決まらないのなら、決めてしまえばいい。
選べないのなら、選んでしまえばいい。
考えるのは、それからだ。



人口の光とは違う眩しさに、刹那は眼を細める。宇宙にはない蒼と緑を見るのは、二ヶ月ぶりだ。
昨日から一週間の予定で休暇に入っている。
当初、ロックオンとティエリアが休暇に入ることになっていたが、スメラギから「せっかくだか四人一緒の休暇はどう?」と問い掛けのようでいて、実は既に決定事項の休暇を告げられた。
あの時のロックオンの表情を思い出し、刹那は口の端を僅かに上げる。おまけの二人は論外だ、と眉間の皺が語っていた。
けれど、刹那もアレルヤも遠慮はしない。三年の月日を経ての、四人揃っての休暇だ。宇宙は何かと忙しなく、のんびりした時間を持つことは難しい。スメラギなりの気遣いもあるだろう。刹那たちは、昨日から王家系列のホテルに宿泊している。
街中にあるホテルだか、敷地は広い。街の喧噪を、敷地内の木々が遮っている。
二ヶ月前まで、刹那はたった一人で世界を見ていた。小さな村や砂漠の町。一人きりの旅だったが、行く先々でであった人々は、とても温かかった。
その旅を終え、戻った場所もやはり温かい。が、温かさの中に、ほんの少しだか欠けている部分がある。それが原因で、不安定になる少年がいる。刹那は欠けている部分を自分の眼で見て、決めようとしている。それが正しいことなのかは分からない。けれど、少なくとも現状を変えられるのではないかと思う。だから、動くのだ。
朝食後、日付が変わるまでには戻ると言い残し、刹那はホテルから出かけた。予約をしていたレンタカーを借り、目的地へとハンドルを握る。
新しいマイスター。
デュナメスの後継機、ケルディムのコクピットに座する者。
狙撃手の名を、与えられる者。
決まらないというのなら―――。
その位置に立つ者の名を、自分が告げよう。
悩むのも考えるのも、それからでも遅くはない。
刹那の眼差しに、迷いはなかった。



ホテルの宿泊者専用のカフェテリアで、ロックオンとアレルヤは座り心地の良いソファに、身を沈めていた。ホテルの広い庭が見渡せる南側はガラス張りになっており、温かな日差しがたっぷりと入り込んでくる。
静かに流れるクラシック曲。スーツ姿の男たちもいれば、年配の夫婦もいる。一泊の料金が決して安くはないこのホテルで、自分たちは周りにどう映るのだろう、とロックオンはふと思う。
のんびりしているのだ。旅行者には見えるだろう。が、世間は長期休暇の時期ではない。友人同士にしては、年齢差がある。勝手に物語を作るとすれば、ティエリアぼっちゃまと、その下僕か。そんなことを考えていたら、自然と頬が緩んだ。
「ロックオン、顔がニマニマしてるよ」
想像力豊かとは言いがたい世界から、ロックオンを現実世界に戻したのは、アレルヤからのニマニマ発言だ。
「に・・・ニマニマって・・・。俺、そんなにニヤけてた?」
「そうだね。妙に楽しそうっていうか、変に楽しそうっていうか・・・」
どちらにしろ、アブナイ奴と言いたいらしいアレルヤに、ロックオンは肩を落とす。
「まぁ・・・うん・・・。にやけてたかもなぁ。なんかさ、俺らって他の宿泊客からどう見られてるのかと思ってさ。刹那やティエリアは学生に見られるかもしれないけど、長期休暇の時期じゃねぇしな」
「あぁ、確かにね。僕たちの関係って不思議に思われるかも」
「だよなぁ。だから、考えてたんだ。で、考えた結果が、ティエリアぼっちゃんと下僕。もしくは、ティエリアぼっちゃんと家庭教師とボディガード」
「ははは。なんだい、それ?でも、ティエリアなら、どこぞのお坊ちゃんに見えるね」
ミッションなら、このお坊ちゃん設定を完璧にこなすであろう本人の姿を想像して、二人は笑う。
「僕たち四人で、こういうホテルに泊まったことはなかったけど、あの無人島、覚えてる?コンテナがあった島」
「覚えてるぜ。あの時は四人一緒だったな。確か、カレー作った」
「そうそう。ティエリアはビーカー持ってカレーを作ったんだ。何かの実験みたいだった」
「そうだな。覚えてる・・・。あれから、もう三年、いや、四年になるな」
「・・・時間が過ぎるのは早いね」
「相変わらず変わんねぇよな、俺たちは。世界も変わらねぇけどよ」
「何しろ世界が相手だからね。変えたくて変えられなかった。でも、今度こそですよ」
「・・・そうだな、今度こそだよな」
短く、けれど強く言ってから、ロックオンはソファから立ち上がる。束の間視軸を泳がせていたが、それをぴたりと止める。アレルヤもロックオンと同じ先を見る。
そこには。
宇宙にいる時より少しだけ幼さを零す、少年の後ろ姿があった。



ホテルの庭には季節の花が咲き、宿泊客たちの眼を楽しませている。ホテルの五階にあるこのカフェテリアからそれらを見下ろせば、正に花の絨毯だ。
「何を見ているんだ?」
ロックオンはティエリアの横に立ち訊く。自分よりも低い位置にある双眸は、何かを見つけるようにまっすぐ前に向けられていた。
「・・・ここは街中なのに、緑が多いですね」
「ああ、そうだな。街路樹も多いよな。自然を生かす街づくりをしているんだろうよ」
「宇宙に木を植えることは、まだ難しいでしょうが、僕はいつも見ている花が好きです。このホテルの庭のように広い場所ではないけれど、あの小さな花園が好きです」
「俺も、あの場所は好きだな」
「でも、地上で咲く花の方が、色が濃いように思います。フェルトたちも一緒なら、きっと喜んだでしょうね」
「ティエリア・・・」
白い横顔に、特別な色はない。けれど、ガンダム各機の調整が完全に終わっていない状況での休暇に、申し訳ない気持ちがあるのだろう。決まっていた休暇だが、人を思いやり、人を気遣う心を育てた子供は、地上に降りる直前まで忙しなく動き回っていた。
「なぁ、ティエリア。せっかくの休みなんだ。ちゃんと楽しまないとフェルトたちに怒られるぞ。行ってらっしゃいって、笑って送り出してくれただろ」
「分かっています。分かってはいるんですが・・・。駄目ですね。完全に安心出来る状態ではないから、気になってしまいます」
「まぁな。気にすれば気になるさ。だから、時には体も心もリフレッシュが必要なんだよ。もともと、俺とお前の休暇は決まっていたことなんだし、休みが終わるまでは、宇宙(そら)のことは忘れてのんびりしようぜ」
「・・・そうですね。刹那もアレルヤもいて四人揃っての休暇なのに、僕だけ気持ちが宇宙(そら)だと、二人にも怒られそうです」
上目遣いで少し恥ずかしそうな笑みが、ロックオンに向けられる。甘えも含んでいる表情に、ロックオンも眼を細める。が―――。
「・・・俺としては、お前と二人っきりが最高だったんだけどなぁ」
「・・・・・!」
ティエリアの頬が、サッと赤く染まる。可愛い反応だ。
ロックオンにとっては予想外の四人での休暇。少々邪魔なコブ付となってしまったのが、哀しくもあり文句を言いたくもあり。
けれど、それはロックオンの言い分であって、ティエリアたちは四人一緒の休暇を喜んでいる。予定にはなかった四人での休暇。
刹那がソレスタルビーイングに戻って来てくれたからこそ、出来たことだ。それを前にしてしまえば、ロックオンの心情は小さな我侭だ。ホテルの部屋は、多少強引ではあるがティエリアと同室にしたのだ。それで良しとしなければなるまい。
「せ・・・刹那は、どこに行ったのでしょうね」
頬の熱さを持ったまま、恥ずかしさから抜け出すためか、ティエリアが刹那の名前を出す。朝食を済ませた彼は、行き先を告げることもなく出かけている。
「なんだぁ?刹那のことが気になるか?」
「そういうわけでは・・・。でも、どこに行ったのかと思って・・・」
「休暇が決まってから、レンタカーの手配もしてたし、もしかしたら、ここからそう遠くはない場所に、知り合いが居るのかもな。地球にはあいつの、あいつしか知らない三年間がある。会いたい人が居ても、おかしくはないさ」 「刹那の、会いたい人・・・」
ティエリアの唇が小さく動く。埋めようとして埋めたくて、でも完全には埋められない、刹那とロックオンたちの三年間。当たり前だ。同じ場所で過ごしたわけではない。それでも、ぴったりとはいかなくても、三年分を共有するだけの話をしたのだ。どこへ行くとも言わなかった刹那に、ティエリアは少しの淋しさを抱いているのかもしれない。
「やっぱり気になるんだろ。素直に言えよ?」
「だ・・・だから、違います。あなたが言うように、刹那の知り合いがこの近くに居るかもしれませんし・・・。でも、何も言わずに行かなくてもいいのにとも思ってしまって・・・」
「はいはい。言葉の少ない刹那くんのおかげで、ティエリアが淋しがってるって、あいつが帰って来たら教えないとな」
「別に淋しがっていません!」
唇を尖らせ否定するティエリアだが、強く否定すればするほど事実だと言っているようなものだ。ロックオンは苦笑する。嫉妬までのことではないけれど、なんとなく面白くないと思ってしまうのは、許して欲しい。
「じゃあ、刹那のことはとりあえず流すというか、無視というか、どうでもいいとして」
「・・・それはそれで、酷いですが・・・」
「いいんだよ。ここに居ないのが悪い。俺たちは俺たちで、休暇を楽しもうぜ」
ロックオンはティエリアの背に軽く手を添えて歩みを促す。アレルヤの居るテーブルへ体を向けた。



刹那がホテルへ戻ったのは、翌日の午後五時を過ぎてからだ。
「日付が変わるまでには戻るって言っていたわりには、戻るのが遅かったな。ティエリアなんかお前のことを心配しすぎで、刹那刹那うるせーの」
「ロックオン!」
「えー、本当のことだろ。いいなぁ、刹那。ティエリアに心配されちゃって、お前の帰りがもうちょっと遅かったら、ティエリアが泣き出してたかもな」
にまにま笑うロックオンに、ティエリアは何か言いたげに口を動かすが、結局そこから声を発することはなかった。
それでも、刹那の反応は気になるのか、紅い瞳は物言いだけに泳ぐ。瞬間、重なり合う視線。ティエリアの唇が、再び動いた。
「べ・・・別に心配などしていない」
捨て科白のように言うと、ティエリアは刹那から顔を逸らす。これが四年前なら言葉通りで、本当に心配などしていないのだろうが、今は違うのだと分かるから、刹那は嬉しく思う。
「戻るのが遅くなって、すまない」
「だから、僕は心配などしていないから、謝られても困る」
相変わらず刹那を見ないままのティエリアに、今度はアレルヤも笑う。
「ティエリアは素直に言わないけど、心配してたんだよ。落ち着きがなかったからね」
「アレルヤ!」
「素直になろうよ、ティエリア。何かあれば連絡が入るとは思っていたけど、僕もちょっと心配した」
「・・・すまなかった」
「うん、何事もなくて良かったよ。それにしても、どこに行っていたんだい?この近くに友達がいるとか?」
アレルヤの科白をきっかけに、ロックオンとティエリアは刹那を見る。休暇中は全員仲良く一緒の行動ということはまったくないのだが、ホテルに着いた翌日に、どこに行くとも言わずに出かけた刹那が気になったのは、本人を除く全員だ。
刹那に向けられる三つの顔。刹那にしても言わないのではなく、言い出さなければならないことだ。それを伝えることで、彼らはどんな感情を持つだろう。ホテルに戻るのが遅くなったのは、刹那自身の気持ちを確固たるものにする時間が欲しかったからだ。
自分は決めたこと。あとは、選んでもらう。
刹那は、ゆっくりと息を吐いてから言った。

「―――ライル・ディランディ。ケルディムのマイスターと決めた男の所に行って来た」

無音が部屋に落ちる。突然出て来た名前にティエリアとアレルヤは戸惑うが、ロックオンは刹那を睨むように見つめている。
刹那の眼差しは真剣だ。ロックオンが何を言うのか、待っているようでもある。
沈黙を抜け出したのはアレルヤだ。
「その・・・ライルって、刹那の知り合い?」
「俺は直接知っているわけじゃない」
「そうなの?じゃあ、どうして・・・」
「ライル・ディランディは、ニール・ディランディの双子の弟だ」
アレルヤが皆を言う前に、ロックオンの声が重なる。スナイパーの眼で刹那を捉える男は、ライル・ディランディの名前を出すことになった理由を促す。
「刹那、一体どういうことだ?」
「ライル・ディランディはカタロンに所属している」
「カタロン・・・。あいつがカタロンに?」
「そうだ。世界を変えようとしている」
「お前、それを調べて・・・。いや、いつから知ってた?」
「カタロンに所属しているのを知ったのは、一年ほど前だ」
二人だけで進む会話に、アレルヤとティエリアは顔を見合わせる。
「ロックオン・・・。あなたは、ライル・ディランディという人を知っているのですか?」
ティエリアからの問いに、ロックオンはすぐに応えない。怒りなのか苦しみなのか、それとも哀しみなのか、言葉にするのが難しい表情で刹那を射抜いている。
「ロックオン・・・」
躊躇いがちにティエリアがもう一度その名を呼べば、ようやくロックオンは動いた。刹那と重なっていた眼を外し、苛立ちを隠さない口調を出す。
「何だよ、刹那。お前は新しいマイスターのために、この休暇を利用したのか」 「利用したわけじゃない。ライル・ディランディのいるカタロン支部が、このホテルからそれほど遠くなかった。それだけだ」
「それだけってな・・・。せっかくの休みなのに、何てことするんだよ。そりゃあ、俺は役立たずの元マイスターだろうさ。けどな、俺たちに何も言わず、何が新しいマイスターだ。お前が勝手に決めることかよ」
「だから、決めてもらう。選んでもらう。俺たち四人揃っての休暇なら、尚更ちょうどいいと思った。俺たちに新しいマイスターは必要だ。本人の意志はもちろん重要視することだが、ケルディムのマイスターは俺たちが選ぶんだ」
俺たちが選ぶ、と言った刹那に、アレルヤもティエリアも頷ける部分は大きい。ヴェーダがない現状では、新しいマイスターを選ぶのはエージェントたちからの情報が頼りだ。候補となる人物なら、何人かはいる。が、狙撃手はなかなか見つからない。
ソレスタルビーイングのケルディムのマイスター。その機体に相応しい人物を選ぶ。簡単なことであろうはずがない。
だからといって、あまりにも突然すぎるライル・ディランディの名には、どう反応したら良いのか分からないのが、アレルヤとティエリアの正直な気持ちだ。
「―――ライル・ディランディはカタロンに所属している。世界を変えたいと願うから、カタロンにいる。狙撃のことなら、俺が言わなくても良く知っているはずだ。俺はライル・ディランディをマイスターに推す。あとは―――」
選んでくれ、と刹那が告げる。
選ばれるのではなく、選ぶ。
もちろん本人次第だが、そこには仲間になってほしいという願いもある。
刹那が願う仲間。だが、はいそうですが、とロックオンは頷けない。頷けない理由がある。
「選べったって、選べねぇよ。俺の―――弟だぜ」
苦しさの滲んだ声音を、ロックオンは吐き出した。



暫く一人になりたいというロックオンを部屋に残し、三人はカフェテリアに来ていた。眠るにはまだ早い時間。カフェテリアで談笑する人たちも多い。
「刹那はロックオンに弟がいること、知っていたのかい?」
周りのざわめきに紛れながら、アレルヤは刹那に訊く。
「・・・俺は子供の時、ロックオンの家族を奪ったKPSAにいた。そのことをロックオンが知った日に、双子の弟が生きていると教えてくれた」
刹那の隣に座るティエリアが、驚きを顕にする。ヨハン・トリニティが齎した事実。あの無人島での出来事。
「僕はロックオンに弟がいることを、知らなかった。教えてもらってもいない。普段、家族の話とか出ないしね。ティエリアは知ってた?」
「僕も、知らない。あの人の両親と妹がテロで亡くなったことしか、知らない・・・」
「そっか・・・。きっと、スメラギさんも知らないことだよ。刹那だけなんだね。弟さんのことを教えてもらったのは」
「ロックオンも教えたくて教えたわけじゃないと思う。俺とあいつの過去に、少なからず繋がりがあった。そのことが、生きている家族のことを話すきっかけになったのかもしれない」
刹那たちは天涯孤独だか、ロックオンは違う。双子の弟がいる。生きている。
弟が生きていても、死と隣り合わせといっても過言ではない、ガンダムマイスターを選んだ。そこにあるロックオンの家族への想い。刹那が触れた、男の傷。
「でもどうして、ロックオンの弟をマイスターにって思ったの?というか、その人と会ったってことは、ここから近い場所にいるんだよね」
「近くはない。高速を使っても、ここから五時間はかかる」
「た・・・確かに近くはないね。けど、それでも会いに行ったのは、直接話しがしたかったからだよね」
「話しはしていないし、直接会ってもいない。俺はロックオンから弟のことを聞いていたから、気になっていた。だから、ライル・ディランディを捜した。探し出せたのが一年前だ。ごく普通に働いて生活をしているのなら、それで良かった。けれど、そうではなかった。ライル・ディランディは俺たちの仲間になれる。俺は、そう思う」
ロックオンの弟というだけで、マイスター候補として名を挙げたわけではなく。刹那の言う、自分たちの仲間になる理由。
ライル・ディランディはカタロンにいる。
カタロン―――反政府勢力。
何故、ライルがカタロンにいるのか、その構成員となる原因があったのか分からない。けれど、カタロンの構成員である事実が、刹那の迷いを無くすには充分だった。
しかしである。
たとえ刹那自身がマイスター候補に推す男であっても、急に決めることなど出来はしない。まして、ロックオンに関わることだ。カタロンにいるという情報だけで、こちらからの接点もないのに答えは出せない。
「・・・僕はロックオンの気持ちを優先したい。刹那の言うことも分かるよ。彼がいる場所を考えるなら、僕たちの仲間になってくれるんじゃないかって思う。だけど、そう思うっていうだけだ。僕には選べない・・・」
ごめん、と力ないアレルヤの謝りに、刹那は無言を返す。そこに、ライルをマイスターにすることへの諦めはない。
「ティエリア、お前の考えを聞きたい」
刹那は瞳にティエリアを映す。赤茶色の色に見つめられて、ティエリアは少し眼を伏せた。
「・・・僕は」
何をどう話せばいいのか分からず、言葉に詰まる。周囲の賑やかさえ遠い出来事のようなほど、今のティエリアの意識は狭い。
「僕たちは、ライル・ディランディがどんな人間なのか知らない。それは僕たちも同じで、僕たちも最初からお互いを知っていたわけではない。選ばれて集まって、そこから何もかもが始まった。けれど、ロックオンにとっては唯一の家族なのだろう。その家族を戦いの場に出すなんて、出来ないと思う」
「戦いに巻き込むんじゃない。共に戦う仲間になれる。俺は、ライル・ディランディを諦めたくはない」
「何故、ライル・ディランディに拘る?」
今度はティエリアが刹那に疑問をぶつける。諦めたくはないという刹那の、もっとはっきりとした気持ちが知りたい。
ロックオンの弟でカタロンの構成員というだけではない理由があるはずだ。
刹那はきょとんとした表情を見せたが、すぐに消えた。
「・・・拘る。そうだな、俺は・・・」
少しの間、刹那は輝く天井を仰いだ。
五番目のマイスターになって欲しい男。否、マイスターになるはずだと思う男。
拘っていると言われれば否定はしない。それだけの想いが刹那にはあるから、途切れた言葉の続きを始める。
「これは、俺の一方的な感情なんだろうな。俺はロックオンの家族を奪ったテロ組織にいた。それは、ライル・ディランディにとっても同じだ。ライル・ディランディが仲間になれば、いつか話すことになる。ロックオンは、俺に恨みを向けてきた。もちろんそれは、一時のことだったが、ならばライル・ディランディはどうするだろうと思った。俺という存在。テロ組織。どうすることも出来ない歪みも、うねりも、世界中に散らばっている。俺の過去を知ることで、歪みやうねりに挑む強さを持てたらいいと思う。俺を恨んでくれてもかまわない。俺の過去は消えない。それでも、俺たちと近い場所にいる男だ。一緒に戦えるはずだと思った。戦いたいと思った」
刹那の過去とロックオンの過去の交わりの先に、ソレスタルビーイングがある。ならば、刹那とライルにも、交わりの先に続くモノがあるはずだ。一方的で身勝手な話しだと言われようと、もう決めたこと。譲れない想い。
曝け出された刹那の胸の内に、ティエリアとアレルヤはどう応えるべきか迷う。
ロックオンの弟という意識が強すぎて、マイスターに推されても選べない、決められない。
が、ライル・ディランディとして見たとするならば。
反政府組織のカタロンにいる事実は、ソレスタルビーイング側から接点を持つにはちょうどいい。
ライルはカタロンの構成員になる理由があったからこそ、そこにいる。戦う理由がある。武器を持つ決意がある。世界に挑んでいる。
ヴェーダなら、ライルを選ぶだろうか。ライルに決めるだろうか。
たった一人。たった一人を選ぶことが、これほど難しいなんて。
ティエリアもアレルヤも知らなかった。けれd、自分たちはどこかで選ばなければならない。このままケルディムのマイスターの空白が続けば、ソレスタルビーイングには痛手だ。
「・・・僕はやっぱりすぐには選べない。でもね、刹那の気持ちを聞いてしまったら、選べないって言うことは狡ことだと思ったよ。僕たちの仲間を決めるのは、僕たちだもんね」
自分に言い聞かせるように言うアレルヤに、刹那は頷く。
「そうだ。選び決めるのは、俺たちだ。強引だと言われても勝手だと言われても、俺の中ではライル・ディランディしかいない。直ぐに答えを出せとは言わないが、考えて欲しい」
「刹那は自分の気持ちを、もう一度ロックオンに伝えるべきだ。さきほどの話しでは、君の言葉が足りない。けれど、僕はロックオンの家族を、弟を僕たちの仲間に選びたくはない。あの人は、家族を大切にしている。大切にしているんだ。刹那の気持ちが理解出来ないわけではない。自分を憎ませても仲間にしたいなんて、僕には言えないことだ。でも、ロックオンの弟が僕たちの仲間になったとしたら、あの人は弟のことしか見えなくなってしまいそうだ・・・」

「俺は、そんなにブラコンに見えるのか?」

ふいに落ちてきた声に、三人は顔を上げる。
「・・・ロック・・・オン」
喉を震わせたティエリアに名前を呼ばれた男は、少し疲れた笑みを浮かべた。
「弟しか見えなくなるって所しか聞こえなかったんでね。話の内容はさっぱりだが、お前ら俺のことを気付かないくらい、真面目にライルの話しか?」
アレルヤ隣に座るロックオンの行動に、三人の唇が止まる。ロックオンがホテルの部屋からここまで出て来るとは思っていなかった。
だから、ここまで来たということは、ロックオン自身が見出した答えがあるということなのか。刹那の新しいマイスター発言から、それほどの時間が過ぎたわけではない。が、その短くも流れた時間の中で、何かを決めたのだ。ロックオンは、そういう顔をしていた。
「・・・お前らを部屋から追い出して一人になって考えたところで、答えなんざ見つかりゃしねぇよ。何の前触れもなくライルの名前が出たからなぁ、混乱した。結局、混乱したままだ。だから―――」
あいつに選ばせる、と。
これが俺の出した答えだと、ロックオンは行った。悩む影を残しながらも、はっきりと告げる。
「ロックオン・・・。それって、弟さんを僕たちの仲間にするってこと?」
アレルヤはロックオンに確認する。ロックオンが決めたことなら、その気持ちを優先したい。けれど、家族のことなのだ。この短時間で、急ぐように決めてしまうことではないと思う。
「仲間にするっていうか・・・。ライルに責任転嫁だな。俺があいつのこれからを、決めるんじゃないさ。刹那にもあいつの名前を出したことに、理由はあるんだろう。単に俺の弟だからってわけじゃないことくらい分かるし、あいつが今いる場所がなぁ、なんでだよって思うさ。俺は、あいつが商社で働いていることは知っていたけど、まさか反政府組織にいるなんて考えねぇよ。何かがあって、会社を辞めた。辞めるだけの理由があった。あいつが本気で世界と向き合うなら、今の場所に拘る必要はない。俺たちを選んでも、おかしくはないさ」
ロックオンが冷静に判断した結果なのだと伝わる内容だが、それでも納得出来ない者はいる。ティエリアだ。
「嘘だ。あなたは嘘を言っている」
「ティエリア・・・?」
「だって、そうでしょう。あなたは家族を大切にしている。ただ一人の弟なら、血の繋がりがある家族なら、戦いの最前線ともいうべき僕たちの仲間になれとは言わない。弟を仲間にしたくないと、僕たちと同じ道を選ばせたくはないと言えばいい」
体を乗り出す勢いのティエリアに、ロックオンの頬が優しく緩む。
「戦いの最前線ってのは、命の最前線ってことだ。それは、あいつも同じといえば同じだろうよ。だから俺は、あいつの本気を確かめたい。俺たちのことを話し、俺のことを話し、その上で決めさせる。あいつが俺たちを拒否すればそれまでだが、そうじゃなければ俺はあいつを受け入れる。仲間にする。だから―――」
お前が行け、刹那、とロックオンは言う。これはお前の役目だと。
静かで熱い眼と眼が、重なり合う。
「・・・俺が行ってもいいのか?ティエリアの言うように、お前はここで家族を選びたくないと言える」
「そうだな。本音を言えば、あいつにはまっとうに生きて欲しいさ。そのために戦ったんだ。でも俺が願っていた道とは、ちょっとズレちまったんだよ。そのズレが俺たちに通じるものがあるなら、あいつは俺たちを選ぶ。きっとな」
ロックオンが選んだ答えが示される。最後に決めるのはライル・ディランディだが、刹那が選ばせロックオンが選んだ、ガンダムマイスターになるかもしれない男。
それを反対しようと拒絶しようと、もう覆ることはないのだろう。ティエリアは自分のことではないのに、何故か泣きたくなった。ぼんやりと滲み始めた世界に、ティエリアは慌てて俯く。
「・・・どうした、ティエリア?」
急に顔を下に向けたティエリアに、刹那は気遣うように尋ねる。
「もし・・・もしもライル・ディランディが僕たちを選んだら、ロックオンはミッションのたびに辛くなる。弟の無事を見るまで、苦しくなる。僕は家族がどういうものなのか知らない。けれど、大切なことは分かる。その家族のことを思えば、あなたが平気でいられるはずがない」
家族を知らないティエリアの精一杯の反論に、ロックオンの胸が震える。家族がソレスタルビーイングにいることで、個人的な感情の揺れが生じるかもしれない。ティエリアの心配も理解出来る。けれど。
刹那の気持ちやロックオンの気持ち、どちらかを重視するのではなくて。
ソレスタルビーイングにとって、より良い結果となるものを選ぶ。冷静にその人物を見極める。弟の名前が出たことは予想外だが、そのことに少しでも意味があるのなら、兄ではなくソレスタルビーイングの一員としての顔になる。
「いいんだよ、ティエリア。居ればいいって言ってんだからさ。兄弟そろって似たようなことやってんだ。あいつにも自分への覚悟がある。それにな、俺は弟だけが大事ってことはねぇぞ。お前らみんなが大事なんだ。あいつだけ特別視しねぇよ。だから、あいつに俺たちっていう選択肢を与えてみてもいいと思う。頼むぜ、刹那」
曇りのないロックオンの声音に、刹那はしっかりと頷く。
ロックオンガいいならアレルヤは納得し、ティエリアはまだ何か言いたそうな顔。四人それぞれの表情を見せながら、動きは一つの方向に進む。
ケルディムのマイスターを一人の男に絞り、遠くはない未来に繋がる確かな一歩が、ここから始まろうとしている。