僕たちマイスターのリーダーであり兄貴分、そしてプトレマイオスクルーのみんなが大好きな男の死。誰もが受け入れがたいその事実を前にして、一番感情的に心のままに泣き叫んだのは彼だ。
もう立ち上がれないのではないか、もう戦えないのではないかと思うほど、彼は蹲り細い背中を震わせたのだ。あんなにも激しく泣く彼のことを、僕たちは知らない。同時に、それほどまでに彼らの距離が近かったのだと知る。
常に尖った冷静さを纏っていた彼の雰囲気が柔らかくなった、と気付いたのはいつだったか。そこに男の影響が多大にあると知ったのは、男が彼に向ける眼差しの優しさが物語っていた。
男と彼。
二人にしか分からない何かの崩壊と、戦いの終焉。
否、終焉ではなかった。世界は何も変わらない。
そして、僕たちは生きている。
何より、死という事実で僕たちの前から消えた男―――ロックオン・ストラトスが生きていたのだ。



1Gの重力があるエリアには、ここが宇宙だということを忘れてしまいそうな場所がある。温室だ。決して広くはないが、色とりどりの花の群れは、長く宇宙にいる人間にとって癒しの空間だ。
今日もティエリアの姿をそこに見つけて、アレルヤは困ったように眉根を寄せる。花々に囲まれたベンチに座り、ぼんやりとした視線を漂わせている。
薄い水色のパジャマに白いカーディガン。元々筋肉質ではなかった体が、一回り小さくなったと思うのは、アレルヤだけではない。彼は白い横顔へ近づいた。
「ティエリア、あまり部屋から出たら駄目だよ」
眼鏡の奥の紅い色が、ゆっくりとアレルヤを見上げる。
「隣、座っていい?」
小さく頷く彼に笑みを返し、アレルヤは木製のベンチへ腰を下ろす。花の香りが、二人を包む。
「フェルトが捜していたよ。お昼なのに、まだ部屋に戻らないって」
アレルヤを映していたティエリアの目が逸らされる。この先に続く会話が分かっているからなのか、視軸を落とした横顔は少し居心地が悪いようにも見える。
アレルヤは息を吐く。
―――ちゃんと食べないと、元気にならないよ
この一ヶ月、何度となく繰り返された科白だ。連合軍との戦いで、体に深い傷を負ったティエリアの意識が戻ったのは二ヶ月前。戦いの終わりから十ヶ月が過ぎていた。アレルヤは、ティエリアが目覚めた時には、既にリハビリを終え自由に体を動かしていた。
モビルスーツの残骸が漂う中で、二人を見つけソレスタルビーイングの宇宙拠点に辿り着かせたのは、スメラギたちトレミーの仲間だ。スメラギ、フェルト、イアン。そこに、リヒテンダールとクリスティナはいなかった。ロックオンと同じで、宇宙に散ってしまった大切な仲間。その事実に涙を流し、自分が生きていることには、どこか現実味がなかった。
薄れ行く意識が闇に落ち、闇から浮上したらここにいた。ラグランジュ3にある、ソレスタルビーイングの宇宙拠点の一つだ。
自分が生きているのだと実感したのは、スメラギやフェルトが視界に入ってきた時よりも、白いベッドの中で眠るティエリアを見た時だ。
小さく動く胸は、ティエリアが生きていることを教えてくれた。けれど、閉ざされた瞼の奥に隠れている、紅い瞳が再び現れるのはいつになるか分からない。医師からも明確な答えは貰えなかった。
広がる不安。加えて刹那の行方が分からないことも、不安を大きくさせた。
眠り続けるティエリア。
行方の分からない刹那。
それでも、ソレスタルビーイングは世界と再び向かい合うため、動き始めようとしていた。
ガンダムというモビルスーツを、表舞台から消した世界がどう変わるのか。争いは、憎しみは、どう変わって行こうとするのか。ソレスタルビーイングは、それを見極める役目がある。
ここで終わりではない。自分たちは終わらない。
だから―――。
膨らみ続ける不安を無理矢理押さえつけて、ティエリアの目覚めを待ち、刹那の生存を信じた。宇宙の片隅で、ひっそりとアレルヤたちは二人への祈りを捧げていた。
そんな中、それはあまりにも突然やって来た。

―――ロックオン・ストラトス生存

それを齎したのは、ソレスタルビーイングの別働隊からだ。
別働隊。
アレルヤには耳慣れない彼らは、トレミーを実働部隊とするなら後方支援に徹する部隊だ。大きな意味でいうならエージェント。ただし、より実戦に近い位置にいる。母艦もあり、クルーの人数はトレミーとさほど変わらないという。
ソレスタルビーイングの底辺の広さというべきか。
アレルヤは知らない存在をスメラギは知っているようで、アレルヤの知らない名前を漏らしていた。彼らは連合軍との激戦が終わった空域を、動けなくなってしまったマイスターがいないか捜したのだと語った。
たった四機のガンダム。たった四人のマイスター。
広く暗い宇宙で、モビルスーツの残骸が流れる中に、彼を見つけたのだと。
あまりにも偶然、あまりにも奇跡。

―――容態が落ち着いたから、こちらに移そうと思ったの

眠っているロックオンに付き添って現れたのは、女性だ。アレルヤたちとは違う拠点で、彼の治療を行ったのだと言う。スメラギよりも年齢は上だろう彼女は、優しく微笑んでいた。
ロックオン・ストラトスが、そこにいる。本当に、生きている。
彼は、綺麗な顔をしていた。ただ、右の瞼の上になる傷が、未だ眠りの中にある少年を庇って負ったものだと知らせていた。今にも瞼を開きそうな年長のマイスターは、けれど一度も意識は戻っていないのだと彼女は言った。
それでも、生きている事実が眼の前にある。
思い出の中だけの存在となった男が、急に現実世界に戻って来た。戻って来てくれたのだ。これほど嬉しいことはない。
―――君も早く目覚めて、この嬉しさを実感しなくちゃ駄目だよ
アレルヤは、ロックオンが運び込まれた部屋の、隣室の少年に話しかけた。
日々は穏やかに過ぎて行く。眠ったままの二人を除いて、時間は流れていた。
そして。
訪れる目覚め。
先に瞼を開いたのは、少年――ティエリアだ。
商店の定まらない瞳が、ゆらゆらと動く様子を、アレルヤは見ていた。まだ記憶に新しい、待ちわびた瞬間。闇の世界から光の世界へ戻ってきた彼に、アレルヤたちは笑顔になるはずだった。
なのに、現実はアレルヤたちを笑顔にさせてはくれなかった。
ティエリアが目覚めて二ヶ月。ロックオンは、まだ深い眠りの中。
花たちに囲まれたこの場所は、最近のティエリアのお気に入りだ。人口の庭園だが、ここを訪れる者は多い。造られた狭さの中でも、ここは地球を近くに感じられるからであろう。
途切れた会話と、落ちる沈黙。
すぐ傍にいて、手を伸ばさなくても触れられる体は、意識を取り戻してから更に細くなった。ティエリアは、あまり食事を摂らない。
流動食から固形物へ食事を替え始めた頃、食べた物を吐しゃしてしまうことが何度か続いた。十ヶ月もの間、眠っていたのだ。まだ体が固形物を受け付けないのかと、流動食へ戻した。流動食は特に問題はなかった。
しかし、再び少しずつ固形物へと食事を換えれば、同じことの繰り返しになってしまった。体の傷は治っている。ならば、原因は精神的なものとしか言えない、というのが医師からの返答だ。
―――精神的なものとは何だ?
ティエリアの食事は、今も流動食だ。本人も気にしているのか、食事を載せたトレイを持ち部屋に行けば、すまないと短い声が発せられる。
謝りが欲しいわけではないのだ。だから、口うるさいと思われても言ってしまう。
ちゃんと食べないと元気にならないよ、と。
何故ティエリアの体は、栄養を摂ることが出来る食べ物を受け付けないのか。
まるで、生きることを望んでいないように。何かを拒絶するように。

―――ティエリアは、ロックオンが生きて眼の前にいることを、受け入れていない

それが、精神的な原因へと繋がっていると、アレルヤは思う。
長い闇から抜け出したティエリアは、その嬉しい現実を拒んでいる。眠りから覚めたティエリアは、眠り続けているロックオンを拒んでいる。
彼の感情が激しく揺れ動いたのは、ロックオンが生きていることを告げた時だけだ。眠る男を前にしても、不思議そうに小首を傾げるだけだった。アレルヤたちとはまったく別の波が、ティエリアに纏わりついている。
ティエリアは、恐れているのだ。
ロックオンは生きている。生きてはいるけれど、いつ目覚めるのか誰にも分からない。もしかしたら、このまま目覚めることはないのかもしれない。目覚めないまま、再び失ってしまうのかもしれない。それが、怖い。
閉じられた瞼は開くことを知らないかのように、微かな動きさえもなく。ならば、初めから淡い期待など捨てればいい。目覚めて、という願いなど持たない方がいい。
ティエリアが、生きていてくれたロックオンを拒む理由。眠っていても、いつかは目覚めてくれる。アレルヤたちがティエリアをそう願ったように、ティエリアはロックオンをそう願ってはいない。
最初から、再び失う恐怖に支配されているのだ。

―――ロックオンはどこにいるんだ?

ロックオンを見つめながらティエリアが呟いた言が、現実を拒む理由を物語っていた。

あまりにも哀しく、あまりにも切ない響きに、アレルヤはティエリアを抱き締めていた。

―――ティエリア・・・ロックオンはここにいる。ちゃんといるんだよ。

―――ロックオン?ここにいるのは、眠っている人だ。

―――そう、そうだよ。ロックオンは眠っているんだ。とても疲れたから、疲れた分だけ眠っているんだ。ちゃんと待っていてあげないと、ロックオンが怒るよ。

―――怒る?眠っている人が、怒るのか?何故?

―――ロックオンが眠っているんだよ。僕たちは、ロックオンを信じて待っていよう。僕たちがティエリアを待っていたように、ティエリアもロックオンを待とう。あまり急がせないで、ゆっくり待つのもいいんじゃないかな。ロックオンは、ティエリアのところに、ちゃんと帰って来るよ。

―――帰って来るのか?ロックオンはいないのに、何故そう言えるんだ?

―――ティエリア・・・。ロックオンはちゃんといるんだ。生きているんだ。それを信じてくれないか。

―――ロックオンはいないのに、どうやって信じるんだ?

淡々と紡がれる言葉に、アレルヤは眼の奥が熱くなるのを感じだ。
こんなことが、あるのだろうか。こんなことが。
ティエリアの中で眠っている男は、ロックオンではない。あくまで眠っている男、それだけだ。眠りから覚めて、青みがかった緑の瞳が開き、唇が動いて声を発して、初めてロックオン・ストラトスになる。そうすることで、ティエリアは自分の心を護っている。
ロックオン・ストラトスを失ったあの日の哀しみが、誰よりも強すぎたから、ティエリアと名前を呼んでくれるまで、現実を拒み続けるのだろう。目覚めないロックオンに比例するように、ティエリア自身も生きていることを放棄しているようで。
ロックオンのいない世界は、辛さと哀しさしかないのだろう。受け入れることが出来ないほどに。
ティエリアの気持ちは、分かる。大切な人を失う辛さは、アレルヤたちも同じなのだ。でもロックオンは生きている。きっと遠くない未来で、みんなが好きな笑顔を見せてくれるはず。何より、自分たちがいる。自分たちがティエリアの支えになる。
ティエリアの心は、ロックオンに大きく引っ張られている。だから、その心が自分たちから離れて行かないように、アレルヤは可能な限りティエリアの傍にいる。
アレルヤはティエリアの頬へと、そっと触れる。さらりと流れる髪に隠されたそこを撫でれば、少し驚きの色をした表情が返ってきた。
「お昼、あまり食べたくなかったら、無理に食べることないよ。その代わり、フェルトが作ったプリンを食べてみない?少しでいいからさ。今日のおやつにって、作ったんだって」
おやつの時間じゃないけどね、と笑みを零せば、アレルヤの掌の中の頬が僅かに安堵へと変わる。いつもとほんの少し違う会話は、ティエリアの体から強張りを抜かせたようだ。アレルヤは白い頬から手を離し、ベンチから立ち上がる。
「部屋に戻る前に、ロックオンの所へ行かないかい?」
「ロックオン・・・?」
「そう、ロックオン。眠っている人の所だよ」
「どうして?僕は昨日も君と一緒に行った。それに、あの人はロックオンじゃないのに、どうしてロックオンって言うんだ?」
「うん、そうだね。でも、ロックオンなんだよ。ロックオン・ストラトスだ。ティエリアも、ちゃんと分かっていることなんだよ」
繰り返しロックオンの名前を伝えても、ティエリアにとっては眠っている男でしかなく。その現実を嘆いたところで、ティエリアが自ら心に被せた殻からは、ロックオンが目覚めない限り抜け出せはしない。アレルヤは気持ちを切り替えるように、明るく言う。
「今日は、まだ僕があの人の所に行っていないんだ。だから今日もティエリアと一緒に行きたい。いいかな?」
アレルヤはティエリアへ右手を差し出す。紅い眼が、アレルヤの顔と手を交互に見る。差し出された手にティエリアが何を思うのか、アレルヤには分からない。ただ、眠る男のもとへ一緒に行って欲しい。
暫しの沈黙の後、彼から伸ばされてきた細い手に、アレルヤはありがとうと言った。
花の香りを微かに纏い、進む通路。温室とは少しはなれた場所に、そこはある。そして、今もティエリアはその隣室にいる。
今日も静かに眠り続けている人。
二人は歩みを進め、目的の扉の前に立つ。アレルヤはティエリアの背中を軽く押すと、彼を先に部屋へ入らせる。
―――ロックオン・ストラトス
四角い部屋の扉とは反対の壁側に、彼の眠るベッドはある。昨日も一昨日も変わらぬ姿。目覚めの訪れは、まだ見えない。
二人はロックオンを見下ろすように並んで立つ。ティエリアの表情に変化はなく、眠る男を瞳に映しているだけだ。これも昨日と変わらない。
ここへ一緒に来るたびに、変わることのない表情が積み重なる。ロックオンをロックオンと認識していないティエリア。ロックオンが目覚めて、初めて彼の世界に色が付く。今は不透明な迷路の中だ。その迷路から救い出せるのは、たった一人。

―――ロックオン・・・!ロックオン・ストラトス!

アレルヤは彼を見つめながら、いつも胸の内で叫ぶ。

―――ティエリアがあなたを待ってる。待っているんだ。このままじゃ、ティエリアが壊れちゃうよ。

睨むように強く強く見つめる。
一日でも半日でも早く、その瞳を開いて欲しい。ティエリアも自分たちも待っているのだと。
アレルヤの願いがロックオンに届いたのは、それから一ヵ月後のことである。



久しぶりに足を向けたそこには、先客がいた。
「ロックオン、休憩中かい?」
ベンチに座り長い足を組んでいる男が、アレルヤを視界に捉える。
「ちょっとな・・・。そういうお前も、ここに来るってことは同じだろ?」
「そう、同じだよ」
アレルヤはロックオンの前を数歩通り過ぎてから、足を止める。さほど遠くない過去を呼び起こす。ここは、温室だ。
「不思議だよね。ここは宇宙なのに、こんなに花がある」
「そうだな。世界に喧嘩を売るソレスタルビーイングの宇宙基地に、お花畑があるなんて、誰も思ってねぇよ」
ロックオンも、自分を囲んでる花たちを見渡す。小さな花弁、大きな花弁と色鮮やかだ。
「この温室って人気があるよね。特に女性たちは、よく来ているみたいだ」
「限りのある空間にいるかなら。こういう場所が、必要なんだろうよ」
「そういえば、刹那も初めてここを見た時は、随分驚いていたよね。一人ではあまり来ないみたいだけど、時々ティエリアに誘われるんだって」
「知ってる。ティエリアが嬉しそうに話すんだよなぁ。あんな仏頂面と花を見て、楽しいのかね」
「焼きもち?」
「そんなんじゃねぇけど、そんなんだよ」
銀色の鉄製のベンチで、長身の体がどことなく不貞腐れている。そういえば、とアレルヤは思う。自然と口の端が上がった。
「ロックオンさ、休憩っていうより現実逃避?今日のほとんどは、ティエリアが刹那に付きっきりで、ダブルオーの調整してるからね」
「うるせーよ」
じとりと睨んでくるロックオンにアレルヤは笑う。今も変わらずアレルヤたちの良き兄貴分だが、一人の男としての気持ちが強く出ることがある。正直な反応だ。
「ティエリアは刹那が帰って来たことが、嬉しくて仕方がないんだよ。ダブルオーガンダムは刹那のものだって言ってたから。刹那もティエリアの気持ちに応えようとしているっていうか、ティエリアが自分のことを待っていてくれていたことが、刹那には嬉しいようだね」
「予想外の嬉しさってヤツか?でもさぁ、刹那が帰って来てからのティエリアは、刹那にべったりだと思わねぇ?」
「そうかな。気にしすぎじゃないのかい?」
「気にしすぎじゃない!正にべったりだ!」
少しどころではなく鼻息を荒くするロックオンは、現状への不満が溜まりつつある。アレルヤにも、彼の気持ちが分からなくはない。何故なら、刹那が戻るまで、ティエリアはロックオンにべったりだったのだ。一日中傍にいるわけではないが、二人が揃っていることが多かった。それが、今はロックオンの位置に刹那がいる。
不満を漏らしたくなる気持ちも、理解は出来るというものだ。けれど。
「まぁ、ティエリアと刹那が一緒にいることは、確かに多いのかもしれないけど、でもそれって誰でも分かる表面的なことじゃないかな。ティエリアの嬉しさは、ちゃんと刹那に向いているよ。でもそういうことじゃなくて、ティエリアの内面的な部分のほとんどは、ずっとロックオンに向いていると思うんだ」
「アレルヤ・・・?」
アレルヤの言葉に、ロックオンはぽかんとする。
ティエリアが内に秘めているもの。心であり感情である部分のもの。
アレルヤは―――。
意識のないロックオンが目覚めるまでのティエリアも、目覚めてからのティエリアも知っている。知っているからこそ、分かったことがある。
「ここに来ると、ロックオンが眠ったままだった時のティエリアを思い出す・・・。ティエリアの世界は、ずっとロックオンが占めていたよ。きっと、あなたがトレミーに戻って来なかったあの日よりも前から・・・」
デュナメスしかトレミーに戻らなかった日のティエリアを、見ている。
ロックオンがロックオンではなかった日々のティエリアを、見ている。
ロックオンが目覚めてから今日までのティエリアを、見ている。
いつだって、彼の心を占領しているのは、眼の前の男だ。仲間を飛び越えた先にある、彼らだけが持つ磁石。ぴったりとくっつくのが、当たり前のように。
特にティエリアはそれが強いのだと思う。少しでも離れると、不安定な揺れが出てしまう。誰もが気付くほど表面に現れるわけではないけれど、少なくともアレルヤは分かる。ロックオンが目覚めたばかりの頃は、顕著だった。今は、不安定さも落ち着いている。
それほど、まっすぐに向いている想い。嫉妬してしまうほどだ。
「大丈夫。ティエリアの一番はロックオンだよ」
「・・・一番か。そりゃあ、ありがたいね」
「そうだよ、一番。嬉しくないのかい?」
「いや、嬉しいさ。でも、俺はあいつを哀しませて苦しめることしか、しなかったからな。一番って言われても、自信がねぇよ」
ロックオンは、眠り続けていた間のティエリアの様子を知っている。アレルヤに聞いたのだ。彼の中で、ロックオンはロックオンではなかった。何故そうなってしまったのかを、アレルヤはたぶんと前置きをして語った。
ティエリアを底の見えない哀しみに突き落としたのは、間違いなく自分だとロックオンは思っている。それほど互いの距離は、近かった。
近くなっただけの交わりがあったし、今も近い。自惚れではなく、ティエリアがロックオンに向ける眼差しを見れば分かる。だからといって、彼が一番にロックオンのことを考え想っていると言われても、正直自信はない。自信のない理由は、刹那の存在でもあり、再び始まろうとしている戦いのことでもあり、何より哀しみを与えたことだ。
「あいつ・・・ティエリアにとって、俺は仲間の一人だよ。あいつから見たら、みんなが一番だ」
「・・・本当にそう思う?」
「なんだよ。痛いとこ聞いてくるなぁ」
「ということは、本音とは全然違うね。大丈夫だよ。ロックオンは特別で一番。ロックオンが、見ることの出来なかったティエリアを見ている僕が断言するよ」
「なんだ、なんだぁ。凄い自信じゃねぇか」
「そうそう。だから、花に向かって拗ねてないでくれるかな」
少々の呆れを含ませれば、ロックオンは眩しげに眼を細めた。
「お前、言うようになったな」
「ティエリアを見ていれば、僕にも分かることがあるからね」
アレルヤとティエリアの距離は、近いというほどではない。けれど、遠くもない。
アレルヤは、ティエリアから一歩引いた場所にいる。それは、彼に対してだけではなく、誰に対しても同じなのだ。だから、周りが良く見える。
仲間という繋がり。家族のような近さ。
アレルヤは、この絆が大好きだ。
壊れたくはないし、壊したくも失いたくもない、大切なもの。
「さてと。休憩は終わりにしないかい?ここで刹那に妬いても、今日一日ティエリアは刹那に付きっきりだよ」
「分かってる、分かってるよ。あーあ、お前は俺の味方をしてくれねぇわけね。厳しいことで」
「そうかな。僕はみんなの味方だけどな」
「そうか?そうなのか?嘘っぽい」
「はいはい、どうとでも。僕は行くから」
「待てよ、俺も行く」
ロックオンの声が、アレルヤを追いかける。
小さな花畑を後にしながら、アレルヤは思う。あの場所には、いつも心に殻を被せたティエリアの残像がいる。綺麗な花を瞳に映すこともなく、ぽつりとベンチに座っていた日々を、アレルヤは忘れない。
ただ一人の男を想い、そして今もこれからも変わることなく想い続けるのだろう。その素直な心は、男に届いているのだ。
彼らがどんな深い結びつきを生むのか、アレルヤは静かに、時に口を出しながら、見つめて行こうと思う。