「この・・・バカヤロー!」 ロックオンの怒鳴り声が、トレミー2改のブリッジに響いた。 金属異星体エルスの大群に、ダブルオーライザーが侵食されて行くのを見たティエリアに、迷いはなかった。それは、二年の眠りから目覚めた体を犠牲にしてまでも、刹那を護ることだった。 ティエリア・アーデが、ヒトとは少し違う存在であることを、トレミーの仲間たちは知っている。けれど、ティエリアの存在を否定するほどのことではない、ほんの些細なことなのだ。 地球を、宇宙を襲った異星体の出現に、二年の眠りから目覚めた彼。 仲間たちの下に帰って来た彼。 それなのに―――。 ブリッジで中空モニターに映るティエリアに、スメラギが怒りと説教を吐き出しているところに、ロックオンは現れた。そして、モニターの中の彼へ怒鳴ったのだ。 ロックオンはスメラギ以上の怒りを滲ませている。ティエリアは、少々驚いた様子で、ロックオンを見つめていた。 「お前なぁ。刹那を失うわけにはいかないからって、自分の命を簡単に敵の的にするなよ」 「僕の肉体は、器にすぎない。イノベイドである僕は、意識体として・・・」 「だからさ!そうじゃなくて・・・」 ティエリアの言葉の途中で、ロックオンの声が重なる。スメラギはその横顔に、彼はきっと自分と同じ想いなのだと知る。 モニターの中の少年に、もどかしさがある。自分たちの気持ちを、分かって欲しい。受け取って欲しい。 本当は少年も理解しているのだ。なのに、事実だけを話そうとするから、淋しさがある。辛さがある。感情を吐き出してはくれないから、ロックオンがその分以上の心を吐き出そうとしてる。 「いいか。肉体があるってことは、血が流れているってことだ。痛感があるってことだ。俺はちゃんと聞いたぞ。お前がエルスの攻撃を受けて、痛みに叫ぶ声をな・・・。人間は、痛けりゃ痛いって言うんだよ。辛けりゃ辛いって言うんだよ。お前は、人間だろうが・・・!」 消化したくない現実。割り切りたくもない現実。 それらを持っているから、ロックオンは叫ぶ。数時間前まで、触れることの出来た仲間へと叫ぶ。 もうこの世界にはいないのだと言われた兄の代わりとして、ソレスタルビーイングの狙撃手になった頃とは違う。イノベイドだとかイノメイダーだとか、関係ないのだ。 ロックオンにとってティエリアは、純粋な眼差しで世界と向き合っていた子供だ。 だから、叫ぶ。 何かを掴もうと必死に手を伸ばし、兄の話になれば驚くほど幼さを見せる。仲間という意識よりも先に、可愛い年の離れた弟のように感じたことを、ロックオンは覚えている。 ほんの一瞬、ティエリアの表情が僅かに歪む。それに気付かないほど、浅い関係ではない。 モニター越しにも分かる、ティエリアの心の乱れだ。 「エルスだか何だか知らないが、刹那は対話をしようとした。金属相手にだぞ。あいつにしか出来ないことだって分かるし、あいつを失うわけにはいかないって言ったお前の気持ちも分かる。けどな、自分を助けるためにお前が犠牲になったって知ったら、あいつは・・・刹那は哀しんで、俺と同じように怒るぞ」 「僕は・・・僕にしか出来ないことをしたまでだ。犠牲とは違う。僕は、こういう姿だが、あなたたちと話が出来る」 「ああ、お前にしか出来ないっていうのも分かるよ。どんな姿だって、お前と話せるのは嬉しいさ。でも、やっぱりお前っていう犠牲なんだよ。俺たちはお前を止めることも、護ることも出来なかった。情けねぇよな」 悔しいのか哀しいのか、淋しいのか。とにかく、どうしようもない渦がロックオンにある。 ホログラフィックのティエリア。 本当に、モニターの中の存在だ。 こんな現実でティエリアが目覚め、再び近いようで遠い場所へ行ってしまうなど、誰も予想すらしていなかったというのに。 確かに話をすることも姿を見ることも出来るが、その先はない。彼の温もりも、少し高めの声も、遠いのだ。 ロックオンは眼を伏せる。 刹那が護られたことで、自分たちが護れなかったティエリアの命の重み。 人間じゃないから、何だというのだ。ティエリアの命に対する概念が、ロックオンたちとは異なってしまうから、迷いなくその身を敵に投げるのだ。 分かっている、分かっているけれど、納得が出来ない。 「・・・僕は」 小さな声が、モニターの中から届く。 「・・・僕は、みんなとは違う。違うということは分かっていたけれど、自分がイノベイドだと知ったのは、二年前だ。イオリアの計画のために造られたのだと知って、僕は迷った。ソレスタルビーイングに居ていいのか、同じイノベイドの下へ行った方がいいのか・・・。でも、僕はガンダムマイスターであることに誇りを持っているし、今まで共に戦ってきた仲間が、僕の大事な仲間だと思った。何より、僕を人間だと言ってくれたあの人がいる・・・」 淡々と、けれど何かを耐えるように、ティエリアは言を紡ぐ。 「僕はヒトでありたいと思った。ティエリア・アーデというヒトになりたいと思った。同時に、ヒトではない僕にしか出来ないことがあることも知った。僕はヒトに憧れたイノベイドだ。仲間を護るのは、仲間として当然のこと。肉体は失ってしまったけれど、僕は諦めが悪いし、ヒトが選ぶ未来へと導くのも僕の役目だから、僕は意識体でここにいる。刹那がエルスと対話をするというのなら、それをサポートする。ガンダムで戦えなくても、僕の戦い方がある。それで、許してもらえないだろうか・・・」 ティエリアが微笑む。泣きそうな笑みだ、とロックオンは思った。抱きしめられない現実に、体の奥から熱さが込み上げる。 「ティエリア・・・」 少年の名を唇に乗せるスメラギは、処理しきれない感情を押さえ込んでいる。 許してもらえないだろうか、なんて。 そんな言い方は、ずるいではないか。 ロックオンは気持ちを落ち着かせるため、息を吸う。抱き締められないのなら、もう一度抱き締められるようになればいい。お互いの温もりを、触れ合えるようになればいいのだ。 「・・・分かったよ。お前が決めたことなら、これ以上は何も言わない。けどな、これは言わせろ。お前は人間だよ。俺たちと同じ、人間だ。何も変わりゃしねぇよ」 「ありがとう・・・」 ティエリアの頬が緩む。人間だ、と言われたことが嬉しいのだと語っていた。 「それからもう一つ。また帰って来いよ。待ってるから。ちゃんと待ってるから、ちゃんと帰って来い」 真っ直ぐにティエリアを見て、ロックオンは言う。 ここは、お前の帰って来る場所だ。互いを想う仲間がいる場所だ。ヴェーダの中もいいが、ヒトとして触れ合える場所に帰って来い。 眼差しの中にそれらを込めて、ロックオンは笑った。 ティエリアの双眸が、はっきりと揺れた。イノベイドであるからこそ出来ること。そう言うのは容易い。 が、ティエリアはヒトを知っている。人の温もりを優しさも、強さも弱さも知っている。仲間の絆を知っている。 だから、繰り返すのだ。 自分にしか出来ないこと、と。 己に言い聞かせるように、己を見失わないように。 紅い瞳の揺れを隠すことのない笑みが、そこに生まれた。 ティエリアの唇が、再度ありがとうと音を発し、モニターからブラックアウトする。 束の間の沈黙。先に口を開いたのはスメラギだ。 「ありがとう。あの子を叱ってくれて」 「それって、ありがとうって言われることなのか?」 「そうよ。あの子には、あの子を叱ってくれる人が必要なの」 艦長席に身を深く預けるスメラギは、モニターが消えるティエリアの笑みを、瞼の裏に焼き付ける。とても綺麗な笑みだった。綺麗過ぎて、やはり哀しい。 けれど、いつまでも、このどうしようもない怒りと、やり切れなさの中にいるわけにもいかない。足踏みをする時間もない。 「まったく、頑固過ぎて、やることに限度がないのよね」 「確かにな。頑固だから刹那を護って、その先にあるものを確実に掴む道を作ったんだよ。そのためだけに、帰って来たとは思いたくねぇよなぁ」 「当たり前よ。でも、あの子は繰り返すわよ。今と同じようなことが未来で起きたら、自分のことより何かを護ることを優先するもの」 「だよなぁー。今度帰って来たら、ちゃんと掴まえていないと駄目だな」 「帰って来るかしら・・・」 スメラギが低く呟く。ティエリアは、二年前にヴェーダの中で眠りについた。今回は、不測の事態なのだ。再び意識体となったティエリアが、その体を自分たちの前に現してくれるのか。帰って来てくれるのか。スメラギには、分からない。 「・・・帰って来るし、帰って来させるさ」 「え・・・?」 「さっきあいつに言ったろ。帰って来いって。あいつは約束を護ってくれるよ」 「あれって約束なの?一方的に約束にしてない?」 「それでも、ちゃんと帰って来てくれる。俺は信じてる。そのためにも、俺たちは戦って生き残るんだよ」 ロックオンは、どこかで聞いているかもしれない少年に、語りかけるように言う。スメラギと視線を重ねて、力強く頷いた。 意識が戻らない刹那。 人間と異星体との戦い。 どういう結末を迎えることになるのか、誰にも分からない現実。 しかし、人間は簡単に諦めたりはしない。 刹那が異星体と対話を試みたように。ティエリアが、その刹那を護ったように。 自分たちが出来ることを、必死にやっている。 だから、きっと。 戦いといっていいのかも分からない、異星体と人類の未来に何かしらの希望なり答えが見つけられたとしたら。 彼は、帰って来る。帰って来てくれる。 何年先になるのか分からないけれど、きっとまた逢える。 モニター越しではない彼に、きっと逢える。 そして、言うのだ。 ―――おかえり、と。 |