気にしている。 それは眼の前でテロが起きたからか? 否、違う。 ティエリアを気にし始めたのは、もっと前からだ。これがそのきっかけです、と明確に答えられるものではなくて。 例えば、地上が嫌いだとか、一人でいることを好むとか。 そういう性格なのだと思えば見過ごしてしまうだろうことが、ロックオンには気になることで。なんとなく放っておけない。元々世話好きなのだ。今回の地上での休暇にしても、テロが起きなければ、もっといろいろな場所にティエリアを連れ出そうと思っていた。 が、起きてしまった悲劇。 そして知った、ティエリアの精神面での未発達な部分。 脆さが秘められているような不安定さが、そこにあった。二年近く共にいて触れたことのない、少年のいつもは隠されているであろう心。 ロックオンはティエリア・アーデを知りたいのだ。彼の表に見えるところだけではなくて、もっと深い部分を知りたい。ならば、あとは行動するのみだ。ティエリアが人と接することを好まない分、ロックオンが近づけばいい。そのための、第一歩だ。 「人間が怖い、か・・・。確かに俺とティエリアの眼の前で、人の命が簡単に奪われたんだ。怖いっていう気持ちは理解出来る。でも、テロを起こす奴らは、ごく一部の人間だ。そいつらを基準にして、あいつが人は怖いって思っているわけじゃないよな」 ロックオンはティエリアへと近づくため、自分が疑問に思うことを口にする。 ―――人間が怖い ティエリアの言う、怖い、とは何を指すのか。何を意味するものなのか。こちらから問いを向けなくても、モレノの方から教えてくれるかもしれないが、黙して答えを待つよりも、モレノから見たティエリアを話してくれる気がした。 そんなロックオンの胸の内はお見通しなのか、モレノは少し口の端を上げる。 「それはもちろん、あの子も分かっているよ。あの子の言う怖いは、人間の負の感情に際限がないってことだ。テロもそうだが、戦争な残忍の塊だ。人間はどこまで非道になれるのか、同じ人間にさえ分からないのに、その非道さの目撃者になってしまった。これは今のあの子にとって、とても不幸で哀しいことなんだよ」 モレノが含みを持たせて言葉を切る。 ―――今のティエリアにとって、不幸で哀しいこと なんだかモレノの手の内を、少しずつ出されているようだ。ロックオンはサングラスの奥にある、真実を知るのであろう男の眼をまっすぐに見る。 "人間が怖い"と"ティエリアにとって不幸で哀しい"こと。 それは、きっと繋がりを持つ言葉だ。ティエリアに近づくキーワードになるのだろう。テロが起きた日の、ティエリアとの会話を思い出す。おぼろげながらも見えてくる答えを確かめるため、ロックオンは硬い声音を出した。 「まるで人間慣れしていない感じだな。人間を勉強中ってところか」 遠回しではなく直球勝負。受け流される可能性の方が大きいか、これ以上は踏み込ませない壁を見せ付けられるか、と予想をしていたロックオンだったが、モレノの反応はどちらも当てはまるものではなかった。 「・・・なるほど。これなら、ミス・スメラギが味方と言いたくなる気持ちも分かるな」 「ふふ・・・。そうですね。私も、まさかこんな突っ込まれたことを言うとは思わなかったけれど、判断としては間違っていなかったことになるのかしら」 「そういうことになるね。あとは、ロックオン次第だな」 「ええ、あの子に関することですもの。ロックオン・ストラトスの本気を聞くためにも、ここに連れて来たんです」 再びロックオンには分からない会話が、二人の間で始まる。が、それらの言葉から読み取れば、どうやらティエリアを今よりも知るためには、彼らにロックオンの何かを認めてもらうことが必要になるようだ。 正に本気。 中途半端な世話好きさも、優しさもいらない。 人と交わりを持とうとせず、これから始めるマイスターとしての任務以外に興味さえないようなあの少年の中に、彼らは不安の火種を覚えている。 完璧すぎるマイスター。 仲間との何気ない日常よりも、ヴェーダが弾き出す道の通りに生きようとしている。 そう―――そうだ。 ソレスタルビーイングの、量子演算装置、ヴェーダ。 物言わぬ機会であるが、その始まりはソレスタルビーイングの創始者、イオリア・シュヘンベルグへと繋がる。 ヴェーダは、イオリアが理想とした世界を具現化するための、巨大なコンピューターだ。ソレスタルビーイングにとって、何をどうすることが紛争根絶へ近づけるのか、日々電子回路の中で希望とする未来を形作っている。 確かにヴェーダは、ソレスタルビーイングがより良き道へ進むべき答えとなるものを、示してくれる。しかし、機械であることに変わりはなく、人間のように感情と呼ぶべきものは存在しない。存在しないのだが。 ヴェーダに拘る、否、まるでヴェーダしか知らないのではないかという子供がいる。 ヴェーダに寄り添う子供―――ティエリア・アーデ。 少年がヴェーダに固執する理由を、あまり深く考えたことはなかった。 ソレスタルビーイングに関わる者たちは、ヴェーダにより選ばれる。もちろん自分の意思も加わり、選ばれても決めるのは己だ。機械が何を基準とし、何を判断としてロックオンたちを選んだのか分からないが、それだけの膨大な情報を有しているからこそ出来る選定なのだろう。 世界を変える一人としてここにいることをヴェーダに感謝はしても、それ以上の深い思いはない。ヴェーダはあくまでソレスタルビーイングの戦術を導き出す機械なのだ。 しかし、少年は違う。 少年にとっての、ヴェーダは違う。 ヴェーダと彼を結ぶ何かがあるのだろうか。 特別だとも言える何かが。 人の心とか感情とか、理性ではどうにもならないうねりを知らず、成長した子供。 機械に育てられたような―――。 「ヴェーダか・・・」 ロックオンが零した声を、モレノの耳は拾っていた。サングラスの奥で微かに優しくなった眼は、ロックオンが今何を考え、彼の中でどんな仮定を得たのかを分かっているようでもある。 「ロックオン、お前さんは何故あの子が人間慣れをしていないと思うんだい?」 モレノとスメラギが知る、ティエリア・アーデの本人は全く自覚のない孤独に近づけるため、マイスターたちのリーダーでもある青年に問う。ティエリアの味方になってくれるかもしれない男は、四つの瞳に見つめられ少し首をかしげながら、テロが起きた後の少年との会話を口にした。 「・・・あいつは、眼の前で起きたテロに、哀しみも怒りもないって言ったんだよ。テロっていう事実があるだけだってさ。俺たちは紛争に武力介入するソレスタルビーイングだ。個人的な感情より冷静さを持てっていうのは分かるんだけど、どうしたって切り捨てられない部分はあるだろ。でも、あいつは人としての感情を知らないっていうか、分かっていないんじゃねぇのかな。感情は余計なものだとも言ったんだぜ。なんでそんなことを言うのか俺には分からねぇし、分からねぇと言えば俺はあいつのことを何も分かってねぇんだよな。知っていることなんて、ほんの少しだ。あいつの―――ティエリアのことを、もっと知りたい。ミス・スメラギには感謝だ。ドクターモレノの所に連れて来てくれた。そして、ドクターはあいつが人間が怖いと話したことを教えてくれた。だから、俺はあいつが人間慣れしていないんだって思う。そこにヴェーダが関わっているともね」 ティエリアん表面的なことを語るのは、それほど難しいことではない。ほんの少しでも本質的な部分を語ろうとすると、全くと言っていいほど彼のことを知らないのだと気付く。ロックオンはティエリアから感じること、思うことを声にしてみたけれど、やはり表面的なことなのだ。彼と多少なり関わりを持てば、誰でも分かることである。 「ティエリアは、俺たちよりヴェーダを信じているところが大きいだろ。仲間だしお互いの命を預けることだってあるのに、あいつは本当に俺たちを信じてくれているのか分からない時が、実はある。別に嫌いじゃないぜ。でも何て言うのかなぁ、一人だけ俺たちとは何かが違う気がするよ。そこにあいつとヴェーダを結ぶものがあるのかなって思うよな」 ティエリアの虚ろな色が思い出される。 ―――ソレスタルビーイングの理念のために、ここにいる。それ以外のものは何もいらない 自分自身を保つようにも聞こえたあの響き。同じ仲間とも距離を置き、たった独りで立っていようとする子供。起きてしまったテロにより、奪われた命を思えば胸が痛む。同時に、理性だけで片付けられない心の動きがあることを、ティエリアに教えたい。きっと彼には必要なことなのだ。 ロックオン視点のティエリア像を聞き、モレノは機械ではあってもヴェーダが眼の前の男をマイスターとして選んだ理由というものが、もしかしらた紛争根絶だけではない、もう一つの願いがあったのかもしれないと思う。電子信号の中で、機械が見つけた願い。 モレノはその願いをロックオンが叶えてくれる気がした。意識せずとも、自然といつかはそうなるのではないだろうかと。 「なるほど。ティエリアのことを良く見ている」 「そうか?あいつと付き合えば、誰だって分かるようなことだぜ」 「そんなことはない。お前さんが言うように、あの子にとってヴェーダは特別なんだよ。確かに人間よりヴェーダの方が好きだろうな。マイスターの過去は機密事項だが、これは教えてあげよう。もともとティエリアは、多くの人間の中で育っていないからね」 「だから人間慣れしていない?なんかあいつの過去を、データだけじゃなく知っているみたいだな」 「まあ、そう言えるな」 肯定をしながらも、モレノは肝心なところを暈している。全てを伝えるのは簡単だ。しかし、ロックオンには自ら動いて、ティエリアともっと深い繋がりを築いて欲しい。こちらからすこし背を押しはするが、モレノやスメラギはアドバイザーだ。 「積極的に人と話をする子ではないし、何より人付き合いが苦手で、こういうことを言えば相手がどんなことを感じるかなんて考えていない。頭ばかりが良い、まだまだ子供なのがティエリアだ。ティエリアが気になるのなら、もっと話をすればいい。会話にならなくても煩がられても、話しかけることはとても大事なことだよ」 気になる気になると思っているだけなら、今までと同じこと。分かったよ、とロックオンは頷いた。 「やっぱそうだよな。相手を知るには、第三者経由より直接相手と話さなきゃ駄目だよな。ドクターやミス・スメラギからあいつのことを聞きたい本音はあるけど、俺も頑張ってみるよ」 「そうだな。お前さん視点のあの子を見つければいいんだ。私もミス・スメラギも、助言はするし愚痴も聞くぞ」 「ははは・・・。そりゃあ、ありがたいことで」 頭を掻きながら、ロックオンは腰を下ろしていた椅子から立ち上がる。 「ミス・スメラギ。悪かったな、無理矢理一緒に付いて来ちまって」 「いいのよ、気にしないで。私が一緒にって言ったんだもの。ティエリアのこと、随分気にしていたから心配になっちゃったのよ」 「ホント、ありがたいよ。俺も気持ちが落ち着いた」 「そう?お役に立てれば何よりだわ」 戦術予報士の、小さくても姉のような笑みは、ロックオンとティエリアを想ってのものだ。その笑みを受けながら、ロックオンは医務室を後にした。低い音を立てて扉が閉まってから、モレノとスメラギは彼らにしか分からない内緒話を始める。 「・・・モレノさん、ロックオンはティエリアの支えとなってくれるでしょうか」 スメラギの問いにモレノは、まだ何とも言えんがな、と前置きをしてから続けた。 「あの子とヴェーダを繋げての考えは、見所があるよ。正直、ロックオンとティエリアの話をしたことがなかったからな。あいつの中で、気になるようなことが急に出て来たわけでもないんだろうが・・・」 「そうなんですよね。ティエリアだけへのメディカルチェックでしたから、そのことを訊かれて、あの子にはいろいろと過保護になってしまうと話したんです。そしたらロックオンが、そのいろいろについて教えてくれないのかって・・・」 「まぁ、いろいろには変わらんがな。あいつらに詳しく教えられない事情ってのもあるから、変に突っ込まれるより全員をメディカルチェックした方が良かったな。すまないね、私のミスかな」 「そんなことありませんわ。精神面を考えればティエリアには必要なことですし、そこにロックオンが突っ込んできたことは、彼もティエリアを心配しているということですもの。今回のことは、アレルヤも刹那もティエリアを気遣ってくれていると感じます。ただ、彼ら以上にロックオンは、ティエリアを放っておけないと思ったのでしょうね」 モレノとスメラギだけが知る、ティエリア・アーデの事実がある。ソレスタルビーイングの中でも、その事実を知る者は少ない。 これから始まる世界への戦い。仲間と共に歩む、決して逃げたくはない道。 仲間がいるから、一人ではないから戦える強さがある。 しかし、ティエリアには仲間を想う意識が、未だに薄い。それはティエリアが悪いわけではなくて。 けれどいつか、ティエリアが持つ特殊な事実が彼を苦しめ、彼を哀しませるかもしれない。 現実に戦いが始まれば、命を預け合う仲間の頼もしさを知るだろう。仲間一人一人への想いも変わるだろう。 狭い世界しか知らないティエリアに、もっと広い視野を教えてくれる人がいればいい。出来れば同じマイスターの一人が望ましい。モレノとスメラギは、そう思っていた。 「ロックオンか・・・。面倒見のいい兄貴肌だから、悪いようには転びはしない。あいつ一人に、何から何まで背負わせはしないから大丈夫だ。きっと良い方向に進むよ」 「そう願いたいですね」 「あぁ、大丈夫だ。それとティエリアなんだが、微熱がある。疲れから出たものだろうが、明日と明後日は休暇続行で頼む。解熱剤は渡してあるし、明日もここに来るよう伝えてあるから、それほど心配することはないがな」 「分かりました。では、私も戻ります」 「・・・ミス・スメラギ、あの子のことでは必要以上に気を遣わせてしまって申し訳ない」 「あら、それこそ気になさらないで下さい。私がやりたくてやっていることですもの。大変なこともありますが、あの子を支えて護ることを辞めたいとは思いませんわ」 細められた眼は、とても優しい。心強さがモレノの胸に染み込んで来る。 ティエリアを、支え護る。 これは、彼を知るからこそだ。 一人よりも二人、二人よりも三人がいい。 全員に話せることではないからこそ。 あとはロックオンに掛けてみたい。 きっと、流れが変わるはずだ。 |