最後に見たのは、蒼い蒼い地球。
最後に思い浮かべたのは、あいつ。
俺は。
死というものを、はっきりと実感したんだ。



モニターに映し出されるアリオスとケルディムの模擬戦の様子を、ロックオンと刹那、そしてスメラギは肩を並べて見ていた。
模擬戦といっても、今回はケルディムのシールドビットの動きを見るのが目的だ。実弾ではなく、青色のインクが入った模擬弾を使用しての、動作確認である。アリオスにはアレルヤ、ケルディムにはティエリアが搭乗している。
「あらら。ケルディムが、だんだん青くなるなぁ」
モニターを見つめながら、ロックオンは呟く。
アリオスのビームライフルから連射される模擬弾は、ケルディムのシールドビットの間を抜け、機体本体へとぶつかって行く。濃い緑の機体には、鮮やかな青が、あちらこちらに散っている。
「あーあ。こりゃあ、ハロにもっと頑張ってもらわねぇと駄目だな」
「そうね。マイスターが射撃に集中出来て、且つ機体を護るための盾だというのに、これじゃあちょっとね・・・」
ロックオンの声に、スメラギが応える。
シールドビット。
デュナメスにはなかった機能だ。動く盾、とでもいうのか。
デュナメスの後継機であるケルディムも、射撃戦に特化した機体だ。戦闘時、マイスターが射撃に集中出来るよう、機体制御はハロの役目になる。これはデュナメスも同様だったが、ケルディムには新機能としてシールドビットが追加された。敵からの攻撃から機体全体を護る、動く盾の群れである。このシールドビットの制御も、ハロが行う。
「ケルディムの回避の動きより、シールドビットの動きの方が鈍いな。ハロの制御能力を、シールドビット優先にした方がいいんじゃないのか?」
「そうねぇ。本当は両方完璧が望ましいんだけど・・・。あとは、イアンさんと相談ね」
ロックオンとスメラギの会話を聞きながら、刹那は初めて眼にするその動きを見ていた。
シールドビットについて事前に説明を受けてはいたが、やはり実際に見ると動き回る盾が良く分かる。精密射撃の機体だけに、マイスターがコクピットのスナイパーライフル専用のスコープシステムを覗き込めば、瞬時の回避行動が出来なくなる。なので、マイスターをサポートするために、ハロがいる。
ハロはシールドビットと機体自体の動きを担っているのだ。小さな丸い体は、マイスターを護るために必死なのだが、シールドビットの反応の遅さは否めない。
それでも刹那には、デュナメスにはなかった新しい機能が、命を護る盾に思えた。
「シールドビット・・・。デュナメスになかったのは、少し悔しい機能だな」
刹那の呟きに、ロックオンは肩をすくめる。
「過ぎたことを言っても仕方ない。それに、俺は自分の腕を信じてたもんでね。敵さんの攻撃を受けても、全部残らず堕とせると思ってたんだよ。でもなぁ、最終的な結果が、今こうして生きているわけだ。デュナメスはスナイパーモードになると、どうしたって隙が出来る。その隙を埋めるための盾を必要としたのは、自然の流れだな」
「ケルディムはセラヴィーのように、GNフィールドが展開出来るわけではないから、防御を考えてのシールドビットよ。デュナメスは、防御面が甘かったから・・・」
ロックオンに続いたスメラギの言葉は、何かを残すように途切れた。それは、右目を失ったロックオン・ストラトスへの、やるせない思いを反映している。だから、新たな機体には、新たなシールドビットが追加された。
ロックオンは、小さく口の端を上げる。
「デュナメスのことで何かを行っても今更だし、さっきも言ったけど、俺は自分のスナイパーとしての能力を信じていたからな。自信ってヤツだよ。当時の、ソレスタルビーイングの俺に対する認識も、そうだろうよ。デュナメスにはフルシールドがあったわけだし、防御面はそれでカバー出来るってな。大体、ガンダム自体がそんなにやわじゃない。だからさ、デュナメスは完璧で最高の機体なんだよ。シールドビットは、俺っていう苦い経験があって、作られた機能だ。それに・・・もし、俺の後継者になるマイスターが見つからなかった時は、俺がケルディムのマイスターだからな。片目のないマイスターじゃ、とっさの回避は出来ねぇし、俺じゃない新しいマイスターなら尚更、防御を厚くした方がいいだろ」
ロックオンはモニターに映るケルディムに、自分の愛機だったデュナメスを重ねながら二人に語る。片目を失ったのは、誰の責任でもなく、己が護りたかった人を護った結果だ。後悔など、あるはずがない。
そして、家族の敵を前にして、マイスターではなくニール・ディランディとして私怨で戦ったことも、後悔はしていない。
ただ―――。
自分が生きていたからこそ知った、どうしようもない苦しさがある。
一人の少年を想う時、今でも、きっとこれから先も消えることのない苦しさだ。
けれど、その苦しさは、ロックオンとは比べ物にならないほど、彼に与えてしまったものなのだ。だから、ケルディムの防御装備は、デュナメスよりも更に高い性能となった。スナイパーモードの機体を護る盾は、第二のロックオンを生み出さないための盾だ。
「と言ったところで、俺がマイスターとしてケルディムに乗ることはねぇよ。ケルディムのマイスターは、ちゃんと見つかるさ。後は、そいつとお前らに任せるよ」
穏やかな口調と穏やかな表情で、ロックオンは言う。右目を失いマイスターではなくなった男は、自分の後継者が現れた時、躊躇いなく「よろしく」と右手を差し出すのだ。
否、本当は心の片隅で、再びガンダムの操縦桿を握りたいと思っている。その気持ちが主張をするとこはないのだけれど、スナイパーとしての本能のようなものかもしれない。いつだって、スコープの先を見ていたいのだ。
本音を言えば、誰かに譲りたい場所ではないのだ。しかし、ガンダムマイスター、ロックオン・ストラトスの役目は終わった。頭のてっぺんからつま先まで、ニール・ディランディの顔でスコープの先を見たあの瞬間から、きっとマイスターではなくなったのだ。
それでいいと思う。代わりに、通称なんでも屋である全体的なサポートを選んだ。選ばせてくれた。生死を共にした仲間と、これからも進んで行ける。まだ自分にも、出来ることはある。役目がある。居場所がある。こんなに嬉しいことはない。
「・・・俺はデュナメスに隙があったとは思っていない。確かにシールドビットは優れた機能だが、ロックオンの言うように、デュナメスは最高の機体だ。そして、ロックオン以上の最高の狙撃手が見つかる可能性が高いと、断言出来ないのも確かだ。でも、俺はそれでもいいと思う。ロックオンの後を継ぐであろうマイスターに、最初から完璧を求めるのは酷だ。そのためのシールドビットだというのなら、そのための俺たちでもある。仲間のフォローは、俺たちがちゃんとやる。だから、お前は安心して俺たちを見ていればいい」
ロックオンの纏う空気は本当に穏やかで、刹那はそれを少し淋しく感じる。
これから選ばれる仲間とロックオンを比べてきてしまうかもしれない怖さを、刹那を含め仲間たちは思っている。だから、最初から完璧を求めない。自分たちのように、充分な訓練期間を設けることは無理だろうから、戦場で生き残るための腕を身につけさせることが肝心だ。その後に、二代目の狙撃手となって欲しいと思う。
勝手な希望をまだ見ぬ仲間に抱くのは、未だに見つけることの出来ない歯痒さがあるからだろう。
ロックオンの手が、刹那の頭に置かれる。
「ああ、ちゃんと見てるよ。俺たちが信じる戦いを背負うお前たちを、ずっと見てる。新人クンのことも頼むな」
くしゃりと刹那の髪を撫でるロックオンの左目が細められる。それは、マイスターの顔ではなく、兄のような温かさがあった。
「じゃあ、今日の訓練はここまでにしましょう。ロックオン、イアンさんとティエリアと一緒に、シールドビットの調整をお願い出来るかしら?」
「了解だ」
スメラギがありがとうと言い、アレルヤとティエリアに訓練の終了を告げた。モニターの中で、二機の機体が止まる。ロックオンと刹那は、訓練を終えた仲間を迎えるため、格納庫へ向かった。



半重力の空間に、緑色のパイロットスーツがひらりと舞う。右手にハロ、左手にメルメットを抱えた細い体が、音もなくふわりと格納庫の床に足を付けてから、ロックオンは声をかけた。
「ティエリア、お疲れさん」
訓練とはいえ、操縦桿を掴めば実戦に近い緊張感が生まれる。少し疲労の色が見える白い顔に、ロックオンの眉根が寄った。
「大丈夫か?疲れた顔、してるぞ」
ティエリアに抱えられているハロへと手を伸ばし、ロックオンはケルディムから降りたばかりの彼との距離を縮める。
「いえ、疲れていません。ただ・・・」
自分の手からロックオンの手の中へ移る球体を見てから、ティエリアは体の向きを変えた。降りたばかりの機体を見上げる。モスグリーンの機体に広がるブルーを睨んだ。
「これでは、僕は確実に三度は死んでいる」
「オイオイ、そりゃあ大袈裟すぎないか?」
「大袈裟ではない!シールドビットのテストだろいうのに、これではシールドビットが無いのと同じだ・・・」
新システムが上手く動かない焦りと、苛立ちを混ぜた声音が吐かれる。ロックオンはティエリアと肩を並べて立つと、眼の前の機体を視界に納めた。
「焦るなよ。新しい機体に、新しいシステムだ。最初から、何の問題もありません、とは行かないさ」
「ですが、これではシールドビットの意味がない」
「まぁ、ちょっと予想外だよな」
苦笑しながら、ケルディムの足元から頭のてっぺんまで眺める。
モニター越しでも鮮やかだった模擬弾のブルーが、モスグリーンの中で主張をしている。シールドビットが、本来の半分も機能していない証拠ともいえるだけに、ティエリアの苛立ちは理解出来る。
しかし、何事もシミュレーション通りにはならない。まだ時間は充分ある。焦る必要はないのだ。
「とりあえず反省会は後にして、お前は着替えてシャワー浴びてこい。ほら、アレルヤが迎えに来たぞ」
ケルディムより先に、格納庫に戻ったアリオスを出迎えた刹那が、アレルヤとロックオンたちの方へ向かってきた。彼らの後ろにはイアンもいる。
「アレルヤ、お疲れさん」
「ありがとうございます。でも、僕よりティエリアの方が、大変だったかな」
心配顔のアレルヤへ、ティエリは無言を返す。少し俯いてしまった彼からは、悔しさも滲み出ていた。
それは、シールドビットの開発の中心が、ティエリアとイアンだということもあるからだろう。人一倍、責任感の強い彼は、今回のテスト結果に不満だらけだ。
「イアン・ヴァスティ。僕の着替えが終わったら、シールドビットのプログラム再構築にはる。良いな?」
「ああ、分かった。まったく、こんなに動きが悪いとはなぁ」
短い髪をガシャガシャと掻くイアンから、大きな溜息が零れた。
「あー、それなんだけど、俺もシールドビットの調整に、加わることになったから」
「そうなのか?」
ロックオンが告げた内容に、イアンは短くも驚きを含んだ声を上げる。ティエリアも、そういうことは聞いていないとばかりに、瞳を見開いている。
「今のシールドビットのテストを見ながら決まったんだよ。ミス・スメラギから、よろしく頼まれた」
「まぁこっちとしては、やっぱりスナイパー視点の意見も聞きたいから助かるが・・・」
語尾を濁すイアンが続けたい言葉が、ティエリアには分かる。なので、彼はそれを言う。
「しかし、あなたはトレミーUの全体管理、エージェントとの交渉、基地内の状況・・・」
「ちょっと待った。お前の言いたいことは分かる」
ロックオンは、ティエリアの唇を止めるため、少し早い口調で声を重ねる。
「俺はさ、どれもメインでやってる仕事ってわけじゃない。トレミーUのことならミス・スメラギも分かってるし、基地内のことは各担当者の方が詳しい。俺はお助け的な位置だから、そこにシールドビットのことが加わっても、たいしたことないぜ」
「ですが、あなたには日々の頼み事や相談事をするスタッフが多い。これ以上、仕事を増やせば、あなたの負担が大きくなるだけだ」
マイスターたちの良き兄貴であるロックオンは、この基地内のスタッフたちにも良き兄貴だ。仕事だけではなく、個人的にいろいろと話すスタッフも少なくないし、ロックオン自身が彼らと関わりを持とうとしている。いつだって、誰かに呼ばれている。
休み間もなく動く男を心配して、ティエリアの口調は強くなる。が、ロックオンは彼に微笑んだ。
「お前が気にすることじゃないし。俺は見た目ほど忙しくないんだよ。ミス・スメラギも無理じゃないと分かっているから、俺にこの話をしたのさ」
「でも・・・」
「大丈夫だ、ティエリア。この男が問題ないと言っているんだ。力一杯、使ってやれ」
納得の出来ないティエリアに、刹那がきっぱりと言い切る。妙にきっぱりとしているので、ティエリアは思わず笑ってしまった。
「なんだか、君に言われると、そうなのかと思ってしまう」
「コラコラ。刹那の、使ってやれに納得してくれるな」
少々情けない顔で眉根を下げるロックオンに、今度はアレルヤが追い討ちをかける。
「刹那とティエリアは仲良しだからね。ロックオンより刹那の言うことの方が、素直に受け取れるんじゃないかな」
「だーかーらー!俺は素直に現状を話しているんだ!」
「うーん。当事者と第三者の違い?」
「お前ねぇ。疑問系で言うなよ。勘弁してくれ・・・」
これでもかというほどの溜息を吐き出せば、上目遣いのティエリアと視線が重なった。
「ティエリア・・・?」
「僕はあなたに無理をして欲しくないだけです。これ以上の負担が、気になって・・・」
「あぁ、分かってるよ」
ロックオンの双眸が、柔らかくなる。語尾の弱くなってしまったティエリアが、気に病むことがないように、彼は愛おしさの色を湛えて頷き返した。
「つーことで、アレルヤとティエリアは、パイロットスーツから着替えること。二時間後に、第三ミーティングルームに集合な。おやっさんとミス・スメラギと俺ら四人で、今の模擬線の検討会だ。それを踏まえてのシールドビットの調整になるから」
「分かりました。ティエリア、行こう」
ロックオンに応えたアレルヤが、ティエリアの肩を軽く押す。彼らの背中を見送ってから、イアンがにんまりと笑った。
「あのティエリアが、随分と可愛くなっちまったもんだよなぁ。特にお前さんが絡むと、余計に可愛くなるもんだ」
無精ひげの顔は、どこか満足そうでもある。ロックオンや刹那たちより前から、ティエリアを知る男だ。ヴェーダの申し子から、自らを解放した子供の変化を、望ましい方向だと嬉しく思っている。
「別に俺だけじゃなくて、あいつは誰に対しても、ちょいと心配性になってんだよ」
「そうかぁ。まぁ、そういうことにしておいてやろう。でも、あいつが変わったことに大きく関わっているのは、やっぱりお前さんだよ、ロックオン。辛い時期もあったが、良い子になった・・・」
イアンとしては、父親にも似た気持ちを持っている。それはティエリアだけに限ったことではないが、今は亡き親友のモレノが特に気にかけていたこともあり、イアンも自然と彼のことを意識するようになっていた。
子供は成長する。真っ直ぐしかなかった世界を両側に広げ、哀しみや辛さや苦しさを知り、同時に人を愛する心を覚えた子供。全てロックオンが教えたであろう、人の心だ。
「俺は、少し不安だ」
イアンとロックオンの間で、刹那の低い声が落ちる。
「刹那?何だ、不安って?」
唐突な科白に、ロックオンは首を傾げる。イアンも刹那が続ける言葉を待っていた。
「・・・俺は、俺のいなかったこの三年間のことは、詳しく知らない。それでも、イアンの言うように、ティエリアが変わったことは分かる。あいつが、ここまでソレスタルビーイングを引っ張って来たことも、今のその中心にいることも、再び世界を相手に戦う意志の強さを持っていることも分かる。しかし、それらの想いを支えているのが、ロックオン・ストラトスという人間だ。あいつの土台なんだと思う。もし万が一、お前に何かあったら、今度こそあいつは崩れてしまう。立ち上がれないほどに、傷ついてしまう。あいつの世界は、お前が軸になっているんだ。違うか?」
淡々と、けれど真正面へとぶつかって来る刹那に、ロックオンは逃げられない。
「三年前の戦いで、デュナメスだけがトレミーに戻って来た時のあいつを、俺たちは知っている。俺は、あれからの三年間を知らないが、あの時のことと、ここに戻ってからのあいつを見ていれば、やはり危うさがあるんだと思えてならない。それほどまでに、あいつにとって自分が特別だと認識しているのか、ロックオン」
どこかの機会で話せたらいいと思っていたことを、刹那は言う。そのどこかが、今だと思った。ティエリアとロックオンの会話、そしてイアンが見せた想い。ロックオンの本音を引き出すには、ちょうどいい。
そんな刹那の胸の内を知ってか、それともいつか誰かから聞かれることだと分かっていたのか、ロックオンは暫し何かを考えるように眼を伏せた。無言の時間は、それほど長くはなかった。

「・・・俺は、ティエリアが好きだよ」
ロックオンの、告白が始まった。

「アレルヤにも同じようなことを言われたよ。お前ほど、ストレートじゃなかったけどな。きっかけは、ヴェーダしか見ていない子供を、俺たち仲間がどれだけ大切なのか、教えようとしたことだな。きっかけなんて些細なことで、俺はティエリアのことが放っておけなかったんだよ。ヴェーダのためなら死さえ厭わないって奴だったからな。そういうとこをどうにかしたいって思って、思って思い続けて、俺はいつの間にかあいつを好きになってた」
ロックオンは手の中のハロを撫でる。まるでそこにティエリアが居るように、慈しむ眼差しで。
「・・・俺はあの日、自分は死ぬんだろうなっていう予感があった。実際、出撃する前から、俺はニール・ディランディに戻っていたからな。でも、それで良かったんだ。俺はずっと家族の仇を討ちたかった。そのために死ぬのなら、死ねるのなら満足だった。家族の仇が眼の前にいれば、どうしたってそういう気持ちになっちまう。あの時は、それしか考えてなくて、後のことなんて何も考えも思いもしなかったよ。なのに、そんな俺が死を覚悟した時に思ったのは、あいつのことでさ。ホント、マジで惚れてんだなぁって実感しちまった」
ハロの小さな両目が、チカチカと光る。いつもは賑やかな球体も、ロックオンの話を静かに聞いているようだ。刹那もイアンも、己を語る男を見つめる。
「あいつに惚れてることを実感しても、死ぬことに後悔はなかったんだ。先に逝くけどごめんなって。意識がなくなるまで、ごめんって謝ってた。そうはっきり覚える。でも俺の人生は、まだ終わらなかったわけだ。不思議な気分だったぜ。泣いてるティエリアが眼に映って、地獄のわりに妙にリアルだなってさ。俺は自分が生きていることにびっくりして、何で生きているのか暫くそればかり考えてた。嬉しいと思う余裕がなかったな。でもよ、ティエリアが泣くんだよ。ホント、よく泣くんだよな。俺が生きていて嬉しいって、泣きながら言うんだよ。俺は漸く生きていたことを嬉しく思えたよ。あいつを置き去りにして、死へ向かった男のために泣いてくれる。あいつが俺に、仲間以上の感情を持っていることは、分かるさ。俺はそういう気持ちで、あいつに接していたからな。でもあいつの感情が、俺と同じなのかはなんとも言えない。お互い、特別な意識を向けるだけ向けて、はっきりとした言葉は言わないままだからな。でも、俺と同じ想いでいて欲しいと思うし、ぶっちゃけ欲を言えば、戦いなんてどうでもよくて、あいつと二人で出来れば俺の故郷でひっそり生きられたらいいって思うよ。刹那、あいつの不安定さは確かにあるさ。けど、俺も同じなんだよ。あいつに何かあったら、俺の方こそどうにかなりそうだ」
長い長いロックオンの告白が途切れる。ここで終わりなのか、まだ続くのか判断することは出来ないが、彼の唇は動かない。
「ロックオン。おいつはお前と同じ気持ちだと俺は思う。だから危うい」
「そうか?俺はあいつと一緒に生きたいよ。そうしたら、その危うさも護れるだろ」
これから始まるであろう戦いを、どうでもいいと言った男は、遠い未来を夢見るように小さく口の端を上げた。変わらない世界を嘆くだけじゃなく、戦いから眼を背けることは出来ない。それが分かっていても、あえて戦いなどどうでもいいと言ったのは、それだけ本気だということなのだろう。
はっきりと見えていなかったロックオン・ストラトスの内面に触れたことに、刹那は二度目の敗戦は絶対にあってはならないと思った。大切な仲間を失いたくない気持ちは誰もが持っているが、それ以上に強く願う。ソレスタルビーイングは、世界を変える力になるのだ。それはきっと、ロックオンが望む未来へ繋がって行く。
「自覚があるなら、気をつけることだ。あいつを支えられるのは、間違いなくお前なんだ。だから、戦いが始まる前も始まってしまってからも、未来の話をあいつと沢山すればいい。そうすれば、願いは叶う」
「夢物語を夢で終わらせないようにってか」
「そうだ。言葉には力がある。俺たちは言葉にした願いのために戦う」
刹那の芯の強さは、三年前と変わっていない。そういう強さを、ロックオンは羨ましく思う。何があっても決して揺れない心であり想い。
ロックオンの心には、少しヒビが入っていた。彼の根底には、家族があった。だから、所詮はロックオンはニール・ディランディでしかない。ニール・ディランディなのだ。だが、それでいい。自分が選ぶ道は、あれしかなかった。ティエリア・アーデを一時期動けなくするほど深い傷を負わせてしまった過去であっても、後悔はしていない。その過去を抱き、未来を求めたい。
家族のための戦いは、三年前に終わっている。今度は、自分の願いのために戦ってもいいだろうか。
「願いか・・・。自分のために願うのは、悪いことじゃねぇよな」
「・・・そうさ、ロックオン。思う存分、願えばいい」
それまで黙していたイアンが、明るさを込めた口調で言う。
「好きな奴の話は最高だよな、ロックオン。ソレスタルビーイングにいると、どうしたって戦いに関することが話の中心になるからなぁ。でも、まさかここで、お前の本気を聞くことになるとは思わなかったが、ティエリアを好きになってくれてありがとう。モレノの分も礼を言う」
「おやっさん・・・」
「ソレスタルビーイングは、弱い者の集まりだ。みんな、いろいろな傷を負っている。その傷を唯一持っていなかったのが、ティエリアだ。でも、その傷をあいつは知った。知ってしまえば、知らなかった頃には戻れない。あいつは、脆くなったよ。けどな、どうしよもない痛みを知っているから、ソレスタルビーイングは生まれた。戦う理由が、世界のためでも好きな奴のためでも、自分の願いのためでもいいじゃねぇか。世界を相手にするんだ。戦う理由は一つじゃなくていいさ」
ロックオンの気持ちを肯定する響きが届く。仲間達の父親的存在は、やはり父親だ。
「ああ、ありがとう。俺はあいつのためにも、刹那たちのためにも、全力でサポートするさ。そして、今度こそ世界を動かして、俺の望むものを手に掴んでみせるよ」
「その意気だ。二度目の戦いだからこそ、手放したくないもんは大事にしろよ」
イアンと刹那の言葉が、ロックオンの胸に染み込む。自分の周りには頼りになる仲間がいる。自分に勇気をくれる。十四歳で止まったニール・ディランディの先を歩みたい。終わらなかった命の続きは、戦いの先の未来だ。その前に、二度目の世界への喧嘩が待っている。
未来への再生は、これからだ。