ソレスタルビーイング。
二百年前に生きた男の、意思を受け継いだ、私設武装組織。
世界は、彼らによって変わる前の、静けさの中にいた。



ソレスタルビーイングが歩む未来を予測する、巨大な演算装置"ヴェーダ"によって選ばれた者たちは、何故自分がソレスタルビーイングの一員として選ばれたのか分からなかったが、世界を変えたいという想いを強く抱いていた。それは、自分の過去と関わってくる部分が多くある。決して忘れられない過去を背負い、傷つき苦しみながらも、紛争根絶を掲げたソレスタルビーイングが求める理想と共に、世界への挑戦者となる決意をした。

―――全世界の紛争への武力による介入

ソレスタルビーイングが世界に向けてそう宣言を行う日は、遠くはない未来だ。
人々は過ちを繰り返す。何千年も前から、同じことを繰り返している。
人々は―――争いを繰り返す。
何故だろう。何故人間は、戦うことを止めないのか。
国と国が、民族と民族が、宗教と宗教が。互いに憎しみ合い、認め合うこともせず、正しいのは自分たちだけだと己の主張しか優先しない。人を気遣い思いやる心すら忘れて、ひたすらに自分を主張する。なんと醜いことなのだろう。争いは、こうして生まれる。
話し合いで解決の出来ない火種があるというのか。人が銃を持つということは、人が人を殺めるということだ。それだけ憎しみがあるということだ。憎悪よりも許す勇気を持つことは、実に難しい。テロなど、理不尽な形で大切な人を奪われた者の哀しみが、向かう先はどこだ。時の流れが癒してくれるなど、奇麗事だ。憎しみは憎しみしか生まない。だから人々は繰り返す。過ちだと分かっていても、繰り返す。
ソレスタルビーイングは。
紛争根絶を掲げていても、武力でそれらに介入行動を起こす。矛盾をした行為になると分かっていても、動き始めた歯車は止まらない。何故なら、彼らは世界に対する挑戦者だからだ。世界の意識を変えるために、選んだ場所なのだ。
ロックオン・ストラトスもその一人である。彼はガンダムマイスターだ。ソレスタルビーイングが所有するモビルスーツ、ガンダムデュナメスのパイロット。何を基準とし、何を根拠としてヴェーダに選ばれたのか、ロックオンは当然のことながら知らない。しかし、彼は首を横には振らなかった。ソレスタルビーイングが求めているもの、それだけで充分だった。その日からロックオンは、「ロックオン・ストラトス」となった。両親からの初めてのプレゼントは、機密事項扱いである。代わりにコードネームが与えられた。それが「ロックオン・ストラトス」だ。
自分の過去を知るものは、自分しかいない。同じ仲間であっても、本当の名前さえ音に出すことはない。
完全な機密主義。
互いのことを語るより、これから始まる後戻りの許されない未来を考えろ、という意味もあるのだろう。そして外部から彼らを護る機密主義でもある。ほんの少しのことが、彼らに繋がる人への道を造ってしまうかもしれない。その人を護るためにも、自分たちを護るためにも必要な砦。
互いの過去は知らなくても、それなりの時間を共有していれば、性格なども分かってくるし、自然と仲間意識が育ってくる。
けれど、その中でただ一人。
決して周囲に馴染むこともなく、孤高とも呼ぶべき人物がいる。たった一人だけ、立ち位置が違うようにも見えるその人は。
同じガンダムマイスターの少年だ。
ロックオンが初めてその少年と出会って、二年の月日が流れようとしていた。



ソレスタルビーイングのメンバーを、物資や資金面も含め、あらゆることを外から支援するエージェントと呼ばれる者たちがいる。彼らもまた、ソレスタルビーイングの理念を受け継ぎ、ここにいる。そのエージェントの中に、華僑でも有数の財団である王家が名を連ねている。エージェントたちは後方支援がメインなだけに、同じソレスタルビーイングではあるが、直接会うことは少ない。しかし王家の令嬢――王留美――は、マイスターたちと顔を合わせることが多い。王家が所有する別荘をソレスタルビーイングに提供していることも理由の一つであろうが、彼女の機敏さも大いに関係する。たいしたことではなくても、頼んだことに対して直ぐに行動を起こしてくれることは、実に心強い。
そして今、ガンダムマイスターの四人は、王家の別荘の一つに居た。
開放感のある居間でテーブルを挟み、ロックオンとガンダムキュリオスのパイロット、アレルヤ・ハプティズムが、座り心地の良いソファに体を沈めていた。海が近いこともあり、窓を開けていると潮風が部屋の中に入り込んでくる。ロックオンは読んでいた雑誌をテーブルに置くと、両手を上に伸ばした。
「ん〜、なんか俺らだけ休暇っていうのも、申し訳ない気がするけど、たまにはのんびりするのもいいよなぁ。つーか、やっぱ地上は落ち着くよ」
深く息を吐くロックオンに、アレルヤも厚い文芸書から眼を上げる。
「今まで訓練訓練でしたからね。ズメラギさんも力一杯のんびりして来いって言っていましたし、ありがたく甘えても怒られませんよ」
「だよなぁ。これでトレミーに戻ったら、訓練も最後の仕上げって感じだしな」
プトレマイオス、通称トレミー。ソレスタルビーイングのガンダム専用の母艦である。ロックオンたちは自分の愛機と共に、トレミーを拠点として実戦に向けた訓練を、繰り返し実施していた。ガンダムマイスターに選ばれてから、決して短くはない時間を、自分の体が愛機となるモビルスーツと一体になるように行ってきた訓練だ。ミスなど、ほんの少しでも許されはしない。模擬弾を使用しての訓練でも、常に生と死が隣り合わせの緊張があった。それだけ必死だったのだ。
世界に知られることなく、着実に進む計画。全員で四人のガンダムマイスターが揃ってから、もうすぐ二年。休暇は突然に与えられた。
ソレスタルビーイングの戦術予報士でもあり、トレミーの艦長も兼任している、スメラギ・李・ノリエガから伝えられたそれは、ロックオンたちの体を気遣ってのことでもあり、ソレスタルビーイングが世界の表舞台に立つ日が近づいていることも示していた。
訓練はモビルスーツに搭乗するものばかりではない。白兵戦を想定としたものから、爆発物処理と、あらゆることに対応する能力と体力を身につける。ある意味、軍のアカデミーと同じであろう。どれも自分の身を護るために必要なことだ。
生き抜くための戦い方を体で覚える。命をかける覚悟はあるが、簡単にそれを選ばないためにも、やれるだけのことは全てやってきた。この休暇は、ガンダムマイスターと呼ばれる重みを、たった四人で共有するロックオンたちへの、長くなるであろう戦いを前にした最後の穏やかな時間だ。宇宙へ戻れば、最終的な調整が待つのみである。
「・・・せっかく俺ら四人揃って休みなんだし、明日は一緒に出かけてみないか?昼飯作ってもらってさ」
「いいですね、それ。明日も天気は良さそうですし、王留美お勧めの公園に行ってみませんか?」
「あぁ、あの水族館とか人工の池があるとかってやつか。いいな、そこに決定・・・と言いたいところだけれど、あとはお子様組の反応だよな」
苦笑するロックオンに、お子様組と称されたのは二人。ガンダムエクシアのパイロット、刹那・F・セイエイと、ガンダムヴァーチェのパイロット、ティエリア・アーデだ。刹那はマイスターの中で、最年少の十六歳である。二十四歳のロックオンから見れば、幼さの目立つ子供だ。ティエリアは何故か年齢がオープンにされていないが、外見から判断するに刹那と同年であろう。
この二人、同じマイスターではあっても、アレルヤのような気さくさとは無縁だ。気さくさはなくても、刹那はこちらが話し掛ければちゃんと応えてくれるが、ティエリアは会話さえままならない。可愛げがなかろうが愛想がなかろうが、仲間であることに変わりはなく。ロックオンにとって、刹那は年の離れた弟のような感覚で構ってしまう。しかし、ティエリアとの距離は遠い。否、遠いと言うのとは少し違う。彼があまりにも人との交わりを持たない分、どう接していいのか足踏みをしてしまうことがある。今回の休暇に関しても「トレミーに残る」と主張し続けたのはティエリアだ。どうやら彼は、地上が好きではないらしい。地上に降りる必要性がないと言うティエリアを、無理矢理ここへ連れてきたのはロックオンだ。おかげで「おはよう」や「おやすみ」の挨拶でさえ、無視されている。
ロックオンは右手を広げる。最後の最後まで抵抗していたティエリアの腕を掴んだ時、その細さに息を呑んだ。シャワールームで見慣れている刹那の成長過程ではあっても、意外と筋肉のついた体とは全く違う細さ。華奢なのだ。頼りないまだ子供の体だというあの感触が、掌に残っている。
「ティエリアは嫌だって即答しそうですけれど、話してみませんか。刹那が頷いてくれれば、三対一になりますし」
「・・・そうだな。刹那に期待するとして、数の勝負に賭けるか」
なかなか首を縦に振らない彼らと、一緒に出かけるのは難しい。
しかし―――。
舞台の幕が上がれば、こんな風にのんびりと過ごす余裕は、きっとない。
選ばれたのは偶然。けれど仲間として同じ場所にいる事実を、大切にしたい。子供らしくない二人の笑顔が見られればいい、とロックオンは思った。



広い屋敷に滞在しているのは、ロックオンたちと数名の王家のスタッフである。食事の用意や清掃を、自分たちで行う必要のないホテル並みの待遇は、王留美に感謝すべきことであろう。加えて王家の別荘には、プトレマイオスの艦橋と変わらぬコンピューター設備がある。王家とソレスタルビーイングの関係が、決して浅いものではないと物語っているコンピューター群を地下に備えた屋敷のダイニングで、ロックオンは明日の計画を口にした。アレルヤと眼を合わせ、わざとらしく咳払いをしてから始める。
「あー、えーとだな。明日なんだけど、天気も良さそうだし、みんなで王留美お勧めの公園に行かないか?公園って言っても水族館もあるし、露店も出るって言っていたしな。とにかく広いから、一日充分過ごせる。どうだ?」
ロックオンの提案を前に、お子様組の反応は薄い。刹那は黙々と眼の前の料理を片付けているし、ティエリアはサラダの中のタマネギを取り除くことに情熱を傾けている。
「・・・まぁ、突然といえば突然なんだけどさ。ありがたい休みなんだし、四人一緒に出かけるのもいいと思わね?」
「僕はロックオンに賛成。というより、僕たちで話していたことなんだ。お弁当を作ってもうらって、外で食べないかい?」
二人を頷かせようと、アレルヤもロックオンに続くが、返ってくるのは沈黙ばかりである。食事の手を休めることなく、無関心を装う二人に、年長組は溜息と友達になりかけたが、ここで諦めたりはしない。気合を入れ直して、再度のお誘いである。
「四人で出かけることってほとんどなかったから、きっと楽しいよ」
「そうそう、アレルヤの言うとおり。俺らの戦いが始まっちまえば、こうしてのんびりすることも、あまり出来ることじゃない。いい機会じゃねぇか。一緒に出かけようぜ」
「・・・俺は行きません。そちらで勝手に決めたことに、俺を巻き込まないで下さい」
アレルヤとロックオンの"王留美お勧めツアー計画"を打ち砕く科白が漏らされる。声の主はティエリアだ。
((あぁ、やっぱりね・・・))
ツアー計画者の胸の内は同じだ。
「・・・巻き込むってお前ねぇ。つーかさ、もっと外に出た方がいいぞ。お前、屋敷に篭りぱなしじゃねぇか」
地上嫌いのティエリアは、天気が良いからといって外に出かけたいとは思わないようだ。この別荘に来てからも、自室かコンピュータールームで一日の大半を消費している。
もったいない、と思う。宇宙にいたら懐かしく感じる太陽の光や、海の青さ、木々の緑もここにはあるというのに。
そんなロックオンの気持ちもティエリアには右から左のようで、タマネギとの格闘は終わらない。これでは了承を得るのに時間が掛かるのは間違いない。年長組は、もう一人の少年へターゲットを変えた。
「刹那はどう?ピクニック気分で出かけるのも、悪くないよ」
刹那もティエリアも、休暇など自由な時間は独りで過ごすことが多い。けれど、刹那は常に独りを好むというわけではなく、無口で愛想はなくても、人との交わりをちゃんと持てる子供だ。だから刹那への期待は高くなるというもので。
それまで自分には関係ないと年長組と眼を合わせることもなく、話しを聞き流していた刹那だったが、名前を呼ばれてしまったことに渋々顔を上げる。そして、見てしまった。
アレルヤの、良い応えを物凄く期待しているよ、という瞳を。
正に眼力である。アレルヤのキラキラ作戦と名付けたくもなる。
「・・・・・・」
言葉に詰まりロックオンを見れば、今度は頬の引き攣りに襲われた。刹那を待っていたのは、満面の笑みの男である。しかし、その笑顔が怖い。"お前、絶対に行くって言えよ"とこちらも眼での圧力を、痛いほどに感じる。どうやら刹那には、頷く以外のことは選ばせてくれないようだ。

―――負けた。

そう思いたくはないが、負けた気分だ。
お前ら二人で勝手にどこにでも行って来い、と言えないのが非常に残念だが、ティエリアを連れ出すために自分を味方にしたいのであろうことは、刹那にも分かりたくなくても分かることで。特にやりたいことがあるわけではないから、年長組の大いなる期待に応えることにした。
「・・・分かった。あんたたちに付き合ってやる」
刹那のこの一言がアレルヤとロックオンに勝利を齎し、ティエリアの機嫌の悪さをさらに急降下させる結果となったのである。



ピクニック日和とは、こういう天気のことを言うのであろう。本日の降水確率は0パーセントです、と伝えた女性キャスターの爽やかな笑みは、しかしティエリアには逆効果だったようだ。テレビ画面を、敵を睨みつけるかのように見つめていた彼の紅い瞳を思い出し、ロックオンは小さく笑う。
広い公園内は週末ということあってか、沢山の人で賑わっていた。ロックオンたちは木陰となる芝生の上で昼食を広げると、暫く足を休めることにした。
公園とはいっても、水族館もあれば、大道芸もあちらこちらで行われている。親子連れだけではなくても、一日中楽しめる場所だ。紙コップに注がれた冷たい紅茶を咽に流してから、ロックオンは緑の絨毯に背中から倒れ込んだ。
「は――、やっぱ気持ちいいねぇ。青空の下で食う飯は最高だ」
「男四人で飯食っても最高なのか?」
素朴な疑問のようにも聞こえる刹那のツッコミに、アレルヤが笑いを誘われる。
「確かに男四人だけど、僕は楽しいよ。外でご飯を食べるって、宇宙では出来ないことだしね」
「だよなぁ〜。トレミーの天井を眺めたって、面白くないだろ?空の青さを見ながら、風を感じながら、お前らと飯が食える。お前らが一緒にいる。最高じゃねぇか」
言いながらロックオンは、芝生に倒したばかりの体を、勢い良く起こす。
「ホント良かったよ。刹那とティエリアが猛反対したら、どうしようかと思った」
「・・・ほとんど脅し状態で、頷かせたのはアンタたちだ」
「ははは・・・。そうとも言うなぁ。まぁいいじゃねぇか。俺もアレルヤも、お前たちと出かけたかったんだよ。屋敷に閉じ篭っているより、気持ちいいだろ?」
面倒見のいい男は、刹那とティエリアを連れ出すことで、もっと意識の繋がりを持ちたかったのだ。ティエリアに関しては、それが強い。人に懐かない猫のような彼とは、個人的に出かけるなんて、任務以上の難しさがある。
アレルヤはロックオン・ストラトスが居てくれて、本当に良かったと思う。纏まるようで纏まらないマイスターを、上手く良い流れに持って行ってくれる。
ふと、会話に入ってこないティエリアを見れば、瞼が重そうだ。食べかけのサンドウィッチを手に持ったまま、何度となく瞬きを繰り返している。
「・・・ティエリア、どうしたんだい?疲れた?」
少年を気遣うアレルヤに、ロックオンと刹那も白い頬の持ち主へ顔を向ける。インドア派の彼には、人の集まる場所はそれだけでも疲れるのかもしれない。ロックオンは自分と肩を並べて座るティエリアの顔を覗き込む。機嫌が悪くて口を閉ざしているのとは違う色が浮かんでいた。
「ティエリア、疲れたか?少しここで寝てもいいぞ。たとえ三十分でも、寝ると頭がスッキリする」
「・・・別に平気です」
素っ気ない返事は、子ども扱いするなと言いたそうでもある。しかしながら、欠伸を噛み殺した表情が、今の言葉を裏切っている。大道芸に足を止め、少し歩いては次の大道芸が彼らを出迎え、露店に並ぶ品々を興味深げに見てからの昼食だ。歩いた距離はそれほどでもないが、人混みに疲れたことは言われなくても分かる。
「まぁそう言わずにさ。暫くここで休むから、俺も昼寝するかな」
「じゃあ僕は、体を動かしてくるよ。ここに座っていたら僕も寝ちゃいそうだし、まだ見ていない露店とかもあるしね」
「俺も行く」
アレルヤだけでなく刹那も立ち上がる。ロックオンの昼寝発言は、ティエリアを休ませる口実だ。それが分かるだけに、アレルヤはロックオンに任せようと思う。もちろん見ていない露店に行ってみたいのも本当だ。
「イルカのショーに合わせて、水族館に行くからな。それまでに戻って来いよ」
「分かりました。行こうか、刹那」
人の流れに入って行く二人を見送ってから、ロックオンはティエリアの背を軽く叩く。
「疲れたんだろ?昼寝しろ昼寝。俺の膝を枕代わりに貸してやる」
「・・・昼寝するとは言っていません」
ロックオンを見ることもなく言うティエリアは、これ以上話すことはないとばかりに、手に持ち続けてしまったサンドウィッチを、ようやく口へと運ぶ。ここから動いたら疲れる一方で、だからといってロックオンと二人だけなのも嬉しくないといったところか。
なかなか手強い相手に肩をすくめて、ロックオンは空を仰いだ。
手を伸ばしたところで届かない青い空は、宇宙からだと見下ろす色となる。地上からでも宇宙からでも、とても綺麗なそれだ。
ソレスタルビーイングの一人となり、初めて足を踏み入れた宇宙。今はそこにいることが多くなった。組織の主要拠点が宇宙なのだから当然ではあるのだが、やはり闇の色しか瞳に映らない日々は、地上を懐かしく感じさせる。
ティエリアは、そういった感情とは無縁の世界で、生きてきたように見える。二年近く共にいて、彼から地上に降りたいと聞いたことがない。宇宙育ちなのだろうか。本人に直接確かめたことはないし、応えも期待できないが、そうなのだとロックオンは思う。だから、地球の美しさをもっとみせたいのだが、これでは益々嫌われ者一直線だ。
地球に降りることとか、一緒に出かけることとか。
ティエリアには不本意すぎることのようだが、一体何をそんなに嫌うのか分からない。分からないからといって、遠慮することはしないし、他の仲間と同じように話しかける。相手からの反応が薄いことは、出会ってから今日まで変わったこともなく。慣れてしまえば、こういう奴なのだと思えてくるのかもしれないが、決め付けたくはない。きっと表に見えていることが全てではないのだ。誰もがそうあるように、全く違う面があるはず。それを引き出したいとは思っていても、乗り越えなければならない壁は高い。
サンドウィッチをようやく食べ終えたティエリアの視線は、行き交う人々の波に向けられている。子供たちが、器用に人と人の間を走り抜けて行く。影のない笑顔たちに、ロックオンは眼を細めた。平和という言葉が、ぴたりと填まる光景。これから始めようとしている、世界への挑戦のことも、忘れてしまいそうだ。
「アレルヤたちが戻ったら、水族館な。ここのイルカショーは人気があるっていうから、いい席取ろうぜ」
「・・・・・・」
「トレミーの女性陣への土産は、ぬいぐるみっていうより、甘いものだよな。ミス・スメラギは酒だろ、クリスやフェルトはチョコとかクッキーかな。女の子は、甘いもの好きだしな」
「・・・・・・」
ティエリアとの会話は、一方通行となってしまうことが多々ある。今も会話にさえなっていないが、気にはしない。それを気にしていたら、ティエリア・アーデとは付き合えないのだ。
「なぁ、お前はどうよ?宇宙(そら)への土産」
「・・・・あなたに任せます」
「そういうなよ。お前が選んだことを伝えれば、みんな嬉しいって」
「別に、嬉しいと思われる必要はありません」
「お前ねぇ〜。そういうことばっかり言っていると、女の子にモテないぞ」
ことごとく否定的な応えを投げてくるティエリアに、相変わらず可愛くない奴だなぁとロックオンは肩を落とす。自然と漏れてしまった溜息に、ティエリアから睨まれてしまった。
途切れた声。ゆうるりと頬を撫でる風を受け止めながら、暫し二人は無言だった。
ふいに、音楽が耳に届いた。どこから聞こえてくるのだろうと辺りを見渡せば、アコーディオンを弾く男が、眼に入って来た。陽気な極に合わせ、片足でくるりと体を回りながら歩く男を、口元に笑みを乗せた人々が見ている。ロックオンもその男を、眼で追っていた。
スーツ姿にアコーディオン。合わないようで合うような微妙さが、微笑ましい。
穏やかな昼下がり。
公園内を歩く人々にとっては、日常の中のひとコマ。ロックオンにとっては、非日常の中の特別な日。アコーディオンを弾く男も、もちろん日常の中のひとコマだと思っていた。

けれど―――。

アコーディオンの音が、余韻を散りばめながら消える。
男は人々に向かい、深々と頭を下げた。
拍手が、起きる。
アコーディオンの音色と共に眼に入れていた男の姿は。
拍手の中で。
一瞬、光った。

「ティエリア・・・!」

頭で理解するより先に、ロックオンの体は動いていた。
ティエリアを庇うため、抱き締める。
驚きを宿した紅を、視界の隅で捉えた気がした。
鼓膜を揺さぶる爆発音と、正に突風の爆風と。
瞬きをする間に。
悲鳴と恐怖が。
なにげない日常を、支配した。